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2018年 10月 28日

注目新刊:アイゼンバーグ『ホワイト・トラッシュ』東洋書林、ほか

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★まず、まもなく発売となる紀伊國屋書店さんの注目新刊2点をご紹介します。

人体はこうしてつくられる――ひとつの細胞から始まったわたしたち』ジェイミー・A・デイヴィス著、橘明美訳、紀伊國屋書店、2018年11月、本体2,500円、46判上製444頁、ISBN978-4-314-01164-8
10億分の1を乗りこえた少年と科学者たち――世界初のパーソナルゲノム医療はこうして実現した』マーク・ジョンソン/キャスリーン・ギャラガー著、梶山あゆみ訳、井元清哉解説、紀伊國屋書店、2018年11月、本体1,800円、 46判並製324頁、ISBN978-4-314-01165-5

★デイヴィス『人体はこうしてつくられる』は、『Life Unfolding: How the human body creates itself』(Oxford University Press, 2014)の訳書です。帯文に曰く「直径0.1mmの細胞が、思考し言葉を操る生物になるまで――未解明領域の残る《ヒトの発生》という複雑な生命現象のプロセスを、一般読者へ向けてやさしく解説する」と。目次詳細は書名のリンク先をご覧ください。本書を驚きとともに読んだという訳者はこう紹介しています。「そもそも生物の発生は、わたしたちがふつうに思い描く「つくる」とはまったく異質の事象である。そこには詳細は設計図もなければ、現場監督もおらず、既存の機械や工具を使えるわけでもない。たった一つから始まって、最終的に兆の単位まで増えるヒト細胞のどれ一つとして、「人体の完成形はこうです」という全体像を知らないし、どこか外部から指示がくるわけでもない。では人体は、いったいどうやってつくられていくのだろうか?/それを専門外の読者にもわかるように教えてくれるのが本書」である、と(訳者あとがき、377頁)。著者自身もこう書いています。「あなたがあなた自身の始まりを知りたいなら、人が物を作るやり方から類推するのではなく、まったく違う世界へ足を踏み出さなければならない。〔…〕それはあなたがまだ足を踏み入れたことのない領域への旅であり、既成概念を捨て、新しい考え方を受け入れていく旅になる」(29頁)。

★ジョンソン/ギャラガー『10億分の1を乗りこえた少年と科学者たち』は、『One in a Billion: The Story of Nic Volker and the Dawn of Genomic Medicine』(Simon & Schuster、2016)の訳書。帯文はこうです。「2007年5月、ものを食べると腸に穴が開き、皮膚から便が漏れるという奇病を患った2歳の少年がウィスコンシン小児病院に運ばれる。“10億人にひとり”レベルの症例で診断名もつかない。このままでは命が持たないと思われた。万策つきた医師たちは2009年、最後の手段として臨床の場では世界に例のないゲノム解析により、原因遺伝子を突きとめるという大胆な試みに踏み切る」。すでに十分ドラマティックですが、本書の中身はさらにドラマに満ち溢れています。多大な費用を投じた少年のエクソーム解析の結果、X染色体の遺伝子変異による「XIAP欠損症」が奇病の正体だと分かります。約32億個の塩基対のうちたったひとつが間違っていたことに起因する難病だったわけでしたが、少年は骨髄移植によって健康を取り戻しました。その道のりには涙も枯れはてるような苦しみと困難が次々に少年とその家族に襲い掛かります。医師たちと学者たちの奔走と努力と協力によって、難病治療の突破口が開けたことは感動的ですらあります。DNA解析とゲノム医療の未来を強く感じさせる一冊です。

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★次に、発売済の新刊で最近出会った書目を列記します。

日本人の自然観』鈴木貞美著、作品社、2018年10月、本体5,800円、四六判上製786頁、ISBN978-4-86182-722-8
帝国日本の科学思想史』坂野徹/塚原東吾編著、勁草書房、2018年10月、本体7,000円、A5判上製448頁、ISBN978-4-326-10271-6

★鈴木貞美『日本人の自然観』は、帯文に曰く「日本人はいつから自然を愛したのか。科学史と人文史におる画期的大成」と。序章にはこう書かれています。「日本人の自然観を、今日、改めて問いなおそうとするのは、二〇世紀後期の科学=技術(=は区別と関連づけ)の発展が、洋の東西を問わず、古代から存続してきた「自然の恒久性」の観念を確実に破壊しつつあり、それに伴い、「日本人の自然観」についての見方にも大きな転換が見られるようになったからだ」(3頁)。「本書は、読者の関心により、どこから読んでもらってもよい。が、全体は、今日の科学史をはじめとする学術史の国際的展開を見渡し、また今日、要請されている学術の文・理統合的推進という課題にこたえるべく、「方法の発見」を意識して著してゆくつもりである」(28頁)。目次詳細は以下の通りです。

序章 今日、自然観を問う意味
第一章 自然観の現在
第二章 二〇世紀末、人文系の自然観
第三章 「日本人」と「自然」と
第四章 東西の科学および科学観
第五章 中国の自然観――道・儒・仏の変遷
第六章 古代神話とうたの自然観
第七章 中古の自然観
第八章 中世の自然観
第九章 江戸時代の自然観
第一〇章 日本近代の自然観
第一一章 「自然を愛する民族」説の由来
第一二章 寺田寅彦「日本人の自然観」
第一三章 敗戦後から今日へ
あとがき

事項索引
外国人名(含団体)・書名および作品名索引
日本人名・書名索引

★「生産力の向上にかけ、自然破壊を続けるか、それとも自然保護にまわるか、という選択の岐路に立たされたまま、長期的ヴィジョンを欠いたまま、そのときどきの契機に振りまわされてきた日本の政治と思想のジグザグ〔…〕文化ナショナリズムの動きと密接に関係する、日本人の自然観が、迷走に迷走を重ねているのも、無理はないように思えてくる、だが、そうであればこそ、学は、その立て直しをはなるべきだろう」(708頁)。カヴァーの装画に長谷川等伯の「松林図屏風」をあしらったその静かなたたずまいとは対照的な、熱のこもった論述に圧倒されます。「結局のところ、わたしの意識の底に潜んでいるのは、人間の生存権の問題なのだと思う」(あとがき、728頁)。そうしるす著者の感覚は読者にとっても共感できるものではないでしょうか。

★『帝国日本の科学思想史』は、勁草書房より刊行されてきた、金森修(かなもり・おさむ:1954-2016)さんの編書3点――『昭和前期の科学思想史』2011年、『昭和後期の科学思想史』2016年、『明治・大正期の科学思想史』2017年――の続編として構想されたものとのことです。あとがきにはこう説明されています。「晩年の金森さんが力を入れ、思い入れをもっていた「日本の科学思想史」シリーズの最終巻となるのが本書である。当初は本人が編者となって刊行することを構想していたが、病状の悪化を受け、16年春に企画は編者のふたりに委ねられることになった。編者に名はないが、本来なら本書もまた金森修編で刊行されていたはずの著作である」。8本の論考に、編者二氏による序章が付されています。目次詳細は書名のリンク先をご覧ください。「本書ではとくに「日本」が拡大し帝国となった時代に、科学技術をどのように見てきたのか、そのための制度をいかに設計してきたのか、そしてそれをどのように運用してきたのかを検証する」(2頁)と序章にあります。

★さらに次の発売済新刊との出会いもありました。

ホワイト・トラッシュ――アメリカ低層白人の四百年史』ナンシー・アイゼンバーグ著、渡辺将人監訳、富岡由美訳、東洋書林、2018年10月、本体4,800円、A5判上製480頁、ISBN978-4-88721-825-3
西部劇論――その誕生から終焉まで』吉田広明著、作品社、2018年10月、本体4,600円、A5判上製512頁、ISBN978-4-86182-724-2
G・H・ミード著作集成――プラグマティズム・社会・歴史』G・H・ミード著、植木豊編訳、作品社、2018年10月、本体4,600円、四六判上製756頁、ISBN978-4-86182-701-3
マルセル・デュシャンとは何か』平芳幸浩著、河出書房新社、2018年10月、本体2,500円、46判並製304頁、ISBN978-4-309-25609-2

★アイゼンバーグ『ホワイト・トラッシュ』は『White Trash: The 400-Year Untold History of Class in America』(Viking, 2016)の全訳。目次詳細は書名のリンク先をご覧ください。渡辺将人さんによる解説の言葉を借りると、ホワイト・トラッシュとは「アメリカの貧困層に属する下層の白人のことで〔…〕1850年代に本格的に定着したアメリカ英語」であり、本書はそれを主題として「アメリカの階級史を解剖する」もの。この国の建国史に精通した歴史家ならではの説得的な筆致で、アメリカにおいて「白人最下層の階級が常に存在してきた」ことが赤裸々に分析されています。平等を掲げた国民的自負によって抑圧され、否認されてきた主に南部やアパラチア地方の人々の、格差を伴なった長い長い歴史です。著者ナンシー・アイゼンバーグ(Nancy Isenberg, 1958-)はルイジアナ州立大学教授の歴史学者で、著書が日本語訳されるのは初めて。『思いやりのある子どもたち』(北大路書房、1995年)など発達心理学の訳書があるアリゾナ州立大学教授ナンシー・アイゼンバーグ(Nancy Eisenberg, 1950-)とは別人です。



★吉田広明『西部劇論』は、ハリウッド映画の西部劇670作品を紹介する書き下ろし長篇評論です。ジョン・フォードからクリント・イーストウッドまで、扱う登場人物は1000名以上。200点の参考図版を収録しています。巻末には、アメリカ初の西部劇とされる1903年の『大列車強盗』から1980年の『ロング・ライダーズ』までを個別に解説した「西部劇主要作品解説」や関連年表、作品名索引と人名索引を完備。全9章の章立てを以下に列記します。

第一章 初期西部劇――ブロンコ・ビリー/フォード/ウィスター/ハート
第二章 古典的西部劇――ウォーショー/ハサウェイ/フォード
第三章 西部劇を変えた男――ウィリアム・A・ウェルマン
第四章 フィルム・ノワール=西部劇――バザン/バーネット/ウォルシュ/マン/ブッシュ/ヨーダン
第五章 神話と化す西部劇――フォード/レイ
第六章 不透明と透明の葛藤――フォード/ベティカー/ホークス/ケネディ/デイヴス
第七章 西部劇の黄昏――ペキンパー/ペン/アルトマン/ヘルマン
第八章 オルタナティヴ西部劇――ポロンスキー/アルドリッチ/カウフマン/ミリアス/チミノ/ラヴェッチ=フランク/ベントン
第九章 西部劇に引導を渡した男――クリント・イーストウッド

★『G・H・ミード著作集成』は、9本の「既発表論文・草稿選」と、主著の講義録『精神・自我・社会』、講義草稿『現在というものの哲学』の3つの柱からなる主要論考集。2段組で本文だけでも700頁近い大冊ですが、分冊せずにまとめて1冊としたところがポイントです。人名索引と事項索引あり。編訳者の植木さんはこれまでに、デューイ『公衆とその諸問題』(ハーベスト社、2010年)や『プラグマティズム古典集成――パース、ジェイムズ、デューイ』(作品社、2014年)を上梓しておられます。今回の本の訳者解説「G・H・ミードの百年後――21世紀のミード像のために」ではこう綴っておられます。「21世紀ミード像というものがあるとすれば、それは20世紀ミード像の語彙と概念を突き抜けたところで描かれるものとなるだろう」(699頁)。なお、9本の「既発表論文・草稿選」の明細を以下に列記します。論文名(公刊年)で、このたび初めて翻訳されたものには※印を末尾に付します。なお、ミードの「国を志向する精神と国際社会を志向する精神」が触発を受けたところのウィリアム・ジェイムズの論文「戦争の道徳的等価物」(1910年)も本書では併せて訳出されています。

特定の意味を有するシンボルの行動主義的説明(1922年)
科学的方法と道徳科学(1923年)
自我の発生の社会的な方向付け(1925年)
知覚のパースペクティヴ理論(没後出版:1938年。執筆年代不詳)※
諸々のパースペクティヴの客観的実在性(1927年)
プラグマティズムの真理理論(1929年)
歴史と実験的方法(没後出版:1938年。執筆年代不詳)※
過去というものの性質(1929年)
国を志向する精神と国際社会を志向する精神(1929年)

★平芳幸浩『マルセル・デュシャンとは何か』は書き下ろし入門書。先ごろカルヴィン・トムキンズによるデュシャンへのインタヴュー本『マルセル・デュシャン アフタヌーン・インタヴューズ』を手掛けたばかりの河出書房新社の編集者Yさんが担当されています。帯文に引かれた森村泰昌さんといとうせいこうさんの推薦文は書名のリンク先でご確認いただけます。著者の平芳幸浩(ひらよし・ゆきひろ:1967-)さんは『マルセル・デュシャンとアメリカ――戦後アメリカ美術の進展とデュシャン受容の変遷』(ナカニシヤ出版、2016年)を上梓されており、四半世紀にわたってデュシャンの研究を続けてこられた方です。今回の新著は「基本的に時間軸に沿いながら、重要な六つのトピックに分けて、その全貌を紹介しようとするもの」(9頁)。目次詳細を以下の掲出します。

はじめに
第1章 画家としてのデュシャン――遅れてきたキュビスト
第2章 レディメイドを発明する
第3章 「花嫁」と「独身者」の世界
第4章 「アート」ではない作品を作ることは可能か
第5章 アートとチェス――Iとmeのちょっとしたゲーム
第6章 美術館に投げ込まれる「遺作」――現代アートとデュシャン
マルセル・デュシャンをもっと知るために――日本語で読めるデュシャン関連書籍一覧
あとがき

図版一覧

★ミードは「I」と「me」の融合について語りますが(『精神・自我・社会』1934年、第四部「社会」第35章「社会活動における「I」と「me」の融合」487~495頁)、平芳さんはデュシャンの1920~40年代における「Iとmeのちょっとしたゲーム」(211頁)について言及しています。「相手の期待をはぐらかしたり、想定される反応の裏をかいたり、とデュシャンはアイロニカルなゲームを演じ続けたのである。〔…〕後年このようなアイロニカルな身振りをデュシャン自身は「Iとmeのちょっとしたゲーム」とも呼んだのであった。この「Iとmeのちょっとしたゲーム」つまり自己と自己像が演じる大局のような様相を、デュシャン自身が積極的に作り出していくのもまた1920年代のことであった」(210~211頁)。さらに後段ではデュシャンにおける「Iとmeの間のアンフラマンスな差異」(237頁)が解説されます。「アンフラマンスの例はどれも身体的であるがゆえに官能的である。〔…〕デュシャンが微細なズレや遅延を感じ取ろうとしたものたちは、それがまさしく人間の認知を越えている(当然下方に)がゆえに、身体的なある種の「ざわめき」のようなものとして立ち現れてくるのである」(同頁)。

★ミードの場合、Iとmeの融合は、宗教や愛国心における高揚感、チームワークにおける一体感などに見られるもので、「社会的状況における「I」と呼んできた行為作用自体は、全体を統一する源泉であるのに対して、「me」は、この作用行為の自己表現を可能にする社会的状況である」(494頁)と説明されます。「音楽においては、関連する情動的反応の点からみて、おそらく何等かの類の社会的状況がつねにある。音楽のもつ高揚感は、こうした情動的か前に対する関連性を有していると思われる。「I」と「me」の融合という考えは、こうした高揚感を説明する上で、非常に適切な土台となる。私が思うに、行動主義的心理学は、こうした美学理論の発展に絶好の機会となる。美的経験において反応が有する意味作用は、絵画批評家や建築批評家によってすでに強調されている」(同頁)。

★ミード(1863-1931)とデュシャン(1887-1968)がともに、社会や美的経験についてそれぞれの立場から思索を深めていたことには、何かしらの同時代性や、地理的経済的背景の相違があったと言えるでしょうか。一方は巨視的に一体感や高揚感に注目し、他方は微視的に差異=ズレと官能性に着目。思想史的探究が必要かもしれません。

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★最後にここ最近の雑誌の中からいくつか取り上げます。
現代思想2018年11月号 特集=「多動」の時代――時短・ライフハック・ギグエコノミー』青土社、2018年10月、本体1,400円、A5判並製230頁、ISBN978-4-7917-1373-8
文藝 2018年冬季号』河出書房新社、2018年10月、本体1,300円、A5判並製680頁、ISBN978-4-309-97957-1
フィルカル Vol.3, No.2』ミュー、2018年9月、本体1,500円、A5判並製370頁、ISBN978-4-943995-20-3
兜太 TOTA vol.1〈特集〉一九一九 私が俳句』藤原書店、2018年9月、本体1,200円、A5並製200頁、ISBN978-4-86578-190-8

★『現代思想2018年11月号 特集=「多動」の時代』は、伊藤亜紗さんと貴戸理恵さんの討議「動きすぎる体/動かない体の〈コミュニケーション〉――吃音と不登校の交差点」と、ドミニク・チェンさんと若林恵さんの討議「コンヴィヴィアリティを促す「共話」の力」をはじめ、松本卓也さんの「ADHDの精神病理についてのノート』や、スージー・ワイズマンによるデヴィッド・グレーバーへのインタビュー「ブルシット・ジョブの上昇」などが読めます。「ブルシット・ジョブ」(=クソどうでもいい仕事)というのは、グレーバーが今年上梓した最新著『Bullshit Jobs: A Theory』(Simon & Schuster, 2018)の題名でもあります。本作についてはすでに日本語でいくつかの紹介記事をネット上で読むことができますが、このインタヴューの解題においても酒井隆史さんが長い紹介文を寄せておられます。同書は岩波書店から訳書が刊行される予定のようです。ちなみに酒井さんはグレーバーの訳書『官僚制のユートピア』(以文社、2017年)でbullshit jobsを「クソしょうもない仕事」とお訳しになっておられます。

★『文藝 2018年冬季号』では第55回文藝賞の受賞作2篇が掲載。また「新発見 唐十郎幻の第一作」として小説「懶惰の燈篭」(42枚)とシナリオ「幽閉者は口をあけたまま沈んでいる」(64枚)が掲載。山本貴光さんの連載「季評 文態百版」は第3回で2018年6月から8月を観察。同誌秋号に掲載され、今般単行本としても刊行された笙野さんの「ウラミズモ奴隷選挙」についても言及があります。笙野さんはTPP反対派であり、この小説もTPP批准後の某国とその某国より独立した女性だけの国が物語の舞台です。同作単行本版の前書きではTPPを「恐怖のメガ自由貿易」であり、「民を奴隷にし、国土を植民地にする。国益を叩き売り、日本を汚染物質と病気まみれにさせていく。弱いものから死なせて「邪魔な人間」をがんがん殺していく。そして全ての金を外国に持ち去ってしまう。田畑も海も林も、山も森も、国民から強奪する、そうです! これこそがメガ自由貿易というもの。悪魔の最終兵器〔…〕人喰い条約」(9~10頁)であると糾弾されています。『ウラミズモ奴隷選挙』は小説ではありますが、人文書でナオミ・クラインやレベッカ・ソルニット、デヴィッド・グレーバーらと一緒に販売してもおかしくない気がしますし、フェミニズムの棚でも異彩を放つのではないかと想像します。現代日本の病根に迫る重要作です。

★『フィルカル Vol.3, No.2』は3月に発売された前号よりわずか12頁ほど総頁数が減ったもののそれでも例年以上に分厚くなりつつあり、誌面の充実と発展を実感させます。目次詳細は書名のリンク先をご覧ください。小特集は「スポーツ」。翻訳ではルヴフ=ワルシャワ学派のカジミエシュ・トファルドフスキ(Kazimierz Twardowski, 1866-1938)のテクスト3篇が掲載されています。「ポーランド国民哲学についてのもうひとつの小論」(1911年)、「論理の共用について」(1920年)、「もっと哲学を!」(1935年)。中井杏奈(なかい・あんな:1985-)さんによる翻訳と懇切な解説による第1回掲載で、全2回を予定しているとのことです。なお、同号の発売を記念して、来月以下の通りイベントが行われます。

◎長門裕介×松本大輝トークセッション「スポーツの哲学へのいざない

日時:2018年11月7日(水)19:00開場 19:30開演
場所:ジュンク堂書店池袋本店 4F 喫茶コーナー
料金:1,000円(ドリンク付き。当日、会場の4F喫茶受付でお支払いください)
予約:事前のご予約が必要です。ジュンク堂書店池袋本店1階サービスコーナーもしくは書店お電話(03-5956-6111)までお願いいたします。

内容:最新の哲学で文化を分析する雑誌『フィルカル』。その最新号では「スポーツ」を特集しています。それにちなみ、この刊行記念イベントではスポーツの哲学に、倫理学と美学の観点から迫ります。いい試合とは何か? フェアプレーとは? スポーツとアートの違いは? プレーの華麗さとは? そうした問いの哲学的な分析の入口へと、倫理学と美学の俊英が、漫画や実際の試合などの実例を通してご案内します。

★『兜太 TOTA vol.1〈特集〉一九一九 私が俳句』は今年2月に98歳でお亡くなりになった俳人、金子兜太さんの名前を誌名に掲げた雑誌の創刊号です。『存在者 金子兜太』(藤原書店、2017年)の執筆参加者により、金子さんの生前から企画され、金子さん自身の賛同も得ていたものとのこと。金子さんの最晩年の戦場体験語り部としての活動に寄り添ってきた黒田杏子さんが編集主幹をつとめておられます。その黒田さんの「創刊のことば」によれば、金子さんの「巨きな創作世界とその生き方を、皆さまとご一緒に学んでゆきたいと思います」と。巻頭には金子さんの最後の一句とともにこんな発言が引かれています。「なぜ戦争はなくならないのか。一言で答えさせて下さい。「物欲」の逞しさです。あらゆる欲のうちで最低最強の「欲」ですが、それだけにもっとも制御不可能、且つ付和雷同を生みやすい欲と見ています。そこに人間の暮しが、武力依存を募らせる因もある」(初出:『短歌』2017年8月号別冊付録「緊急寄稿 歌人・著名人に問う なぜ戦争はなくならないのか」)。なお、同じく9月には金子さんの俳誌「海程」の後継誌「海原」も創刊されています。

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by urag | 2018-10-28 23:38 | 本のコンシェルジュ | Trackback | Comments(0)
2018年 10月 21日

注目新刊:エーベンシュタイン『死の美術大全』河出書房新社、ほか

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★まずはまもなく発売となる注目新刊2点。

死の美術大全――8000年のメメント・モリ』ジョアンナ・エーベンシュタイン編著、北川玲訳、河出書房新社、2018年10月、本体6,000円、A4変形判上製368頁、ISBN978-4-309-25590-3
ロールズを読む』井上彰編、ナカニシヤ出版、2018年10月、本体3,800円、A5判上製364頁、ISBN978-4-7795-1330-5

★エーベンシュタイン『死の美術大全』は、『Death: A Graveside Companion』(Thames & Hudson, 2017)の日本語版。死を題材にした古今東西の貴重な絵画や版画や写真や彫刻等々を1000点以上を掲載した大判のヴィジュアル大全で、美麗なカラー図版が満載です。「死の技術」「死を吟味する」「死を記憶する」「死の擬人化」「死を象徴化する」「娯楽としての死」「死後の世界」の全7章で、折々に挟み込まれている論考はすべて銅色で刷られています。なんという美しさ。なんという贅沢。大判の厚い本にもかかわらずたったの税別6000円というのですからすごいです。いくら中国で印刷されているからとはいえ、またいくらこれまで同社のリチャード・バーネットの『描かれた~』シリーズ(『描かれた病』『描かれた手術』『描かれた歯痛』)が好評だからとはいえ、やはり、この値段はお得です。とにかく最初から最後までほとんどガイコツまみれ。壮麗ですらあります。エーベンシュタインは「はじめに」でこう書いています。「死は美と対立するものではないと私たちの祖先が考え表現してきたさまざまな形に接することで、祖先が深く理解していた考えを再発見できるかもしれない――死を身近にとどめ、避けられないものだと受け入れることによって、心豊かで充実した人生を送ることができるという、逆説めいた考えを」(16頁)。

★ちなみに同書の編集担当者Yさんは、8月末に刊行されたドニー・アイカー『死に山――世界一不気味な遭難事故《ディアトロフ峠事件》の真相』を手掛けてもいます。『死に山』は売れ行き好調ですでに3刷に達したのだとか。それにしてもディアトロフ峠事件は同じく8月に刊行された松閣オルタさんの『オカルト・クロニクル』(洋泉社)でも「ロシア史上最も不可解な謎の事件」として大きく扱われていましたし、かつては映画化されたこともありました(「ディアトロフ・インシデント」2013年:映画作品としてはB級)。人気なのですね。

★『ロールズを読む』は、「ロールズ正義論の方法と射程」と「ロールズ正義論への様々なアプローチ」の2部構成で13本の論考を収録した論集です。目次詳細は書名のリンク先でご覧いただけます。編者の井上さんによる巻頭の「序」によれば、「本書は、ロールズ正義論にみられる規範理論と経験科学との接点を重視しつつ、ロールズが古典的主題と向き合うなかで、どのような思想を展開したのかについて明らかにするプロジェクトである」(iii頁)とのこと。また、「これまでのロールズ正義論に関する議論にはない側面」として以下の3つの特色を挙げておられます。曰く「『正義論』第三部の議論に注目して、ロールズ正義論の特徴や変遷を明らかにする論考」(宮本雅也、若松良樹、小泉義之の三氏の各論文)や、「否定的に評価されることが多かった後期ロールズの政治的リベラリズムに光を当てる論考」(宮本雅也、田中成明、齋藤純一の三氏の各論文)、「ロールズ正義論の応用局面に注目する論考」(木山幸輔、額賀淑郎、角崎洋平、井上彰の四氏の各論文)と。

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★続いて発売済新刊より注目書を列記します。

〈新装版〉シェリング著作集 第4a巻 自由の哲学』藤田正勝編、文屋秋栄、2018年9月、本体4,000円、A5判上製306頁、ISBN978-4-906806-05-8
〈新装版〉シェリング著作集 第4b巻 歴史の哲学』藤田正勝/山口和子編、文屋秋栄、2018年9月、本体4,000円、A5判上製258頁、ISBN978-4-906806-06-5
ディアローグ デュラス/ゴダール全対話』福島勲訳、読書人、2018年10月、本体2,800円、四六判並製203+10頁、ISBN978-4-924671-34-8
三文オペラ』ベルトルト・ブレヒト著、大岡淳訳、共和国、2018年10月、本体2,000円、菊変型判上製224頁、ISBN978-4-907986-49-0
制作へ』上妻世海著、オーバーキャスト/ÉKRITS、2018年10月、本体3,200円、A5判変形並製320頁、ISBN978-4-909501-01-1
詩の約束』四方田犬彦著、作品社、2018年10月、本体2,800円、46判上製332頁、ISBN978-4-86182-720-4
北海道小清水 「オホーツクの村」ものがたり』竹田津実著、平凡社、2018年10月、本体1,700円、4-6判並製224頁、ISBN978-4-582-52736-0
戦争と文明』トインビー著、山本新/山口光朔訳、中公クラシックス、2018年10月、本体2,400円、新書判288頁、ISBN978-4-12-160181-0
不平等の再検討――潜在能力と自由』アマルティア・セン著、池本幸生/野上裕生/佐藤仁訳、岩波現代文庫、2018年10月、本体1,480円、432頁、ISBN978-4-00-600393-7
中世都市――社会経済史的試論』アンリ・ピレンヌ著、佐々木克巳訳、講談社学術文庫、2018年10月、本体1,280円、368頁、ISBN978-4-06-513161-9

★『〈新装版〉シェリング著作集』は、京都の「燈影舎」から途中まで出版されていたものが、今般、同じく京都の人文書版元「文屋秋栄(ふみやしゅうえい)」から新装版として刊行し直されることになったものです。扱い取次が鍬谷書店のみのためか、書店の店頭で購入できたのはようやく最近になってからのことでした。文屋秋栄は2011年に設立。先月『〈新装版〉シェリング著作集』の第4a巻『自由の哲学』と第4b巻『歴史の哲学』を刊行するとともに、大橋良介さんの『京都「哲学の道」を歩く』も発売しています。おそらくISBNや国会図書館のデータから推定すると、同社の出版第1弾は2013年3月の写真集『久安寺四季のいろどり――関西花の寺第十二番』(國司禎相監修、ISBNの書名記号は00)で、続く出版物が今回の『〈新装版〉シェリング著作集』と大橋さんのご本だと思われます。前者の書名記号が第4a巻が05、第4b巻が06ということは、書名記号01から08は同著作集全5巻8冊に振られるのでしょう。大橋さんの単著は17番であり、少し間が空いているのが気になります。

★奥付前の特記によれば『〈新装版〉シェリング著作集』は、燈影舎版『シェリング著作集』(既刊:1b『自然哲学』2009年9月、3『同一哲学と芸術哲学』2006年3月、4a『自由の哲学』2011年4月、5b『啓示の哲学』2007年10月)の構想を受け継ぎ、既刊巻へは改訂を加え、未刊巻を新刊として発行するもの。第4a巻『自由の哲学』は2011年の燈影舎版を底本とし、新装版刊行にあたり加筆修正を行ったものであり、第4b巻『歴史の哲学』は燈影舎では刊行されていなかったので今回初めての発売となります。2点の目次詳細は書名のリンク先をご覧ください。『自由の哲学』はシェリングの代表作『人間的自由の本質』を含むために燈影舎版ではいち早く品切になり、古書でも入手が困難になっていましたので、再スタートとなる第1回配本で再刊されるのは非常にありがたいですし、同時に未刊だった『歴史の哲学』(「諸世界時代 第一巻 過去」の第一草稿と第二草稿を収録)が発売されたのも嬉しいです。

★燈影舎版はかつて刊行当時にアマゾンでマケプレに高額出品されることが多く面倒だったのですが、文屋秋栄版は今のところ在庫はないようです。hontoでは普通に購入できますし、ジュンク堂や丸善の主要店舗で販売されています。たとえ今後マケプレに高額出品されても通常の値段でhontoや本屋さんから購入した方がいいです。

★デュラス/ゴダール『ディアローグ』は、『DIALOGUES. Introduction, notes et postface de Cyril Béghin』(Post-éditions, 2014)の全訳。20世紀フランスを代表する作家と映画監督が交わした、1979年、1980年、1987年の合計3回の対談に、編者のシリル・ベジャンが詳細な註を付し、補遺としてゴダールからデュラスに宛てられた手紙を収録した一冊です。巻末には人名索引と、二氏の作品名索引があります。帯には蓮實重彦さんによる推薦文が。「この真摯で滑稽な言葉のやりとりを読まずにおく理由など、存在するはずもない」と。実際にこの二人の対話には惹き込まれます。個人的に特に興味深かったのは、幾度となく浮かんでは沈むサルトルの影です。ベジャンが指摘する通り、デュラスにとってサルトルとの関係は複雑なのでしょう。また、ゴダールが『愛人』の映画化をデュラスに打診して失敗したことをめぐるエピソードにもある種の複雑さを感じました。字面だけでは想像しきれませんが、いささか騒々しいやりとりになる場面もあったと思われます。本書は好調に売れているそうです。おそらくは今後も長く参照されることになるのでしょう。

★ブレヒト『三文オペラ』は演出家であり劇作家、批評家の大岡淳(おおおか・じゅん:1970-)さんによる新訳。編集を担当された共和国の下平尾代表は、投げ込みの「共和国急使」第25号の「地上五階より」で「じつに流麗でわかりやすい。研究者ではこうはならなかっただろう、という魅力が本書にはあふれている」とお書きになっています。凡例によれば「劇中の歌詞は、すべてクルト・ヴァイルの作曲したメロディにあてはまるよう訳されている」とのことです。解説として、ブレヒト自身による「『三文オペラ』へのコメント」、平井玄さんによる「世界がブレヒトに近づく」、大熊ワタルさんによる「『三文オペラ』と二人のクルト・ヴァイル」が収録されています。なお、本書のカヴァーはリバーシブルになっていて、非常に楽しいです。今回の最新訳は「東京芸術祭2018」の『野外劇 三文オペラ』に採用されています。入手しやすい既訳書には、岩波文庫版(岩淵達治訳)と光文社古典新訳文庫(谷川道子訳)があります。本書と併せ三作を比べ読みするといっそう楽しめるかもしれません。

★『制作へ』は、キュレーターであり批評家の上妻世海(こうづま・せかい:1989-)さんの単独著第一弾。ここ2年間に各媒体で発表され、執筆された論考13本を収録。そのうち8本はウェブで閲覧することができますが、本書はモノとしての魅力的な肉体も有しており、購読不可避です。小口まで真っ赤な装丁と紺色で刷られた横組の本文のスタイリッシュさは書店の売場で異彩を放っています。帯には落合陽一さんと、文化人類学者の奥野克巳さんが推薦文を寄せておられ、それらは目次詳細や関連イベント情報と一緒に書名のリンク先でご確認いただけます。落合さんは上妻さんと哲学者の清水高志さんとの共著『脱近代宣言』を水声社から先般上梓したばかり。奥野さんは今春、亜紀書房より上梓された『ありがとうもごめんなさいもいらない森の民と暮らして人類学者が考えたこと』が話題を呼んでいます。書店さんでは芸術書売場で置かれることが多いのだろうと思いますが、私は某書店の人文書売場で入手しました。実際にしばしば人文書、とりわけ哲学や批評への参照がなされているので、人文書売場で扱うのも妥当だと思います。おそらくは紀伊國屋じんぶん大賞でもランクインしてくるのではないでしょうか。

★四方田犬彦『詩の約束』は集英社の月刊文芸誌『すばる』の2016年10月号から2018年3月号まで連載された「死の約束」全18回をまとめたもの。巻末には、中国語版『四方田犬彦詩集』(台北、黒眼晴文化事業、2018年)の序文として執筆された「わが詩的註釈」が併録されています。「後書き」にはこう書かれています。「本書を執筆する契機となったのは、2015年になされたアドニス師との邂逅であった。わたしたちは台北の詩歌節に招かれ、親しく語り合った。彼はいった。詩とは言葉との約束なのだ。ひとつの発語を開かれたものにすることで、言葉全体を複数の筋目のあるものに変えていかなければならない。シリアの亡命詩人から与えられたこの公案を自分なりに受け止め、自分なりに読み解くことから、この書物は書き始められた」(330頁)。本書で言及されている詩や詩論の出典は巻末に「引用文献」としてまとめられています。

★『北海道小清水 「オホーツクの村」ものがたり』は、かの名作映画「キタキツネ物語」の企画・動物監督をつとめた獣医師であり、写真家・文筆家として活躍されている竹田津実(たけたづ・みのる:1937-)さんが、1978年から約40年にわたり参加してこられた「財団法人小清水自然と語る会」での自然保護運動の活動史を綴ったものです。同会が建設した自然豊かなサンクチュアリ「オホーツクの村」(網走駅からJR釧網線浜小清水駅下車、徒歩30分)をめぐる1975年から2014年までの記録であり、柔らかな筆致で村の自然やそれに関わる群像が紹介されています。目次詳細は書名のリンク先をご覧ください。本書には「原点 獣医と農民とキタキツネと」と題して、写真集『跳べ、キタキツネ』(1978年)の本文「キタキツネの里」と、自然雑誌「アニマ」創刊号(1973年4月)に著者が寄稿した「仔別れののち、F18は口ハッパで死んだ」が併載されています。F18は創刊号の表紙を飾った雌のキタキツネ。密猟者が仕掛けた口(くち)ハッパという、肉で包んだ爆薬の犠牲となって亡くなるまでの、著者との交流が綴られています。

★トインビー『戦争と文明』は1959年に社会思想社から刊行された単行本の文庫化。訳者序によれば、原著は1951年の『War and Civilization』で、『歴史の研究』から戦争にかんする部分を集めたもので、主要な部分は同書第4巻の「軍国主義の自殺性」と題する一章とのことです。再刊にあたり、三枝守隆さんによる解説「A・J・トインビーの「戦争の比較文明学」」が巻頭に付されています。三枝さんのご説明を引くと「文明が、自身を破壊する「戦争する文明」へと、どのようにして変化してきたか。これは本書のテーマである」(5頁)。再び訳者序に帰ると「トインビーの主眼点は、文明の「挫折」であって、戦争ではなかった。ところが、文明がなぜ「挫折」するかという問題を解明しようとすれば、どうしても挫折の原因の一つがミリタリズムだということを究明していかなければならなかった」(3頁)。それゆえ本書は「挫折論の範囲内での戦争論、あるいは挫折の原因の一つとしてのミリタリズム論である」(4頁)と。『歴史の研究』はかつて全25巻で全訳が刊行されていましたが、現在は新本では入手できません。

★セン『不平等の再検討』は1999年に岩波書店より刊行された単行本の文庫化。原著は『Inequality Reexamined』(Oxford University Press, 1992)です。共訳者の池本さんによる「現代日本の不平等についての議論とセンの不平等論――「現代文庫版訳者あとがき」にかえて」が新たに付されているほか、参考文献が改訂されています。巻末の特記によれば、この論考は単行本刊行後の動向を踏まえたもの。「本書はセンの不平等論や潜在能力アプローチの手軽な入門書として〔…〕広く読まれ、多くの人から「潜在能力とは何か」「それをどう応用すべきか」などについて質問をいただいてきた。ここでは〔…〕それらの質問に答えるために、1990年代の日本で交わされた不平等の議論に即して解説してみたい」(299頁)とあります。文庫本で読めるセンの著書には『経済学と倫理学』(ちくま学芸文庫、2016年12月)、『貧困と飢饉』(岩波現代文庫、2017年7月)、『グローバリゼーションと人間の安全保障』(ちくま学芸文庫、2017年9月)があります。

★ピレンヌ『中世都市』は1970年に創文社より刊行された単行本の文庫化。原書は1927年にブリュッセルで公刊された『Les villes du moyen âge. Essai d'histoire économique et sociale』。巻末の編集部による特記には、文庫化にあたり「いくつかの地名について現代の慣用表記に直し、漢字・送り仮名についても、若干の変更を加えました」とのことです。解説は大月康弘さんがお書きになっています。書き出しはこうです。「ピレンヌは今も生きている。本書を手にして改めてそう感じた。/なんとみずみずしく「中世都市」の来歴を描いてみせたことだろうか。「中世都市」誕生までの骨太にして明瞭なストーリー。都市誕生後の内部構造分析、そこに生きた人びとの息づかいまでが身近に感じられてくるというものではないだろうか」(328頁)。歴史学者として高名なピレンヌですが、著書が文庫化されるのは初めてのことです。

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by urag | 2018-10-21 23:10 | 本のコンシェルジュ | Trackback | Comments(0)
2018年 10月 19日

新規開店情報:月曜社の本を置いてくださる予定の本屋さん

客注の電算短冊での発注のみで新規店舗の案内状が来ないという「一方的発注」がお得意の、蔦屋ブランド。島忠のフランチャイズによる「TSUTAYA BOOKSTORE新山下店(仮)」分と思しい日販帳合の電算客注短冊が届きました。いずれも「写真/日本の写真家」分野でのご発注。新規店舗の概要書や挨拶状は今回もなし。過去に幾度となく日販の営業担当には「これでは困る」と申し入れてきたものの、改善されず、半ば諦めています。

「流通ニュース」2018年8月29日付記事「島忠/TSUTAYAフランチャイズ加盟、横浜にブック&カフェ導入」によれば、「TSUTAYA BOOKSTORE新山下店(仮)」は今冬リニューアルされる「ホームズ新山下店」(神奈川県横浜市中区新山下2-12-34)内に、カフェ「「WIRED KITCHEN with フタバフルーツパーラー」を併設して開店予定。「コーヒーや食事と旬の果物をふんだんに使ったパフェ、サンドウィッチなどを楽しみながら、購入前の本をゆったりと読める」とのことで、購入前に飲食しながら座り読みすることを宣伝するという、出版社の心配をガン無視の手法は、まったく改めるおつもりはない様子。利用客の善意に全面的に頼るような大甘なやり方には限界を感じます。お付き合いしなければならない理由はないですし、実際のところこれは「客注」ではないので、今後こうした不躾すぎる一方的発注に応えるべきかどうかは考えものです。

また、日販からは「江別蔦屋書店」の発注短冊も届きました。これも概要書や挨拶状はなし。いずれも「客注」扱いで「海外文芸/海外小説」分野でのご発注。同店のウェブサイトによれば11月開店予定とのことです。ウェブサイトに掲出されている2018年9月21日時点でのニュースリリースでは、今夏開業予定でした。曰く「株式会社北海道TSUTAYA(本社:北海道札幌市、代表取締役社長・梅谷知宏)は、パッシブホーム株式会社(本社:北海道札幌市、代表取締役社長・川多弘也)と合弁会社であるアイビーデザイン株式会社を〔2017年7月18日に〕設立し、2018年夏に「江別 蔦屋書店」(企画・運営:アイビーデザイン株式会社、代表梅谷知宏)を開業いたします」と。

ショップガイドによれば、江別蔦屋書店は「"田園都市スローライフ"をコンセプトに〈食〉〈知〉〈暮らし〉の3棟からなるライフスタイル提案型の大型複合書店」であり、文具や雑貨も扱うと。併設されるのは、カフェ「スターバックスコーヒー」、輸入玩具店「ボーネルンド」、フラワーショップカフェ「Flower Space Gravel / caffe vanilla」、輸入食品店「カルディコーヒーファーム」、ベーカリー「ODD BAKERY」、インテリア雑貨店「METROCS札幌」のほか、飲食店としてイタリアンレストラン「アランチーノ」、カレー「clock」、ジェラート「円山ジェラート」、担々麺「175° DENO」、おはぎ「増田おはぎ」、点心「(オガコーポーレーションの新業態)」、おむすび「Hakodate Omusubi 函太郎」、お茶「USAGIYA」、ハンバーガー「BETWEEN THE BREAD」、燻製「ベーコン専門店 Une cled Oz (ウェ二クレード オズ)」と、確かに〈食〉に力を入れているようです。

新しいことに挑戦しようという姿勢は素晴らしいと思います。ただ、出版社への依頼の仕方がちょっと雑過ぎやしませんか。開店後の本の扱い方まで雑にならないかどうか、先が思いやられます。情報開示に慎重であるとしても、雑であっていい理由にはなりません。CCCとフランチャイジーは、もし今後も店舗を増やしたいなら、業態パッケージを売り買いするだけでなく、出版社へのアプローチを見直すべきですし、書店員の育成やブックカフェの適切な利用ルールの周知に、遅まきながらでも力を入れるべきです。箱物行政じゃあるまいし、人間的内実が伴わないままに店舗を増やしても未来は開かれないでしょう。

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by urag | 2018-10-19 15:36 | 販売情報 | Trackback | Comments(0)
2018年 10月 15日

ブックツリー「哲学読書室」に

オンライン書店「honto」のブックツリー「哲学読書室」に、『カール・マルクス入門』(作品社、2018年8月)の著者、的場昭弘さんによるコメント付き選書リスト「マルクス生誕200年:ソ連、中国の呪縛から離れたマルクスを読む。」が追加されました。


以下のリンク先一覧からご覧になれます。


◎哲学読書室

1)星野太(ほしの・ふとし:1983-)さん選書「崇高が分かれば西洋が分かる
2)國分功一郎(こくぶん・こういちろう:1974-)さん選書「意志について考える。そこから中動態の哲学へ!
3)近藤和敬(こんどう・かずのり:1979-)さん選書「20世紀フランスの哲学地図を書き換える
4)上尾真道(うえお・まさみち:1979-)さん選書「心のケアを問う哲学。精神医療とフランス現代思想
5)篠原雅武(しのはら・まさたけ:1975-)さん選書「じつは私たちは、様々な人と会話しながら考えている
6)渡辺洋平(わたなべ・ようへい:1985-)さん選書「今、哲学を(再)開始するために
7)西兼志(にし・けんじ:1972-)さん選書「〈アイドル〉を通してメディア文化を考える
8)岡本健(おかもと・たけし:1983-)さん選書「ゾンビを/で哲学してみる!?
9)金澤忠信(かなざわ・ただのぶ:1970-)さん選書「19世紀末の歴史的文脈のなかでソシュールを読み直す
10)藤井俊之(ふじい・としゆき:1979-)さん選書「ナルシシズムの時代に自らを省みることの困難について
11)吉松覚(よしまつ・さとる:1987-)さん選書「ラディカル無神論をめぐる思想的布置
12)高桑和巳(たかくわ・かずみ:1972-)さん選書「死刑を考えなおす、何度でも
13)杉田俊介(すぎた・しゅんすけ:1975-)さん選書「運命論から『ジョジョの奇妙な冒険』を読む
14)河野真太郎(こうの・しんたろう:1974-)さん選書「労働のいまと〈戦闘美少女〉の現在
15)岡嶋隆佑(おかじま・りゅうすけ:1987-)さん選書「「実在」とは何か:21世紀哲学の諸潮流
16)吉田奈緒子(よしだ・なおこ:1968-)さん選書「お金に人生を明け渡したくない人へ
17)明石健五(あかし・けんご:1965-)さん選書「今を生きのびるための読書
18)相澤真一(あいざわ・しんいち:1979-)さん/磯直樹(いそ・なおき:1979-)さん選書「現代イギリスの文化と不平等を明視する
19)早尾貴紀(はやお・たかのり:1973-)さん/洪貴義(ほん・きうい:1965-)さん選書「反時代的〈人文学〉のススメ
20)権安理(ごん・あんり:1971-)さん選書「そしてもう一度、公共(性)を考える!
21)河南瑠莉(かわなみ・るり:1990-)さん選書「後期資本主義時代の文化を知る。欲望がクリエイティビティを吞みこむとき
22)百木漠(ももき・ばく:1982-)さん選書「アーレントとマルクスから「労働と全体主義」を考える
23)津崎良典(つざき・よしのり:1977-)さん選書「哲学書の修辞学のために
24)堀千晶(ほり・ちあき:1981-)さん選書「批判・暴力・臨床:ドゥルーズから「古典」への漂流
25)坂本尚志(さかもと・たかし:1976-)さん選書「フランスの哲学教育から教養の今と未来を考える
26)奥野克巳(おくの・かつみ:1962-)さん選書「文化相対主義を考え直すために多自然主義を知る
27)藤野寛(ふじの・ひろし:1956-)さん選書「友情という承認の形――アリストテレスと21世紀が出会う
28)市田良彦(いちだ・よしひこ : 1957-)さん選書「壊れた脳が歪んだ身体を哲学する
29)森茂起(もりしげゆき:1955-)さん選書「精神分析の辺域への旅:トラウマ・解離・生命・身体
30)荒木優太(あらき・ゆうた:1987-)さん選書「「偶然」にかけられた魔術を解く
31)小倉拓也(おぐら・たくや:1985-)さん選書「大文字の「生」ではなく、「人生」の哲学のための五冊
32)渡名喜庸哲(となき・ようてつ:1980-)さん選書「『ドローンの哲学』からさらに思考を広げるために
33)真柴隆弘(ましば・たかひろ:1963-)さん選書「AIの危うさと不可能性について考察する5冊
34)福尾匠(ふくお・たくみ:1992-)さん選書「眼は拘束された光である──ドゥルーズ『シネマ』に反射する5冊
35)的場昭弘(まとば・あきひろ:1952-)さん選書「マルクス生誕200年:ソ連、中国の呪縛から離れたマルクスを読む。

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by urag | 2018-10-15 12:30 | 本のコンシェルジュ | Trackback | Comments(0)
2018年 10月 15日

「週刊読書人」にマラルメ『詩集』への書評が掲載

弊社刊ステファヌ・マラルメ『詩集』に対する、立花史さんによる書評「「理解可能なマラルメ」を追求――一般読者に親しみやすい現代語訳を」が「週刊読書人2018年10月12日号に掲載されました。全文を記事名のリンク先でお読みいただけます。

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by urag | 2018-10-15 12:09 | 広告・書評 | Trackback | Comments(0)
2018年 10月 14日

注目新刊:F・G・ユンガー『技術の完成』人文書院、ほか

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技術の完成』フリードリヒ・ゲオルク・ユンガー著、今井敦/桐原隆弘/中島邦雄監訳、F・G・ユンガー研究会訳、人文書院、2018年10月、本体4,500円、4-6判上製340頁、ISBN978-4-409-03101-8
その後の福島――原発事故後を生きる人々』吉田千亜著、人文書院、2018年10月、本体2,200円、4-6判並製256頁、ISBN978-4-409-24122-6
『増補 明治思想史――近代国家の創設から個の覚醒まで』松本三之介著、以文社、2018年10月、本体3,700円、四六判上製327+15頁、ISBN978-4-7531-0348-5

★ユンガー『技術の完成』はまもなく発売。ドイツの作家エルンスト・ユンガー(Ernst Jünger, 1895-1998)の3歳年下の弟であるフリードリヒ・ゲオルク・ユンガー(Friedlich Georg Jünger, 1898-1977)が1946年に上梓し、49年と53年に増補された『Die Perfektion der Technik』の本邦初訳本です。底本は53年版ですが、この版で『技術の完成』第二書としてカップリングされた『機械と財産』(初版は1949年)は訳出されていません。目次詳細は書名のリンク先をご覧ください。本書は、フリードリヒ・ゲオルクの日本語訳書としても初めてのものです。今井さんは「訳者解説1」で、本書をシュペングラー、クラーゲス、ニーキッシュ、そして兄エルンストなどの流れを汲んで書かれたものと位置づけ、「公刊前後からハイデガーやハイゼンベルクらの注目を浴び、特にハイデガーの技術論には少なからぬ影響を与えたと考えられる」と評しておられます。内容については本論の後に付された「内容概説」に端的に要約されており、まずここから読んでもいいかもしれません。その議論は古びていないどころか驚くほどの先見性をもって現代人に迫ってきます。「技術はユートピア主義者が考えるような牧歌的生活に行き着くのではなく、惑星規模で組織化された収奪として終る。搾取の原理は総動員へと、そして総力戦へと高まっていく。技術的進歩と戦争遂行」(第43章の要約、279頁)。兄エルンストの『労働者』(月曜社、2013年)とともに、ユンガー兄弟が透視したダークな未来像には戦慄を覚えるばかりです。

★吉田千亜『その後の福島』は発売済。『ルポ母子避難』(岩波新書、2016年)に続く単独著第2弾。福島の原発事故の被害者の肉声に寄り添った貴重なルポです。「政府の言う「復興の加速化」は「早期帰還」や「福島再生」とセットで使われることが多いが、実態としては原発事故の支援制度や賠償の終了も意味している。「復興」、すなわち政府の思い描く原発事故の収束への流れの中で、被害を受けた一人ひとりが翻弄され続けてきた」(7頁)と著者は指摘します。復興大臣が二代続けて「自立」や「本人の責任」と漏らして被害者を突き放す態度に出ていることの無残さと、ある中学生が著者に書き送った「私をみつけてくれてありがとうございます」という言葉の間にある、数えきれない現実の一端を本書は教えてくれます。「原発事故は、終わっていない」と結ぶ著者は、この繰り返されてきたかもしれない言葉に見かけ以上の真実の重みを与えています。

★なお人文書院さんでは先月、福永光司(ふくなが・みつじ:1918-2001)さんの著書3点を新装復刊されました。『道教と古代日本 新装版』(初版1987年)、『道教と日本文化 新装版』(初版1982年)、『「馬」の文化と「船」の文化――古代日本と中国文化 新装版』(初版1996年)です。いずれも日本古代と中国文化、とりわけ道教との密接な関係の軌跡を追った労作です。新たな読者との出会いのきっかけを作ろうとされる出版社の真摯な努力に深い感銘を覚えます。

★松本三之介『増補 明治思想史』はまもなく発売。1996年に新曜社から刊行された単行本の増補版です。帯文には「明治150年に贈る本格的な明治思想通史」とあります。補論として「夏目漱石の個人主義――思想の構造と特質」(242~301頁)が追加されています。これは本書の二つの立場――「近代天皇制国家の主要な特徴と考えられる政治的価値の優位という価値志向と、その克服へ向けての可能性を探る」こと(303頁)と「私的な個の領域が析出され自立化する可能性を探る」こと(304頁)――のうち、後者の主題に関連するものだと「増補版あとがき」では示されています。この補論は「自立と自由を主張した個」の、「内向きの自己中心主義ではなく、すべての個人の自立と自由を認める普遍性と社会に向って開かれた姿勢」としての「個の覚醒」の行方を探るものとして、当初構想されていたようです(309頁)。「漱石の個人主義の思想が、明治末期の自然主義文学などと同様に、文学の枠を超えて日本思想史、とくに社会思想史または政治思想史の視点からしても注目すべき多くの問題を提示していることは言うまでもないことであろう」(310頁)と松本さんは指摘されています。「国家とはつねに一定の距離を保ちつつ個人の自主自尊という自己本位の自由を保持する姿勢を貫くことができた」(301頁)と松本さんが評した漱石の個人主義に、現代人は何度でも学び直すことができるのではないかと感じます。

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★発売済の10月文庫新刊から注目書をいくつか取り上げます。

世界史の哲学講義――ベルリン 1822/23年(上)』G・W・F・ヘーゲル著、伊坂青司訳、講談社学術文庫、2018年10月、本体1,490円、464頁、ISBN978-4-06-513336-1
ソーシャル物理学――「良いアイデアはいかに広がるか」の新しい科学』アレックス・ペントランド著、小林啓倫訳、草思社文庫、2018年10月、本体1,200円、426頁、ISBN978-4-7942-2357-9
中世の覚醒――アリストテレス再発見から知の革命へ』リチャード・E・ルーベンスタイン著、小沢千重子訳、ちくま学芸文庫、2018年10月、本体1,700円、592頁、ISBN978-4-480-09884-9
戦争の起源――石器時代からアレクサンドロスにいたる戦争の古代史』アーサー・フェリル著、鈴木主税/石原正毅訳、ちくま学芸文庫、2018年10月、本体1,500円、448頁、ISBN978-4-480-09890-0
つくられた卑弥呼――〈女〉の創出と国家』義江明子著、ちくま学芸文庫、2018年10月、本体1,000円、224頁、ISBN978-4-480-09891-7
ミトラの密儀』フランツ・キュモン著、小川英雄訳、ちくま学芸文庫、2018年10月、本体1,200円、320頁、ISBN978-4-480-09892-4
科学の社会史――ルネサンスから20世紀まで』古川安著、ちくま学芸文庫、2018年10月、本体1,300円、384頁、ISBN978-4-480-09883-2

★ヘーゲル『世界史の哲学講義(上)』は、文庫オリジナル。『ヘーゲル講義筆記記録選集(12)世界史の哲学講義――ベルリン 1822/23年』(Felix Meiner, 1999)を底本とし、編者まえがきと本文を全訳したもので上下巻に分かれます。本文は、ベルリン大学で行われた講義の初年度を三名の聴講者の筆記録を元に再現したもので、帯文には「オリジナル「歴史哲学講義」ついに本邦初訳」と謳われています。目次詳細は書名のリンク先をご覧ください。上巻には、序論「世界史の概念」と、本論「世界史の行程」の第一部「東洋世界」(中国、インド、ペルシア、エジプト)を収録。来月発売となる下巻では第二部「ギリシア世界」、第三部「ローマ世界」、第四部「ゲルマン世界」を収めます。

★ちなみに今月、講談社学術文庫ではピレンヌ『中世都市』も文庫化されていますが、私の利用する某チェーン店では配本なしで購入できませんでした。初版部数がヘーゲルより少ないということを意味するのかもしれません。後日別のお店で探そうと思います。

★ペントランド『ソーシャル物理学』は2015年に草思社より刊行された単行本の文庫化。原著は『Social Physics: How Good Ideas Spread-The Lessons from a New Science』(Penguin Press, 2014)です。目次詳細は、アマゾンやhontoなどのオンライン書店に掲出されています。社会物理学とは、「情報やアイデアの流れと人々の行動の間にある、確かな数理的関係性を記述する定量的な社会科学」である、と著者は説明しています(21頁)。カバー裏紹介文には「企業などの組織運営のあり方を根本から変え、都市計画や社会制度設計に大きなインパクトを与える“新しい科学”」とあります。ペントランド(Alex Paul "Sandy" Pentland, 1951-)はMIT教授。既訳書に『正直シグナル――非言語コミュニケーションの科学』(みすず書房、2013年)があります。

★ルーベンスタイン『中世の覚醒』は2008年に紀伊國屋書店から刊行された単行本の文庫化。原著は『Aristotle's Children: How Christians, Muslims, and Jews Rediscovered Ancient Wisdom and Illuminated the Dark Ages』(Harcourt, 2003; 2004年のペーパーバック版では副題のthe Dark Agesがthe Middle Agesに変更)です。「文庫版訳者あとがき」によれば文庫化にあたり「多くの修正を施した」とのことです。また、今回の文庫版では山本芳久さんによる解説「「信仰」と「理性」の「紛争解決」」が付されています。ルーベンスタイン(Richard E. Rubenstein, 1938-)は米国ジョージ・メイソン大学教授。既訳書に『殺す理由――なぜアメリカ人は戦争を選ぶのか』(紀伊國屋書店、2013年)があります。訳者は『中世の覚醒』と同じく小沢千重子さんです。

★フェリル『戦争の起源』は1988年に河出書房新社より刊行され、1999年に新装新版が出版された単行本の文庫化。原著は『The origins of war from the Stone Age to Alexander the Great』(Thames and Hudson, 1985)。「先史時代の戦争」「古代近東の戦争」「アッシリアとペルシア――鉄の時代」「古典期ギリシアの戦争」「軍事革命」「アレクサンドロス大王と近代戦の起源」の全6章。巻末に参考文献や索引があります。文庫化にあたり森谷公俊さんによる解説「古代軍事史の刷新――ギリシア中心主義を超えて」が付されています。フェリル(Arther Ferrill, 1938-)はワシントン大学教授。訳されているのは本作のみです。

★義江明子『つくられた卑弥呼』は2005年にちくま新書の一冊として刊行されたものの文庫化。「女が聖なる部分を担って、男は世俗の部分を担う」という平板な聖俗二元論を退け、「『魏志』倭人伝の中の卑弥呼以外の女性たちの状況、邪馬台国の男女と政治のありかた全般に視野を広げ」、「『魏志』倭人伝の記述だけを問題とするのではなく、文字資料が豊富になる七、八世紀ごろの資料から見えてくることを確かめ、そこからさかのぼって三世紀ごろの状況をとらえ直す」試みです(11頁)。新たに付された「文庫版あとがき」には「新書刊行後、学問研究の分野では、いくつか大きな進展があった」として「女性首長論の深化」や「女帝論の転換」などが説明されています。義江さん自身は本書以後の女帝研究を『日本古代女帝論』(塙書房、2017年3月)としてまとめておられます。

★キュモン『ミトラの密儀』は1993年に平凡社から刊行された単行本の文庫化。原著は1899年に初版が刊行された『Les mystères de Mithra』の第三版(1913年)です。訳者後書き」によれば第二版(1902年)と第三版では「かなり大幅な増補改訂が行なわれ」たとのことです。訳出にあたりさらに「英訳と独訳を参照し、両者に重要な変更や訂正が見出される場合はその点を考慮に入れた」とあります。文庫化にあたり、前田耕作さんが解説「甦るユーラシア文化融合の精神史」を寄せておられます。「本書を読み返し改めてフランツ・ヴァレリー・マリ・キュモンの複数文化が遭遇・交差する壮大な歴史を宗教史の視座から読み解く強靭な知性に圧倒され」たと述懐されています。ベルギーの考古学者キュモン(Franz-Valéry-Marie Cumont, 1868-1947)の既訳書にはもう一冊、同じ訳者による『古代ローマの来世観』(平凡社、1996年、品切)があります。

★古川安『科学の社会史』は1989年に南窓社から刊行され、2000年に増訂版が上梓された単行本の文庫化。Math & Scienceシリーズでの文庫化にあたり「若干の加筆・修正を施した」と書名の扉裏に特記されています。「文庫版あとがき」によれば、横組が縦組に変更されたものの本文は「ほぼ原形のまま」にしており、巻末注と索引は横組のままで、「本文中にあった人名の生没年は省き、初出外国人名の英文表記は人名索引に移動」させ、紙幅の関係で若干の図版の掲載を見送ったとのことです。帯文に曰く「約500年にわたる歴史を明快にまとめた定評ある入門書」とのこと。目次は以下の通りです。

増訂版まえがき
まえがき
序章 社会における科学
第1章 二つのルネサンスから近代科学へ
第2章 キリスト教文化における近代科学
第3章 大学と学会
第4章 自然探究と技術
第5章 啓蒙主義と科学
第6章 フランス革命と科学の制度化
第7章 ドイツ科学の勃興とその制度的基盤
第8章 科学の専門分化と職業化
第9章 産業革命とイギリス科学
第10章 アメリカ産業社会における科学
第11章 科学とナショナリズム
第12章 戦争と科学
終章 科学・技術批判の時代
文庫版あとがき

図版出典
人名索引
事項索引

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by urag | 2018-10-14 23:25 | 本のコンシェルジュ | Trackback | Comments(0)