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カテゴリ:本のコンシェルジュ( 961 )


2018年 06月 24日

注目新刊:ポムゼル『ゲッベルスと私』、『ライプニッツ著作集』第Ⅱ期完結、ほか

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ゲッベルスと私――ナチ宣伝相秘書の独白』ブルンヒルデ・ポムゼル/トーレ・D・ハンゼン著、石田勇治監修、森内薫/赤坂桃子訳、紀伊國屋書店、2018年6月、本体1,900円、B6判上製268頁、ISBN978-4-314-01160-0
腸と脳――体内の会話はいかにあなたの気分や選択や健康を左右するか』エムラン・メイヤー著、高橋洋訳、紀伊國屋書店、2018年6月、本体2,200円、B6判上製328頁、ISBN978-4-314-01157-0
塗りつぶされた町――ヴィクトリア期英国のスラムに生きる』サラ・ワイズ著、栗原泉訳、紀伊國屋書店、2018年6月、本体2,700円、B6判上製464頁、ISBN978-4-314-01161-7
ライプニッツ著作集 第Ⅱ期[3]技術・医学・社会システム――豊饒な社会の実現に向けて』G・W・ライプニッツ著、酒井潔/佐々木能章監修、佐々木能章ほか訳、工作舎、2018年6月、本体9,000円、A5判上製528頁+手稿8頁、ISBN978-4-87502-494-1
ミクロログス(音楽小論) 全訳と解説』グイド・ダレッツォ著、中世ルネサンス音楽史研究会訳、春秋社、2018年6月、本体4,800円、A5判上製312頁、ISBN978-4-393-93213-1
寛容についての手紙』ジョン・ロック著、加藤節/李静和訳、岩波文庫、2018年6月、本体660円、192頁、ISBN978-4-00-340078-4
第七の十字架(上)』アンナ・ゼーガース著、山下肇/新村浩訳、岩波文庫、2018年6月、本体920円、336頁、ISBN978-4-00-324731-0
エコラリアス――言語の忘却について』ダニエル・ヘラー=ローゼン著、関口涼子訳、みすず書房、2018年6月、本体4,600円、四六判上製336頁、ISBN978-4-622-08709-0
リヒテンベルクの雑記帳』ゲオルク・クリストフ・リヒテンベルク著、宮田眞治訳、作品社、2018年5月、本体4,800円、四六判上製668頁、ISBN978-4-86182-690-0

★今月の紀伊國屋書店さんの新刊3点はいずれも粒揃い。『ゲッベルスと私』は、ナチスの宣伝相ヨーゼフ・ゲッベルス(1897-1945)の秘書を務めた女性、ブルンヒルデ・ポムゼル(Brunhilde Pomsel, 1911-2017)へのインタヴューを収録した『Ein Deutsches Leben : Was uns die Geschichte von Goebbels' Sekretärin für die Gegenwart lehrt mit Brunhilde Pomsel』(Europa-Verlag, 2017)の訳書。インタヴュワーのハンゼンは政治学者、社会学者、経済ジャーナリストなどの肩書をもつ専門家です。現在、同名のドキュメンタリー映画が岩波ホールなどで今月津16日より順次公開中。逝去する約3年前の103歳の折、彼女は実に69年もの沈黙を破って暗い時代について語りました。帯文には「その発言は、ハンナ・アーレントのいう“悪の凡庸さ”を想起させる」とあります。


★彼女は敗戦になるまでユダヤ人の虐殺を知らず、彼女自身、ユダヤ人に対する嫌悪もなく、交際していたユダヤ人男性との間には子供が生まれるはずでした(悲しい出来事の後、彼女は終生独身を貫きます)。彼女は自分の愚かさを認めつつ、政治に無関心のままナチスのもとで働くことになったこと、ヒトラー就任直後は「ただただ新しい希望に満ちていた」こと、「最初のころはすべてが順調で、みんなのお給料が上がった」こと、「宣伝省はとても良い職場」で「すべてが快適で居心地がよく、身なりの良い人ばかりで、みんな親切だった」こと、「少しだけエリートになった気分」だったこと、ゲッベルスが「卓越した役者」だったこと、彼の自殺後は「すべてが終わった」と思ったこと、それでも自殺しようとはならなかったこと、ソ連兵による抑留後に虐殺の事実を知って愕然としたものの、自分は直接は関与しておらず「私個人の罪では断じてない」と感じたこと、等々が赤裸々に語られます。たちまち付箋だらけになるほど、強く惹き込まれる問題作です。かつてアイヒマン裁判を扱ったブローマン/シヴァンの『不服従を讃えて』(産業図書、2000年)を読んだ時の戦慄が甦りました。アイヒマンもそうでしたが、ポムゼルも勤勉な人物でした。

★「もし仮に私が宣伝省にいなくても、歴史の歯車はおそらく同じように回っていたわ。あれは、私一人が左右できるようなことではまったくなかったのだから」(163頁)。「ナチスが権力を握ったあとでは、国中がまるでガラスのドームに閉じ込められたようだった。私たち自身がみな、巨大な強制収容所の中にいたのよ。ヒトラーが権力を手にしたあとでは、すべてがもう遅かった。そして人々はみな、それぞれ乗り越えなければならないものごとを抱えており、ユダヤ人の迫害だけを考えているわけにはいかなかった。ほかにもたくさんの問題があった。〔…〕だからといってすべてが許されるわけではないけれど」(172頁)。

★彼女が語ったことの中でもっとも説得的であるがゆえに恐ろしい言葉があります。「悪は存在するわ。悪魔は存在する。神は存在しない。だけど悪魔は存在する。正義なんて存在しない。正義なんてものはないわ」(146頁)。これは章ごとの扉に引用されている発言のひとつなのですが、この言葉だけが本文中には見当たりません。しかし映画においては確かに収められているそうで、版元さんの情報によれば本書149頁の第2段落(「私は抑留を解かれたあとで初めて…」)の後に150頁最終行からの段落(「強制収容所が存在することは…」)が続き、その後にガス室の映像が流れて「悪は存在するわ。何と言えばいいのか分からないけれど。神は存在しない。だけど悪魔は…」と続くとのことです。あまりにショッキングな証言のために、書籍版の本文からは削除され、かろうじて扉にのみ残されたのでしょうか。なお、映画と書籍は別々に再構成されており、まったく同一の内容というわけではないとも聞いています。

★正義をめぐってはこんな発言もあります。「正義なんて存在しない〔…〕司法にだって、正義は存在しない。第一に、あらゆるものごとについての意見は変化する。それも、つねに変化するものだわ」(175頁)。百年以上生きたことの重みがここに表れている気がします。ちなみに今月の岩波文庫ではアンナ・ゼーガースの『第七の十字架〔Das siebte Kreuz〕』上巻が発売されています。ナチスの強制収容所から脱走した七人をめぐる物語で、亡命先のフランスで執筆され、1942年にアメリカで縮約版が刊行され、その後ドイツでも刊行されました。親本は1952年、筑摩書房より刊行。巻末の編集付記によれば「文庫収録にあたり、山下肇氏子息の山下萬里氏の協力を得、訳語・訳文・表記の現代化の観点から若干の調整と、注記の追加等を行なった」とのことです。

★紀伊國屋書店さんの今月新刊はほかに2点あります。『腸と脳』はドイツ出身の胃腸病理学者で現在はカリフォルニア大学ロサンゼルス校の教授を務める研究者による話題書『The Mind-Gut Connection: How the Hidden Conversation Within Our Bodies Impacts Our Mood, Our Choices, and Our Overall Health』(Harper Wave, 2016)の全訳です。目次詳細は書名のリンク先をご覧ください。訳者あとがきによれば本書の際立った特徴は、腸と腸内のマイクロバイオータと脳・心・情動の関係に大きな比重が置かれている点で、「過敏性腸症候群(IBS)、うつ病、不安障害、自閉症、さらにはパーキンソン病をはじめとする神経変性疾患などの脳や心の病気に、腸やマイクロバイオータの異常が関連しうることが詳述されており、そこに心身の疾病に対する新たな視点を読み取ることができる」とのことです。福土審『内臓感覚――脳と腸の不思議な関係』(NHKブックス、2007年)をその昔興味深く読んだ方は本書でその知見を新たにされるかと思います。

★もう一点、『塗りつぶされた町』は『The Blackest Streets: The Life and Death of a Victorian Slum』(Vintage Books, 2009)の翻訳。19世紀末のロンドンの一角に存在したスラム街「ニコル」の誕生と消滅をつぶさに描いたユニークな歴史書。東京ドームの1.3倍ほどの地域に集合住宅と作業場と家畜小屋がひしめき、そこに6000人ほどが住んでいたといいます。住民の8割は子供だったそうで、貧しい人々を「救う」ために活動した聖職者や篤志家、革命家、さらには同地区で暮らした犯罪者や在野の統計学者など、様々な人物が登場します。「社会ののけ者の最下層を生みだしたとして、福祉国家を指弾する専門家は多い。だが、ちょっと待って欲しい。19世紀におびただしい数の貧困者が生まれたのは、人びとがなんの手助けも得られず、独力で何とかやっていくしかない状態に置かれたからにほかならない。この歴史的事実に目を向けてほしい。本書がそのきっかけとなってくれれば幸いである」(404頁)と著者は書いています。著者ワイズはカリフォルニア大学ロンドン研究センターで19世紀英国の社会史を講じているそうです。

★『ライプニッツ著作集 第Ⅱ期[3]技術・医学・社会システム』は著作集第Ⅱ期の完結編となる第3巻。目次詳細は書名のリンク先をご覧ください。様々な同時代の思想家と交流した知識人であり、広範囲な学問領域を開拓した先進的理論家で、さらに宮廷顧問官として社会貢献にも邁進したライプニッツ(1646-1716)の、実践家としての信念がよく表れている一冊ではないかと思います。個人的には第3部「社会システム」に収められている「図書館改革案」(山根雄一郎訳解説)と「図書館計画」(上野ふき訳解説)に惹かれます。後者はさらに「ヴォルフェンビュッテル公爵殿下への図書館運営の提言」と「ライプニッツの図書館配列案――諸学の分類に従ってより広くより集約的に配置されるべき」から成り、分類の中には「図書館学」もあって、「図書館に関する文書、普遍的な宝庫のために」と特記されています。2期全13巻完結にあたり、巻末の総解説「《実践を伴う理論》の真骨頂」で佐々木能章さんは次のように書かれています。「『ライプニッツ著作集』全13巻はライプニッツの業績を広くカバーするものとなった。もちろんライプニッツが書き残したもののすべてからすれば、これでもまだ一部でしかないのだが、多岐にわたる業績を見渡すことは十分に可能であろう」。このままずっと翻訳が続いていずれ第Ⅲ期が始まることをつい夢見てしまうのは私だけでしょうか。なお第3巻の特別付録として「『ライプニッツ著作集』第Ⅰ期・第Ⅱ期収載全著作・書簡年譜」が付属しています。

★ここ最近、『ライプニッツ著作集』だけでなく古典ものの翻訳が充実しています。ライプニッツの同時代人ロック(1632-1704)の『寛容についての手紙』は、1689年に刊行されたラテン語版テキストをウィリアム・ポップルが英訳して序言を付し同年に出版した『A Letter Concerning Toleration』の全訳。凡例によれば、1689年の初版を底本としつつ、1690年に刊行された第二版での修正を加味したとのことです。訳者お二人によるあとがきには「両名が『手紙』を翻訳した意図のなかには、野沢先生も心を痛めておられた現代世界を覆う不寛容な状況へのささやかな抵抗の意志を示すことも含まれている」と記されています。『ピエール・ベール著作集』の個人全訳で著名な野沢協さんとお二人との交流をきっかけに生まれたのが今回の訳書なのだそうです。『手紙』の既訳には、生松敬三訳(ポップル訳からの翻訳;『世界の名著27』所収、1968年)、平野耿訳(ラテン語版からの翻訳;朝日出版社、1971年)、野沢協訳(フランス語訳からの翻訳、『ピエール・ベール関連資料集 補巻』所収、2015年)があります。

★18世紀ドイツのゲッティンゲン大学実験自然学教授リヒテンベルク(1742-1799)が20代から50代まで35年にわたって書き残してきたノート群から抜粋し翻訳した『リヒテンベルクの雑記帳』が先月刊行されました。底本は1980年と1991年に刊行されたプロミース版2巻本。「リヒテンベルクが取り上げた分野や主題をできるだけ網羅することを目指し」たものとのことで600頁以上ある大冊ですが「これでも全体に比すればわずかなもの」だそうです。「アフォリズム文学の嚆矢」(帯文より)として知られているのは周知の通り。カネッティが「世界文学におけるもっとも豊かな書物」と呼んだように、論及される主題は実に多種多様です。例えば飲酒については、ワインをグラスに5、6杯飲めば「目に力を与え、魂を心地よく満たすにはこれ以上のものはない」(B159、356~357頁)と述べ、人生の憂鬱な隘路に新しい展望を拓いて心を解放する、その効用を記しています。よりコンパクトな抜粋本としては池内紀編訳『リヒテンベルク先生の控え帖』(平凡社ライブラリー、1996年)がありましたが、現在は品切。

★『ミクロログス(音楽小論)』は「ドレミの始祖」として知られる11世紀イタリアのグイド・ダレッツォ(アレッツォのグイド)の主著で中世ヨーロッパの音楽理論書として高名な論考の全訳。関連文書3篇の翻訳(「韻文規則」「アンティフォナリウム序文」「未知の聖歌に関するミカエルへの書簡」)に加え、7本の解説論文を併載しており、充実しています。目次詳細は書名のリンク先でご確認いただけます。少年たちに聖歌を教えることを目的とした『ミクロログス』は難解な理論的説明を避け、「歌い手たちに役立つと信じるいくつかの事柄を可能な限り簡潔に述べ〔…〕歌唱にあまり役立たず、議論されてもいても理解できないような音楽[の問題]については言及しない」(7頁)という立場を取っています。佐野隆さんによる解題では本書を「包括的な音楽実践の手引書としては最初期の著作であり、その実用性、有用性のため後の時代に大きな影響を与えることになる」と説明されています(97頁)。

★『エコラリアス』はアガンベンの英訳者として名高いヘラー=ローゼン(Daniel heller-Roazen, 1974-)の2冊目の著書(2005年)の全訳。目次詳細は書名のリンク先をご覧ください。伊藤達也さんによる巻末解説「ダニエル・ヘラー=ローゼンとは何者か?」での説明の文言を借りると、エコラリアスとは「エコー(反響)とラリア(話)」の複数形で「反響言語」を意味し、「本書では喃語反復、他者の言葉の繰り返し、死語の残存など、かなり広い意味で用いられ」ています。伊藤さんはこうも評しておられます。「本書を構成する21の章は、医学、文学、言語学、哲学、宗教学など様々なテキストの読みを通じて、一つの大きな寓話を幾重にも変奏する。その寓話とは、言語を忘却することで人は言語を獲得し、そのようにして獲得された言語は他の言語の痕跡を谺として残存させるというものである。〔…〕哲学者ヘラー=ローゼンは言語学についても極めて正確な知識を持っており〔…〕彼は明らかに新しい時代の哲学者、書き手だ」(261頁)。

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吉本隆明全集16[1977-1979]』晶文社、2018年7月、本体6,500円、A5判変型上製582頁、ISBN978-4-7949-7116-6
市場のことば、本の声』宇田智子著、晶文社、2018年6月、本体1,600円、四六判上製240頁、ISBN978-4-7949-7024-4
これからの本屋読本』内沼晋太郎著、NHK出版、2018年5月、本体1,600円、四六変型判並製320頁、ISBN978-4-14-081741-4

★『吉本隆明全集16[1977-1979]』はまもなく発売(7月3日発売予定)。全38巻別巻1のうちの第17回配本で、帯文に曰く「100名にも及ぶ詩人の分析から“戦後の感性”の源泉を明らかにした『戦後詩史論』。夭逝や自死を余儀なくされた詩人たちに忍び寄る“季節の病像”を捉えた『吉本隆明歳時記』を収録」と。この2作のほかに、単行本未収録2篇を含む、同時期の詩や評論、エッセイなどが併載されています。目次詳細は書名のリンク先をご覧ください。『吉本隆明歳時記』は四季に分かれ、中原中也、梶井基次郎、堀辰雄、立原道造、嘉村礒多、葛西善蔵、正宗白鳥、牧野信一、宮沢賢治、長塚節、などを取り上げます。同時期発表のエッセイでは、昼となく夜となく不躾かつ脅迫的な電話を自宅に掛けてくる見知らぬ男の話「狂人」や、「本を読むことは悪いことをすることとよく似ていた」と書いて少年の頃の記憶をたどる「本を読まなかった」、小学生高学年の折に塾通いを強いられたことによって遊び友達の輪から離れた体験を「現在もわたしを規定している」と明かした「別れ」など、著者の日常生活を垣間見る短文の好篇が興味を惹きます。付属する「月報17」は、長谷川宏「思考の楽しさ」、荒川洋治「詩の時代」、ハルノ宵子「銀河飛行船の夜」を掲載。ハルノさんの寄稿は家族の特異体質について書いたもの。「話半分で読み飛ばしていただいて構わないが、うちの家族は全員“スピリチュアル”な人々だった。〔…〕現代的な表現をするなら、一種の“高機能自閉症”だ」。「論理とスピリチュアルは、決して相反するものではない」とも書いておられます。次回配本は9月下旬予定、第17巻とのことです。

★晶文社さんの今月新刊では、宇田智子さんのエッセイ集『市場のことば、本の声』が素晴らしいです。直近の約5年間に各誌で発表されてきたものに加筆修正を施し一冊にまとめたもの。帯文に「気鋭のエッセイスト」とあって、ついにこうした冠がと感慨深くなるのは新刊書店員時代の宇田さんのことを思い出すからですが、彼女の味わい深い文章はまさにエッセイスト、今や作家のそれだと感じます。特に、文章の終わり方、閉じ方(綴じ方)を心得ているという点がそう感じさせる理由なのかもしれないと思います。微妙に開いたままにして、読み手にその後を想像して味わう自由を渡してくれる、そういうやさしさを感じます。宇田さんと同じ1980年生まれの内沼晋太郎さんも今月、『これからの本屋読本』というこれまでの総決算となるような著書を上梓されています。一軒家の本屋の屋根に見えるような斜めに裁断された造本が面白いです。内沼さんの魅力はご自身が蓄積してきたノウハウを広く共有することに何のためらいもないところで、そうした「オープンソース」ぶりがこれから書店を新たに立ち上げようとしている多くの人々への知恵と励ましになってきたのだと思います。このお二人がいるだけで救われているものが確実にある、と感じます。

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by urag | 2018-06-24 23:55 | 本のコンシェルジュ | Trackback | Comments(0)
2018年 06月 20日

リレー講義「世界と出版文化」@東京外国語大学

本日(2018年6月20日)は、東京外国語大学府中キャンパスにお邪魔し、同大学出版会さんご企画のリレー講義「世界と出版文化」にて、「越境を企画する――汎編集論的転回と出版界の現在」と題して発表させていただきました。出版社の仕事や業界三者(出版社・取次・書店)の現状と最新動向、さらに、モノとしての書物の肉体性に私がこだわりたい理由や、私自身の就活・転職・独立の体験談などもお話しいたしました。熱心な御清聴、まことにありがとうございました。聴講生の皆さんのレスポンスシートはすべて拝読させていただきました。多数ご質問をいただいたので、ただいま回答を準備中です。近日中にお渡しできるようにしたいと思います。またどこかで皆さんとお目に掛かれることを楽しみにしております。

2010年7月07日「出版社のつくりかた――月曜社の10年」
2011年6月15日「人文書出版における編集の役割」
2012年6月06日「人文書出版における編集の役割」
2013年5月15日「知の編集――現代の思想空間をめぐって」
2014年7月09日「編集とは何か」
2015年6月06日「編集とは何か――その一時代の終わりと始まり」
2016年5月25日「編集と独立」
2017年4月19日「人文系零細出版社の理想と現実」
2018年6月20日「越境を企画する――汎編集論的転回と出版界の現在」

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by urag | 2018-06-20 18:15 | 本のコンシェルジュ | Trackback | Comments(0)
2018年 06月 17日

注目新刊:戦慄のオニール『数学破壊兵器』の訳書がインターシフトより、ほか

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『自然―HAPAX9』夜光社、2018年6月、本体1,100円、四六判変形156頁、ISBN978-4-906944-14-9
『サラム ひと』崔真碩著、民衆詩叢書1:夜光社、2018年6月、1,100円、四六判変形122頁、ISBN978-4-906944-15-6
子午線:原理・形態・批評6』書肆子午線、2018年6月、本体2,400円、B5変形判324頁、ISBN978-4-908568-13-8
チビクロ――松本圭二セレクション第9巻(エッセイ&批評)』松本圭二著、航思社、2018年6月、本体3,400円、四六判上製368頁、ISBN978-4-906738-33-5
今宵はなんという夢見る夜――金子光晴と森三千代』柏倉康夫著、左右社、2018年6月、本体4,200円、四六判並製416頁、ISBN978-4-86528-201-6
あなたを支配し、社会を破壊する、AI・ビッグデータの罠』キャシー・オニール著、久保尚子訳、インターシフト発行、合同出版発売、本体1,850円、四六判並製336頁、ISBN978-4-7726-9560-2
哲学者190人の死にかた』サイモン・クリッチリー著、杉本隆久/國領佳樹訳、河出書房新社、2018年6月、本体2,400円、46判奈美氏江376頁、ISBN978-4-309-24870-7
周作人読書雑記3』周作人著、中島長文訳注、東洋文庫889:平凡社、2018年6月、本体3,300円、B6変判上製函入442頁、ISBN978-4-582-80889-6
近世金沢の銀座商人――魚問屋、のこぎり商い、薬種業、そして銀座役』中野節子著、平凡社選書234:平凡社、2018年6月、本体2,800円、4-6判上製240頁、ISBN978-4-582-84234-0
有職装束大全』八條忠基著、平凡社、2018年6月、本体6,800円、B5判上製320頁、ISBN978-4-582-12432-3

★夜光社さんの6月新刊2点。『HAPAX6』は「自然」がテーマ。高祖岩三郎さん、白石嘉治さん、森元斎さんらによる10篇のテクストを掲載。収録作の一覧は版元ウェブサイトでご覧いただけます。HAPAX bisによる「二月某日の疲れをもよおさせる議論」はあたかも同誌の編集会議や勉強会を覗くような印象があって非常に興味深いです。ダニエル・コルソン(Daniel Colson, 1944-)による『アナキズム哲学小辞典――プルードンからドゥルーズまで』(Petit lexique philosophique de l'anarchisme. De Proudhon à Deleuze, Le Livre de Poche / Librairie Générale Française, 2001)から、「外の力能」という項目が全訳されていますが、同辞典はいずれ夜光社さんから全訳が出るとのことです。

★『サラム ひと』は、夜光社さんの新シリーズ「民衆詩叢書」の第一弾。広島大学大学院総合科学研究科の准教授にして文学者の崔真碩(ちぇ・じんそく:1973-)さんが2015年から2016年にかけて各誌で発表してきた詩と散文9篇に加筆修正を施し、3篇の新作とともに一冊としたもの。行友太郎さんによる解説「崔真碩同志の思想」が巻末に付されています。書名にもなっている「サラム ひと」の「サラム」とは「朝鮮語で人の意」(18頁)。崔さんは「私がこの名前に込めているのは、朝鮮人と日本人の共生だ。朝鮮と日本は共に在る、運命共同体。共生のための名前。祈りとしての〈サラム ひと〉」(80頁)と書いています。

★なお、夜光社さんでは今月、『共犯者たち』上映シンポ実行委員会発行の『政治権力VSメディア――映画『共犯者たち』の世界』と、アジア女性資料センター発行の『女たちの21世紀 no.94 特集 生活から問う改憲と天皇制』も発売されるとのことです。どちらの概要も、ツバメ出版流通さんのウェブサイトで公開されているPDFにて確認することができます。

★『子午線:原理・形態・批評6』は、前号より約1年半ぶりの最新号。究極Q太郎さんへのロング・インタヴュー「政治性と主観性/運動することと詩を書くこと」、稲川方人さん、松本圭二さん、森本孝徳さんの三氏による連続討議「現代詩の「墓標」」の第一回となる「60年代詩」、さらに詩人にして校正者の安里미겔(あさと・ミゲル:1969-)さんによる作品三作、大杉重男さんら4氏による批評4篇、藤本哲明さんら3氏による詩3篇などが掲載されています。究極さんと安里さんの二人の磁場が強烈です。書店員の皆さんはご存知かと思いますが、『子午線』はツバメ出版流通さんで扱われています。

★『チビクロ』は航思社さんの「松本圭二セレクション」の最終回配本となる第9巻。目次詳細は書名のリンク先をご覧ください。「詩/文学」「詩/映画」「映画/フィルム」の三章立てで、帯文に曰く「大岡信、稲川方人、岡田隆彦、絓秀実、渡部直己、イーストウッド、ヴェンダース、ゴダールを相手に、何をどのように論じたのか。著者30歳から書きつづってきたエッセイ&批評の集大成」と。付属する栞には、山本均「資本主義とオルタナティヴ」、坂口一直「松本圭二の思い出」、そして著者解題が掲載されています。どの巻もそうでしたが、栞の妙味には抗いがたいものがあります。

★柏倉康夫『今宵はなんという夢見る夜』は、詩人の金子光晴(1895-1975)さんと作家の森三千代(1901-1977)さんのそれぞれの作品を読み解くとともに、約4年間の海外放浪を含む、二人が過ごした日々を鮮やかに描いた評伝です。書名は森さんの『インドシナ詩集』所収の作品「星座」からの引用。著者の柏倉さんは「まえがき」でこう書いておられます。「彼ら二人の心のうちで繰り広げられた愛と嫉妬の劇は、金子光晴という希有の詩人の形成を解く鍵でもある」。「〔森の作品を〕合わせ鏡として参照することにより、金子の「自伝」が含む虚構の部分を照らしだすことができる」。

★オニール『あなたを支配し、社会を破壊する、AI・ビッグデータの罠』はまもなく発売。『Weapons of Math Destruction: How Big Data Increases Inequality and Threatens Democracy』(Crown, 2016)の訳書です。数々の海外メディアで年間ベストブックに選ばれており、新井紀子さん(『AI vs. 教科書が読めない子どもたち』)や、ユヴァル・ノア・ハラリさん(『サピエンス全史』)も絶賛されている問題作。版元ウェブサイトで目次と「はじめに」「解説」のPDFが公開されています。「はじめに」で著者は次のように述べています。少し長いですが、重要なので引用してご紹介します。

★「そう、ビックデータ経済の到来である。これにより、目覚ましい経済発展が見込まれた。コンピュータープログラムを使えば、ほんの1、2秒のあいだに数千件もの履歴書やローン申込書を処理し、分類し、有望な順に並べた候補者リストを作成することができる。時間の節約になるだけでなく、公正で客観的な資料としてリストを売ることもできる。偏見をもつ人間が大量の書類に目を通すのではなく、ただの機械が血の通わない数字を淡々と処理するのだから。2010年ごろには、人事部門での数学の存在感はこれまでになく高まり、大きな期待をもって迎え入れられた。/でも、私には弱点が見えていた。数学の力で動くアプリケーションがデータ経済を動かすといっても、そのアプリケーションは、人間の選択のうえに築き上げられている。そして人間は過ちを犯す生き物だ。モデルを作成する際、作り手は、最善の意図を込め、良かれと思って選択を重ねたかもしれない。それでもやはり、作り手の先入観、誤解、バイアス(偏見)はソフトウェアのコードに入り込むものだ。そうやって作られたソフトウェアシステムで、私たちの生活は管理されつつある。神々と同じで、こうした数理モデルは実体が見えにくい。どのような仕組みで動いているのかは、この分野の最高指導者に相当する人々――数学者やコンピューターサイエンティスト――にしかわからない。モデルによって審判が下されれば、たとえそれが誤りであろうと有害であろうと、私たちは抵抗することも抗議することもできない。しかも、そのような審判には、貧しい者や社会で虐げられている者を罰し、豊かな者をより豊かにするような傾向がある。/私は、そのような有害なモデルを「数学破壊兵器(Weapons of Math Destruction:WMD)」と呼ぶことにした」(8~9頁)。

★「本書で論じる数学破壊兵器の多くは〔…〕フィードバックがないまま〔誤りから学習することなく〕有害な分析を続けている。自分勝手に「事実」を規定し、その事実を利用して、自分の出した結果を正当化する。このようなたぐいのモデルは自己永続的であり、きわめて破壊的だ。そして、そのようなモデルが世間にはあふれている」(14~15頁)。「スコアによって現実が作られていくのだ」(15頁)。「AI・ビッグデータには、大勢の熱烈な支持者がいる。だが、私は違う。本書では、世間の流れに逆らい、数学破壊兵器によって生じた損害や数学破壊兵器によって延々と生み出される不正行為に注目し、鋭く切り込んでいく。大学への進学、お金の借り入れ、刑務所行きの判決、職探しや昇進など、人生の重要な瞬間に有害な影響を受けた人々の事例を数多く見ていくことになる。あらゆる生活領域で、独裁的に罰を振りかざす「秘密のモデル」による支配が進みつつあることに、あなたも気づくだろう。/それでは、AI・ビッグデータの暗黒面を覗いてみよう」(24~25頁)。怖いです。


★クリッチリー『哲学者190人の死にかた』は、2009年に河出書房新社さんが刊行した『哲学者たちの死に方』を一部改訂し、改題新装したもの。原書は『The Book of Dead Philosophers』(Granta Books, 2008)すなわち『死せる哲学者たちの書』。ギリシア・ローマの古典時代から、中世、ルネサンス、近世、近代、20世紀に至るまで数多くの哲学者や、中国古典、キリスト教、イスラム教、ユダヤ教、そして科学者や文学者を含む思想家を数多く取り上げており、ユニークな列伝となっています。

★平凡社さんの今月新刊より3点。『周作人読書雑記3』は全5巻のうちの第3巻。性・女性、子ども・童話、日本文学、西洋文学、言語、の分類で84篇を収録。童話では『アンデルセン童話集』『ワイルド童話集』『不思議の国のアリス』など、日本文学では小林一茶『おらが春』、中勘助『銀の匙』など、西洋文学では『イソップ寓話』や『クォ・ヴァディス』など。

★中野節子『近世金沢の銀座商人』は近世前期の金沢城下の商人・福久屋(石黒氏)について、90年代に発見された石黒家伝来の覚書や日記といった文書群を読み解き、商売やその成長、奉公人、交友関係、銀座役(銀の秤量・封包〔ふうづつみ〕・両替・為替を監督する町役人)としての立場、藩権力との関係、などを丹念に描出したもの。「藩が権力を維持したのは結局は経済の根幹を握っていた商人たちがいたからであった。〔…〕福久屋はいわばそれら商人の代表であった。しかし、商人たちは藩権力に近寄りすぎるとまま危機を招くことになる。その一つの例を福久屋の事例が物語っているのである」(234頁)。

★八條忠基『有職装束大全』は、奈良・平安時代以降、朝廷や公家社会、武家の儀式などで用いられ、こんにちでも皇室行事や神社の祭式などで着用されている衣装「有職装束(ゆうそくしょうぞく)」の数々を、カラー写真で着用例を紹介し、史料にもとづいて装束の歴史と種類、構成具、色彩と文様を解説したもの。特に、位階に応じた当色(とうじき)や、禁色(きんじき)と忌色(いみじき)、季節に応じた重ね色目(いろめ)や女房装束の襲色目(かさねいろめ)、織色目や文様などの美しい資料は、デザインの参考になり、興味深いです。

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by urag | 2018-06-17 23:44 | 本のコンシェルジュ | Trackback | Comments(0)
2018年 06月 10日

注目新刊:ジェノスコのガタリ論、クリステヴァのボーヴォワール論、ほか

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フェリックス・ガタリ――危機の世紀を予見した思想家』ギャリー・ジェノスコ著、杉村昌昭/松田正貴訳、法政大学出版局、2018年6月、本体3,500円、四六判上製348頁、ISBN978-4-588-01080-4
ボーヴォワール』ジュリア・クリステヴァ著、栗脇永翔/中村彩訳、法政大学出版局、2018年5月、本体2,700円、四六判上製286頁、ISBN978-4-588-01079-8
ありがとうもごめんなさいもいらない森の民と暮らして人類学者が考えたこと』奥野克巳著、亜紀書房、2018年5月、本体1,800円、四六判並製352頁、ISBN978-4-7505-1532-8
ソウル・ハンターズ――シベリア・ユカギールのアニミズムの人類学』レーン・ウィラースレフ著、奥野克巳/近藤祉秋/古川不可知訳、亜紀書房、2018年3月、本体3,200円、四六判上製384頁、ISBN978-4-7505-1541-0

★ジェノスコ『フェリックス・ガタリ』は『Félix Guattari: A Critical Introduction』(Pluto Press, 2009)の全訳。カナダのコミュニケーション理論・文化理論家ジェノスコ(Gary Genosko, 1959-)さんの著書が翻訳されるのは初めてのことです。目次詳細は書名のリンク先をご覧ください。英語圏におけるガタリ(およびドゥルーズ/ガタリ)の研究者としても著名で、本書に遡る7年前には『Félix Guattari: An Aberrant Introduction』(Continuum Press, 2002)という著書も上梓されています。今回訳された著書についてジェノスコさん自身はこう述べています。「本書は批評的入門書であり、それぞれの章においてガタリの人生や思想のおもな特徴を中心に論じながら、彼の主要な政治-社会概念および実践について解説するものである。関係資料を数多く示しつつ、諸概念の解説を試みながら、それがいかに今日的意義を持つかを示す」(25頁)。

★また、ガタリを再読する意義については端的に次のように言明されています。「なぜいまガタリを読まなければならないのか。批判的な受容という文脈からは、次のような二重の理由があげられる。それは、共同で書いた著作のなかでガタリが寄与している部分を黙殺するような傾向を是正するためであり、藁人形論によってガタリの寄与をただ追い払おうとするような意見に与せず、ガタリ自身が書いたテクストを実際に読むためである。/この行き詰った状況を乗り越えることができれば、社会理論や政治理論のなかでいま行われている議論に対してガタリが何を提案しようとしていたのか、さらによく理解できるようになるだろう」(22頁)。

★本書の「結び」における、雑誌編集者としてのガタリの姿の描出は感動的です。「〔ガタリは〕異質混淆的な要素をひとつに集め、それを統一的な全体としてまとめることなく、それぞれまったく性質の異なった部分と部分のあいだに横断的な線を刻みこむ。/雑誌は、選択的でミクロ制度的なものであり、編集作業の動的編成によって生みだされる。それは、自らの計画を集団で実現し、新しい参照世界を創出し、芸術家のようなやり方で情動を生みだし、来たるべき読者や参加者に呼びかけるものである」(252~253頁)。ガタリ再評価の機運をもたらしてくれる実に啓発的な一書です。

★なお、ジェノスコさんは今月来日を果たされ、「カルチュラル・タイフーン2018」の以下のイベントに登壇されます。参加費は学生1,000円/一般3,000円とのことです。カルチュラル・スタディーズ学会およびカルチュラル・タイフーン2018大会委員会主催、龍谷大学国際社会文化研究所共催。

◎メインシンポジウム「情動化する社会の政治・経済・文化――グローバル資本主義に未来はあるか?」
日時:2018年6月23日(土)13時~15時30分
場所:龍谷大学大宮学舎・東黌101
パネリスト:ギャリー・ジェノスコ、ジョディ・ディーン、村澤真保呂、伊藤守
司会:杉村昌昭

◎ワークショップ「資本主義、メディア、ポピュリズム:フェリックス・ガタリ思想の現代性」
日時:2018年6月24日(日)17時15分~18時45分
場所:龍谷大学大宮学舎・東黌303
講演者:ギャリー・ジェノスコ

★クリステヴァ『ボーヴォワール』は『Beauvoir présente』(Fayard, 2016)の全訳。目次詳細は書名のリンク先をご覧ください。巻頭の「人類学的=人間学的革命」で著者ご本人は次のように本書を紹介しています。「本書に収められたテクストは、恒常的に危機に見舞われるグローバル化した世界という文脈のなかで、ボーヴォワールの著作と彼女が女性の闘いに与えた多大な影響にささげられた様々な催しの際に発表されたものである。ここで私が提示するのはこの哲学者の複雑な仕事の網羅的な研究ではないし、また私は実存主義の潮流における彼女に位置づけにこれまで非常に関心をもってきたとはいえ、ここで示すのはその位置づけの評価でもない。〔…〕ここにあるのは、ひとつの基礎的な体験=実験が私の中に呼び起こす個人的な読解や称賛あるいは批判のコメントである。その体験=実験の機微とそこに含まれる現代性は、私たちに呼びかけ私たちを不意にとらえることをまだやめてはいない。/〔本書は〕この作家の書いたものを、(いま一度)読むように誘うものである」(8頁)。

★また、こうも書いています。「シモーヌ・ド・ボーヴォワールというあまりに頻繁に不要に批判されあるいは過小評価されている先駆者に対して私が恩義を表明し、『女の天才』三部作を彼女に捧げているということ」(25頁)。『女の天才』三部作というのは『ハンナ・アーレント』(松葉祥一ほか訳、作品社、2006年)と『メラニー・クライン』(松葉祥一ほか訳、作品社、2012年)、そして未訳のコレット論(2002年)のことです。さらに、2008年に設立された「女性の自由のためのシモーヌ・ド・ボーヴォワール賞」に関わったことについては、本書に収められているインタヴュー「ヒトは女に生まれる、しかし私は女になる」でこう答えています。「ボーヴォワールの生誕100周年の際に、フェミニストたちのあいだで意見が一致せず、私が頼まれてパリでの国際シンポジウムを引き受けることになりました。私はそれを記念した後にも何か残るものを作りたいと思ったのです。彼女が促進したこの真の人類学的=人間学的革命が人びとを扇動し続けるために。特に、人間=男性〔homme〕における主体に対して無関心であり、また女性における主体に対してはさらに無関心であると思われる他の文化において、それを続けるためです」(136頁)。

★そしてその直前には「『第二の性』は刊行から60年が経ち、もう時代遅れであると考える女性もいます」という質問に対し、「彼女たちは誤っています。『第二の性』を読んでいないのです。まずは読まねばなりません。そして次に各人が自分の体験を探らねばなりません」(同)と答えています。ボーヴォワール『第二の性』(〈1〉「事実と神話」、〈2〉「体験」上下巻)は新潮文庫で訳書が出ていますが、残念ながら現在品切。再刊が待たれていると思われます。

★奥野克巳『ありがとうもごめんなさいもいらない森の民と暮らして人類学者が考えたこと』は、ボルネオ島の狩猟採集民「プナン」に密着し、そこでの見聞から考えたことを綴ったもの。マレーシア、インドネシア、ブルネイの三つの国から成るボルネオ島のうち、著者が訪れたのはマレーシアのサラワク州のブラガ川上流の居住地で、2006年から2017年までに通算600日を過ごしたそうです。帯文には探検家の関野吉晴さんの推薦文が記されています。曰く「この書を読み、生産、消費、効率至上主義の世界で疲弊した私は驚嘆し、覚醒し、生きることを根本から考えなおす契機を貰った」と。すでに本書は様々な反響を呼び起こしているようで、おそらくは2018年上半期を代表する話題書のひとつに数え挙げられるのではないかと思われます。

★たとえばこんな一節があります。「プナン語には、「貸す/借りる」という言葉がそもそもなかった〔…〕。プナンは肉であれ果物であれ帽子であれ時計であれ、何かものを欲する時には「ちょうだい」という言い回しを用いる。その時、そのものは、それを持たない相手に対して、惜しみなく分け与えられなければならない。寛大さはプナンにとって最大の美徳である」(191頁)。「そのようにして、ものは共同体内でぐるぐると循環し、場合によっては共同体の外部に流れていく。〔…〕プナンは、独占しようとする欲望を集合的に認めない。分け与えられたものは独り占めするのではなく、周囲にも分配するように方向づける。そうしたやり方が、プナンの共同体の中に広く浸透している。このような贈与交換の仕組みを、プナンはみなでつくり上げている。個人で独占所有するのではなく、みなで所有するという考え方とやり方こそが、プナンの共同体の中で取られなければならない個人の態度なのである」(192頁)。

★「共同体の中で最もみすぼらしいなりをした男こそが、そのグループのアド・ホックな(一時的な)リーダーなのである。なぜなら、彼は自らに贈与された財やお金を次から次へと周囲の人物に分け与えるため、自らは何も持たなくなってしまうからである。彼が人々から尊敬の的とされるのは、自らが贈与交換の通過点となり、ほとんど何も持たないからである。彼は、贈与されたものを、惜しみなく周囲にいる人々に与える。そして、尊敬を集めることによって、財やお金がますます彼のことに集まってくる。すると、彼は以前にもまして、ますます周囲に分け与えるのである。/プナン社会では、財やお金を蓄積し、私腹を肥やしたり、それらを自らのためだけに用立てたりしようとしない精神こそが尊ばれる。逆に言えば、財を独り占めしようとする精神性は蔑まれ、疎んじられる」(194~195頁)。「プナンはみな誰かの奴隷になることを嫌っている。アナキストのように」(195頁)。

★本書の土台となったのは、亜紀書房のウェブマガジン「あき地」の連載「熱帯のニーチェ」(2016年5月~2017年8月)で、全16回の記事を14章に圧縮し、書き下ろしの2章を加えて改稿したそうです。ニーチェと何が関係しているのかは本書の「おわりに――熱帯のニーチェたち」に記されています。なお、本書の刊行を記念して以下のトークイベントが予定されています。

◎奥野克巳×宮台真司 対談「人間を超えて、社会学を超えて

日時:2018年07月12日(木) 19:00~21:00
会場:代官山蔦屋書店1号館 2階 イベントスペース
定員:70名
問い合わせ:電話03-3770-2525

内容:森の中で暮らしを立てる狩猟採集民とまじわって、「人間を超えた人類学」を模索する奥野さん。かたや、宮台さんは「社会学の終わり」を構想されています。閉塞感たれ込める今の社会に風穴をあけるには、どうすればいいのか。多自然主義やパースペクティヴィズムをめぐって、興味深い話が展開されること必至です。終了後はお二人のサイン会も行います。奮ってご参加ください。

★なお、奥野さんは同じく亜紀書房から3月に、国立デンマーク博物館館長で人類学者のレーン・ウィラースレフ(Rane Willerslev, 1971-)さんの2007年の著書『ソウル・ハンターズ』の共訳書を上梓されています。訳者解説では本書に対する評価を次のようにまとめておられます。

★「本書は、2000年代になって、ヴィヴェイロス・デ・カストロやフィリップ・デスコーラらによってはじめられた、いわゆる人類学の「存在論的転回」における重要著作のひとつに位置づけられる。存在論的転回とは、文化的存在としての人間を取り上げて、異文化の中にその多様なあり方を探ってきた文化相対主義/多文化主義を突破して、人間を取り巻く存在を人間同様の存在者と捉える(非西洋の人々の)「存在」をめぐる思考と実践を人類学の主題として切り拓いてきた知の運動である。ウィラースレフは「パースペクティヴィズム」という、ヴィヴェイロス・デ・カストロによって提唱された課題に挑み、それを抽象的な次元ではなく、自らも狩猟者として参与した経験と具体的な民族誌事例を用いながら、狩猟活動における獲物との実践的な関わりの中で、より精緻なものとして鍛え上げていった」(359頁)。このほかにも2点の評価が説明されていますが、どちらも人文書における書棚づくりのヒントになるはずです。

★奥野さんの著書の巻末広告には、近刊として共訳書が2点予告されています。モーテン・アクセル・ペデルセン『シャーマンくずれ――モンゴル北部の霊的世界と政治』と、ティム・インゴルド『なぜいま人類学か』です。非常に楽しみですね。

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★ちくま学芸文庫の6月8日発売の新刊は6点。

20世紀の歴史――両極端の時代(上)』エリック・ホブズボーム著、大井由紀訳、ちくま学芸文庫、2018年6月、本体1,700円、576頁、ISBN978-4-480-09866-5
古代ローマ旅行ガイド――一日5デナリで行く』フィリップ・マティザック著、安原和見訳、ちくま学芸文庫、2018年6月、本体1,200円、288頁、ISBN978-4-480-09871-9
ナショナリズムとは何か』アントニー・D・スミス著、庄司信訳、ちくま学芸文庫、2018年6月、本体1,300円、384頁、ISBN978-4-480-09873-3
バルトーク音楽論選』ベーラ・バルトーク著、伊東信宏/太田峰夫訳、ちくま学芸文庫、2018年6月、本体1,200円、288頁、ISBN978-4-480-09839-9
フランシス・ベイコン・インタヴュー』デイヴィッド・シルヴェスター著、小林等訳、ちくま学芸文庫、2018年6月、本体1,300円、320頁、ISBN978-4-480-09854-2
博徒の幕末維新』高橋敏著、ちくま学芸文庫、2018年6月、本体1,000円、256頁、ISBN978-4-480-09874-0

★ホブズボーム『20世紀の歴史――両極端の時代(上)』は、『The Age of Extremes』(Michael Joseph/Vintage Books, 1994)の新訳です。上巻には「序文と謝辞」、「20世紀を俯瞰する」、第Ⅰ部「破滅の時代」第1~7章と第Ⅱ部「黄金時代」第8~9章を収録。下巻は来月9日に発売予定です。同書は『20世紀の歴史――極端な時代』上下巻として、河合秀和さんによる訳書が三省堂から1996年に刊行されていましたが現在絶版。「自身の生涯と重ねながら著した20世紀史の傑作」(文庫版カヴァー紹介文より)であるだけに文庫で新訳が読めるようになるのは実に素晴らしいことです。なお、本書の類書でみすず書房さんより1981~1982年に刊行された『資本の時代 1848-1875』全2巻の新装版が同版元より7月9日に発売予定であるとのことです。

★マティザック『古代ローマ旅行ガイド』は『Ancient Rome on 5 Denarii a Day』(Thames & Hudson, 2007)の訳書。西暦200年頃(2000年ではありません)のローマをめぐる旅行ガイドで、交通から宿泊、食事、買物、観光名所まで、図版を多数掲載しつつ丁寧に紹介してくれます。巻末の「役に立つラテン語会話」では、ラテン語原文、訳文、カタカナによるラテン語文の音写がテーマごとに(酒場で、デートで、市場で、等々)収められていて、洒落が効いています。帯文に「驚愕のタイム・トラベル!」とあるようにこの一冊で空想旅行を堪能できる、親しみやすい歴史書となっています。

★スミス『ナショナリズムとは何か』は『Nationalism: Theory, Ideology, History』(Polity Press, 2001, 2nd edition, 2010)の全訳。概念、イデオロギー、パラダイム、理論、歴史、将来展望の全6章。序論で著者自身が述べている通り本書は「ナショナリズムの問題に馴染みの薄い読者や学生のみなさんに、ナショナリズムという概念についての入門書を提供する」もの。巻末には参考文献だけでなく、章ごとに纏められた読書案内も付されています。アントニー・D・スミス(Anthony David Stephen Smith, 1939-2016)はイギリスの歴史社会学者で、ナショナリズム研究の第一人者として著名。既訳書には『20世紀のナショナリズム』(巣山靖司監訳、法律文化社、1995年)、『ナショナリズムの生命力』(高柳先男訳、晶文社、1998年)、『ネイションとエスニシティ――歴史社会学的考察』(巣山靖司ほか訳、名古屋大学出版会、1999年)、『選ばれた民――ナショナル・アイデンティティ、宗教、歴史』(一条都子訳、青木書店、2007年)があります。

★ちなみに今月のちくま新書の新刊では、原田実さんによる『オカルト化する日本の教育――江戸しぐさと親学にひそむナショナリズム』という本が発売されているので、併読するのもいいかもしれません。

★『バルトーク音楽論選』は訳者解題に曰く「バルトークが書いたさまざまな文章を集め、代表的なものを訳出したもの」で、文庫オリジナル編集により、15篇を収録。類書には岩城肇編訳『バルトークの世界:自伝・民俗音楽・現代音楽論』(講談社、1976年)とその改題改訂版『バルトーク音楽論集』御茶の水書房、1988年)があり、これらはハンガリー語で1967年に出版された論集を底本としているとのことですが、今回の新たな選集ではバルトーク自身が書いた原文が独仏英などの言語である場合はそれぞれの言語から翻訳したとのことです。

★シルヴェスター『フランシス・ベイコン・インタヴュー』は、『肉への慈悲――フランシス・ベイコン・インタヴュー』(筑摩書房、1996年)の改訳改題文庫化です。ベイコンの絵画を多数掲載。再刊にあたり、「文庫版訳者あとがき」と、保坂健二朗さんによる解説が新たに付されています。インタヴュワーのデイヴィッド・シルヴェスター(David Sylvester, 1924-2001)はイギリス出身の美術評論家でありキュレーター。彼はベイコンの死後に『回想フランシス・ベイコン』(五十嵐賢一訳、書肆半日閑発行、三元社発売、2010年)という著書を上梓しています。今月22日にはみすず書房から著書『ジャコメッティ 彫刻と絵画』(武田昭彦訳)が発売予定となっています。

★高橋敏『博徒の幕末維新』は2004年にちくま新書として刊行されたものの文庫化。文庫化にあたり最小限の補正が加えられ、巻末に文庫版あとがきと鹿島茂さんによる解説「アウトローから見た全く別の歴史」が新たに収められています。「正史の檜舞台から抹殺排除されたアウトローの稗史の明治維新に光があてられても良いのではないのか。本書がその一助となればと思う」と文庫版あとがきで高橋さんはお書きになっておられます。鹿島さんは本書を「次郎長の最大のライバルだった黒駒勝蔵を最終的な射程におさめながら、竹居安五郎、勢力富五郎、武州石原村幸次郎、国定忠治らの「活躍」を歴史学のふるいにかけようとする試み」と紹介しておられます。

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★このほかここしばらくの新刊では以下の書目に注目しました。

ジークムント・フロイト伝――同時代のフロイト、現代のフロイト』エリザベト・ルディネスコ著、藤野邦夫訳、講談社、2018年5月、本体6,800円、A5判上製600頁、ISBN978-4-06-219988-9
ロラン・バルトによるロラン・バルト』ロラン・バルト著、石川美子訳、みすず書房、2018年5月、本体4,800円、四六判上製344頁、ISBN978-4-622-08691-8
絶望名人カフカ×希望名人ゲーテ――文豪の名言対決』頭木弘樹編、草思社文庫、2018年6月、本体800円、304頁、ISBN978-4-7942-2336-4

★ルディネスコ『ジークムント・フロイト伝』は、同著者による『ジャック・ラカン伝』(河出書房新社、2001年)をお訳しになった藤野邦夫(ふじの・くにお:1935-)さんによる労作で、『Sigmund Freud en son temps et dans le nôtre』(Seuil, 2014;『同時代と現代のジークムント・フロイト』)の全訳です。目次は書名のリンク先でご確認いただけます。「フロイトは無意識のなかで発見したことが、現実に人間たちにおこることをつねに先どりすると考えた。わたしはこの命題を逆転させ、フロイトが発見したと考えたことは、じっさいにはある社会、ある家庭環境、ある政治的状況の結果にほかならなかったことを示す方を選んだ」(10~11頁)。帯文には「(フロイトの生涯の)脱神話化を実現した」と謳われています。品切のラカン伝はそろそろどこかで文庫化されてほしいところです。


★『ロラン・バルトによるロラン・バルト』は『Roland Barthes』(Seuil, 1975)の新訳。初訳は佐藤信夫訳『彼自身によるロラン・バルト』(みすず書房、1978年)で、断章と写真による自伝的作品として有名です。こんな言葉があります。「美学とは、その形式が原因と目的から離れて、充分な価値をもつ体系を作り上げてゆくさまを見るという技術であるから、これほど政治に逆らうものがあるだろうか。さて、彼は美学的な反応をするこをとやめられなかった」(256頁、「悪しき政治的主体」より)。彼というのはもちろん彼自身、バルトのことです。「こういうわけで彼は、形式や言葉づかいや反復を〈見る〉という倒錯的な傾向のせいで、すこしずつ〈悪しき政治的主体〉になっていったのである」(258頁、同)。本書に対するバルト自身による書評「バルトの三乗」は『ロラン・バルト著作集(9)ロマネスクの誘惑』(みすず書房、2006年)で読むことができます。

★『絶望名人カフカ×希望名人ゲーテ』は、『希望名人ゲーテと絶望名人カフカの対話』を改題し大幅に加筆改訂したもの。互いを意識して書いたのかと思うくらい、対比が鮮やかな二人の文豪の名言の数々は、どちらかが間違っているというものではなく、同じような意見を言っていたり、希望と絶望が立場を逆転させたりすることもあります。15の対話の主題と各57編の言葉という構成は親本と変わりません。それぞれの言葉に頭木さんによるコメントが付されていて、見開きで名言とコメントを読み切れるようになっています。巻末の引用・参考文献も丁寧で、書店さんでのコーナーづくりにも応用できそうです。

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by urag | 2018-06-10 23:28 | 本のコンシェルジュ | Trackback | Comments(0)
2018年 06月 06日

ブックツリー「哲学読書室」に、市田良彦さん、森茂起さん、荒木優太さんの選書リストが追加されました

オンライン書店「honto」のブックツリー「哲学読書室」に、以下の3本が新たに追加されました。


フランソワ・マトゥロン『もはや書けなかった男』(航思社、2018年4月)の訳者、市田良彦さんによるコメント付き選書リスト「壊れた脳が歪んだ身体を哲学する」。

『フェレンツィの時代――精神分析を駆け抜けた生涯』(人文書院、2018年4月)の著者、森茂起さんによるコメント付き選書リスト「精神分析の辺域への旅:トラウマ・解離・生命・身体」。

『仮説的偶然文学論』(月曜社、2018年5月)の著者、荒木優太さんによるコメント付き選書リスト「「偶然」にかけられた魔術を解く 」。

以下のリンク先一覧からご覧になれます。

◎哲学読書室

1)星野太(ほしの・ふとし:1983-)さん選書「崇高が分かれば西洋が分かる
2)國分功一郎(こくぶん・こういちろう:1974-)さん選書「意志について考える。そこから中動態の哲学へ!
3)近藤和敬(こんどう・かずのり:1979-)さん選書「20世紀フランスの哲学地図を書き換える
4)上尾真道(うえお・まさみち:1979-)さん選書「心のケアを問う哲学。精神医療とフランス現代思想
5)篠原雅武(しのはら・まさたけ:1975-)さん選書「じつは私たちは、様々な人と会話しながら考えている
6)渡辺洋平(わたなべ・ようへい:1985-)さん選書「今、哲学を(再)開始するために
7)西兼志(にし・けんじ:1972-)さん選書「〈アイドル〉を通してメディア文化を考える
8)岡本健(おかもと・たけし:1983-)さん選書「ゾンビを/で哲学してみる!?
9)金澤忠信(かなざわ・ただのぶ:1970-)さん選書「19世紀末の歴史的文脈のなかでソシュールを読み直す
10)藤井俊之(ふじい・としゆき:1979-)さん選書「ナルシシズムの時代に自らを省みることの困難について
11)吉松覚(よしまつ・さとる:1987-)さん選書「ラディカル無神論をめぐる思想的布置
12)高桑和巳(たかくわ・かずみ:1972-)さん選書「死刑を考えなおす、何度でも
13)杉田俊介(すぎた・しゅんすけ:1975-)さん選書「運命論から『ジョジョの奇妙な冒険』を読む
14)河野真太郎(こうの・しんたろう:1974-)さん選書「労働のいまと〈戦闘美少女〉の現在
15)岡嶋隆佑(おかじま・りゅうすけ:1987-)さん選書「「実在」とは何か:21世紀哲学の諸潮流
16)吉田奈緒子(よしだ・なおこ:1968-)さん選書「お金に人生を明け渡したくない人へ
17)明石健五(あかし・けんご:1965-)さん選書「今を生きのびるための読書
18)相澤真一(あいざわ・しんいち:1979-)さん/磯直樹(いそ・なおき:1979-)さん選書「現代イギリスの文化と不平等を明視する
19)早尾貴紀(はやお・たかのり:1973-)さん/洪貴義(ほん・きうい:1965-)さん選書「反時代的〈人文学〉のススメ
20)権安理(ごん・あんり:1971-)さん選書「そしてもう一度、公共(性)を考える!
21)河南瑠莉(かわなみ・るり:1990-)さん選書「後期資本主義時代の文化を知る。欲望がクリエイティビティを吞みこむとき
22)百木漠(ももき・ばく:1982-)さん選書「アーレントとマルクスから「労働と全体主義」を考える
23)津崎良典(つざき・よしのり:1977-)さん選書「哲学書の修辞学のために
24)堀千晶(ほり・ちあき:1981-)さん選書「批判・暴力・臨床:ドゥルーズから「古典」への漂流
25)坂本尚志(さかもと・たかし:1976-)さん選書「フランスの哲学教育から教養の今と未来を考える
26)奥野克巳(おくの・かつみ:1962-)さん選書「文化相対主義を考え直すために多自然主義を知る
27)藤野寛(ふじの・ひろし:1956-)さん選書「友情という承認の形――アリストテレスと21世紀が出会う
28)市田良彦(いちだ・よしひこ : 1957-)さん選書「壊れた脳が歪んだ身体を哲学する
29)森茂起(もりしげゆき:1955-)さん選書「精神分析の辺域への旅:トラウマ・解離・生命・身体
30)荒木優太(あらき・ゆうた:1987-)さん選書「「偶然」にかけられた魔術を解く

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by urag | 2018-06-06 19:25 | 本のコンシェルジュ | Trackback | Comments(0)
2018年 06月 03日

注目新刊:『ゲンロン8』『未明02』『窮理 第9号』ほか


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ゲンロン8 特集:ゲームの時代』ゲンロン、2018年5月、本体2,400円、A5判並製342頁、ISBN978-4-907188-25-2
未明 02』未明編集室編、イニュイック発行、2018年5月、本体2,700円、A5判変型上製500頁、ISBN978-4-9909902-1-3
窮理 第9号』窮理舎、2018年3月、本体650円、A5判並製64頁、ISBN 978-4-908941-06-1
文学部唯野教授・最終講義 誰にもわかるハイデガー』筒井康隆著、河出書房新社、2018年5月、本体1,200円、46変形判上製140頁、ISBN978-4-309-24865-3
東方教会の精髄 人間の神化論攷――聖なるヘシュカストたちのための弁護』G・パラマス著、大森正樹訳、知泉書館:知泉学術叢書、2018年5月、本体6,200円、新書判上製576頁、ISBN978-4-86285-275-5
数と易の中国思想史――術数学とは何か』川原秀城著、勉誠出版、2018年5月、本体7,000円、A5判上製256頁、ISBN978-4-585-21045-0
平等主義基本論文集』ジョン・ロールズ/リチャード・アーネソン/エリザベス・アンダーソン/デレク・パーフィット/ロジャー・クリスプ著、広瀬巌編・監訳、勁草書房、2018年5月、本体3,200円、四六判上製260頁、ISBN978-4-326-15453-1
依存的な理性的動物――ヒトにはなぜ徳が必要か』アラスデア・マッキンタイア著、 高島 和哉訳、法政大学出版局、2018年5月、本体3,300円、四六判上製288頁、ISBN978-4-588-01076-7
アルペイオスの流れ――旅路の果てに〈改訳〉』ロジェ・カイヨワ著、金井裕訳、法政大学出版局、2018年4月、本体3,400円、四六判上製234頁、ISBN978-4-588-01078-1

★『ゲンロン8 特集:ゲームの時代』は書店での一般発売開始が6月7日(木)からの予定。版元ウェブサイトでの紹介文によれば、「ゲームという新しい技術あるいはメディアは、いかに21世紀を生きるわたしたちの生と認識を規定しているのか。 その連関を探る、ゲンロン史上最大の大型特集!」と。目次詳細は誌名のリンク先でご確認いただけます。東浩紀さんによる巻頭言「二一世紀の『侍女たち』を探して」には次のように書かれています。

★「フーコーが行なったのは〔…〕ベラスケスが『侍女たち』に潜ませたある仕掛けが、画家本人も意識しないままに同時代人の世界観や学問観を反映してしまう、その連動を明らかにすることでヨーロッパの思想史全体に対して新しい視点をもちこむという試みだった。〔…〕このようにしてはじめてフーコーは、芸術と政治を、同じ表象史の表裏として統合する枠組みを手に入れることができたのである。そこでは作品の分析は矛盾なく歴史につながり、テクストの解釈は矛盾なくメディアの研究につながり、批評は矛盾なく社会学につながることになる。/ぼくは20年前、表象文化論からこのような理想を受け取った。その理想はいまもぼくのなかに生きている。/だからぼくは、いつも第二の『侍女たち』を探している。作品を分析することが、そのまま時代を分析することに、とりわけ同時代人の思想や世界観を分析することにつながる特異点を探している」(9頁)。

★「ぼくは批評家や哲学者を名乗ることが多いが〔…〕けっして純粋な批評家や哲学者ではない。あくまでも、表象文化論出身の批評家であり、哲学者である。/ぼくは繰り返し、その原点に立ち戻っている。〔…〕ぼくは哲学と社会学のあいだで引き裂かれている。だからぼくはときおり両者をつなごうと試みている。そしてそのときは必ず表象の問題に取り組んでいる」(10頁)。「ぼくはまだ、ぼくたちの時代の新しい政治と新しい実存をともに可能にするはずの新しいエピステーメーについて、説得力のある議論を提案できていない。/だからぼくは、今号でゲームについて考えることにした。ゲームの分析を通じて、もういちど新しいエピステーメーの分析に挑戦することにした。政治のゲーム化と実存のゲーム化をともに引き起こしている、ぼくたちの時代の新しい記号の条件について考えることにした。〔…〕そのアプローチは、哲学のものでも社会学のものでもない。表象文化論のものである。/けれどその学問の方法はいまだ確立していない。だから理解されない。〔…〕しかし、だからこそ、今号の野望は、いままでの号のなかでもっとも大きく深い」(10~11頁)。

★なおゲンロンさんでは7月以降に単行本シリーズ「ゲンロン叢書」の刊行を開始するとのことです。第1弾は第8号に広告が出ており、いわき市のアクティヴィスト小松理虔(こまつ・りけん:1979-)さんの『新復興論』になるそうです。『ゲンロンβ』での好評連載に大幅加筆を施したもの。広告では同シリーズについて「ゲンロンが送り出す、いまもっともアクチュアルでもっとも反時代的な新時代の人文書シリーズ」と紹介されており、何人かの著者の名前が挙がっています。これは楽しみです。また9月刊行予定の「ゲンロン」誌第9号は第1期最終号として「第1期のあらゆる伏線を回収し、第2紀の飛躍を準備する人文知の本当の再起動」と次号予告に謳われています。

★「ポエジィとアートを連絡する叢書」を謳う『未明』は2017年3月に創刊。先月発売となった02号は、01号にも増して、美しい造本に美しいレイアウト、美しい装画や写真の数々に美しい言葉たちが心地よい、買って損はない一冊。とにかく現物の中身を実見することを強くお薦めします。その意味ではリアル書店にとって実にありがたい存在だと思います。一方、『窮理』は「物理系の科学者が中心になって書いた随筆や評論、歴史譚などを集めた、読み物を主とした雑誌」で2015年7月に創刊。スリムな飾らないたたずまいが手に取りやすい、良質な科学読物です。最新号は今年3月に発売された第9号。電子版もありますが、紙媒体は部数限定のため、取扱書店でぜひご覧になって下さい。

★『文学部唯野教授・最終講義 誰にもわかるハイデガー』は奥付前の特記によれば、1990年5月14日に池袋西武スタジオ200において行なわれた筒井さんの講演「誰にもわかるハイデガー」を録音した「新潮カセット」(1990年10月刊)の内容をもとにして書籍として再構成したもの。第一講が「なぜハイデガーか」「「現存在」ってどんな存在?」「実存とは人間の可能性のこと」の全三節で、第二講は「死を忘れるための空談(おしゃべり)」「「時間」とは何か?」「現代に生きるハイデガー」の全三節。解説として、大澤真幸さんによる「「誰にもわかるハイデガー」への、わかる人にだけわかる補遺」が付されています。

★この講義のそもそものきっかけであるメタフィクション『文学部唯野教授』(1990年、岩波書店;2000年、岩波現代文庫)は、講義スタイルで印象批評からポスト構造主義までの文学理論を軽妙かつ簡潔に解説しつつ、一方で大学の学内政治と人間模様をユーモアと皮肉たっぷりに描いた問題作で、岩波現代文庫は昨年末で23刷を数えるロングセラーとなっています。その後、『文学部唯野教授のサブ・テキスト』(文藝春秋、1990年;文春文庫、1993年、品切)や、『文学部唯野教授の女性問答』(中央公論社、1992年;中公文庫、1997年、品切)などのスピンオフを生み出したことは周知の通りです。

★『誰にもわかるハイデガー』は筒井さんのパートはかれこれ30年近く前になる講演にもかかわらず、帯文にある通りハイデガーの主著『存在と時間』の「超入門」となっており、その平易さたるや大澤さんをして「これ以上わかりやすく解説することは不可能だ」(95頁)と書かしめています。確かに、大げさな表現になることを承知のうえで言うなら、今なお空前絶後ではあります。作家のセンスをもってすれば、ここまでできるのだと感動するばかりです。『文学部唯野教授のサブ・テキスト』に収録されている大橋洋一さんとの対談で筒井さんはこんなことを発言されていました。「結局、現存在というのは人間のことだし、どんどんやさしく書いていって、終いには童話にしてしまって、たとえば「ハイデガー坊や」なんてタイトルで、「人間はなぜ死ぬのだろう。人間は自分が死ぬことを知っていながら生きているんだなあ」とか、もちろんその調子で書いていったら、膨大なものになってしまうけど、できないことではないと思ったんですね。/これは面白いなと思って、小説を書いた後なんですけれども、小説〔『文学部唯野教授』第五講「解釈学」〕よりももう少しやさしくして、もう少し詳しく、講演でやっているんですよ。〔…〕これは面白いですよ」(82~83頁)。

★ちなみに筒井さん自身は講義の最後でこう発言されています。「しかしながら今日、私がこれをお話ししたことでけっして、何度も申しますけれども、マスターしたとは思われないで、このもとの本をもう一度読んでいただきたい。そしてハイデガーをもっと深く理解していただきたいと思います」(92頁)。近年の『存在と時間』新訳ブームよりはるか昔に発表された講義録が今なお新鮮なのは、ハイデガー哲学が古びないことの証左でもあります。創文社版『ハイデガー全集』は同社が2年後に解散することによって未完結のまま途絶する危機に見舞われていますが、翻訳自体は今後も続いてほしいです。

★『東方教会の精髄 人間の神化論攷』は「知泉学術叢書」の第2弾。東ローマ帝国(ビザンティン帝国)後期におけるテサロニケの大主教グレゴリオス・パラマス(c.1296-1359)の主著『聖なるヘシュカストたちのための弁護』三部作の全訳です。解説に曰く「パラマスが弁護した「ヘシュカスム」とは、祈りの実践体系ともいうべきもので、一種の霊的運動でもある。〔…〕一心に祈りの中に深く入り込んで、雑念を払って神にのみ心・注意を向けるので、静寂(ヘーシュキア)を重要視するところから、ヘシュカスムという名称がつくことになったとされる」(491~492頁)。西方イタリア出身のバルラアムがこのヘシュカスムを異端視し告訴したことに対する反論が本書の内容です。「看過されてきた東方教会の霊性や神学や哲学的思想の精髄や伝統ともいうべきもの、またそのような領域にかかわる西方的理解と東方的理解の相克の場に出合う」ことにより、読者は「これまで閉ざされてきた世界の開陳に遭遇することになるだろう」と訳者は説明しておられます。目次詳細は書名のリンク先をご覧ください。

★川原秀城『数と易の中国思想史』は、中国の数術である暦算(主に天文学や数学)や占術などの術数学の研究書。巻頭の「前言」に曰く特に注力したのは、「暦算や占術の個々の技法・理論を逐一分析し、暦算と占術の不可分な関係を包括的に論じながら」、邵雍『皇極経世書』など、『四庫全書総目提要』の術数類数学属に注目して重点的に分析したこと、とあります。カヴァー紹介文に曰く「「数」により世界を理解する術数学の諸相を総体的に捉えることで、中国思想史の基底をなす学問の体系を明らかにする」と。目次詳細は書名のリンク先をご覧ください。

★『平等主義基本論文集』は、『平等主義の哲学――ロールズから健康の分配まで』(齊藤拓訳、勁草書房、2016年8月)の著者である、カナダ・マギル大学准教授・広瀬巌(ひろせ・いわお:1970-)さんの編・監訳によるアンソロジー集。分配的正義に関する最重要論文を一冊にまとめたもの。格差原理(difference principle;ロールズ)、運平等主義(luck egalitarianism;アーネソン)、民主的平等(democratic equality;アンダーソン)、優先主義(prioritarianism;パーフィット)、十分主義(sufficientarianism;クリスプ)といった「平等」を議論する上で代表的な論文を収録、と。この5つの主張は廣瀬さんの『平等主義の哲学』で概説されていたものです。

★収録先は以下の通り。ジョン・ロールズ「アレクサンダーとマスグレイヴへの返答」(原著1974年;石田京子訳)、リチャード・アーネソン「平等と厚生機会の平等」(原著1989年;米村幸太郎訳)、エリザベス・アンダーソン「平等の要点とは何か(抄訳)」(原著1999年;森悠一郎訳)、デレク・パーフィット「平等か優先か」(原著2000年;堀田義太郎訳)、ロジャー・クリスプ「平等・優先性・同情」(原著2003年;保田幸子訳)。編者あとがきによれば、これらに以下の2篇の併読が進められています。ロナルド・ドゥウォーキン「資源の平等」(『平等とは何か』第2章、木鐸社、2002年)、トマス・ネーゲル「平等」(『コウモリであるとはどのようなことか』第8章、勁草書房、1989年)。

★『依存的な理性的動物』は、『美徳なき時代』(篠崎榮訳、みすず書房、1993年)以来となる、アメリカの哲学者マッキンタイア(Alasdair MacIntyre, 1929-)の著書の、久しぶりの訳書。原書は『Dependent Rational Animals: Why Human Beings Need the Virtues』(Open Court, 1999)です。序文によれば本書は「1997年にアメリカ哲学協会の太平洋部門会議において3回にわたっておこなわれたケーラス講座の内容に加筆修正を施したもの」で、二つの主要な問いをめぐる思索が綴られています。それらの問いとは、「ヒトとヒト以外の知的な動物の種のメンバーが共通に備えている特徴に注意を払い、それらを理解することは私たちにとってなぜ重要なことなのか」。そして「人間の傷つきやすさ〔ヴァルネラビリティ〕と障碍〔ディサビリティ:能力の阻害〕に注目することは、道徳哲学者たちにとってなぜ重要なのか」というものです。「本書は、『美徳なき時代』や『誰の正義? どの合理性?』〔1988年〕や『道徳的探究の競合する三形態』〔1990年〕における私の初期の探究のいくつかの継続であるばかりでなく、それらの修正でもある」(iv頁)。目次詳細は書名のリンク先をご参照ください。

★訳者解説では著者の主張を次のように端的にまとめています。「私たちヒトが幸福な人生を送るうえで、自立した合理的行為者であることが重要な意義をもつとはいえ、そのような存在へと私たちが成長するうえで、またそういう存在であり続けるうえで、私たちは根源的かつ持続的なしかたで特定の他者たちに依存せざるをえない(つまり、彼らからさまざまな施しを受ける必要がある)。それゆえ、そのような特定の他者たちとの間の互酬的な関係性のネットワークとしてのコミュニティへの参加が、私たちには不可欠であり、翻って、そのようなコミュニティの維持と繁栄のためには、私たち一人ひとりが、自立した合理的行為者としての諸徳と、他者への依存の承認にかかわる諸徳の双方を身につけ発揮することが求められる。また、同じコミュニティのメンバーは――深刻な障碍を抱えているために合理的行為者として自立できないメンバーも含めて――お互いがお互いにとって、彼らの共通善と彼や彼女の個人的な善の双方について大事なことを伝えあい教えあう潜在的な可能性を有する存在であって、そのような存在としてつねに敬意をもって遇される必要がある」(250頁)。

★そして本書を次のように評価されています。「〈どのような思想や哲学にもとづき、どのようなコミュニティを創造すべきか〉という問題〔…〕本書は、この問題をさらに深く掘り下げて考えようとするすべての人々に有益な示唆を与えてくれるであろう」(253頁)。

★カイヨワ『アルペイオスの流れ――旅路の果てに〈改訳〉』は、金井裕さんによる訳書『旅路の果てに――アルペイオスの流れ』(法政大学出版局、1982年)の、カイヨワ没後40年記念改訳版。原書は『Le Fleuve Alphée』(Gallimard, 1978)です。 カイヨワの思想的自伝(訳者あとがき)であり、プルースト賞やヴェイヨン財団のヨーロッパ・エッセイ賞を受賞しています。目次詳細は書名のリンク先でご覧いただけます。第Ⅰ部第七章「石についての要約」では、ラブラドル長石とモルフォ蝶の翅の偏光による青色に、カイヨワの言う「対角線の科学」の一例を見たくだりが書かれていて、その何たるかが端的に表現されています。「私の考えでは、対角線の科学は、類似してはいるが自然のなかに分散していて、当該の個々の学問からは無視されている現象を組織的に照合することで成り立つはずであった。事実、こういう現象は個々ばらばらに取り上げられれば、学問の内部でわずかな関心しかよばない珍奇なものにすぎない」。「偏光色の現象は私に擬態と仮面に関する〈斜めの〉研究を推し進め、さらに後年には、反対称に関する調査を始めるように促したのである」(136~137頁)。カイヨワ再読・再発見のきっかけとするにふさわしい一冊です。

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by urag | 2018-06-03 21:32 | 本のコンシェルジュ | Trackback | Comments(2)
2018年 05月 31日

注目新刊:土田知則『ポール・ド・マンの戦争』は若きド・マンによる記事12篇を併録

★ポール・ド・マンさん(著書:『盲目と洞察』)
ベルギー時代のド・マンの反ユダヤ的言説をめぐって考察された土田知則さんの最新著『ポール・ド・マンの戦争』(彩流社、2018年5月、本体1,800円、四六判並製228頁、ISBN978-4-7791-7103-1)において、ドイツ占領下時代のベルギーで執筆されたド・マン自身の新聞記事12篇が訳出されています。

「現代文学におけるユダヤ人」1941年3月4日「ル・ソワール」紙
「シャルル・ペギー」1941年5月6日「ル・ソワール」紙
「批評の現代性について」1941年12月2日「ル・ソワール」紙
「ドイツ現代文学への手引」1942年3月2日「ル・ソワール」紙
「フランス文学の現代的諸傾向」1942年5月17-18日「ヘット・フラームスヘ・ラント」紙
「ヨーロッパという概念の内実」1942年5月31日-6月1日「ヘット・フラームスヘ・ラント」紙
「批評と文学史」1942年6月7-8日「ヘット・フラームスヘ・ラント」紙
「フランス詩の現代的諸傾向」1942年7月6-7日「ヘット・フラームスヘ・ラント」紙
「文学と社会学」1942年9月27-28日「ヘット・フラームスヘ・ラント」紙
「戦争をどう考えるか?」1939年1月4日「ジュディ」紙
「イギリスの現代小説」1940年1月「カイエ・デュ・リーブル・エグザマン」誌
「出版社の仕事」1942年10月「ビブリオグラフィ・ドゥシェンヌ」誌

最後の「出版社の仕事〔Le métier d'éditeur〕」について、土田さんは「編集者ド・マンの姿を生き生きと彷彿させる興味深い一篇である。ド・マンは十代の頃から編集者として豊富な経験を積んでいる。つまり、この道ではプロ中のプロなのだ」と紹介しておられます。ド・マンは出版社の仕事の「おそらく最も重要な部分」として「探索=発掘」だと述べ(186頁)、次のように表明しています。「こうした仕事に当たるには、有り余るほどの見識や機転や批判=批評精神が、そしてまたしても、豊富な直感が要求されるのです」(186~187頁)。

さらにはこう結んでいます。「つまり、出版社・出版者は一種の仲介役に見えますが、真摯な創造的使命を担っています。該博な知識は言うに及ばず、天賦の才能を自然に備えていなければなりません。決して型通りの行動に身を委ねることはできないでしょう。一つ一つの新作、企画された一つ一つの叢書には独創的なアイデアが要求されます。出版に携わる者は刷新・考案・創造の人生を送らなければならないのです。出版社・出版者の仕事が極めて困難である――招かれる者〔競争者〕は多いが、選ばれる者〔成功者〕は少ない〔マタイ福音書22・14〕――のはこうした事情によります。ですが、その可能性やすばらしさをすっかり理解している人にとって、この仕事は抗し難いほど魅力的でもあるのです」(187頁)。当時ド・マンは数え年で23歳。だいぶハードルの高いことを仰っておられますが、あるべき姿としては否定できません。

なお本書は彩流社さんのシリーズ「フィギュール彩」の101番。ひとつ手前の100番は4月刊行、高山宏さんと巽孝之さんの『マニエリスム談義――驚異の大陸をめぐる超英米文学史』でこちらもまためくるめく一冊。先週末25日に東京堂書店神田神保町店で土田さんと巽さんのトークセッション「ポスト・トゥルースの現在を生き抜く批評理論」が行なわれましたが、これは活字化されてほしいなと願うばかりです。ちなみに巽さんの『盗まれた廃墟――ポール・ド・マンのアメリカ』も「フィギュール彩」の一冊であることは周知の通りです。

★清水一浩さん(共訳:デュットマン『友愛と敵対』)
青土社さんの月刊誌「現代思想」2018年6月号「特集=公文書とリアル」において、マウリツィオ・フェラーリスさんの論文「資本からドキュメディアリティへ」(145-164頁)の翻訳を手掛けられています。訳者附記で清水さんは本稿を次のように紹介しておられます。「著者の提唱するドキュメディアリティ概念をスケッチすべく、資本/工業/労働の時代およびスペクタクル/メディア/コミュニケーションの時代との関係を明快に図式化」と。

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★筑摩書房さんのPR誌「ちくま」2018年6月号(No.567)で絓秀実さんがご自身の著作『増補 革命的な、あまりに革命的な』(ちくま学芸文庫、2015年5月)をめぐって「一九六八年の「狂気」」という文章を寄せておられ、そこで編集者・中野幹隆さんに言及され、弊社刊『多様体』第1号に掲載された檜垣立哉さんの論考「後期資本主義期のなかの哲学【1】中野幹隆とその時代(1)」にも触れて下さっています。そして、中野さんが編集された「パイデイア」のフーコー特集号の編集後記(1972年)について次のように書かれています。「誤解を恐れずに言えば、それは、理解をしりぞける「狂気」のようなものであり、それなくしては、日本に「68年の思想」が導入されることもなかっただろうということだ」。

本稿の締めくくりはこうです。「15年前に出した拙著『革命的な、あまりに革命的な』を読み返しながら、私はそれが、中野幹隆という編集者の仕事に負っているところが少なくないことに気づいて、ふと嘆息することがあった。だが、私は中野の「狂気」を、どのくらい分有していたのだろうか」。別の箇所では絓さんは親しみを込めて、「ややクレイジーな、文脈無視の中野のキャラクター」と回想されています。中野さんの卓抜な編集センスについて「狂気」と端的に分析されておられることに強い感銘を覚えました。

私のような後進の者にとって、中野さんの「文脈無視」はコンテクストを新たに作り直す編集技法の核そのものと映っていたのですが、そうした美しい整理では中野さんの「狂気」までにはたどり着けないのでした。自分の年齢と同じ、半世紀前の「狂気」を理解しようとすることは容易ではありませんが、編集と狂気という主題について――それは「編集狂」の話ではなくむしろ「狂編集」に近い話です――思索を深めていきたいと感じました。

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by urag | 2018-05-31 14:17 | 本のコンシェルジュ | Trackback | Comments(0)
2018年 05月 27日

注目新刊:『歩く、見る、待つ――ペドロ・コスタ映画論講義』ソリレス書店


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ツァラトゥストラ』ニーチェ著、手塚富雄訳、中公文庫、2018年5月、本体1,500円、文庫判768頁、ISBN978-4-12-206593-2
ヴィトゲンシュタイン 世界が変わる言葉 エッセンシャル版』ルートヴィヒ・ヴィトゲンシュタイン著、白取春彦訳、ディスカヴァー・トゥエンティワン、2018年5月、本体1,000円、文庫判224頁、ISBN978-4-7993-2269-7
ヨーロッパ中世象徴史』ミシェル・パストゥロー著、篠田勝英訳、白水社、2018年5月、本体7,500円、A5判上製436頁、ISBN978-4-560-09639-0

★3点の再刊書に注目。新組新版、縮約版、復刊とさまざま。まず『ツァラトゥストラ』は読みにくい箇所もあった旧版を新組にして一新、巻末に三島由紀夫と訳者の対談「ニーチェと現代」(1966年の『世界の名著』第1回配本である第46巻「ニーチェ」に付属する月報に所載)が新たに加わっています。手塚訳はこの著作の揺るぎない名訳であり、これからも長く愛読されるに違いありません。帯表4での予告によれば中公文庫の「プレミアム」シリーズではパスカルの『パンセ』やデュルケームの『自殺論』の新版が続刊予定とのことです。

★『ヴィトゲンシュタイン 世界が変わる言葉 エッセンシャル版』は『超訳 ヴィトゲンシュタインの言葉』(2014年8月刊)の縮約文庫版。ヴィトゲンシュタインの文庫本では『論理哲学論考』『青色本』『講義』などがありますが、本書の場合はぜひ哲学を敬遠してきた読者に、とっかかりとしてお薦めしたい一冊。文庫判のハンディさがやはり良いです。

★『ヨーロッパ中世象徴史』は2008年刊で古書価がなかなか低くならないいわば「定番書」の復刊。今回の復刊本も早めに購入しておかないと遠からず品切になるであろう予感がします。原書は『Une histoire symbolique du Moyen Âge occidental』(Seuil, 2004)。パストゥロー(Michel Pastoureau, 1947-)はフランスの歴史家で中世や紋章学が専門。かのレヴィ=ストロースのはとこでもあります。本書以外にも長らく品切になっている書目はどんどん文庫化されると良いなと願うばかりです。

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★次に最近出会った新刊を列記します。

歩く、見る、待つ――ペドロ・コスタ映画論講義』土田環編訳、ソリレス書店、2018年5月、本体1,800円、四六判並製184頁、ISBN978-4-9084350-0-3
人形論』金森修著、平凡社、2018年5月、本体3,200円、A5判上製312頁、ISBN978-4-582-20646-3
聴竹居――日本人の理想の住まい』松隈章著、古川泰造写真、平凡社、2018年5月、本体9,800円、B5変判上製264頁、ISBN978-4-582-54463-3
プロパガンダの文学――日中戦争下の表現者たち』五味渕典嗣著、共和国、2018年5月、本体4,200円、四六判上製448頁、ISBN978-4-907986-45-2
クルアーン入門』松山洋平編、作品社、2015年5月、本体2,700円、46判並製528頁、ISBN978-4-86182-699-3
現代思想2018年6月臨時増刊号 総特集=明治維新の光と影――150年目の問い』青土社、2018年5月、本体1,300円、A5判並製198頁、ISBN978-4-7917-1365-3
文藝別冊 追悼石牟礼道子――さよなら、不知火海の言魂』河出書房新社編集部編、河出書房新社、2018年5月、本体1,300円、A5判並製224頁、ISBN978-4-309-97941-0

★『歩く、見る、待つ』は副題にある通り、ポルトガルの映画監督ペドロ・コスタ(Pedro Costa, 1959-)による2004年、2010~2012年に行われた来日講義をまとめたもの。目次は以下の通りです。

序 私たちの糧となる言葉との出会い(諏訪敦彦)
講義Ⅰ(2010年7月28日、東京造形大学
講義Ⅱ(2011年11月30日、東京造形大学
講義Ⅲ(2012年12月5日、桑沢デザイン研究所
講義Ⅳ(2004年3月12日~14日、映画美学校
監督プロフィール&フィルモグラフィ
編者あとがき 言葉の切り開く像(土田環)

★講義Ⅰでの学生との質疑応答の中で監督はこう述べています。「映画を撮る時に、ドキュメンタリーであるのかフィクションであるのかを問うよりも、具体的にはどのように撮ればよいのかと考えてみることの方がより実り多いものになるのではないでしょうか。朝に目覚めて、身支度をする光景を撮影するとします。鏡を見ながら、顔を洗うか髭を剃ろうかとしていて、ふと目を足下に落とす。足が床に着いているという、ただそのことに初めて気づく。この一連の流れはフィクションでもドキュメンタリーでもありません。単に、誰も気づかず、これまで撮られたことのないことがらであるに過ぎません。しかし、そこには幾千、幾万もの物語が紡がれる可能性が秘められているのではないか。映画というメディアはとうの昔に死んでいると唱える人もいますが、私に言わせれば映画はまだまだ先史時代にあるようなものです。つまり、足が床に着いているその事実は、いまだに映画には撮られていない。そこには世界の歴史というものが、手垢のつかない状態で残されているのではないでしょうか。/こうした問いかけは、文学のなかでなされてきたことです。マルセル・プルーストの『失われたときを求めて』という作品は、先ほど私が言ったことを探求するものだったと思います。その試みを前にして、ブレッソンも小津もゴダールも、実際にはまだ映画が撮れていないのです。私は楽観的なのかもしれません。だからこそ、足を床に着けてみる。そのことによって開かれるいくつもの物語があることをもう少し考えてみたいのです」(26~27頁)。なんという繊細で力強い発言でしょうか。

★『人形論』は2016年に逝去された、科学哲学研究の第一人者・金森修さんの遺作。帯文に曰く「祓除の土偶や天児(あまがつ)から、ビスクドールやゴシックドール、さらには究極のフェティッシュであるラヴドール、果てはロボットやレプリカントまで、広汎豊穣な人形ワールドを〈人形三角錐〉という独自の概念枠で俯瞰」と。第一章「人形の〈三角錐〉」において金森さんはこう書いておられます。「人形史をごく大雑把に見渡した中で、多彩極まりない人形ワールドを概念的に横切る一種の基底のようなものが存在するという仮説が浮上してくる。それは呪術、愛玩、鑑賞という三つの概念である。〔…それらを〕三頂点とする〈人形三角形〉に三次元的な成分を組み込み、物質性という共通項を一つの頂点とする〈人形三角錐〉を作る」(48~49頁)。また、金森さんは本書について「一種の〈亜人論〉を構成する」(9頁)とも述べています。『ゴーレムの生命論』(平凡社新書、2010年)とともにこの分野の基礎文献となるだろう一冊で、巻末の、雑誌や洋書、映像資料を含む文献一覧をもとに本書を中心としたフェアや「人形棚」が構想できそうです。

★『聴竹居』は建築家の藤井厚二が京都・大山崎町の天王山の麓に1928年(昭和3年)、5回目となる自邸として建てた木造平屋建ての実験住宅「聴竹居(ちょうちくきょ)」を、180点の写真と図、詳細な実測図360点を添え日英併記で全貌を詳しく紹介した、重厚な大型本。3年前に「コロナ・ブックス」シリーズで発売された同名の公式ガイドブックに続く、いわば「コンプリートブック」です。重要文化財として昨年指定されたその美しさには圧倒されるばかりです。藤井による調度品や、聴竹居の後に手掛けた注文住宅「八木邸」についても紹介。4篇の解説――藤森照信「〈モダニズム〉の原点」、深澤直人「聴竹居――行為に相即する家」、堀部安嗣「聴竹居が伝えるもの」、松隈章「「聴竹居」の歩み」を併載。

★『プロパガンダの文学』は巻頭の「はじめに」によれば「日中戦争の同時代に戦争や戦場を主題としたテクストを取り上げ、戦時下における〈戦争の書きかた〉について論じるもの」(13頁)で、その目的は「日中戦争期の日本帝国の側から見た戦争・文学・プロパガンダの関係を問うことにある」(40頁)とのこと。目次詳細は書名のリンク先でご確認いただけます。著者の五味渕典嗣(ごみぶち・のりつぐ:1973-)さんは大妻女子大学文学部教授。ご専門は近現代日本語文学・文化研究です。本書のあとがきにおいて五味渕さんはこう綴っておられます。「着々と準備されつつある次なる戦争に向けて、反戦の論理をいかにアップデートさせていくかは喫緊の課題であろう」(442-443頁)。誰がこの言葉を笑い飛ばせるでしょうか。

★『クルアーン入門』は「クルアーンの定義と構成」「クルアーン解釈の前提」「クルアーン解釈の方法」「トピックから探るクルアーンの思想」の四部構成。「クルアーンはどのような構造を持つ聖典であり、どのように読まれ、解釈されるのか〔…〕読者がクルアーンをみずから読み解いていくための「ツール」を提供することを目指した」(まえがき、3頁)とあります。附録として「術語集」「固有名詞のアラビア語読みと標準日本語表記対応表」「クルアーンの章名日本語訳一覧」を収録。『日亜対訳 クルアーン』(2014年)を始め、イスラーム関連の書籍を続々と出版されている作品社さんならではの入門書となっています。

★『現代思想2018年6月臨時増刊号 総特集=明治維新の光と影』は副題にある通り明治維新150年を記念した総特集号。姜尚中さん、成田龍一さん、須田努さんによる討議「光と影/光は影――明治維新150年:重層化する歴史像」をはじめ、酒井直樹さんやキャロル・グラックへのインタヴュー、大澤真幸さんのエッセイなど、歴史を問い直し、現代人の立ち位置を見直す様々な視点が提出されています。「西郷どん」コーナーを作っている書店さんには併売をお薦めしたいです。

★『文藝別冊 追悼石牟礼道子』は石牟礼さんへの愛を感じる追悼号。赤坂真理さんの寄稿「石牟礼道子という謎に動かされたい」での言葉を借りれば、石牟礼さんの文学世界と読者との「もやい始め」ともなる一冊です。赤坂さんは石牟礼文学を宮澤賢治やジブリアニメの世界に近いものと指摘されています。志村ふくみさんは「あるとき、襤褸裂のような織物が突然荘厳され光の射す瞬間を石牟礼さんは描き切って下さった」と表現されています(「えにし まぼろしふかくして」11頁、初出「三田文學」2015年秋季号)。坂口恭平さんの「みっちんの歌」が印象的です。「みっちんは歌だ。だから、肉体そのものとなって、口を開き、体を振動させ、声帯を鳴らせば、いつでもみっちんが途端にあらわれでてくる。これからも死ぬまでずっと歌をうたっていこう、そうすれば何も消えることはなく、ささやかな風と同じように今もこの現実に漂い続けることができる」(34頁)。

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★最後に先月の新刊で言及できていなかった書目を列記します。

アメリカのユートピア――二重権力と国民皆兵制』フレドリック・ジェイムソンほか著、スラヴォイ・ジジェク編、田尻芳樹/小澤央訳、書肆心水、2018年4月、本体3,500円、四六判上製384頁、ISBN978-4-906917-78-5
戦争経済大国』斎藤貴男著、河出書房新社、2018年4月、本体1,800円、46判変形上製320頁、ISBN978-4-309-24857-8
ブーレーズ/ケージ往復書簡 1949-1982』J=J・ナティエ/R・ピアンチコフスキ編、笠羽映子訳、みすず書房、2018年4月、本体6,200円、A5判上製336頁、ISBN978-4-622-08685-7
ギリシア神話シンボル事典』ソニア・ダルトゥ著、武藤剛史訳、文庫クセジュ、2018年4月、本体1,200円、新書判172頁、ISBN978-4-560-51019-3
早稲田文学 2018年初夏号』早稲田文学会発行、筑摩書房発売、2018年4月、本体1,900円、B5変判並製400頁、ISBN978-4-480-99314-4

★『アメリカのユートピア』は『An American Utopia: Dual Power and the Universal Army』(Verso, 2016)の訳書。100頁を超えるジェイムソンによる表題作論文を中心に、SF作家キム・スタンリー・ロビンソンによる短編小説や、ジョディ・ディーン、サロジ・ギリ、アゴン・ハムザ、柄谷行人、フランク・ルーダ、アルベルト・トスカーノ、キャシー・ウィークス、スラヴォイ・ジジェクらによるジェムソンへの応答論文が掲載されています。目次詳細は書名のリンク先をご覧ください。ジジェクは序言でこう述べています。「ジェイムソンの『アメリカのユートピア』は、解放された社会に関する左翼のスタンダードな観念を根底的に問い直す。その際、社会の共産主義的な再編のモデルとして、とりわけ、国民皆兵制を唱え、羨望と敵意を共産主義社会の中心的問題として完全に認定し、仕事と快楽の分割を乗り越えるという夢を拒絶する。社会を変えるには、解放された社会に関する夢を変えることから始めるべきだという格言に従ったジェイムソンのテクストは、グローバル資本主義へのありうる、また想像可能なオルターナティヴに関する討論を引き起こす理想的な位置にある」(9頁)。

★訳者あとがきで田尻さんはジェイムソン論文についてこう解説しています。「本論文の核になる新しい視点は「二重権力」という概念である。公式の政府と並行して統治が成立するこの状態こそ、共産主義と社会民主主義の失効の中で資本主義を抜け出す第三の道なのだとジェイムソンは言う。二重権力が目指すのは、金融の国営化、公教育と医療の無料化をはじめとする伝統的な左翼の目標である。そして現代社会において二重権力の候補となりうるものとして労働組合、郵便局、専門職、宗教を否定した後に持ち出してくるのが軍隊なのだ。資金不足であるとはいえ、すでに軍隊は医療国営化に類するものを実現しているではないか。軍隊を再国営化することで様々な社会主義的施策を実現してゆくことができるのではないか。〔…〕つまるところ徴兵制再導入は、やはりユートピア的提案と言うほかないのであって、彼はそれを提案すること自体によって現代におけるユートピア的ヴィジョンを再活性化しようとしているのだ」(366~367頁)。第六章の柄谷さんの論文「日本のユートピア」では『憲法の無意識』(岩波新書、2016年)と共通する論点を見出すことができます。

★『戦争経済大国』は帯文に曰く「構想10年、この国最大のタブーを暴き、これまでの戦後論を塗り替える画期的労作」と。巻頭の「「平和憲法」の陰で――はしがきに代えて」で斎藤さんは次のように書いておられます。「本書の眼目は、そもそも過去の高度経済成長自体が、甚だしい無理の産物であった実態を審らかにすることにある。/甚だしい無理とは「戦争」だった。戦後の日本経済は、平和憲法を前面に掲げながら、その実、常にアメリカの戦争に加担することから得られた果実によって成長してきたと言って過言でない。復興の足掛かりは朝鮮戦争による直接特需だったし、それが一過性に終らなかったのは、ベトナム戦争に伴う間接特需、および列島を挙げて米軍の兵站基地あるいは最前線基地に提供した見返りとしての、北米市場の開放のためであった」(6頁)。「一応は反戦を掲げてはいた労働組合や市民運動が間接特需の恩恵をよくよく承知していたせいもあったのか、私の実感では、この点、高度経済成長以降の日本社会にとっては、きわめて大きなタブーであり続けてきたのではないか」(同)。

★さらにこうも書かれています。「直接の戦闘行為に手を染めたか染めなかったかの間には、もちろん天と地ほどの差がありはする。ではあるにせよ、他国の人々の不幸に乗じて儲けたことには変わりがないではないか。/私たちが今なすべきことは、危機的状況への対処だけでなく、戦後の高度成長時代を改めて掘り下げ、もっと言えば批判的に検証して、せめて教訓にしていくことだと考える」(7頁)。あとがきではすでに本書の続編が構想されていることが明かされています。その続編では湾岸戦争から現在にいたる、戦争と日本経済の関連が分析されるようです。

★『ブーレーズ/ケージ往復書簡』は『Pierre Boulez – John Cage, Correspondance et documents』(Paul Sacher Stiftung, 2002)で、1990年に刊行されたものの改訂新版の翻訳です。全部で50通収められた手紙は中盤以降では両者ともに母国語でのみ書くようになっており、訳者のご苦労が偲ばれます。カヴァー表4の紹介文に曰く「現代音楽の最前線や二人の交友、共感、距離感、決裂にいたる様子が、ここに初めて明らかになる」と。巻頭には改訂新版の責任者であるロベール・ピアンチコフスキによる「前置き」とそれに続く論考が置かれ、巻末には初版の共編者であるナティエの論文と登場人物を簡潔に紹介する人名録が配されています。目次詳細は書名のリンク先をご覧ください。

★『ギリシア神話シンボル事典』は『Lexique des symboles de la mythologie grecque』(PUF, 2017)の訳書。カヴァー表4の紹介文に曰く「多神教、神人同形論といったギリシア神話の世界観の理解を助ける145のシンボルを集めて解説」したもの。基本的に読む辞典であり、図版がないのは、同シリーズのミシェル・フイエ『キリスト教シンボル事典』(文庫クセジュ、2006年;原著2004年)と同様ですが、その分コンパクトにまとまっています。両書とも、武藤剛史さんがお訳しになっています。
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★『早稲田文学 2018年初夏号』の特集は「戦時下上海の日本語総合雑誌『大陸』再発見」。編集協力は秦剛(しん・ごう:1968-)さんと大塚英志さん。特に大塚さんの論考「可東みの助の運命――戦時下の編集的人間とその生き方」が興味深いです。「戦時下の「宣伝戦」に於いて実は最も新しいメディア技術は「編集」であった〔…〕。「国家報道」すなわち戦時下のプロパガンダという禁断の技術の実践を標榜した報道技術研究会が「宣伝」の理論化を戦時下に進め、戦後の宣伝技術の出発点となった〔…〕。「編集」とは多メディア間の総合芸術と主張され〔…〕プロパガンダのために多メディア間で感覚的素材を「時間的・空間的に配置・構成・綜合」する技術が「編集」である。そういう「編集論」がみの助とそう遠くない人々の間で語られていたことは注意していい」(235~236頁)。上記引用からは省略したものの、ここではかの報研(報道技術研究会:1940-1945)編による唯一の理論書『宣伝技術』(生活社、1943年)所収の一章、大久保和雄による「編集技術」の一節が引かれており、社会工学と編集技術の原理的な交差が目を惹きます。ちなみに川本健二さんの論文「対外宣伝グラフ雑誌『FRONT』における「立体性」――日本の戦時下における報道写真と構成主義の一つの展開として」(『表現文化研究』第10巻第2号、神戸大学表現文化研究会、2011年)によれば「大久保和雄は、原弘らと同様、東京府立工芸学校印刷科を卒業して日本宣伝協会などに勤務し、報道についての研究をしていた」(154頁)とあります。

★同誌で連載開始となった、ジャン・リカルドゥー「新訳・評注 言葉と小説」(芳川泰久訳、渡部直己評注)は第1回「エクリチュールと小説――変化する現実、現実の変異体〔ヴァリアント〕」を掲載(303~338頁)。上段に訳文、下段に評注、見開左端に訳注が配置されています。原典は『Problèmes du Nouveau roman』(Seuil, 1967)で、やはり紀伊國屋書店「現代文芸評論叢書」で1969年に刊行された野村英夫訳『言葉と小説――ヌーヴォー・ロマンの諸問題』の新訳です。

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by urag | 2018-05-27 23:16 | 本のコンシェルジュ | Trackback | Comments(0)
2018年 05月 23日

ブックツリー「哲学読書室」に、藤野寛さんの選書リストが追加されました

オンライン書店「honto」のブックツリー「哲学読書室」に、『友情の哲学』(作品社、2018年4月)の著者、藤野寛さんによるコメント付き選書リスト「友情という承認の形――アリストテレスと21世紀が出会う」が追加されました。


◎哲学読書室

1)星野太(ほしの・ふとし:1983-)さん選書「崇高が分かれば西洋が分かる
2)國分功一郎(こくぶん・こういちろう:1974-)さん選書「意志について考える。そこから中動態の哲学へ!
3)近藤和敬(こんどう・かずのり:1979-)さん選書「20世紀フランスの哲学地図を書き換える
4)上尾真道(うえお・まさみち:1979-)さん選書「心のケアを問う哲学。精神医療とフランス現代思想
5)篠原雅武(しのはら・まさたけ:1975-)さん選書「じつは私たちは、様々な人と会話しながら考えている
6)渡辺洋平(わたなべ・ようへい:1985-)さん選書「今、哲学を(再)開始するために
7)西兼志(にし・けんじ:1972-)さん選書「〈アイドル〉を通してメディア文化を考える
8)岡本健(おかもと・たけし:1983-)さん選書「ゾンビを/で哲学してみる!?
9)金澤忠信(かなざわ・ただのぶ:1970-)さん選書「19世紀末の歴史的文脈のなかでソシュールを読み直す
10)藤井俊之(ふじい・としゆき:1979-)さん選書「ナルシシズムの時代に自らを省みることの困難について
11)吉松覚(よしまつ・さとる:1987-)さん選書「ラディカル無神論をめぐる思想的布置
12)高桑和巳(たかくわ・かずみ:1972-)さん選書「死刑を考えなおす、何度でも
13)杉田俊介(すぎた・しゅんすけ:1975-)さん選書「運命論から『ジョジョの奇妙な冒険』を読む
14)河野真太郎(こうの・しんたろう:1974-)さん選書「労働のいまと〈戦闘美少女〉の現在
15)岡嶋隆佑(おかじま・りゅうすけ:1987-)さん選書「「実在」とは何か:21世紀哲学の諸潮流
16)吉田奈緒子(よしだ・なおこ:1968-)さん選書「お金に人生を明け渡したくない人へ
17)明石健五(あかし・けんご:1965-)さん選書「今を生きのびるための読書
18)相澤真一(あいざわ・しんいち:1979-)さん/磯直樹(いそ・なおき:1979-)さん選書「現代イギリスの文化と不平等を明視する
19)早尾貴紀(はやお・たかのり:1973-)さん/洪貴義(ほん・きうい:1965-)さん選書「反時代的〈人文学〉のススメ
20)権安理(ごん・あんり:1971-)さん選書「そしてもう一度、公共(性)を考える!
21)河南瑠莉(かわなみ・るり:1990-)さん選書「後期資本主義時代の文化を知る。欲望がクリエイティビティを吞みこむとき
22)百木漠(ももき・ばく:1982-)さん選書「アーレントとマルクスから「労働と全体主義」を考える
23)津崎良典(つざき・よしのり:1977-)さん選書「哲学書の修辞学のために
24)堀千晶(ほり・ちあき:1981-)さん選書「批判・暴力・臨床:ドゥルーズから「古典」への漂流
25)坂本尚志(さかもと・たかし:1976-)さん選書「フランスの哲学教育から教養の今と未来を考える
26)奥野克巳(おくの・かつみ:1962-)さん選書「文化相対主義を考え直すために多自然主義を知る
27)藤野寛(ふじの・ひろし:1956-)さん選書「友情という承認の形――アリストテレスと21世紀が出会う

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by urag | 2018-05-23 16:58 | 本のコンシェルジュ | Trackback | Comments(0)
2018年 05月 20日

注目新刊:アスペイティア『ヴェネツィアの出版人』作品社、ほか

ヴェネツィアの出版人』ハビエル・アスペイティア著、八重樫克彦/八重樫由貴子訳、作品社、2018年5月、本体2,800円、四六判上製370頁、ISBN978-4-86182-700-6
はじめての沖縄』岸政彦著、新曜社、2018年5月、本体1,300円、四六判並製240頁、ISBN978-4-7885-1562-8
東大闘争の語り──社会運動の予示と戦略』小杉亮子著、新曜社、2018年5月、本体3,900円、A5判上製480頁、ISBN978-4-7885-1574-1
天皇陵と近代――地域の中の大友皇子伝説』宮間純一著、平凡社、2018年5月、本体1,000円、A5判並製92頁、ISBN978-4-582-36451-4
熊野と神楽――聖地の根源的力を求めて』鈴木正崇著、平凡社、2018年5月、本体1,000円、A5判並製116頁、ISBN978-4-582-36452-1
神代文字の思想――ホツマ文献を読み解く』吉田唯著、平凡社、2018年5月、本体1,000円、A5判並製100頁、ISBN978-4-582-36453-8

★『ヴェネツィアの出版人』はスペインの作家にして編集者であるハビエル・アスペイティア(Javier Azpeitia, 1961-)による小説『El impresor de Venecia』(Tusquets Editores, 2016)の訳書。「グーテンベルクによる活版印刷発明後のルネサンス期、イタリック体を創出し、持ち運び可能な小型の書籍を開発し、初めて書籍にノンブルを付与した改革者。さらに自ら選定したギリシャ文学の古典を刊行して印刷文化を牽引した出版人、アルド・マヌツィオの生涯」(帯文より)を描いた長篇小説です。

★序章「何年ものち」で描かれている、アルドの妻マリアと息子パオロとの対話(27~28頁)が印象的です。パオロはアルドの伝記を執筆すべく母に父親のことを尋ね、マリアはためらいつつ答えようとします。

「言っても差支えのないことだけを書く。何でも思いのままに書ける時代ではなかったのよ、パオロ。いずれあなたにも理解できると思うけど」
「書けないようなことって、父さんは何を考えていたの?〔・・・〕」
「思いを表現することはいつの時代にも危険を伴う行為だった。思考が制限されたのではなく、表現が制限されたのよ。〔・・・〕思想の表現が制限されたのは今に始まったことではない。だけどキリスト教が文化の中心になって以来、人々は思ったことを書かなくなった。何世紀にもわたって敷かれた規制によって、数多くの思想の生命力が弱められて現在に至っている。〔・・・〕」
「ほかに父さんが出版したかったけど、できなかった本は何?」
「何の変哲もない一冊の本。広範にわたる完璧な対話が綴られ、タイトルも著者も偽った上で、一般的でない言語に翻訳されて生き延びたものよ」
「誰にも読まれぬように隠されたってこと?」
「誰にも破壊されぬようによ」

★巻末の訳者あとがきでは、本書刊行当時の2016年に行われたインタヴューでアスペイティアが次のように語っていたことが紹介されています。「文芸復興のルネサンス期に深く浸る中、印刷・出版を取り巻く当時の状況と今の状況に相似点が多いことに少なからず驚かされた」と。また別の機会には次のように語ったと言います。「技術と生産性を重視する職人と商人が印刷事業の実権を握り、菓子のごとく本を作っては売っていた時代に、アルドは絶えず文学的意義から良書を出版する方法を模索し、常軌を逸した試みをいくつも打ち出した。アリストテレスの全集をはじめとする、ギリシャ文学の原典にこだわったのもその一つだし、みずから出版物の選定をし、校正をしていたことも当時としては革新的だった」。今また「菓子のごとく本を作っては売って」いる時代にあって、アスペイティアが本書に込めたメッセージを私たちはどう受け取るべきでしょうか。

★『はじめての沖縄』は「よりみちパン!セ」シリーズ復刊第一弾として刊行された6点の内の1冊。ほかの5点は同シリーズの理論社版(2004~2010年)やイースト・プレス版(2011~2014年)で刊行されたものの決定版や増補新版、改訂新版で、『はじめての沖縄』のみ新曜社版で初めて刊行されるもの。2015年から2017年にかけて各紙誌などで発表されてきたテキストを中心に再構成し、大幅な加筆修正を施したもの。目次詳細は書名のリンク先でご確認いただけます。なお本書の刊行を記念し、以下の通り催事が続々と行われる予定だそうです。

境界線を抱いて」(お相手:温又柔さん)5月27日(日)18時~、青山ブックセンター本店
マジョリティとはだれか」(お相手:信田さよ子さん)6月9日(土)14時~、八重洲ブックセンター本店
「ほんとうの沖縄、ふつうの沖縄」(お相手:新城和博さん)6月17日(日)14時もしくは15時~、ジュンク堂書店那覇店
「刊行記念トーク」6月30日(土)13時~、心斎橋・スタンダードブックストア
「はじめての大阪」(お相手:柴﨑友香さん)7月21日(土)17時~、梅田蔦屋書店
「欲望すること/されることのキモさについて」(お相手:川上未映子さん)8月3日(金)19時~、新宿・紀伊國屋ホール

★『東大闘争の語り』は、あとがきによれば「2016年1月に東北大学大学院文学研究科に提出した博士論文「1960年代学生運動の形成と展開――生活史にもとづく参加者の政治的志向性の分析」に大幅に加筆修正を加えたもの」。目次詳細は書名のリンク先をご覧ください。「1960年代学生運動と現在のあいだに存在する断絶を踏まえつつ、1960年代学生運動に参加した当事者の動機・問題意識と運動の論理にかんする内在的分析を行い、その歴史的意義を明らかにする」(17頁)とのことです。

★平凡社さんのブックレット〈書物をひらく〉の第11巻、第12巻、第13巻が同時配本。『天皇陵と近代』は、「伝承を発掘し、大友皇子の墓(弘文天皇陵)が自分たちの地域にあることを検証・主張して、それを認めさせることに奔走した人びとの営為を追跡し、その歴史的事情、また、それがもたらした効果を探り当てる」(カバーソデ紹介文)もの。『熊野と神楽』は「各地に伝播した熊野信仰が神楽を生成して地域的展開を遂げた諸相を考察し、精緻の根源的力とは何であったかを探求するもの」(はじめに)。『神代文字の思想』は「ホツマ文献を筆頭とした神代文字文研研究を思想史研究の土俵にあげ」(あとがき)、神代文字が生み出された背景を探るもの。

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by urag | 2018-05-20 23:32 | 本のコンシェルジュ | Trackback | Comments(0)