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2006年 03月 23日

デリダ『触覚、ジャン=リュック・ナンシーに触れる』が青土社から

触覚、ジャン=リュック・ナンシーに触れる
ジャック・デリダ著 松葉祥一+榊原達哉+加國尚志訳
青土社 06年3月刊 本体4800円 46判598頁 ISBN4-7917-6257-6

■帯文より:現代思想も陥る西洋哲学史の罠。アリストテレスから現代にいたる哲学が、触覚の直接性に基づく「直感主義」の罠に陥っている様を詳細に分析し、それを免れたナンシーの哲学の可能性をおし開く。現象学からドゥルーズを含むフランス現代思想全般を初めて批判的に論じ、その精神的背景としてのキリスト教=グローバリゼーションの脱構築を試みたデリダ晩年の哲学的主著。
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●デリダによる秀逸なナンシー論"Le toucher, Jean-Luc Nancy"(Galilée, 2000)が翻訳されました。来月、ナンシーが来日するそうですから、いいタイミングの刊行ですね。来日に併せてナンシー自身の著書の日本語訳も何点か刊行されるようです。

●デリダのナンシー論を手にとってまず驚くのは、書名の「触覚」にふさわしい、カバー用紙の独特の触り心地です。これはおそらく多くの読者にとって初体験になるのではないでしょうか。青土社さんにお尋ねしたところこの紙は「羊毛紙」というのだそうです。早速検索して調べてみると、「羊毛を25%混入、ゴワッとした和紙風の仕上り」とのこと。

なんと本物の羊毛を混ぜている紙なんですね。

●ゴワッとしているというよりは、もっと見た目が柔らかくで、表面は細かい起毛状のフワッとした風合いに近いものに見えます。インクの乗り具合はこの起毛状の表面に優しく包まれている感じ。手触りは和紙のような感覚です。装丁は戸田ツトムさんによるもの。

●ぜひ本屋さんで手にとって確かめてください。ただし、手の平の体温が高い人はお気をつけて。繊細な紙なので、しばらく手にしていると、あなたの手の温かさで紙が部分的に波打ち始めます。

●本書のところどころに挿入されている挿画は、シモン・アンタイ(あるいはハンタイとも)による作品です。文字のような文様が無限に繋がりあい、重なり合い、その合間に隙や皺が走っています。

●本書で言及されているナンシーの著書(単独著に限る)のうち日本語訳があるものは以下の通り。

『共同-体』大西雅一郎訳、松籟社、1996年、ISBN4-87984-177-3
『複数にして単数の存在』加藤恵介訳、松籟社、2005年、ISBN4-87984-229-X
『エゴ・スム』庄田常勝+三浦要訳、朝日出版社、1986年、ISBN4-255-86026-2 (絶版)
『自由の経験』澤田直訳、未来社、2000年、ISBN4-624-93243-9
『神的な様々の場』大西雅一郎訳、松籟社、2001年、ISBN4-87984-218-4
『侵入者』西谷修訳編、以文社、2000年、ISBN4-7531-0213-0

私が見落としているだけかもしれませんが、ナンシーの主著と呼んでいいはずの『無為の共同体』(以文社)や『声の分割』(松籟社)が直接的には引用されていないのは意外な感じがしました。なお、本書には『女神たち』という本も言及されていますが、この本は弊社から翻訳刊行を予定しています。

by urag | 2006-03-23 20:24 | 本のコンシェルジュ | Trackback(1) | Comments(0)
2006年 03月 23日

管理者が削除できないコメントスパムが出現、じゃなかった、という小話。

迷惑TBやコメントスパムへの対応というのは毎回うんざりさせられるわけですが、拙ブログの昨日のエントリーに対するアダルト業者によるコメントスパムが、ログインしているブログ管理者である私にすら消せないという、よくわからないことが起きました。

この業者によるコメントの脇についている「×」(削除マーク)がアクティヴになりません。一時的な不具合なのか、それとも新手のスパムなのか・・・。管理者が削除できないように細工されたコメントスパムなんてものが存在しうるのでしょうか。ちょっと考えにくいです。

exblogの「ブログ掲示板」をざっと見渡し、グーグルやヤフーで検索してみましたが、管理者が削除できないコメントスパムについては有効な情報は得られず。そのかわり、上記業者をグーグルで検索すると、まあザクザク出てくること・・・。

しかたなく、エントリー自体を削除して再アップし、当該の業者については「URLの拒否設定」を行いました。この手の削除できないコメントスパムが激増したら、もう対応できません。コメント受付をやめるしかないと思います。それで済まなければ引越しです。

***

[以下追記]

本当に新手のスパム手法なのかどうか、そういうものとは違うのではないかと再度疑い始めて、あれこれテストしてみているのですが、ログインしていても「×」マークがアクティヴにならず削除できない時があるのです。それはごく単純にメインページから各エントリーのコメント欄をクリックして開いた時。何でだろう。

メニューの「最新のコメント」から各コメントをクリックして飛んだ時には「×」がアクティヴです。各エントリーの投稿時間をクリックして、個別エントリーに飛ぶとTBもコメ欄も開いたままになりますが、ここでも「×」はアクティヴ。

特定のスキンにおける不具合なのかと思って、スキンを一時的に変更してみると、ほかのスキンでも同じ状態。なぜこんなことになっているのだろう(しかもなぜ今さら気づいているんだか)。

・・・ということで、勝手に一人で盛り上がってあわてていましたが、真相は別次元にありました。コメントスパムであることは確かではあるけれど、削除できない原因は、新手のスパム技術によるものでもスキンの不具合でもなく、デフォルトが「不便」(私にとっては)なだけ、という。

by urag | 2006-03-23 11:02 | 雑談 | Trackback | Comments(2)
2006年 03月 22日

花粉症あるいは『クリドラ』の見果てぬ結末

鼻がつまって呼吸がうまくできず本当につらいです。口呼吸なので咽喉がひどく渇きますし、激しいクシャミに脳みそがグラグラします。例年より花粉の飛散はずいぶん少ないという予報でしたが、私にはまったく関係なく、例年通りの苦しみを味わっています。ああ・・・解放されたい。

『クリスタル・ドラゴン(24)』を読み終えて親しい知人に貸したところ、知人はこれまで続いてきたとてもゆったりした寄り道的展開が第24巻でもいよいよ間延びしながら続いているのを見て、「これで一冊分が終わりなんて腹が立つ! もう次からは読まない」ときっぱり宣言して本を突き返してきました。まあそう言うのも分からないではない。でもね、ファンにとってはこのテンポすらも愛しいのですよ。急がば回れというじゃありませんか(意味不明)。

例えば第9巻で、狂戦士ソリルが妻のヘンルーダを助けるために、風の精の王パラルダに導かれて異界(聖域)への道のりをたどる描写があります。異界への道のりと言っても、何かおどろおどろしい描写があるのではありません。たくさんの石柱が居並ぶ明るい爽やかな草原を、見えざる迷路でも辿るかのように、パラルダの言う通りに東へ西へ、北へ南へ前後左右にひたすら行ったり来たりするのです。そうして丸一日を費やした後、ようやくその草原のある角度の空間から、異界=聖域に通じる鏡に似た「膜」状の"門"が出現します。

ソリルはそこから異空間に入って、ある者たちと死闘を繰り広げることになるのですが、戦いの終焉に待ち受けていた真実に彼がたどり着いたとき(第10巻)、私はその描写に心から戦慄しました。うわーそう来るか、そう来ちゃうのか、という感じ。回り道が一番の近道になる。逃れようのない必然的な遠回りや寄り道がそこにはあるのです。現実の人生にも似たようなことがある気がします。これとあれがまさかこんな時に繋がるとは・・・という経験。「さだめ」としか言いようのない、何ものかの到来。

とはいえ、私の知人にしてみればそれでも「ここはもっと巻けるだろう」という場面があるじゃないか、ということなのだとは思います。それはそれでよく理解できますけれども。

by urag | 2006-03-22 14:14 | 雑談 | Trackback | Comments(0)
2006年 03月 21日

マイク・デイヴィス『感染爆発』で言及されている本たち

鳥インフルエンザの世界的大流行前夜の世界状況を分析しリアルな脅威を浮かび上がらせた戦慄の書、『感染爆発――鳥インフルエンザの脅威』(マイク・デイヴィス著、柴田裕之+斉藤隆央訳、紀伊國屋書店、06年3月刊、本体1600円、ISBN4-314-01001-0)は、これから続々と書評や紹介が出るに違いない大注目の新刊です。

大注目と言っても、読んで楽しい本ではありません。いまここにある危機が見えてきて暗くなりますし、食品会社の無責任ぶりや製薬会社の「灰色」ぶり、そして政治家や役人たちの無能ぶりに無性に腹が立ってきます。でも、こうした本を読まずに済ますのは、もっと楽しくないことでしょう。知らなかったよね、で終わることではないのです。
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マイク・デイヴィスの既訳書には『要塞都市LA』(村山敏勝+日比野啓訳、青土社、01年4月刊、本体3400円、ISBN4-7917-5878-1)という大著があります。都市論の名手である彼の主著のひとつです。原書最新刊は今月発売の『スラムの惑星』(Verso, 2006, ISBN1-84467-022-8)で、やはりこれも優れた都市論であり鋭利な文明論です。また、『現代思想』06年1月号:特集=災害――難民・階級・セキュリティ(青土社、本体1238円、ISBN4-7917-1144-0)ではデイヴィスのエッセイやインタビューが30頁にわたって読めます。ニューオーリンズを襲ったハリケーン被害について都市政治学の視点から厳しく分析しています。

『感染爆発』を中心に書店さんでミニ・コーナーを作られる際には、上記の既訳書や洋書(可能ならば)を置き、さらに『感染爆発』で言及されている様々な本のうち、日本語訳があるものを並べるとちょうどいい規模のコーナーができるはずです。文学あり、ドキュメンタリーあり、研究書ありで、なかなか面白いです。以下にその書目をピックアップします。

『ペスト』カミュ著、新潮文庫、2004年、本体743円、ISBN:4102114033
『アンドロメダ病原体』マイケル・クライトン著、ハヤカワ文庫、1986年、本体760円、ISBN:4150102082
『グレート・インフルエンザ』ジョン・バリー著、共同通信社、2005年、本体3200円、ISBN:4764105500
『突発出現ウイルス』スティーヴン・モース著、海鳴社、1999年、本体6000円、ISBN:4875251890
『崩壊の予兆』上下巻、ローリー・ギャレット著、河出書房新社、2003年、本体各2400円、ISBN:4309251722/ISBN:4309251730
『見えざる敵ウイルス』ドロシー・クロフォード著、青土社、2002年、本体2400円、ISBN:4791759966
『史上最悪のインフルエンザ』アルフレッド・クロスビー著、みすず書房、2004年、本体3800円、ISBN:4622070812
『だから、アメリカの牛肉は危ない!』D・スタル+M・ブロードウェイ著、河出書房新社、2004年、本体2000円、ISBN:4309251838
『ビッグ・ファーマ』マーシャ・エンジェル著、篠原出版新社、2005年、本体2300円、ISBN:4884122623
『病原体進化論』ポール・イーワルド著、新曜社、2002年、本体4500円、ISBN:4788508273

私個人が特に注目しているのは、『ビッグ・ファーマ』です。ビッグ・ファーマというのは巨大製薬会社のこと。世界的利権をめぐるその赤裸々な内実を炙り出す好著です。

なお、『感染爆発』では、WHO(世界保健機関)西太平洋事務局事務局長の尾身茂(1949-)さんが2004年の暮れに鳥インフルエンザによる推定死亡者数を「少なくとも700万人、最悪で1億人」と警告したことに言及しています。尾身さんは衛生学の分野では知らぬ人はいないほどの有名人ですが、国民一般にはいまだにそれほど知られていないかもしれません。

尾身さんは、医学書院から刊行されている月刊専門誌『公衆衛生』(ISSN 0368-5187)で「Health for All――尾身茂WHOをゆく」という連載を執筆されており、05年12月号(特集=アニマルセラピー)では、「鳥インフルエンザの課題」と題して寄稿されています。この連載はまだ一冊にはまとまっていませんが、第一線で活躍されている尾身さんの本が出たら大きな話題になるのではないかと思います。

***

ところで、NHKの番組「プロフェッショナル・仕事の流儀」の06年2月28日の放送では、「鳥インフルエンザを封じ込めろ」と題して、WHOのメディカル・オフィサー進藤奈邦子さんの活躍にスポットをあてていました。最高にカッコいい女性だなあととても感動しました。キャスターをつとめる脳科学者の茂木健一郎さんのコメントがこちらで読めます。また、ご存知「クオリア日記」の2月21日のエントリー「ぼそりぼそり」でも舞台裏が覗けます。

進藤奈邦子さんについては、イー・ウーマンの「佐々木かをり対談 win-win」第54回で、ロング・インタビューが読めます。このひとも著書が出たら絶対売れる気がします。

***

最後に一言、『感染爆発』に話を戻しておくと、鳥インフルエンザH5N1型による「致死性」に基づく推定死亡者数は、尾身さんの予想を遥かに超える10億人になる、という専門家の報告もあることが本書では言及されています。隣人や家族が命を落とすかもしれない危機、下手をすれば複数の途上国が壊滅的被害を受けるかもしれない災厄が近づいているというのは、背筋の凍る話です。

・・・「時事通信」の報道によれば、WHOはこの日(21日)、2003年以降の鳥インフルエンザによる死者は103人となったと発表したそうです。

by urag | 2006-03-21 23:08 | 本のコンシェルジュ | Trackback | Comments(0)
2006年 03月 20日

新古和洋単文は関係なく読者にとって本は本

文化通信」でも速報が出ていましたが、信州を中心に展開している書店チェーン「平安堂」が、「他書店と共同で古書併売ビジネス」をはじめたそうです。平安堂のウェブサイトでは、以下のような告知が出ています。「お待たせいたしました。長野店2F(文芸書)・4F(人文書・芸術書)、古書コーナー誕生!! 商品を入れ替えし、常設いたします。」

平安堂には、現在、リブロ黄金時代を築いた名店長である今泉さんがいらっしゃるはずです。今泉さんはリブロを退社後、前橋の煥乎堂に移られ、何年か前にはさらに平安堂に移られました。今泉さんが主導されているのかどうかは知りませんが、リブロ池袋店でもその昔、絶版文庫コーナーというのが併設されていた実績がありましたから、そうした経験が現場で活かされているのかもしれません。

古書コーナー常設の目的は「収益向上と顧客サービス」を目指してのことだといいます。実に的確な方向性だと思います。客にしてみれば、新刊も古書も、和書も洋書も、単行本も文庫も、ぜんぶひっくるめて「本」です。在庫管理・販売管理する書店の側にしてみればそれらは全く別の商品なのですが、売る側の事情と合理性が必ずしも読者の利便性に適うわけではないのです。

一昔前までは、新刊書店で古書を扱うというのは一種のタブーに近い響きがあったような気がします。しかしここ5年ほどで随分状況は変わりました。紀伊國屋書店ふるほん文庫やさんと組んで店頭で文庫の古本を販売したり、東京堂書店三省堂神田本店が古書フェアを開いたりしていますし、フタバ図書チェーンでは古書の買取もしているのです。

これらの動向には、品切絶版本をも併売することで集客力を高めるという目的があるだろうと思います。と同時に、「ブックオフ」に象徴されるような、成長し続ける新古書市場を見据えて、新刊書店が対抗戦略を考えているのではないかとも推理できます。

「新刊と古書の併売は出版社への営業妨害だ」と認識している人々にとって、こうした情勢はどう見えているのでしょうか。アマゾンを快く思わないように、平安堂に対しても違和感を抱くのでしょうか。恐らく平安堂長野店の古書コーナーは、品切絶版本を中心とした品揃えになっているだろうことが予想できます。新刊コーナーと同じ書目を扱って競合させてもあまり面白くないはずですから。

新刊と古書を併売することは、書店側が在庫管理と販売管理の手間を厭わなければ、これから拡大していっていいはずの「売場改革」の一手段になると思います。出版人としてではなく、一読者、一利用者として、本屋さんがますます魅力的な場所に変わっていくことを切に望んでいます。

by urag | 2006-03-20 21:19 | 雑談 | Trackback(1) | Comments(0)
2006年 03月 19日

今週の注目新刊(第43回:06年3月19日)

リベラリズム 古代と近代
レオ・シュトラウス(1899-1973)著 石崎嘉彦+飯島昇蔵=訳者代表
ナカニシヤ出版 06年3月刊 税込4,620円 A5判464頁 ISBN4-88848-831-2
■版元紹介文より:<気概>と<節度>――真のリベラリズム論。古代の哲学的思考の核心を取り出すことにより、疎外された近代的「自由」と近代的合理主義を超克し、現代人に「気概」と「節度」を取り戻させる、有徳的な生のための哲学的リベラリズム論。本邦初訳の論文集。
■目次より:
序文
第一章 一般教養教育とは何か
第二章 一般教養教育と責任
第三章 古典的政治哲学のリベラリズム
第四章 『ミノス』について
第五章 ルクレティウスについての覚え書き
   一 上昇
   二 第一巻について
   三 第二巻について
   四 第三巻について
   五 第四巻について
   六 第五巻について
   七 第六巻について
第六章 いかにして『迷える者の手引き』の研究を始めるか
第七章 パドゥアのマルシリウス
第八章 エピローグ
第九章 『スピノザの宗教批判』への序言
第十章 善き社会に関する諸々のパースペクティヴ
原注
訳注
訳者あとがき
人名索引
●ブッシュの側近のウォルフォウィッツが『アメリカン・マインドの終焉』で著名なアラン・ブルームの弟子で、ブルームがシュトラウスの弟子であることから、遡行的にシュトラウスが「ネオコンの理論的源流」と見なされているらしいことは、私にとってはとても違和感のあることです。シュトラウスは理想主義的であるとは言えても、保守的というのとは違うと私は思っています。
●シュトラウスは間違いなく、20世紀における最高の政治哲学者の一人であり、カッシーラーやフッサール、ハイデガーのもとで学んだ秀才で、カール・シュミットとの「対決」やアレクサンドル・コジェーヴとの交流などによっても知られています。すでに4冊の訳書がありますが、そのうち2点は残念ながら品切。今後も翻訳が続くと耳にしていますが、『専制について』(コジェーヴとの往復書簡を併録。某社より刊行予定と聞きます)や、『迫害と著述の技法』(ナカニシヤ出版より刊行予定)などが待たれるところです。論文・講演集の『ユダヤ哲学と近代性の危機』なども訳されてほしいと思います。
●シュトラウスの既訳書は以下の通りです。
『自然権と歴史』塚崎智+石崎嘉彦訳、昭和堂、1988年(品切)
『ホッブズの政治学』添谷育志+谷喬夫+飯島昇蔵訳、みすず書房、1990年
『政治哲学とは何か』石崎嘉彦訳、昭和堂、1992年(品切)
『古典的政治的合理主義の再生』トマス・L・パングル編序、石崎嘉彦監訳、ナカニシヤ出版、1996年
●このほかに、ハインリヒ・マイアーの『シュミットとシュトラウス――政治神学と政治哲学との対話』(栗原隆+滝口清栄訳、法政大学出版局、1993年)の巻末に、シュトラウスの「カール・シュミット『政治的なものの概念』への注解」および「カール・シュミット宛の三通の書簡」が併録されています。マイアーのこの本はコンパクトですが、よく整理されている良書で、一押しの必読書です。

現代批評理論のすべて
大橋洋一編
新書館 06年3月刊 税込1,995円  A5判286頁 ISBN:4403250874
■帯文より:ポストセオリー時代の批評理論とは何か? 33のテーマ解説、103人の批評理論家紹介、55の用語解説に、コラム、入門書ガイド――現代批評のすべてがわかる文学理論小事典。
●非常に便利な「ハンドブックシリーズ」からの一冊。待ってました!と拍手したくなる労作です。目次内容はとても細かいので、リンク先をご覧ください。一口に批評理論と言っても、文学、哲学、歴史学、社会学、心理学、カルチュラル・スタディーズ等々を横断する広大な領域で、棚作りに苦心されている書店員さんは多いはずです。大書店の人文書担当の方はぜひ読んでみてください。おおいに参考になるはずです。ハンドブックシリーズはバックヤードに資料として必備しておくと便利でしょう。
●ひとつだけ今後の期待をこめて言えば、いつの日か本書が増補される折には、ぜひ美術批評についての項目や人名を増やしてほしいなあと思います。限りある頁数の中であれもこれもというわけにはもちろんいかないとは思いますが・・・。

横割り世界史
武光誠編著
ナツメ社 06年4月刊 税込1,523円 46判271頁 ISBN:4816340807
■カバー宣伝文より:わかりやすく簡潔な文章と豊富な図版を使って、全世界の歴史を同時代で捉える横割りで解説。これまでにない、あたらしい世界観に触れてください。
■版元紹介文より:各文化圏(ヨーロッパ、アジア、日本)別に歴史を解説するのではなく、ある地域で重要な事件がおきたとき、そのほかの地域はどの時代にあったのかを理解できる構成にした、世界史の本です。最近のセンター試験の世界史問題などでは、各国の通史だけではなく、ある歴史的な事件がおきた同時期、日本では何時代であったかのような問題が常設されています。本書は、そうした受験対策としてのみならず、世界史の大局的理解にも役立つように解説しています。見開き見本はこちら
●「図解雑学」シリーズの一冊。地域別、国別の通史と違って、洋の東西を問わず同時代に何が起こっていたかを見る視点というのは、実に様々な発見がありますし、ブックフェアのネタ探しに最適。同時代史のダイナミズムをまざまさと見せてくれたのは、松岡正剛さんらによる未曾有の大年表『情報の歴史』(NTT出版、1996年増補版刊)でしたが、今回の新刊はそれを補完する読み物として有効活用できるのではないかと思います。
●なお今月刊行される「図解雑学」は本書のほか、『複雑系』『建築のしくみ』『ローマ帝国』『社会学』『心理学』などがあります。

心と身体(からだ)の世界化
港道隆(1953-)編
人文書院 06年3月刊 税込2,625円 A5判220頁  ISBN:440934031X
■版元紹介文より:「ウイリアム・バロウズは地域通貨の夢を見るか?――紙幣に見るアメリカのグローバリゼーションとオルタナティヴ」、「グローバリズムとアメリカの精神分析」、「もうひとつの世界はほんとうに可能なのか?――オルター・グローバリゼーション運動の現在」などの論考を収録。甲南大学人間科学研究所叢書「心の危機と臨床の知」シリーズ第7巻。

嘘と貪欲――西欧中世の商業・商人観
大黒俊二(1953-)著
名古屋大学出版会 06年3月刊 税込5,670円 A5判244+46頁 ISBN:4815805326
■版元紹介文より:商人・商業への蔑視が肯定へと転換していくトポスの変容を、スコラ学文献・教化史料・商人文書に表れた徴利、為替、公正価格論などをめぐる逆説的な展開からたどり、中世経済思想の隠された水脈を捉え直す。徴利禁止から近代的銀行の源流・モンテ設立へといたる、壮大な商業の精神史。
●現代人の「ビジネス」観を批判的に省察する必要を常々感じている自分にとっては、こうした歴史書は非常にありがたい存在です。トップビジネスマンの「啓発書」を読むより断然重要です。

哲学者広松渉の告白的回想録
廣松渉著 小林敏明編
河出書房新社 06年3月刊 税込2,100円 46判221頁 ISBN:4309243746
■帯文より:幼少期、そしてコミュニストとしての青春を経て、ニュー・レフトの理論家へ――はじめて明かされる事実とともに廣松渉の新たな姿が浮かび上がる。ただ一度だけ自ら語った、生涯の軌跡。希有な思想家はいかにして生み出されたのか――。
●「知性」という言葉はこの人にこそ相応しいもので、この先達に比べると後続の世代はアマチュアにすら見えます。20世紀後期の日本を代表する「知性」の歩みは、時代の証言としても貴重でしょう。
●なお、河出書房新社さんでは、「創業120周年記念出版」として、『[増補新版]骰子の7の目』全6巻(5月より毎月刊行)と、『[新装版]ゲオルク・ビューヒナー全集』全1巻(5月下旬刊行)の発売が予定されています。注目です。

世界の図書館百科
藤野幸雄編著
日外アソシエーツ 06年3月刊 税込14,910円 A5判845頁 ISBN:4816919643
●一般読者向けに作られたものではないでしょう。図書館が購入するのかな?

ユトレヒト詩篇挿絵研究――言葉の織りなしたイメージをめぐって
鼓みどり(1957-)著
中央公論美術出版 06年2月刊 税込42,000円 A4判520+60頁 ISBN:4805505184
■版元紹介文より:九世紀初頭に作成されたカロリング朝ランス派の代表作である『ユトレヒト詩篇』の見出し挿絵の画面を作りあげている仕組みに注目し、その発想の源泉を探る。一六六点の見出し挿絵と詳細な図様分析表を付録として併載し、広く中世キリスト教美術研究に寄与する労作である。
●初版は300~500部くらいでしょうか。近くの区立図書館が購入することは期待できそうにないなあ。

変身
フランツ・カフカ著 池内紀訳
白水uブックス(白水社) 06年3月刊 税込599円 新書判147頁 ISBN:4560071527
●池内紀さん個人訳による『カフカ小説全集』が二年半前に完結して、今度はuブックスで「カフカ・コレクション」というのが始まりました。『変身』はそれの第一弾。第二弾は来月、『失踪者』の予定だそうです。

メタモルフォーシス――ギリシア変身物語集
アントーニーヌス・リーベラーリス著 安村典子訳
講談社文芸文庫(講談社) 06年3月刊 税込1,155円 文庫判234頁 ISBN:4061984365
■版元紹介文より:見果てぬ夢か?終わりのない罰か? 名前の意味から解放奴隷の出身とされるリーベラーリスが、神話やフォークロアに材を求め創造した41の変身物語。厳しい自然の中で人が神や妖精と共に生き、愛を交わし、闘った古典世界。死すべき身の人間の見果てぬ欲望を、神は憎み、時に憐んで、人を鳥や獣や星へと変身させる。善悪の判断や装飾を一切加えない素朴で力強い物語は、まさに文学の豊かな源泉。ギリシア語原典からの本邦初訳。
●古代ローマの大詩人オウィディウスによる『変身物語』(全2巻、岩波文庫)に先行する変身譚です。読み比べしたいですね。

クリスタル☆ドラゴン (24)
あしべゆうほ著
秋田書店 06年3月刊 税込410円 コミック判186頁 ISBN:425309550X
●漫画かよ、と思わないでください。大好きなんです。そろそろ物語も佳境に・・・と思っていいのかなあ。

by urag | 2006-03-19 00:34 | 本のコンシェルジュ | Trackback | Comments(4)
2006年 03月 18日

『ハイデガー「哲学への寄与」解読』が平凡社より

ハイデガー『哲学への寄与』解読
鹿島徹+相楽勉+佐藤優子+関口浩+山本英輔+ハンス=ペーター・リーダーバッハ著
平凡社 06年3月刊 本体3,600円 46判302頁 ISBN4-582-70259-7
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■帯文より:ハイデガー自身が秘した「幻の主著」『哲学への寄与』の全貌を明らかにする。「ハイデガーの真の主著は『哲学への寄与』である」(オットー・ペゲラー)とまで評価されたこの1936-38年の草稿は、ハイデガー自身によって長く公表が控えられ、最晩年に準備された全集で「自分の講義がすべて刊行されたのちに出版するように」と指示されたため、彼の死後、生誕100周年にあたる1989年にようやく陽の目を見た。ドイツ語版全集の出版に続き、英語訳も出版され、昨年には日本語訳も出版され、長く秘められたハイデガー哲学の最高到達点が、ここに明らかにされる。

■目次:
序論 『哲学への寄与』というテクスト
 はじめに
 1 『存在と時間』から『哲学への寄与』へ
 2 ナチズムとの関係
 3 『哲学への寄与』における思索の言葉
 4 『哲学への寄与』の結構と本論集の構成
一 ハイデガーの時代診断――「響き」 (鹿島徹)
 1 「響き」とは何か
 2 大きな物語としての「存在の歴史」
 3 存在者への新しいかかわりへ
ニ 哲学史の最後の物語――「はたらき合い」 (ハンス=ペーター・リーダーバッハ)
 1 歴史的反省としての「はたらき合い」
 2 形而上学の歴史化――ハイデガーの存在史の諸問題
 3 「形而上学をその本質において救い出す」――布置状況における翻訳
コラム ハイデガーとウィトゲンシュタイン (細川亮一)
コラム もうひとつの"Beiträge zur Philosophie" (大橋良介)
三 行為としての存在史的思索――「跳躍」 (相楽勉)
 1 「跳躍」の意味するもの
 2 思索の跳躍と言語
 3 行為としての思索・思索としての行為
四 運命の時間-空間――「基づけ」 (山本英輔)
 1 「基づけ」とは何か
 2 歴史の瞬間の場――時間-空間
 3 運命の時間-空間――存在者との新たなかかわりに向けて
コラム 能動と受動の交錯 (高田珠樹)
コラム 存在論の瞬間 (門脇俊介)
五 民族とは何か――「来るべき者たち」 (関口浩)
 1 「来るべき者たち」とは誰か
 2 古代ギリシアへの回想
 3 ナチズムへの加担
六 人間が「神」に向き合う最後の可能性――「最後の神」 (佐藤優子)
 1 「最後の神」とは何か
 2 そもそもなぜ「神」なのか
 3 キリスト教との対決
『哲学への寄与』参考文献一覧
あとがき

●ちょうどこんな本が欲しかったのです! 訳語については必ずしも日本語訳(『ハイデッガー全集(65)哲学への寄与論考――性起から〔性起について〕』2005年6月刊、大橋良介+秋富克哉+ハルトムート・ブフナー訳、創文社)と一致させていないところもありますが、それが読解を邪魔するわけではありません。訳書については昨年少しご紹介しましたが、『哲学への寄与』は20世紀哲学史における大いなる光芒でありエニグマ=謎です。ハイデガーがナチズムと決別した後、雌伏の期間に書かれたこの膨大な覚書は、ハイデガーの思索の最深部を垣間見せるもので、読む者を誘惑しながらも深淵への下降においては読者の接近を厳しく拒むかのような詩的難解さに満ちています。読解は始まったばかりで、十全な探索は半世紀以上を要することでしょう。その格好の手引きとなるのが、今回刊行された『読解』です。本書の六つの論考は『哲学への寄与』の中核を成す六章と対応しています。緊密な研究の合間にコラムが配置されているのも楽しいです。ぜひ皆さんもご覧になってみてください。

by urag | 2006-03-18 22:54 | 本のコンシェルジュ | Trackback(1) | Comments(5)
2006年 03月 17日

オンライン書店におけるデータ誤登録

オンラインかリアルかを問わず、本屋さんにとって書誌データベースというのは欠くことのできない商売のための基本ツールだろうと思います。データの登録は人力で行われるため、当然ながら情報が間違っているというケースがあります。そうした誤登録を見つけた場合、皆さんはそれを本屋さんに教えてあげますか、それとも放っておきますか。

それが例えば品切絶版書の場合でも知らせてあげますか。たとえば紀伊國屋書店BOOKWEBでのこんなケース。

『和声学 理論篇』 ルネ・ジュール・デュボス/平尾貴四男/音楽之友社/1978年04月出版/絶版

この本の著者はルネ・デュボスではなく、テオドール・デュボワです。紀伊國屋BOOKWEBではこの『和声学』がデュボスの作品一覧の中に出てきてしまいます。これを最初に発見した時、私は驚きました。デュボスが和声学の著書を!? そんなことがあるかしらと思って、国会図書館のOPACで検索してみたら、やはり間違っていました。

この本には『実施編』(なぜか「へん」の字が違うのですが、これは版元の表記通りらしい)もあって、紀伊國屋BOOKWEBではこちらもデュボスの本になっています。ひでえなあ。

ちなみに、フランス生まれのアメリカの細菌学者であり生態学者であるデュボス(1901-1982)の本は、70年代までに一種流行と言えるくらいよく翻訳されていたのですが、80年代以降は数えるほどしかなく、今はほとんどの訳書が品切絶版で、中には古書店でもなかなか手に入りにくい書目があります。

松岡正剛さんが「千夜千冊」でデュボスを絶賛していますから、若い読者でぜひ読んでみたいと思っている方もそれなりにいらっしゃるのではないかと思うのですが、復刊ドットコムではあまり票が集まっていません。残念至極!

紀伊國屋書店BOOKWEBに話を戻します。デュボスの著書のひとつに『健康と病気』というのがあってすでに絶版なのですが、これの発行発売元が「角川SSコミュニケ-ションズ」となっています。この情報は正確ではありません。この本は「タイムライフブックス」が発行したものです。

「タイムライフブックス」というのは、タイム・インコーポレイテッドが運営していた書籍出版部門の日本における法人会社でしたが、1983年にセゾングループとタイム・インコーポレイテッドとの合弁によって、「西武タイム」として生まれ変わり、1990年に社名を「SSコミュニケ-ションズ」に変更、翌年にはタイム・インコーポレイテッドが株式を全面譲渡して事実上の撤退、10年後の2001年には角川書店グループの傘下に入り、昨年(2005年)、角川SSコミュニケーションズに社名変更した、という「歴史」があります。 角川SSコミュニケーションズの「会社の沿革」をご参照ください。

紀伊國屋書店BOOKWEBでは、社名変更や新会社に移行した場合は、書誌データの社名表記を過去のものも含め一挙に変えてしまうようです。これは紛らわしい! 絶版書目だから実害は少ないかもしれませんが、先の『和声学』も含め、BOOKWEBでの情報をもとに古書店を探しても混乱するだけです。

似たような例はほかにもあります。今はなきTBSブリタニカが発行していた本の発行発売元は「TBSブリタニカ(阪急コミュニケーションズ)と表示されています。これならまだ分かりやすいですよね。阪急コミュニケーションズも複雑な経緯を持っている出版社ですが、興味のある方はwikiなどで調べてみてください。

最後に一言。皮肉なことですが、紀伊國屋書店BOOKWEBでルネ・デュボスを検索すると、かつて紀伊國屋書店出版部で刊行されたデュボスの数々の訳書はまったくヒットしません。1964年『健康という幻想』、1970年『人間であるために』、1971年『目覚める理性』、1975年『人間への選択』といった本たちで、現在はいずれも品切絶版。これまでに新装版が出た書目もありますから、紀伊國屋書店の名誉のために言えばデュボスを軽視して放っておいたわけではないのです。

松岡正剛さんはこう言っています、「デュボスは20世紀の思想者として十指に入る格別の科学者なのである。はたしていまの日本人がどのくらいデュボスを知っているのかわからなけいけれど、もしこの名を初めて聞くようであるのなら、諸君はまだ科学と理性と生命の関係を知っていないということになる」と。

私から強いて一言、ヒントめいたコメントを付け加えるとすればこうです、こんにち地球規模の環境問題について心を痛めている人は、デュボスの著作から今なお多くのことを学ぶことができるでしょう。

by urag | 2006-03-17 23:08 | 雑談 | Trackback | Comments(0)
2006年 03月 16日

「舞台芸術10」(特集=教科書問題)

今年1月に09号を発売した『舞台芸術』は、次の10号で「教科書問題」という特集を組みます。発売予定は5月末以降で、まだ確定していません。確定次第、またお知らせいたします。

by urag | 2006-03-16 20:25 | 舞台芸術 | Trackback | Comments(0)
2006年 03月 15日

アマゾン・マーケット・プレイスは版元への営業妨害?

二日連続でAMPの話題。出版業界においては、アマゾン・マーケット・プレイスは版元への営業妨害ではないか、という主張が聞かれることがあります。これはAMPに出品されている商品が定価より「安い」場合、必然的に客はおトクなほうに目が行くのではないだろうか、それでは新品が売れず、商売あがったりだ、というわけです。私はこうした主張が間違いだとは思いません。しかし、「商売あがったり」になるかどうかは、個別の商品によって事情がずいぶん異なるのではないかと思います。

新品が好きか、それとも中古品でもいいと思っているかどうか、という単純な二元論は存在しません。どんな商品でもぜったい中古品はイヤだ、という人がいることは確かでしょうが、商品によって、これは高くても新品が欲しいとか、安い中古で十分とか、あるいは図書館で借りればいいや、等々、様々なケースがありえます。

月曜社の商品について言えば、AMPのせいで商売あがったりだ!という実感はありません。品切本が高値で出品されている場合には何とも言えず申し訳ない気持ちになりますが。商売上がったりだ!となるのはむしろ、昨日取り上げた『シェリング著作集(3)』のように、いかなる理由によってか、買い物カゴがついていないような時や、今まで繰り返し意見してきたように、「在庫切れ」表示問題※が発生している場合です。

AMPのせいで商売あがったりだ!となるのはどのようなケースなのか、いくつかの視点から分析が可能でしょうが、これは実際そう思っている版元が実例を挙げて意見を公開するといいと思います。双風舎さんのブログ「双風亭日乗」の2月22日のエントリー「アマゾン「なか見!検索」って、どうよ?」において、「新文化」に掲載されたとある出版社さんの声「新品とユースドを並列販売するのは、出版社への営業妨害」(要旨)が紹介されていますが、私はこの件はもっと具体的に、各版元の状況を聞きたいと思っています。並列販売は営業妨害に決まってるだろ!という風に「前提視」する業界人がどれくらいいるのか、いないことを願うばかりです。

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※「まんぷく::日記」さんからのTBによって、私が従来「在庫切れ」表示問題と呼んできたものは、「アマゾン八分」と呼ばれている問題系と関連していることを遅まきながら知りました。村八分ならぬアマゾン八分。なるほどねえ。まんぷくやさん、TBをありがとうございました。

by urag | 2006-03-15 19:59 | 雑談 | Trackback(2) | Comments(0)