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2025年 10月 26日

注目新刊:本巻全38巻完結、晶文社版『吉本隆明全集38[書簡Ⅱ・Ⅲ]』

注目新刊:本巻全38巻完結、晶文社版『吉本隆明全集38[書簡Ⅱ・Ⅲ]』_a0018105_21253125.jpg



★まず、最近出逢いのあった書籍新刊を列記します。

吉本隆明全集38[書簡Ⅱ・Ⅲ]』吉本隆明(著)、晶文社、2025年10月、本体7,600円、A5判変型上製580頁、ISBN978-4-7949-7138-8
言語活動の秘蹟――宣誓の考古学』ジョルジョ・アガンベン(著)、上村忠男(訳)、以文社、2025年10月、本体3,600円、四六判上製144頁、ISBN978-4-7531-0397-3
メダンの夕べ――戦争と女たち』ゾラ/モーパッサン/ユイスマンス/ほか(著)、足立和彦/安達孝信(訳)、ルリユール叢書:幻戯書房、2025年10月、本体3,900円、四六変形判上製432頁、ISBN978-4-86488-333-7
現代思想2025年11月号 特集=「終末論」を考える――破局と救済のポリティクス』青土社、2025年10月、本体1,800円、A5判並製238頁、ISBN978-4-7917-1489-6
決定版 日本のイカ・タコ』土屋光太郎(解説)、阿部秀樹(写真)、平凡社、2025年9月、本体4,200円、A5変型判336頁、ISBN978-4-582-54257-8

★『吉本隆明全集38[書簡Ⅱ・Ⅲ]』はまもなく発売。「11年の歳月をかけ、遂に本巻完結」(帯文より)。最終巻となる第38巻は、京都・三月書房の宍戸恭一宛全書簡143通(1959~2002年)を収録する「書簡Ⅱ」と、「1950年代の北川太一、島尾敏雄宛の書簡に始まり、著者の執筆・言論活動の重要な舞台となった『試行』の直接購読者とのやりとりなど、書簡190通余りを収録する」(版元紹介文より)「書簡Ⅲ」、さらに「36巻刊行後に入手できた遺留原稿「ヨブ記註解」を収録」(同)とのこと。巻末には間宮幹彦さんによる「解題」のほか、全集の舞台裏を窺える貴重な「謝辞」が載っています。付属の「月報38」は、大塚英志さんの「「位相」の出自」と、ハルノ宵子さんの「来訪神」を収録。月報によれば、全集に関連する直販冊子『吉本隆明・赤羽淑(往復)書簡』(税別2500円)の受注を、晶文社がほどなく開始するようです。

★「ヨブ記註解」より引きます。「ヨブは絶望する。一族や肉親が不幸な災難に見舞われ、所有していた富や財が無に帰し、じぶんは皮膚病の苦痛にさいなまれているからか。たしかにひとりの個人ヨブは、ほかの個人のようにこれほどの災厄に見舞われれば、誰でも絶望にうちのめされることがある。ヨブもおなじだ。だが信仰の人ヨブにはもうひとつの絶望に打ちのめされていることがある。それは神は不善や不公平や悪をなすものではないのかという疑念と不信に由来する信仰としての絶望だ。これは私人としての絶望、じぶんの不幸の意識からくる絶望とはちがう。また違わなければ、旧約の精髄としての『ヨブ記』は成り立たない。/ヨブのおおげさにみえる自身への嘆きと、神への呪詛ににた抗弁のうしろに、この二重の絶望を読むのが妥当なようにみえる。『ヨブ記』は受難者ヨブの物語であるとともに、旧約の「神」の本質に向かって肉迫してゆく人間的な本質の対抗の物語だ」(539頁)。

★『言語活動の秘蹟』は、イタリアの哲学者ジョルジョ・アガンベンの主著「ホモ・サケル」シリーズの第二部第三巻で、シリーズ唯一の未訳本となっていた『Horkos: Il sacramento del linguaggio Archeologia del giuramento』(Laterza, 2008; Quodolibet, 2023)の全訳。版元紹介文に曰く「「宣誓」に先立って、宗教や法が存在するのではなく、まさに「宣誓」の行為遂行性によって、宗教・法が立ち現れる。政治的動物(ゾーオン・ポリティコン)たる人間そのものを問いに付す、宣誓の哲学的考古学の探究」。全29節。

★「宣誓を考古学的に探求するということは、わたしたちがここでは基本的にギリシア=ローマの範囲内に制限することにする歴史的データの分析を人類の発生と現在のあいだに張り渡されたアルケーのほうへ差し向けていくことを意味することになるだろう。すなわち、わたしたちが「宣誓」という語で指示している、法的であると同時に宗教的でもある謎めいた制度は、それが言葉を話す存在および政治的動物としての人間の自然本性そのものを問いに付すような展望のもとに置くことにとってのみ、知解可能になるというのが、わたしの仮説である。ここから宣誓の考古学の今日的意義はやってくる。実際にも、人類の発生といったような超歴史は一度完遂されたならそれで終わりといった出来事ではない。それはつねに進行中である。というのも、ホモ・サピエンスはけっして人間になることをやめないからであり、おそらく、言語に接近し、言葉を話す存在としてのみずからの自然本性にもとづいて宣誓することを、なおもやり終えていないからである」(第5冊19頁)。

★『メダンの夕べ』は、ルリユール叢書の第51回配本、73冊目。『Les Soirées de Médan』(1880年)の全訳。底本には2015年にフラマリオンから再刊された版が使用されています。戦場、野戦病院、兵舎、総司令部などにおける「現実」を直視し、戦時下の軍人や女たちの生を鮮明に描き出すことによって、戦争美化の言説に抗議の声をあげる――パリ郊外のメダンにあるゾラ宅に集った〔…〕6人のフランス自然主義作家が普仏戦争(1870-71)を記録、諷刺した短編小説集。本邦初完訳」(帯文より)。収録作は、エミール・ゾラ「水車小屋の攻防」、ギ・ド・モーパッサン「脂肪の塊」、ジョリス゠カルル・ユイスマンス「背囊を背負って」、アンリ・セアール「瀉血」、レオン・エニック「大七事件」、ポール・アレクシ「戦闘のあと」。補遺として、「(五十周年記念の再刊に寄せた)レオン・エニックによる序文」と、モーパッサンによる「メダンの夕べ――どのようにしてこの書が作られたか」が併録されています。ルリユール叢書次回配本は11月下旬発売予定、ジョルジュ・シムノン『故ギャレ氏/リバティ・バー』(中村佳子訳)。

★『現代思想2025年11月号』の特集は「「終末論」を考える」。版元紹介文に曰く「本特集では終末論の政治的含意を批判的に問うとともに、その宗教的な淵源や、歴史・文化も含め広く検討することで、オルタナティヴな未来の思想を模索する」と。橋迫瑞穂さんと森岡正博さんの討議に始まり、17篇の論考を収録。寄稿者は以下の方々です。大澤真幸、森元斎、菊地夏野、土佐弘之、沖田瑞穂、辻隆太朗、柳澤田実、冲永宜司、工藤万里江、逆卷しとね、宮本道人、小泉空、木村政樹、寺田俊郎、柿木伸之、大竹弘二、亀井大輔。11月末発売の12月号の特集は「排外主義の時代」。

★『決定版 日本のイカ・タコ』は、「気鋭の学者と写真家による10年に及ぶコラボ作」(版元紹介文より)だというカラー図鑑。「最新の分類と知見、美しい700枚のカラー写真で、イカ類20科71種、タコ類10科42種を解説。頭足類のユニークで不思議な世界」(帯文より)。「筆者ははや40年、頭足類の研究に携わり、分類研究者として標本に基づいた研究を続けてきた。今からほぼ20年前、筆者らは『イカ・タコガイドブック』(TBSブリタニカ)を刊行した。その編集の際にも生きた頭足類の変化に富んだ生態画像に触れ、その変化の美しさと、その同定の難しさを深く感じたが、さらにこのたびも、共著者である水中カメラマンの阿部秀樹さんが日本全域にわたり、30年以上の時間をかけて撮影した膨大な生態写真を基に新たな頭足類の図鑑を刊行する機会を得た」(序文、4頁)。

★次に、水声社さんの注目新刊既刊書から。

太陽の都市』トンマーゾ・カンパネッラ(著)、澤井繁男(訳)、イタリアルネサンス文学・哲学コレクション:水声社、2025年10月、本体2,700円、A5判上製160頁、ISBN978-4-8010-0776-5
世界の可能性――ピエール゠フィリップ・ジャンダンとの対話』ジャン゠リュック・ナンシー(著)、伊藤潤一郎/吉松覚/松田智裕(訳)、批評の小径:水声社、2025年9月、本体2,200円、四六判上製197頁、ISBN978-4-8010-0886-1

★『太陽の都市』は、作家でルネサンス文化研究者の澤井繁男(さわい・しげお, 1954-)さんによる責任編集のシリーズ「イタリアルネサンス文学・哲学コレクション」全6巻の最終回配本となる第6巻。イタリアの聖職者で自然哲学者のトンマーゾ・カンパネッラ(Tommaso Campanella, 1568-1639)の代表的著作『La città del Sole』(1602年)の新訳。帯文に曰く「教会とスペイン帝国に対し武装蜂起を企図したカトリック僧が、逮捕された獄中にて執筆したユートピア論。神政政治、結婚と生殖の管理、財産の共有、卓越した科学技術……混迷の17世紀イタリアで千年王国到来の予感とともに夢想する、原始共産制社会の驚くべきビジョン」。

★同書の既訳には、以下のものがありました。加藤朝鳥訳「太陽の都」(『世界大思想全集(50)』所収、春秋社、1929年)、島谷俊三訳『太陽の都』(玉川叢書:玉川学園出版部、1932年)、大岩誠訳『太陽の都』(岩波文庫、1950年)、坂本鉄男訳『太陽の都・詩篇』(古典文庫:現代思潮社、1967年)、近藤恒一訳『太陽の都』(岩波文庫、1992年)。

★「イタリアルネサンス文学・哲学コレクション」の全巻構成は以下の通り。

第1巻:ジョヴァンニ・ボテロ『都市盛衰原因論』石黒盛久訳、2019年3月
第2巻:トルクァート・タッソ『詩作論』村瀬有司訳、2019年4月
第3巻:トンマーゾ・カンパネッラ『哲学詩集』澤井繁男訳、2020年4月
第4巻:ピエトロ・アレティーノ『コルティジャーナ(宮廷生活)』栗原俊秀訳、2019年9月
第5巻:ガリレオ・ガリレイ『ガリレオ書簡集――天文学的発見から聖書解釈まで』小林満訳、2022年12月
第6巻:トンマーゾ・カンパネッラ『太陽の都市』澤井繁男訳、2025年10月

★なお当初の予定では第6巻は、マルシリオ・フィチーノ『人間の生について』河合成雄訳、と予告されていました。

★『世界の可能性』は、フランスの哲学者ジャン゠リュック・ナンシー(Jean-Luc Nancy, 1940-2021)の対話篇『La Possibilité d’un monde : Dialogue avec Pierre-Philippe Jandin』(Les petits Platons, 2013)の全訳。帯文に曰く「少年期の読書体験から芽吹き、意味、共同体、政治、宗教、芸術へと枝葉を伸ばした思索が、やがて世界の輪郭を描き出す。その思想史的軌跡と核心を、対話の中で鮮やかに照射する——私たちの思考を新たな地平へ押しひろげる、ナンシーによるナンシー哲学入門」。目次は書名のリンク先でご確認いただけます。

★「悪は、まさにしく世界を拒否すること、世界をあるひとつの帝国でもって置き換えようとすることでしょう――そこに主権があるかどうかはともかく、です……。そのような帝国は、貨幣の帝国でもあるかもしれませんし、「私」の帝国であったり、ある神の帝国であったりするかもしれませんし、自分に酔いしれた技術の帝国であったり、自分に酔った信仰の帝国であったりするかもしれません。そこには求心的で自己充足した数々の力が見出されます。しかし世界は遠心的で、彷徨的で、開かれているのです」(164頁)。

★ここ1年間で水声社さんから刊行された書籍のうちの注目書を以下に列記します。

2025年09月《人類学の転回》:マリリン・ストラザーン『アフター・ネイチャー ――20世紀後期におけるイングランドの親族』谷憲一/堀口真司(訳)、ISBN978-4-8010-0723-9
2025年09月:マリオ・ペルニオーラ『すべてがアートになったあと――現代美術と理論の戦略』鯖江秀樹(訳)、ISBN978-4-8010-0883-0
2025年06月《芸術/言語》:ガブリエレ・グエルチョ(編)『哲学以後の芸術とその後――ジョゼフ・コスース著作集成 1966-1990』鍵谷怜(訳)、ISBN978-4-8010-0874-8
2025年05月:W・H・オーデン『もうひとつの時代』岩崎宗治(訳)、ISBN978-4-8010-0860-1
2025年05月:W・H・オーデン『アキレスの盾』太田雅孝(訳)、ISBN978-4-8010-0859-5
2025年05月《言語の政治》:アントワーヌ・コンパニョン『ベルナール・ファイ――ある対独協力知識人の肖像』今井勉(訳)、ISBN978-4-8010-0869-4
2025年4月《記号学的実践叢書》:シーモア・チャットマン『小説と映画の修辞学[改訳決定版]』田中秀人(訳)、ISBN978-4-8010-0621-8
2025年01月《言語の政治》:ロバート・ハーヴェイ『コモン・グラウンドの倫理――デュラス、フーコー、シャールの文学空間』中川真知子(訳)、ISBN978-4-8010-0840-3 
2024年11月《批評の小径》:マルセル・ベナブー『私はなぜ自分の本を一冊も書かなかったのか』塩塚秀一郎(訳)、ISBN978-4-8010-0783-3
2024年11月《言語の政治》:アントワーヌ・コンパニョン『ブリュヌチエール――ある反ドレフュス派知識人の肖像』今井勉(訳)、ISBN978-4-8010-0827-4
2024年10月:マシュー・フラー/エヤル・ヴァイツマン『調査的感性術――真実の政治における紛争とコモンズ』中井悠(訳)、ISBN978-4-8010-0765-9
2024年10月:ルドルフ・シュタイナー『シュタイナー医学講義――アントロポゾフィー的治療』小林國力/福元晃/中谷三恵子(訳)、ISBN978-4-8010-0819-9


# by urag | 2025-10-26 21:16 | ENCOUNTER(本のコンシェルジュ) | Comments(0)
2025年 10月 20日

注目新刊:サッカー『この惑星の塵のなかで』、ALT236『リミナルスペース』、ほか

注目新刊:サッカー『この惑星の塵のなかで』、ALT236『リミナルスペース』、ほか_a0018105_03465358.jpg


★注目の新刊および既刊を列記します。

この惑星の塵のなかで――哲学のホラー』ユージーン・サッカー(著)、浅沼光樹(訳)、青土社、2025年10月、本体3,000円、ISBN978-4-7917-7739-6
リミナルスペース――新しい恐怖の美学』ALT236(著)、佐野ゆか(訳)、フィルムアート社、2025年9月、本体3,400円、B5変形判並製192頁、ISBN978-4-8459-2400-4
詳解 ラカン『サントーム』――ジョイス・結び目・精神病』原和之/荒谷大輔/福田大輔/今関裕太(著)、福村出版、2025年9月、本体7,000円、A5判上製448頁、ISBN978-4-571-24132-1

★『この惑星の塵のなかで』は、米国の作家で哲学者、ニュースクール大学教授のユージーン・サッカー(タッカーとも;Eugene Thacker)の著書『In the Dust of This Planet. Horror of Philosophy, vol. 1』(Zero Books, 2011)の全訳。サッカーの著書ではこれまでに論考の翻訳がありましたが、書籍の全訳は初めてです。帯文に曰く「本書は、私たちが思考の彼方へと逃れ去る世界を思考するための手段として、ホラーというジャンルに目を向ける。ブラックメタルからラヴクラフト、さらには伊藤潤二の漫画まで——さまざまな作品を媒体としながら謎めいた奇才によって提唱される、独自の宇宙的悲観主義」。目次詳細は書名のリンク先でご確認いただけます。本書は「哲学のホラー」3部作の第1作で第2作が『Starry Speculative Corpse』、第3作が『Tentacles Longer Than Night』、ともにZero Booksから2015年4月に刊行されています。

★「「思考不可能な世界」という主題を通して哲学とホラーの関係を探るのが本書の目的である。具体的には、哲学と超自然的ホラーというジャンルとの関係を探究しようと思っている。ただしここでの哲学は、、隣接する多くの分野(魔学、オカルト主義、神秘主義)と重なり合うものであり、また超自然的ホラーというジャンルは、小説、映画、マンガ、音楽、その他のメディアをまたいで現れるものである。〔…〕私が言わんとしているのは〔…ホラーの哲学ではなく〕哲学のホラーなのである。〈哲学のホラー〉とは、哲学の限界と制限があらわになる瞬間を、つまり思考がみずからの可能性の地平に謎めいた仕方で直面する瞬間を取り押さえることである。こうすれば思考不可能なものが思考される」(序章「不可知の雲」8頁)。

★「アグリッパにとって人類は世界の知識を獲得できるだけでなく、オカルト的実践によって「万物の造り主」との高次の「合一」に至ることもできる。しかし宗教と科学の覇権のいずれかを盲信し、両者のあいだをまるで精神分裂病のように揺れ動くしかない時代――それが現代であるなら、残されているのは〈世界が隠されていること〉しかない。つまり、これを拠り所にして人間的なものに対して全面的に無人格的「抵抗」を繰り広げるしかないのである。〔…〕伝統的なオカルト哲学の歴史的起源はルネサンスの人文主義〔ヒューマニズム〕にある。これに対して新しい〔現代の〕オカルト哲学は反人間主義的〔アンチヒューマニスト〕である。なぜならそれは、人間でないものを思想の限界としてあらわにすることを方法としているからである」(第二章「オカルト哲学に関する六つの読書」79~80頁)。




★『リミナルスペース』は、フランスの映像作家でユーチューバーのALT236(Quentin Boëton, 1980-)の著書『Liminal : les nouveaux espaces de l'angoisse』(Gallimard, 2023)の訳書。帯文に曰く「人の気配のない地下鉄の通路や駅のコンコース、空港のターミナル、寂れたショッピングモール、夜の遊園地……。日常で目にする光景の中に、不穏さ、そして抗いがたい魅力を見出す「リミナルスペース」は、インターネットを中心に爆発的に広がった、2020年代を代表する美学的ミームである。不確かで、奇妙で、人工的で、憂鬱で、懐かしい。新しい「恐怖の美学」の誕生の過程とその影響を体系的に掘り下げる、リミナルスペース解体新書」。主に前世紀から現在に至るまでの建築、絵画、写真、映画、ゲーム、音楽、廃墟、仮想空間、ホラー動画、都市伝説など、豊富な歴史的事例に言及し、多数のカラー図版とともに、リミナルなものの美学を探索しています。版元さんの特設サイトはこちら

★序文にはこう書かれています。「恐怖は人類と同時に誕生した。ずっと陰に隠れて決して適応をやめず、人類と共に進化してきた。〔…〕本書で扱われるホラーは、これまでのホラーとは正反対で、過剰な演出よりも空虚さを好み、露骨な演技よりも示唆を選び、他の何よりも謎を促す。「リミナルスペース」は、昨日今日始まったものではなく、徐々にきわめて革新的で現代的な新大陸になっていった。美学的な物語の分野を切り拓き、今では当初の定義を超えて、意図的に不安を誘うビジョンという、より大きな分野へと開かれている」(9頁)。

★巻頭には、ボルヘスやラヴクラフトを引用したエピグラフよりも先に「本書を読む際のBGMに最適なアルバムリスト」が掲出されていて、本書の内容にマッチした好印象を抱かせます。The CaretakerやAtrium Carceri、Aphex Twinsなど、お好きな方にはアルバム名がすぐに思い浮かぶであろう選曲です。ここには、読者によっては数少なくないリストが加わるかもしれません。たとえば、細野晴臣さんのカセットブック『花に水』(冬樹社、1984年;ビクターエンタテインメント、2020年)や、Braian Eno『Ambient 1: Music for Airports』(1979)等々、歴史を遡りたくなるでしょう。

★刊行記念として「偏在するリミナルスペース」という限定冊子が附属しています(初版限定かもしれません)。大森時生、梨、Chilla'S Art、星野太をはじめとする各氏のコメントや、美学がご専門の銭清弘さんの論考「リミナルスペースのなにが(私にとって)ノスタルジックなのか」や、フィルムアート社編集部によるブックガイド「リミナルスペースの想像力はどこから来てどこへゆくのか?」が掲載されています。銭さんの結語、「読者の皆さんにもぜひ、豊富な図版を眺めながらリミナルスペースなものをいろいろと連想してみてほしい。現実に戻ってこれる範囲で」という言葉が象徴的です。この場合、現実とはあるいは仮想現実のその先にある、映画『アヴァロン』が描くところのクラスSAとも言えるでしょうか。

★『詳解 ラカン『サントーム』』は、「フランスの精神分析家ジャック・ラカンが1975/76年度に行ったセミネール『サントーム』の解説」(はじめに、ix頁)。ラカンの講義録(セミネール)は順次、岩波書店から翻訳が刊行されていますが、『サントーム』すなわち講義録第23巻『Le Sinthome』(Seuil, 2005)はまだ日本語訳は出ていません。ラカンのセミネールは『エクリ』に比べれば理解しやすいかもしれませんが、それでも難解であることには変わりなく、そのためか本書のような解説書が日本でも生まれています。それが佐々木孝次さんの連作、『ラカン『アンコール』解説』(せりか書房、2013年)、『ラカン「レトゥルディ」読解――《大意》と《評釈》』(せりか書房、2015年)、『ラカン「リチュラテール」論――大意・評注・本論』(せりか書房、2017年)、そして、荒谷大輔、小長野航太、桑田光平、池松辰男の各氏による『ラカン『精神分析の四基本概念』解説』(せりか書房、2018年)です。

★「〔『サントーム』において〕ラカンはジョイスの作品やジョイス本人の伝記的事実を参照しつつ、そこにさまざまな仕方である種の「父性欠如」が指摘できることを確認したうえで、そこから生じえたはずの病理的な帰結が回避されるにあたり、ジョイスの文学的創造のはたしたであろう役割を強調する。ジョイスが各ものの中には、若いころの多少なりとも侵入的な経験を記した『エピファニー集』、『若き日の芸術家の肖像』で語られている一種の体感幻覚、また言語新作的な混乱と踵を接した『フィネガンズ・ウェイク』での言語実験など、精神病的なものへの接近とも見える契機を認めることができるが、にもかかわらずジョイスが狂気に陥ることがなかったとするなら、それは一体なぜなのか。ラカンはこの問いに対して、ジョイスが文学的エクリチュールをとおして〈父-の-名〉の別の仕方での利用をなしえたとするテーゼを掲げ、これをセミネールの議論を通じて示そうとすることになるだろう」(はじめに、x~xi頁)。

★第9講の質疑応答における印象的なやりとりを抜き出しておきます。おそらく質問者は日本人で、ラカンの講義からどのような印象を受け取ったのかはさだかではありませんが、印象的なくだりではあります。「次の質問はどうやら日本語で書かれていたようだが、翻訳してもらった「あなたは無政府主義者なのでしょうか」という問いにラカンは「ぜんぜん違います」とのみ答えている」(268頁)。

★最近出会いのあった新刊を列記します。

両インド史 西インド篇/中巻』ギヨーム=トマ・レーナル(著)、大津真作(訳)、法政大学出版局、2025年10月、本体24,000円、A5判上製貼箱入982頁、ISBN978-4-588-15059-3
絶対的内在とアナーキー ――ジョルジョ・アガンベンの政治哲学』長島皓平(著)、法政大学出版局、2025年10月、本体5,200円、A5判上製398頁、ISBN978-4-588-15144-6
宮沢賢治きのこ文学集成』宮沢賢治(著)、飯沢耕太郎(編)、作品社、2025年10月、本体2,700円、46判並製256頁、ISBN978-4-86793-117-2
最期は一日中抱っこさせて――短い命の輝かせ方』石井光太(著)、叢書クロニック:ライフサイエンス出版、2025年10月、本体2,000円、四六判並製292頁、ISBN978-4-89775-504-5
現代思想2025年11月臨時増刊号 特集=ラフカディオ・ハーン/小泉八雲』青土社、2025年10月、本体2,200円、A5判並製334頁、ISBN978-4-7917-1488-9

★『両インド史 西インド篇/中巻』は、フランスのイエズス会士でジャーナリストのギヨーム=トマ・レーナル(Guillaume-Thomas Raynal, 1713-1796)が1770年にディドロらの執筆協力を得て匿名で出版し、改訂増補を重ねて「飛ぶように売れた」という伝説の大著『両インドにおけるヨーロッパ人の植民と貿易の哲学的・政治的歴史』(L'Histoire philosophique et politique des établissements et du commerce des Européens dans les deux Indes;第3版、1780年)の翻訳。全5巻中の第4巻です。これまでに刊行されたのは、2009年6月「東インド篇/上巻」、2011年5月「東インド篇/下巻」、2015年9月「西インド篇/上巻」、そして今回の2025年10月「西インド篇/中巻」。

★版元紹介文や著者略歴の文言を借りると『両インド史』は「ヨーロッパ諸国の植民地主義や奴隷貿易の歴史的展開を批判的に省察し」「「大革命の父」と賞讃され」たと言います。「ディドロも数多くの部分を補足執筆した本書第4巻目は、植民地と貿易利権をめぐる「文明」諸国間の競合や戦争を背景に、アフリカから西インド諸島への黒人奴隷貿易、宗主国と植民地との支配関係、中米カリブ海地域をはじめとする開発・商取引状況など広大な事象に論及する諸篇を収録」とのこと。目次詳細は書名のリンク先でご確認いただけます。訳者の大津真作(おおつ・しんさく, 1945-)さんは甲南大学名誉教授。ご専門は西欧社会思想史で、法政大学出版局ではエドガール・モラン『方法』(全5巻、1984~2006年)など、多数の訳書を上梓しておられます。

★『絶対的内在とアナーキー』は、立命館大学専門研究員の長島皓平(ながしま・こうへい, 1994-)さんが慶應義塾大学大学院法学研究科に提出した博士論文「存在・政治・神学――ジョルジョ・アガンベンの政治哲学」に加筆修正を施したもの。「存在論的政治から出発したアガンベンの政治哲学が、政治神学への取り組みを通じて絶対的内在のアナキズムへと至った過程を明らかにし」(結語、348頁)、「生政治的主権から統治機械、さらにその動力源たる典礼権力論へと権力理解を展開するなかで、統治不可能な生の形式に立脚しつつ、権力の無根拠を明るみに出す様態的存在論の政治」(同)を提示するものです。「存在・政治・神学──アガンベンの深化と変化」「資本主義・民主主義・脱構成──アガンベンのアクチュアリティ」の二部構成。目次詳細は書名のリンク先でご確認いただけます。

★『宮沢賢治きのこ文学集成』は、評論家の飯沢耕太郎(いいざわ・こうたろう, 1954-)さんが賢治の文学作品のなかから、きのこにまつわる短歌4首、詩6編、小説/童話11本を選んで1冊にまとめたもの。『泉鏡花きのこ文学集成』(2024年5月)に続く、「きのこ文学」シリーズの第2弾となります。巻末には飯沢さんによる編者解説「きのこ文学者としての宮沢賢治」が付されています。「きのこは彼にとって、自然という不可思議で、不可知で、常に新たな驚きを与えてくれる対象の、大いなる分身だったのではないだろうか。きのこを通じて物事を見直し、新たな認識を見出すことの喜びを、彼のきのこ文学作品からは常に感じ取ることができる」(252頁)。

★『最期は一日中抱っこさせて』は、叢書クロニックの最新刊。ノンフィクション・ライターの石井光太(いしい・こうた, 1977-)さんが難病児童の医療にたずさわる7氏にインタビューした記録をまとめたもの。7氏というのは登場順に、森田優子(シャイン・オン・キッズ)、田村亜紀子(チャイルド・ケモ・ハウス)、副島賢和(昭和医科大学病院さいかち学級)、高橋真理子(星つむぎの村)、松井秀文(ゴールドリボン・ネットワーク)、吉岡春菜(ジャパンハート)、市川雅子(TSURUMIこどもホスピス)。「彼らは決して潤沢ではない予算をやりくりし、日の当たりにくい地味で手のかかる活動を黙々と続けている。そういう人たちの思いや行動が正当に評価されない世の中であってはならない」(あとがき、290頁)。

★『現代思想2025年11月臨時増刊号』は、特集「ラフカディオ・ハーン/小泉八雲」。2025年度下半期のNHK朝の連続ドラマ小説『ばけばけ』のスタートに合わせて、ハーンの文庫新刊が続いていますが、青土社では「ユリイカ」ではなく「現代思想」での臨時増刊号というのがポイント。2本の討議と24編の論考を収めます。平藤喜久子、三浦佑之、宇野邦一、兵藤裕己の4氏は討議と論考の両方で参加されています。目次詳細は書名のリンク先でご確認いただけます。



# by urag | 2025-10-20 03:28 | ENCOUNTER(本のコンシェルジュ) | Comments(0)
2025年 10月 16日

月曜社11月新刊:甲斐扶佐義『新版 地図のない京都』

2025年11月21日取次搬入予定
ジャンル:芸術、写真集

新版 地図のない京都
甲斐扶佐義(写真)
月曜社 本体3,000円 B5変形判並製320頁(1C、タテ210mmヨコ188mm××ツカ24mm、850g) ISBN:978-4-86503-214-7 C0072


50年以上にわたり、京都の人と街を撮りつづけている写真家の集大成。ありそうでない京都写真集。1972-2014年撮影。モノクロ328点収録。「懐かしい、ひたすら懐かしい写真です」(冷泉貴実子 冷泉家時雨亭文庫 常務理事)。「あられもない京都が目にしみる」(井上章一 『京都ぎらい』著者)。本書は、『地図のない京都――ぼくの散歩帖』(径書房、1992年)と一部で写真が重なりますが、再編集のもと内容を一新したものです。

目次:
1. 生活圏、散歩コース*今出川〜鞍馬口、川端〜千本
2. 準散歩コース*今出川〜御池、川端〜千本、+川端より東の鞍馬口〜三条
3. 仕事場付近、中心街*御池〜京都駅、千本〜鴨川
4. 生活圏、散歩コース*東山区
5. 北
6. 西
7. 南
焼失写真
撮影エリア(地図)
あとがき

甲斐扶佐義(かい・ふさよし)1949年大分生まれ。1968年同志社大入学(除籍)。1972年京都の対抗文化の拠点となる喫茶店、ほんやら洞を仲間たちとオープン(2015年焼失)。2015年京都美術文化賞受賞、2023年京都府文化賞功労賞受賞。主な写真集に『笑う鴨川』(リブロポート)、『Kids』(京都書院)、『京都猫町さがし』(中公文庫)、『路地裏の京都』(道出版)、『京都ほんやら洞の猫』(エディション・エフ)ほか多数。共著に『夢の抜け口』(杉本秀太郎・文、青草書房)など。

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# by urag | 2025-10-16 16:25 | 近刊情報 | Comments(0)
2025年 10月 14日

月曜社11月新刊:大竹伸朗『網膜』丸亀市猪熊弦一郎現代美術館「網膜」展公式図録

2025年11月06日取次搬入予定
ジャンル:芸術・現代アート

網膜
大竹伸朗(著)
月曜社 本体4,500円 A4判並製272頁(4C:240頁/1C:32頁、297x210x22mm、重量1350g) ISBN:978-4-86503-211-6 C0070


多面的で膨大な数の作品を生み出しつづけ拡がり続ける大竹伸朗の作品世界。その根源-出発点を示す重厚重要作品集。「眼」「フィルム」「写真」からなる〈網膜〉シリーズと縦横に接続する作品群を、作品図版【325点】、参考資料図版【85点】、ロングインタビュー【1万6千字/図版資料65点】で収録。造本設計:町口覚。丸亀市猪熊弦一郎現代美術館「網膜」展公式図録。※2025年11月24日まで開催中。巡回展はありません。

目次:
展示作品
参考資料
大竹伸朗エッセイ(来夏に向けて動き出した網膜シリーズは…)
大竹伸朗インタビュー|聞き手=中田耕一
 〈網膜〉のはじまり
 写真・フィルム・ポラロイド
 〈網膜〉の展開
 透明の絵の具として
 〈網膜〉誕生への諸要素
 《網膜/六郷》について
 《網膜屋/記憶濾過小屋》
 夢と網膜
網膜をめぐって――「大竹伸朗展 網膜」ノート|中田耕市
出品作品配置図
出品作品リスト

大竹 伸朗(おおたけ・しんろう, 1955-):日本の現代美術家。近年の著書および作品集に『絵の音』(新潮社、2025年8月)、『銅の時代1978-2022』(カルチュア・コンビニエンス・クラブ、2022年)、『見えない音、聴こえない絵』(ちくま文庫、2022年)、『大竹伸朗 ビル景:1978-2019』(HeHe、2019年)など。

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# by urag | 2025-10-14 20:23 | 近刊情報 | Comments(0)
2025年 10月 13日

注目新刊:江川隆男『哲学は何ではないのか――差異のエチカ』ちくま新書、ほか

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★最近出逢った新刊を列記します。

哲学は何ではないのか――差異のエチカ』江川隆男(著)、ちくま新書、2025年10月、本体1,200円、新書判368頁、ISBN978-4-480-07708-0
カトリーヌ・マラブーの哲学――脱構築の可塑性』西山雄二(編著)、カトリーヌ・マラブーほか(著)、読書人、2025年10月、本体2,200円、新書判432頁、ISBN978-4-924671-97-3
土と生命の46億年史――土と進化の謎に迫る』藤井一至(著)、ブルーバックス、2024年12月、本体1,200円、新書判272頁、ISBN978-4-06-537838-0
文藝 2025年冬季号』河出書房新社、2025年10月、本体1,400円、A5判並製472頁、雑誌07821-11
バタイユとアナーキズム――アナーキーな、あまりにアナーキーな』酒井健(著)、法政大学出版局、2025年10月、本体3,800円、四六判上製382頁、ISBN978-4-588-13045-8
コーヒーと内戦――エルサルバドル ヒル家三代の物語』川島良彰/山下加夏(著)、平凡社、2025年9月、本体3,200円、4-6判上製308頁、ISBN978-4-582-83991-3
思想のエチカ――哲学・政治著作集Ⅰ』市田良彦(著)、航思社、2025年10月、本体3,600円、四六判並製464頁、ISBN978-4-906738-55-7
ポスト68年のエチカ――哲学・政治著作集Ⅱ』市田良彦(著)、航思社、2025年10月、本体3,600円、四六判並製460頁、ISBN978-4-906738-56-4

★『哲学は何ではないのか』は、立教大学特別専任教授の江川隆男(えがわ・たかお, 1958-)さんによる初めての新書。あとがきによれば「昨年の四月に『内在性の哲学』(月曜社)という大部の哲学書を出版した後、差異の哲学にかんする新書を成立させたいとの強い思いからその執筆に取り掛かりました」とのこと。目次は書名のリンク先でご確認いただけます。webちくまでは「序論」の立ち読みができます。以下、本書より引きます。

★「本書では、近代の意識中心主義的な人間の理解に対して、未来の人間の存在の様式として思考の重要性を提起する。人間は、けっしてこの地球上の生命の最終形態などではない」(序論、8頁)。「積極的な差異の概念を欲望し、それを形成すること、差異の肯定の仕方を問題提起」する(同、9頁)。「差異の哲学は、人間がもつ傲慢さを打ち砕くことにあると言える。差異についての哲学は、人類においてもっとも重要な思考様式を言語化しうるものである。それは、異なるものを否定するのではなく、それらを相互に肯定する多様性の考え方の基本である」(同、7頁)。「本書は、とりわけドゥルーズの差異の哲学を提示し、それが含むスピノザ主義の延長線上での言説から成立している」(第八章、340頁)。「哲学とは、つねに別の仕方で思考することにある。その限りで哲学は、未知の非規定的な或るものを対照性とした観念を有することができるのである」(結論、348頁)。「哲学とは、つねに既存の意味を変形し、価値を転換することに配慮する思考様式のことである」(同、351頁)。

★『カトリーヌ・マラブーの哲学』は、日本語版独自論集。フランスの哲学者カトリーヌ・マラブー(Catherine Malabou, 1959-)さんの2004年来日講演2本と対話1本を収録した第I部、マラブーをめぐる日本の研究者の論考2本とそれに対するマラブーの応答、さらに日本の研究者7氏による共同討論をまとめた第II部、近年のマラブー自身の論考5本を掲出した第III部、日本の研究者による論考2本と留学記1本を提示した第IV部の、全4部構成です。巻頭には編者の西山雄二さんによるマラブーの人と思想の紹介が配されています。巻末にはマラブーの文献目録あり。執筆者はカトリーヌ・マラブー、西山雄二、栗原康、郷原佳以、中村彩、星野太、佐藤朋子、宮﨑裕助、小川歩人、藤本一勇、増田一夫、鵜飼哲、飯盛元章、吉松覚、タスク・ミヤギ、の15氏。翻訳には黒木秀房、桐谷慧、関大聡、渡名喜庸哲、馬場智一、小原拓磨、中谷碩岐、北川光恵、の8氏が関わっておられます。

★西山さんの巻頭文から引きます。「マラブーは旅が好きな学生だったが、1982年、大学生のときに遠路遥々日本まで旅行した。愛読書の『ヒロシマ・モナムール』(マルグリット・デュラス)に感化されて、東京から広島まで足を延ばした。若きマラブーは閉所恐怖症で、閉じた空間で不安になって、どこかに出口を探してしまうという心理に陥りがちだったが、日本滞在中に決定的な経験をする。ある禅寺を訪れた際、庭のなかにある暗い地下室で夥しい数の仏像で覆われた壁を鑑賞して彼女は感銘を受けたのだ。そのとき、「壁がみずからを否定する光景を目の当たりにし」て、閉域が自己否定する運動を体感する。のちに彼女はこの経験から可塑性概念のひとつの着想を得たとさえ語っている」(7頁)。

★『土と生命の46億年史』は、累計発行部数7万部を突破した話題作。昨年12月に刊行され、全国紙や雑誌、ラジオなどで次々に取り上げられ今年9月に8刷に達したとのことです。第41回講談社科学出版賞受賞作。特大帯に掲出された紹介文によれば「「生命」と「土」だけは、人類には作れない。謎に包まれた土から、地球と進化の壮大な物語が始まる。河合隼雄学芸賞〔『土 地球最後のナゾ――100億人を養う土壌を求めて』光文社新書、2018年〕を受賞した土の研究者による渾身作」。著者の藤井一至(ふじい・かずみち, 1981-)さんは土壌学者。福島国際研究教育機構の土壌ホメオスタシス研究ユニット、ユニットリーダーを務めていらっしゃいます。

★「私たち人類は土をフル活用して大繁栄を達成し、同時にそれを再生できない悩みを抱えてきた。「土が作れない」ということは重大事なのだ。「土とは何なのか?」「なぜ生命や土を作ることができないのか?」という本質的な問いをあいまいにしておくことはできない。46億年の地球史を追体験し、豊かな土と生命、文明を生み出したレシプを復元することがこの本の目的である。そこに、土を作り人類が持続的に暮らしていくヒントが埋もれているはずだ」(はじめに、5頁)。

★『文藝 2025年冬季号』は、第62回文藝賞発表と2本の特集「山田詠美デビュー40周年 「女流」の矜持、文学の倫理」「再起動する日本語文学」を収録。受賞作は坂本湾(さかもと・わん, 1999-)さんの「BOXBOXBOXBOX」。坂本さんと対談した作家の小川哲(おがわ・さとし, 1986-)さんは冒頭でこう述べています。「周到でストイックな小説だと思いました。最初は、ブルーカラーの労働者を描くリアリズム小説かなと思って読み進めていたんですけど、「いやこれはちょっと違うぞ」という感じになって」(72頁)。坂本さんは高校生の頃の宅配所でのバイト経験をもとに本作を書いたとのこと。

★坂本さんはこう述べます。「単純労働のつらさや、同じことを繰り返すうちにだんだん変になってしまうということは、ブルーカラーの労働に限らない普遍的な現象だと思うんです。「正気を保ったまま労働を続けることはこんなにも困難なのか」と思います。宅配所の作業員たちの行動をただリアルに描くだけでなく、それが人生の閉塞感とか生きづらさとか、あらゆる人が感じているであろう普遍的なものとして読めるように意識して書きました」(73頁)。

★『バタイユとアナーキズム』は、法政大学名誉教授の酒井健(さかい・たかし, 1954-)さんによるウェブ連載「バタイユとアナーキズム」(全12回、法政大学出版局「別館note」、2024年7月~2025年6月)を中心に、過去の論考3本を改訂して加えたもの。「アナーキズムはよく無政府主義と訳されるが、アナーキーという言葉は元来、いかなる支配原理も否定するという意味である。/この意味でアアナーキズムの問題はバタイユの核心にあると前々から私は思っていた。バタイユだけでなく、フランス現代思想に共通する重要な問題だと思っていた」(まえがき、3頁)。

★「本書は、政治に特化されがちなアナーキズムの問題を人の心の内部へ遡って、否定の情動と捉え直し、その広がりを中世から現代まで文化の所産に問いかけている」(同、7頁)。「身分の識別、数値目標、成果の有無等々、我々は、近代のこうした拘束的な見方に縛られながらも、その外に大切な生の気配を心と身体で感じとることができるはずなのだ。本書は、近代の支配原理を否定して〔豊穣なる〕空無の生へ達する感性に期待して書かれている。/「人間って、もうちょっとましだったのではなかろうか」と日々疑念に駆られておられるあなたにぜひとも読んでいただきたいのである」(同、8頁)。

★『コーヒーと内戦』は、「コーヒー生産に革新をもたらしたジェームズ・ヒルの生涯とヒル家100年の物語。それは〔…〕エルサルバドルの内戦と復興の歴史そのもの」(帯文より)。著者の川島良彰さんはコーヒー豆の輸入・販売、カフェ及びフランチャイズ事業、コーヒー及びコーヒー豆に関するコンサルティングを手掛ける株式会社ミカフェートの代表取締役。山下加夏さんは同社のアドバイザーを務めておられます。お二人はヒル家に取材し、本書を執筆。川島さん曰く「この本では、コーヒーの価格がいかに世界を揺るがし、一国の歴史をほんろうしたかが語られます」(はじめに、11頁)。「ICO〔国際コーヒー機関、ロンドン〕が絶大な力を持っていた時代に起きた、エルサルバドルのコーヒー史のうえで封印されてきた驚くべき事実の一部を、この本は紹介します」(同、15頁)。

★『思想のエチカ』『ポスト68年のエチカ』はまもなく発売。神戸大学名誉教授の市田良彦(いちだ・よしひこ, 1957-)さんが長年にわたり各媒体で発表されてきた論考を2冊にまとめた「哲学・政治著作集」です。第I巻『思想のエチカ』は「アルチュセール、フーコー、ネグリ、ランシエール、そしてフランス革命期の政治家サン=ジュスト……かれらとともに革命の(不)可能性とその条件を極限まで思考してきた社会思想史家の35年の軌跡。未公開講演録も収録」(帯文より)。第II巻『ポスト68年のエチカ』は「アルチュセールやドゥルーズ、フーコーらの「現代思想」と、60年安保から始まり全共闘、(連合)赤軍を経て現在にいたるまでの「ポスト68年」を一つのものとして根源的に追究してきた社会思想史家の40年の軌跡」(同)。収録作は書名のリンク先でご確認いただけます。

★「二巻構成の本書では、過去に出版された私の二冊の論集、『闘争の思考』(平凡社、1993年)と『存在論的政治――反乱・主体化・階級闘争』(航思社、2014年)には未収録の、それぞれ発表媒体を異にする独立した論考がまとめられている。口頭発表を含む発表時期は二冊の論集をまたいでつい最近にまで及ぶ。何冊かの書き下ろし単著とこの計四冊とで、およそ40年にわたる私の仕事はほぼ網羅されている」(まえがき、1頁)。


# by urag | 2025-10-13 14:13 | ENCOUNTER(本のコンシェルジュ) | Comments(0)