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2018年 03月 30日

取次搬入日決定及び書影公開:ナンシー『ミューズたち』

ジャン=リュック・ナンシーの『ミューズたち』の取次搬入日が決定しました。日販、大阪屋栗田、トーハン、いずれも4月5日(木)です。ネットかリアルかを問わず、書店さんでの扱いは6日以降に、順次発売開始となるかと思われます。書影も公開いたします。46判より左右が短い、縦長のスリムな造本です。

シリーズ「芸術論叢書」
1)イヴ=アラン・ボワ/ロザリンド・クラウス『アンフォルム――無形なものの事典』
2)リピット水田堯『原子の光(影の光学)』
3)ベルント・シュティーグラー『写真の映像――写真をめぐる隠喩のアルバム』
4)ジョルジュ・バタイユ『マネ』
5)ジャン=リュック・ナンシー『ミューズたち』

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by urag | 2018-03-30 17:11 | 販売情報 | Trackback | Comments(0)
2018年 03月 26日

ブックツリー「哲学読書室」に津崎良典さんの選書リストが追加されました

オンライン書店「honto」のブックツリー「哲学読書室」に、『デカルトの憂鬱――マイナスの感情を確実に乗り越える方法』(扶桑社、2018年1月)の著者、津崎良典さんによるコメント付き選書リスト「哲学書の修辞学のために」が追加されました。リンク先にてご覧いただけます。


◎哲学読書室

星野太(ほしの・ふとし:1983-)さん選書「崇高が分かれば西洋が分かる
國分功一郎(こくぶん・こういちろう:1974-)さん選書「意志について考える。そこから中動態の哲学へ!
近藤和敬(こんどう・かずのり:1979-)さん選書「20世紀フランスの哲学地図を書き換える
上尾真道(うえお・まさみち:1979-)さん選書「心のケアを問う哲学。精神医療とフランス現代思想
篠原雅武(しのはら・まさたけ:1975-)さん選書「じつは私たちは、様々な人と会話しながら考えている
渡辺洋平(わたなべ・ようへい:1985-)さん選書「今、哲学を(再)開始するために
西兼志(にし・けんじ:1972-)さん選書「〈アイドル〉を通してメディア文化を考える
岡本健(おかもと・たけし:1983-)さん選書「ゾンビを/で哲学してみる!?
金澤忠信(かなざわ・ただのぶ:1970-)さん選書「19世紀末の歴史的文脈のなかでソシュールを読み直す
藤井俊之(ふじい・としゆき:1979-)さん選書「ナルシシズムの時代に自らを省みることの困難について
吉松覚(よしまつ・さとる:1987-)さん選書「ラディカル無神論をめぐる思想的布置
高桑和巳(たかくわ・かずみ:1972-)さん選書「死刑を考えなおす、何度でも
杉田俊介(すぎた・しゅんすけ:1975-)さん選書「運命論から『ジョジョの奇妙な冒険』を読む
河野真太郎(こうの・しんたろう:1974-)さん選書「労働のいまと〈戦闘美少女〉の現在
岡嶋隆佑(おかじま・りゅうすけ:1987-)さん選書「「実在」とは何か:21世紀哲学の諸潮流
吉田奈緒子(よしだ・なおこ:1968-)さん選書「お金に人生を明け渡したくない人へ
明石健五(あかし・けんご:1965-)さん選書「今を生きのびるための読書
相澤真一(あいざわ・しんいち:1979-)さん/磯直樹(いそ・なおき:1979-)さん選書「現代イギリスの文化と不平等を明視する
権安理(ごん・あんり:1971-)さん選書「そしてもう一度、公共(性)を考える!
百木漠(ももき・ばく:1982-)さん選書「アーレントとマルクスから「労働と全体主義」を考える
津崎良典(つざき・よしのり:1977-)さん選書「哲学書の修辞学のために

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by urag | 2018-03-26 11:45 | 本のコンシェルジュ | Trackback | Comments(0)
2018年 03月 25日

注目新刊:『ドゥルーズ 思考のパッション』『ドゥルーズ=ガタリにおける政治と国家』ほか

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ドゥルーズ 思考のパッション』ピエール・モンテベロ著、大山載吉/原一樹訳、河出書房新社、2018年3月、本体4,300円、46判上製400頁、ISBN978-4-309-24527-0
ドゥルーズ=ガタリにおける政治と国家――国家・戦争・資本主義』ギヨーム・シベルタン=ブラン著、上尾真道/堀千晶訳、書肆心水、2018年3月、本体3,900円、四六判上製352頁、ISBN978-4-906917-77-8
リズムの哲学ノート』山崎正和著、中央公論新社、2018年3月、本体2,200円、四六判上製272頁、ISBN978-4-12-005066-4
中国名詩集』井波律子著、岩波現代文庫、2018年3月、本体1,340円、A6判並製480頁、ISBN978-4-00-602297-6

★今月はドゥルーズ研究書の重要作が立て続けに発売となっています。モンテベロ『ドゥルーズ 思考のパッション』は哲学書出版の名門ヴランから2008年に刊行された『Deleuze : La passion de la pensée』(Vrin, 2008)の全訳で、シベルタン=ブラン『ドゥルーズ=ガタリにおける政治と国家』はこれまた学術書出版の雄であるPUFから2013年に刊行された『Politique et État chez Deleuze et Guattari : Essai sur le matérialisme historico-machinique』(PUF, 2013)の全訳です。前者の目次詳細は以下に掲げます。後者は版元さんのそれはウェブサイトでご覧になれます。

書誌
イントロダクション
第一章 内在のパラドックス:存在と思考、ヌースとピュシス(作用:可逆性)
第二章 一義性のパラドックス:一と多、存在と意味(作用:離接的総合)
第三章 共立性のパラドックス(「超越論的経験論」、「非人称的超越論的領野」、「処女解体」「共立平面」)
第四章 自然のパラドックス:形式と実質、内容と表現(操作:二重分節)
第五章 器官なき身体(CsO)のパラドックス:生と死、苦行(精神/身体)、そして生産(生殖質/神霊〔ヌーメン〕)(中立化の実践)
第六章 美学のパラドックス:肉と宇宙〔コスモス〕(操作:図像)
第七章 即自的現われのパラドックス(操作:存在と現われ、光と意識との交差配列)
結論 哲学的絶対と諸々の錯覚

訳者あとがき
人名索引

★ピエール・モンテベロ(Pierre Montebello, 1956-)はフランスの哲学者で、何冊かのドゥルーズ論のほかにメーヌ・ド・ビランやニーチェに関する著書があります。ギヨーム・シベルタン=ブラン(Guillaume Sibertin-Blanc, 1977-)もフランスの哲学者で、ドゥルーズ/ガタリ論のほかに近現代の政治哲学を扱う著書を上梓しており、「アクチュエル・マルクス」誌の編集委員を務めています。二人とも訳書が出るのは今回が初めてですが、今後日本でも注目度が増すのは間違いありません。

★モンテベロは本書のイントロダクションの冒頭でこう切り出します。「ドゥルーズの哲学は、まず何よりもパラドックスの哲学としてその姿を現す」と。「哲学が哲学であるためには、いつも良識に用心しなければならないのである。というのも、良識は「本質的に分配、配分するものであり」、「諸事物を区別」するものであるからだ。それゆえ、良識の本質を表す定式は、「一方と他方」というものになるだろう。良識の関心はいつも、真実無比の方向を見つけることなのだ」(9頁)。上に列記した目次からも分かる通り、モンテベロは様々なパラドックスを論じていきます。その中の一つが第二章で扱われる「一義性のパラドックス」で、イントロダクションでは次のように説明されています。

★「多は第一のものである、多は原子論的である、多はモナド的なものである、多は物質的である、多は算術的である…と肯定する伝統もあれば、〈一〉は多を支配し、抑制し、組織し、取り囲む原理であると断言する伝統もある。要するに、一元論なのか、多元論なのか。世界はアナーキーな散乱状態なのか、君主による統一状態なのか。カオスなのか、コスモスなのか。必要になるのは、別の問いの立て方を発明することである。すなわち、これらの堅固な対立に浸透するのに十分なほどのしなやかさを備え、同時に二つの方向を掴むための操作を発明しなければならないということだ。それは、「〈一〉‐多」、「ノマド的散乱と戴冠せるアナーキー」、「カオスモス」といった、現実のなかに二つの方向を同時に織り上げる離接的総合という操作ということになるだろう。このようにして、一義性のパラドックスは、あらゆる哲学史を、つまり〈一〉と多の歴史を横断する対立から生じ、まさに離接的総合という操作によってこの対立の歴史を中立化するのである。離接的総合が施されたとき、〈一〉はもはや多の対立物ではなくなる。それどころか、〈一〉の指導原理を持たない固有の総合を産出するのは多の離接作用ということになるのである。つまり離接的総合は、それによって〈一〉が多とアレンジメントを形成する操作なのであり、型紙もモデルもなく、中心もモチーフもないままに、バラバラのピースが結びつくパッチワークのようなものである。/かくして、一義性は存在と意味、〈一〉と多という二つの面を備えた「存在論的命題」ということになる」(22~23頁)。

★モンテベロはドゥルーズの読解を通じ、哲学が「思考による解放の企み、運動の再開」(345頁)を望んでおり、「思考が思考しうるもの、それを思考は全ての閉鎖に抗して、〈開かれ〉として思考せねばならない」(350頁)と結論しています。訳者の大山さんは本書を「第一級のドゥルーズ研究書」として高く評価されています。

★シベルタン=ブランの訳書巻頭の「導入」も、モンテベロの本と同様に非常に印象的です。曰く「ドゥルーズ=ガタリの政治思想はひどくないがしろにされている。ときにいわゆるミクロ政治的アプローチのために後回しにされている。ときに言及されたかと思えば、フーコー、ネグリ、ランシエールなど同時代の思想家のために頼まれてもいない思弁を補う役を担わされている。別のときには奇妙な外挿法ではぐらかされている。ドゥルーズの著作の形而上的、ノエシス的、存在論的言表に政治的含意が読み取られる一方で、近代政治思想の集中と分裂の中心をなす鍵シニフィアンについての二人の命題は、いっさい考慮に入れられないのだ。もちろん彼らに公正であろうとすれば、言説の取り締まりを訴えて、もろもろの言表を言説的国境へと追い払い、「形而上学」、「美学」、「政治」のおのおのの管轄へと帰そうとすることなどあってはならない。彼らこそ、いつもそれらの輪郭を攪乱しようとしてきたのだから」(11頁)。

★幸いなことに日本ではこうしたシベルタン=ブランの指摘に呼応するかのように昨年末、佐藤嘉幸/廣瀬純『三つの革命――ドゥルーズ=ガタリの政治哲学』(講談社選書メチエ、2017年12月)が上梓されています。同書第二部第一章には『ドゥルーズ=ガタリにおける政治と国家』への言及があります(153頁、注2)。シベルタン=ブランと佐藤さんとの間にはエティエンヌ・バリバールがいることにも留意すべきかと思います。『ドゥルーズ=ガタリにおける政治と国家』の訳者解説では第六章「マイノリティへの生成変化、革命的なものへの生成変化」と結論がバリバールの『大衆の恐怖』(1997年)や『暴力と市民性』(2010年)での議論を踏まえていると指摘されています。また、バリバールは佐藤さんの指導教官であり、彼のもとで佐藤さんは『権力と抵抗――フーコー・ドゥルーズ・デリダ・アルチュセール』(人文書院、2008年)の元となる博士論文を書いておられます。

★シベルタン=ブランは『ドゥルーズ=ガタリにおける政治と国家』の元となる博士論文を、バリバールと同じくアルチュセールの弟子にあたるピエール・マシュレーのもとで書いており、その成果は本書とそれに先行する『ドゥルーズと『アンチ・オイディプス』――欲望の生産』(2010年)として出版されています。マシュレーへと捧げられた『ドゥルーズ=ガタリにおける政治と国家』が提案する『資本主義と分裂症』の読み筋を導くのは「政治空間における暴力の場をめぐる問い」(17頁)であり、「よりはっきり述べるなら、政治的衝突が暴力の非政治的次元へ転落し、葛藤の可能性じたいが抹消されるような、極限化への上昇の道をめぐる問いである」(同)とシベルタン=ブランは述べます。それは国家や戦争や資本主義による極限的暴力の上昇に抗するドゥルーズ=ガタリの思想に、多元的なマクロ政治学を見る読み筋であると見て良いものかと思われます。本書の結論が「ミクロ政治は起こらなかった」と題されているのはそうした背景によるものでしょうか。

★『リズムの哲学ノート』は、『アステイオン』第78~85号(2013年5月~2016年11月)での連載に大幅な加筆を施したもの。目次詳細は以下の通り。

第一章 リズムはどこにあるか
第二章 リズムと持続
第三章 リズムと身体
第四章 リズムと認識
第五章 リズムと自然科学――近代科学が哲学に教えるもの
第六章 リズムと「私」
第七章 リズムと自由――あるいは哲学と常識
あとがき
参考文献
人名・書名索引

★著者にとって「リズムの哲学」という主題は、約30年前の著書『演技する精神』で最初にとりあげて以来、「おりに触れて言及しつつも、正面からは書くことのなかった」主題(「あとがき」より)だといいます。「リズムは不思議な現象であって、力の流動とそれを断ち切る拍子とが共存して、しかも流動は拍子によって力を撓められ、逆にその推進力を強くするという性質を持っている。〔・・・〕このリズムの構造を諸現実の根底に据えることによって、私は長く哲学を苦しめてきた病弊と闘えると予想してきた。その病弊とは〔・・・〕「一元論的二項対立」と呼ぶべきものである。古代の形相と質料、近代の主観と客観、意識と外界、精神と物質など〔・・・〕善といえば悪、光といえば闇、神といえば悪魔というように、一元論は必ずその反対物を呼び起こすのである。/私はこのジレンマを解決するには、最初から内に反対物を含みこみ、反対物によって活力を強められるような現象を発見し、これを森羅万象の根源に置くほかはないと漠然と考えていた。そしてそういう現象がたぶんリズムだろうということも、これまた漠然と胸中の一隅に暖めてきた」(同、252~253頁)。

★「日本語には主体の受動性、非主体性を暗示する表現がとくに多い。リズムの哲学は文明論的にいえば、本来、日本でこそ生まれてしかるべき哲学だったといいたくなる」(255頁)。本書は著者にとって「画期的な一冊」であり、代表作である『近代の擁護』において文明の近代化を支持したいわば「近代の擁護者」が書いた「ポスト・モダン」の哲学だと言明されています。

★『中国名詩集』は2010年に岩波書店から刊行された単行本の文庫化。「本書は、唐詩以降を中心としつつ、前漢の高祖劉邦から現代の毛沢東まで、中国の名詩137首を選んで紹介したもの」(「まえがき」より)。目次構成は以下の通り。

まえがき
第一章 春夏秋冬
第二章 自然をうたう
第三章 季節の暮らし
第四章 身体の哀歓
第五章 家族の絆
第六章 それぞれの人生
第七章 生き物へのまなざし
第八章 なじみの道具たち
第九章 文化の香り
第十章 歴史彷徨
第十一章 英雄の歌
あとがき
中国古典詩の底力――岩波現代文庫版のあとがき
時代別作者名一覧
作者の生没年、字号、本籍地一覧
人名索引
詩句索引
詩人別詩題索引
詩題索引
標題句索引

★文庫化にあたり「原本に大きな手直しを加えなかったが、第九章の『水滸伝』(第90回)からの引用(318~319頁)については、拙訳(『水滸伝』第5巻、講談社学術文庫)と入れ替えた」とのことです。同現代文庫の既刊書2点、2017年11月刊『中国名言集 一日一言』、2018年1月刊『三国志名言集』と併せて手元に置きたい一冊です。

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★このほか、以下の新刊との出会いがありました。

現代アートとは何か』小崎哲哉著、河出書房新社、2018年3月、本体2,700円、46変形判並製448頁、ISBN978-4-309-27929-9
最終獄中通信』大道寺将司著、河出書房新社、2018年3月、本体1,900円、46判並製320頁、ISBN978-4-309-02659-6
一九五〇年代、批評の政治学』佐藤泉著、中公叢書、2018年3月、本体2,000円、四六判並製336頁、ISBN978-4-12-005068-8
[増補新版]抵抗者たち――反ナチス運動の記録』池田浩士著、共和国、2018年3月、本体2,500円、四六判並製344頁、ISBN978-4-907986-39-1
ジュディス・バトラー――生と哲学を賭けた闘い』藤高和輝著、以文社、2018年3月、本体3,500円、四六判上製352頁、ISBN978-4-7531-0345-4
vanitas No. 005 特集=ファッション・デザイン・アート』蘆田裕史/水野大二郎責任編集、アダチプレス、2018年3月、本体1,800円、四六判変型並製176頁、ISBN978-4-908251-06-1

★『現代アートとは何か』はウェブマガジン「ニューズウィーク日本版」での不定期連載「現代アートのプレイヤーたち」(2015年10月~2017年7月)に加筆修正を施し、構成を若干変えたもの。帯文に曰く「政治、経済、そして美そのもの――アートジャーナリズムの第一人者による、まったく新しい《現代アート》入門」と。著者の小崎哲哉 (おざき・てつや:1955-)さんは『03』『ART iT』『Realtokyo』編集長を経て、現在「Realkyoto」編集長や京都造形芸術大学大学院学術研究センター客員研究員をつとめる編集者で、編著書に『百年の愚行』などがあります。浅田彰さんによる推薦文は書名のリンク先でご覧になれます。主要目次は以下の通り。

序章 ヴェネツィア・ビエンナーレ――水の都に集まる紳士と淑女
Ⅰ マーケット――獰猛な巨竜の戦場
Ⅱ ミュージアム――アートの殿堂の内憂外患
Ⅲ クリティック――批評と理論の危機
Ⅳ キュレーター――歴史と同時代のバランス
Ⅴ アーティスト――アート史の参照は必要か?
Ⅵ オーディエンス――能動的な解釈者とは?
Ⅶ 現代アートの動機
Ⅷ 現代アート採点法
Ⅸ 絵画と写真の危機
終章 現代アートの現状と未来
あとがき
主要人名・グループ名索引
図版クレジット
註・出典

★終章の後半部に「日本のアートシーンの問題点」と題されたパートがあります。ここの節題に特に注目しておきたいと思います。同様の問題意識を持っている方々には本書の切先を想像していただけるかと思います。「怠慢にして「へたれ」なジャーナリズム」「教育の劣化と「絵画バカ」の悪影響」「ポピュリズムとエリーティズム」「自治体の不勉強と不見識」。これに続く最終パートは「日本の未来、アートの未来」と題されており、次の二節から成ります。「女性や若年層、若い作家の搾取」「男尊女卑の業界構造」。現代アートのゴシップにもセオリーにも疎いかもしれない日本の状況に対して著者が抱いている危機感に学ぶ点は多いのではないでしょうか。

★『最終獄中通信』は帯文に曰く「死刑確定から30年、2017年5月に獄死した連続企業爆破の被告の書簡を集成。最晩年の胸中を結晶させた60の俳句も収録」と。梁石日さんが推薦文を寄せておられます。「獄中で悔い、詫び続けた大道寺将司の思念は、彼だから切り拓くことができた倫理の新しい領域に私たちを導くだろう」。1997年から2017年までの書簡(折々に俳句が挟み込まれています)に加え「大道寺将司が語る確定死刑囚のすべて」と題した5篇のテキスト、俳句の自選集、年譜と続き、そして巻末解説は太田昌国さんが寄稿されています。本書以前の書簡は『明けの星を見上げて』(れんが書房、1984年)と、『死刑確定中』(太田出版、1997年)で読むことができます。

★『一九五〇年代、批評の政治学』は巻頭の「はじめに」によれば「この本では、1950年代に活躍した三人の批評家、竹内好、花田清輝、谷川雁を軸にして、この時代独特の問題意識について再考したいと思う。なぜ50年代なのか。一つにはこの時代が、戦後史の落丁のページとなっているように感じられるからである」(3頁)と。目次は以下の通りです。

はじめに
第一章 竹内好
第二章 花田清輝
第三章 谷川雁
第四章 近代の超克
おわりに

★著者の佐藤泉(さとう・いずみ:1963-;青山学院大学文学部教授)さんは「あとがき」ではこう書いておられます。「本書では三人の批評家を取り上げた。彼らは共闘関係にあったわけでなく、それ以前にあまり仲が良かったわけでもなさそうだ。それでも時代を共有していた三人の間には共鳴しあう問題意識と思考のスタイルとがある。50年代は「転形期」であり、戦後史の方向がいくつもの可能性に向けて開かれていた時期である。彼らには共通して「今」が歴史の岐路だという感覚があった。そして「今」をそれが存在しているのと別のやり方で描こうとする熱望があった。それは、彼らが過去の歴史の中にも数々の可能性の分岐を見ていたことと不可分である。歴史に学ぶということは、まず第一に失敗から学ぶことであり、それを行ってきた戦後思想に対し私たちは敬意を惜しむべきではないのだが、ただ、歴史の「有効性」がそれにつきるわけではない。私たちは起こり得たけれど実際には怒らなかったこと、歴史の方向が定まる間際の時に、人々が見ていた夢にもまた学ぶことができる」(325~326頁)。

★またこうも書かれています。「彼らに共通する関心についてさらにもう一つ上げるとすれば、戦後社会を担うべき人々の力量を重視していたという点かと思う。50年代は戦争の時代と戦後の時代を蝶番のようにつないでいる。この転換期に民衆の力の行方を注視していた彼らは、自らも民衆の一人として、人々の力が戦時体制に吸収されるのを目撃し、またその力が民主主義の要求に結びついていく様も目撃した。民衆は固定した実体ではない。その力は、その都度別個の出来事を引き起こすのであり、歴史の中の流動的なコンテクストにおいてそのたびに再評価されるべきものだ。民衆の未来は確実に保証されているものではないが、しかしだからこそ、未来は失われているわけでもない。排外主義を主張するものも、平等を要求するものも含めて「ポピュリズム」が世界政治の潮流として注目されるようになったころ、私はいつも彼らの民衆論を思い浮かべることになった」(326頁)。転形期における民衆と批評、それは極めて現代的な主題ではないでしょうか。

★『[増補新版]抵抗者たち』は初版(TBSブリタニカ、1980年)と、写真および新たな「あとがき」を加えたその再刊(軌跡社、1990年)に続く、増補新版です。投げ込みの「共和国急使」第20号によれば、〈20世紀再考〉をテーマに過去の名著の復刊を試みる、その第一弾が本書であるそうです。目次詳細は書名のリンク先でご確認いただけます。「共和国版あとがき」によれば、「新しく書き下ろした長い「後章」〔「解放ののちに──自由と共生への遠い道」〕を加え」たとのことです。「旧版の記述に含まれる数字その他の誤りを正し、論旨を変えない範囲でいくつかの加筆や修正をほどこすという通例の補正に加えて、この大幅な加筆と追補を行なった結果、『抵抗者たち』は、長い年月を経ていま新たに、これまでとはまた別の一冊として小さな歩みを再開することになったわけです」。この最新版のあとがきで池田さんは、世の中のありようや出来事という現実のほかに人間が持っているもうひとつの現実、すなわちフィクションの世界(曰く「詩や小説、絵画や彫刻、演劇、映画、音楽、舞踏、さらには思想表象など、人間が行なうあらゆる表現活動とその成果」)を読み解くことの重要性について言及しておられます。

★「虚構が現実の先取りをする、ということが起こり得るだけではありません。私たちが日常を生きるなかで現実としてとらえていない現実を、虚構作品が描き出すこともあり得る、ということです。〔・・・〕人間の想像力こそが、もう一つの現実を思い描きそれの実現に向かって歩むための、少なくとも決定的に重要な源泉なのだと、私は思います。〔・・・〕ナチズムの権力掌握を人々が阻止できなかったのも、未来に対する想像力はおろか、いま眼前には見えない現実に対する想像力も放棄してしまったからでした。想像力を放棄した私たちは、目の前の「現実」のなかで確かな事実として姿を現わす強い政治家に、自分たちのすべてを委ねたのです」(340頁)。書名のリンク先にある「版元から一言」にはこんな言葉があります。「遠い過去のエピソードとしてではなく、やがて訪れる未来のこととして考えるとき、この本は、とてもかけがえのないものとして読者のわたしたちに迫ってくるはずです。〔・・・〕自由が権力によって奪われてゆくこの日本の政治文化状況のなかでは、むしろいっそうアクチュアルですらあります」。

★『ジュディス・バトラー』は藤高和輝(ふじたか・かずき:1986-;大阪大学等非常勤講師)さんが昨年大阪大学大学院人間科学研究科に提出した博士論文に加筆修正したもの。目次詳細は書名のリンク先でご覧になれます。序論で藤高さんはこう述べておられます。「バトラーは単に「哲学者」であるのではない。その由縁は、彼女が哲学だけでなくフェミニズム理論やゲイ&レズビアン・スタディーズ、社会学、人類学、精神分析など多様な学問分野を横断することによって自身の理論を構築したという方法論的な意味に尽きるのではなく、哲学という制度の外部に排除された「生」を哲学の内部に翻訳し、それを通して哲学の境界線に変容を促し、それを押し広げようとする、まさにその実践にこそある。このようなバトラーの営みを、本書ではヘーゲルの言葉をもじって「生と哲学を賭けた闘い」と呼ぶことにしたい。〔・・・〕本書はバトラーの「生と哲学を賭けた闘い」のドキュメントである」(15~16頁)。帯文にある「共にとり乱しながら思考すること」というのは本書の結論部の題名でもあります。

★ファッションの批評誌『vanitas』の第5号は特集「ファッション・デザイン・アート」。目次詳細や立ち読みは書名のリンク先をご覧ください。蘆田さんは「introduction」で次のように紹介しておられます。「今号では、ファッション・デザイン・アートがそれぞれ独立したジャンルであることを前提としながらも、現在において各分野がどのような関係を結びつつあるのか、多様な側面からの検証を試みます。インタビューでは、東京藝大で美学を学んだファッションデザイナーの小野智海氏、ファッションデザイナーやスタイリストとのコラボレーションも多い演劇作家の藤田貴大氏、Google の「プロジェクト・ジャカード」の開発にも携わるデザイナー/アーティストの福原志保氏の三者に話を聞いています。論文では、先述のファッションとアートをめぐる展覧会の意義を明らかにする利根川由奈氏、バイオファッションという新しい動向を探る高橋洋介・川崎和也両氏のテクストを掲載しています。その他、書籍紹介や展覧会紹介などでも本特集と共鳴するテーマを忍ばせています」。同誌の取扱書店はこちらで公開されています。

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by urag | 2018-03-25 16:34 | 本のコンシェルジュ | Trackback | Comments(0)
2018年 03月 22日

本棚会議vol.1@ジュンク堂書店池袋本店、2018年4月13日開催


日時:2018年4月13日(金)19:00~
場所:ジュンク堂書店池袋本店(TEL:03-5956-6111)4階人文書売場カウンター前

※入場料無料。事前のご予約をお受けしております。状況により、当日参加も可ですが、ご予約されていない方はお入り頂けない場合もございますのでご了承くださいませ。当日の受付は開演時間の15分前からとなっております。

内容:この春、ジュンク堂書店池袋本店4階人文書フロアにて、売場の本棚の間で本についての話を聞く「本棚会議」シリーズを始めます。講師の方のお話を聞きつつ、時には棚を周りながら売場で話を聞くこの企画、より近い距離で講師の方のお話を聞いたり、書店という空間を見て頂きたいと思います。
 その第1回として、月曜社の編集者小林浩さんをお迎えします。今年3月に刊行された月曜社の新雑誌『多様体』。数々の哲学・文学に関する書籍を刊行してきた月曜社から、いまこの時期に雑誌を刊行された意義とは何なのでしょうか。また、哲学・思想・文学から書籍業界論まで網羅する『多様体』とは一体どのような雑誌なのか?『多様体』誕生の背景となった『エピステーメー』以降の哲学雑誌の系譜を交えながら、小林さんにお話を伺います。

講師紹介:小林浩(こばやし・ひろし)1968年生まれ。月曜社取締役。早稲田大学第一文学部を卒業後、未來社、哲学書房、作品社を経て、2000年12月に月曜社設立に参画。編集・営業の両面で人文書出版に携わる。手掛けている書籍として、アガンベン、ヴィルノ、ネグリ、カッチャーリなどイタリア現代思想の訳書のほか、「暴力論叢書」「シリーズ古典転生」「叢書エクリチュールの冒険」「芸術論叢書」などのシリーズがある。ウラゲツ☆ブログでは、自社他社を問わない新刊紹介のほか、出版業界の動向へのコメントを続けている。
ウラゲツ☆ブログ http://urag.exblog.jp
ツイッター @uragetsu

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by urag | 2018-03-22 16:21 | イベント告知 | Trackback | Comments(0)
2018年 03月 18日

注目新刊:『ラカン『精神分析の四基本概念』解説』、『ラカンの哲学』、ほか

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ラカン『精神分析の四基本概念』解説』荒谷大輔/小長野航太/桑田光平/池松辰男著、せりか書房、2018年2月、本体4,300円、A5判上製250頁、ISBN978-4-7967-0370-3
ラカンの哲学――哲学の実践としての精神分析』荒谷大輔著、講談社選書メチエ、2018年3月、本体1,750円、四六判並製272頁、ISBN978-4-06-258674-0
額の星/無数の太陽』レーモン・ルーセル著、國分俊宏/新島進訳、平凡社ライブラリー、2018年3月、本体1,600円、B6変判並製430頁、ISBN978-4-582-76865-7

★今月は、松本卓也さんの『享楽社会論――現代ラカン派の展開』(人文書院、2018年3月)が刊行されましたが、ほかにも『ラカン『精神分析の四基本概念』解説』(2月28日取次搬入、書店店頭発売は実質3月)や『ラカンの哲学』が刊行され、賑わいを見せています。どちらにも荒谷大輔(あらや・だいすけ:1974-:江戸川大学教授)が関わっておられ、せりか書房さんのラカン読解本では2013年の『ラカン『アンコール』解説』にも共著者として参加されています。『ラカン『精神分析の四基本概念』解説』は言うまでもなくラカンのセミネール第11巻『精神分析の四基本概念』(小出浩之/新宮一成/鈴木国文/小川豊昭訳、岩波書店、2000年)の読解本。4つの基本概念「無意識」「反復」「転移」「欲動」が説明されたこの講義は「後期ラカンの重要概念「対象a」や「享楽」を理解するための鍵」(帯文より)であり、これを読解本では「真の意味でのラカンの入門書」(「はじめに」)として読むことが試みられています。目次詳細と執筆担当は以下の通り。

はじめに
Ⅰ講 破門|荒谷大輔
Ⅱ講 フロイトの無意識と我々の無意識|荒谷大輔
Ⅲ講 確信の主体について|荒谷大輔
Ⅳ講 シニフィアンの網目について|小長野航太
Ⅴ講 テュケーとオートマトン|小長野航太
Ⅵ講 目と眼差しの分裂|桑田光平
Ⅶ講 アナモルフォーズ|桑田光平
Ⅷ講 線と光|池松辰男
Ⅸ講 「絵とは何か」|池松辰男
Ⅹ講 分析家の現前|荒谷大輔
Ⅺ講 分析と真理、あるいは無意識の閉鎖|荒谷大輔
Ⅻ講 シニフィアンの列の中の性|荒谷大輔
XⅢ講 欲動の分解|小長野航太
XⅣ講 部分欲動とその回路|小長野航太
XV講 愛からリビードへ|小長野航太
XⅥ講 主体と大他者――疎外|荒谷大輔
XⅦ講 主体と大他者(Ⅱ)――アファニシス|荒谷大輔
XⅧ講 知っていると想定された主体、最初の双数体、そして善について|小長野航太
XⅨ講 解釈から転移へ|小長野航太
XX講 君の中に、君以上のものを|荒谷大輔

キーワード別:縦読みガイド

★「縦読みガイド」というのは「主題ごとの参照箇所の一覧」で、「断片化された議論の文脈を各自で綜合した後、もとの語りの場面に戻れば、そこでラカンが企図していたことが何だったのかわかるはずである」とのことです。「ラカンの語りの断片性を補うために、最重要となるキーワードに限定して、辿るべき本書の項目を一覧で示し」たもの、とも説明されています。

★『ラカンの哲学』は荒谷さんの単独著。目次詳細は書名のリンク先でご確認いただけます。「難解晦渋で容易に人を寄せつけないその思想は、しかし「哲学」として読むことで明確に理解できる」(カヴァー裏紹介文)という謳い文句がそそります。巻頭の序「精神分析の哲学、哲学の精神分析」にはこう書かれています。「ジャック・ラカン(1901-81)ほど、読まれるべきで実際にはほとんど読まれていない「哲学者」はいないのではないか。この嘆きを読者と共有することを拒む壁は少なくとも二つある。ひとつは、難解なラカンのテクストに時間をかけて読む価値はあるのかという疑問。もうひとつは、そもそもラカンは哲学者ではないという認識である。/この二つの壁を取り払い、読者をラカンの実際のテクストに誘うのが本書の目的である。〔・・・〕初期から最晩年にかけてのラカンのテクストをたどりつつ、哲学としてのラカンの価値を示すのが本書の企図である」(9頁)。

★『額の星/無数の太陽』は人文書院で2001年に刊行された、ルーセルの戯曲2作を収めた単行本のライブラリー化。巻末に加えられた「平凡社ライブラリー版 訳者あとがき」によれば、「訳文に若干の修正を施し、また人文書院版に付されていた「「額の星/無数の太陽」小事典」、解題にあたる「星と太陽、双子の戯曲」も最小限の加筆をしたうえで再録した」とのことです。平凡社ライブラリーではこれまでにルーセルの散文作品を2点刊行しています。2004年に岡谷公二訳『ロクス・ソルス』、2007年に同じく岡谷訳で『アフリカの印象』。いずれも現在品切ですが、これをきっかけに重版に掛かるのではないかと期待できます。

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★また、最近では以下の新刊との出会いがありました。

青猫以後』松本圭二著、航思社、2018年3月、本体3,400円、四六判上製仮フランス装天アンカット296頁、ISBN978-4-906738-28-1
アストロノート』松本圭二著、航思社、2018年3月、本体3,000円、四六判上製仮フランス装天アンカット208頁、ISBN978-4-906738-29-8
電波詩集』松本圭二著、航思社、2018年3月、本体2,800円、四六判上製仮フランス装天アンカット128頁、ISBN978-4-906738-30-4

★航思社さんの「松本圭二セレクション」の第4巻~6巻が同時発売。2006年度の萩原朔太郎章受賞作である第4詩集『アストロノート』(『重力』編集会議、2006年)を、著者の本来の意向だったという3巻本に分冊して刊行、と。3冊を揃えて初めて帯文の背が「朔太郎賞受賞作の」「本当の」「かたち」と一続きで読めるようになります。この作品が全国の一般書店へ配本されるのは今回が初めてとのことです。付属する栞のそれぞれに掲載されたテクストを下段に列記しておきます。なお初版『アストロノート』出版への陰影に富んだ戦いの記録は第5巻の栞に書き留められています(前橋文学館特別企画展図録『松本圭二 LET'S GET LOST』から転載したもの)。妥協を許さない著者とのかくも密接な伴走は、版元さんの強い執念を感じさせます。驚くべき3冊です。

第4巻栞:阿部嘉昭「書き捨てて、残光に「域」をつくる」、松本圭二「著者解題 『青猫以後』ノート」
第5巻栞:井土紀州「ONCE かつて…」、松本圭二「著者解題 宇宙の誕生」、松本圭二「著者解題 初版『アストロノート』ノート」
第6巻栞:中原昌也「正直に言おう、自慢ではないが」、松本圭二「著者解題 予言の書」

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by urag | 2018-03-18 22:37 | 本のコンシェルジュ | Trackback | Comments(0)
2018年 03月 17日

3月25日イベント:芸術(アート)としての精神医療 vol.1 ウリ『コレクティフ』

弊社出版物でお世話になっている著訳者の方々の最近のご活躍をご紹介します

★上尾真道さん(共訳:ウリ『コレクティフ』)
芸術(アート)としての精神医療 vol.1 ジャン・ウリ著『コレクティフ-サン・タンヌ病院におけるセミネール』(月曜社)

2017年の冬に本邦初訳となった待望の書籍『コレクティフ――サン・タンヌ病院におけるセミネール』(月曜社)。著者は、ラ・ボルド病院院長にして、精神科医であり思想家のジャン・ウリ(1924-2014)です。本書で幾度となく登場する「コレクティフ=人びとが集まること、動くこと」ということば。~~人びとが集団を形作りながら個々の特異性を尊重するための、「ほんのちょっとしたこと」とは何か。~~今回の「芸術としての精神医療」では、現代日本における「インティマシーとローカルスタンダード」から思索を続ける哲学者・鞍田崇氏を導き手に、本書翻訳をされた上尾真道氏とラ・ボルド病院に逗留した写真家・田村尚子氏を迎え、様々な映像や資料と共に、この「コレクティフ」を紐解き、現代社会へのつながりを探ってみたいと思います。

対話する人:
上尾真道(『コレクティフ』共同翻訳者、精神分析学)
田村尚子(写真家、ヴュッター公園代表、『ソローニュの森』著者)
ナビゲーター:鞍田崇(哲学者、明治大学理工学部准教授)
会期:3月25日(日)17 時半 開場• 18時開始 終了予定19時半 
会場:MEDIA SHOP GALLERY(京都市中京区河原町通三条下る大黒町44 VOXビル1F)
入場料:1,000円
主催:ヴュッター公園
共催:MEDIA SHOP
お問い合わせ先:ヴュッター公園 info@vutterkohen.com

★星野太さん(著書:『崇高の修辞学』)
現代詩手帖』2018年3月号「特集=詩と哲学――新たなヴィジョンへ」で、佐藤雄一さんと「超越性、文体、メディウム」と題した対談を行っておられます。同誌編集部から提示された三冊の哲学書。國分功一郎さんの『中動態の世界』(医学書院)、千葉雅也さんの『勉強の哲学』(文藝春秋)、星野太さんの『崇高の修辞学』(月曜社)をめぐるお話しから始まり、星野さんはこう発言されています。「この三冊は、哲学の問題をほかならぬ言語への問いとして捉えている点では共通していると思います。ある意味では素朴な前提ではあるけれども、三者とも言語が思考や行為を規定するという考え方を強く共有している。今回これを死の問題と結びつけてもらえるのは個人的にもうれしいことです」(10頁)。なお同号では千葉さんの詩「始まりについて」も掲載されています。

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by urag | 2018-03-17 18:30 | イベント告知 | Trackback | Comments(0)
2018年 03月 16日

ブックツリー「哲学読書室」に百木漠さんの選書リストが追加されました

オンライン書店「honto」のブックツリー「哲学読書室」に、『アーレントのマルクスーー労働と全体主義』(人文書院、2018年3月)を上梓された百木漠さんによるコメント付き選書リスト「アーレントとマルクスから「労働と全体主義」を考える」が追加されました。リンク先にてご覧いただけます。


◎哲学読書室

星野太(ほしの・ふとし:1983-)さん選書「崇高が分かれば西洋が分かる
國分功一郎(こくぶん・こういちろう:1974-)さん選書「意志について考える。そこから中動態の哲学へ!
近藤和敬(こんどう・かずのり:1979-)さん選書「20世紀フランスの哲学地図を書き換える
上尾真道(うえお・まさみち:1979-)さん選書「心のケアを問う哲学。精神医療とフランス現代思想
篠原雅武(しのはら・まさたけ:1975-)さん選書「じつは私たちは、様々な人と会話しながら考えている
渡辺洋平(わたなべ・ようへい:1985-)さん選書「今、哲学を(再)開始するために
西兼志(にし・けんじ:1972-)さん選書「〈アイドル〉を通してメディア文化を考える
岡本健(おかもと・たけし:1983-)さん選書「ゾンビを/で哲学してみる!?
金澤忠信(かなざわ・ただのぶ:1970-)さん選書「19世紀末の歴史的文脈のなかでソシュールを読み直す
藤井俊之(ふじい・としゆき:1979-)さん選書「ナルシシズムの時代に自らを省みることの困難について
吉松覚(よしまつ・さとる:1987-)さん選書「ラディカル無神論をめぐる思想的布置
高桑和巳(たかくわ・かずみ:1972-)さん選書「死刑を考えなおす、何度でも
杉田俊介(すぎた・しゅんすけ:1975-)さん選書「運命論から『ジョジョの奇妙な冒険』を読む
河野真太郎(こうの・しんたろう:1974-)さん選書「労働のいまと〈戦闘美少女〉の現在
岡嶋隆佑(おかじま・りゅうすけ:1987-)さん選書「「実在」とは何か:21世紀哲学の諸潮流
吉田奈緒子(よしだ・なおこ:1968-)さん選書「お金に人生を明け渡したくない人へ
明石健五(あかし・けんご:1965-)さん選書「今を生きのびるための読書
相澤真一(あいざわ・しんいち:1979-)さん/磯直樹(いそ・なおき:1979-)さん選書「現代イギリスの文化と不平等を明視する
権安理(ごん・あんり:1971-)さん選書「そしてもう一度、公共(性)を考える!
百木漠(ももき・ばく:1982-)さん選書「アーレントとマルクスから「労働と全体主義」を考える

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by urag | 2018-03-16 16:37 | 本のコンシェルジュ | Trackback | Comments(0)
2018年 03月 16日

4月末発売予定新刊:『表象12:展示空間のシアトリカリティ』

2018年4月23日取次搬入 *人文/芸術/現代思想

表象12:展示空間のシアトリカリティ
表象文化論学会=発行 月曜社=発売
本体:2,000円、A5判並製304頁 ISBN978-4-86503-062-4

アマゾン・ジャパンにて予約受付中

近年の映像技術やメディア環境の発展に伴い、ダンスやパフォーマンスの身体表現をどのように作品として収蔵し展示するかという問題意識がますます高まってきている。特集では、美術館における身体表現のアーカイブ化、新たな観客の身体経験の登場といった、美術と舞台芸術を横断する諸問題の検討を通して、パフォーマンスと展示の現在をめぐって多角的に論じる。また、亀山郁夫、東浩紀らの白熱するドストエフスキー座談会を特別掲載。

目次:
◆巻頭言「二一世紀の文学部」佐藤良明
◆特集「展示空間のシアトリカリティ」
共同討議「越境するパフォーマンス──美術館と劇場の狭間で」加治屋健司+門林岳史+中島那奈子+三輪健仁+星野太
「ブラストセオリー──都市と記憶を斜めに横断する」住友文彦
「演劇性の拡張──演劇と現代アートの交錯をめぐって」相馬千秋
「インスタレーションの政治学」ボリス・グロイス|星野太+石川達紘訳
◆特別掲載
座談会「ドストエフスキーの現在をめぐって──テロル、キャラクター、家族の哲学」東浩紀+亀山郁夫+乗松亨平+番場俊
◆論文
「近代運動」のパリンプセスト──《トッレ・ヴェラスカ》とエルネスト・ロジャースの建築論」鯖江秀樹
「水晶とカテドラル──ヴィオレ゠ル゠デュクの構造概念」後藤武
「演奏する映画/歌い終えるオペラ──一九一〇~二〇年代のシェーンベルクの舞台作品と映画との関係」白井史人
「環境芸術以後の日本美術における音響技術──一九七〇年代前半の美共闘世代を中心に」金子智太郎
「梶井基次郎の歩行──「路上」における空漠の美と抵抗」坂口周
「のらくろは口笛を吹かない?──昭和戦前・戦中期の子供向け物語漫画における口の表現」宮本大人
「グランド・ナラティヴの誘惑──人新世、新たなエポックへの批判的介入に向けて」飯田麻結
◆書評
「修辞学的崇高の新しい地平──星野太『崇高の修辞学』書評」谷川渥
「ユートピア建築家の夢と革命都市──小澤京子『ユートピア都市の書法──クロード゠ニコラ・ルドゥの建築思想』書評」大橋完太郎
「過去に触れる、身振りをなぞる──田中純『歴史の地震計──アビ・ヴァールブルク『ムネモシュネ・アトラス』論』書評」岡本源太
「「これは比喩ではない」──高村峰生『触れることのモダニティ──ロレンス、スティーグリッツ、ベンヤミン、メルロ=ポンティ』書評」三原芳秋
「「文化史」への挑戦──井戸美里『戦国期風俗図の文化史──吉川・毛利氏と「月次風俗図屏風』書評」斉藤研一
「モダニズム美術の危うさ──利根川由奈『ルネ・マグリット──国家を背負わされた画家』書評」香川檀
「網膜と表象──増田展大『科学者の網膜──身体をめぐる映像技術論 一八八〇―一九一〇』書評」大久保遼
「変貌するペルソナ──北村匡平『スター女優の文化社会学──戦後日本が欲望した聖女と魔女』書評」河野真理江
「特攻隊表象を「食い破る」ものたちのために──中村秀之『特攻隊映画の系譜学──敗戦日本の哀悼劇』書評」田中純
「その子はいかにして救われたのか──岡田温司『映画とキリスト』書評」森元庸介
「アニメーション表現の「向こう側」を志向する実践の書──土居伸彰『個人的なハーモニー──ノルシュテインと現代アニメーション論』書評」石岡良治
「〈プレイ〉と〈パフォーマンス〉のあいだで──大久保美紀『Exposition de soi à l'époque mobile/liquide(可動的/流動的時代の自己表象)』書評」熊谷謙介


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by urag | 2018-03-16 16:12 | 表象文化論学会 | Trackback | Comments(0)
2018年 03月 12日

保管用:2016年12月~2017年2月既刊書書評情報

◎2017年2月16日発売:松江泰治『Hashima』本体3,600円。
 無記名氏記事(『CANON PHOTO CIRCLE』2017年4月号「今月の新刊」欄)
 無記名氏記事(「信濃毎日新聞」2017年3月26日(日)付「読書欄」)
◎2017年2月10日発売:佐野方美『SLASH』本体4,000円。
 『アサヒカメラ』2017年4月号「TOPICS/BOOK」欄「写真に封じ込められた一瞬の集積――時代の空気を写しとめた新作写真集を読む」(解説=山内宏泰、聞き手=池谷修一)
◎2017年2月8日発売:星野太『崇高の修辞学』本体3,600円、シリーズ古典転生12。
 n11booknews_staff氏書評「「崇高」に惑わされないための丁寧な考察」(「Book News|ブックニュース」2017年3月4日エントリー)
 中島水緒氏書評(「美術手帖」2017年5月号「BOOK」欄)
◎2016年12月26日発売:マッシモ・カッチャーリ『抑止する力』本体2,700円。
 篠原雅武氏書評「オレンジとバカにされている偉そうなジジイのアポカリプスとともに、アメリカのいたるところは主の到来を待ち望む人たちによって埋め尽くされようとしている」(「図書新聞」2017年3月18日号)
 中村勝己氏書評「「カテコーン」の概念の解釈を主題に――〈世界の再宗教化〉をどう捉えどう向き合うべきか」(「週刊読書人」2017年3月31日号)
◎2016年12月7日発売:荒木経惟×荒木陽子『東京は、秋』本体3,500円
 山本アマネ氏書評(『FUDGE』2017年2月号「PICK UP NEW BOOKS 今月の新刊&注目作」欄)
 山本アマネ氏書評(『men's FUDGE』2017年3月号「BOOKS」欄)
 無記名氏書評(『母の友』2017年5月号「polyphony/Books」欄)



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by urag | 2018-03-12 12:58 | 広告・書評 | Trackback | Comments(0)
2018年 03月 11日

注目新刊:ファム・コン・ティエン『深淵の沈黙』、入江公康『現代社会用語辞典』、ほか

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『深淵の沈黙』ファム・コン・ティエン著、野平宗弘訳、東京外国語大学出版会、2018年2月、本体3,200円、本体3,200円、四六変型並製368頁 ISBN978-4-904575-66-6
現代社会用語辞典』入江公康著、新評論、2018年2月、本体1,700円、四六判変型上製192頁、ISBN978-4-7948-1070-0
ナボコフ・コレクション 処刑への誘い/戯曲 事件 ワルツの発明』ウラジーミル・ナボコフ著、小西昌隆/毛利公美/沼野充義訳、新潮社、2018年2月、本体4,800円、四六判上製494頁、ISBN978-4-10-505607-0
墨子』金谷治訳、末永高康解説、中公クラシックス、2018年2月、本体1,800円、新書判288頁、ISBN978-4-12-160179-7
ホモ・ルーデンス――文化のもつ遊びの要素についてのある定義づけの試み』ヨハン・ホイジンガ著、里見元一郎訳、講談社学術文庫、2018年3月、本体1,200円、400頁、ISBN978-4-06-292479-5
宇治拾遺物語 上 全訳注』高橋貢/増古和子訳、講談社学術文庫、2018年3月刊、本体2,400円、848頁、ISBN978-4-06-292491-7
戦う操縦士』サン=テグジュペリ著、鈴木雅生訳、光文社古典新訳文庫、2018年3月、本体880円、340頁、ISBN978-4-334-75372-6
フレーベル自伝』長田新訳、岩波文庫、1949年12月、本体720円、212頁、ISBN978-4-00-337043-8

★『深淵の沈黙』は旧南ベトナムの首都サイゴンで1967年にアンティエム出版より刊行された『Im lặng hố thẳm』の全訳。著者のファム・コン・ティエン(Phạm Công Thiện, 1941-2011)はベトナム出身の詩人、思想家。1975年から1983年までフランスのトゥールーズ大学で西洋哲学の助教授を務めた後、アメリカに移住し、テキサス州ヒューストンにて死去。本書執筆当時は26歳。ベトナム戦争のさなかにハイデガー哲学との対話/対決を通じて「西洋形而上学は、現在のベトナムでの過酷な戦争において成就した」(152頁)と説き、西洋思想と東洋思想をともに乗り越える「到来すべきベトナム思想」を展望するユニークな試みとなっています。目次詳細は版元名のリンク先でご確認いただけます。「深淵の沈黙へと到る道は破壊の道であり、同時にまた、背理の道でもある。究極まで破壊し背理した後には、さらに何が残っているというのだろうか?/この最後の問いは砂のない砂漠に飛んでいく。深渕に跳び入る『易経』の龍のように」(32頁)。詩人の言葉の刃が思惟の奥底を自在に切り開きます。

★『現代社会用語辞典』は、ことば(アニミズム~リベラリズム)、ひと(アガンベン~戸坂潤)、出来事(QCサークル~ラッダイト)、シネマ(エネミー・オブ・アメリカ~ル・アーヴルの靴みがき)、の四部に148項目を収めた個性的かつ魅力的なキーワード/キーパーソン集で、「われわれが生きるこの「社会」の自明性を剥ぐこと、つまり「あまりまえ」を疑ってみる/疑うこと」を目的としているとのことです。巻末附録として、関連年表、コメント付きブックリスト、名著引用集を併載。入江公康(いりえ・きみやす:1967-)さんの単独著は『眠られぬ労働者たち』(青土社、2008年)以来のもの。以文社さんから先月刊行されたキーワード集『Lexicon 現代人類学』と一緒に購読されることをお薦めします。

★『処刑への誘い/戯曲 事件 ワルツの発明』は美しいカヴァーが惚れ惚れとさせる『ナボコフ・コレクション』シリーズの第二回配本。「処刑への誘い」は1938年に刊行された作品で、既訳には英語版からの富士川義之さんによる訳「断頭台への招待」(『世界の文学8』所収、集英社、1977年)があります。今回の新訳はロシア語からの初訳で、英語版への序文も訳出されています。近未来の某都市で「認識論的卑劣さ」という罪状によって死刑判決を受けた男性が主人公の「アンチ・ユートピア的不条理小説」(帯文より)。カフカの『審判』を連想させると当時の書評家たちは思ったようですし私もそう思いますが、ナボコフは「なんのかかわりもない」と英語版への序文で書いています。併載された二つの戯曲は初訳。大手版元が出す文芸書としてはやや高額で学生さんには手が出しにくいかもしれませんが、妥当だと思います。

★『墨子』は凡例によれば、中公バックス版『世界の名著10 諸子百家』(1978年)所収の「墨子」を底本とし、末永高康さんによる新たな解説「墨家の思想と論理」を巻頭に付したもの。「墨子」全71編のうち現存する53篇から主要な部分を抄録し、省略した諸篇には概要が付されています。博愛主義としての兼愛を説いたのちに侵略戦争反対論である非攻を説くその思想は反運命論でもあります。「すべて人しだいであって、宿命があるなどとどうしていえようか」(130頁、第35「非命篇」上)。この言葉は時を越えて現代人をも励ますものではないでしょうか。

★『ホモ・ルーデンス』は河出書房新社版「ホイジンガ選集」第一巻(1971年;新装版1989年)の文庫化。翻訳の底本は、オランダのハーレム社版全集第5巻所収のテクスト(1950年)。「学術文庫版あとがき」によれば「紙幅の都合でオランダ語目次と索引を削除した」とのことです。「遊びは文化より古い」という一文から始まるこの古典的名著は、「人間社会に固有で偉大な活動にはすべてはじめから遊びが織り込まれている」(21頁)と教えます。既訳では、高橋英夫訳の中公文庫版がロングセラーとなっているのは周知の通りです。

★『宇治拾遺物語 上 全訳注』は上下巻の上巻。「中世前期、鎌倉時代成立の代表的説話集」(解題)であり、「日本人を楽しませてきた「話」の宝庫」(帯文)です。上巻ではこぶとりの話(第3話)、舌切り雀の話(第48話)などを含む104話を収めています。古本系統「伊達本」『宇治大納言物語』を底本に、本文、現代語訳、語釈、参考で構成されています。続刊となる下巻では196話までを収録。

★『戦う操縦士』は『Pilote de guerre』(1942年)の新訳。既訳には堀口大学訳(三笠書房、1951年;「現代世界文学全集7」所収、三笠書房、1954年;新潮社、1964年;新潮文庫、1978年)や、山崎庸一郎訳(「サン=テグジュペリ著作集2」所収、みすず書房、1984年;「サン=テグジュペリ・コレクション4」みすず書房、2000年)があります。本作は「ヒトラー『我が闘争』に対する「民主主義からの返答」として高く評価され」ているとカバーソデ著者略歴では紹介されており、「戦争体験を描いた自伝的小説」と帯文に謳われています。「私は信じる。《人間》の優越こそが唯一意味ある《平等》を、唯一意味ある《自由》を築きあげるものだと。私は《人間》の権利が各個人を通して平等であると信じる。《自由》とは《人間》の上昇にほかならないと信じる。《平等》とは《同一性》ではない。《自由》とは個人を《人間》よりも称揚することではない。したがって私が戦うのは、それが誰であれ、《人間》の自由をある個人に――あるいは個人からなる群れに――隷従させようとする者だ」(297頁)。危機の時代にこそ読みたい一冊です。

★『フレーベル自伝』は岩波文庫の2018年春のリクエスト復刊37点40冊のうちのひとつ。「マイニンゲン公に宛てたる書翰」と「フリードリヒ・クラウゼに宛てたる書翰」を収録。岩波文庫ではフレーベルの『人間の教育』上下巻が出ていましたが、現在は品切。フレーベルの訳書で定期的に重版されるのは岩波文庫だけなので、いずれ重版されるだろうと想像します。

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★また最近では以下の新刊との出会いがありました。

科学的人間と権力政治』ハンス・J・モーゲンソー著、星野昭吉/髙木有訳、作品社、2018年3月、本体2,500円、46判上製270頁、ISBN978-4-86182-669-6
摂政九条兼実の乱世――『玉葉』をよむ』長崎浩著、平凡社、2018年3月、本体5,400円、A5判上製324頁、ISBN978-4-582-46911-0
『エリー・フォール映画論集 1920-1937』須藤健太郎編訳、ソリレス書店、2018年2月、本体2,800円、四六判並製278頁、ISBN978-4-908435-09-6
原発事故と「食」――市場・コミュニケーション・差別』五十嵐泰正著、中公新書、2018年2月、本体820円、新書判240頁、ISBN978-4-12-102474-9
バカロレア幸福論――フランスの高校生に学ぶ哲学的思考のレッスン』坂本尚志著、星海社新書、2018年2月、本体920円、新書判190頁、ISBN978-4-06-511232-8
高校生のための ゲームで考える人工知能』三宅陽一郎/山本貴光著、ちくまプリマー新書、2018年3月、本体950円、新書判272頁、ISBN978-4-480-68998-6
享楽社会論――現代ラカン派の展開』松本卓也著、人文書院、2018年3月、本体2,200円、4-6判300頁、ISBN978-4-409-34051-6
モスクワの誤解』シモーヌ・ド・ボーヴォワール著、井上たか子訳、人文書院、2018年3月、本体2,200円、4-6判上製172頁、ISBN978-4-409-13039-1
天皇制と民主主義の昭和史』河西秀哉著、人文書院、2018年2月、本体2,500円、4-6判並製300頁、ISBN978-4-409-52068-0
灰色のユーモア――私の昭和史』和田洋一著、鶴見俊輔/保阪正康解説、人文書院、2018年2月、本体2,500円、4-6判上製304頁、ISBN978-4-409-52069-7
アーレントのマルクス――労働と全体主義』百木漠著、人文書院、2018年2月、本体4,500円、4-6判上製340頁、ISBN978-4-409-03097-4

★『科学的人間と権力政治』は『Scientific Man vs. Power Politics』(The University of Chicago Press, 1946)の全訳。訳者後記の言葉を借りると本書は「国際政治学の父」と呼ばれるモーゲンソー〔Hans Joachim Morgenthau, 1904-1980〕の米国でのデビュー作であり、「彼の主唱する現実主義政治哲学の体系的解説書」。目次は以下の通りです。

まえがき
第一章 科学的人間のジレンマ
第二章 科学の時代と社会
第三章 政治の否定
第四章 平和の科学
第五章 自然科学という怪物
第六章 科学的人間の非合理性
第七章 科学的人間の道徳的盲目性
第八章 科学的人間の悲劇
訳者後記
原注
索引

★『摂政九条兼実の乱世』は、後白河院、平清盛、源頼朝の同時代人である公卿、九条兼実(くじょう・かねざね:1149-1207)の膨大な日記「玉葉」を乱世の政治文書として読みといたもの。目次は以下の通り。

はじめに
第一章 青年右大臣――政治家デビュー
第二章 摂関政治の理念――二頭政治の狭間で
第三章 朝務を演じる――官奏・陣定・除目
第四章 大衆蜂起――朝廷の「外部」に直面する
第五章 乱世の至り――クーデタ・遷都・南都焼亡
第六章 葬送の年――漂流する兼実
第七章 京中周章――平氏・義仲・義経
第八章 摂政への道――社稷に身命を惜しまず
第九章 摂政兼実――政に淳素に返す
第十章 危うい均衡――行き違う「天下草創」
第十一章 兼実最後の政治――摂籙の臣を演ずる
あとがき
玉葉略年譜

★『エリー・フォール映画論集 1920-1937』はフランスの高名な美術史家フォール(Élie Faure, 1873-1937)の映画論を日本語版独自編集でまとめたもの。4部構成で16篇を収録。目次は以下の通りです。

Ⅰ 映画の発見
   映画造形〔シネプラスティック〕について 
Ⅱ 芸術・文化・文明
   機械主義の美学 
   ティントレットの予感 
   映画神秘主義序説 
   映画の知的役割 
Ⅲ 映画作家のかたわらで
   シャルロ礼賛 
   アベル・ガンス『ナポレオン』のプレミア上映に寄せて 
   三面スクリーンの発見 
   アベル・ガンスの著書『プリズム』に寄せて 
   S・M・エイゼンシュテインと未来の映画 
   戦争映画と平和主義 
   生粋の映画作家――『アタラント号』の作者ジャン・ヴィゴ 
   イタリアの映画小屋 
Ⅳ 講演録から
   写真展《社会生活のドキュメント》 
   スペイン内戦に関する記録映画 
   映画は普遍言語である 
シネプラスティックとその彼方̶̶訳者後記にかえて
人名・映画作品名索引

★先月と今月の新書新刊より3点。中公新書『原発事故と「食」』は、首都圏の電力だけでなく食を支えてきた福島県をめぐり、風評被害の実態やそのメカニズムを精緻に検証する力作。星海社新書『バカロレア幸福論』はフランスにおける高校の哲学授業や大学試験を紹介しつつ、思考力と表現力の訓練を日本の読者に提供する貴重な試み。ちくま新書『高校生のための ゲームで考える人工知能』は気鋭のゲームクリエイター2氏による、デジタルゲーム作成に仮託した人工知能入門。

★最後に人文書院さんの先月下旬から今月初旬に掛けて発売された新刊5点。いずれも書名のリンク先で目次をご確認いただけます。『享楽社会論』は『人はみな妄想する――ジャック・ラカンと鑑別診断の思想』(青土社、2015年)に続く松本卓也さんによる注目の単著第二作。版元サイトで序章をPDFで立ち読みできます。『モスクワの誤解』は67年に執筆された中編小説で単行本としてはようやく2013年にL'Herneより公刊された『Malentendu à Moscou』の全訳。初老の夫婦が経験する精神的危機が描かれており、ボーヴォワールとサルトルのソ連訪問がヒントとなっているようです。

★『天皇制と民主主義の昭和史』は『「象徴天皇」の戦後史』(講談社選書メチエ、2010年)の増補改題版。『灰色のユーモア』は新聞学者の和田洋一(わだ・よういち:1903-1993)さんの『私の昭和史』(小学館、1976年;旧版は『灰色のユーモア』理論社、1958年)から「灰色のユーモア」を含む5篇を収め、それに著者の「スケッチ風の自叙伝」と鶴見俊輔さんの「亡命について」(ともに『抵抗と持続』所収、世界思想社、1979年)を加え、巻末に保阪正康さんの書き下ろし「註解」を併載したもの。『アーレントのマルクス』は百木さんの博士論文「「労働」と全体主義――「無限増殖運動に抗するアーレント」に大幅な加筆修正を施したもの。序章のPDFが書名のリンク先で公開されています。

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by urag | 2018-03-11 23:38 | 本のコンシェルジュ | Trackback | Comments(0)