2008年 12月 26日
---------------------------------------------------------------------- ■「近刊チェック《知の近未来》」/ 五月 ---------------------------------------------------------------------- 今年はというか今年も激動の一年だった。草思社が文芸社の傘下に、そして青山ブックセンターがブックオフ傘下になるなんて、十年前は想像できなかった気がする。むろんここ十年の出版社や書店の景気の下降は業界人ならば誰もがよく知っていることで、どんなことが起きても不思議ではなかった。ベストセラーを連発していた中堅出版社が自費出版最大手に呑まれ、個性派セレクト書店が古書店チェーン最大手の子会社となったことも、青天の霹靂とは言えまい。 もはや何が起きても業界人は驚かないとは言え、この金融不況下で加速しつつあるかもしれない業界再編劇に無関心でいるわけではない。丸善が大日本印刷の子会社になったかと思えば、今度は丸善と図書館流通センター(TRC)が経営統合するという。また、九州の書店チェーンである積文館書店とブックセンタークエストが来春合併するとのことだ。 小城武彦(おぎ・たけひこ 1961-)氏は丸善の社長に昨春就任してからというもの、次々と手を打ってきた。アマゾン・ジャパンとの書籍オンライン販売の事業提携に始まり、今年は先述の動きがあった。私のような零細自営業者から見ると、ほとんどジェットコースター並みの展開である。 小城氏の半生をごく大雑把に見てみると、東京大学法学部~通産省~カルチュア・コンビニエンス・クラブ(ツタヤオンライン)~産業再生機構(カネボウ化粧品)~丸善というふうに、強力なお助けマンとしての地位を築いてきている。経営統合する丸善とTRCのトップに立つのもまた、彼である。 おそらく十年後に業界史が書かれるならば、彼は間違いなく再編劇のキーパーソンとして登場するだろう。小城氏を軸にする業界再編は今後も続くだろうから、極端な話、彼周辺の動静をマークすれば業界の現在が見えてくると言っても過言ではないかもしれない。 彼の次の一手は何だろうか。凡人の私には想像できないが、いくつか気になることがある。オンライン書店のbk1が今後どうなるか、ということだ。bk1の親会社は周知の通りTRCである。丸善のオンラインストアはアマゾンと提携したままだ。一方、bk1は先月末から大手レコード販売店HMVと提携を開始した。丸善とbk1の関係はどうなっていくのか、見当がつかない。たとえばbk1がHMVではなく、ツタヤあるいは新星堂と提携していたら……いや、こんな突拍子もない想像は無益だろう。 このままではいっこうに近刊の話題へ移れないので、最後にひとつだけ。積文館書店とブックセンタークエストはいずれも取次最大手である日販の関連会社である。日販がもしもさらなる効率化を考えるならば、自社傘下の書店チェーン――たとえばリブロなども他書店との統合対象になりうるのかもしれない。 【09年2月6日追記:「新文化」09年1月27日付ニュースフラッシュに「リブロとよむよむが経営統合」の記事が載った。同2月3日付「リブロ、よむよむとの経営統合で説明会」も参照。】 さてさて、来月(09年1月)の新刊で気になったのは以下の書目である。 2009年01月 06日『創刊の社会史』難波功士 ちくま新書 798円 07日『神曲 煉獄篇』ダンテ/平川祐弘訳 河出文庫 998円 07日『増補 虚構の時代の果て』大澤真幸 ちくま学芸文庫 1,260円 07日『熱学思想の史的展開(2)熱とエントロピー』山本義隆 ちくま学芸文庫 1,470円 07日『五輪書』佐藤正英注釈・訳 ちくま学芸文庫 903円 07日『福の神と貧乏神』小松和彦 ちくま文庫 672円 07日『つげ義春コレクション(4)近所の景色/無能の人』ちくま文庫 798円 07日『ちくま日本文学(031)夢野久作』ちくま文庫 924円 08日『東北学/忘れられた東北』赤坂憲雄 講談社学術文庫 1,103円 09日『アドルフに告ぐ(1,2)新装版』 手塚治虫 文春文庫 各630円 16日『マッド・マネー』スーザン・ストレンジ 岩波現代文庫 1,470円 16日『デューラー 自伝と書簡』岩波文庫 798円 16日『ホフマンスタール詩集』岩波文庫 693円 20日『恋について』チェーホフ 未知谷 2,100円 20日『筒井版 悪魔の辞典 完全補注』上下巻 ビアス 講談社+α文庫 各880円 21日『KAWADE道の手帖 中島敦』河出書房新社 1,575円 22日『自由訳 良寛』新井満 世界文化社 1,260円 22日『政治への想像力』杉田敦 岩波書店 2,520円 23日『不干斎ハビアン:神も仏も棄てた宗教者』釈徹宗 新潮選書 1,260円 24日『超スピリチュアル次元/ドリームタイムからのさとし』よしもとばなな+ウィリアム・レーネン 徳間書店 1,575円 27日『宿神論:日本芸能民信仰の研究』服部幸雄 岩波書店 8,925円 27日『天皇の秘教』藤巻一保 学習研究社 4,410円 28日『ハチはなぜ大量死したのか』ローワン・ジェイコブセン 文藝春秋 1,890円 29日『ロベール・ドアノー写真集 パリ』岩波書店 9,450円 大澤さんの『虚構の時代の果て』は96年のちくま新書が親本。今春刊行された『不可能性の時代』(岩波新書)はその続編。増補されて文庫で読めるようになるのは嬉しい。 ストレンジの『マッド・マネー』は『カジノ資本主義』に続く文庫化第二弾。同版元の単行本『国家の退場』も現在品切なので、さらに続けて文庫化して欲しいものだ。 筒井康隆訳『悪魔の辞典』は02年10月に単行本として刊行されていたもの。既訳には奥田俊介訳(角川文庫)や、西川正身訳(岩波文庫)などがある。 『超スピリチュアル次元』の共著者ウィリアム・レーネン氏は「サイキック・チャネラー」だそうだ。氏はよしもとばななさんと対談したことがあり(『アトランティア 浮上編』徳間書店/12月8日発売)、彼女を高く評価しているのだとか。 ジェイコブセンの『ハチはなぜ大量死したのか』は、版元の内容紹介によれば、「地球の生態系の危機」に迫る、「現代版『沈黙の春』」だそうだ。『沈黙の春』は言うまでもなく、レイチェル・カーソンの名著で環境問題を扱う古典だ。新潮文庫で読むことができる。 『ハチはなぜ~』について、版元紹介文をさらに見てみよう。「2007年、北半球に生息するミツバチの4分の1が消えました。ある朝養蜂家が巣箱をあけると、そこにいるはずの働きバチがいないのです。働きバチは二度と帰ってくることなく、そのコロニーは全滅します。謎のその病気は蜂群崩壊症候群(CCD)と名付けられます。その原因追究から「生態系の平衡の歪(ゆが)み」というより大きな枠組みに読者をつれさる知的興奮の科学書です。福岡伸一さんの解説が付きます」。CCDについては、ナイト・シャマラン監督の映画『ハプニング』を見て、記憶している人もいるだろう。 発売日が未詳だが、09年1月の新刊には次のものもある。 『フッサール・セレクション』立松弘孝編 平凡社ライブラリー 1,470円 『イデーン(2-2)』フッサール みすず書房 6,300円 『故国喪失についての省察(2)』E・サイード みすず書房 5,040円 『「あこがれ」の輝き:源氏物語を読む』ノーマ・フィールド みすず書房 5,880円 『史上最悪のインフルエンザ:忘れられたパンデミック』A・W・クロスビー みすず書房 4,620円 『創発する生命:化学的起源から構成的生物学へ』ピエロ・ルイジ・ルイージ NTT出版 5,250円 『アメリカの省察:トクヴィル・ウェーバー・アドルノ』クラウス・オッフェ 法政大学出版局 2,100円 『国家とは何か:ピエール・ブルデューと民主主義の政治』ブルデュー+ヴァカンほか 藤原書店 4,410円 『スパイと公安警察:ある公安警部の30年』泉修三 バジリコ 1,680円 『ヤバい社会学:一日だけのギャング・リーダー』スディール・ヴェンカテッシュ 東洋経済新報社 2,100円 『新版 路上のマテリアリズム:電脳都市の階級闘争』平井玄 社会評論社 2,415円 『完訳 わが闘争』全二巻 アドルフ・ヒトラー/畔上司訳 学研 各2,940円 『ナチが愛した二重スパイ:英国諜報員「ジグザグ」の戦争』ベン・マッキンタイアー/高儀進訳 白水社 2,520円 『時間と自由』ベルクソン/平井啓之訳 白水Uブックス 1,365円 『西洋美術書誌考』西野嘉章 東京大学出版会 9,240円 『東京ブックナビ』東京地図出版 1,050円 クロスビーの新刊は前世紀前半に大流行した「スペインかぜ」を研究したもので2004年に刊行されたが、今回、「訳者による解説「パンデミック・インフルエンザ研究の進歩と新たな憂い」を付した新装版」(版元紹介文)として再刊される。 ヒトラーの『わが闘争』は平野一郎・将積茂訳(角川文庫版全2巻)が完訳本としては長らくもっとも入手しやすい版として巷間に流布されてきた。今回の新訳では訳文の可読性を高め、補足説明や訳注を充実させているようだ。なお、日本ではヒトラーの「未刊の口述タイプ原稿」も、『続・わが闘争』として翻訳されている。平野一郎訳(角川文庫、04年7月)、立木勝訳(成甲書房、04年5月)。 マッキンタイアーが描いているのは、版元紹介文によれば、「第二次大戦末期、ロンドン暗黒街の悪党チャップマンは、ナチのスパイとなるも、実は二重スパイとして、ベルリンに偽情報を送っていた」という秘史。既訳書に『エリーザベト・ニーチェ:ニーチェをナチに売り渡した女』(白水社、1994年)や『大怪盗:犯罪界のナポレオンと呼ばれた男』(朝日新聞社、1997年)などがある。今回の新刊は、トム・ハンクスによる映画化が進行中だそうだ。 『東京ブックナビ』は書店や図書館のほか、近隣の喫茶店・飲食店、また、オンライン書店なども紹介するそうだ。約4年前、メタローグから『ブック・ナビ東京:必ず見つかる!書店&図書館800件徹底ガイドの詳細』というのが刊行されていたことを思い出した。 ▲
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| 2008-12-26 09:16
| 本のコンシェルジュ
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2008年 12月 17日
これから開店する本屋さんで、弊社の本を扱ってくださる予定のお店を順次ご紹介しております。お近くにお越しの際はどうぞお立ち寄りください。 09年3月6日 谷島屋浜松本店:図書570坪 静岡県浜松市中区砂山町6-1 メイワンビル8F JR浜松駅ビル「メイワン」6階に売場面積200坪で展開している「メイワン店」が来春増床して生まれ変わるようです。市内にはご存知「連尺本店」がありますが、「本店」の名はこちらからは消えてしまうのでしょうか。 ▲
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| 2008-12-17 10:05
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2008年 12月 15日
毎年恒例の自己スルーどころか、昨年の七周年の折に「08年」と誤記していたことに一年間も気づかなかった馬鹿野郎こと私めでございますが、先週の日曜日の12月7日は、弊社の創業記念日でした。満八周年になります。ご挨拶が遅くなりましてすみません。皆様の日ごろのご愛顧に篤く御礼申し上げます。これからもいっそうがんばります。 十周年の折にはなんとか初の図書目録を作ってみたいものです。しかし昨今、金融不況が出版書店業界にも響いてきて、色んな噂を聞いたりするにつけ、十周年までのこれからの二年間、大きな再編や変動が業界を襲うんじゃないか、というような不安もあったりします。この年の瀬も、大阪屋さんの5億円緊急増資とか、文教堂さんの新年会が中止とか、徴候的なニュースが目立ちます。さらに突っ込んで見たい方は「新文化」誌の決算特集などをご覧下さい。本当にどうなることやら……。 2008年に出版した本 自社発行 2月:澤田サンダー文・増山麗奈絵『幼なじみのバッキー』【日本文学・芸術】 3月:ジャック・デリダ『条件なき大学』西山雄二訳【フランス現代思想】 6月:洲之内徹『洲之内徹文学集成』【日本文学】 8月:ジュディス・バトラー『自分自身を説明すること』佐藤嘉幸・清水知子訳【アメリカ現代思想】 11月:今福龍太『ブラジルのホモ・ルーデンス』【カルチュラル・スタディーズ】 自社重版 1月:ポール・ギルロイ『ブラック・アトランティック』3刷【カルチュラル・スタディーズ】 6月:パオロ・ヴィルノ『マルチチュードの文法』2刷【イタリア現代思想】 11月:森山大道『新宿+』2刷【写真】 12月:ジョルジョ・アガンベン『バートルビー』2刷【イタリア現代思想】 発売元請負 4月:『表象02』表象文化論学会発行【哲学思想】 以上、自社本5点、発売元請負1点でした。 ▲
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| 2008-12-15 01:08
| ご挨拶
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2008年 12月 14日
![]() ガブリエル・タルド(1843-1904):著 村澤真保呂(1968-)+信友建志(1973-): 訳 河出書房新社 08年12月 本体3,800円 46判上製268頁 978-4-309-24459-4 ■帯文より:あらゆる事物は社会であり、あらゆる現象は社会的事実である。タルドが主要著作をみずから要約した『社会法則』、その特異な方法論をあきらかにした『モナド論と社会学』。ますます新しい「無限小」の社会学者タルドのエッセンス。 ★まもなく発売開始(08年12月19日)です。『模倣の法則』につづくタルド新訳第二弾。帯文にある通り、『社会法則』はタルド社会学の要約で、『模倣の法則』『普遍的対立』『社会論理』の主題を要約し、三著作の緊密な関連を明らかにしたものです。タルドを読み始めるにはこの『社会法則』から読み始めるのが一番だと思います。 ★『社会法則』は1897年の連続講義がもとになっていますが、全く古さを感じさせません。フランスではドゥルーズの弟子のエリック・アリエズが監修したタルド著作集が90年代末から刊行されていますし、今回の新刊の訳者の一人である村澤さんはタルドに影響を受けているマウリツィオ・ラッツァラートの『出来事のポリティクス』を今年六月に洛北出版から刊行されています。 ★写真の左側は昭和18年(1943年)1月に創元社から刊行された、小林珍雄訳『社会法則』です。当時は初版5000部も刷っていたことが奥付で分かります。私が本書を購読したのは20年近く前の学生時代のことです。当時は新刊書店で入手できるタルドの訳書は『世論と群集』(未來社)しかありませんでしたし、地元の図書館にはもとより置いてありませんでしたから、あとは古本屋を探すしかありませんでした。創元社版『社会法則』は古い本でしたが、とても刺激的な内容で、むしろ時代を超えた新鮮味を感じました。たとえば社会のダイナミズムを捉えた次のような一節(引用は河出版新訳からです)。 ★「したがって、差異が増大していくと述べるのは真実ではない。というのも、新しい差異が出現するたびに、古い差異は消えていくからである。このような考察を念頭におくと、(かりに共通の尺度がない事物を合計することができたとして)「世界全体における差異の総和は増大していく」という考えにはまったく根拠がないことになる。むしろこの世界に起こっているのは、たんなる差異の増大よりも、はるかに重大な事実である。すなわち、差異そのものの差異化である。この世界では変化そのものが変化に向かっており、ある意味でわれわれは、むきだしの差異――けばけばしい原色のような――がちりばめられた時代から、繊細な差異が調和する時代へと導かれているのである」(120頁)。 ★創元社版小林訳と比べると、いっそう理解しやすい訳文になっていて、好感を持ちました。併録されている「モナド論と社会学」は初訳です。訳者解説によれば、「タルドの著作のなかでもっとも原理的な内容であり、本書によって『模倣の法則』や『社会法則』をよりよく理解することができる〔中略〕。実際、『社会法則』の終わりのほうで展開されるタルドの思想的原理は、本書をそのまま参照したものであり、その意味では本書と『社会法則』は表と裏の関係になっている」(258頁)とのことです。確かに、例えば次のような一節が眼に留まります。 ★「諸科学から社会学的精神を抽出することは、とりわけ私が戦っている偏見から諸科学を救い出すことになるのだ。そのとき人々は、この偉大で美しい差異化の原理を理解しなければならない理由を知ることになるだろう。おめでたいことにスペンサーは、この差異化の原理を拡大しても、それをふさわしい仕方で普遍的調和の原理と和解させようとはしなかったのである」(181頁)。 ★こうも書かれています、「存在すること、それは差異化することである」。「差異は宇宙の始まり〔アルファ〕であり、終わり〔オメガ〕である」(ともに184頁)。タルドは20世紀後半に欧米で花開くことになる「差異の哲学」の先駆者だと言えるだろうと思います。願わくば今後もタルドの新訳が進み、新しい読者と出会い続けることを期待してやみません。 ▲
by urag
| 2008-12-14 22:25
| 本のコンシェルジュ
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2008年 12月 14日
![]() マルクス:原作 バラエティ・アートワークス:企画・漫画 イーストプレス 08年12月 本体552円 文庫判192頁 978-4-7816-0021-5 ■カバー紹介文より:金が何でできているか知ってるか? 19世紀前後に起こった産業革命以後、工業化により商品の大量供給が可能になったが、貧富の差はますます広がり、人々の生活は豊かになるどころか苦しくなるばかり。労働者を酷使する生産過程の中で新たな価値を生み出す「搾取」のシステムが明らかになる・・・。資本主義社会に生涯をかけて立ち向かった革命家・マルクスの代表作を漫画化。 ★売行好調と聞く「まんがで読破」シリーズの最新刊はなんとマルクス『資本論』。同シリーズでは小林多喜二『蟹工船』が刊行されていますし、海外の人文系古典でもマキアヴェッリ『君主論』、ニーチェ『ツァラトゥストラかく語りき』といった漫画化がまったく予想できない名著から、ヒトラー『わが闘争』といった奇書までもが刊行されています。続刊予定にはキェルケゴール『死に至る病』も。学術系の編集者なら敬遠するであろう大作や問題作や難解な著書の翻案に大胆にも挑戦する姿勢には注目すべきものがあります。 ★巻末に記載された、「まんがで読破」編集部による注記にはこうあります、「このまんがは原書『資本論』の主に第一巻をベースにして物語化したものです。原書の『資本論』は資本主義の解明だけにとどまらず、革命的な思想や哲学がもりこまれた大著となっております。本書が足がかりとなり、原書の橋渡しになることを切に願っております」。 ★漫画化された『資本論』は「資本の生産過程」「搾取」「労働の売買」「価値」の四部に分かれ、一貫したストーリーで資本主義の残酷な現実を描写しています。難解さはなく、「労働力という商品を安く買い叩くことによって会社(より正確には株主)が儲かる」という現実は今なお私たちが生きている当のものであることがよくわかります。物語の最後に出てくる、解雇された労働者の街頭での叫び「俺たちは奴隷じゃない」は、現代社会における労働者の魂の声でもあるでしょう。 ★誤解のないようにしなければなりませんが、この漫画化は、複雑で膨大な『資本論』を教科書風にまとめなおして図示したものではありません。『資本論』のいくつかのモチーフを抽出して、それを分かりやすく説明するためにオリジナルのフィクションに託してみた「別物」です。『資本論』の概要が分かるように作られたものというよりは、編集部が言うように「足がかり」として、読者にとって原典へ近づくきっかけになれば、という意図のもの。このシリーズに対して原典への忠実さを求めたり、忠実でないからと言って責めるのはいささか不毛だと思います。確かにシリーズ名にある「読破」という惹句やシリーズに共通した帯文の「徹底漫画化」という宣伝文句には若干語弊があるかもしれませんが。 ★本書を読んで、『資本論』原典に興味を抱いて直ちに購読しようとは思っても、実際はなかなか決心がつかないかもしれません。というのも、もっとも廉価な岩波文庫版ですら全九分冊の大著ですし、揃いで買うと約8500円になりますし、内容は難解でマンガを読むようにはとうていいきません。とりあえず議論の中心になっている第一部(マルクス自身が生前に仕上げたのは全三部のうち第一部のみ)だけでもチャレンジしてみよう、という場合は、岡崎次郎訳『資本論』第一巻~第三巻(国民文庫)と、今村仁司ほか訳『資本論第一巻』上下巻(筑摩書房)をお奨めします。いきなり原典にいくのは辛いという方には、的場昭弘『超訳「資本論」』(祥伝社新書)をお奨めします。 ![]() カール・マルクス/フリードリヒ・エンゲルス:著 水田洋:訳 講談社学術文庫 08年12月 本体960円 A6判282頁 978-4-06-291931-9 ■帯文より:貧困と不平等を超克した理想の社会へ「すべての国の労働者よ、団結せよ!」 ■カバー紹介文より:1848年の二月革命前夜、プロレタリアートたちが掲げたマニフェストに力強く簡潔な表現で謳われていた、来るべき社会の理想。そして21世紀の現在、今なお世界に蔓延する格差や不均衡に直面する我々に向けて本書が放つ変わらぬ光は、重要な示唆に富む。社会思想史の泰斗による平易な訳に丁寧な解説を施し、近代を代表する不朽の古典が蘇る。 ★1972年に講談社文庫の一冊として刊行されたもの(写真左)の改訂版です。訳者の水田洋(1919-)さんと言えば、アダム・スミスやホッブズの翻訳などでも知られています。今回の再刊にあたっては巻末に「あとがき」が加えられていますが、ごく簡潔な覚書と謝辞のみになっています。 ★『共産党宣言』が新たに読まれるようになったきっかけのひとつは、91年の年末にソ連が崩壊し、その二年後の93年10月に金塚貞文訳『共産主義者宣言』が柄谷行人の「刊行に寄せて」を付して太田出版から発売されたことではないかと思います。共産主義が「終焉した」とされた当時こそ、偏見のない再評価のスタートラインにつけるのだという認識が、柄谷さんと浅田彰さんが率いる『批評空間』誌にはあったと思います。現実にある政党とは無関係に読み直すという意義は、「共産党」ではなく「共産主義者」とした新訳に表れています。その後99年6月に刊行された『批評空間』第Ⅱ期第22号では「世界資本主義からコミュニズムへ」と題された共同討議が掲載され、同年99年12月には柄谷行人編『可能なるコミュニズム』が太田出版から刊行されました。共産主義という手垢のついた言葉を、カタカナの「コミュニズム」と言い換えたことも一つの戦略ではあったと思います。さらに、00年12月にはスラヴォイ・ジジェクが『共産党宣言』刊行150周年記念版(98年にザグレブで刊行)に付した論文「いまだ妖怪は徘徊している!」が長原豊訳で情況出版より刊行され、01年9月に柄谷行人さんが『トランスクリティーク――カントとマルクス』を批評空間から刊行、03年1月に以文社より出版されたネグリ/ハートの『〈帝国〉』が大きな話題を呼び、昨今では小林多喜二『蟹工船』がベストセラーになるに至って、共産主義=コミュニズムが「再ブーム」化しうる社会が到来した、と言えるようになってきました。いえ、正確に言えば、新自由主義下の格差社会の実態が露呈してきたからこそ、そうした書籍群も注目されてきたわけです。 ★『共産党宣言』はあくまでも宣言ですから、マルクスの思想の細部までは詳述されていません。その意味では水田訳の文庫ではエンゲルスによる「共産主義の諸原理」が併録されていて、問答形式で共産主義の何たるかが簡潔に示されていますから、理解をいっそう深めることができるだろうと思います。ただし、「諸原理」でも明らかにされていない論点が複数あり、さらにマルクス『資本論』でも、資本主義社会の消滅後に到来する共産主義社会が詳述されているとは言えないため、コミュニズムの現実的細部というのは今なお現代人の「宿題」として残されたままです。貧困や不平等が克服された社会、弱者からの搾取が廃絶された社会、そうした理想社会に至るための闘争の途上に人間がある限り、マルクスは何度でも再来するはずです。 共産党宣言 彰考書院版 マルクス+エンゲルス:著 幸徳秋水+堺利彦:訳 アルファベータ 08年11月 本体900円 四六判並製128頁 978-4-87198-300-6 ■帯文より:資本主義が暴走したいまこそ、読むべき時。世界で「聖書」の次に多く読まれ、半世紀前の日本で100万部突破。大逆事件で死刑となった幸徳秋水と、日本社会主義運動の父、堺利彦が弾圧にも挫けず、情熱を込めて訳した不朽の名訳。 ■版元紹介文より:当社アルファベータは、彰考書院の経営者の孫が経営している出版社です。このたび、「いまこそ、読むべき時」との思いも強く、半世紀ぶりに復刊いたします。19世紀半ばの社会分析が、今の時代を鋭く言い当てていることに驚かされます。そして明治の時代、敗戦直後の時代、私たちの祖父の時代の歴史の断面と、その情熱を感じていただければ幸いです。 ★「現代かな遣い、ルビ付に改定して復刊」されたものです。アルファベータのウェブサイトに「当社及び本書は、日本共産党とは何ら関係がありません」と明記されている点が、代表者中川右介さんのこだわりを感じさせます。中川さんは本書の巻末に「ある左翼出版人の略伝」という文章を寄せられており、そこにはこう書かれています、「祖父〔藤岡〕淳吉の時代、革命運動とはイコール出版活動でもあった。だがこんにちの「運動」ではインターネットが紙の出版にかわろうとしている。それは分かっている。しかし、あえて、紙に印刷することにこだわってみたかった。〔中略〕ネット上の情報は、管理者の気まぐれで消されてしまえば、それっきりだが、本は、たとえ著者が死のうが出版社が倒産しようが、数十年は「もの」として存在し続ける」(126-127頁)。 ★これらの言葉に私個人は大いに共感します。こんにちの業界において、出版活動と革命運動を結びつけることはほとんど一笑に付される主張かもしれませんが、私自身はこの二つを別々のものだと割り切ることはしたくありません。好むと好まざるとに関わらず、出版活動というものは大小の「文化戦争」に巻き込まれており、その現実を否定するのは実際のところナンセンスなのです。また、紙媒体が徐々に滅んでいき、電子媒体が主流化しつつあるように見える昨今でも、単独のモノとしての紙媒体のシンプルなしぶとさには、様々な周辺機器や電力を必要とし単独のモノとしては肉眼のみで読まれ得ない電子媒体の脆さや利便性と表裏一体の不便さよりは、いっそう生き残れる可能性があります。より古くからあるメディアの方が今後も存続する可能性があるのです。もっと言えば、紙の本よりうんと古い石版のほうが絶対的に耐久性において優れています。電子情報や紙の本が地上からすべて消えても、石版は残るでしょう。現代社会の情報基盤というのは実は脆弱なもので、いつ消えてなくなっても不思議ではないのだということを、忘れてはならない気がするのです。 ▲
by urag
| 2008-12-14 00:46
| 本のコンシェルジュ
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2008年 12月 10日
◎08年12月5日発売分 困難な自由〔増補版・定本全訳〕 エマニュエル・レヴィナス著 合田正人監訳 三浦直希訳 法政大学出版局 本体4,700円 978-4-588-00905-1 古代の立柱祭祀 植田文雄(1958-)著 学生社 本体2,200円 978-4-311-20323-7 平安時代の宮廷祭祀と神祇官人〔改訂増補〕 藤森馨(1958-)著 原書房 本体3,800円 978-4-562-09126-3 NPO新時代――市民性創造のために 田中弥生著 明石書店 本体2,000円 978-4-7503-2879-9 地デジ利権――電波族官僚うごめくテレビ事情 世川行介(1952-)著 現代書館 本体2,000円 978-4-7684-6982-8 学力と階層――教育の綻びをどう修正するか 苅谷剛彦(1955-)著 朝日新聞出版 本体1,800円 978-4-02-330405-5 ◎08年12月6日発売分 生きさせる思想――記憶の解析、生存の肯定 雨宮処凛(1975-)+小森陽一(1953-)著 新日本出版社 本体1,400円 978-4-406-05215-3 人は月に生かされている――再生する月・甦るいのち〔新版〕 志賀勝(1949-)著 新曜社 本体2,400円 978-4-7885-1142-2 拡散する音楽文化をどうとらえるか 東谷護(1965-)編著 勁草書房 本体2,800円 978-4-326-69861-5 アイヌ文化の成立と変容――交易と交流を中心として(上)エミシ・エゾ・アイヌ 榎森進+小口雅史+澤登寛聡編 岩田書院 本体9,500円 978-4-87294-531-7 アイヌ文化の成立と変容――交易と交流を中心として(下)北東アジアのなかのアイヌ世界 岩田書院 本体12,000円 978-4-87294-532-4 ◎08年12月8日発売分 山口組概論――最強組織はなぜ成立したのか 猪野健治(1933-)著 ちくま新書 本体780円 978-4-480-06463-9 ◎08年12月9日発売分 DV・虐待加害者の実体を知る――あなた自身の人生を取り戻すためのガイド ランディ・バンクロフト著 高橋睦子+中島幸子+山口のり子監訳 明石書店 本体2,800円 978-4-7503-2890-4 身体とアイデンティティ 礫川全次(1949-)著 批評社 本体2,000円 978-4-8265-0494-2 霊符全書 大宮司朗著 学研 本体2,300円 978-4-05-403974-2 鎮護国家の大伽藍・武蔵国分寺 福田信夫(1951-)著 本体1,500円 978-4-7877-0932-5 ◎08年12月10日発売分 私はガス室の「特殊任務」をしていた――知られざるアウシュヴィッツの悪夢 シュロモ・ヴェネツィア(1923-)著 鳥取絹子訳 河出書房新社 本体2,000円 978-4-309-22495-4 熱学思想の史的展開(1)熱とエントロピー 山本義隆著 ちくま学芸文庫 本体1,400円 978-4-480-09181-9 共産党宣言/共産主義の諸原理 カール・マルクス/フリードリヒ・エンゲルス著 水田洋訳 講談社学術文庫 本体960円 978-4-06-291931-9 連帯経済の可能性――ラテンアメリカにおける草の根の経験 アルバート・ハーシュマン(1915-)著 矢野修一+宮田剛志+武井泉訳 法政大学出版局 本体2,200円 978-4-588-60305-1 パスポートの発明――監視・シティズンシップ・国家 ジョン・トーピー(1959-)著 藤川隆男監訳 法政大学出版局 本体3,200円 978-4-588-60304-4 ▲
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| 2008-12-10 22:58
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2008年 12月 09日
JR新宿駅東口改札のすぐそばにある大衆飲食店「ベルク」の店長である井野朋也さんが書いた『新宿駅最後の小さなお店ベルク――個人店が生き残るには?』(ブルース・インターアクションズ、08年7月)の刊行からはや4ヶ月以上。ついに井野店長がトークセッションに出るそうです。上記本は、零細企業においてお店の個性とお客様とのあいだの距離感をどう適度に心地よくつくるか、お店そのもののクオリティをいかに保ち、さらにそれを日々磨いていくか、そして家主である大企業(ルミネ=JR)といかに渡り合っていくかということが、井野さんのパートナーである迫川副店長の筆も一部借りて、「存続の危機」問題も含め、赤裸々に語られています。飲食業の話ではありますが、出版/書店業界にも通じる、骨のある実地経営論に貫かれていて、私自身は「店の思想」として非常に面白く読みました。皆様に広くお奨めします。 ◎伊賀大介(スタイリスト)×井野朋也(ベルク店長)トークセッション「新宿、ファッション、インディーズカフェの魅力を語る!~たくさんの人。それぞれのやり方。みんなの居場所。昼からビール飲みてぇ。ンマー!!(C)まんが道」 日時:12月12日(金)18:00開場 18:30スタート 会場:新宿三越アルコット8F「ジュンク堂書店新宿店・喫茶コーナー」 参加費:1000円 定員:60名(定員になり次第〆切になります) お申込みは、ジュンク堂書店 新宿店7Fカウンターにて またはお電話でのご予約も承ります。(TEL 03-5363-1300) 伊賀大介: 新宿生まれ、新宿育ち。スタイリスト。1996年、スタイリスト熊谷隆志氏に師事。1999年、スタイリストとして活動開始。ファッション誌、ミュージックビジュアル、 広告の他、最近では映画や舞台へも活動の幅を広げる。「MEN'S NON-NO」にて“伊賀文庫”、「papyrus」にて“人間万事塞翁が伊賀”を連載中。 井野朋也: 1960年東京都新宿生まれ。新宿育ち。早稲田大学社会科学部卒業後、塾講師を経て、1990年より新宿駅ビル地下のビア&カフェ「ベルク(BERG)」の経営者・店長。 ▲
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| 2008-12-09 00:09
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2008年 12月 08日
◎画家・増山麗奈アートフェア「麗奈タン トポス★ビッグバン!!」――超左翼マガジン「ロスジェネ」2008年流行語大賞ノミネート記念 日時:08年12月1日(金)~12月14日(日) 場所:紀伊國屋書店新宿本店3F 内容:世界同時大恐慌! 貧困、戦争、環境破壊。どーなる!? ボクたちの未来……新自由主義が崩壊した後の世界を「ロスジェネ」編集委員で画家の増山麗奈が描く。アメリカの経済学者ミルトン・フリードマンに関する新作絵画などを展示・販売します。堤未果、志葉玲、辻信一など次の一歩を踏み出した人々の書籍も紹介。電気料金値上げおかしくない? みんなのエネルギーデモ映像DVDボックスも。 ![]() *** ★特別企画!!!★ 大好きな人へのクリスマスプレゼントに世界で一枚の肖像画を贈りませんか? 増山麗奈による「愛を込めた描きおろし肖像画」、限定20名様まで。増山麗奈がお客様の写真を元に描きます。アートフェア会期中にお申し込みいただければ12月22日までに仕上げます。1万円より。 ▼料金表 1)モノクロ シンプル額 10000円 2)モノクロ マット付き+豪華額 20000円 3)カラー シンプル額 40000円 4)カラー マット付き+豪華額 50000円 注)基本的には絵のサイズはA4になります。マットが付く場合額のサイズはワンサイズ大きくなります。 注)額は基本的には写真にあるような生成りの木製、マットは白色を使用します。もし額の色や素材、マットの色を変えたい場合はご相談ください。 注)モノクロバージョンは、最高級水彩紙にペンと水彩、カラーバージョンは、最高級水彩紙に水彩とパステル、で仕上げます。 注)別途消費税をいただきます。 注)カップルお二人の肖像画が欲しい。サイズを大きく、小さくしたいという場合は別途相談にのります。 ■仕上がりまでの流れ 1)紀伊國屋店頭もしくはe-mailでご注文を承ります。 写真をメール、もしくはプリントで渡していただき、「車が好き、赤色が好き、ウエディングドレスを着たい、ひまわりを持ちたい」等々絵への要望を教えていただいて、カラーかモノクロか、または額はどうするかなどお申し込みいただいた段階で確定していただきます。 申し込みメールアドレス renanigaoe@gmail.com お問い合わせ電話番号 03-3354-5703(紀伊國屋3階直通 担当・大藪) 2)14日までにお申し込みいただければ、12月22日までにお渡しいたします。紀伊國屋店頭での受け渡しでも、郵送でのお渡しでも可能。特注の箱に入れてお渡しします。 3)代金は、店頭受け渡し・郵送のいずれの場合でも、現金/カード両方お使いただけます。 ![]() ![]() ▲
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| 2008-12-08 23:13
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2008年 12月 08日
![]() ジャン・ジュネ(1910-1986):著 鈴木創士(1954-):訳 河出文庫 本体1,200円 文庫判408頁 978-4-309-46313-1 ■カバー紹介文より:「ジュネという爆弾。その本はここにある」(コクトー)。「泥棒」として社会の底辺を彷徨していたジュネは、獄中で書いたこの一作で「作家」に変身した。神話的な殺人者・花のノートルダムをはじめ汚辱に塗れた「ごろつき」たちの生と死を燦然たる文体によって奇蹟に変えた希代の名作が全く新しい訳文によって甦る。 ■原著:Jean Genet, Notre-Dame-des-Fleurs, Paris, 1948. ★堀口大学(1892-1981)による初訳(単行本1953年、全集版67年、文庫版69年、すべて新潮社)からはや半世紀、ついに新訳が出ました。獄中で執筆された彼の最初の小説です。写真下段右がこのたびの河出文庫版、左が新潮文庫版です。そして上段は、ジュネの小説同様に怪物的な、サルトルのジュネ論『聖ジュネ』(全二巻、新潮文庫、白井浩司・平井啓之訳、1971年)※です。新潮文庫の『花のノートルダム』と『聖ジュネ』は現在入手不能。 ジュネの小説や戯曲は『ジャン・ジュネ全集』(全4巻、新潮社、初版1967-68年/再版1992年)に収められており、中でも『花のノートルダム』『ブレストの乱暴者』『葬儀』は河出文庫で、『泥棒日記』が新潮文庫で入手できますが、彼の晩年の政治的活動を知るためには、『恋する虜』や『公然たる敵』といった著書を読まねばなりません。『恋する虜』は人文書院版が来年には復刊されると聞きますし、『公然たる敵』は弊社から刊行予定です。また、ジュネの伝記としては、エドマンド・ホワイトによる『ジュネ伝』(全二巻、河出書房新社、2003年)が高名です。 *** ※『聖ジュネ』は原著が1952年刊で、日本語訳としてはいずれも白井浩司・平井啓之訳の、初訳単行本『殉教と反抗』(全二巻、新潮社、1958年)もサルトル全集版『聖ジュネ』(全二巻、人文書院、1966年)も、文庫版『聖ジュネ』(全二巻、新潮文庫、1971年)が刊行されていますが、残念ながらすべて絶版で、古書市場でも探すのが非常に面倒な本の類です。『存在と無』(全三巻、ちくま学芸文庫、2007-08年)や『弁証法的理性批判』(全三巻、人文書院、1962-1973年)などの哲学的代表作に対し、『聖ジュネ』は『家の馬鹿息子』(訳書第三巻まで刊行、人文書院、1983-2006年)と並ぶ文芸批評の代表作です。いずれも浩瀚かつ難解ですが、やはり代表作は文庫本で読めるようになるといいなと思います。 ▲
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| 2008-12-08 00:39
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2008年 12月 05日
アガンベンの論考にメルヴィル小説の新訳を附した『バートルビー』(05年7月刊)の重版が本日出来上がり、事前にご予約いただいた書店様には、8日(月)から取次搬入開始いたします。働くことを拒絶しながらも職場に居座り、やがて世界の片隅で餓死してしまう小説の主人公の生き様は、発表後150年を経た今もなお鮮烈です。昨今、小林多喜二の「蟹工船」がブームになりましたが、「蟹工船」に描かれた《抵抗と団結》への労働者の道のりとは違って、一生懸命自分の仕事に没頭していたバートルビーはある日突然、職場での簡単な手伝いを拒んだのをきっかけにして、やがて自分の職務そのものもやめてしまいます。その《拒絶と孤独》のありようというのは、現代人への黙示録のように映ります。 アガンベンはバートルビーをあらゆる可能性の全的回復者とみなします。アガンベンの議論というのは、現実として顕在化したものが世界のすべてなのではなく、現実の奥底にすでに潜在的に実在するものが確かにあって、いまだ到来していないけれども「存在しない」とまでは否定できない、というような、そうした物事について書いているように私個人は読みました。つまり、人間が本来持っている可能性というのは、《できない》という否定形としてよりも、「ないことが《できる》」という肯定においてこそ捉えることのできるものだ、とアガンベンは言っているように思います。「もうひとつの世界は可能だ」とでもいうような、ひとつの希望です。 バートルビーのような絶望の物語に、希望を読み解こうとしたアガンベンが、私にはとても重要に見えます。彼は皮肉を書いたのではないのです。絶望をそっくりそのままあらゆる希望へと反転させるということ。キリストでも救世主でもないバートルビーにおいてすら「すべての希望が担保されている」ということを、アガンベンは言いたかったのではないかと私は考えています。 書店様へ。弊社では重版および新刊のご案内をFAXないしEメールでご案内しています。「そんなのもらったことないけど、チェックしてやってもいいぞ」という書店様は、弊社へ電話、FAX、メールなどでお申し付け下さい。電話/FAX番号やメアドは、弊社の公式ウェブサイトに明記してあります。 メルヴィルの「バートルビー」は今世紀に入ってから映画で実写化されたことがありました。2001年のアメリカ映画で、ジョナサン・パーカー監督の「バートルビー」(83分)がそれです。上記映像はその予告編。クリスピン・グローヴァーが主人公バートルビーをつとめていて、まさに小説で描かれているような風貌で怪演しています。グローヴァーと言えば、「バック・トゥ・ザ・フューチャー」の気弱なお父さん役や「チャーリーズ・エンジェル」のマニアックな用心棒役で日本でも一般的に知られていると思います。映画を製作したパーカー・フィルム・カンパニーでは「バートルビー」のTシャツや奇妙なサントラの音楽CDを販売していて可笑しいです。弊社でもTシャツを作ろうかな、「I would prefer not to」っていう。 ▲
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| 2008-12-05 01:45
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