2019年 10月 14日
★まず最初にここ最近で出会った新刊を列記します。 『列島祝祭論』安藤礼二著、作品社、2019年10月、本体2,600円、46判上製364頁、ISBN978-4-86182-773-0 『ともがら(朋輩)』中原文夫著、作品社、2019年10月、本体1,100円 46判上製104頁、ISBN978-4-86182-780-8 『東洋/西洋を越境する――金森修科学論翻訳集』金森修著、小松美彦/坂野徹/隠岐さや香編、読書人、2019年10月、本体3,800円、四六判上製272頁、ISBN978-4-924671-41-6 『贈与論――資本主義を突き抜けるための哲学』岩野卓司著、青土社、2019年9月、本体2,800円、四六判並製340頁、ISBN978-4-7917-7213-1 ★『列島祝祭論』は、文芸評論家で多摩美術大学准教授の安藤礼二(あんどう・れいじ:1967-)さんが集英社の月刊文芸誌「すばる」に連載した「列島祝祭論」(全25回、2016年7月号~2018年9月号)が元になっており、それに加筆修正を加えて一冊としたものです。主要目次は以下の通り。 翁の変容 翁の発生 国栖 小角 修験 空海 天台 一遍 後醍醐 後記 後醍醐から現在へ 古典作品からの引用および謝辞 人名索引 ★「現在を知り、現在を根本から変革していくためには政治の革命、現実の革命のみならず宗教の革命、解釈の革命こそが必要なのである。その系譜を知り、理論においても実践においても、引き継ぐことが必要なのである。そのために列島の祝祭の起源、その原型にさかのぼる必要がある。近代的な天皇の起源である中世的な天皇にさかのぼり、さらには天皇という概念そのものをいったん解体してしまう必要がある。再構築は、あるいは脱構築は、そうした徹底的な解体、解釈の――批評の――徹底からしか生まれないであろう」(348頁)。 ★『ともがら』は、小説家・中原文夫(なかはら・ふみお:1949-)さんによる書き下ろし小説。「熟年で緊迫する生の葛藤、迷走する二人の奇妙な交感」と帯文にはあります。二人というのは、主人公の男性「水野」と、その学生時代の友人で、病院で偶然主人公と再会したもう一人の男性のことです。人生の黄昏時の風景が淡々と描かれています。「周りから侮られているような気がして、しばらく体を強張らせていた水野は、ここは開き直る時だと思い立ち、背に浴びる視線を弾いてにらみ返すつもりで勢い込んで後ろに振り向いた。だが、彼の独り相撲をあざ笑うかのように、すでに誰の視野にも水野は入っておらず、何事もなかったような談笑の渦が目の前にあった。拍子抜けした水野は前に向き直って目をつむり、腕を組んでうなだれた」(90頁)。 ★『東洋/西洋を越境する』は、科学思想史家の金森修(かなもり・おさむ:1954-2016)さんが1995年から2013年にかけてフランス語で公刊してきた8つの論考を、隠岐さや香、近藤和敬、山口裕之、東慎一郎、田中祐理子、香川知晶、田口卓臣、の各氏が日本語訳して1冊としたもの。目次詳細は書名のリンク先をご覧ください。巻頭には東京大学名誉教授・芳賀徹さんによる「推薦の辞――越境のスリル、そして輝き」と、編者代表の小松美彦さんによる「まえがき」が配され、巻末に全業績一覧と略年譜が掲出されています。科学史の偉大な先達である伊東俊太郎さんは「若くしてフランスに留学し、かの地の科学思想を研究し、それを我が国に本格的に紹介し発展させた夭折の英才は、また日本の思想にも鋭い考察の眼を向けていた。東西にまたがる注目すべき学究の力技の成果を、広く世に推したい」と帯に推薦文を寄せておられます。 ★『贈与論』は、『ジョルジュ・バタイユ――神秘経験をめぐる思想の限界と新たな可能性』(水声社、2010年)、『贈与の哲学――ジャン=リュック・マリオンの思想』(明治大学出版会、2014年)に続く、明治大学教授・岩野卓司(いわの・たくじ:1959-)さんの3冊目の単独著。白水社の月刊誌「ふらんす」での連載「新・呪われた部分――贈与に憑かれた思想家たち」(全12回、2015年4月号~2016年3月号)を全面的に加筆改稿し、書き下ろしを加えたもの。目次詳細は書名のリンク先をご覧ください。「商取引としての交換、互酬的な贈与交換、返礼なき贈与は、これからの世の中で、ひとつに還元されることなく、お互いに関係をもちながら、それぞれの役割を果たしていくことになる。これらの多様な交換と贈与の現象を、僕らは交換、贈与と返礼、貸し借りといった解釈の次元にとどまらず、もっと根本から考えていくべきである。そしてその根本は、動物や人間の動物性とも深くかかわっており、人間と動物の関係の問い直しにもつながってくるのだ」(273頁)。「来るべき世紀は贈与の思想から始まることになるだろう」(276頁)。中沢新一さんは本書への推薦文のなかで「贈与は一貫してフランス思想の通奏低音であった。〔…〕現代フランス思想を読み解く鍵は実に贈与の中にある」と記されています。 ★続いて、しばらく言及できていなかったここ数か月の注目既刊書から何点か列記します。 『ジョン・ケージ 作曲家の告白』ジョン・ケージ著、大西穣訳、アルテスパブリッシング、2019年7月、本体1,600円、小B6判上製128頁、ISBN978-4-86559-206-1 『シュタイナーの瞑想法 秘教講義3』ルドルフ・シュタイナー著、高橋巖訳、春秋社、2019年6月、本体2,400円、四六判上製216頁、ISBN978-4-393-32549-0 『シュタイナーの瞑想・修行論 秘教講義4』ルドルフ・シュタイナー著、高橋巖訳、春秋社、2019年7月、本体4,800円、四六判上製576頁、ISBN978-4-393-32550-6 『インテグラル理論』ケン・ウィルバー著、加藤洋平監訳、門林奨訳、日本能率協会マネジメントセンター、2019年6月、本体2,800円、A5判変型並製408頁、ISBN978-4-8207-2734-7 ★『ジョン・ケージ 作曲家の告白』は、ナショナル・インターカレジエイト・アーツ・カンファレンスでの講演「作曲家の告白」(1948年)と、京都賞受賞講演「自叙伝」(1989年)の2本を収めた日本版オリジナルの自伝的講演集。前者から印象的な言葉を引きます。 ★「パーソナリティには二つの主要な部分があります。私たちのほとんどは、無数の方法と方向性によって意識と無意識が分け隔てられています。音楽の機能は、他のあらゆる健康的な時間の使用と同様に、分離されたそれらを、もう一度繋げ合わせようよすることにあります。時空間への意識が喪失するとき、個人を作る複数の要素が統合され、音楽が人を一つにする瞬間を提供するのです。これは、音楽があり、怠惰で注意散漫にならないように気をつけてさえいれば、生じることです。/今日、多くの人々の時間の使用は、健康的でないどころか、実践することで病気になってしまうような代物です。なぜならそれは、個人の一部分を発展はさせますが、他の部分には害を与えるからです。もたらされた不調は、当初は心理的なものであり、人は仕事から離れ、休暇をとることによってそれを除去しようとします。しかし結局は上手くいかず、しまいに病気は全体の組織を攻撃するようになるのです」(48頁)。 ★「神経症は、作曲を制止させ、阻止する振る舞いをします。作曲が可能であるということ、それはこの障害が克服されたことを意味します。/東洋世界で言われているように、無私に、つまり金や名誉を気にかけることなく、単純に作ること自体を愛することから作曲を始めるならば、それは統合的な活動であり、人はその一生の瞬間に、完璧で満たされていると感じるでしょう。ときに作曲することによって、ときに楽器を演奏することによって、ときに単純に聴くことによって、これが生じるのです」(49頁)。 ★『シュタイナーの瞑想法 秘教講義3』は帯文に曰く「1903年から09年までの、神智学協会での秘教講義と、個人的な瞑想指導の記録」。「朝と夜の主要練習」より、「朝」のパートを引きます。「目が覚めたら、できるだけすぐに、一切の外から来る感覚印象と一切の日常生活の記憶とから注意を引き離す。この空になった魂の中をまず「しずけさ」(Ruhe)という思いで充たす。この「しずけさ」の思いがからだ中に浸透するようでなければならない。/しかし、これはごくわずかな間(二秒から五秒まで)に生じる。次に、ほぼ五分間、魂を次の七行のマントラで充たす。/光を放射するすがたかたち/霊の輝く波立つ海/魂はあなたたちから離れた/魂は神性の下にいた/魂の本性がそこにやすらいでいた/生存の外皮の領界へ/私の「自我」は意識して歩み入る」(73~74頁)。さらにこの先にも重要なインストラクションがありますが、それは本書の現物をご確認下さい。 ★『シュタイナーの瞑想・修行論 秘教講義4』は帯文に曰く「4つの重要な著作と講演を収録」。『人間の自己認識へのひとつの道――八つの瞑想』(1912年刊)、『オカルト上の進歩の意味 全十講』(1913年連続講義)、『霊界の境域――格言風の考察』(1913年刊)、『人智学 21年後の総括――同時に世界の前でそれを代表するときのための指針 全九講』(1924年連続講義)。シュタイナーは人智学を「現代の人間賛歌」なのだと説きます(「人智学 21年後の総括」第一講、376頁)。「人智学協会は人びとの心のもっとも深い憧れを人びとに語らしめる道を見出さなければなりません。そのときこそ、人びとの心は、この上なく深い憧れと共に答えを求め続けることでしょう」(同頁)。付録として訳者の高橋巖さんの講演「人智学とは」(2018年12月23日、京都)が収められています。『秘教講義』第3巻と第4巻の巻末解説はそもに飯塚立人さんがお書きになっています。 ★『インテグラル理論』は『A Theory of Everything: An Integral Vision for Business, Politics, Science and Spirituality』(Shambhala Publications, 2000)の訳書で、『万物の理論――ビジネス・政治・科学からスピリチュアリティまで』(トランスビュー、2002年)の全面的改訳版です。発売2か月となる8月末時点で3刷を数えています。数多くあるウィルバー(Kenneth Earl "Ken" Wilber Junior, 1949-)の著書の中でも代表的な主著と言っていいと思います。帯文に曰く「「ティール組織」のベースにもなった未来型パラダイムの入門書」と。かのフレデリック・ラルーによるベストセラー『ティール組織――マネジメントの常識を覆す次世代型組織の出現』(英治出版、2018年)に、ウィルバーによる「本書に寄せて」という一文が収録されているのは、周知の通りです。 ★今回の改訳版の第5章「インテグラル理論を活用する」から引きます。「私の見解では、人々が苦しむ原因として、リベラル派は外面的な要因を重視しがちであり、保守派は内面的な要因を重視しがちなのだ。言い換えれば、誰かが苦しんでいるとき、典型的なリベラル派は外面的な社会制度を非難する傾向にあり(「あなたが貧乏な生活を送っているのは、社会によって不公平な扱いを受けているからだ」)、それに対して、典型的な保守派は、内面的な要因を非難する傾向にある(「あなたが貧乏な生活を送っているのは、あなたが怠け者だからだ」)」(208頁)。「大事な点はこうだ。統合的な政治、リベラル派の最良の部分と保守派の最良をひとつに結びつける政治を実現するための第一歩は、内面象限の原因と外面象限の原因の両方が、等しく現実のものであり、等しく重要であるということを認識することなのである。〔…〕要するに、真に統合的な政治は、内面領域の発達と外面領域の発達の両方を重視するものになるはずなのである」(209頁)。 ★これは『エデンから――超意識への道』(松尾弌之訳、講談社、1986年、絶版;原著『Up from Eden: A Transpersonal View of Human Evolution』初版1981年、新版1996年)の最終章でも論及されていたことですが、残念ながら訳書はとうの昔に絶版になっており、古書価が高止まりしているように見受けます。ちなみにウィルバーの訳書は一度も文庫化されていません。分断と断片化の時代においてウィルバーの思索と探求は忘却すべきではないもののひとつです。 +++
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by urag
| 2019-10-14 23:57
| 本のコンシェルジュ
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2019年 10月 10日
2019年 10月 07日
2018年11月1日取次搬入予定 *文芸/外国文学・マグレブ文学 ジブラルタルの征服 ラシード・ブージェドラ[著] 下境真由美[訳] 月曜社 2019年11月 本体:3,000円 46判並製292頁 ISBN: 978-4-86503-086-0 アマゾン・ジャパンにて予約受付中 黄色、それから黄色っぽい色、そしてまた黄色……アルジェリアを舞台に過去と現在、歴史と虚構が交錯し、再説されるたびに差異を孕み、ズレが生じていく。真偽をめぐる境界の曖昧さのアレゴリーと、フィクションによる史実の征服。精密かつ流麗な仕掛けが動き出す。小説とはつまり挑発であり挑戦なのだ。冒険は読者とともに始まるだろう。複数の言語が入り乱れるマグレブ文学の快作。【叢書・エクリチュールの冒険、第14回配本】 冒頭部分より: 黄色、それから黄色っぽい色、そしてまた黄色。クレーン、というよりむしろもっと具体的には、まるで空と―― 一般に――呼ばれているものからおおよそなりたっている青い物質の中を突進する矢のように往来をやめない、等距離間を駆けめぐるのをやめないアームが空中に飛び出す。空をかき回し、掃き出し、まるで――クレーンのアームは――押しのけられた翼のように――いずれにせよ――台座の先で動き回っているのだが、その台座をなしているもう一方の翼からは、完全に独立して勝手に動いている。台座は地面に固定されているというか、それよりも――むしろ――つながれているかのようだ。そのせいでクレーンの腕は、もつれた紺碧の一種の天の布地の中にもろに浸っているかのように見える。そして、いわば正方形、長方形、菱形、円形等々にこの布地を分断し、ゆったりと、機械的で、反復的で、同一の大きな動きを見せている。そして何といっても黄色。それから黄色っぽい色。そしてまた黄色! 太陽の前を通るたびに、影の中を通るたびに。絶え間なく繰り返される往来は、金槌の一撃でへこまされたかのように、多少いびつだったり多少平板だったりする楕円形をした一種の円形に沿っている。この楕円は変形し、平らにされ、幾分押しつぶされたように、少々膨張している。その一方で、クレーンの固定された部分は足かせをはめられたかのように、永久に不動でいることを強制されているかのように、縛りつけられ、ロープでくくりつけられ、紐で結わえつけられ、ケーブル、平衡錘、留め具によって重くなり、地面に奥深く埋め込まれた根のように見える。・・・ 原著:La prise de Gibraltar, Denoël, 1987 (MAARAKAT AZZOUKAK, ENAL, 1986). ラシード・ブージェドラ(Rachid Boudjedra)1941年、アルジェリア東部のアイン・バイダに生まれる。1969 年、小説第一作『離縁』がフランスで「恐るべき子供たち賞」を獲得し、一躍注目を集めるが、アルジェリアで発禁となり、パリに亡命。1972年から1975年までをモロッコのラバトで過ごしたのち、アルジェリアに帰国。小説の他、詩、戯曲、エッセーと幅広い活動を繰り広げ、現在アルジェリアを代表する作家の1 人である。訳書に『離縁』(福田育弘訳、国書刊行会、1999年)がある。 下境真由美(しもさかい・まゆみ)セルジー・ポントワーズ大学にて博士号取得(比較文学)。現在、オルレアン大学准教授。フランス語圏マグレブ文学、ポスト・コロニアル文学、比較文学専攻。訳書にラシード・ミムニ『部族の誇り』(水声社、2018年)がある。 #
by urag
| 2019-10-07 23:59
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2019年 10月 07日
ブックファースト新宿店地下1階Bゾーン人文書売場にて好評開催中のブックフェア「『ブルーノ・ラトゥールの取説』をより深く読むために」に、久保明教さん選書による10点が加わっています。フェアは10月15日(月)まで開催予定です。 ![]() ![]() #
by urag
| 2019-10-07 23:50
| イベント告知
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2019年 10月 06日
『原子力時代における哲学』國分功一郎著、晶文社、2019年9月、本体1,800円、四六判並製320頁、ISBN978-4-7949-7039-8 『ホモ・デジタリスの時代――AIと戦うための(革命の)哲学』ダニエル・コーエン著、林昌宏訳、2019年9月、本体2,200円、4-6判並製240頁、ISBN978-4-560-09721-2 『AI時代の労働の哲学』稲葉振一郎著、講談社選書メチエ、2019年9月、本体1,600円、四六判並製224頁、ISBN978-4-06-517180-6 『蛸――想像の世界を支配する論理をさぐる』ロジェ・カイヨワ著、塚崎幹夫訳、青土社、2019年9月、本体3,000円、四六判並製328頁、ISBN978-4-7917-7182-0 『ムー認定 神秘の古代遺産』並木伸一郎著、ムー編集部編、学研プラス、2019年9月、本体2,400円、B5判並製256頁、ISBN978-4-05-406737-0 『ムー認定 驚異の超常現象』並木伸一郎著、ムー編集部編、学研プラス、2019年9月、本体2,400円、B5判並製256頁、ISBN978-4-05-406738-7 ★『原子力時代における哲学』は巻頭の特記によれば、2013年7月から8月にかけて4日間にわたって行われた連続講演の記録で、書籍化にあたり口述筆記に大幅な加筆修正を施した、とのこと。「一九五〇年代の思想」「ハイデッガーの技術論」「『放下』を読む」「原子力信仰とナルシシズム」の全四講で、付録の論考「 ハイデッガーのいくつかの対話篇について──意志、放下、中動態」は、2018年9月15日に行われた「ハイデガー・フォーラム」第13回大会において口頭発表されたもの。講義の中心となるのは、ハイデガーの1955年の講演「放下」と、それに先立つこと10年前に執筆された対話篇「放下の所在究明に向かって」の読解です。「放下」の最初に掲げられていた問いはこうです。「原子時代の人間に果してなほ何等かの土着性が授けられるであらうか」(辻村公一訳「放下」5頁、『ハイデッガー選集15』所収、理想社、1963年)。 ★國分さんは『放下』を次のように評価します。「1950年代、原子力時代の最中、原子力という問題に直面して、その技術としての問題点にだれよりも早く気付き、危機感を抱いた哲学者は、哲学がこの問題に立ち向かうためには、ここまで〔そもそも「考える」とは何か、思惟の本質とは何か、を巡る会話まで〕やらなければならないと考え、それを実行したわけです。これは原子力時代における哲学の一つの達成です」(249頁)。対話篇「放下の所在究明に向かって」はどこか秘教的に響く詩的に美しい内容であるだけに、そこに深遠な意味をつい読み込んでしまいがちかもしれませんが、國分さんの読解はとてもシンプルで明快であり、ハイデガーの問題意識を真芯で捉えたものではないかと感じます。 ★國分さんは原子力信仰に、人間の心の奥にある「全能感へのナルシシズム的な憧れ」(279頁)を見ます。そして、人間はそれを乗り越えなければならないと訴えます。「知性の声は弱々しい。しかし執拗である」(286頁)との言葉に力強さを感じます。なお、本書と同じく9月には、青土社さんから内山田康さん『原子力の人類学――フクシマ、ラ・アーグ、セラフィールド』が発売されています。また、國分さんの本や稲葉振一郎さんの『AI時代の労働の哲学』には必然的とも言うべきか、贈与の問題系が絡んでくるのですが、これまた青土社さんから同じく先月に、岩野卓司さんによる『贈与論――資本主義を突き抜けるための哲学』という新刊が出ています。併読しておくべきかと思われます。 ★青土社さんでは6月にも石井美保さんの『めぐりながれるものの人類学』や、藤原辰史さんの『分解の哲学――腐敗と発酵をめぐる思考』といった話題書を刊行されており、このところの青土社さんの単行本新刊からは目が離せません。 ★『ホモ・デジタリスの時代』は『Il faut dire que les temps ont changé... Chronique (fiévreuse) d’une mutation qui inquiète』(Albin Michel, 2018)の全訳。原題は直訳すると『「時代は変わったと言うべき……」――懸念される変化の(うなされるような)編年史』で、訳者あとがきによればこれはフランス語の流行歌の一節を引用しているそうです(著者自身による自著紹介の動画と一緒に、当該曲と思しい歌の動画を下段に掲出しておきます)。 ★フランスの経済学者コーエン(Daniel Cohen, 1953-)は本書のイントロダクションでこう書いています。「彼ら〔ホモ・デジタリス〕は、オンラインに接続された外在性そのものであり、農民よりも狩猟採集民に近い。彼らのアルゴリズムに基づく暮らしによって文明の行方が決まる。われわれは、ホモ・デジタリスが誕生した経緯である怒りや不満を理解し、そこにないまぜになった感情――この時代を生きる人々の無頓着さや幸福感について把握しなければならない。それは、人類の遺産でもある人文知について心を向けることである。この責務を怠ることはもう許されないのだ。/ホモ・デジタリス誕生の歴史は今から50年前に始まった。つまり、「68年5月」が出発点なのだ」(12頁)。 ★「暗中模索した後、脱工業化社会は一つの筋道を見出したようだ。この道筋にはデジタル社会という名前がつけられた。デジタル社会は、「収益」を確保するために全員に対し、サイバネティックスな巨大な身体に座薬のように参入することを要求する。それは、一つの情報を別の情報として扱えるようにするためだ。ソフトウェアや人工知能は、無数の顧客に対し、介護士、アドバイスを与え、娯楽を提供するようになる。そのための条件は、顧客があらかじめデジタル化されていることだ。たとえば、近未来を描く映画『her/世界でひとつの彼女』には、「恋愛」ソフトウェアが登場する。ソフトウェアから流れる魅力的な声の持ち主は女優スカーレット・ヨハンソンである。このソフトウェアは、一度に何と数百万人と恋愛するのだ。これこそがホモ・デジタリスの掲げる約束であり、人体の限界を超えた世界で交わされる約束である」(16頁)。 ★『AI時代の労働の哲学』は「人工知能技術の発展が社会に、とりわけ労働に及ぼすインパクトについて考える際に」、現代人がいかなる「知的道具立て」を持っているのかどうかを「点検」するもの(「はじめに」3頁)。「議論全体の基調としては「『AI』だの『人工知能』だのといった目新しい言葉をいったん脇に置いて、資本主義経済の下での機械化が人間労働に与えるインパクトの歴史を振り返っておく必要がある」というものです」(3~4頁)。目次詳細は書名のリンク先をご覧ください。本書のエピローグ「AIと資本主義」ではそもそも資本主義とは何か、が問われていますが、あとがきによれば、稲葉さんはいずれ『資本主義の哲学』を上梓する予定だそうです。なお本書とほぼ同時期に、ちくまプリマー新書より稲葉さんのもう一つの新刊『銀河帝国は必要か?――ロボットと人類の未来』が発売されています。 ★『蛸』は、中央公論社より1975年に刊行された単行本の復刊(原著は1973年刊『La Pieuvre : essai sur la logique de l'imaginaire』)。再刊に際し、巻末に訳者による2頁にわたる「『蛸』――新版のための解説」が付されています。今回は四六判並製となりましたが、親本は一回り大きく左右が長めのものでした。そのため今回の新版はいささか窮屈な感じがしないでもないですが、長らく絶版だった訳書が再刊されたことはやはり嬉しいです。日本版への序から文言を借りると本書は「蛸の多様な変身を研究したもの」(2頁)。「長い年月のあいだに、民族や文明とともに、ときには文学の流儀や作家の空想に影響されながら、蛸のイメージはさまざまに変化してきた。この場合、つねに想像が現実にとってかわった。私にはそう思われた」(同頁)。本書の後半は親本にあった通りに、訳者によるかなり長篇のカイヨワ紹介(著書の紹介など)を再録していて、読み応えがあります。NHKの「100分de名著」に『戦争論』が取り上げられたことによりカイヨワ再評価のとっかかりが生まれたことを喜びたいです。 ★『ムー認定 神秘の古代遺産』および『ムー認定 驚異の超常現象』は月刊誌『ムー』創刊40周年記念のいわば総集編(誌面の復刻版ではありません)。月刊誌『ムー』と同じB5判サイズで黒いカバーに金箔とレインボー箔、金と銀の帯がついて書店さんの店頭での存在感は抜群です。全編オールカラー。大きなカラー図版が惜しげもなくたくさん掲載されています。これで本体価格が2千円台前半とは、学研プラスさんでなければなしえないでしょう。大人になってすっかり超常現象や世界の不思議に懐疑的になった大人でも、在りし日のワクワク感がよみがえります。『神秘の古代遺産』は、水晶ドクロ、オーパーツ、古代都市、ピラミッド、日本の古代文明、超文明の残滓、聖書遺産、古代神と異人類、ナスカ、の9部構成。『驚異の超常現象』は、ロズウェル事件、UFO事件、異星人事件、宇宙のUFO、UFOコンタクティ、奇現象、怪奇事件、虚舟、の8部構成。 ★まもなく発売となるちくま学芸文庫の10月新刊は以下の4点5冊です。 『事物のしるし――方法について』ジョルジョ・アガンベン著、岡田温司/岡本源太訳、ちくま学芸文庫、2019年10月、本体1,100円、文庫判224頁、ISBN978-4-480-09949-5 『ローマ教皇史』鈴木宣明著、ちくま学芸文庫、2019年10月、本体1,200円、文庫判288頁、ISBN 978-4-480-09950-1 『村上春樹の短編を英語で読む 1979~2011』上下巻、加藤典洋著、ちくま学芸文庫、2019年10月、本体1,300円/1,200円、文庫判432頁/320頁、ISBN978-4-480-09945-7/978-4-480-09946-4 『戦略の形成――支配者、国家、戦争(下)』ウィリアムソン・マーレー/マクレガー・ノックス/アルヴィン・バーンスタイン編著、石津朋之/永末聡監訳、歴史と戦争研究会訳、ちくま学芸文庫、2019年10月、本体1,800円、文庫判688頁、ISBN978-4-480-09942-6 ★『事物のしるし』は2011年に筑摩書房より刊行された単行本の文庫化。原著は『Signatura rerum: Sul Metodo』(Bollati Boringhieri, 2008)。はしがき、第一章「パラダイムとはなにか」、第二章「しるしの理論」、第三章「哲学的考古学」、の3章構成。岡田温司さんによる「新たなる方法序説――訳者あとがきにかえて」は単行本から引き継いだもの。共訳者の岡本源太さんが新たに、「パラダイムの倫理としるしの法――文庫版解題として」を寄せておられます。 ★『ローマ教皇史』は1980年に教育社から刊行された単行本の文庫化。「初代教会時代」「ローマ末期の教会時代」「西欧中世初期」「西欧中世盛期」「西欧中世末期とルネサンス時代」「禁断世界の教皇職」「現代の教皇たち」の7章構成。巻頭の「はじめに」によれば、ゲオルク・シュヴァイガー『教皇史』(原著1964年)を参照しているとのことです。文庫解説として藤崎衛さんによる「二十一世紀の宗教を見とおすためのよすが」が新たに付されています。巻末にペトルスからフランシスコに至る「教皇表」あり。 ★『村上春樹の短編を英語で読む 1979~2011』は2011年に講談社より刊行された単行本を上下巻分冊で文庫化。初出は2009年から2011年にわたり「群像」誌に掲載された連載です。第一部「初期 物語と無謀な姿勢」、第二部「前期 喪失とマクシムの崩壊」、第三部「中期 孤立と危機」、第四部「後期 回復と広がり」の4部構成。上巻と下巻に2部ずつ収録されています。下巻の巻末には小説家の松家仁之さんによる解説「戦後が生んだふたり」が収められています。 ★『戦略の形成』下巻は、先月刊行の上巻に続く完結編。親本は2007年に中央公論新社より刊行。下巻では、ヴィルヘルム・ダイストによる第十二章「イデオロギー戦争への道――ドイツ(1918~1945年)」からマクレガー・ノックスによる第十九章「おわりに――戦略形成における連続性と革命」を収録。監訳者の石津さんによる解題「戦略の多義性と曖昧性について」は親本から引き継いだもの。同じく石津さんによる文庫版監訳者あとがきは新たに加わったものです。 ★また最近では以下の新刊との出会いがありました。 『ゲンロン10』ゲンロン、2019年9月、本体2,400円、A5判並製328頁、ISBN978-4-907188-32-0 『文藝 2019年冬季号』河出書房新社、2019年10月、本体1,350円、A5判並製560頁、ISBN978-4-309-97985-4 『演劇とその分身』アントナン・アルトー著、鈴木創士訳、河出文庫、2019年10月、本体900円、文庫判並製256頁、ISBN978-4-309-46700-9 『ゲームAI技術入門──広大な人工知能の世界を体系的に学ぶ』三宅陽一郎著、技術評論社、2019年9月、本体2,780円、A5判並製384頁、ISBN978-4-297-10828-1 『良い占領?――第二次大戦後の日独で米兵は何をしたか』スーザン・L・カラザース著、小滝陽訳、人文書院、2019年9月、本体4,000円、4-6反上製496頁、ISBN978-4-409-51081-0 『〈災後〉の記憶史――メディアにみる関東大震災・伊勢湾台風』水出幸輝著、人文書院、2019年10月、本体4,500円、4-6判上製390頁、ISBN978-4-409-24126-4 ★『ゲンロン10』は第2期の第1弾。造本設計は加藤賢索さんから川名潤さんに代わっています。お値段は本体2,400円で据え置き。目次詳細は誌名のリンク先をご覧ください。予告通り、東浩紀さんは巻頭言ではなく長篇論考を寄せておられます。「悪の愚かさについて、あるいは収容所と団地の問題」です(27~69頁)。「加害そのものの愚かさを記憶し続けること」(66頁)へと向けられた重要な内容。小特集は2本、「平成から令和へ」と「AIと人文知」です。前者は東さんの論考と併読されるべき2本の対談から成ります。後者では特に山本貴光さんと吉川浩満さんによるブックガイド「人工知能と人文知を結ぶ15の必読書」に注目したいです。ライプニッツの「普遍的記号法」から始まるのがお二人らしいところ。昨今急激に増えている人文系のAI関連書の淵源を知る上で参考になると思います。 ★『文藝 2019年冬季号』の特集は「詩(うた)・ラップ・ことば」。いとうせいこうさんと町田康さんの対談「うた、ラップ、小説 日本語の自由のために」や、尾崎世界観さんの小説「バズの中にはおよそシェア100万個分の栄養素が含まれている」のほか、韻踏み夫さんの論考「ライミング・ポリティクス試論――日本語ラップの〈誕生〉」などが掲載されています。そのほか、北野武さんの創作「足立区島根町」、第56回文藝賞の受賞作2作なども収録。「ゲンロン」最新号でもご活躍の山本さんは連載季評「文態度百般」を、吉川浩満さんは島田正彦さんの『君が異端だった頃』への書評を寄せておられます。川名潤さんは連載「この装幀がすごい!」第3回で共和国さんの既刊書2点『いやな感じ』『遊郭のストライキ』を取り上げておられます。 ★『演劇とその分身』はまもなく発売。『Le Théâtre et son double』(Gallimard, 1938)の新訳です。既訳には、安堂信也訳(『演劇とその形而上学』白水社、1965年;全面新訳版『アントナン・アルトー著作集(Ⅰ)演劇とその分身』白水社、1996年;新装復刊版、2015年)があります。河出文庫でのアルトー本は『神の裁きと訣別するため』『タラウマラ』『ヘリオガバルス』に続き、今回で4点目です。「人間と人間の力能のいつもの限界化を拒絶するように仕向け、そして現実と呼ばれるものの境界を無限に広げるように仕向ける〔こと〕。〔…〕この時代にまだ地獄のような真に呪われた何かがあるとすれば、火刑台の薪の上で燃やされ、合図を送る死刑に処せられる人々のようでいる代わりに、ぐずぐずと芸術的に諸々の形式にかかずらうことである」(序「演劇と文化」18頁)。 ★『ゲームAI技術入門』はプログラミング技術情報誌『WEB+DB PRESS』の第68号(2012年4月)の特集3「はじめてのゲームAI――意思を持つかのように行動するしくみ」をもとに、大幅加筆修正を行って書籍化したもの。「はじめに」によれば本書の目的は「デジタルゲームAIの現時点における全容を示すこと」。目次詳細は書名のリンク先でご確認下さい。なお三宅さんは先にご紹介した『ゲンロン10』の「AIと人文知」特集で、長谷敏司さんや大森望さんらとの座談会「AI研究の現在とSFの想像力」に参加されています。また、本書の関連書として三宅さんは『人工知能の作り方――「おもしろい」ゲームAIはいかにして動くのか』(技術評論社、2016年12月)や『人工知能のための哲学塾』(BNN新社、2016年8月)、『人工知能のための哲学塾 東洋哲学篇』(BNN新社、2018年4月)を上梓されています。 ★『良い占領?』は『The Good Occupation: American Soldiers and the Hazards of Peace』(Harvard University Press, 2016)の全訳。「本書の目的は、占領を成功させる手順を示すことではなく、第二次世界大戦の生きた経験という卑金属を、黄金の国家伝説にかえた錬金術を解明することである。言い換えるなら、占領は、その最中と事後において、どのように良いものにされていったのかを問う、ということである」(20頁)。「本研究は、アメリカ各地に所蔵された、未刊行の手紙・日記・回想録など、数百店のコレクションに依拠して、男女の兵士を考察の中心に据える。占領を実行した人々は、その危険と、そこから得られる見返りをどんな風に語っただろうか? 私的な日誌や故郷への手紙に戦後の経験を記す際、どんな自己理解を作り上げただろうか?」(21頁)。カラザース(Susan L. Carruthers, 1967-)はアメリカの歴史学者でウォーリック大学教授。訳書の刊行は今回が初めてです。 ★『〈災後〉の記憶史』はまもなく発売(15日取次搬入予定)。著者の水出幸輝(みずいで・こうき:1990-)さんが2018年4月に関西大学大学院社会学研究科に提出した博士論文「「防災の日」のメディア史――日本社会における災害認識の変遷」に加筆修正を施したもの。「本書は、災害の来し方行く末をテーマとして、長い〈災後〉を辿るものである。/新聞報道を中心に、災害間、地域間、時代ごとの比較を通じ、日本社会が災害の記憶をいかに語ってきたかを追跡してきた。時間的にも空間的にも発災(時・場所)に限定されず、災害とメディアの長期的な関係を紐解く試みである」(376頁)。目次詳細は書名のリンク先でご確認いただけます。 +++
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by urag
| 2019-10-06 23:53
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2019年 10月 02日
◆淵田仁さん(ウェブ連載:ルソー『化学教程』) 先月初の単独著『ルソーと方法』を刊行されました。本書を中心とした淵田さんご自身によるコメント付き選書リスト「どう考え、どう語るのか」を哲学するための5冊」がhontoのブックツリーで公開されています。 帯文より:〈山師〉とは誰か? 自らのエクリチュールを山師のやり口と称し、啓蒙の知を知たらしめる規範的方法を斥けた、孤高のフィロゾーフ、ルソー。そのきわめて特異で、真に哲学的な問題意識に迫る。 主要目次: はじめに 序論 方法をめぐる問い 第一部 認識の方法 第一章 コンディヤックの分析的方法 第二章 ルソーの能力論 第三章 分析への抵抗と批判 第二部 歴史の方法 第四章 「歴史家」の問題 第五章 『人間不平等起源論』における歴史記述 第六章 自己の歴史の語り 結論 山師とは誰か あとがき 文献表 事項/人名索引 ◆清水知子さん(著書:『文化と暴力』、共訳:バトラー『自分自身を説明すること』『権力の心的な生』) ◆毛利嘉孝さん(著書:『文化=政治』、共訳:ギルロイ『ブラック・アトランティック』、クリフォード『ルーツ』) 先月刊行されたアンソロジー『コミュニケーション資本主義と〈コモン〉の探求』に論考を寄稿されています。清水さんは第Ⅱ部「コミュニケーション資本主義と生権力」の第7章「生(バイオ)資本主義時代の生と芸術──クトゥルー新世・人工生命・生哲学」を担当され、毛利さんは第Ⅲ部「コミュニケーション資本主義における抗争」の第9章「資本主義リアリズムからアシッド共産主義へ」を担当されています。 コミュニケーション資本主義と〈コモン〉の探求――ポスト・ヒューマン時代のメディア論 伊藤守編 東京大学出版会 2019年9月 本体5,000円 A5判上製296頁 ISBN978-4-13-050198-9 帯文より:コミュニケーション資本主義とは、米国の政治学者ジョディ・ディーンが提唱した概念であり、制御と資本の論理に分かちがたく結びついた、膨大な量の情報とメタデータが算出され循環する社会のことである。/コミュニケーション資本主義の4つの特徴。1.主体の発話や文字言語による投稿メッセージが「経済的なロジック」によって数として計測されること。2.「経済的ロジック」主導の情報空間の内部に極度のヒエラルヒーが構築されること。3.公開性の拡大が、「秘密」の領域を拡張するとともに、公共圏の市場化も強化していること。4.電子的ネットワーク、ソーシャルメディアが情動的ネットワークとして機能していること。 ◆中井亜佐子さん(寄稿:「革命と日常」、翻訳:ジェームズ「勝利」、ともに『多様体1』所収) ◆溝口昭子さん(寄稿:「「国民未満」から対自的民衆へ」、翻訳:ドローモ「民衆と芸術家」「アフリカ人のヨーロッパ人に対する考え」、ともに『多様体1』所収) 今月刊行されたアンソロジー『イギリス文学と映画』に論考を寄稿されています。中井さんは第1部第11章「複製技術時代の〈作者の声〉」の「ジョウゼフ・コンラッドの『闇の奥』からフランシス・コッポラ監督の『地獄の黙示録』へ」を担当され、溝口さんは第1部第14章「擦れ違いの力学」のコラム9「南アフリカ英語文学は「南アフリカ英語映画」になる?」を担当されています。 帯文より:〈文学〉と〈映画〉との長く複雑な関係性――二者の交錯と葛藤が生み出した、クリエイティヴな〈翻案〉の歴史を読み解く。『ハムレット』、『高慢と偏見』、『嵐が丘』などの古典から、近年の『わたしを離さないで』や『SHERLOCK』まで。 +++
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| 2019-10-02 15:33
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2019年 10月 01日
シリーズ〈哲学への扉〉の第4回配本と第5回配本は同日発売です。水野浩二『倫理と歴史―― 一九六〇年代のサルトルの倫理学』、ジョルジョ・アガンベン『書斎の自画像』の取次搬入日は、日販、大阪屋栗田、トーハン、ともに10月3日(木)です。書店さんの店頭に並び始めるのは来週以降になるかと思われます。どの書店さんで扱いがあるかについては、地域をご指定いただければお知らせいたします。 ![]() #
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| 2019-10-01 14:33
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2019年 09月 29日
『ライプニッツ著作集 第I期 新装版[9]後期哲学』G・W・ライプニッツ著、西谷裕作/米山 優/佐々木能章訳、工作舎、2019年9月、本体9,500円、A5判上製456頁+手稿8頁、ISBN978-4-87502-512-2 『マクティーグ――サンフランシスコの物語』フランク・ノリス著、高野泰志訳、幻戯書房、2019年9月、本体4,000円、四六変上製502頁、ISBN978-4-86488-178-4 『独裁者のブーツ――イラストは抵抗する』ヨゼフ・チャペック著、増田幸弘/増田集編訳、共和国、2019年9月、本体2,500円、菊変型判上製180頁、ISBN978-4-907986-63-6 『靖国を問う――遺児集団参拝と強制合祀』松岡勲著、航思社、2019年9月、本体2,200円、四六判上製232頁、ISBN978-4-906738-40-3 『時宗年表』髙野修/長澤昌幸編、平凡社、2019年9月、本体4,600円、A5判上製240頁、ISBN978-4-582-70360-3 『現代思想2019年10月号 特集=コンプライアンス社会』青土社、2019年9月、本体1,400円、A5判並製246頁、ISBN978-4-7917-1387-5 『フリー・インプロヴィゼーション聴取の手引き』ジョン・コルベット著、工藤遥訳、カンパニー社、2019年9月、本体1,600円、小B6判並製168頁、ISBN978-4-910065-00-7 『ヴァルター・ベンヤミン――闇を歩く批評』柿木伸之著、岩波新書、2019年9月、本体860円、新書判並製240頁、ISBN978-4-00-431797-5 『読書実録』保坂和志著、河出書房新社、2019年9月、本体1,800円、46変形判上製216頁、ISBN978-4-309-02829-3 『書くこと 生きること』ダニー・ラフェリエール著、小倉和子訳、藤原書店、2019年9月、本体2,800円、四六判上製400頁、ISBN978-4-86578-234-9 『メアリ・ビーアドと女性史――日本女性の真力を発掘した米歴史家』上村千賀子著、藤原書店、2019年9月、本体3,600円、四六上製416頁/口絵8頁、ISBN978-4-86578-241-7 『いのちの森づくり――宮脇昭 自伝』宮脇昭著、藤原書店、2019年9月、本体2,600円、四六変判上製424頁、ISBN978-4-86578-230-1 『兜太 TOTA vol.3〈特集〉キーンと兜太――俳句の国際性(Sept. 2019)』藤原書店、2019年9月、本体1,800円、A5並製200頁/カラー口絵8頁、ISBN978-4-86578-240-0 ★『ライプニッツ著作集 第I期 新装版[9]後期哲学』は第7回配本。「モナドロジー」(1714年、西谷裕作訳)を含む8篇(うち書簡集が3篇)が収められています。解説によれば「モナドロジー」は「ほぼ同時に書かれた「理性に基づく自然と恩寵の原理」〔同じく第9巻所収〕とともに、彼〔ライプニッツ〕の最晩年の思想を全般的かつ簡潔に示したものであり、彼の「哲学的遺著」といわれている」。「ライプニッツは、必要あるときは「予定調和論者」という筆名を使い、自分の学説を「モナドロジー」と読んだことは一度もなく、本書の草稿類も標題をもっていない。この名の由来は、1720年ケーラーがみずから作ったと思われる写本をもとにして、本書のドイツ語訳を『モナドロギーについての教説』という標題のもとに発表したことによる」(242頁)。新装版第Ⅰ期は、あと第1巻『論理学』の配本の残すのみとなりました。 ★『マクティーグ』は「ルリユール叢書」の第2回配本。著者のフランク・ノリス(Frank Norris, 1870-1902)はアメリカの小説家で、訳書は何点かありますがいずれも古い書目で品切。『マクティーグ』の原書『McTeague: A Story of San Francisco』は1899年刊で、既訳に『死の谷――マクティーグ』(上下巻、石田英二/井上宗次訳、岩波文庫、1957年) があります。帯文に曰く「ゾラをも凌ぐアメリカ自然主義の最高の宿命小説。怪物シュトロハイムに映画「グリード」〔1922年〕を作らせた、ノアール文学の先駆的作品」。同時代の作家シオドア・ドライサーは本作を「偉大な小説」と讃えています。 ★『独裁者のブーツ』は「チャペック(1887-1945)による、反戦/反ナチ/反ファシズムをテーマとしたイラストや諷刺画・戯画を集めた、日本語版オリジナル編集」(凡例より)。表題作の「独裁者のブーツ」(1937年)への序において、詩人であり評論家のヨゼフ・ホラはこう述べています。「いくつかの国では、知性の光があることで安心しきった国民が自分の考えをもつことに臆病になり、なにも考えずにしたがわされてきた。高い台座にある一側の独裁者のブーツを絶えず仰ぎ見てしたがっていれば、国民はなにも考えずにすむ。〔…〕当然だ。無秩序な状況では、どんな世界でも秩序について語る。国民には秩序が必要で、権力に憑依された独裁者の靴が何百万という民衆の靴に催眠術をかけ、壮大な行進を指揮する」(11頁)。「独裁者のブーツは、国民を支配下に置くがために彼らに愛国心と純血主義が欠けていると責めたて、簡単な仕事だとだまして英雄的に活躍したいという本能を食いものにしてきた」(12頁)。「時代を代表するイラストレーターは、独裁者の靴の身振りをとらえるたびに悪夢にさいなまれていたようだ。しかし、そうではない! それはチャペックの悪夢ではなく、私たちすべてに横たわる悪夢なの」だ(同頁)。 ★『靖国を問う』は、高槻市の小中学校や京都・大阪の大学で教職を長らく務め、靖国合祀取消訴訟や、安倍首相参拝違憲訴訟の原告団に加わってきた松岡勲(まつおか・いさお:1944-)さんの初めての単独著。「戦争遺児の靖国集団参拝」と「靖国強制合祀と戦争体験の継承」の2部構成。「反天皇制市民1700」誌での連載が元になっているとのことです。目次詳細は書名のリンク先でご覧いただけます。「今回明らかにできたのは、戦前・戦後の遺族援護機構の継続関係、地方組織での連続性(連隊区司令部から民生部世話課への移行)だった。今後はさらに地方の遺族会結成時での戦前の人脈との関係(軍人援護会、軍隊等)について調べたい」とあとがきにあります。 ★『時宗年表』は北条時宗(ときむね)の年表ではなく、踊念仏で有名な鎌倉仏教の一派、時宗(じしゅう)についての年表。開祖は一遍(いっぺん:1239-1289)。巻頭の「はしがき」によれば本書は、望月崋山編『時衆年表』(角川書店、1970年)以後の研究成果を反映させた成果とのこと。特徴として以下の3点が帯(表4)に掲出されています。「この半世紀の日本史研究、時宗研究の進展を十全に反映」、「1200年代諸島から2019年4月まで、800年にわたる時宗教団関係記事を収載」、「西暦・和暦・干支・天皇・将軍を記し、浄土教関係に力点を置きつつ災害や世相など日本史関係記事も併載」。 ★『現代思想2019年10月号』の特集は「コンプライアンス社会」。石戸諭さんと武田砂鉄さんによる討議「オピニオン/ファクトとどう向き合うのか――メディアとコンプライアンスの過去・現在・未来」をはじめ、20篇の論考を収録。目次詳細は誌名のリンク先をご覧ください。デヴィッド・グレーバー「ブルシット・ジョブ現象について」(芳賀達彦/酒井隆史訳、45~52頁)はグレーバーの単著へと続くその端緒となった論考です。樫村愛子さんは「「あいちトリエンナーレ2019」におけるコンプライアンス」という論考を寄稿されています(70~75頁)。 ★『フリー・インプロヴィゼーション聴取の手引き』は、アメリカの音楽批評家であり、ミュージシャン、プロデューサー、キュレーターでもあるジョン・コルベット(John Corbett, 1963-)による『A Listener's Guide to Free Improvisation』(University of Chicago Press, 2016)の訳書。附録として、音楽批評家の細田成嗣(ほそだ・なるし:1989-)さんの選書・選盤による「飽き足らない即興音楽の探索者たちのために」が付されています。訳者の工藤遥(くどう・はるか:1986-さんが運営するカンパニー社さんの書籍第一弾で、扱い書店は書名のリンク先に記載されています。リンク先では、本書に対する大友良英さん、佐々木敦さん、毛利嘉孝さんの推薦文も読むことができます。 ★『ヴァルター・ベンヤミン』は広島市立大学教授の柿木伸之(かきぎ・のぶゆき:1970-)さんの初めての新書。ベンヤミン論としては『ベンヤミンの言語哲学――翻訳としての言語、想起からの歴史』(平凡社、2014年)に続くものです。「時代と斬り結ぶベンヤミンの批評的な思考は、言語、芸術、そして歴史への根底的な問いに収斂するにちがいない。これらの事柄への問いを掘り下げることは、二十一世紀の今ここにある危機を見通しながら、歴史のなかで言葉に生きる可能性を模索することであり、かつ芸術の美が生きること自体を見つめ直させる力を発揮する回路を、現代における芸術とのかかわりのうちに探ることでもある。ベンヤミンが残した書を読むことによってこそ喚起されうるこうした思考へ読者を誘うのが、本書の狙いとするところである」(20頁)。 ★『読書実録』は「すばる」誌に2017年8月号から2019年3月号にかけて計4回掲載されたテクストを単行本化したもの。「筆写のはじまり」「スラム篇」「夢と芸術と現実」「バートルビーと人類の未来」の4部構成。「バートルビーと人類の未来」では弊社刊、ジョルジョ・アガンベン『バートルビー』に掲載した、アガンベンの論考、「バートルビー」の新訳、訳者の高桑和巳さんの解説、さらには私が考案した帯文まで引いていただいており、入念に考察を加えておられます。「スラム篇」でも弊社刊、ジャン・ジュネ『公然たる敵』を取り上げていただいています。写経にも似た書物の筆写は、作家の保坂さん自身の思考と分かちがたく繋がっています。「小説家にとって小説を書くことは、テーマとか思想を書くことでなく何より、日々書くことだ、お坊さんがお経を毎朝読経するのと同じことだ。〔…〕私は「読書実録」を書いたわけだが、中身は私に書き写しをさせた文が次の文を呼び寄せた。/書き写しをしているとかつて読んだ文が活性化するのだ、ただ目と頭だけで読むのより書き写しをする方が文が文を呼び起こす、記憶のどこかに仕舞い込まれていた文が新しい力を得て、出たくてうずうずする。/するとそれは、人間の肯定になった」(208頁)。 ★『書くこと 生きること』はハイチに生まれカナダで活躍する作家ダニー・ラフェリエール(Dany Laferrière, 1953-)の自伝的インタヴュー『J'écris comme je vis. Entretien avec Bernard Magnier』(La passe du vent, 2000)の全訳。ジャーナリストのベルナール・マニエとの対談。原題は直訳すると「僕は生きるように書く」。「生いたち」「読書という体験」「書くこと」「「ぼく」って?」といったパートに分かれ、「ラファリエールの著作の全容を的確に把握したうえで、彼の生い立ちに始まり、身内のこと、ハイチ社会について、移民の境遇、豊富な読書体験、作家生活、そして執筆にまつわる逸話にいたるまで、じつに多岐にわたる内容」が語られている、と訳者の小倉さんは評価しておられます。 ★『メアリ・ビーアドと女性史』は、アメリカの歴史家であり、「アメリカ女性史研究のパイオニア」(まえがきより)である、メアリ・ビーアド(Mary Ritter Beard, 1876-1958)をめぐる「決定版評伝」(帯文より)。「メアリ・ビーアドの形成」「歴史を書く――女性史研究の先駆者として」「戦後日本とメアリ・ビーアド」の3部構成。目次詳細は誌名のリンク先でご確認いただけます。リンク先では訂正表のPDFも公開中。著者の上村千賀子(うえむら・ちかこ:1942-)さんは群馬大学名誉教授で、『女性解放をめぐる占領政策』(勁草書房、2007年)などの著書があります。 ★『いのちの森づくり』は副題にある通り、宮脇昭(みやわき・あきら:1928-)さんの自伝。2013年12月から2014年2月にかけて「神奈川新聞」に全63回にわたり連載された「わが人生」に大幅加筆修正を施して第Ⅰ部として収録し、第Ⅱ部には一志治夫さんによる「詳伝年譜(1980年~)」を配し、第Ⅲ部には2008年9月にパレスホテルで行われた講演の要旨をもとに加筆修正した「日本の森を蘇らせるため、今私たちにできること」が収録されています。「日本全国の植生調査に基づく浩瀚の書『日本植生誌』全10巻〔至文堂〕に至る歩みと、“鎮守の森”の発見、熱帯雨林はじめ世界各国での、土地に根ざした森づくりを成功させた“宮脇方式での森づくり”の軌跡」(帯文より)。 ★『兜太 TOTA vol.3』の特集は「キーンと兜太――俳句の国際性」。同誌の編集顧問を務められていたドナルド・キーンさんが、今年2月に他界されたことを受け、キーンさんと金子兜太さんの交流を辿り直しつつ、「俳句を世界に開いていくための手がかりを考え」ようという試み(巻頭言より)。目次詳細は誌名のリンク先をご覧ください。 +++
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| 2019-09-29 23:16
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2019年 09月 23日
『未完の資本主義――テクノロジーが変える経済の形と未来』ポール・クルーグマン/トーマス・フリードマン/トーマス・セドラチェク/タイラー・コーエン/ルトガー・ブレグマン/ヴィクター・マイヤー=ショーンベルガー著、大野和基編、PHP新書、2019年9月、本体900円、新書判並製208頁、ISBN978-4-569-84372-8 『アイデア No.387 2019年10月号』誠文堂新光社、2019年9月、本体2,829円、A4変型判並製200頁、ISSN0019-1299 『時間は存在しない』カルロ・ロヴェッリ著、冨永星訳、NHK出版、2019年8月、本体2,000円、四六判上製240頁、ISBN978-4-14-081790-2 ★『未完の資本主義』は『知の最先端』(PHP新書、2013年)や『未来を読む――AIと格差は世界を滅ぼすか』(PHP新書、2018年)など、著名知識人への数々のインタビューで知られる大野和基さんによる最新対話集。ソデ紹介文に曰く「本書は、「テクノロジーは資本主義をどう変えるか」「我々は資本主義をどう『修正』するべきか」について、国際ジャーナリスト・大野和基氏が、世界の「知の巨人」7人に訊ねた論考集である。経済学、歴史学、人類学……多彩な視座から未来を見通し、「未完」のその先の姿を考える、知的興奮に満ちた1冊」。大野さんによる「プロローグ」には本書の問題意識についてこう述べておられます。「「資本主義の終焉」といわれるが、資本主義は未完であるがゆえに、より善い姿に「進化」することもできるのではないか」。 ★特に注目しておきたいのは、グレーバーの言う「BS職(Bullshit jobs:どうでもいい仕事)の5分類」と、ブレグマンの言う「ベーシック・インカム+1日3時間労働」です。前者の5分類は、太鼓持ち、用心棒、落穂拾い、社内官僚、仕事製造人、です(87~90頁)。ネタバレは控えるとして、グレーバーはこう意見を述べています。「我々は、仕事に大切なものは何なのか、考え直すべきなのかもしれません。仕事は苦しいものだ、苦しみは真の大人の勲章だ、責任感のある人間になろう――。現代の労働観は、あまりにもねじれてしまっています。〔…〕あまりにもねじれた人生観であり、そんな考えを続けていたら、自分の体、ひいては社会も壊れてしまいます」(95頁)。グレーバーの『Bullshit Jobs: A Theory』(Simon & Schuster, 2018)は岩波書店から刊行予定と聞いています。 ★ブレグマンはこう言います。「私が提案しているのは、我々は働く時間を短くすべきだということです。ベーシックインカムは、人々に豊かな選択肢を与えるという意味で、不可欠なのです。〔…〕そもそも、ベーシックインカムという呼び名自体が最適ではないかもしれません。社会配当金という呼称もあります。これは、ベーシックインカムが手助けではなく人権なんだということを示しています。〔…〕私たちは基本的に、祖先がつくりだした遺産の恩恵を受けて生活しており、ベーシックインカムや社会配当は、それを認めているだけです」(164~165頁)。「多くの人は、ベーシックインカムを導入する財源はないと懸念しています。しかし私はむしろ、ベーシックインカムを導入しなければ先進国は経済的に立ち行かなくなると考えています。/私たちは現在、貧困が存在するゆえの費用を莫大に負担しています。高い医療費や学校の中途退学率、犯罪の増加などがその例です。人間の潜在能力のとんでもない無駄遣いだと思います」(165~166頁)。詳しくは本書と、ブレグマンの著書『隷属なき道――AIとの競争に勝つベーシックインカムと一日三時間労働』(野中香方子訳、文藝春秋、2017年)をご参照ください。 ★斎藤幸平さんによるインタビュー集『未来への大分岐』(集英社新書、2019年8月)や、吉成真由美さんによるインタビュー集『知の逆転』(NHK出版新書、2012年)、『知の英断』(NHK出版新書、2014年)、『人類の未来』(NHK出版新書、2017年)など、近年、大野さんのインタビューのほかにも様々な知識人へのインタビュー集が手頃な新書で刊行されているのは周知の通りです。これらはぜひ併売されてほしい書目です。 ★『アイデア No.387 2019年10月号』の特集は「現代日本のブックデザイン史1996-2010」。巻頭言から引きます。「1996年を境に縮小を続ける日本の出版産業は、昨年時点ですでに最盛期の2分の1を割り込む経済規模にまで到達した。〔…〕もはやシーン全体を俯瞰して捉えることは困難であるものの、本特集ではその断片を見せるべく、〔…〕1996年から現在に至るブックデザインをスタイル別に並置してみることにした」。目次詳細は誌名のリンク先をご覧ください。本号の企画編集担当のお一人、長田年伸さんは「出版の本義へ」(110頁)でこう述べています。「歴史は事後的に振り返ることでしかその成否を判断できない。いまを生きるわれわれにできるのは個々の細い糸を撚り合わせ後世につなぐことしかないのだから、と本書を編んだ」。また長田さんは川名潤さんや水戸部功さん、加藤賢策さんとの座談会「ブックデザインはブックデザインでしかない」でこう発言されています。「ここで記述した歴史は「the history」ではなくて「a history」です」(108頁)。 ★長田さんはさらに序文で「管見の限りでは、現代日本のブックデザインを総覧した書籍や図録の類は1995年までで記述が止まっている」(8頁)とも書いておられます。実はこの歴史記述の不在は、デザインの現場だけに留まりません。出版業界の各種団体の公式文書はここ10年以上の途絶しています。出版社の団体がまとめたものでは『日本雑誌協会 日本書籍出版協会 50年史』が2007年11月発行。書店では『日書連五十五年史』は2001年7月発行。取次では『日本出版取次協会五十年史』は2001年9月発行。拙論「再販制再論」(『ユリイカ2019年6月臨時増刊号 総特集=書店の未来』2019年5月)の準備で様々な資料に目を通しましたが、各種団体ともに「予算が計上されておらず、最新版刊行の予定はない」との回答でした。 ★歴史記述の衰退と改竄と抹消はポストトゥルース時代における負の特性であり、社会工学としての悪辣な編集技術の台頭と並行関係にあります。編集は人心や感官に働きかけるサイキックなテクノロジーとして、すでに自覚され運用され始めています。情報戦や諜報戦、広報戦の危険な領域へマスコミや出版界が長い間入り込んでいることが、それゆえに改めて注目されているわけです。1996年以後のブックデザインを考える際にもう一度考慮しなければならないものがあるとしたら、それはプロパガンダ(ナショナリズムであれ、排外主義であれ、ポピュリズムであれ、流行であれ、娯楽であれ)なのだろうと思います。 ★『時間は存在しない』は『L'ordine del tempo』(Adelphi, 2017)の全訳。原題は「時間の順序」ですが、邦題をあえて「時間は存在しない」としたところに本書の成功の鍵があるように思われます。ロヴェッリ(Carlo Rovelli, 1956-)はイタリアの理論物理学者で現在はフランスで活躍しています。既訳書には『世の中ががらりと変わって見える物理の本』(関口英子訳、河出書房新社、2015年;Sette brevi lezioni di fisica, Adelphi, 2014)と、『すごい物理学講義』(栗原俊秀訳、河出書房新社、2017年;La realtà non è come ci appare - La struttura elementare delle cose, Raffaello Cortina Editore, 2014)があります。 ★「この本は長短三つのパートからなっている。第一部〔「時間の崩壊」〕では現代物理学が時間について知り得たことを手短かに紹介する。〔…〕わたしたちの知識が増えたことにより、時間の概念は徐々に崩壊していった。わたしたちが「時間」と読んでいるものは、さまざまな層や構造の複雑な集合体なのだ。そのうえさらに深く調べていくと、それらの層も一枚また一枚と剥がれ落ち、かけらも次々に消えていった。この本の第一部では、このような時間という概念の崩壊について述べる」(11~12頁)。「第二部〔「時間のない世界」〕では、その結果残されたものについて述べていく。〔…〕本質だけが残された世界は美しくも不毛で、曇りなくも薄気味悪く輝いている。わたしが取り組んでいる量子重力理論と呼ばれる物理学は、この極端で美しい風景、時間のない世界を理解し、筋の通った意味を与えようとする試みなのだ」(12頁)。 ★「第三部〔「時間の源へ」〕はもっとも難しく、それでいていちばん生き生きしており、わたしたち自身と深く関わっている。〔…〕これは、第一部でこの世界の基本的な原理を追い求めるうちに失われた「時間」へと立ち戻る帰還の旅である。〔…〕結局のところ時間の謎は、宇宙に関する問題ではなく、私自身についての問題なのだ」(12~13頁)。日本語版解説をお書きになった吉田伸夫さんは第三部中盤での議論についてこう紹介されています。「ロヴェッリは、アウグスティヌスやフッサールの主張を引用しながら、時間が経過するという内的な感覚が、未来によらず過去だけに関わる記憶の時間的非対称性に由来することを指摘する。その上で、記憶とは、中枢神経系におけるシナプス結合の形成と消滅という物質的なプロセスが生み出したものであり、過去の記憶だけが存在するのは、このプロセスがエントロピー増大の法則にしたがうことの直接的な帰結であると論じる」(214頁)。 ★本書はおそらく理工学書売場で展開されるものかと思いますが(ちなみに分類コード上では「外国文学、その他」で、版元さんとしては海外エッセイという位置づけなのかもしれません。推薦文は作家の円城塔さんが書かれています)、吉田さんの解説にもある通り、時間論は哲学思想でも扱いますから、人文書でもおそらく本書は売れるのではないかと思います。「ガーディアン」紙では「スティーヴン・ホーキングの『ホーキング、宇宙を語る』以来、これほどみごとに物理学と哲学とを融合した著作はない」と評されています。 ★このほか最近では以下の新刊との出会いがありました。 『身体を引き受ける――トランスジェンダーと物質性のレトリック』ゲイル・サラモン著、藤高和輝訳、以文社、2019年9月、本体3,600円、四六判上製365頁、ISBN978-4-7531-0355-3 『菅原道真――学者政治家の栄光と没落』滝川幸司著、中公文庫、2019年9月、本体860円、新書判280頁、ISBN978-4-12-102559-3 『暦川』公文健太郎写真、平凡社、2019年9月、本体5,800円、A4変型判上製160頁、ISBN978-4-582-27831-6 『浮きよばなれ――島国の彼岸へと漕ぎ出す日本文学芸術論』栗原明志著、作品社、2019年9月、本体2400円、46判並製376頁、ISBN978-4-86182-775-4 ★『身体を引き受ける』は、『Assuming a Body: Transgender and Rhetorics of Materiality』(Columbia University Press, 2010)の全訳。サラモン(Gayle Salamon)はプリンストン大学教授。本書は彼女の博士論文を元にした第一作で、日本語に翻訳されるのは今回が初めてです。謝辞の筆頭にはジュディス・バトラーが挙がっています。帯にはそのバトラーによる論評が載っています。曰く「サラモンの著書は、文化理論にはめったにみられない非凡な洞察力と哲学的なエレガンスを備えており、身体そのものの物質性に関してトランスジェンダーが含意しているものに鋭敏な哲学的省察を加えている」。目次詳細は版元ドットコムの単品ページで掲出されています。 ★「本書『身体を引き受ける』は、現象学(主としてメルロ=ポンティの研究)と精神分析(フロイトとポール・シルダーの研究)、そしてクィア理論を通して、身体性(embodiment)の問いを探究する試みであり、これら各々の分野において身体がどのように理解されているのかを考察することを通してこの問いに取り組むものである」(序論、3頁)。「本書で、私は身体の存在についての記述における「物質的なもの」と「幻想的なもの」とのあいだの関係を考察する。そして、この関係が両立不可能な関係である必要はないこと、むしろ、身体の物質性が意識に現れる仕方、そして同様に重要なことに、それが意識から消える仕方を説明することを可能にする生産的な緊張によってその関係が特徴づけられることを示したい。メルロ=ポンティ、ジグムント・フロイト、ポール・シルダー、ジュディス・バトラーらによって提示された身体性の理論を読むのは、これらの理論に含まれる幻想的なものと物質的なものとの関係がトランスの身体に関するより良い理解にいかに資するのかを考えるためである」(4頁)。「私が望んでいること、それは、トランスジェンダリズムやトランスセクシュアリティに関する諸議論が「本当らしさ」にいたずらに訴えなくても済むようになることである」(6頁)。 ★訳者解説ではこう紹介されています。「本書『身体を引き受ける』はきわめて学問領域横断的なスタイルで書かれたものである。精神分析、現象学、フェミニズム、クィア理論、トランスジェンダー・スタディーズなどの様々な学問分野を横断しながら、本書は執筆されている。とりわけ注目に値するのは、、精神分析と現象学をトランスジェンダー理論として読み直している点だろう。〔…〕彼女が主張しているのは、身体とは単なる「物質的なもの」ではなく、むしろ、物質的な身体とは「身体イメージ」の媒介によってはじめて生きられるのであり、そして、このような「感じられた身体」と「物質的な身体」とのあいだのズレや不一致は決して病理学的なものではないということである。/本書はまた大変バランスのとれた著作であり、理論的なだけでなく、きわめて実践的な著作でもある」(341~342頁)。 ★『菅原道真』は、京都女子大学文学部教授で平安文学がご専門の滝川幸司(たきがわ・こうじ:1969-)さんが、道真の人生を四期に分けて紹介するもの。「第一期は、誕生から、大学寮紀伝道入学、対策(官僚登用のための国家試験)に合格して官僚としての道を歩み、文章博士として紀伝統の頂点に立った時期である。/第二期は、文章博士を離任し、讃岐守として統治に赴任した時期である。〔…〕/第三期は、都へ戻り、宇多天皇に抜擢され、蔵人頭として天皇の側近となり、以後右大臣に至る時期である。〔…〕/第四期は大宰権帥として都から左遷され、九州の地で過ごす時期である」(「はじめに」iii頁)。「それぞれの時期の心情がこれほどまでに残り、自分の手で編纂した史料が現存している官僚は、平安時代には他にいない」(iv頁)。道真は藤原氏の策謀により失脚したと言います。「道真の生涯の、いわば骨格を記したのが本書である。今後、血肉を加える作業を続けたい」と著者はあとがきで記しています。滝川さんには『菅原道真論』(塙書房、2014年)という研究書もあります。 ★『暦川』は、写真家の公文健太郎(くもん・けんたろう:1981-)さんによる、2016年刊の『耕す人』に続く平凡社では2作目となる写真集。帯文に曰く「東北を代表する大河・北上川。源流から河口まで250kmの四季折々の営みを気鋭の写真家が活写」。ノスタルジーを誘う美しい川辺の風景に魅了されます。個人的にはっとしたのは48番の写真。川岸を進む蛇と目が合って、蛇(青大将でしょうか)もフレームのこちら側の写真家をじっと見つめています。思いがけない交感。今年刊行された公文さんの写真集は冬青社から2月に刊行された『地が紡ぐ』に続いて2冊目です。 ★『浮きよばなれ』は作家・演出家・プロデューサーの栗原明志(くりはら・あかし:1971-)さんが20代後半から40代後半のこんにちまで、20年間にわたり書き溜めたエッセイ24篇をまとめたもの。第一作である特異な小説『書』(現代思潮新社、2007年)以来の新刊です。「「とりあえず」現在を先送りにする運動のただ中で、人は金銭に埋没する。「とりあえず」は錬金術の合言葉に他ならない。「とりあえず」の対極に文学と芸術が存在し、ますます迫害され、黙殺され、表面から撤去され、倉庫で眠らされ、見下され、勝ち誇ったせせら笑いに晒されながら、幾重にも迂回された奇妙な方法で人々が背を向けた現在を拾っている、「ポスト真実」の時代は、「ポストイメージ」の時代でもあり得るのだ」(「二〇一七年の京都」367頁)。 +++
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by urag
| 2019-09-23 20:16
| 本のコンシェルジュ
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2019年 09月 23日
★点数が多いため、今回も2回に分けてご紹介します。 『中世思想原典集成 精選6 大学の世紀2』上智大学中世思想研究所編訳監修、平凡社ライブラリー、2019年9月、本体2,400円、B6変型判664頁、ISBN978-4-582-76887-9 『われら』ザミャーチン著、松下隆志訳、光文社古典新訳文庫、2019年9月、本体1,060円、文庫判392頁、ISBN:978-4334-75409-9 『西洋占星術史――科学と魔術のあいだ』中山茂著、講談社学術文庫、2019年9月、本体920円、A6判208頁、ISBN978-4-06-517132-5 『平治物語 全訳注』谷口耕一/小番達訳、講談社学術文庫、2019年9月、本体2,030円、A6判656頁、ISBN978-4-06-517181-3 『後拾遺和歌集』久保田淳/平田喜信校注、岩波文庫、2019年9月、本体1,680円、文庫判752頁、ISBN978-4-00-300299-5 『伊藤野枝集』森まゆみ編、岩波文庫、2019年9月、本体1,130円、文庫判448頁、ISBN978-4-00-381281-5 『臨済録』柳田聖山訳、中公文庫、2019年9月、文庫判264頁、本体720円、ISBN978-4-12-206783-7 『ポー傑作集――江戸川乱歩名義訳』エドガー・アラン・ポー著、渡辺温/渡辺啓助訳、中公文庫、2019年9月、本体1,200円、文庫判480頁、ISBN978-4-12-206784-4 『ジャンヌ・ダルク』ジュール・ミシュレ著、森井真/田代葆訳、中公文庫、2019年9月、本体1,000円、文庫判320頁、ISBN978-4-12-206785-1 『古事記の研究』折口信夫著、中公文庫、2019年9月、本体1,000円、文庫判352頁、ISBN978-4-12-206778-3 ★平凡社ライブラリーの9月新刊は1点。『中世思想原典集成 精選6 大学の世紀2』は精選版全7巻の第6回配本。親本の第13巻「盛期スコラ学」、第14巻「トマス・アクィナス」、第18巻「後期スコラ学」より10篇を選び、佐藤直子さんによる巻頭解説と、赤江雄一さんによる巻末エッセイ「スコラ学と中世の説教」が加えられています。収録作品は以下の通り。 ディオニュシウス神秘神学註解(アルベルトゥス・マグヌス|須藤和夫訳) 聖書の勧めとその区分(トマス・アクィナス|竹島幸一訳) 聖書の勧め(トマス・アクィナス|竹島幸一訳) 知性の単一性について――アヴェロエス主義者たちに対する論駁(トマス・アクィナス|水田英実訳) 最高善について(シュトラスブルクのウルリヒ|須藤和夫/渡部菊郎訳) 一二七〇年の非難宣言(エティエンヌ・タンピエ|八木雄二/矢玉俊彦訳) 一二七七年の禁令(エティエンヌ・タンピエ|八木雄二/矢玉俊彦訳) 哲学者たちの誤謬(アエギディウス・ロマヌス|箕輪秀二訳) 第一原理についての論考(ヨハネス・ドゥンス・スコトゥス|小川量子訳) 未来の偶然事に関する神の予定と予知についての論考(ウィリアム・オッカム|清水哲郎訳) ★光文社古典新訳文庫の9月新刊より1点。光文社古典新訳文庫でのロシア文学の新訳にはドストエフスキーやトルストイ、チェーホフ等々が刊行されていますが、ザミャーチンの翻訳は今回の『われら』で初めて。帯文に曰く「ディストピアSFの先駆け、待望の新訳」。「ザミャーチンが「私のもっとも滑稽でもっとも真剣な作品」(「自伝」、1922年)と述べる『われら』は、創作にもっとも勢いがあった1920~21年にかけて書かれた。作家が存命中に完成させた唯一の長編にして最高傑作である」(訳者解説より)。底本は1988年刊のクニーガ社版作品集。さらに、「妻リュドミーラによる校正が加えられた唯一現存する『われら』のタイプライター原稿(2011年刊)を参照しつつ、訳者の判断で適宜修正を加えた」とのことです。現在も入手可能な、文庫で読める既訳には、川端香男里訳『われら』(岩波文庫、1992年)、小笠原豊樹訳『われら』(集英社文庫、2018年)があります。川端訳は1975年に講談社文庫でも刊行されたことがあります。岩波文庫版はその改訂版です。 ★講談社学術文庫の9月新刊より2点。『西洋占星術史』は、1992年に講談社現代新書の一冊として刊行された『西洋占星術――科学と魔術のあいだ』の改題文庫化。鏡リュウジさんによる巻末解説が加えられています。科学史家の中山茂(なかやま・しげる:1928-2014)さんの著書で講談社学術文庫にて文庫化されているのは本書のほかにこれまで、『近世日本の科学思想』(1993年、品切;『日本人の科学観』〔創元新書、1977年〕増補改題)、『天の科学史』(2011年;『天の科学史』〔朝日選書、1984年〕改訂)、『パラダイムと科学革命の歴史』(2013年;『歴史としての学問』〔中央公論社、1974年〕増補改題)があります。 ★『平治物語 全訳注』は講談社学術文庫オリジナルの新訳。「敗れゆく源氏の悲哀と再興の予兆を描いた物語を、伝本の中でも個性豊かな登場人物と起伏に富んだストーリーで知られる四類本から現代語訳した決定版」(カバー裏紹介文より)。本文、現代語訳、語釈、校訂注、解説で構成。補注と地図、谷口耕一さんによる解説「四類本系統の『平治物語』について」は巻末にまとめられています。「『平治物語』は平治の乱を題材にした物語である。〔…〕この物語は、おおまかにいって三部構成になっている。前半では合戦までの経緯、中心部は合戦の様子、後半では戦後処理と後日譚が描かれる。そしてそのような歴史的流れのなかに、笑話や哀話などのエピソードがちりばめられ、全体として、非常におもしろい物語となっている」(解説より)。現在も入手可能な、文庫で読める『平治物語』には、日下力訳注『平治物語 現代語訳付き』(角川ソフィア文庫、2016年)があります。 ★岩波書店9月新刊より2点。『後拾遺和歌集』は岩波文庫では1940年刊の西下経一校訂版以来の新版。「新日本古典文学大系」シリーズで1994年刊に刊行された第8巻に所収の『後拾遺和歌集』に基づき、「注などを改変して文庫化した」もの。注は、現代語による大意、出典、語釈、参考事項の順で記されています。講談社学術文庫より刊行されていた藤本一恵訳注本全4巻は品切のため、文庫本で読める『後拾遺和歌集』は今回の岩波文庫版のみとなります。 ★『伊藤野枝集』は、創作、評論・随筆・書簡、大杉栄との往復書簡、の三部構成で編まれたもの。目次は書名のリンク先でご確認いただけます。底本は、堀切利高/井手文子編『定本 伊藤野枝全集』(全4巻、學藝書林、2000年)、堀切利高編著『野枝さんをさがして』(學藝書林、2013年)、大杉栄研究会編『大杉栄書簡集』(海燕書房、1974年)などを使用。巻末には編者による解説「嵐の中で夢を見た人――伊藤野枝小伝」と、「伊藤野枝略年譜」を収めています。今月の岩波文庫新刊5点のうち、本書のみが帯が掛かっていて、瀬戸内寂聴さんの推薦文が掲げられています。曰く「恋と革命の天才先駆者、伊藤野枝の若き命をかけた切実華麗な名文のすべて!」。 ★中公文庫の9月新刊より4点。『臨済録』は2004年の中公クラシックス版から文庫へのスイッチ。さらに遡ると柳田訳は『世界の名著』続編第3巻(1974年)に収められていたものです。かの有名な「仏に逢うては仏を殺し、祖に逢うては祖を殺し、羅漢に逢うては羅漢を殺し、父母に逢うては父母を殺し、親眷に逢うては親眷を殺して、始めて解脱することを得ん。物に拘せられず、透脱自在なり」は「四七」の一節(読み下し154頁;原文162頁:逢佛殺佛、逢祖殺祖、逢羅漢殺羅漢、逢父母殺父母、逢親眷殺親眷、始得解脱、不与物拘、透脱自在)。現代語訳を前段を含めて引いてみます。「仲間よ、君たちが堅気を望むなら、けっして世間の誘いに引っかかってはならぬ。内でも外でも、出会ったら、すぐに斬ってすてよ。仏に出会ったら、仏を斬りすて、祖師に出会ったら祖師を切りすて、羅漢に出会ったら羅漢を斬りすて、父母に出会ったら父母を斬りすて、親族に出会ったら、親族を斬りすてて、君ははじめて解放される。物に拘束せられることなく、思いのままに斬りぬけるのだ」(170~171頁)。カバー裏紹介文では「既成概念に縛られず、あえて斬り捨てて自由を得よ」と説明されています。 ★『ポー傑作集』はカバー裏紹介文に曰く「本書は刊行当時「江戸川乱歩訳」で発売され、後日、全集から削除された幻のベストセラーである。実際の訳者は27歳で事故死した作家・渡辺温、共訳はその兄でミステリ作家となった渡辺啓助である」と。目次は以下の通り。 序文 黄金虫(渡辺温訳) モルグ街の殺人(渡辺温訳) マリイ・ロオジェ事件の謎(渡辺温訳) 窃まれた手紙(渡辺啓助訳) メヱルストロウム(渡辺啓助訳) 壜の中に見出された手記(渡辺温訳) 長方形の箱(渡辺温訳) 早過ぎた埋葬(渡辺啓助訳) 陥穽と振子(渡辺啓助訳) 赤き死の仮面(渡辺温訳) 黒猫譚(渡辺啓助訳) 跛蛙(渡辺啓助訳) 物言ふ心臓(渡辺温訳) アッシャア館の崩壊(渡辺啓助訳) ウィリアム・ウィルスン(渡辺温訳) 附録 渡辺温(江戸川乱歩著) 春寒(谷崎潤一郎著) 温と啓助と鴉(渡辺東著) 解説(浜田雄介著) ★底本は『世界大衆文学全集(30)ポー、ホフマン』(改造社、1929年)。附録の「渡辺温」は『探偵小説三十年』(岩谷書店、1954年)、「春寒」は『谷崎潤一郎全集(22)』(愛読愛蔵版、中央公論社、1983年)が底本。渡辺さんのエッセイと浜田さんの解説は書き下ろしです。 ★『ジャンヌ・ダルク』は中公文庫プレミアム「知の回廊」の最新弾。1987年刊の中公文庫の改版。文庫版の親本は1983年刊の中央公論社の単行本。改版にあたり、巻末に佐藤賢一さんによる解説が付されています。佐藤さんはこう書いておられます。「ジャンヌ・ダルクについて書かれた本は、それでもすでに五百冊を超えていたというが、史料も満足に整わない段階で、どれだけ史実に基づけたのかは疑わしい。ミシュレの『ジャンヌ・ダルク』こそは正統な歴史として書かれた、最初のジャンヌ・ダルクなのだ。著者は信頼に足る歴史家、十九世紀フランスを代表する大歴史家なのだ」(304~305頁)。 ★『古事記の研究』は中公文庫プレミアム「日本再見」の最新弾。「昭和九年と十年に長野県下伊那郡教育会で行われた三つの講義「古事記の研究」(一・二)と「万葉人の生活」を収める。「古事記研究の初歩」と著者自身が呼ぶ一般向けの入門講義を初めて文庫化する」(カバー裏紹介文より)。三浦佑之さんによる巻末解説が付されています。「折口信夫が古事記という作品そのものに向き合うことは、あまり多くないのではないか。その点で本書は貴重な一冊だと思う」。「本書で論じられている古事記は、戦前に凡百が講じたであろう古事記とは一線を画しているというのもまた明らかである。本書に収められた講演のなかで、折口信夫がこだわるのは音声によることばの問題であって、歴史書としての古事記の文字表記にはほとんどこだわっていない。〔…〕折口にとって、そこに残されている神話や歌謡の表現こそがだいじであったというのは、かれの古代研究の方法をみれば説明するまでもなかろう」。 +++
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by urag
| 2019-09-23 02:03
| 本のコンシェルジュ
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