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2018年 08月 26日

注目新刊:保立道久訳『現代語訳 老子』ちくま新書、ほか

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現代語訳 老子』保立道久訳、ちくま新書、2018年8月、本体1,100円、新書判448頁、ISBN978-4-480-07145-3
往生要集 全現代語訳』源信著、川崎庸之/秋山虔/土田直鎮訳、講談社学術文庫、2018年8月、本体1,700円、576頁、ISBN978-4-06-512840-4
永遠のファシズム』ウンベルト・エーコ著、和田忠彦訳、岩波現代文庫、2018年8月、本体940円、192頁、ISBN978-4-00-600388-3
第七の十字架(下)』アンナ・ゼーガース著、山下肇/新村浩訳、岩波文庫、2018年8月、本体1,070円、416頁、ISBN978-4-00-324732-7
心理療法の実践』カール・グスタフ・ユング著、横山博監訳、大塚紳一郎訳、みすず書房、2018年8月、本体3,400円、四六判上製248頁、ISBN978-4-622-08704-5
NOでは足りない――トランプ・ショックに対処する方法』ナオミ・クライン著、幾島幸子/荒井雅子訳、岩波書店、2018年7月、本体2,600円、四六判上製352頁、ISBN978-4-00-001825-8
現代思想2018年9月号 特集=考古学の思想』青土社、2018年8月、本体1,400円、ISBN978-4-7917-1369-1

★ここ最近では古典作品の現代語訳や文庫化、新訳などの注目書が続いています。保立道久訳『現代語訳 老子』は、全81章を「「運・鈍・根」で生きる」「星空と神話と「士」の実践哲学」「王と平和と世直しと」の3部に並べ直し、現代語訳、原漢文、読み下し訓読文、解説で構成したもの。「『老子』は、まずは「王と士の書」として読むべきものであろう。正しい王の登場はどのように可能になるか、「士」はそのためにどう行動すべきか。老子は、それを正面から語り、国家のために悲憤慷慨する。しかし、『老子』は東アジアで初めて体系的に神話と哲学を語り、人の生死を語った書であって、そこにはさらに深い含蓄がある。〔…〕なお、各章につけた解説では、筆者の専門が日本史であることもあって、日本の神話・神道にかかわる話題にもふれた」(はじめに、13頁)。「鎌倉時代、『老子』が伊勢の神官の必携書であったことにも注意しておきたい」(同、14頁)。保立さんは老子の無為・無欲・不学の思想について「私は、『老子』の思想の根本にもっともよい意味での「保守」の思想があることは否定できないと思う」と書いておられます。ここで言う「保守」の含蓄については、本書現物をご確認下さい。平明な現代語訳と丁寧な解説で、新たな角度から老子をひもとくことができるのではないかと思います。

★『往生要集 全現代語訳』は、『日本の名著 第四巻「源信」』(中央公論社、1972年)所収の『往生要集』を文庫化したもの。文庫で読める『往生要集』には、石田瑞麿訳注全2巻(岩波文庫、1992年)がありますが、訳注書であり現代語訳ではありません。そのため、文庫全1巻で現代語訳が購読できる今回の新刊は、新訳ではないとはいえ貴重であり、長らく待たれたものではなかったかと思われます。目次詳細は書名のリンク先をご覧下さい。川崎さんによる「日本の名著」版の解説「源信の生涯と思想」が併録されています。仏典をもとに地獄と極楽を描き、念仏のご利益についてまとめた浄土思想の古典であり、ロングセラーが期待できるのではないでしょうか。

★エーコ『永遠のファシズム』は、同名の単行本(岩波書店、1998年)の文庫化。1995年にニューヨークのコロンビア大学で著者が行った同名の講演を中心に、モラルをめぐる5篇のテクストが編まれています。1997年にはイタリア語版『Cinque scritti morali(5つの道徳的文書)』として刊行されました。文庫化にあたり、訳者による「少年ウンベルトの自由と解放を継いで――「現代文庫版訳者あとがき」にかえて」が追加されています。表題作は、エーコが考える原ファシズムの14の特徴を分析したもの。14番目の特徴「新言語」でエーコはこう指摘します。「ナチスやファシズムの学校用教科書は例外なく、貧弱な語彙と平易な構文を基本に据えることで、総合的で批判的な思考の道具を制限しようと目論んだものでした。しかしわたしたちは、それとは異なるかたちをもっているときにも、それが新言語であることにすぐさま気づかなければなりません。たとえば大衆的トークショーといった罪のないかたちをとっていることだってあるのですから」(58頁)。現代社会を考える上でこの14項目を何度でも想い起こすことがいよいよ重要になってきた気がしする今日この頃です。

★『第七の十字架(下)』は全2巻完結。下巻では第4章から第7章までを収録。ナチスの強制収容所からの脱走劇を描いた世界的に著名な反戦小説です。保坂一夫さんによる解説が付されています。筑摩書房版全2巻(1952年)、河出書房新社版全1巻(1972年)を経て、両訳者の死後、共訳者の山下肇さんのご子息・山下萬里氏による訳稿の検討と確認、訳語・訳文・表記の現代化の観点からの若干の調整、そして注記の追加が行なわれたとのことです。「六人目の脱走者が捕まった!〔…〕貴様らの見る通り、死んでいる!〔…〕七人目の奴も、もう長く待つ必要はない。そいつはいま連れてくる途中だ。国民社会主義の国家は、国民共同体を辱める奴を、何人といえども仮借なく追及する、護るべきものは護り、罰すべきものは罰し、抹殺すべきものは抹殺する。わが国にはもはや、脱走した犯罪者のための避難所はない。わが国民は健全である、病人は振り落とし、精神異常者は叩き殺す。脱走以来、五日とは経っていない。ここを見ろ――貴様らの眼を大きく開けて見ろ、これをよく覚えておけ」(下巻、156頁)。収容所の所長であり、古参の狂信的軍人で「ナチズムの残虐性の権化」(登場人物紹介より)として描かれている、ファーレンベルクが発した科白です。

★『心理療法の実践』は、ユング著作集(Gesammelte Werke/Collected Works)第16巻『心理療法の実践(Praxis der Psychotherapie)』のうち未訳論文すべて(ドイツ語5本、英語3本)と、ドイツ語版第8巻『無意識の力動(Die Dynamik des Unbewußten)』所収の「超越機能」(ドイツ語)の計9本を1冊にまとめたもの。目次詳細は書名のリンク先をご覧ください。第16巻の既訳分は、みすず書房さんの以下の既刊書で読むことができます。いずれも2016年8月に発売されたもので、林道義訳『心理療法論』新装版、林道義/磯上恵子訳『転移の心理学』新装版、大塚紳一郎訳『ユング 夢分析論』。同版元での大塚さん訳のユングは今回の本が2冊目です。なお、英語版第16巻の附録として収められている講演「心理療法実践の現実」はドイツ語原テクストが未公刊のため、英訳からの重訳です。ただし、スイス連邦工科大学チューリッヒ校が管理しているユング本人によるタイプ原稿と手書き草稿を参照して訳文を修正したとのことです。今月は『パウリ=ユング往復書簡集1932‐1958――物理学者と心理学者の対話』がビイング・ネット・プレスより発売されており、ユングの新刊が続くのは嬉しい限りです。

★『NOでは足りない』は先月発売。『ショック・ドクトリン――惨事便乗型資本主義の正体を暴く』上下巻(2011年:原著2007年)、『これがすべてを変える――資本主義 vs. 気候変動』上下巻(2017年:原著2014年)に続く、クライン(Naomi Klein, 1970-)の昨年の新著『No Is Not Enough: Resisting Trump's Shock Politics and Winning the World We Need』(Haymarket Books, 2017)の全訳です。「なぜこうなったのか──スーパーブランドの台頭」「今どうなっているのか──不平等と気候変動」「これから何が起きる恐れがあるか──ショックがやってくるとき」「今より良くなる可能性を探る」の三部構成で、巻末には著者が関わっている、カナダ全土のさまざまな団体や運動のリーダーたちとともに作成した、新しい社会のための草案「リープ・マニフェスト──地球と人間へのケアに基づいた国を創るために」が掲載されています。目次詳細は書名のリンク先をご覧ください。

★クラインは序章でこう書いています。「私はこれまで、著書を執筆する際には毎回六年の年月をかけてテーマについてじっくりリサーチを行い、さまざまな角度から検証し、大きな影響を受けた地域には出かけて行って取材した。その結果でき上がったのは、巻末に何十ページもの注がついた分厚い本だった。ところが今回は、この本をたった数ヶ月で書き上げた。できるだけ簡潔で、話し言葉に近い文体で書くことを心がけた」(9頁)。「私が気づいたのは、これまで自分が長年行ってきたリサーチが、トランプ主義のきわめて重要な側面を明らかにするのに役立つということだった。彼のビジネスモデルや経済政策のルーツをたどり、同じように社会が不安定化した歴史上の時期について考察し、ショック戦術に抵抗するための有効な手段を見つけた人々から学ぶことによって、なぜ私たちがこの危険な道に入ってしまったのか、来るべきショックにどうすれば耐えられるのか、そしてさらに重要なのは、ここよりずっと安全な場所にできるだけ早く移るにはどうすべきか、その答えを得るうえで助けになるのではないかと考えたのだ。そしてそれが、ショックに抵抗するためのロードマップの始まりとなるはずだと」(9~10頁)。

★「本書で私が言いたいことをひとことで言えば、トランプは極端な人物ではあっても、異常というより、ひとつの論理的帰結――過去半世紀間に見られたあらゆる最悪の動向の寄せ集め――にすぎないということだ。トランプは、人間の生を人種、宗教、ジェンダー、セクシャリティ、外見、身体能力といったものを基準にして序列化する強力な思考システムの産物にほかならない」(11頁)。「彼は100%予測可能な存在であり、それどころか、かつて至るところに蔓延し、ずっと以前に抑え込まれるべきだった思想や動向の、陳腐な結果以外の何ものでもない。だからこそ、もし仮にこの悪夢のような政権が明日終わったとしても、それを生み出した政治的状況、世界中にその複製を作り出しつつある状況は、立ち向かうべきものとして存在しつづける」(12~13頁)。

★「けれども私たちには、自分を変える力、過去の過ちを正そうとする力、そして人間同士の相互関係や、人類全員が共有する地球との関係を修復する力もある。それこそが、ショックへの耐性の基盤となるものである」(224頁)。NOでは足りない、という言葉は未来を拓くために「ショック」を逆転させようという展望を示しています。本書はこれまでのトランプ関連書の中でもっとも重要な本として銘記されるだろうと思われます。

★『現代思想2018年9月号 特集=考古学の思想』は二つの討議、溝口孝司+國分功一郎+佐藤啓介「考古学と哲学」、中沢新一+山極寿一「生きられた世界を復元できるか」を中心に、12の論考やエッセイが掲載されています。討議にも参加しておられる佐藤啓介さんによる論文「考古学者が読んだハイデガー――考古学者はそこに何を発掘したのか?」は、イギリスの考古学者ジュリアン・トーマス(Julian Stewart Thomas, 1959-)の著書『Time, Culture and Identity: An Interpretive Archaeology(〔先史社会の〕時間・文化・アイデンティティ――解釈考古学)』(Psychology Press, 1996)に言及したもの。本書において、「ブリテン島の新石器時代の諸事象を解釈する際に、ハイデガーの存在論を大胆に活用し、自身の営みを「ハイデガー考古学」と形容したため、その奇異さゆえに、注目と、多くの批判を浴びた」とのことで、興味深いです。なお『現代思想』10月号は特集「大学の不条理」と予告されています。

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★このほか最近では以下の書目との出会いがありました。

マテリアル・セオリーズ――新たなる唯物論にむけて』北野圭介編、人文書院、2018年8月、本体2,300円、4-6判並製306頁、ISBN978-4-409-03099-8
バンカラの時代――大観、未醒らと日本画成立の背景』佐藤志乃著、人文書院、2018年8月、本体3,200円、4-6判上製310頁、ISBN978-4-409-10039-4
中井久夫との対話――生命、こころ、世界』村澤真保呂/村澤和多里著、河出書房新社、2018年8月、本体2,500円、46判上製248頁、ISBN978-4-309-24871-4
iPhuck10』ヴィクトル・ペレーヴィン著、東海晃久訳、河出書房新社、2018年8月、本体4,300円、46変形判上製480頁、ISBN978-4-309-20747-6

★人文書院さんの『マテリアル・セオリーズ』と『バンカラの時代』はまもなく発売予定。まず、『マテリアル・セオリーズ』は編者の北野圭介さんが参加された8つの対談をまとめた本。「ものをめぐる新しい思考」「ポストメディア、ポストヒューマン」「 「日本」をめぐって」の3部構成で、序とあとがきが加えられています。8本のうち7本は『表象』『思想』『現代思想』各誌に2008年から2017年にかけて掲載されたものです。伊藤守、大山真司、清水知子、水嶋一憲、毛利嘉孝、北村順生の6氏とともに鼎談した「メディアテクノロジーと権力――ギャロウェイ『プロトコル』をめぐって」のみ本書が初出で、2017年10月29日に京都のメディアショップで行われた催事の記録です。2010年代の人文知の地平を見渡すための重要な補助線となる一書ではないでしょうか。

★『バンカラの時代』は2005年から2018年にかけて各媒体で発表された論文6篇に大幅な加筆を施したもの。全7章立て。「おわりに」の言葉を借りると、本書は「明治という時代の性格をハイカラ、バンカラのふたつの属性に大別する解釈のもと、横山大観と小杉未醒をバンカラと世相風俗のなかに位置づけた」もの。「西洋的価値観が世界を圧倒していった明治期、多くの日本人が抱いていた危機感や憤り。そして新興国日本の独立を維持し、西欧列強に伍する近代国家を作り上げていくのだという国民としての意識の高まりは、ひとつには自由民権運動ともなった。そして日清、日露という国際的な戦争、不平等条約改正による税権の回復といった命題を抱えた情勢のなかで生まれた若者たちの思潮、態度、気風。彼らのあいだに沸き起こった、心身ともに強くあらねば、という切迫感、そして高揚感は、この時代を特徴づける感情であったように思う」(286~287頁)。

★「バンカラの武士道的な精神は、徳川時代から幕末維新の志士、そして民権運動の壮士より連なる気風であった。明治になっても、国民の意識は士族意識からまるっきり切り離されて「近代」になったわけではない。そして明治30年代より煩悶青年があらわれ、流行をみたことによって、この武士道的な精神は改めて強調された。バンカラが明治末に至るまで存在していたということは、士族的な、公のために働く精神が多かれ少なかれ明治全体を通じて若者に胚胎していたことを示しているのである」(287頁)。「我が国の近代化については、西洋から新しい価値観を摂取した側面ばかりに目が行きがちである。だが、西洋的価値観が基準となっていく国際社会のなかで、日本独自の精神性や美意識を再発見し、守り、さらにはそれを日本の存在価値として世界へと発信していく過程をもあわせて近代化とみるべきだろう。近代を支えたのは、西洋からもたらされた知識の受容だけではなく、幕末より引き継がれた士風であり、東洋的、日本的思想であったことを、バンカラの存在は伝えている」(288~289頁)。日本近代思想を考える上でも示唆的な一冊。

★『中井久夫との対話』は発売済。父君が中井さんの親友であったという村澤真保呂、和多里のご兄弟が中井さんと交流する過程において、なりゆきで生まれたという貴重な本です。「筆者たちがその道のりで発見する中井さんの姿は、世間で語られている「精神科医・中井久夫」の姿とは大きく違っていた」(233頁)といいます。「中井久夫の思想は、その根底にある生命論的視座によって、精神医学の領域を超えたさまざまな課題――とりわけ生態学的・文化的・社会的な危機――を私たちが理解し、克服するのに有効なのではないか。あらためて現在から振り返ってみれば、かつて中井氏が精神医学分野で取り組んだのは、現代の私たちが直面するマクロな課題を精神疾患というミクロな領域において、克服するための基本的な原理を探求することであった、と言えるのではないか。つまり、中井氏の仕事それじたいが、「徴候」として読み解かれなければならないのではないか、と」(10頁)。

★「このような観点から、筆者たちは中井久夫と対話を重ねつつ、その思想の骨格を描き出そうと試みた。そこで最初に中井久夫との対話を紹介し、その後に筆者たちの論考によって先の対話の解説を兼ねる、という仕方で本書を構成することにした」(同頁)。目次は以下の通りです。

はじめに
第一部 中井久夫との対話
第二部 中井久夫の思想
 第一章「精神科医」の誕生
 第二章「寛解過程論」とは何か
 第三章 中井久夫の治療観
 第四章 結核とウィルス学
 第五章 サリヴァンと「自己システム」
 第六章 ミクロコスモスとしての精神
 第七章 生命、こころ、世界――現代的意義について
中井さんと私たち――あとがきに代えて
著作目録
略年譜

★『iPhuck10』はロシアの作家ペレーヴィン(Ви́ктор Оле́гович Пеле́вин, 1962-)が2017年に発表した15番目の長編小説最新作にしてベールイ賞受賞作の訳書。SF作家の飛浩隆さんが次のような推薦文を寄せておられます。「超ハイテク性具〔ディルド〕が演算する、美術と歴史と犯罪と映画と小説の幻惑的立体!」。帯文(表4)は以下の通りです。「21世紀後半、世界はジカ3と呼ばれる感染症により、肉体を介した性交渉が禁止され、iPhuckと呼ばれるガジェットがもっぱら重宝されていた。アメリカは南北に分断され、ヨーロッパはイスラム化するなか、戦いに明け暮れる中国と旧ヨーロッパとの間に挟まれながらクローン皇帝の戴冠によって再帝国化したロシア、警察に所属するアルゴリズムであるポルフィーリィ・ペトローヴィチは、マーラ・チョーにレンタルされて21世紀前半の芸術様式「ギプス」の調査を命じられる。その過程でマーラの怪しい過去とともに肯定をめぐる暗黒があきらかになり、ついにポルフィーリィとマーラのすべてを賭けた対決がはじまる――」。目次詳細は以下の通りです。

前書き
第一部 ギプスの時代
第二部 自分だけのための秘密の日記
第三部 メイキング・ムービーズ
第四部 ダイバーシティ・マネージメント
訳者あとがき

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by urag | 2018-08-26 22:08 | 本のコンシェルジュ | Trackback | Comments(0)
2018年 08月 24日

月曜社10月上旬新刊:AYUO(高橋鮎生)『OUTSIDE SOCIETY(アウトサイド・ソサエティ)』

2018年9月18日→10月1日取次搬入予定 *芸術/音楽

OUTSIDE SOCIETY(ヨミ:アウトサイド・ソサエティ)――あるサイケデリック・ボーイの音楽遍歴
AYUO(高橋鮎生)著
月曜社 2018年9月 本体2,000円 46判[天地190mm×左右130mm×束14mm]並製264頁 
ISBN:978-4-86503-064-8 C0073 重量:300g 装幀:軸原ヨウスケ

アマゾン・ジャパンで予約受付中

横尾忠則氏推薦!「60年~70年代、ニューヨークに滞在中、この年少の友人とよくロックコンサートに行った。まだ小学生の低学年だったが、その知識は専門家顔負け。AYUO君の才能に恐いものを感じていたぼくは、狂人にならないかと心配したが、彼の理性が彼を天才音楽家に変身させた」。熱かったLate 60’sのニューヨークで少年期をすごし、80年代の東京でデビューして以来たゆみなく先進的に活動し、ニッポンという社会の外側(OUTSIDE SOCIETY)で葛藤しつづけるミュージシャンの「失われた時を求めて」。

主な登場人物:テリー・ライリー/ジョン・ケージ/マルセル・デュシャン/ホーレス・シルヴァー/横尾忠則/寺山修司/勅使河原宏/篠山紀信/高橋睦郎/小澤征爾/三島由紀夫/ピーター・ヤロー/マイルス・ディヴィス/アンディ・ウォーホル/高橋悠治/小杉武久/スティーヴ・レイシー/間章/坂本龍一/灰野敬二/モーガン・フィッシャー/ムーンライダーズ/ジョン・ゾーン/デヴィッド・ロード/ピーター・ハミル/沢井一恵/太田裕美/EPO/スズキコージ/ジョン・ケール⋯⋯

Ayuo(高橋鮎生[アユオ:たかはし・あゆお]):1960年生まれ。ミュージシャン(作詞・作曲家、ヴォーカル、ギター、ブズーキなど撥弦楽器奏者)。3歳からヨーロッパ各国、6歳から15歳までニューヨークで生活し、数多くの音楽家や文化人と交流する。1960年代のサイケデリック文化に触れ、70年代末に東京で本格的に音楽活動を開始。1984年にエピック・ソニーよりレコードデビューする。ピーター・ハミルやジョン・ゾーンなど数多くのミュージシャンと共演する。実父は、音楽家の高橋悠治氏。

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目次:

1:一番最初の記憶/ 3 歳、ベルリン行きの飛行機/ケネディー暗殺/ニューヨークへ
2:ビートルズ/リズムとサウンド
3:1960年代後半のニューヨーク/母の芸術家の友人たち(横尾忠則、寺山修司、勅使河原宏、篠山紀信、高橋睦郎など)/フィルモア・イースト/エレクトリック・サーカス/テリー・ライリー/ジョン・ケージとマルセル・デュシャン/リヴィング・シアター/ホーレス・シルヴァー/ジョアン・ジルベルト/セロニアス・モンク/マディー・ウォーターズ
4:ギターを習い始める/ 1968年=変動の年/両親の離婚/サイケデリック・ロック/詩を書き始める/オープン・チューニング・ギター
5:母の再婚/ジェスロ・タル/テン・イヤーズ・アフター/アリス・クーパー/エマーソン・レイク・アンド・パーマー/ピンク・フロイド/フェアポート・コンヴェンション/アース・ウインド・アンド・ファイアー/スティリー・ダン/ザ・フーなど
6:中学生になる/小説を書き朗読する/ジェネシスのピーター・ゲイブリエル/役者のデヴィッド/実験映画祭/ストローブス
7:僕が通った中学校/中世ヨーロッパ史の勉強/生徒自身で考えさせる教育方法/近所のイタリア系学校
8:家庭生活の崩壊/ 1975年、ニューヨークを去る
9:東京に到着/父、高橋悠治/義母カレン/横浜インターナショナル・スクール入学
10:父のレコーディング/小杉武久/スティーヴ・レイシー/間章/坂本龍一との出会い/ヨーロッパ中世音楽/スティーライ・スパン
11:高校生活/友人たち/大麻/LSD/ジェネシス『The Lamb Lies Down On Broadway』
12:1978年、父との別居/高校中退/ 70年代末の音楽活動/灰野敬二/吉祥寺マイナー/京大西部講堂でのライブ/アーント・サリー
13:80年代はじめの河原淳一、向井千恵、鈴木健雄、西村拓也たちとの演奏活動/関西ツアー
14:1983年、レコード・デビューが決まる/アルバム『カルミナ』/コミュニケーションが成立しない取材/モーガン・フィッシャー/ムーンライダーズ
15:1984年、MIDIレコードとの契約
16:アルバム『サイレント・フィルム』/誤解だらけのプロモーション/アルバム『メモリー・シアター』
17:1986年夏、イギリスでの録音に出発/ニューヨークに立ち寄る/ジョン・ゾーン/ルー・リード/ロンドン到着/ AMM /デヴィッド・ロード/フェアポート・コンヴェンションのライブ/写真家リチャード・ホートン/スティーライ・スパンとルネッサンスのコンサート/クレサント・スタジオでの録音/デイヴ・マタックス/マディー・プライアー/ピーター・ナイト
18:ピーター・ハミルとの出会い/ハミル宅訪問/ピーター・ハミルへのインタビュー
19:アルバム『Nova Carmine』完成/スティーヴ・マリオットのライブ
20:様々なトラブル/ノイローゼ状態での多産な創作
21:1987年、沢井一恵のアルバム『目と目』のプロデュース/デヴィッド・ロード再び/太田裕美/ピーター・ハミル、ガイ・エヴァンスとサラ・ジェーン・モリス/ジェームス・ワレン
22:1990年代から現在まで


1970年前後に見たロック・コンサート
キンクス
ホークウィンド
YES
1950年代~60年代前半の東京と僕の母
勅使河原宏とアンディ・ウォーホル 小学校5年生のころの思い出
僕が通っていたニューヨークの学校
1983年の冬
End of Earth


サイケデリックとは何か?
三島由紀夫
横尾忠則とサイケデリズム
ジョン・ケールとのインタビュー2001年
タジマハ-ル旅行団
ジョニ・ミッチェル
イラン古典音楽と僕の義父のマンスール
カール・ユング
フォーク・ソサイエティー
音楽と神話
時空を超えて
リズムについて
話す言葉のリズムがそれを話す人のリズム感に影響を与えている 英語詞と日本語詞の違い
横尾忠則とデヴィッド・リンチ 故郷は創造の源泉


Outside Society(国を持たない人々)
Acknowledgments
Discography
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同書は9月18日取次搬入の予定でしたが、日本出版取次協会・書籍進行委員会の主導による業量平準化の影響により、10月1日に取次搬入となりました。書店さんでの店頭発売は、10月3日より順次開始となる見込みです。どうぞよろしくお願いいたします。
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by urag | 2018-08-24 11:41 | 近刊情報 | Trackback | Comments(0)
2018年 08月 19日

注目新刊:アン・ブレア『情報爆発』中央公論新社、ほか

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情報爆発――初期近代ヨーロッパの情報管理術』アン・ブレア著、住本規子/廣田篤彦/正岡和恵訳、中央公論新社、2018年8月、本体5,000円、A5判上製448頁、ISBN978-4-12-005110-4
現代経済学――ゲーム理論・行動経済学・制度論』瀧澤弘和著、中公新書、2018年8月、本体880円、新書判並製296頁、ISBN978-4-12-102501-2
フェティッシュとは何か――その問いの系譜』ウィリアム・ピーツ著、杉本隆司訳、以文社、2018年8月、本体2,700円、四六判上製216頁、ISBN978-4-7531-0347-8

★ブレア『情報爆発』は『Too Much to Know: Managing Scholarly Information before the Modern Age』(Yale University Press, 2010)の全訳。序論にはこうあります。「本書の目的は、初期近代ヨーロッパにおけるそのような参照道具〔レファレンス書〕を研究し、それらが同時代人によっていかに着想され、産出され、利用されたかを考察することによって、われわれの時代に先立つ過去の一時期において、時代錯誤的にではあるが「情報管理」と呼びうるものの理念と実践について洞察を得ることである。その目的に向かって、私は、多様な時代や場所、そしてさまざまなジャンルのレファレンス書を射程に収め、コンテクストの網を大きく広げるとともに、1500年から1700年のあいだに印刷された、規範的で一般的なラテン語のレファレンス書のいくつかを個々の焦点として浮かび上がらせた」(7頁)。

★「当事者たちの概念に従って、当時ごくあたりまえに用いられていた語を用いれば、初期のレファレンス書は〈言葉と物(verba et res)〉を蓄えて利用しやすくするためのものであった。それは、自然界についての定義や記述から、人間が何を行い何を言ったかにいたるまで、広く網羅していた。レファレンス書の作者たちは、みずから編纂者をもって任じ、〔…〕自分自身の見解や立場を発信する者というよりは、情報を伝達する者であった」(8頁)。「本書で私が示そうとしたように、ラテン語のレファレンス書は、何世代もの学者たちが古代のテクストやそれに関する注解を渉猟して行った共同でのノート作成の典型であり、公益と読者の多様な関心に訴える思慮深い言葉とともに提供された。だが、それらの書物は、謳い文句以上の働きをしてきた。すなわち、出版物が爆発的に増加した時代に文書情報を管理する革新的な方法を考案し、われわれ自身の読書法や情報処理の方法に恩恵をもたらしたのである」(330頁)。以下に目次を記します。
目次:
序論
第1章 比較の観点から見た情報管理
第2章 情報管理としてのノート作成
第3章 レファレンス書のジャンルと検索装置
第4章 編纂者たち、その動機と方法
第5章 初期印刷レファレンス書の衝撃
エピローグ
謝辞
訳者解題
原注
引用文献
索引(人名・書名)

★「歴史家にとって、参照ツールは、過去の文化体系の豊かで大きな遺物として役立ち、他の種類の資料よりもしばしばよりはっきりと、それらを作成した人々の知識や理想、作業方法を見せてくれる」(328頁)。「私は歴史家として、一世代もしくはそれ以上の年月にわたって暗がりの中に忘れ去られた古い源泉を再訪する能力を、われわれは失ってはならないと思っている。そのような能力は、しばしば、実り豊かなものであった〔…〕。データのほとんどを電子メディア上に蓄える方向に向かうにつれて、われわれは、新しいメディアに定期的にアップデートされないものは、何であれ、伝達の連鎖から抹消していくという危険を冒している。なぜなら、ソフトウェアもハードウェアも、人の一生のうちですら何度も時代遅れになるものと予測できるからである。だが、とりわけ歴史家は、古い素材――他の人々にとっては無用で、すでに十分に掘り尽くされたと見える素材――から新たに問題提起して活力を得る」(329~330頁)。

★「バートレットの『引用句辞典』の初期の諸版の索引を完成させるには、20人が6か月間働かねばならなかったが、現在の版の索引をコンピュータで作成すれば3時間でできてしまう――19世紀にはのべ約1万9200時間かかっていたものが、ここまで短縮されるのである。参照ツールは、その内容だけではなく、それらを作成する方法も時代遅れになりがちである。われわれ自身が現在用いている方法や成果も、おそらく急速に廃れてしまうことであろう。/にもかかわらず、先人の世代の人々がかくも大きな犠牲を払って作成した参照ツールは、多くの点において、過去にも――そして現在も――有用であり続けている。〔…〕情報管理の手本としても役立つのである」(328頁)。本書は古い歴史の話のようでいて、現代人が「情報爆発」(information explosion:1941年に初出用例を見ることができる言葉とのこと)と今後どうやって付き合っていくのかを考える上で、必読書であると感じます。

★瀧澤弘和『現代経済学』は「多様かつ複雑に展開してきた20世紀半ば以降の現代経済学」(iv頁)を紹介する入門書。「20世紀半ばにかけて新古典派経済学を主流派的地位に置くことによって、次第にある程度の統一的枠組みを形づくるようになった頃の経済学から始め、そこから新たに立ち上がってきた各分野に即しながら」(同頁)解説したもの。目次は以下の通り。

目次:
まえがき
序章 経済学の展開
第1章 市場メカニズムの理論
第2章 ゲーム理論のインパクト
第3章 マクロ経済学の展開
第4章 行動経済学のアプローチ
第5章 実験アプローチが教えてくれること
第6章 制度の経済学
第7章 経済史と経済理論との対話から
終章 経済学の現在とこれから
あとがき
参考文献

★「〔経済学が〕より広く人間に関する現象を洞察する人間科学として発展していくことが望ましい」(266頁)と述べる著者は、終章では、まもなく河出書房新社より刊行となるユヴァル・ノア・ハラリの『ホモ・デウス』や、先日来日したマルクス・ガブリエルの『私は脳ではない』にも言及しています。また著者は、『科学哲学から見た実験経済学』(川越敏司訳、日本経済評論社、2013年)で日本でも知られる科学哲学者フランチェスコ・グァラ(Francesco Guala, 1970-)の『制度を理解する』を目下翻訳中とのことです。本書で取り上げた制度論について理解を深める上での重要文献です。人文書売場で哲学と経済学を架橋させようと試みる場合、本書の終章が特に参考になるのではないかと思われます。

★『フェティッシュとは何か』は、概念史家でアクティヴィストとしても知られるピーツ(William Pietz, 1951-)の高名な代表的論文「The problem of the fetish」を訳出したもの。第1論文(1985年)、第2論文(1987年)、第3a論文(1988年)と連作になっており、本書ではこれらを一冊にまとめています。フェティシズムを論じる上で欠かせない基礎文献の待望の日本語訳です。目次詳細は書名のリンク先をご覧ください。各章のタイトルには各論文の副題があてられていますが、副題のない第1論文にはフランス語訳の合本版(Le fétiche : généalogie d'un problème, Kargo & L'éclat, 2005)の第1章のタイトルを借用しているとのことです。ちなみにそのフランス語版では、第4章(英語では未公刊の第4論文)が掲載されているものの、著者本人やフランス語訳の訳者と連絡が取れないとのことで、日本語版での訳出は見送られています。ちなみにピーツの既訳論考には「フェティッシュ」(ネルソン/シフ編『美術史を語る言葉――22の理論と実践』所収、加藤哲弘/鈴木廣之監訳、ブリュッケ、2002年、355~371頁;Critical Terms for Art History, University of Chicago Press, 1996)があります。訳者の杉本さんはシャルル・ド・ブロス『フェティシュ諸神の崇拝』(法政大学出版局、2008年)の翻訳も手掛けておられます。なお以文社さんでは、ピールの当論考へのオマージュである、デヴィッド・グレーバーによる『価値の人類学理論に向けて(仮)』が続刊予定であるとのことです。

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★また最近では以下の新刊との出会いがありました。

渚に立つ――沖縄・私領域からの衝迫』清田政信著、共和国、2018年8月、本体2,600円、四六変型判上製276頁、ISBN978-4-907986-47-6
シュリンクス――誰も語らなかった精神医学の真実』ジェフリー・A・リーバーマン著、宮本聖也監訳、柳沢圭子訳、金剛出版、2018年8月、本体2,800円、A5判並製280頁、ISBN978-4-7724-1639-9
当事者研究と専門知――生き延びるための知の再配置』熊谷晋一郎責任編集、金剛出版、2018年8月、本体2,400円、B5判並製200頁、ISBN978-4-7724-1641-2
軍隊指揮――ドイツ国防軍戦闘教範』ドイツ国防軍陸軍統帥部/陸軍総司令部編纂、旧日本陸軍/陸軍大学校訳、大木毅監修・解説、作品社、2018年8月、本体7,800円、四六判上製880頁、ISBN978-4-86182-707-5
ねむらない樹 vol.1』書肆侃侃房、2018年8月、本体1,300円、A5判並製176頁、ISBN978-4-86385-326-3
海を渡った日本書籍――ヨーロッパへ、そして幕末・明治のロンドンで』ピーター・コーニツキー著、ブックレット〈書物をひらく〉14:平凡社、2018年8月、本体1,000円、A5判並製104頁、ISBN978-4-582-36454-5
伊勢物語 流転と変転――鉄心斎文庫本が語るもの』山本登朗著、ブックレット〈書物をひらく〉15:平凡社、2018年8月、本体1,000円、A5判並製88頁、ISBN978-4-582-36455-2
周作人読書雑記4』周作人著、中島長文訳注、東洋文庫891:平凡社、2018年8月、本体3,200円、B6変判上製函入396頁、ISBN978-4-582-80891-9

★『渚に立つ』は沖縄の詩人・清田政信(きよた・まさのぶ:1937-)さんの作品を独自にまとめた34年ぶりの新刊。単行本未収録の連載「沖縄・私領域からの衝迫」(1980~82年)を始め、詩人論などを併載。共和国さんのシリーズ「境界の文学」の第6弾です。目次詳細は書名のリンク先をご覧ください。「自己を最初の他者として定立し得るとき、人は始めて一人の民への発語を準備できるのだ。それは自らの内実を他者に伝達するという風な手順をふむのではなく、自らが自閉し堅い実に成るとき、その実が割れてはじける風に言葉に化する以外にないのだ。今はそれ以外の言葉は信じようとは思わない」(「微視的な前史」より、10頁)。「ただ個として、私としての内実を掘りすすむことによって、その観念を掘りすすむ思想の行為が深さをもつまで言葉を生きる以外にないだろう。それは極度の精神の集中と持続を要する作業だろう。共生を説くすべての思想を対象化せよ。一言で尽くすとすぐれて個を造形し得る思想のみが他者の心を動かす言葉をもち得るということだ」(同、11頁)。

★リーバーマン『シュリンクス』は『Shrinks: The Untold Story of Psychiatry』(Little, Brown and Company, 2015)の訳書。シュリンクというのは精神科医の俗称。著者のリーバーマン(Jeffrey Alan Lieberman, 1948-)はコロンビア大学教授で精神科医学科長であり、ニューヨーク州立精神医学研究所所長など複数の職責を果たしてきた重鎮で、彼が会長になったばかりのアメリカ精神医学会が2013年に出版したのがかの『DSM-5』(Diagnostic and Statistical Manual of Mental Disorders:『DSM-5 精神疾患の診断・統計マニュアル』医学書院、2014年)です。本書は著者が初めて一般読者に向けて書いた本で、「精神疾患とは何なのか」「精神医学や心のケアは何を治療できるのか」が精神医学の歴史的進展を追いつつ平易に明かされています。監訳者の宮本さんはあとがきで次のように紹介しています。「本書は、神秘的な偽科学として生誕したカルト宗教のようなシュリンクが、第二次世界大戦後より生命を救済する科学的な職業として緩徐に成熟していった足跡をたどっている」(287頁)。主要目次は書名のリンク先をご覧ください。

★『当事者研究と専門知』は『臨床心理学』増刊第10号。同増刊第9号『みんなの当事者研究』(2017年8月刊)に続き、東京大学先端科学技術研究センターの熊谷晋一郎(くまがや・しんいちろう:1977-)さんが責任編集をつとめられています。熊谷さんは巻頭の論説「知の共同創造のための方法論」や巻末の編集後記の執筆のほか、編集委員7氏との座談会「言いっぱなし聞きっぱなしの「当事者研究会議」」で司会を担当されています。収録論考は、木村草太「差別されない権利と依存症」、信田さよ子「専門家と当事者の境界」、上野千鶴子「アカデミズムと当事者ポジション」など。目次詳細は誌名のリンク先をご覧ください。

★『軍隊指揮』は帯文に曰く「秘中の秘とされた「電撃戦」の運用指針であり、ソ連を破滅の淵に追い込み、勝者アメリカも学んだ、現代における「孫子の兵法」。現代用兵思想の原基となった、勝利のドクトリン」と。本文だけでも800頁近くあり、付録や解説を併せると880頁近い大冊です。監修者序を参照すると、本書は、ドイツ国防軍が1921~23年に編纂公布し1933~34年に新版を刊行した陸軍教範『軍隊指揮』を、日本陸軍が1922~44年に翻訳出版したものの再刊本。新字新かなへの変更をはじめ、句読点・濁点・送り仮名などを補い、さらに補注を付すなど、読みやすさに配慮されています。

★『ねむらない樹 vol.1』は福岡の出版社でありブックカフェも営まれている「書肆侃侃房」さんから創刊された短歌ムック。目次詳細は誌名のリンク先でご覧いただけます。短歌観や所属が異なるという若手歌人4氏(伊舎堂仁、大森静佳、小島なお、寺井龍哉)が編者となって、2001年以降に各誌で発表された短歌から100首を討議のうえ選んでコメントを付した「新世代がいま届けたい現代短歌100」をはじめ、今年6月に名古屋で行われた同人誌「フォルテ」刊行30年記念シンポジウムにおける討議「ニューウェーブ30年」(荻原裕幸×加藤治郎×西田政史×穂村弘)など、充実した内容です。読者投稿欄もあり、たくさんの作品に接することのできる瑞々しい創刊号です。扱いは地方小。書肆侃侃房さんでは歌人笹井宏之(ささい・ひろゆき:1982-2009)さんを記念し「笹井宏之賞」を創設。第1回の募集締切は締切は2018年10月15日(月)24時とのことです。受賞作は来年刊行の『ねむらない樹』第2号に掲載される予定。

★コーニツキー『海を渡った日本書籍』は目次に明らかなように主に江戸時代における日本書籍の海外流通史を扱ったもの。著者コーニツキー(Peter Kornicki, 1950-)はケンブリッジ大学名誉教授で日本文化史がご専門。「ケンペルの時代、つまり元禄年間(1688-1704)には、ヨーロッパ人が中近東、東アジアなど、遠く離れたところまで渡航したときは、必ずといっていいぐらい各地域の貨幣、植物、書物に注意していた。つまり、文字が読めなくてもとにかく外国の文明や自然環境の証として上記の三つのものをなるべく収集していたのだ。その後、十八世紀末から、日本書籍が別の何かの象徴でなくなり、むしろ情報源となったのである。それは知日家のティチング、クラプロート、シーボルトのように日本語能力を活用し、日本書籍を頼りに知識を蓄える時代を迎えた、いわば日本学の台頭する時代でもあったのである」(91頁)。

目次:
はじめに
一 日本書籍の海外流通史――元禄年間まで
二 日本書籍の海外流通史――ペリー来航前夜まで
三 日本書籍の海外流通史――明治初期まで
四 ロンドンの日本書籍売買
むすび
あとがき
参考文献一覧
掲載図版一覧

★山本登朗『伊勢物語 流転と変転』は国文学研究資料館所蔵の「鉄心斎文庫に集められたさまざまな伊勢物語のうち、一部の書物の来歴や内容を紹介しながら、鉄心斎文庫と、そこに集まった伊勢物語、さらには伊勢物語という作品について考えようとするもの」(はじめに、5頁)。「前半ではいくつかの書物それ自体の流転のあとをたどり、後半では伊勢物語の伝本が伝えている変転の姿について、さまざまな側面から考えたものであるが、それに加えて、伊勢物語という文学作品がたどってきた成立と享受の過程をふり返り、それらすべてを合わせて、伊勢物語がいかに変転に満ちた来歴を経て現在に至っているかを述べようと試みた」とのことです(あとがき、84頁)。目次は以下の通り。

目次:
はじめに
一 流転と出会い――鉄心斎文庫のはじまり
二 ヨーロッパを流転した伊勢物語――ルンプ旧蔵書
三 さまざまな流転、さまざまな変転
四 変転する伊勢物語
五 さまざまな「古注」
あとがき
掲載図版一覧

★『周作人読書雑記4』は全5巻中の第4巻。第4巻は「中国新文学、文学としての経書、詩文集、日記・書簡・家訓、俗文学、妓院梨園をめぐる読書雑記を収録」(帯文より)。東洋文庫の次回配本は10月刊『周作人読書雑記5』で、これで全巻完結予定。

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★最後に、ちくま学芸文庫とちくま文庫の8月新刊から。

狂い咲け、フリーダム――アナキズム・アンソロジー』栗原康編、ちくま文庫、2018年8月、本体880円、文庫判並製384頁、ISBN978-4-480-43535-4
証言集 関東大震災の直後――朝鮮人と日本人』西崎雅夫編、ちくま文庫、2018年8月、本体900円、文庫判並製416頁、ISBN978-4-480-43536-1
精講 漢文』前野直彬著、ちくま学芸文庫、2018年8月、本体1,700円、文庫判並製656頁、ISBN978-4-480-09868-9
「きめ方」の論理――社会的決定理論への招待』佐伯胖著、ちくま学芸文庫、2018年8月、本体1,300円、文庫判並製416頁、ISBN978-4-480-09876-4
人知原理論』ジョージ・バークリー著、宮武昭訳、ちくま学芸文庫、2018年8月、本体1,100円、文庫判並製288頁、ISBN978-4-480-09879-5
西洋古典学入門――叙事詩から演劇詩へ』久保正彰著、ちくま学芸文庫、2018年8月、本体1,100円、文庫判並製352頁、ISBN978-4-480-09880-1
裏社会の日本史』フィリップ・ポンス著、安永愛訳、ちくま学芸文庫、2018年8月、本体1,700円、文庫判並製640頁、ISBN978-4-480-09881-8

★栗原康編『狂い咲け、フリーダム』はアナキズム・アンロソジーと銘打たれており、大杉栄、伊藤野枝、辻潤、中浜哲、金子文子、朴烈、石川三四郎、八太舟三、高群逸枝、八木秋子、宮崎晃、向井孝、平岡正明、田中美津、神長恒一、矢部史郎、山の手緑、マニュエル・ヤン、といった各氏のテクストを集めています。帯文にも使用されている推薦文「アナキスト百花繚乱、一冊まるごと檄文だ!」はブレイディ・みかこさんによるもの。今までの栗原さんの著書もそうですが、本書でも栗原さんによる「はじめに」の最初の一文が相変わらず強烈。「はじめにファックありき。わたしは正論がキライだ、ファックである」(7頁)。「なんつうのかな、もっともらしいことをいって、他人をしたがわせようとするやつが大キライなんだ」(同頁)。集められたテクストそれぞれに付された栗原さんの導入文も秀逸です。

★西崎雅夫編『証言集 関東大震災の直後』は震災直後の朝鮮人虐殺をめぐる、文化人や一般人の証言や回想、児童らの作文、朝鮮人の証言、公的史料の記録など約180篇を集成。編者解説「関東大震災時の朝鮮人虐殺とは何か?」で西崎さんは次のように書いておられます。「朝鮮人を最も多く虐殺したのは自警団である。本来なら町を守り人の命を守るはずの集団が、多くの人の命を奪ってしまった。当時は日本人より低賃金で働く朝鮮人・中国人に対して、日本人労働者が排外意識を高めていた時期でもあったのだ。そこへ震災が起き、流言に煽られた自警団が各地で朝鮮人を虐殺した」(406頁)。「犠牲者数が今日でも不明なのは、日本政府が犠牲者調査を行ってこなかったためであることを、ここであらためて確認しておく」(410頁)。「朝鮮人虐殺事件関連の史料は極めて少ない。とりわけ公的史料はごくわずかだ。それは当時の政府が虐殺事件を徹底的に隠蔽したからである」(412頁)。

★映画界の巨星、黒澤明監督は13歳の折の出来事を次のように回想しています。「関東大震災の時に起った、朝鮮人虐殺事件は〔…〕デマゴーグの仕業である」(123頁)。「馬鹿馬鹿しい話がある。/町内の、ある家の井戸水を、飲んではいけないと云うのだ。/何故なら、その井戸の外の塀に、白墨で書いた変な記号があるが、あれは朝鮮人が井戸へ毒を入れた目印だと云うのである。/私は惘〔あき〕れ返った。/何をかくそう、その変な記号というのは、私が書いた落書きだったからである。/私は、こういう大人達を見て、人間というものについて、首をひねらないわけにはいかなかった」(124~125頁)。当時監督は小石川大曲に住んでいたそうです。現在で言うと、神田川を挟んだ、トーハン本社の向こう岸近辺のようです。

★ちくま学芸文庫の8月新刊は全5点。バークリーの『人知原理論』(宮武昭訳)は文庫としては大槻春彦訳(岩波文庫、1958年)以来の快挙で、中央大学文学部紀要での連載に大幅な改訂を加えたもの。底本は1734年の第2版を収録した1949年の全集『The Works of George Berkeley』第2巻。初版(1710年)や各版との異同については「重要と思われるものだけを注記した」と凡例にあります。バークリーは序論でこう述べています。「要するに、これまで哲学者たちを惑わし、知識への道を塞いできた困難の(すべてではないにしても)大部分は、まったく、われわれ自身のせいなのである」(第3節、23頁)。「したがって私の目的は、哲学のさまざまの学派のなかにこれほどの疑いや不確実性を、あの不合理や矛盾のすべてを引き入れてきた原理を発見できるかどうか試してみることである」(第4節、同頁)。「人間的知識の第一原理を厳密に探求し、あらゆる側面にわたって精査し吟味するのは、間違いなく苦労しがいのある仕事である」(同節、23~24頁)。

★「管見によれば、抽象的で一般的な観念は意思疎通にとってだけでなく、知識の拡大にとっても不要である」(第15節、38頁)。「言葉による欺瞞から完全に解放されねばならない。〔…〕言葉と観念のあいだの結合ほど早くに始まって長期の習慣によって固められたものはないので、この結び目を解きほぐすのはきわめて困難なことだ〔…〕。この困難をさらに増大させたのが、抽象の学説であるように思われる」(第23節、49~50頁)。「言葉ゆえの混乱と幻惑から知識の第一原理を浄化するよう気をつけなければならない。言葉にすがって果てしなく推論を重ねたところで、まったくの徒労に終わるだろう。どれほど帰結を引き出しても、その分だけ賢くなることはけっしてないだろう。先へ進めば進むほど、それだけ取り返しのつかないほどに方向を見失い、困難と虚偽の深みにはまり込むだろう」(第25節、51頁)。バークリーにとって「抽象的観念の最たるものが「物質」の観念だ」と訳者はあとがきで紹介しています。「標準的な現代日本語で読める」ことに留意された今回の新訳は、今後スタンダードとして読み継がれていくだろうと思います。

★学芸文庫のほかの4点の親本情報を列記します。ポンス『裏社会の日本史』→筑摩書房、2006年。佐伯胖『「きめ方」の論理』→東京大学出版会、1960年。前野直彬『精講漢文』→学生社、1966年。久保正彰『西洋古典学入門』→『西洋古典学』放送大学教育振興会、1988年。うち、『精講漢文』以外は文庫版へのあとがきが加えられています。『精講漢文』には堀川貴司さんによる解説が付されています。

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by urag | 2018-08-19 23:55 | 本のコンシェルジュ | Trackback | Comments(0)
2018年 08月 17日

注目新刊:ロザリンド・E・クラウス『独身者たち』平凡社

◆ロザリンド・E・クラウスさん(共著:『アンフォルム』)
「女性作家のみを論じた彼女唯一の書物」(帯文より)である『Bachelors』(MIT Press, 1999)の全訳本がついに平凡社さんより発売されました。「9人の写真家を取り上げ、女性とアヴァンギャルド、とりわけシュルレアリスムとの関係という古くて新しいテーマを定位し直す」(版元紹介文より)と。クラウスは第一章でこう書いています。「書く主体には、ジェンダーの固有性があるという考え方。より正確に言えば、ジェンダーは必然的に書き手の層をはっきりと区別するため、女性作家が男性作家と同じ視点を共有するには、男性の視線と結託するか、あるいは皮肉を込めて距離をとり「擬態」という手段に訴えるか――この場合、模倣は厄除けの身振りとして自覚的に遂行される――しかないという確信。女の作家たちの作品をめぐる本書のイントロダクションとして、私はこうしたものに対して異議を差し挟んでおきたい。なぜならシュルレアリスムに関して、ことシュルレアリスムの写真実践に関しては、この運動のもっとも象徴的な――もっとも典型的で強烈だという意味で、もっとも象徴的な――作品のいくつかは、女たちによって作られているからである」(23頁)。「女たちの作品に特別な弁護は必要ない〔…〕、この後につづくエッセイでも、別段その必要はないだろう」(46頁)。

独身者たち
ロザリンド・クラウス著 井上康彦訳
平凡社 2018年8月 本体3,600円 A5判上製248頁 ISBN978-4-582-23129-8

目次
第一章 クロード・カーアンとドラ・マール――イントロダクションとして
第二章 ルイーズ・ブルジョワ――《少女》としての芸術家の肖像
第三章 アグネス・マーティン――/雲/
第四章 エヴァ・ヘス――コンティンジェント
第五章 シンディ・シャーマン――アンタイトルド
第六章 フランチェスカ・ウッドマン――課題群
第七章 シェリー・レヴィーン――独身者たち
第八章 ルイーズ・ローラー
原註
訳者あとがき
解説 『独身者たち』の領土――無産性の耀きについて(林道郎)
人名索引

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by urag | 2018-08-17 00:55 | 本のコンシェルジュ | Trackback | Comments(0)
2018年 08月 16日

月曜社・シリーズ「叢書・エクリチュールの冒険」既刊書一覧

本日8月16日、マラルメ『詩集』の新刊配本分を取次に搬入いたしました。書店さんでの店頭発売開始はおおよそ20日(月)以降となります。「叢書・エクリチュールの冒険」の第11回配本です。先日告知を開始しましたが、丸善京都本店、東京堂書店神田神保町店、フランス図書には、初回配本分にマラルメの名刺のレプリカが付属します。なお、次回の第12回配本は8月20日取次搬入予定の『来るべき種族』です。書店さんでの店頭発売開始はおおよろ23日(木)以降の予定です。

◎叢書「エクリチュールの冒険」既刊書
1)2007年09月:『書物の不在〔初版朱色本〕』モーリス・ブランショ著、中山元訳、本体2500円、800部限定[完売]
1-2)2009年02月『書物の不在〔第二版鉄色本〕』モーリス・ブランショ著、中山元訳、本体2500円、1000部限定[完売]
2)2012年02月『いまだない世界を求めて』ロドルフ・ガシェ著、吉国浩哉訳、本体3000円、版元在庫有
3)2012年08月『到来する共同体〔初版黄色本〕』ジョルジョ・アガンベン著、上村忠男訳、本体1800円、完売
3-2)2015年02月『到来する共同体〔新装版白色本〕』ジョルジョ・アガンベン著、上村忠男訳、本体1800円、版元在庫有
4)2012年09月『盲目と洞察』ポール・ド・マン著、宮崎裕助/木内久美子訳、本体3200円、版元在庫有
5)2013年08月『労働者』エルンスト・ユンガー著、川合全弘訳、本体2800円、版元在庫有
6)2013年12月『翻訳について』ジョン・サリス著、西山達也訳、本体3,400円、版元在庫有
7)2014年06月『デリダと文学』ニコラス・ロイル著、中井亜佐子/吉田裕訳、本体2,800円、版元在庫有
8)2014年12月『謎の男トマ 一九四一年初版』モーリス・ブランショ著、門間広明訳、本体2,800円、品切
9)2015年04月『ドラマ』フィリップ・ソレルス著、岩崎力訳、本体2,400円、版元在庫有
10)2018年01月『生のなかば』ヴィンフリート・メニングハウス著、竹峰義和訳、本体2,500円、版元在庫有
11)2018年08月『詩集』ステファヌ・マラルメ著、柏倉康夫訳、本体2,200円、版元在庫有
12)2018年08月『来るべき種族』エドワード・ブルワー=リットン著、小澤正人訳、本体2,400円、版元在庫有

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このシリーズは1冊ごとに造本が異なりますし、ジャンルもバラバラなので、書店さんの店頭でまとめて置かれることはおそらくないと思われます。また、完売や品切があるため、全部を揃いで購読されている方はさほど多くはないかも、とも想像します。並べて写真を撮ったのは初めてですが、帯があるのは『生のなかば』と『来るべき種族』だけですね。今後もまだまだ色々と刊行予定があります。

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by urag | 2018-08-16 16:18 | 販売情報 | Trackback | Comments(0)
2018年 08月 16日

「週刊読書人」にメニングハウス『生のなかば』の書評

「週刊読書人」2018年8月10日号に、弊社1月刊(2月発売)、メニングハウス『生のなかば』(竹峰義和訳)の書評「古典的文学研究の静かな凄み――巨大な問題系への繊細で厳密な通路」が掲載されました。評者は守中高明さんです。「古典的文学研究の静かな凄み。このような一冊をこの時代に問うた訳者および出版社に敬意を表したい」と評していただきました。守中先生、ありがとうございます。

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by urag | 2018-08-16 11:08 | 広告・書評 | Trackback | Comments(0)
2018年 08月 15日

注目新刊:『パウリ=ユング往復書簡集1932‐1958』、ほか

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ペルペトゥアの殉教――ローマ帝国に生きた若き女性の死とその記憶』ジョイス・E・ソールズベリ著、後藤篤子監修、田畑賀世子訳、白水社、2018年8月、本体5,200円、4-6判上製344頁、ISBN978-4-560-09648-2
『魔女・怪物・天変地異――近代的精神はどこから生まれたか』黒川正剛著、筑摩選書:筑摩書房、2018年8月、本体1,600円、四六判並製256頁、ISBN978-4-480-01671-3
パウリ=ユング往復書簡集1932‐1958――物理学者と心理学者の対話』ヴォルフガング・パウリ/カール・グスタフ・ユング著、湯浅泰雄/黒木幹夫/渡辺学監修、定方昭夫/高橋豊/越智秀一/太田恵訳、ビイング・ネット・プレス、2018年8月、本体6,300円、A5判上製410頁、ISBN978-4-908055-13-3
『時のかたち――事物の歴史をめぐって』ジョージ・クブラー著、中谷礼仁/田中伸幸訳、加藤哲弘翻訳協力、SD選書:鹿島出版会、2018年8月、本体2,400円、四六判並製220頁、ISBN978-4-306-05270-3
驚くべきCIAの世論操作』ニコラス・スカウ著、伊藤真訳、インターナショナル新書:集英社インターナショナル、2018年8月、本体760円、新書判並製256頁、ISBN978-4-7976-8027-0 C0231

★ソールズベリ『ペルペトゥアの殉教』は『Perpetua's Passion: The Death and Memory of a Young Roman Woman』(Routledge, 1997)の訳書。帯文に曰く「起源203年のカルタゴ。闘技場で野獣刑に処された、キリスト教徒の殉教の記憶を鮮烈に蘇らせる」と。『聖ペルペトゥアと聖フェリキタスの殉教』をひもときつつ、当時21、22歳だった若い母親であった女性の生と死、そして後世への影響について論じられています。処刑の目撃者による記録に基づき、第五章「闘技場」では執行の詳細が綴られますが、ペルペトゥアの気高い振る舞いに畏怖を覚えます。なお『聖ペルペトゥアと聖フェリキタスの殉教』は本書において細かく引用されていますが、『キリスト教教父著作集(22)殉教者行伝』(教文館、1990年、オンデマンド版あり)でも読むことができます。

★『魔女・怪物・天変地異』は、魔女狩りの激化と驚異(天変地異や怪物)の増殖を同時代の現象として分析し、新世界や新奇な物事への好奇心の高まりが近代的学知の形成に寄与するさまを論じたもの。「近世以前の驚異と好奇心」「大航海時代の幕開けと驚異の増殖」「氾濫する宗教改革時代の怪物と驚異」「「魔女狩りと好奇心」、そして近代的精神の成立」の四章立て。分類コードは「22」で外国歴史ですが、文化史としてだけでなく思想史としてもたいへん興味深く読めると思います。

★『パウリ=ユング往復書簡集1932‐1958』は、二人の著書『自然現象と心の構造――非因果的連関の原理』(河合隼雄訳、海鳴社、1976年)でユングが論じている共時性(シンクロニシティ)をめぐる重要書の待望の邦訳。「この書簡集は、パウリが物理学者として共時性の考え方を強く支持していたことを明らかにしている」と湯浅泰雄さんは解説で指摘されています(333頁:生前に執筆されたもの)。底本は1992年にシュプリンガー・フェアラークから刊行されたC・A・マイヤー編のドイツ語原版ですが、日本語版では新たな校訂作業を行ない、独自に注を付したとのことです。関連書として湯浅さんによる『ユング超心理学書簡』(白亜書房、1999年)があります。なお、ユングの新刊としてはまもなく『心理療法の実践』(横山博監訳、大塚紳一郎訳、みすず書房)が発売されます。

★クブラー『時のかたち』は、『The Shape of Time: Remarks on the History of Things』(Yale University Press, 1962)の全訳。「人のつくったすべての事物を芸術として扱うことで出現する単線的でも連続的でもなく、持続する様々な時のかたち。〔・・・〕革命的書物、宿願の初邦訳」と述べる岡﨑乾二郎さんによる推薦文全文と主要目次は版元さんのサイトに掲出されています。「本書の目的は、シリーズやシークエンスのなかで持続する形態学的問題に注意を向けることにある。これらの問題は意味やイメージとは独立して生じる」(7頁)。「あらゆる事物はそれぞれに異なった系統年代に起因する特徴を持つだけでなく、事物の置かれた時代がもたらす特徴や外観としてのまとまりを持った複合体となる」(193頁)。「すべての事物は時とともに変化し、場所によっても変化する。私たちには、様式概念が想定するような不変の特質にもとづいて、どこかに事物をとどめおくことはできない。〔・・・〕事物における持続とその位置づけを視野に入れると、私たちは、生きた歴史のなかに、移行する関係、過ぎゆく瞬間、変わりゆく場所を見出すことができる」(247~248頁)。「出来事はすべて独自なのだから分類は不可能だとするような非現実的な考え方をとらず、出来事にはその分類を可能とする原理があると考えれば、そこで分類された出来事は、疎密に変化する秩序を持った時間の一部として群生していることがわかる」(189頁)。SD選書なので建築論の書棚に置かれると思うのですが、本書は建築論や芸術論の枠組みを超えており、哲学書のような印象があります。

★スカウ『驚くべきCIAの世論操作』は、『Spooked – how the CIA manipulates the media and hoodwinks Hollywood』(Skyhouse, 2016)の訳書。CIAが政府当局の機密情報を隠したり、印象操作のために、海外メディアや大手メディア、そしてハリウッドなどと通じてせっせと活動していることが暴かれています。従軍記者が国防総省の宣伝ボランティアに成り下がったり、悪名高いグアンタナモ収容所での虐待事件の隠蔽工作やそれを暴いたジャーナリストがマスコミから抹殺された次第なども書かれています。まもなく集英社新書で『スノーデン 監視大国 日本を語る』が発売となるので、併せて読むとたいへん涼しくなりそうです。

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by urag | 2018-08-15 19:55 | 本のコンシェルジュ | Trackback | Comments(0)
2018年 08月 14日

注目新刊:ホフスタッター『わたしは不思議の環』、デネット『心の進化を解明する』、ほか

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★6月下旬から7月に発売された新刊で今まで言及できていなかった書目を列記します。

症例でわかる精神病理学』松本卓也著、誠信書房、2018年7月、本体2,700円、A5判並製300頁、ISBN978-4-414-41644-2
わたしは不思議の環』ダグラス・ホフスタッター著、片桐恭弘/寺西のぶ子訳、白揚社、2018年7月、本体5,000円、菊判上製620頁、ISBN978-4-8269-0200-7
心の進化を解明する――バクテリアからバッハへ』ダニエル・C・デネット著、木島泰三訳、青土社、2018年7月、本体4200円、四六判上製712+33頁、ISBN978-4-7917-7075-5
思弁的実在論と現代について――千葉雅也対談集』千葉雅也著、青土社、2018年7月、本体1,800円、四六判並製316+iv頁、ISBN978-4-7917-7080-9
絶望する勇気――グローバル資本主義・原理主義・ポピュリズム』スラヴォイ・ジジェク著、中山徹/鈴木英明訳、青土社、2018年7月、本体2,800円、四六判並製507頁、ISBN978-4-7917-7086-1
新世界秩序――21世紀の“帝国の攻防”と“世界統治”』ジャック・アタリ著、山本規雄訳、作品社、2018年7月、本体2,400円、四六判上製358頁、ISBN978-4-86182-702-0
異議申し立てとしての宗教』ゴウリ・ヴィシュワナータン著、三原芳秋編訳、田辺明生/常田夕美子/新部亨子訳、みすず書房、2018年7月、本体6,000円、四六判上製464頁、ISBN978-4-622-08662-8
解釈学』ジャン・グロンダン著、末松壽/佐藤正年訳、文庫クセジュ:白水社、2018年7月、本体1,200円、新書判並製184頁、ISBN978-4-560-51021-6
山頭火俳句集』夏石番矢編、岩波文庫、2018年7月、本体1,060円、文庫判並製544頁、ISBN978-4-00-312111-5

★まずは心、意識、病いをめぐる三冊。松本卓也『症例でわかる精神病理学』は様々な精神障害の症例を精神病理学の観点から解説したもの。注目の若手による入門書で、1ヶ月足らずですでに重版がかかっています。「「精神」が物質的な身体(脳)や心理(こころ)と関係をもちながらも、「精神」と呼ぶよりほかない人間独自の領域を形づくっていることも理解できるようになるはずです」(「まえがき」iv頁)。「精神病理学が目指すのは、患者さんの主観的な体験に寄り添い、それに言葉を与えていくための手助けをすることにほかなりません」(同、v頁)。目次詳細は書名のリンク先をご覧ください。あとがきによれば「書き足りないことがまだ山ほどある」とのことで、続篇が期待できそうです。

★松本さんは、後段で取り上げる千葉雅也さんの対談集『思弁的実在論と現代について』に収められた、松本=千葉対談「ポスト精神分析的人間へ――メンタルヘルス時代の〈生活〉」でもこう述べています。「他者と向かい合ったときに、いったん、了解してみる、その重要性が増しているように思えます」(277頁)。「人間学的精神病理学では、その人が生きている生活世界のなかで、その人がどういうふうに存在しているのか見ていく。そこに豊かな知が生まれる可能性があるわけです」(同)。『症例でわかる精神病理学』における臨床のスタンスと同様のものを感じます。

★ホフスタッター『わたしは不思議の環』は2005年に再刊された2点、20周年記念版『ゲーデル、エッシャー、バッハ』と新装版『メタマジック・ゲーム』(ともに白揚社)以来の新刊で、完全新作としては久しぶりのもの。原書は『I Am a Strange Loop』(Basic Books, 2007)。「つまるところ、自己を自覚し、自己を発明して、蜃気楼に囚われているわれわれは、自己言及が生みだしたささやかな奇跡だ」(550頁)。「われわれ人間は〔・・・〕虹や蜃気楼に似た存在であり、自分で自分を表現する気まぐれな詩でもある。〔・・・〕時によってはことのほか美しい詩なのだ」(550~551頁)。探せば探すほどバラバラになり中心が希薄となる「私」という意識をめぐる、この知的冒険の書は、10代の頃からこの主題に取り憑かれていたというアメリカの認知科学者ホフスタッター(Douglas Richard Hofstadter, 1945-)にとってライフワークであると言っても良いと思います。『ゲーデル、エッシャー、バッハ』の日本語訳書の副題が原題の「永遠の黄金の組ひも」ではなく「あるいは不思議の環」とされていたことは実に因縁深いです。主題から言っても『わたしは不思議の環』は『ゲーデル、エッシャー、バッハ』の正当な続篇と見るべきでしょう。

★デネット『心の進化を解明する』は『From Bacteria to Bach and Back: The Evolution of Minds〔バクテリアからバッハへの往還路――心の進化〕』(W. W. Norton, 2017)の訳書。ホフスタッターの盟友であり、共著書(『マインズ・アイ』)もあるアメリカの哲学者デネット(Daniel Clement Dennett Ⅲ, 1942-)の最近作です。「本書の内容は、私たちの心がいかに存在するに至ったか、私たちの脳がその驚異のわざを生みだすのはいかにしてか、それにとりわけ、心と脳について、暗に潜む哲学的罠の数々に引っかからずに考えるにはどうすべきか、といった問題に関する、今のところ最善の科学的説明の素描であり、またその根幹となるものである」(12頁)。序論ではホフスタッターの『わたしは不思議の環』への言及があります。「〔『わたしは不思議の環』は〕心というものを、複数の円環から自らを組み立てるものとして描く。〔・・・〕一読をお薦めする。想像力がローラーコースターに乗せられ、たくさんの驚くべき真理を学べること請け合いである。本書での私の物語は、それよりもさらに大きな循環過程から成り立っている。その過程がホフスタッターのような心を、単なる諸分子に過ぎないものから生みだしたのである。この作業は循環的なものなので、私たちはどこか中くらいの地点から出発して、何周も循環を繰り返さなくてはならない」(30頁)。訳者や版元さん同士が示し合わせたわけではないだろうとは思いますが、ホフスタッターとデネットの本がほぼ同時期に発売されたのは実に意義深いです。

★千葉雅也『思弁的実在論と現代について』は、2013年から2016年の間に各誌で発表されてきた対談をまとめたもの。巻頭の書き下ろしの「序」での説明を参考にすると、第Ⅰ部「思弁的実在論」は広義のポスト・ポスト構造主義をめぐる、小泉義之、清水高志、岡嶋隆佑、A・ギャロウェイの各氏との対談であり、「思弁的実在論入門」として読むことができる、とのことです。第Ⅱ部「現代について」は現代社会や文化をめぐる、いとうせいこう、阿部和重、墨谷渉+羽田圭介、柴田英里+星野太、松本卓也、大澤真幸+吉川浩満の各氏との対談を収めており、こちらは千葉さんのデビュー作『動きすぎてはいけない』の応用編として読める、と。千葉さんは自著と絡めてこう書いています。「思弁的実在論とは、我々人間とは無関係に、事物がそれ自体として独立的に実在するということを論じる、現代の哲学的立場です。私は思弁的実在論を、一種の「無関係の哲学」として捉えています。人間とは無関係の、あるいは非人間的な、外部の方へ向かうこと」(12頁)。「私は『動きすぎてはいけない』で、「接続過剰から非意味論的切断へ」というテーマを掲げました。自分と他者との間にあまりにも多い関係性、そして、そこに生じるあまりにも多い責任を想定すると、我々は何もできなくなる。というのは、何か行為をするにあたって考慮すべきパラメーターが無限化し、行為に移れないからです。〔・・・〕自分と他者をある程度は「無関係化」しなければ、利他的に何かをすることはできない」(17頁)。

★切断と無関係化の重要性に関しては、いとうせいこうさんとの対談「装置としての人文書――文学と哲学の生成変化論」での次のやりとりが印象的でした。

千葉 〔『動きすぎてはいけない』の「序――切断論」では〕僕としてはむしろ「憑依されすぎ」の恐ろしさからどうやってギリギリ身を守るかの方を強く言ってるんです。
いとう 憑依は千葉雅也自身に起きているの?
千葉 僕がそういうタイプなんです。〔・・・〕
いとう 『動きすぎてはいけない』というのは千葉くん自身の悪魔祓いの本なんですね(笑)。
千葉 そうです(笑)。

★このあと、いとうさんの16年間の「書けない状況」の話が続いていくのですが、陳腐ではありえない生々しい人生論が哲学と文学との狭間に湧出するのはこの二人の対談だからこそだろうと感銘を覚えました。なお、大澤真幸さんと吉川浩満さんとの対談「絶滅と共に哲学は可能か」は、吉川さんの新刊『人間の解剖はサルの解剖のための鍵である』(河出書房新社、2018年7月)でも収録されています。

★ジジェク『絶望する勇気』は、『The Courage of Hopelessness: Chronicles of a Year of Acting Dangerously』(Penguin Books, 2017)の訳書。訳者あとがきでも触れられていますが、原著の表紙ではこの題名の中に隠れている「AGE OF HOPE」の部分に赤い取り消し線が引かれてるのがシンボリックです。「序論――『V フォー・ヴァンデッタ パート2』」にはこう書かれています。「20世紀のコミュニズムから得られる教訓は、われわれは絶望を全面的に受け入れる力をつけなければならない、ということである。ジョルジョ・アガンベンはあるインタビューのなかで「思考とは絶望する勇気である」と述べている。今日では、きわめて悲観的な現状分析でさえ、いわゆるトンネルの出口を示すなんらかの光を意気揚々とほのめかして終わるのが常となっているが、こうした時代状況にあって、このアガンベンの明察はとりわけ重要な意味をもっている。真の勇気とは、代替案を想像することではなく、明確に述べられるような代替案は存在しないという事実から帰結することを受け入れることである。代替案という夢をいだくことは理論的思考が臆病であることの証拠であり、そうした夢は、われわれが袋小路に陥ったみずからの苦境について最後まで考え抜くことを妨げるフェティッシュとして機能する。要するに、真の勇気とは、トンネルの先に見える光は反対側からわれわれのほうに近づいてくる別の列車のヘッドライトかもしれない、ということを認めることなのだ」(11頁)。

★ちなみにこのアガンベンのインタヴューというのは、フランスの「テレラマ」誌へ2012年3月に掲載された、ジュリエット・セルフによるインタヴュー記事「Le philosophe Giorgio Agamben : "La pensée, c'est le courage du désespoir"」のことかと思われます。これは「テレラマ」誌のウェブサイトで読むことができますし、英訳版がアメリカの版元ヴァーソのブログに「Thought is the courage of hopelessness: an interview with philosopher Giorgio Agamben」として掲出されています。このインタヴューでアガンベンは、おおよそ次のように発言しています。「自分はペシミストだと言われるがそんなことはまったくない。そもそも悲観論だの楽観論だのは思考とは無関係だ。ドゥボールがよく引用していた言葉だが、マルクスは《私が生きている社会の絶望的状況はむしろ私を希望で満たす》と言っている。あらゆるラディカルな思考は絶望というもっとも厳しい立場を常に取るものだ。シモーヌ・ヴェイユは《虚しい希望で胸中を温めようとする人々を私は好きになれない》と言った。思考は、私にとって端的に言って、絶望の勇気だ」(英訳版より趣意)。

★ジジェクの本に返ると、グローバル資本主義は四種の困難に見舞われていると言います。原理主義やテロリズムの脅威、中国やロシアなどとの地政学的緊張、ヨーロッパにおける急進的政治運動、難民の流入。類似する問題は国際社会の一員として日本も抱えており、厳しい分析から再出発することの重要性はこの国でも変わりません。副題にあるグローバル資本主義・原理主義・ポピュリズムをめぐるジジェクの議論に耳を傾けるべきかと思われます。

★アタリ『新世界秩序』は『Demain, qui gouvernera le monde ?』(Fayard, 2012)の訳書で、日本語版序文として巻頭に「30年後の新世界秩序はどうなっているか?――帝国の攻防と世界のカオス化のなかで」が付されています。ジジェクの本と同様にアタリの本においても資本主義社会のひずみが論じられているのですが、アタリの本は古代から現代に至る世界秩序の形成と変容を概観しつつ21世紀を占っており、ジジェク以上に多い観点から様々なカタストロフの可能性を分析しています。ジジェクと明確に異なるのはアタリの場合、実務家として最終章で3つの戦略と10の方策を示していることです。これはアタリがオプティミストであることの証左だというよりは、完璧な回答やゴールではないにしても構想として方向性は示すことができる、という彼の明確な問いかけだろうと感じます。実際にアタリの提言は、日本の行政と政治がどうあるべきかを考える上で重要であるだけでなく、たとえば、出版業界の危機をどう乗り越えるかを考える場合の理念的指標としても読み替えたり応用することができそうです。

★ヴィシュワナータン『異議申し立てとしての宗教』は日本語版独自編集本で、単行本としては著者の初訳本です。「世俗批評を越えて」「世俗批評としての改宗」「異端批評に向けて」の三部構成で、1998年から2014年に発表された7本の論考と、2013年に来日した際に収録されたインタヴューを収録。目次詳細は書名のリンク先をご覧ください。著者については編訳者の三原さんによる「まえがき」に詳しいです。ヴィシュワナータン(Gauri Viswanathan, 1950-)はインド生まれの比較文学研究者で、コロンビア大学で教鞭を執っています。サイードに師事した彼女は「サイードの愛弟子にして後継者」(まえがき)であり、サイードのインタヴュー集『権力、政治、文化』(上下巻、大橋洋一ほか訳、太田出版、2007年)の編者もつとめています(同訳書での表記は「ゴーリ・ヴィスワナタン」)。『異議申し立てとしての宗教』では、著者のデビュー作『征服の仮面』(1989年)以降の、第二作『群れをはなれて』(1998年)の出版時期から近年までの仕事と関心のエッセンスを、三原さんによる懇切な解題とともに見渡すことができます。著者は現在、『ブラヴァツキー夫人を求めて』という著書を準備中で、インタヴューでは「デリダとブラヴァツキー夫人にかんするチャプターは書き上がっています」(382頁)とのことです。今回の新刊においても第三部に収められた2篇の論考が神智学を題材にしており、異他的思想(heterodoxy)をめぐる彼女の考察の一端を窺うことができます。

★グロンダン『解釈学』は2006年刊『L'herméneutique』の翻訳。底本は2017年の第4版です。シュライエルマッハー、ディルタイ、ハイデガー、ブルトマン、ガダマー、リクール、ローティー、ヴァッティモらが取り上げられています。ガダマーと対決した人物としてハーバーマスやデリダにも論及があります。目次詳細は書名のリンク先をご覧ください。グロンダン(Jean Grondin, 1955-)はカナダの哲学者。文庫クセジュではこれまでに彼の『ポール・リクール』(杉村靖彦訳、2014年)と『宗教哲学』(越後圭一訳、2015年)が翻訳されています。

★『山頭火俳句集』は種田山頭火(1882-1940)の俳句を1000句と、日記、随筆を収めたもの。俳句は本書の3分の1強の分量で、本書では山頭火の生きざまと俳句を読み解くための文書をふんだんに載せているのが特徴と言えそうです。巻末に編者による解説、略年譜、俳句索引が付されています。俳句索引は有名句(「分け入つても分け入つても青い山」38頁、「鉄鉢の中へも霰」56頁)をはじめ、うろ覚えの句を探すのにも便利です。ちなみに文庫で読める山頭火の句集には、 村上護編『山頭火句集』(ちくま文庫、1996年)や、同氏編『山頭火句集』(山頭火文庫、春陽堂書店、2011年)などがあります。

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by urag | 2018-08-14 14:37 | 本のコンシェルジュ | Trackback | Comments(0)
2018年 08月 10日

ブルワー=リットン『来るべき種族』取次搬入日決定

エドワード・ブルワー=リットン『来るべき種族』(小澤正人訳)の取次搬入日が決定しました。日販、大阪屋栗田、トーハン、いずれも8月20日(月)搬入です。書店さんの店頭での販売開始はおおよそ、8月22日以降、順次開始となると思われます。どの書店さんで扱いがあるかについては、電話、FAX、Eメール、ツイッターなどでお気軽にお尋ねください。地域を指定していただければお答えいたします。

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by urag | 2018-08-10 18:26 | 販売情報 | Trackback | Comments(0)
2018年 08月 09日

マラルメ『詩集』取次搬入日とノベルティについて

ステファヌ・マラルメ『詩集』(柏倉康夫訳)の取次搬入日が決定しました。日販、大阪屋栗田、トーハン、いずれも8月16日(木)です。書店さんの店頭ではおおよそ8月20日(月)以降に並び始める予定です。なお、弊社ツイッターで告知していたノベルティ(購入特典)の、マラルメの名刺のレプリカですが、以下の書店様で『詩集』をご購入いただいたお客様にお配りする予定です。数に限りがございますので、配付終了の場合はご了承ください。

丸善京都本店 文芸書売場(京都市中京区河原町通三条下る山崎町251 電話075-253-1599)
東京堂書店神田神保町店 文芸書売場(千代田区神田神保町1-17 電話03-3291-5181)
フランス図書(新宿区新宿1-11-15 電話03-3226-9011)
三省堂書店神保町本店 文芸書売場(千代田区神田神保町1-1 電話03-3233-3312)【8月28日追加店舗】

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by urag | 2018-08-09 17:23 | 販売情報 | Trackback | Comments(0)