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URGT-B(ウラゲツブログ)

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2023年 12月 31日

月曜社最新情報まとめ(ブログの最新エントリーは当記事の次からです)

◆公式ウェブサイト・オリジナルコンテンツ
◎2011年6月28日~:ルソー「化学教程」翻訳プロジェクト。

◆近刊
2023年06月07日取次搬入予定:ベンジャミン・ピケット『ヘンリー・カウ――世界とは問題である』本体6,000円。
2023年05月18日取次搬入予定:小泉義之『弔い・生殖・病いの哲学――小泉義之前期哲学集成』本体3,600円。

◆最新刊(書籍の発売日は、取次への搬入日であり、書店店頭発売日ではありません)
2023年04月26日発売:『巡礼――髙﨑紗弥香写真集』本体6,000円。
2023年04月04日発売:長崎浩『中江兆民と自由民権運動』本体2,800円。
2023年03月31日発売:大谷能生『歌というフィクション』本体3,800円。
2023年02月15日発売:鈴木創士編『アルトー横断――不可能な身体』本体3,200円。
2023年02月02日発売:ジョルジョ・アガンベン『バートルビー 新装版』本体2,600円。
2023年01月26日発売:ジョルジュ・ディディ=ユベルマン『場所、それでもなお』本体2,600円。
 郷原佳以氏書評「「ユダヤ虐殺の場」見つめる」(「読売新聞」2023年4月2日朝刊書評欄)
 岡本源太氏書評「徹底した「見ること」の実践――権力がいかに経験されるのかを解明する考察」(「週刊読書人」2023年4月21日号)
2022年12月21日発売:アレクサンドル・コイレ『イェーナのヘーゲル』本体4,500円、シリーズ・古典転生第28回配本本巻27。
2022年12月15日発売:ジョルジョ・アガンベン『アウシュヴィッツの残りのもの 新装版』本体2,600円。
 ぱや氏書評(『綴葉』2023年4月号「新刊コーナー」)
2022年12月14日発売:築地正明『古井由吉――永劫回帰の倫理』本体3,000円。
 長瀬海氏書評「強靭な読み、思考的な粘度のある議論――その文学に挑み続ける、僧の修行のような文芸評論」(「週刊読書人」2023年2月24日号)
2022年11月11日発売:ウィリアム・モリス『小さな芸術――社会・芸術論集Ⅰ』本体2,800円。
 鈴木沓子氏書評「芸術に宿る「何か」、現代にも響く感性」(「週刊金曜日」2023年1月13日発売1407号「きんようぶんか」欄)
 椹木野衣氏書評「美のある暮らしへの渇望を呼ぶ」(「朝日新聞」2023年2月25日付朝刊書評欄)
2022年10月14日発売:『手先と責苦――アルトー・コレクションⅣ』本体4,500円。
2022年10月13日発売:谷川渥『ローマの眠り』本体2,200円。
 春木有亮氏書評「まさにバロック的書物ーーヴェール=襞が存在の原理だ」(「図書新聞」2023年2月18日号8面)
 Y氏紹介記事「デザインに秘められている思想」(「世界」2023年3月号「SEKAI Review of Books」内「新刊紹介」欄)
2022年10月13日発売:堀千晶『ドゥルーズ 思考の生態学』本体3,200円。
 小倉拓也氏書評「可能ではない世界を、それでも断固として譲らないこと――ドゥルーズの「実存主義」を精緻に読み解く」(「図書新聞」2023年3月10日号5面)
2022年9月21日発売:谷川雁『影の越境をめぐって』本体2,200円。
2022年9月21日発売:谷川雁『戦闘への招待』本体2,400円。
2022年9月16日発売:『カイエーーアルトー・コレクションⅢ』本体5,200円。
2022年8月22日発売:ジョルジュ・バタイユ『マダム・エドワルダ』本体2,200円、叢書・エクリチュールの冒険第21回配本。
2022年8月17日発売:『アルトー・ル・モモ――アルトー・コレクションⅡ』本体4,000円。
2022年8月3日発売:谷川雁『工作者宣言』本体2,200円。
2022年8月3日発売:谷川雁『原点が存在する』本体2,400円。
 上原佳久氏書評「革命の時代を遠く離れて」(「朝日新聞」2022年9月17日付「ブックエンド」欄)
2022年7月29日発売:森崎和江『闘いとエロス』本体2,600円。
2022年7月29日発売:森崎和江『非所有の所有――性と階級覚え書』本体2,400円。
◎2022年7月1日発売:『ロデーズからの手紙――アルトー・コレクションⅠ』本体3600円。
◎2022年6月27日発売:マルシアル・ゲルー『ザロモン・マイモンの超越論的哲学』本体4,000円、シリーズ古典転生第27回配本本巻26。
◎2022年6月21日発売:『表象16:アニソン的思考――オーディオヴィジュアルの可能性』本体2,000円。
◎2022年6月8日発売:カジャ・シルヴァーマン『アナロジーの奇跡』本体3,600円。

◆販売情報(重版・品切・サイン本、等々)
◎重版出来:
 2023年03月20日:星野太『崇高の修辞学』4刷(2017年初刷)
 2023年03月29日:ジョルジョ・アガンベン『創造とアナーキー』2刷(2022年5月初刷)

◆出版=書店業界情報:リンクまとめ
◎業界紙系:「新文化 ニュースフラッシュ」「文化通信
◎一般紙系:Yahoo!ニュース「出版業界」「電子書籍」「アマゾン
◎話題系:フレッシュアイニュース「出版不況」「電子書籍」「書店経営
◎新刊書店系:日書連 全国書店新聞
◎雑談&裏話:5ちゃんねる 一般書籍

※このブログの最新記事は当エントリーより下段をご覧ください。 
※月曜社について一般的につぶやかれている様子はYahoo!リアルタイム検索からもご覧になれます。月曜社が公式に発信しているものではありませんので、未確定・未確認情報が含まれていることにご注意下さい。ちなみに月曜社はtwitterのアカウントを取得する予定はありませんが、当ブログ関連のアカウントはあります。


# by urag | 2023-12-31 23:59 | ご挨拶 | Comments(21)
2023年 06月 05日

注目新刊:原瑠璃彦『洲浜論』作品社、ほか

注目新刊:原瑠璃彦『洲浜論』作品社、ほか_a0018105_01262595.jpg


★まず、最近出会いのあった新刊を列記します。

洲浜論』原瑠璃彦(著)、作品社、2023年6月、本体3,600円、四六判上製464頁、ISBN978-4-86182-978-9
現代語訳 源氏物語 二』紫式部(著)、窪田空穂(訳)、作品社、2023年5月、本体2,700円、46判並製384頁、ISBN978-4-86182-964-2
源氏手帖』長谷川春子(著)、共和国、2023年5月、本体2,700円、四六変型判上製356頁、ISBN978-4-907986-89-6
人間関係の悩みがなくなる カントのヒント』秋元康隆(著)、ワニブックス【PLUS】新書、2023年6月、本体900円、新書判192頁、ISBN978-4-8470-6695-5
フィッティングルーム――〈わたし〉とファッションの社会的世界』小野瀬慶子(著)、アダチプレス、2023年6月、本体2,200円、四六変型判並製344頁、ISBN978-4-908251-17-7
負債と信用の人類学──人間経済の現在』佐久間寛(編)、箕曲在弘/小川さやか/佐川徹/松村圭一郎/酒井隆史/デヴィッド・グレーバー/キース・ハート/田口陽子/林愛美(著)、以文社、2023年6月、本体4,200円、A5判上製カバー装396頁、ISBN978-4-7531-0376-8​
現代思想2023年6月号 特集=無知学/アグノトロジーとは何か――科学・権力・社会』青土社、2023年5月、本体1,900円、A5判並製270頁、ISBN978-4-7917-1447-6
反戦平和の詩画人 四國五郎』四國光(著)、藤原書店、2023年5月、本体2,700円、四六判上製448頁+カラー口絵8頁、ISBN978-4-86578-387-2
高校生のための「歴史総合」入門――世界の中の日本・近代史(3)国際化と大衆化の時代』浅海伸夫(著)、藤原書店、2023年5月、本体3,600円、A5判並製552頁、ISBN978-4-86578-388-9

★特記したいのは『洲浜論』。洲浜(すはま)とは「洲が曲線を描きながら出入りする海辺」(序、7頁)を指す言葉。画像検索しても分かりにくいかもしれないので、もう少し自分なりに説明を試みると、日本文化においては庭園などで、池の中に張り出した岸辺が複数あるような入り組んだ景色のことを表しているようです。著者の原瑠璃彦(はら・るりひこ, 1988-)さんは現在、静岡大学人文社会科学部専任講師。あとがきによれば本書は「2020年1月に東京大学大学院総合文化研究科表象文化論研究室に提出した博士論文「洲浜の表象文化史」を原形とし、大幅に加筆・修正を行ったもの」。主査は松岡心平教授。審査会には田中純教授、田村隆准教授、森元庸介准教授、小林康夫名誉教授も参加されています。

★本書は「日本における洲浜の表象文化史の全貌を明らかにすることが本書の目的である」(序、17頁)とのこと。第一部「平安時代における洲浜の成立とその意義」、第二部「中近世における洲浜の展開」の二部構成で、各部末に補論が一篇ずつ付されています。第一部では「主に洲浜の表象の成立とその機能と意義について論じ」(11頁)、第二部では「洲浜台が平安時代において衰退してゆく過程を考察するとともに、その後の日本文化の各所に見られる洲浜の表象、また、それに関わる事象の展開を跡付けてゆく」(13~14頁)。目次詳細は書名のリンク先をご覧ください。

★ちなみに洲浜台というのは、「洲浜のかたちをかたどった台であり、その上に和歌的表象のミニチュアが置かれる箱庭のようなものだった」(第一章、22頁)。「洲浜の表象が文化の中心にあったと言えるのは洲浜台を盛んに用いる歌合が行われていた平安時代の二百年くらいのことであり、それ以後、洲浜の表象は基本的には周縁的なものに過ぎなくなった」(結び、414頁)。「洲浜の表象とは、時代とともに徐々に抑圧されていった。本書はこれらの表象をたどってゆくことで、日本文化史を新たな視点から読み直そうとするものである」(序、17頁)。本書は原さんのデビュー作です。帯文にある通り「画期的な文化史」として話題を呼ぶのではないかと思います。

★続いて、まもなく発売となるちくま学芸文庫の6月新刊5点を掲出します。

『死と後世』サミュエル・シェフラー(著)、森村進(訳)、ちくま学芸文庫、2023年6月、本体1,200円、文庫判336頁、ISBN978-4-480-51188-1
『記録 ミッドウェー海戦』澤地久枝(著)、ちくま学芸文庫、2023年6月、本体1,700円、文庫判640頁、ISBN978-4-480-51187-4
『歴史学研究法』今井登志喜(著)、ちくま学芸文庫、2023年6月、本体1,000円、文庫判208頁、ISBN978-4-480-51067-9
『民藝図鑑 第三巻』柳宗悦(監修)、ちくま学芸文庫、2023年6月、本体1,700円、文庫判432頁、ISBN978-4-480-51185-0
『ロシア・アヴァンギャルド――未完の芸術運革命』水野忠夫(著)、ちくま学芸文庫、2023年6月、本体1,600円、文庫判432頁、ISBN978-4-480-51189-8

★『死と後世』は文庫オリジナル。米国の道徳哲学者サミュエル・シェフラー(Samuel Scheffler, 1951-)の著書『Death and the Afterlife』(Oxford University Press, 2013)。巻頭に付された著者自身による「日本語版への序文」によれば、「本書の中心的主張は〈われわれ自身の死後も人類が生存することは、通常認められているよりもわれわれにとってはるかに重要である〉というものです」(3頁)。本書のもとになっているのは2012年3月にカリフォルニア大学バークレー校で行われた「人間的価値にかんするタナー講義」で発表されたもの。同校哲学教授のニコ・コロドニが序論を書き、同氏のほか、スーザン・ウルフ、ハリー・G・フランクファート、シーナ・ヴァレンタイン・シフリン、といった哲学者たちのコメントを併載しています。シェフラーによる応答も収録。

★『記録 ミッドウェー海戦』は、1986年に文藝春秋より刊行された、ノンフィクション作家澤地久枝(さわち・ひさえ, 1930-)さんの労作の文庫化。巻末に「ちくま学芸文庫版あとがき」と、呉市海事歴史科学館館長の戸髙一成(とだか・かずしげ, 1948-)さんによる解説「『記録 ミッドウェー海戦』を想う」が加えられています。

★『歴史学研究法』は、西洋史学者の今井登志喜(いまい・としき, 1886-1950)さんが1935年に岩波書店より上梓し、近年では東京大学出版会より新装版が1991年に刊行されたものの文庫化。巻末解説「「転回以前」の歴史学?――古典的歴史学方法論・入門」は、慶應義塾大学教授の松澤裕作(まつざわ・ゆうさく, 1976-)さんが書かれています。

★『民藝図鑑 第三巻』は1963年に宝文館出版より刊行されたものの文庫化。巻末解説は陶器作家の柴田雅章(しばた・まさあき, 1948-)さんによる「外邦民藝と美の標準」。曰く「第三巻には、イギリスのスリップウェアやウィンザーチェア、スペインの色絵陶器、デルフトのタイル、メキシコのレタブロ、タイの宋胡録、中国の天啓染附など、海外の工芸品が多く収録されています」。帯文にある通り「柳宗悦、最後の仕事」。全三巻完結です。

★『ロシア・アヴァンギャルド』は、1985年にPARCO出版より刊行された単行本の文庫化。巻末特記によれば「文庫化にあたっては、注・年譜などのレイアウトに変更を施した」とのことです。巻末解説は東京工業大学准教授の河村彩(かわむら・あや, 1979-)さんによる「政治革命に先駆けた芸術革命」。著者の水野忠夫(みずの・ただお, 1937-2009)さんはロシア文学研究者。ドストエフスキー、ザミャーチン、ブルガーコフ、シクロフスキー、ショーロホフ、ソツジェニーツィンなど、多数の訳書があるのはご承知の通りです。

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【雑記14】

日書連(日本書店商業組合連合会」が発行する「全国書店新聞」の2023年6月1日号に掲載された記事「「本業の復活」へ近藤社長が決意/出版社との取引条件見直しに言及/全国トーハン会代表者総会」から、トーハンの今後の方向性を確認してみる。2023年度全国トーハン会代表者総会は4月27日(木)、ホテル椿山荘東京で行われた。書店や出版社の参加者は215名。対面実施は昨年3年ぶりに再開され、今回は「4年ぶりに出版社も招待しての開催」とのこと。

トーハンの帳合書店や取引出版社の中には総会の案内を今まで一度たりとも受け取ったことのない人々がいるだろう。同社の基本方針や主要施策を発表する場に取引先を呼ばないということ自体がそもそもおかしい。会場のキャパシティの話ではない。参加要請をしなかった書店や版元に、会合でどんなことを話したのかをせめて知らせるべきだろう。昨年では出版社に参加要請を行わなかったため、出版社には6月にオンライン配信したはずだが、今年は代表者が参加しているのだから、オンライン配信予定はないかもしれない。

トーハンの中期経営計画「REBORN」を遂行するさなかでの4期連続本業赤字を受け、近藤敏貴社長は次のように挨拶している。「取次事業は構造的な赤字状態で、はっきり言って異常な状況だ。既存構造のままでは、もはや出版流通は成立しない。業界の収益構造そのものへメスを入れる必要がある。今後、コストが賄えていない出版社に対して、取引条件の見直しも視野に入れたご相談をさせていただく。出版流通を未来につなげるという当社の使命を全うするため、決意と覚悟を持って経営判断した」。

以前も言及したが、この「コストが賄えていない出版社」をトーハンがどう定義するのかが注目される。個別交渉だから、という理由でおそらくトーハンはその定義を公開しないだろう。記事では後段で川上浩明副社長の発言を紹介している。曰く「運賃協力金は満額回答を目指した交渉を続けるが、特に物流コストが補えていない出版社にはその状態を是正すべく、踏み込んだ話をさせていただく。公正性や公平性の観点を重視してお話ししていきたい」。

公正性や公平性の観点というが、それはトーハンというブラックボックスの中での話である。私企業の取引条件は、もとより公正でも公平でもない。区別と差別があることは明白で、それについて業界団体から長年にわたって疑義を呈されてきた。近藤社長が言うように異常な構造があり、川上副社長が言うように「公正性や公平性の観点を重視」するならば、まずは取次自体のブラックボックスの中身が問われなければならず、その異常構造が明らかにされなければならないだろう。それを抜きにしていかなる公正性も公平性もない。異常構造の内実が公正公平に分析されないまま危機を喧伝し、個別交渉に終始するなら、それは何も変革しえず元の木阿弥に帰すリスクが充分にある。交渉決裂となった出版社とトーハンは取引を続けられるのだろうか。

ちなみに「新文化」2023年4月28日付の記事「トーハン近藤社長、「流通コストが賄いきれていない出版社の取引条件を見直す」」では、近藤社長の発言として以下のように報じていた。「中期経営計画のうえでは、売上高は計画値を上回っているが、4年連続となる赤字については、出版社からの協力金を加えても出版流通コストは賄いきれず、「既存構造のなかで、出版流通は機能していない」とし、今後、コストに見合わない出版社の取引条件の見直しについて相談していく考えを伝えた」。

「出版社からの協力金を加えても出版流通コストは賄いきれず」という近藤社長の発言は、「全国書店新聞」の記事で紹介された川上副社長の発言「運賃協力金は満額回答を目指した交渉を続ける」とどう整合するのか判然としない。想像するに、出版社に対して運賃協力金の交渉も継続するが、それだけでは充分ではないので、取引条件改定の交渉にも踏み込む、という話だろう。優先ターゲットになるのは、バラマキ配本(パターン配本)を行っている出版社となるはずだ。実績として、過剰送品かつ過剰返品となっている出版社はパターン=ランクの見直し、つまりはプロダクトアウトの改善を求められるだろうし、それでも送品をしたいというのならば、相応の対価をトーハンは求めるだろう。

近藤社長の発言に戻る。「全国書店新聞」の記事では重点をおかれる3項目が言及されていた。「1:マーケットイン型出版流通の具現化、2:リアルとデジタル両面での事業展開、3:物流拠点再配置と輸配送改革」である。このうち第1項「マーケットイン型出版流通の具現化」については、さらに3つの施策を推進していくと明かされている。1つめは新仕入配本プラットフォーム「enCONTACT」であり、2つめはDNP(大日本印刷)との協業プロジェクトである。3つめが「適正仕入と実売改善のもとに返品率を改善し、出版流通のサプライチェーン全体でコストを最適化し、書店利益の改善を図る「マーケットイン型販売契約」」と報じられている。

出版業界で言うマーケットインというと、書店側で新刊や既刊の仕入数を決定し、出版社や取次が満数出荷することで、書店自身が実売改善を目指す、というイメージを抱くこともできる。しかし記事を読む限りではトーハンのニュアンスは少し違うようだ。出版社主導で、書店をランク付けて自動的に新刊を配本する従来のプロダクトアウト型から、取次主導の「マーケットイン型販売契約」に書店や出版社を巻き込もうというものだ、と見える。出版社や書店の要望は聞くが、いいなりにはならないつもりだろう。

〈売りたい新刊をバラマキたい〉出版社の要望と、〈売れる銘柄だけたくさん欲しい〉書店の要望は、しばしば相容れない。取次は取次の都合で動くしかなく、そこにはぶっちゃけ、公正性も公平性もあったものではない。複雑な力関係に縛られたカネの流れがビジネスの現実としてあるだけだ。

トーハンがウェブサイトで「経営ビジョン」として掲げている、2019年度から2023年度までの5か年の中期経営計画「REBORN」をもう一度、振り返ってみよう。トーハン自身にとってこの計画は、「事業構造改革に取り組む第二の創業期と位置づけ」られている。「本業の復活」と「事業領域の拡大」が2本の柱であり、「マーケットイン型流通とプロダクトアウト型流通を融合させた新たな商品供給モデルを構築し、併せて企業としてさらなる成長を期すため新規事業にも積極的に挑戦してまいります」と書いてある。

今回は「本業の復活」と題された項目の全文を再確認してみよう。次の通りである。

「出版社や書店との連携のもと、広く世の中に出版物を流通させてゆく、取次としての本業を進化させてまいります。
 従来は、出版社が発行した出版物を、書店の立地条件や販売実績などに基づき配本するプロダクトアウト型流通がメインでした。しかし、近年は出版を取り巻く環境が大きく変わり、より読者のニーズに沿った流通システムの構築が求められています。
 これに対しトーハンは、マーケットイン型流通の導入を提唱しています。新刊情報を元に書店が需要を見極め、マーケットを起点とした必要部数をトーハンが出版社に伝え、出版業界としてお客様へのより確実な販売を可能にしていく構想です。併せて、プロダクトアウト型流通においても、配本の過程にAI(人工知能)の知見を取り入れ、様々な手法で販売機会の最大化を目指します。
 新しい流通システムの構築と並行して物流機能の再配置を進め、他の取次との物流協業も含めて流通合理化を推進し、持続可能な出版流通ネットワークを構築してまいります。
 さらに、旧来の取次の枠を超え、本業領域における新規事業も積極的に開発し、デジタル事業などの新たな付加価値を伴った出版流通ソリューションを提供してまいります」。

以上である。補足しておきたいことが2点ある。ひとつには「新刊情報を元に書店が需要を見極め」とあるように、書店は出版社のパターン配本に頼りきりになるのではなく、自身の情報収集に基づいた仕入力を高める必要がある、ということ。もうひとつは「配本の過程にAI(人工知能)の知見を取り入れ」とあるように、出版社のパターン配本は取次側に適宜修正されるだろう、ということだ。この「AIの知見」なるものは、取次が扱っている売上と返品のデータをAIに学習させて、適正配本を算出するものだろう。

個別の出版社や個別の書店、個別の著者に紐づけられた売上と返品のデータは数量的に解析できるだろうが、商材は書籍や雑誌である。多品種で多様な、悪く言えば統一感や整合性を欠いた雑多で恣意的な内容物(コンテンツ)から、果たして有効な傾向性は抽出しうるのだろうか。現時点ではコンテンツまで取り込んだ全文学習は行われていないだろう。著作権の問題もある。将来的に抽出しえたところで、個々のコンテンツの個性や可能性はそうしたデータ解析で適切に理解したり売上予測を立てられたりするだろうか。個性や可能性をあらかじめ把握することは不可能で、かなりガサツな抽象化が必要になるのではないだろうか。新刊は剽窃や模倣でないかぎり、基本的に未知の要素や学習が充分ではない組み合わせを含む。過去から未来を十全に導出できるものばかりで構成されているのではなく、何かしらの思いがけない結合や分別を内包しうるものである。学習する情報を制限されたAIがベテラン書店員の経験知や勘を上回る判断ができるようになることは、まだ期待できそうにない。

コンテンツそのものは大したことがなくても、紐づけたタグや宣伝文句で集客できる、というような、AIを騙すようなマーケティングが無駄に研究されるような懸念も覚える。そもそもAI配本自体がブラックボックスである以上、AIに予測と判断を任せることは無責任ですらある。

「全国書店新聞」記事に戻ると、川上副社長は「23年度は、出版社が主導する従来の仕入から、出版社別仕入計画にenCONTACT経由の書店事前申込みを反映した数字を基にするトーハン・書店主導仕入に転換し、効率販売、返品減少で利益改善につなげていくと説明」した、という。出版社が主導する配本ではなく、取次と書店が主導する仕入。聞こえは良いが、先述の通り書店の情報力や仕入力が試されているのだし、それが望めないなら取次の主導に従うほかなくなるのではないか。

enCONTACTの利用状況は4月21日時点で約600社の出版社が参加し、新刊点数ベースの占有は75%で、利用書店数は約2100店舗だという。昨年の10月27日から運用スタートし、まだ半年足らずだから、数字だけを見るとまずまずの進み具合に見える。この新システムについては、トーハンの2022年11月1日付のニュースリリース「トーハン、マーケットイン志向の新刊流通プラットフォーム「en CONTACT」の運用をスタート」を参照されたい。そこには「「en CONTACT」を通して近刊情報や市場ニーズを取引先と共有し、書店を起点としたマーケットイン型の流通構造への転換を促進します」、とか「書店店頭や読者のニーズを起点とする「マーケットイン」の視点に立ち、出版流通ネットワークの改革を進めております」との文言が目に付く。書店に焦点が当てられてはいるものの、繰り返すように注意が必要だ。

運用テストを行ったトーハンのグループ書店約300店舗を含め、2100店舗の書店はじっさいにenCONTACTをどのように活用しているのだろうか。寡聞にして現場からの声を耳にしないし、運用の内実も見えてこない。だが、トーハンがREBORNの達成まであと9ヶ月足らずが勝負だと捉えていること自体には、単なる危機感以上のものがある。トーハン会代表者総会に参加した書店と出版社の代表者250名、enCONTACTに参加したグループ書店300店舗を含む帳合書店2100店舗と出版社600社、そしてそこにまだ含まれない多数の書店や出版社。このグラデーションが現実だとして、トーハンは〈その他大勢〉とどう連携するつもりなのだろう。〈その他大勢〉との距離感を年度内に縮めることは、トーハンにとってのゴールに含まれているだろうか。〈その他大勢〉は実際はすでに参加している店舗や会社のなかにも社内グラデーションとして存在しているだろう。

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# by urag | 2023-06-05 00:33 | ENCOUNTER(本のコンシェルジュ) | Comments(0)
2023年 05月 28日

注目新刊:『アレ Vol.12』は同誌第3期の締めくくり号、ほか

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★まず今月の注目新刊から4点列記します。

アレ Vol.12 特集:それは「自然」ですか?』アレ★Club、2023年5月、本体1,500円、A5判並製268頁、ISDN278-4-572741-12-4
耐え難き現在に革命を!――マイノリティと諸階級が世界を変える』マウリツィオ・ラッツァラート(著)、杉村昌昭(訳)、法政大学出版局、2023年5月、本体4,500円、四六判上製396頁、ISBN978-4-588-01156-6
吉本隆明全集31[1998-1999]』吉本隆明(著)、月曜社、2023年5月、本体6,500円、A5判変型上製520頁、ISBN978-4-7949-7131-9
レビュー大全 2012-2022』小谷野敦(著)、読書人、2023年5月、本体3,600円、四六判並製636頁、ISBN978-4-924671-59-1

★『アレ Vol.12』は、「過去の人間の営みを振り返り、現代や未来について考える」というテーマで2021年の第9号から始まった第三期の締めくくりとなるもの。美術史家のクレア・ビショップさん、哲学者の古田徹也さん、都市工学者の廣井悠さんへのインタビューを掲載するほか、SF作家グレッグ・イーガンさんが昨春「クラークスワールド・マガジン」誌に発表した小説「ドリーム・ファクトリー」の翻訳を併載。充実した誌面に目を見張るばかりです。目次詳細は誌名のリンク先でご確認いただけます。

★『耐え難き現在に革命を!』は、『 L'intolérable du présent, l'urgence de la révolution - minorités et classes』(Eterotopia, 2022)の全訳。「この本の目的は〔…〕これまで書かれてこなかった20世紀における革命の総括をしながら、再び革命について語り始めることができるための諸条件を確定することである」(序論、5頁)。著者のラッツァラート(Maurizio Lazzarato, 1955-)はイタリアに生まれフランスで活躍する哲学者。これまでに5点ほどの既訳書があり、そのうちの4点に杉村昌昭さんが関わっておられます。なお杉村さんは来月、人文書院さんよりエドガール・モランの『戦争から戦争へ』という訳書を上梓されるご予定です。

★『吉本隆明全集31[1998-1999]』は、『アフリカ的段階について――史観の拡張』(私家版非売品、試行社、1998年1月;市販版、春秋社、1998年5月;新装版、春秋社、2006年)を中心に、『遺書』(角川春樹事務所、1998年;ハルキ文庫、2004年)、『父の像』(ちくまプリマーブックス、1998年;ちくま文庫、2010年)、『少年』(徳間書店、1999年;徳間文庫、2001年)、などを中心に収録。付属の「月報32」は大塚融「一ツ橋新聞編集の青春と吉本さん」、小峰ひずみ「ポピュリストへ――吉本隆明について」、ハルノ宵子「科学の子」を掲載。

★「19世紀の西洋資本主義社会の興隆期に、ルソーやヘーゲルやマルクスによってかんがえられた〔…〕史観がアフリカ大陸の社会の興隆とともにさまざまな矛盾や対立を惹き起こし、それが〔…〕19世紀的な史観の矛盾に起因するとみなされるとすれば、「アフリカ的段階」という概念を、人類史の母型(母胎)概念として基礎におき、史観を拡張して現代的に世界史の概念を組みかえざるをえないかもしれない。この考え方に形を与えようとする試みとして、この本の論考はできあがっている」(『アフリカ的段階について』序、10~11頁)。

★『レビュー大全 2012-2022』は、小谷野さんによる、アマゾン・ジャパンへのカスタマーレビュー11年分を集成したもの。凡例によれば「書籍、雑誌、映画、ドラマ、オペラ、その他の映像・音声作品に対するレビュー」で、「各年の扉に、その年の「総括」を新たに付した」とのこと。総取り上げ作品=約3000点、と帯文にあります。

★続いて人文書院さんの5月新刊より4点を列記します。『医学と儒学』のみ、まもなく発売で、ほかの書目は発売済です。

デミーンの自殺者たち――独ソ戦末期にドイツ北部の町で起きた悲劇』エマニュエル・ドロア(著)、剣持久木/藤森晶子(訳)、川喜田敦子(解説)、人文書院、2023年5月、本体2,800円、4-6判上製194頁、ISBN978-4-409-51098-8
吉見俊哉論――社会学とメディア論の可能性』難波功士/野上元/周東美材(編)、人文書院、2023年5月、本体4,500円、4-6判上製320頁、ISBN978-4-409-24157-8
「ものづくり」のジェンダー格差――フェミナイズされた手仕事の言説をめぐって』山崎明子(著)、人文書院、2023年5月、本体4,500円、4-6判上製286頁、ISBN978-4-409-24156-1
医学と儒学――近世東アジアの医の交流』向静静(著)、人文書院、2023年5月、本体5,200円、4-6判上製346頁、ISBN978-4-409-04124-6

★特記したいのは『デミーンの自殺者たち』。『Les suicidés de Demmin : 1945, un cas de violence de guerre』(Gallimard, 2011)の全訳。著者のドロア(Emmanuel Droit, 1978-)はフランスの歴史家。ストラスブール政治学院教授。専門は東ドイツ史、20世紀の共産主義です。初めての訳書となる今回の新刊に、ドロアは「日本語版刊行に寄せて」という一文を寄せています。「本書は、第二次世界大戦末期の比較的知られていない出来事をフランスの読者に知ってもらうために書かれたものであった。1945年5月初めにドイツ北西部の小さな町は、ドイツ史上最大規模の集団自殺の舞台になった」(3頁)。

★「ある時間的、空間的そして心理文化的な状況が、いかにして制御不能な暴力空間への道を開き、数百人もの市民が自殺するに至ってしまったのか」(同)。「この惨劇は、それが軍によるものであれ市民によるものであれ、暴力についての普遍的な謎にわれわれを対峙させる」(同)。「本書が定期した問題は、ナチ・ドイツに固有のものではない。それは第二次世界大戦末期において国土防衛に結びついた実存的課題を突き付けられ、軍部によって自己犠牲を求められていた日本人にも関わるものである」(4頁)。「より広く捉えるならば、ドイツの事例で出てきた場所、登場人物、描いてきた暴力の連鎖は、日本人の個人史や家族史と多くの潜在的な接点があるかもしれない」(同)。

★帯文はこうです。「独ソ戦末期、ソ連兵の暴力をおそれ集団自殺を遂げたドイツの町があった。虐殺、強姦、放火、なぜ戦時暴力は起こりそのような悲劇が起こったのか。そしてその記憶は戦後ソ連の支配下にあった東ドイツでどのように封印されあるいは蘇ったのか。語られなかった戦争の悲劇を丹念に追う」。目次詳細は書名のリンク先でご確認いただけます。

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【雑記13】

出版社が十年に一度は必ず体験する災難のうち、台風や水害による書籍の汚損事故は多くの割合を占めるかもしれない。地震や雪害による汚破損の場合もないわけではないが、頻度がそれよりも高いのは水害である。商品が水害を受けた場合、取次から返品入帳の依頼が入る。汚破損となった書籍が返品されるわけではなく、実際は伝票上の処理である。丁寧な返品作業の場合には当該商品の汚損写真が送られてくるが、ここ二十年ではもはや写真提供はない。出版社から請求したとしても、汚損した書籍の山の写真のみの提示となる。そのなかに自社本が含まれているかどうかは確認のしようがない。あくまでも在庫データに基づいた返品依頼である。相手を信じるほかはない、いささか厄介な処理である。

後日、汚破損した書籍の代替品の出荷を短冊のみで依頼される場合がある。出版社が入帳したことへの一言の挨拶もなければ、水害対策の報告もない。率直な話、そういう店舗には再出荷する気にはなれない。某巨大チェーンのフランチャンジーの話だ。版元が出荷せずにいても、取次や書店から督促が入ることはない。要するにすべてが機械的プロセスなのだ。

そもそも論として、水害であれ閉店であれ、出版社に返品できることが当然とされているのは、商習慣として妥当なのだろうか。取次との取引契約書においてそのような条項はないと記憶する。契約外の事柄である。出版社として被災書店からの返品を断ることはない。しかし当然のように入帳を求められるのは違和感がある。将来的に日本列島を襲うかもしれない大地震や自然災害で大規模な被災が生じた場合、それもすべて出版社が肩代わりをするのだろうか。不安だと言わざるをえない。

被災ではなく通常の閉店で生じる返品については、いっそうの疑問が残る。書店の閉店は書店の都合であり、出版社の都合ではない。委託中の銘柄については返品は可能だとしても、それ以外の注文品も全部返品依頼を出版社に出すというのは、問題がある。なぜなら注文品は原則、書店側の売り切り努力が大前提だからだ。返品するかもしれないことを見込むならば、それは発注時に「返品条件付き」での出荷を出版社に要請する必要がある。

しかしそうしたルールはもはや長いことうやむやになっている。困ったことに「何でも注文できるし何でも返品できる」と勘違いしている現場書店員や本部統括担当は実在する。この話を某巨大チェーンとそのフランチャイジーに限定できればいいのだが、スタッフ教育のためのまとまった時間を作れないほど人員不足となっている書店ならどこでも起こりうることだ。

閉店返品の入帳が当然視される背景には、もっとも取り分の大きい出版社がリスクを取るべきだという考え方がある。それ自体としては間違いではないが、二つほど留意すべき点がある。ひとつには「だからと言って書店都合による閉店返品全入帳は取引条件の拡大解釈であり過剰適用である」こと、もうひとつはより根本的だが明るみにならない側面として「出版社とて本を作る直接費用や管理費、人件費などを除くと、残る利益は大きくはない」ということだ。

大型書店の閉店返品が年々増えている現在、閉店返品をめぐる基本ルールは書店、取次、出版社の三者間で今こそ再確認すべき重要事である。まずは、買切版元以外の本は何でも返品可能だという認識は間違っていると周知される必要があるのではないか。少なくとも、版元や取次の判断で送品されたものではなく書店が自主的に仕入れた書籍については、買切本でなくても販売責任があるということは、忘れられたり免責されたりして良いものではない。

再販制の弾力的運用を考えるならば、例えば閉店特別セールを考えてみるのもいいかもしれない。赤字になるほどの値引きが書店単独で不可能な場合は、版元によってはキックバックを許容するだろう。返品される方がいいか、売ってもらう方がいいか、の選択になる。実際のところは色々と制約と限界があるし、個々の準備や精算の手間も障害になる。閉店作業自体が大仕事なのだから、それに加えて書店の現場の仕事が増えるなら、それは現実的ではないだろう。チェーンなら本部の協力が不可欠だし、取次の助力も必要だ。

大型書店の閉店返品は出版社への過剰返品となる。他でかせいだ売上はその大量返品で相殺されてしまう。支店を続々と閉店させていく書店は、どんなチェーンであれ、一方で新規店を続々と計画したところで、出版社の信頼を徐々に失うだろう。いつ撤退するか分かったものではない店舗に出品などできない。その本音をチェーン本部や取次はどれくらい認識しているだろうか。

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# by urag | 2023-05-28 22:08 | ENCOUNTER(本のコンシェルジュ) | Comments(0)
2023年 05月 22日

月曜社2022年6月新刊:『多様体5:記憶/未来』

2023年06月12日取次搬入予定 *人文・思想誌

多様体 第5号 特集:記憶/未来
月曜社 本体3,000円 A5判並製320頁(210x148x22mm) ISBN978-4-86503-167-6

過去から未来への、記憶の受け渡しを見つめる試み。記憶とはある時、哲学であり書物であり漁であり食である。人から人へ、ポステリティ(後世)の可能性が賭けられる。長編二篇は、フランスの哲学者トリスタン・ガルシアへのインタヴューと、哲学者近藤和敬による親子対話。デザイナーは松岡里美。

目次:
井奥陽子「〈占いの哲学〉に向けて」
東暑子「ロベルト・カラッソと「唯一の書物」」
なかのまさき「最後のサーミ人漁師」
秋元康隆「ラーショよ、永遠に」
栗脇永翔×中村彩「トリスタン・ガルシアとの対話」
近藤和敬×近藤きりん「多様体の哲学入門」
ジョヴァンニ・ジェンティーレ「純粋行為としての思考の行為」上村忠男訳
ノヴァーリス「『フィヒテ研究』抜粋【2】」宮田眞治訳
有地和毅「本を〈使う〉【2】」
鈴木康則「エリック・ヴェイユ、暴力と対話の哲学者【2】」
ハンス・カイザー「アクロアシス【4】」竹峰義和訳
檜垣立哉「中野幹隆とその時代【4】」
佐野衛「思想と時空【3】」
佐藤健一「店長日記【3】」
鎌垣英人「書店空間の定点観測【4】」
中野幹隆「編集後記四篇ほか」

アマゾン・ジャパンHMV&BOOKS、にて予約受付中。

月曜社2022年6月新刊:『多様体5:記憶/未来』_a0018105_11123772.png


# by urag | 2023-05-22 11:13 | 近刊情報 | Comments(0)
2023年 05月 21日

注目再刊書と注目既刊書:2023年3月~4月

注目再刊書と注目既刊書:2023年3月~4月_a0018105_23581253.jpg


★まず注目再刊書を2点挙げます。

フランス語の余白に』蓮實重彦(著)、朝日出版社、初版1981年;2023年4月復刻版、本体3,630円、B5変型判上製104頁、ISBN978-4-255-01340-4
キルヒャーの世界図鑑――よみがえる普遍の夢 新装版』ジョスリン・ゴドウィン(著)、川島昭夫(訳)、澁澤龍彦/中野美代子/荒俣宏(解説)、工作舎、初版1986年;新装版2023年3月、本体3,200円、A5判変型上製344頁、ISBN978-4-87502-553-5

★『フランス語の余白に』は1989年3刷以来の再刊と思われます。久しぶりの刊行ですから、過去の版を持っていた方も再度購入されることでしょう。私もまたそうしました。その昔、書店員さんに請われて3刷を貸したことがありました。それほど待ち望まれていた再刊だったのではないかと思います。語学の教科書ではありますが、造本設計は瀟洒で美しく、見事としか言いようがありません。手掛けているのは杉浦康平さんと鈴木一誌さんです。

★本書の「INTRODUCTION」はつとに有名だと思うのですが、語学習得にあたっての心得が開陳されており、わずか2頁の短文ながら、忘れ難い印象が読者の胸に刻まれます。「われわれが外国語を学ぶ唯一の目的は、日本語を母語とはしていない人びとと喧嘩することである。大学生たるもの、国際親善などという美辞麗句に、間違ってもだまされてはならぬ」(ii頁)。かつて別売だったマリー=シャンタル蓮實さん朗読の音声カセットは、復刻版に記載されているURLからストリーミングで聴けるようになりました。素晴らしいですね。

★余談ですが、3刷と復刻版を見比べてみると、今回の復刻版はスキャン画像を元にしたものかと想像できます。一番分かりやすいところでは、巻頭の「INTRODUCTION」の漢字の潰れ具合からそう推理できるかもしれません。文字の鮮明さを求めるならば、図書館で旧版(活版印刷かと思います)をご覧になるか、古書価が高いですが、古書店で購入されることをお薦めします。

★『キルヒャーの世界図鑑』はロングセラーの増補新装版。版元紹介文に曰く「図像を全面リマスター&20頁増補」とのこと。工作舎さんのウェブサイトでは「図像の新旧見比べ」という紹介ページがありますので、ぜひご参照ください。確かに今回の新しい版の方が断然鮮明です。目次を旧版と突き合わせてみると、今回増補された20頁というのは、「キルヒャー図像拾遺」のことかと思います。エディトリアル・デザインは旧版が祖父江慎さんで、新装版では宮城安総さんと小倉佐知子さんが加わっています。外まわりも中身もすべて美しいです。『フランス語の余白に』と同様に、問答無用で即決購入して良い本です。

★次に今まで言及できていなかった注目既刊書を列記します。

スピノザ全集 第Ⅴ巻 神、そして人間とその幸福についての短論文』上野修/ 鈴木泉(編)、上野修(訳)、岩波書店、2023年3月、本体4,200円、A5判上製函入232頁、ISBN978-4-00-092855-7
泉々』ウラジーミル・ジャンケレヴィッチ(著)、合田正人(訳)、みすず書房、2023年3月、本体6,500円、A5判上製224頁、ISBN978-4-622-09607-8
一八世紀の秘密外交史――ロシア専制の起源』カール・マルクス(著)、カール・アウグスト・ウィットフォーゲル(序)、石井知章/福本勝清(編訳)、周雨霏(訳)、白水社、2023年3月、本体2,500円、4-6判並製264頁、ISBN978-4-560-09494-5
ポストメディウム時代の芸術――マルセル・ブロータース《北海航行》について』ロザリンド・クラウス(著)、井上康彦(訳)、水声社、2023年3月、本体2,500円、四六判上製182頁、ISBN978-4-8010-00698-0

★特記したいのは、フランスの哲学者ジャンケレヴィッチ(Vladimir Jankélévitch, 1903-1985)の『泉々』。書名は「せんせん」と読みます。原著は『Sources : Recueil』(Seuil, 1984)です。目次は書名のリンク先でご確認いただけます。訳者あとがきがないのでいささか戸惑いますが、原書の目次と比べる限りでは全訳と思われます。フランスワーズ・シュヴァブとの共編による論文集です。「トルストイとラフマニノフ」「似ている、似ていない(ユダヤ意識)」「思い出三篇」の三部構成。版元紹介文の文言を借りると、「1985年の哲学者の死の1年前、シュヴァブの協力を得て、みずからの意図を反映させて編まれた本書は、1冊の書物としてはじめて世に送られた論集。全12篇」。

★原書通りに巻頭には、「これ〔本書〕に続いて音楽と哲学を論じた第二の論集が出版される予定である」と特記されていますが、生前には刊行されませんでした。シュヴァブの編纂によるジャンケレヴィッチの没後刊行物には『最初と最後のページ』(原著1994年;合田正人訳、みすず書房、1995年)や『死とはなにか』(原著1994年;原章二訳、青弓社、1995年)をはじめとして複数あります。ジャンケレヴィッチの著書には未訳のものがまだ多く、その全貌は日本の読者にはまだ知られていません。なお、訳者の合田正人さんは2003年に『ジャンケレヴィッチ――境界のラプソディー』という一書をみすず書房から上梓されています。現在は品切。

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【雑記12】

周知の通り、丸善ジュンク堂書店および未来屋書店の日販帳合店が立て続けにトーハン帳合へと変更になった。業界外ではニュースになっていないが、これは出版人にとってみるとけっして小さいことではない。私が勤務する小さな専門書版元の場合、日販から丸善ジュンク堂書店が消えたことで、日販での新刊委託配本がしばしばできなくなるほど受注が減った。もともと小出版社はバラマキ配本ではなく、書店からの受注をもとに指定配本を行ってきたので、受注が少なければ、新刊の配本ラインを取得するほどの規模とはならず、注文条件での出荷に切り替わることとなる。

むろん返品条件付きでは出荷するが、書店と出版社は取次を挟んで取引条件が非対称になっているため、委託だろうが注文だろうが、書店には即請求となる。逆に版元では大手や老舗を除いては、委託条件の精算は半年後になるし、注文条件すら全額請求はできない。利益配分では取次会社が出版社や書店に比して一番小さいにもかかわらず、会社の規模としては大きくなるのは、出版業界でのモノとカネの流れを一挙的に集約する組織だからだが、彼らは非対称な時間差でカネの流れをコントロールできる存在でもある。これによって取次は相手が書店であれ出版社であれ、ほどほどに生かしておくことができる。

しかし今や書店の大半は経営に苦しんでおり、潰れるか取次の傘下になるかという厳しい選択肢が目前に迫っている。それ以外の第三の道は必ずしも自明ではない。いっぽう出版社は、大手を先行者として雑誌や書籍の出版元から電子形態を含むコンテンツ産業へと変貌しつつあり、変化できずに過去の栄光へしがみつくものは有名版元ですら淘汰される時代になってきた。とはいえ、紙媒体がすべてすたれてしまったわけではなく、人間が肉体を持つ以上は紙との親和性はまだ消えはしない。90年代後半から始まった出版不況以後も図書館は増え続けており、地域の賑わい創出に一役買っている側面もある。むろん現実として本の購入予算は年々減らされているし、自治体がいつまでハコモノを維持できるかという問題はあるので、安閑とはしていられない。

取次に話を戻すと、少なくとも数年前までは日販はリアル書店を大切にし、新業態の書店業を後押しする姿勢を見せていた。日販自身も箱根本箱のようなブックホテルや、入場料ありの書店「文喫」を手掛けている。対照的だったのはトーハンで、不動産事業やフィットネス事業、コワーキングスペース事業等々、事業領域の拡大を図ってきた。二社とも本業の取次事業は苦戦している。出版人にはこう見えていたはずだ。トーハンがどこに向かうのかは分からないが、日販は本業での革新を目指すのだろう、と。しかし、このところ風向きが変わってきた。その最たるものが帳合変更である。丸善ジュンク堂や未来屋を取り込んだトーハンは売上が上向くだろうが、返品率上昇のリスクも否応なく高まるだろう。実際、小出版社の売上や返品率はそうなっている。トーハン帳合店の補充発注はかなり増えたが、返品もまた増えている。冷めた目で見れば、不採算店を順次切り捨てない限り、帳合店の増加はトーハンにとってお荷物を抱えるリスクになりかねない。

日販の場合、帳合店の補充注文は激減している。アマゾンと直取引している版元の場合、トーハンより月次の売上高が低くなるのではないか。日販経由でアマゾンに卸している版元はさほど売上に大きな変化はないだろう。それほどまでにアマゾンのシェアは大きい。アマゾン抜きでは日販はもはやリアル書店の取引においてはトーハンの後塵を拝することになるだろう。日販はもうダメでトーハンがいい、という単純な話ではない。ただ、日販とトーハンの棲み分けがそろそろはっきりしてくるころなのかもしれない。

特に気になるのはリアル書店との取引を縮小し続けている日販である。先日「文化通信」にこんな記事が出た。「日販グループホールディングス 代表取締役社長・吉川英作氏に聞く トリプルウィンから20年余 出版流通改革とESG」(2023年4月24日付)。有料記事である。大切な話があるなら業界紙に話すのではなくて、日販のウェブサイトに掲載するなり動画配信するなりすればいいではないか。がっかりである。

日販の3月9日付のニュースリリース「日販グループホールディングス、御茶ノ水本社と日販王子流通センターをリニューアル ~“共創と共生”一人ひとりが輝けるオフィス、環境と人に配慮したやさしい物流センターへ~」や、3月24日付の「日販 コーポレートサイトリニューアルのお知らせ~今後のさらなる成長に向けて全面刷新~」からも日販の方向性の一端は垣間見ることができるが、これらはありていに言えば「そとづら」である。また、日販のその後のニュースリリースには「2023年度 日販入社式を開催」(2023年4月5日)があり、そこでは代表取締役社長奥村景二氏のメッセージ要旨を読めるが、こちらは「うちづら」だ。

うちづらでもそとづらでもない、取次の本音の部分が見えてこない。イメージ戦略を取るのなら、本当に気にしなければならないのは世間様以上に取引先のはずである。コロナ流行以後、取次の仕入窓口と版元営業マンとの間には、リモート対応によって決定的な距離が生まれた。それによって無用の衝突の数々が減ったはずだが、逆に対話も途絶えた。互いに顔の見えない存在になりつつある。それでいいのだろうか。現在のリモート体制は実際のところコロナ前から実施が決まっていたもので、それが若干早まったにすぎない。既定路線を変更して昔に戻ればいいわけでもない。大切なのは本音で語り合える新しい絆、新しい真摯なつながりの回路を作ることだろう。そう信じることのできる取次人との出会いを希求している出版人もいるのだ。

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# by urag | 2023-05-21 23:33 | ENCOUNTER(本のコンシェルジュ) | Comments(0)