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カテゴリ:本のコンシェルジュ( 1053 )


2019年 07月 15日

注目新刊:ヴェイユ『工場日記』、『ルネ・シャール詩集』、ほか

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中世思想原典集成 精選5 大学の世紀1』上智大学中世思想研究所編訳監修、平凡社ライブラリー、2019年7月、本体2,400円、B6変判並製592頁、ISBN978-4-582-76883-1
存在と時間6』ハイデガー著、中山元訳、光文社古典新訳文庫、2019年7月、本体1,320円、ISBN978-4-334-75406-8
箴言集』ラ・ロシュフコー著、武藤剛史訳、講談社学術文庫、2019年7月、本体1,080円、A6判264頁、ISBN978-4-06-516593-5
工場日記』シモーヌ・ヴェイユ著、冨原眞弓訳、みすず書房、2019年7月、本体4,200円、四六判上製264頁、ISBN978-4-622-08817-2

★『中世思想原典集成 精選5 大学の世紀1』は、『中世思想原典集成』第12巻「フランシスコ会学派」と第13巻「盛期スコラ学」より11篇を精選。オーセールのギヨーム、総長フィリップス、フィオーレのヨアキム、アッシジのフランチェスコ(2篇)、ヘールズのアレクサンデル、パドヴァのアントニウス、ボナヴェントゥラ、ロバート・グロステスト、ロジャー・ベイコン、ペトルス・ヨハニス・オリヴィ。収録作はhontoの単品頁などで確認できます。佐藤直子さんによる巻頭解説と、岡本源太さんによる巻末エッセイ「ラテン語の野蛮――中世思想への逆説的賛辞」が新たに収められています。

★『存在と時間6』は全8巻中の第6巻。第一部第二篇第四五節「現存在の予備的な基礎分析の成果、ならびにこの存在者の根源的な実存論的解釈の課題」から第二篇第二章第六〇節「良心のうちに〈証し〉される本来的な存在可能の実存論的な構造」までを収録。後半は中山元さんによる長編解説の第6回。「この章〔第二章「本来的な存在可能を現存在にふさわしい形で証すこと、決意性」〕では、良心の呼び掛けに応じて、本来的な存在可能に直面しようとする現存在の「決意性」と決断の意味が強調されている。この決意性の概念は、カントの道徳論を受け継いだものとして重要なものであり、この解説においては、この概念とハイデガーの政治的な行動との関係性についても検討しておいた。この部分は訳者の見解が強く出ているところであり、本文の読解とは別のものとして読んでいただければ幸いである」と訳者あとがきに特記されています。

★『箴言集』は文庫オリジナルの新訳。底本は1992年に刊行されたジャック・トリュシェによる校訂版。現在も入手可能な紙媒体の既訳文庫には、二宮フサ訳『ラ・ロシュフコー箴言集』(岩波文庫、1989年)があります。「われわれの美徳とは、偽装された悪徳にほかならない」との帯文は、本書のエピグラフ(17頁)から採られたものです。正確には、美徳とは、と、偽装された、の間に「たいていの場合、」という言葉が入ります。帯文はこう続きます。「新訳で玩味する、人間本性を撃ち抜く珠玉のことば」。「撃ち抜く」というのは非常に的確な表現です。本書の読書はまさに痛みを伴います。17世紀の科学と技術が過去のものとなっても、17世紀の優れた人間観察は21世紀の今もなお有効です。人間は過ちを繰り返す動物であるという真実こそは、人文学の有用性を立証しています。人文学の本質は知識の独占ではなく、知恵の共有を目指すものです。「自分ひとりだけ賢者であろうとするのは、狂愚以外の何ものでもない」(C’est une grande folie de vouloir être sage tout seul.「道徳的考察」231番、58頁)。 

★『工場日記』は『シモーヌ・ヴェイユ選集(Ⅱ)中期論集:労働・革命』(みすず書房、2012年)に所収のテクストを単行本化したもの。訳者の冨原さんによる「工場の火花に照らされて――『工場日記』をめぐる追加考察」によれば、「単行本化するにあたって、原典の手稿をあらためて検討し、各テクストの位置を訳者の責任で確定し、当時の向上でおこなわれていた作業の具体的な内容・手順・機械や道具の名称等を徹底的に見直した。それらの変更にあわせて訳文にもかなり手を加えた。読みやすさを優先し、訳注は必要最小限にとどめたので、より詳しい訳注・出典等の詳細は『選集Ⅱ』を参照されたい」とのことです。この冨原さんの「考察」は『選集Ⅱ』所収の解説に加筆・修正を加えたもの。今回の単行本版では解説は冨原さんをサポートされてきた佐藤紀子さんが執筆されています。肉体的にも精神的にも過酷な日々を綴ったこの日記はこれからも読み継がれていくことでしょう。ちなみに同書の入手しやすい既訳には田辺保訳『工場日記』(ちくま学芸文庫、2014年)があります。

★「この生において、苦しむ人びとは嘆くこともできない。他人に理解されぬだけではない。苦しんでいない人びとからは嘲られるかもしれず、苦しんでいるが、自分の苦しみだけであっぷあっぷの人びとからは、めんどうくさいやつだと思われる。稀なる例外をのぞき、いたるところで職制からは、あいも変わらぬ無情な仕打ちをあびる」(101頁)。「社会によって捏造された個人の尊厳なるものの感覚、そんなものはこっぱ微塵にうち砕かれた。これとは異なる尊厳を鍛えあげねばならない(とはいえ疲労困憊のあまり、自分にもまっとうな思考能力があるという意識すら消えうせる!)。このもうひとつの尊厳を守りぬくよう努めねばならない。/そのとき自分にも自分ならではの重要さがあると気づく。/ものの数にも入らない人びとの階級――いかなる状況にあっても――だれの眼にとっても……、そしてかつてついぞ数に入った例〔ためし〕もなければ、なにが起ころうとも、(『インターナショナル』の第1節最終行〔「われらは無だが、すべてになろう!」〕にもかかわらず)今後もまず数に入ることのない、そういう人びとの階級」(156~157頁)。

★最近では以下の新刊との出会いがありました。

ルネ・シャール詩集――評伝を添えて』ルネ・シャール著、野村喜和夫訳、河出書房新社、2019年7月、本体2,900円、46判上製280頁、ISBN978-4-309-20774-2
わたしたちを救う経済学──破綻したからこそ見える世界の真実』ヤニス・ヴァルファキス著、中野真紀子監訳、小島舞/村松恭平訳、eleking books:Pヴァイン、2019年7月、本体3,130円、ISBN978-4-909483-34-8
画商のこぼれ話』種田ひろみ著、作品社、2019年7月、本体1,200円、46判上製152頁、ISBN978-4-86182-747-1
斎藤茂吉――声調にみる伝統と近代』田中教子著、作品社、2019年6月、本体2,500円、46判上製248頁、ISBN978-4-86182-740-2

★『ルネ・シャール詩集』はまもなく発売。「20世紀フランス語圏を代表する詩人のひとり、ルネ・シャールの膨大ともいえる詩業から、代表的な40余篇を選び、訳出したものである。底本にはガリマール社〈プレイヤード叢書〉判『ルネ・シャール全集』(1983年)およびその改訂版(1995年)を使用し、詩の配列もほぼ同書に従った」と訳者あとがきにあります。訳者による90頁もの「評伝ルネ・シャール」が圧巻です。巻末には略年譜が添えられています。訳者あとがきには、某社でシャール全集の計画あり、とも書かれていて、目を瞠りました。

★「名状しがたいこの生/それは つまるところきみが結びつくことをうべなったただひとつのもの/けれども 人々や事物によって日々きみには拒まれてきたもの/かろうじてきみは あちこちで その痩せこけた断片を手に入れる」(「ともにあること」33頁)。「人間は、想像できないようなことを行なうことができる。その頭は不合理という名の銀河に筋を刻む」(「眠りの神の手帖(抄)」227番、87頁)。「殉教者たちは誰のために働くのか。偉大さは、やむにやまれぬ出発をするかどうかにかかっている。模範となる人々は、蒸気と風でできている」(同228番、同頁)。

★「パンをめぐりながら、人を寄せつけないこと、美しい夜明けでありつづけること」(「蛇の健康を祝して」Ⅱ、97頁)。「知識、百もの通路をもつ知識が、それでもなお秘密のままにしておきたいものをこそ生み出せ」(同Ⅵ、98頁)。「昇る太陽の精神状態は、残酷な昼の光や夜の闇の思い出にもかかわらず、歓喜そのものである。血こごりの色が、あけぼのの赤らみとなる」(「朝早い人たちの紅潮」Ⅰ、117頁)。「個人的な冒険、惜しみなく果たされる冒険、われわれのあけぼのの共同体」(同Ⅻ、121頁)。「詩の中心には、ひとりの反対者がきみを待っている。それがきみの主人だ。彼に対して誠実にたたかえ」(「痙攣した晴朗さのために(抄)」130頁)。抵抗の人、シャール。そして夜明けの、黎明の、暁の共同体。

★『わたしたちを救う経済学』はまもなく発売。『And the Weak Suffer What They Must?: Europe's Crisis and America's Economic Future』(Bold Type Books, 2016)の訳書。原題は「弱者は耐えるのみ?――西欧の危機とアメリカ経済の未来」です。目次は書名のリンク先をご覧ください。巻頭の序章で著者はこう書いています。「要約すると、本書は、現在の欧州の危機の原因を、グローバル資本主義を規制しようとするアメリカの試みとの歴史的なつながりの中で説明し、そしてユーロ危機はアメリカにとっても非常に重要であり、無視することはもちとん欧州人に対処をまかせておくこともできないと警告する。実際ユーロ危機は、最後の章で論じたように、米国にとっても重くのしかかっており、それによってすべての人の未来を脅かしている」(20頁)。

★また、松尾匡さんの巻末解説によれば「本書は、ちょうど著者ヴァルファキスが財務相になったときに完成された。だから、なぜギリシャが巨額の債務を負わされ、その国民が不況と社会サービス削減に一方的に痛めつけられなければなかなかったのか、著者たちがひとびとから選ばれ、困難な交渉に立ち向かうことになった背景に至る長い歴史が描かれている。その意味で、『黒い匣』(明石書店、2019年4月)の方は、本書の後日談となっていると言える」と。

★ヴァルファキスは「ユーロ圏の中で、最初に破産した国がギリシャだった理由は単純だった」(261頁)と書いています。「ドイツやフランスの銀行からの貸し付けのおかげで快適な生活を送っていた裕福なギリシャ人はさらに豊かになった一方、ますます多くの貧しいギリシャ人が貧困から抜け出せなくなっていたのだ。好景気にもかかわらず!」(262頁)。「ギリシャの公的債務は巨額だったものの、国民所得の増加ベースの方がずっと速かったことで、まだ持ちこたえられると思われた。ところが、2008年に信用危機が世界に広がったとき、この幻想を崩壊させるふたつの出来事が同時に起こった」(263頁)。対岸の火事どころではない現代史を実感するための必読書です。ヴァルファキスの言う「ミノタウロス」、そのアジェンダに組み込まれているのは、日本も例外ではないからです。



★作品社さんの新刊2点は発売済。『画商のこぼれ話』は銀座の画廊「おいだ美術」の種田ひろみ社長の初のエッセイ集。「アートの森は外から見ているほど、華やかで楽しい場所ではありません」(はじめに、8頁)と明かす社長が見聞してきた「美術品やその売買にまつわる、面白く興味深い話」(同頁)の数々を読むことができます。特に、骨董品でしくじる人々や、贋作を巧妙に売りつける人々の話は、他人事として済ませておきたいほど怖いです。その辺をさらっと嫌味のない筆致で描いておられるのが本書の美点です。「いい画商となるためには、絵画のことに精通しているだけではなく、彫刻、陶芸、演劇、音楽、文学、歴史などといったさまざまな芸術、美しいもの、心に感動を与えるもの全てについて、一通りの知識と興味を持つことが必要だ」(104頁)との先輩画商の言葉が紹介されていますが、これは出版人の心構えにも通じるものがあると感じます。

★もう1点、『斎藤茂吉』は、同志社女子大学に提出された博士論文「斎藤茂吉の万葉集評価語彙と物理学など――その作歌への応用」に加筆修正を施したもの。「今も衰えることのない茂吉短歌の魅力。彼のこだわった声調とは、いったいどのようなものであったのか。それは、ただ直観にまかせたものばかりではあるまい。万葉集研究の場で繰り返された「ゆらぎ」「屈折」「波動」「圧搾」「顫動」などの物理学の用語を手掛かりに、茂吉の思考に迫ってみたい」(はじめに、7頁)。著者の田中さんは歌人。あとがきによれば、本書第Ⅱ章「声調の「屈折」とは何か」は、前著『覚醒の暗指――現代短歌の創造的再生のために』(ながらみ書房、2018年)と内容がやや重なる部分があるとのことで、「茂吉の「屈折論」は筆者が勉学の初期から取り組む主要なテーマであり、これからも考察を続けるつもりである。本書は、その過程のものと見ていただければ幸いである」とお書きになっておられます。

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by urag | 2019-07-15 02:03 | 本のコンシェルジュ | Trackback | Comments(0)
2019年 07月 07日

注目新刊:マキシム・クロンブ『ゾンビの小哲学』人文書院、ほか

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★まず最初にまもなく発売となるちくま学芸文庫7月新刊3点をご紹介します。

『世界の根源――先史絵画・神話・記号』アンドレ・ルロワ=グーラン著、蔵持不三也訳、ちくま学芸文庫、2019年7月、本体1,500円、文庫判448頁、ISBN 978-4-480-09931-0
『日本大空襲――本土制空基地隊員の日記』原田良次著、ちくま学芸文庫、2019年7月、本体1,500円、文庫判448頁、ISBN978-4-480-09933-4
『微分積分学』吉田洋一著、ちくま学芸文庫、2019年7月、本体1,700円、文庫判688頁、ISBN978-4-480-09925-9

★『世界の根源』は、1985年に言叢社より刊行された単行本の文庫化。原著は『Les racines du monde』(Belfond, 1982)です。今回新たに付された「文庫版訳者あとがき」によれば、「1982年に原書が出てから40年以上たっている。それゆえ、文庫版では以後のトピックスを含めて訳註を加筆し、あわせて言叢社版の表記を若干手直しした。また、欄外の短い訳註も本書では巻末に配した」とのことです。「一連の厄介な編集作業とテクストのチェックにあたってくれた、筑摩書房の」云々とありますので、本文の訳にも手が入っているのではないかと想像できます。ルロワ=グーラン(André Leroi-Gourhan, 1911-1986)はフランスの先史学者。学芸文庫ではすでに2012年に荒木亨訳『身ぶりと言葉』が文庫化されています。『世界の根源』の訳者の蔵持さんは1985年に同著者の『先史時代の宗教と芸術』を日本エディタースクール出版部より上梓されておられます。同書もすでに絶版なので、文庫化を期待したいです。

★『日本大空襲』は、中公新書の上下巻(1973年6月~7月)を合本した文庫化したもの。著者は2009年に死去されており、文庫版解説は一橋大学特任教授の吉田裕さんがお書きになっておられます。著者は陸軍第十飛行師団飛行第53戦隊在隊中の松戸飛行場で、持っていた文庫本の余白へ日々の体験を1944年11月から敗戦に至るまでの間に書き留め、戦後に調査したことを加筆して本書をまとめられました。「日本本土防空戦に関する貴重な記録である」と吉田さんは評価されています。吉田さんは本書について、「戦争体験を日々、記録するという面で、著者がすぐれた資質を持っていたこと」、「どのような状況の下でも自分を見失わず、軍務に励みながらも兵士としてよりも人間として生きることを重視する姿勢で一貫していること」の2点を重要だと指摘されています。

★昭和20年(1945年)2月21日の日記にこんな記述があります。「われわれはいま精神力のみで戦意を高揚するあまり、とかく人命の軽視に慣れすぎている。敵はいま、人名の濫費をつつしむ反面、われはその濫費におぼれ、しかもそれを「勇気」という言葉に置き換えようとしている。「死ぬこと」はすなわち「勝つこと」であろうか。むかしの日本の武人は“ただいつでも死ぬ用意のあること”を心がけていたにすぎない。いまの軍人たちは、たとえ全滅しても、日本は負けないと思いこんでいる。夜この国の暗澹たる未来を想い、胸に果てしない憂愁がたかまった」(194頁)。この言葉が遠い日の克服された過去だと思えないのは、平時の今においてすら人命が軽視され、労働と統制の中でその濫費が行なわれているからではないか、と自問せざるをえません。

★『微分積分学』は、1995年に培風館から刊行され、1967年に改訂版が出た単行本の文庫化。「まえがき」によれば本書は「大学初年級向きの読みやすくわかりやすい参考書または教科書を提供する意図をもって書かれた。〔…〕この本では高等学校で学んだことの復習を兼ねて、微分積分学をそのはじめのところから、もう一度ていねいに厳密な形で説明を与えることにした」。巻末には赤攝也さんによる「文庫版によせて」という短文が付されています。曰く「本書は、微分積分学のすみずみまで配慮して書かれた格調高い名著である」。帯文には「理工系大学の微分積分学の決定版」と謳われています。主要の章立ては以下の通り。「微分法」「微分法の公式」「平均値の定理」「積分法」「指数関数と対数関数」「三角関数と逆三角関数」「不定積分の計算法」「高階微分係数」「関数の極限値」「数列と級数」「偏微分法」「重積分」。付録として「微分方程式の解法」が付されています。

★最近では以下の新刊との出会いがありました。

ゾンビの小哲学――ゾンビを通した現代社会論の白眉』マキシム・クロンブ著、武田宙也/福田安佐子訳、人文書院、2019年7月、本体2,400円、4-6判上製200頁、ISBN978-4-409-03103-2
敗北と憶想――戦後日本と〈瑕疵存在の史的唯物論〉』長原豊著、航思社、2019年7月、本体4,200円、四六判上製432頁、ISBN978-4-906738-39-7
ドイツ国防軍冬季戦必携教本』ドイツ国防軍陸軍総司令部著、大木毅編訳解説、作品社、2019年7月、本体4,600円、A5判上製368頁、ISBN978-4-86182-748-8
文藝 2019年秋季号』河出書房新社、2019年7月、本体1,380円、A5判並製568頁、ISBN978-4-309-97977-9

★『ゾンビの小哲学』はまもなく発売。『Petite philosophie du zombie』(PUF, 2012)の全訳です。著者のクロンブ(Maxime Coulombe, 1978-)はカナダのラヴァル大学で現代美術と芸術理論を講じているという社会学者・美術史家。本書が初めての訳書になります。目次詳細は書名のリンク先をご覧ください。「現在のゾンビの人気――それが天恵〔マナ〕であれ流行〔モード〕であれ――はすでに、否が応でも注目せざるをえないものとなっている。/イメージはときとして、時代の現像液として機能することがある。イメージに照らし合わせて読むことによって、イメージからなる酸性の溶液に浸すことによって、時代はコントラストや明瞭さを増すことになるのだ。本書の意図は単純なものである。それはゾンビをウェルギリウスにすること、つまりわれわれ西洋社会を眺めるためのガイドにすることである」(13頁)。「ゾンビは人間のカリカチュアなのだ」(14頁)。

★「それは人間の条件の限界を、つまり意識や死や文明といったものの限界をあらわしているのだ。ゾンビは、これらの限界にまつわる最も現代的な懸念のいくつかを生き生きとしたものにする」(15頁)。「ゾンビとは、この世によみがえることによって、現代における大きなるタブーのうちのうちの一つ――おそらくその最大のもの――へと目を向けるようわれわれを強いるものだ〔…〕。そのタブーとは死である」(同頁)。「本書の目的は、これらの〔ゾンビをめぐる〕メタファーを集め、解釈し、われわれの文化と結びつけることにある」(21頁)。「分身の形象、抑圧されたものの形象、そしてアポカリプスの形象。われわれの風変わりなガイドがわれわれに提案するのは、この三つの停留所である。それによってわれわれは、現代という緻密な織物の中心へと、現代の主体性という身分の内奥へと入り込むことができるようになる」(同頁)。

★周知の通り近年「ゾンビ」をテーマにした小説や映画以外の本が増えています。ダニエル・ドレズナー『ゾンビ襲来――国際政治理論で、その日に備える』(白水社、2012年10月)、フランク・スウェイン『ゾンビの科学――よみがえりとマインドコントロールの探究』(インターシフト、2015年7月)、ヴァースタイネン/ヴォイテック『ゾンビでわかる神経科学』(太田出版、2016年7月)、ロジャー・ラックハースト『ゾンビ最強完全ガイド』(エクスナレッジ、2017年3月)、藤田直哉『新世紀ゾンビ論――ゾンビとは、あなたであり、わたしである』(筑摩書房、2017年3月)、岡本健『ゾンビ学』(人文書院、2017年4月)、伊藤慎吾/中村正明『〈生ける屍〉の表象文化史――死霊・骸骨・ゾンビ』(青土社、2019年4月)、西山智則『ゾンビの帝国――アナトミー・オブ・ザ・デッド』(小鳥遊書房、2019年6月)などがあり、より「実用」的には、ゾンビになった際の指南書である、ジョン・オースティン『ゾンビの作法――もしもゾンビになったら』(太田出版、2011年9月)や、ゾンビの襲撃から生き延びるための、マックス・ブルックス『ゾンビサバイバルガイド』(エンターブレイン、2013年8月)などがあります。もはや映画やSFコーナーに留めておくことはできないので、人文書でもきちんとコーナーを作る必要があります。まだの書店さんは今回の新刊『ゾンビの小哲学』をきっかけにコーナーをお作りになると良いと思われます。来月のインプレスの新刊では『超進化版ゾンビのトリセツ』という書目が8日発売と予告されています。

★『敗北と憶想』はまもなく発売。1997年から2017年にかけて各媒体で発表されてきた13本の論考に、書き下ろしの「はじめに」を加えて1冊としたもの。目次詳細は書名のリンク先をご覧ください。マルクス、ニーチェ、ドゥルーズ、小林秀雄、埴谷雄高、三島由紀夫、萩原朔太郎、吉本隆明、丸山眞男、谷川雁、藤田省三、黒田喜夫、といった書き手たちが論及されます。「本書が長きにわたって求めに応じて書き溜められた文章(あるいはほぼ文書)の蒐積でありながら、しかし、憶想〔アインゲデンケン〕に戦略的に導かれたいくつかの自己編集-内面化〔エアインネルング〕を施したからである。ぼくが元気であれば、本書に続く一冊(『資本主義の層序学――資本の歴史叙述』)をもって、ぼくは「とまる」だろう」(「謝辞と初出」419頁)。「本書では、この国におけるさまざまな敗北とさまざまな文体を用いたその想起-憶想によるさまざまな修復-投企(とその失敗)が、まさに憶想される」(「はじめに」24頁)。

★『ドイツ国防軍冬季戦必携教本』は発売済。「1942年9月1日に発行された厳寒期の戦闘に関するマニュアル」だという『Taschenbuch für den Winterkrieg』の訳書です。「これは、1941年から42年にかけての、ソ連侵攻「バルバロッサ」作戦の挫折から、過酷な厳寒期(その冬は異常気象で、記録的な極寒であった)に、ドイツ国防軍が得た苦い経験をもとにまとめられたものである。すなわち、独ソ戦の過酷な環境をかいまみせてくれる貴重な歴史資料であると同時に、雪中に軍隊がいかに行動をするか、ひいては冬季のサバイバルとはいかなるものかを示す「実用書」であり、第一級の史料である」(帯文より)。主要項目は以下の通り。「冬季事情」「冬季戦準備」「泥濘期」「冬季の戦闘方法」「行軍、野営、宿営」「長期宿営」「冬季の陣地構築」「冬季の偽装」「防寒・防雪」「自動車業務」「移動・輸送手段」「冬季教育用資料」。付録は全部で14篇あり、その中には「冬めがねの組み立て」や「飯盒によるパン焼き」「サウナ構築」などがあります。

★『文藝 2019年秋季号』は発売済。特集は「韓国・フェミニズム・日本」です。斎藤真理子さんと鴻巣友季子さんの対談「世界文学のなかの隣人~祈りを共にするための「私たち文学」」をはじめ、10篇の短篇、3本のエッセイ、2篇の論考などを収録。目次詳細は誌名のリンク先でご確認いただけます。特別掲載は論考と対談。安藤礼二さんの論考は「神秘と抽象――鈴木大拙と南方熊楠」。先ごろ『モロイ』の新訳を上梓された宇野邦一が保坂和志を相手に「新たなるベケットと小説の未来」と題した対談を行なわれています。李龍徳さんの連載「あなたが私を竹槍で突き殺す前に」は最終回。磯部涼さんによる新連載「移民とラップ」が始まっています。書評欄では河出さんより来週発売予定の新刊『ルネ・シャール詩集――評伝を添えて』(野村喜和夫訳)などが取り上げられています。

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by urag | 2019-07-07 23:28 | 本のコンシェルジュ | Trackback | Comments(0)
2019年 07月 05日

注目新刊:筧菜奈子『日本の文様解剖図鑑』エクスナレッジ

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筧菜奈子さん(著者:『ジャクソン・ポロック研究』)
先月、エクスナレッジさんより新刊、『日本の文様解剖図鑑』を上梓されました。「日本独自の文様はいつ生まれ、どのような時に使われてきたのでしょうか。/本書ではこうした問いに答えるべく、まず日本の文様の歴史をマンガで振り返ります。続く第一部〔「わかると楽しい日本の文様77種」〕では、一つひとつの文様がもつ意味や、使用例を紹介すると同時に、文様のつくりや構成を解説します。/第二部〔「日本全国文様探し」〕では、実際に文様が見られる国内の場所に出かけていきます。〔…〕まだまだたくさんの建築や食べものに文様があしらわれていることがわかるでしょう」(はじめにより)。筧さんの著書と訳書を以下に列記します。

◆単独著
2016年02月『めくるめく現代アート――イラストで楽しむ世界の作家とキーワード』(文・絵)、フィルムアート社
2019年03月『ジャクソン・ポロック研究――その作品における形象と装飾性』(著)、月曜社
2019年06月『日本の文様解剖図鑑』(文・絵)、エクスナレッジ

◆訳書
2017年10月『みつけて!アートたんてい――よくみて、さがして、まなぼう!』(ブルック・ディジョヴァンニ・エヴァンス著、単独訳)、東京書籍
2018年09月『ライフ・オブ・ラインズ――線の生態人類学』(ティム・インゴルド著、共訳)、フィルムアート社
2019年06月『ART SINCE 1900――図鑑1900年以後の芸術』(ハル・フォスター/ロザリンド・E・クラウス/イヴ‐アラン・ボワ/ベンジャミン・H・D・ブークロー/デイヴィッド・ジョーズリット著、共訳)、東京書籍



by urag | 2019-07-05 14:45 | 本のコンシェルジュ | Trackback | Comments(0)
2019年 06月 30日

幻戯書房の新シリーズ「ルリユール叢書」刊行開始、ほか

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『アベル・サンチェス』ミゲル・デ・ウナムーノ著、富田広樹訳、幻戯書房、2019年6月、本体3,000円、四六変上製264頁、ISBN978-4-86488-171-5
『フェリシア、私の愚行録』ネルシア著、福井寧訳、幻戯書房、2019年6月、本体3,600円、四六変上製496頁、ISBN978-4-86488-172-2

★幻戯書房の世界文学シリーズ「ルリユール叢書」の第1回配本2点が発売となりました。「幻戯書房NEWS」ブログでも公開されている「発刊の言」には「〈ルリユール叢書〉は、どこかの書棚でよき隣人として一所に集う──私たち人間が希望しながらも容易に実現しえない、異文化・異言語・異人同士が寛容と友愛で結びあうユートピアのような──〈文芸の共和国〉を目指します」と謳われています。刊行予定のラインナップは戦後の各社の世界文学シリーズのどれにも似ていません。新しい景色、こうした驚きこそを待っていた読者もいらっしゃるのではないでしょうか。古典の新訳も素晴らしいですが、未訳に留まっている作品も膨大にあります。未知のものに挑戦する姿勢を出版人は失ってはならないと感じるだけに、今回のシリーズには(新訳を含みますが)非常に意欲的なものを感じます。46判より左右が短いスマートな判型、色鮮やかな表紙、カバー、オビで、天地が短かめのカバーの上部に、表紙へ箔押しされた叢書名とシンボルマークが覗くのも美しいです。書斎に加えたくなるコレクションとなるはずです。

★『アベル・サンチェス』は『Abel Sánchez』(segunda edición, Madrid: Renacimiento, 1928)の全訳。ミゲル・デ・ウナムーノ(Miguel de Unamuno y Jugo, 1864-1936)はスペイン出身の思想家であり作家。訳書には『ウナムーノ著作集』全5巻(法政大学出版局、1972~1975年)のほか、複数の日本語訳がありますが、今回刊行された本作は以下の帯文にある通り初訳です。「20世紀スペインを代表する情熱の哲学者が現代に甦らせたカインとアベルの物語。魂の闇の臨床記録。本邦初訳」。「そうです、私は人間の自由を信じないのです。そして自由を信じないものは自由ではありません。そう、私はそうではないのです! 自由であるとは、自由であると信じることだ!」(98頁)。

★『フェリシア、私の愚行録』は『Félicia ou Mes Fredaines, orné de figures en taille-douce』(Paris: Cazin, 1782)の訳書。ネルシア(André-Robert Andréa de Nerciat, 1739-1800)はフランスの小説家。前世紀にアポリネールによりフランス国立図書館の名高い禁書保管庫「地獄〔ランフェール〕」から再発見されたのが本作で、禁書時代にはかの文豪スタンダールが夢中になったと言います。ネルシアの作品が日本語訳されるのは初めて。帯文はこうです。「好事家泣かせの放蕩三昧!!  不道徳の廉で禁書となった、ほしいままにする少女の、18世紀フランスの痛快無比な〈反恋愛〉リベルタン小説。本邦初訳」。「心は冷え切っていたものの官能はそうではなく、はけ口が必要だったのです。肉体は絶対に自分の権利を諦めないものなのですね。/これが真実なんです。この真実の前では私の人間としての自尊心も形なしで、辛い犠牲を強いられたのです」(366頁)。

★このほか最近では以下の新刊との出会いがありました。

vanitas No. 006』蘆田裕史/水野大二郎責任編集、アダチプレス、2019年6月、本体1,800円、四六判変型256頁、ISBN978-4-908251-11-5
現代思想2019年7月号 特集=考現学とはなにか――今和次郎から路上観察学、そして〈暮らし〉の時代へ』青土社、2019年6月、本体1,400円、A5判並製230頁、ISBN978-4-7917-1383-7
『民主主義は不可能なのか?――コモンセンスが崩壊した世界で』宮台真司/苅部直/渡辺靖著、週刊読書人、2019年7月、本体2,400円、四六判並製394+xviii頁、ISBN978-4-924671-39-3
『福島原発集団訴訟の判決を巡って――民衆の視座から』前田朗/黒澤知弘/小出裕章/崎山比早子/村田弘/佐藤嘉幸著、読書人ブックレット、2019年7月、本体1,000円、A5判並製112頁、ISBN978-4-924671-40-9
中村桂子コレクション(1)ひらく――生命科学から生命誌へ』中村桂子著、鷲谷いづみ解説、藤原書店、2019年6月、本体2,600円、四六変上製288頁、ISBN978-4-86578-226-4
書物のエスプリ』山田登世子著、藤原書店、2019年6月、本体2,800円、四六変上製328頁、ISBN978-4-86578-229-5
金時鐘コレクション(IV)「猪飼野」を生きるひとびと――『猪飼野詩集』ほか未刊詩篇、エッセイ』金時鐘著、冨山一郎解説、藤原書店、2019年6月、本体4,800円、四六変上製440頁、ISBN978-4-86578-214-1
対ロ交渉学――歴史・比較・展望』木村汎著、藤原書店、2019年6月、本体4,800円、A5上製672頁、ISBN978-4-86578-228-8

★『vanitas No. 006』の特集は「ファッションの教育・研究・批評」。蘆田裕史さんと水野大二郎さんによる責任編集。水野さんによる「introduction」は誌名のリンク先でお読みいただけます。曰く「近年「デザイン」の複雑化が盛んに議論されるにつれ、ファッション産業の周縁から新たな批評空間や研究的実践、実験的教育の萌芽が散見されるようになりました。今号の特集は、この萌芽を多様な側面から明らかにしていくことを目的に新井茂晃氏、井上雅人氏、Cecilia Raspanti氏、Dehlia Hannah氏へのインタビュー、そして現在ファッション産業に携わる方々との匿名座談会を行いました。さらに、本号の特集としてブックガイドを作成しました。ファッション史からウェアラブルテクノロジーまで、書籍、論文問わず幅広く参考となるテクストを選定しています。また、定例である論文とエッセイでは、藤嶋陽子氏、鹿野祐嗣氏、難波優輝氏、川崎和也氏、糸数かれん氏、安齋詩歩子氏、および本誌編集部・太田知也のテクストを掲載し、引き続き多角的にファッション批評の基盤構築を試みました」。

★『現代思想2019年7月号』の特集は「考現学とはなにか」。藤森照信さんと中谷礼仁さんによる討議「あたかも数千年後のまなざしで――考現学と〈モノ〉への問い」を皮切りに、18本の論考を収録。目次詳細は誌名のリンク先をご覧ください。版元紹介文に曰く「モノへのまなざしが描き出す〈暮らし〉の思想。道行くひとの靴や軒先のランプ、ハリガミからカケ茶碗まで……さまざまな〈モノ〉へのまなざしを通じて私たちの日常生活のかたちを描き出す、考現学という営み。今和次郎にはじまり現在へといたる多様な実践の系譜から、その尽きせぬ深さとひろがりをさぐり、アクチュアルな思想としての可能性を浮き彫りにする」とあります。次号(8月号)の特集は「アインシュタイン」と予告されています。

★読書人さんからまもなく発売予定の7月新刊が2点あります。まず『民主主義は不可能なのか?』は、2009年から2018年にかけて「週刊読書人」の年末回顧特集号に掲載された鼎談10本をまとめたもの。巻末の「「あとがき」にかえて」は今年3月に収録された11番目の対談です。「まえがき」で苅部さんはこう述べておられます。「本書の題名にした「民主主義は不可能なのか?」は、とりあげた多くの問題のなかでも、特に継続しながら話したものを拾っている。これも当初からかんがえていたわけではないが、多くの場合、鼎談がこの主題に収斂していったのは、やはり現代の日本と世界が抱えている根本的な問題のありかを示しているのだろう」(10頁)。平成の最後の10年間を振り返るうえで重要な参照項となるのではないかと思われます。なお、注は来月に初めての評論集『「差別はいけない」とみんないうけれど。』を平凡社から上梓する批評家の綿野恵太さんが担当されたとのことです。

★次に『福島原発集団訴訟の判決を巡って』は、2019年4月20日に新横浜の「スペース・オルタ」で開催されたシンポジウム「福島原発集団訴訟の判決を巡って――民衆の視座から」の記録。目次は以下の通りです。

まえがき|前田朗
1 判決の法的問題点|黒澤知弘
2 巨大な危険を内包した原発、それを安全だと言った嘘|小出裕章
3 しきい値なし直線(LNT)モデルを社会通念に!|崎山比早子
4 原発訴訟をめぐって――民衆法廷を|村田弘
5 なぜ原発裁判で否認が続くのか|佐藤嘉幸
6 質疑応答
あとがき|佐藤嘉幸
巻末史料1 原子力発電所を問う民衆法廷 第一~九回法廷での決定と勧告(主文抜粋)
巻末史料2 原子力発電所を問う民衆法廷・判決(主文要約、第十回東京最終法廷)

★藤原書店さんの6月新刊は4点。『中村桂子コレクション(1)ひらく』は「中村桂子コレクション――いのち愛づる生命誌」全8巻の第2回配本。第Ⅰ部「生命科学から生命誌へ」は1998年から2002年のあいだに各媒体に発表された短文9本を初めてまとめたもの。第Ⅱ部「生命誌の扉をひらく」は1990年に哲学書房より刊行された単行本の再録。本書全体への「はじめに」と「あとがき」は今回新たに加えられたもの。巻末解説「生きものの知恵に学ぶ」は鷲谷いづみさんによるもの。投げ込みの「月報1」には末盛千枝子、藤森照信、毛利衛、梶田真章、の4氏が寄稿しておられます。次回配本は第4巻「はぐくむ――生命誌と子どもたち」の予定。

★『書物のエスプリ』は山田登世子さんの単行本未収録論考集の最終となる第4弾。巻末の山田鋭夫さんによる「編集後記」によれば「書物をめぐるエッセイおよび書評を中心とするもの」であり、帯文では「古典から新刊まで様々な本を切り口に、水、ブランド、モード、エロスなど著者ならではのテーマを横断的に語る「エッセイ篇」と、四半世紀にわたり各紙誌に寄せた約120本を集めた「書評篇」」と説明されています。エッセイ篇は「活字逍遥」、書評篇は「書物に抱かれて」と題されています。山田さんの「編集後記」には「収録にあたり、明らかな誤字や誤記は訂正し、固有名詞の表記は極力統一した。また用字もできるだけ統一した」とも特記されています。

★『金時鐘コレクション(IV)「猪飼野」を生きるひとびと』は同コレクション全12巻の第5回配本。帯文に曰く「1973年2月1日を期してなくなった、日本最大の在日朝鮮人の集住地、大阪「猪飼野」に暮らす人々を描いた連作『猪飼野詩集』(1978年)ほか。作品の背景をつぶさに語る著者インタビューを収録」と。目次詳細は書名のリンク先をご覧ください。冨山一郎さんによる解説「暴力的状況で確保される言葉の在処――『猪飼野詩集』を読む」、浅見洋子さんによる解題「猪飼野詩集、細見和之さんによる解題補遺「「猪飼野」を生きるひとびと」が付され、投げ込みの「月報5」には、登尾明彦、藤石貴代、丁章、呉世宗、の4氏が寄稿されています。次回配本は第10巻「真の連帯への問いかけ――「朝鮮人の人間としての復元」ほか:講演集Ⅰ」の予定。

★『対ロ交渉学』はロシア研究に長年携わってきた木村汎(きむら・ひろし:1936-)さんの最新著。3部構成の大著で、第Ⅰ部「交渉の一般理論――米欧諸国での発展」では国際社会における外交交渉の基礎を扱い、第Ⅱ部「ロシア式交渉――なぜ、特異なのか」ではロシア式の外交交渉の特徴を分析。第Ⅲ部「日本式交渉――なぜ、ユニークなのか」ではロシア式交渉法に対する日本側の対抗法について論じています。大阪で今月行われた「G20」への参加のために訪日する直前に、プーチン大統領は英紙「フィナンシャル・タイムズ」のインタビューに対し「自由主義は廃れた」、さらには「現在は(国際的な)秩序が全くないように見える」などと述べたことがニュースになりましたが(例えば日経新聞2019年6月28日記事「プーチン氏「自由主義は廃れた」 FTインタビュー」)、日ロ関係やプーチンの思考回路には無関心ではいられない状況が続いており、関連書も含めて読者の注目を浴びそうです。木村さんは藤原書店より『プーチン――人間的考察』『プーチン――内政的考察』『プーチン――外交的考察』という3部作を2015年から2018年にかけて上梓されています。

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by urag | 2019-06-30 23:19 | 本のコンシェルジュ | Trackback | Comments(0)
2019年 06月 26日

注目新刊:『ART SINCE 1900ーー図鑑1900年以後の芸術』東京書籍

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★ロザリンド・E・クラウスさん(著書:『視覚的無意識』、共著:『アンフォルム』)
★イヴ=アラン・ボワさん(共著:『アンフォルム』)
★小西信之さん(共訳:クラウス『視覚的無意識』)
★近藤學さん(共訳:クラウス/ボワ『アンフォルム』)
★甲斐義明さん(編訳:『写真の理論』)
★筧菜奈子さん(著書:『ジャクソン・ポロック研究』)
東京書籍さんから今月、『ART SINCE 1900』が刊行されました。884点にも及ぶ図版と、「オクトーバー」誌の中心メンバーであり美術史家・美術批評家の5氏による書き下ろし解説により、1900年から2015年までのアートシーンをまとめた大冊です。クラウスさんとボワさんは共著者、小西さんと近藤さんは日本語版の編集委員、甲斐さんと筧さんは訳者として参加されています。A4変型判で900頁近い大きな本で、カラー図版多数。これで本体12,000円というのは驚異的というほかはないです。この値段のまま重版するのはけっこうハードルが高そうなので、品切にならないうちに購入した方が良いと思われます。あと、本屋さんの店頭で買う場合は、手荷物が少ない時の方がいいです。猛烈に重い本なので。輸送用保護ケースあり。ケースは交換不可です。

ART SINCE 1900――図鑑1900年以後の芸術
ハル・フォスター/ロザリンド・E・クラウス/イヴ-アラン・ボワ/べンジャミン・H・D・ブークロー/デイヴィッド ジョーズリット著 尾崎信一郎/金井直/小西信之/近藤学編
東京書籍 2019年6月 本体12,000円 A4変型896頁 ISBN:978-4-487-81035-2

帯文(表4)より:英語圏を中心に絶大な影響力を誇る「オクトーバー派」。その中心メンバーである、ハル・フォスター、ロザリンド・E・クラウス、イヴ‐アラン・ボワ、ベンジャミン・H・D・ブークロー、デイヴィッド・ジョーズリットが書き下ろした渾身の美術史。/世界各国で反響を呼んだ大著 “ART SINCE 1900” の全訳。/ピカソ、マティス、デュシャン、ポロック、ウォーホル、具体美術協会、草間彌生、デイミアン・ハースト、アイ・ウェイウェイなどの芸術家・グループ、キュビズム、バウハウス、抽象表現主義、ミニマリズムなどの運動・動向、モダニズム、ポストモダニズム、カルチュラル・スタディーズ、ポストコロニアリズムなどの思潮・思想を800を超える作品図版とともに取り上げながら明快に論じる。グローバルな視点、ユニークな論点、最先端の理論、そして歴史的な網羅性。/20世紀から現在までのアートを知るための必要なすべてを備えた決定的な名著。

主要目次:
ART SINCE 1900[日本語版] 刊行にあたって|近藤学
本書の構成/翻訳体制について/凡例(表記について/記号や約物について)
本書の使い方
まえがき――読者のためのガイド
Introductions
 1 モダニズムにおける精神分析、方法としての精神分析|フォスター
 2 芸術の社会史――モデルとコンセプト|ブークロー
 3 フォーマリズムと構造主義|ボワ
 4 ポスト構造主義と脱構築|クラウス
 5 グローバル化、ネットワーク、形式としてのアグリゲイト|ジョーズリット
1900-1909
1910-1919
1920-1929
1930-1939
1940-1944
座談会1:20世紀なかばにおける芸術
1945-1949
1950-1959
1960-1969
1970-1979
1980-1989
1990-1999
2000-2015
座談会2:コンテンポラリーアートの窮状
用語集
参考文献
図版クレジット
索引



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by urag | 2019-06-26 18:57 | 本のコンシェルジュ | Trackback | Comments(0)
2019年 06月 23日

注目新刊:ウエルベック『ショーペンハウアーとともに』国書刊行会、ほか

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テーマパーク化する地球』東浩紀著、ゲンロン、2019年6月、本体2,300円、四六判上製408頁、ISBN978-4-907188-31-3
ハイデガー=レーヴィット往復書簡 1919–1973』マルティン・ハイデガー/カール・レーヴィット著、アルフレート・デンカー編、後藤嘉也/小松恵一訳、法政大学出版局、2019年6月、本体4,000円、四六判上製360頁、ISBN978-4-588-01094-1
宗教社会学論集 第1巻(上)緒言/プロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神/プロテスタント諸信団と資本主義の精神』マックス・ヴェーバー著、戸田聡訳、北海道大学出版会、2019年5月、本体5,400円、A5判上製452頁、ISBN978-4-8329-2517-5
ショーペンハウアーとともに』ミシェル・ウエルベック著、アガト・ノヴァック=ルシュヴァリエ序文、澤田直訳、国書刊行会、2019年6月、本体2,300円、A5変型判152頁、ISBN978-4-336-06355-7
アナーキストの銀行家――フェルナンド・ペソア短編集』フェルナンド・ペソア著、近藤紀子訳、彩流社、2019年6月、本体2,000円、四六判上製183頁、ISBN978-4-7791-2599-7

★『テーマパーク化する地球』は「ゲンロン叢書」の第3弾。「2011年3月の東日本大震災以降、ぼくが書き溜めてきた原稿から時事性の高いものを除き、批評と社会の関係を考察したものを中心に集めた評論集である。再録にあたってはほとんどの原稿に加筆修正を施した。修正が多すぎて書き下ろしに近いものもある。関連インタヴューもふたつ収録した」(あとがきより)。「テーマパーク化する地球」「慰霊と記憶」「批評とはなにかⅠ」「誤配たち」「批評とはなにかⅡ」の4部構成で、巻末の「あとがき」を除き47本が収録されています。目次詳細は書名のリンク先をご覧ください。2月に河出書房新社より上梓された文芸エッセイ集『ゆるく考える』の姉妹編とも言えます。もっとも注目したいのは最後の論考「運営と制作の一致、あるいは等価交換の外部について」です。これはゲンロンの活動を振り返った回想録であるとともに、ゲンロンを「人間が人間であるために、等価交換の外部を回復するためのプロジェクト」として改めて規定する原理的なテクストです。運営と制作の一致をめぐる問題は、出版界においてもっとも根本的なものであり、今までも、そしてこれからも問われ続けるものです。このテクストは出版人や書店人にとっての仕事論として読むことができる、非常に示唆に富んだ一篇です。

★『ハイデガー=レーヴィット往復書簡 1919–1973』は、アルフレート・デンカーの編纂と註解による、2017年にカール・アルバー社から刊行された『ハイデガー書簡集』第Ⅱ-2巻の翻訳。補遺として、ニーチェの妹エリザーベトがレーヴィットに宛てた書簡、レーヴィットの教授資格論文に対するハイデガーの所見、ナチス政権期のハイデガーのローマ講演に際したレーヴィットのイタリア日記、トートナウベルクの山小屋帖へのレーヴィットの1924年の書き込み、なども収められています。帯文に曰く「ナチス政権期の政治的断絶を明確に刻印しながらも、73年のレーヴィットの死まで続いた120通を超える往復書簡群は、時代の証言であると同時に、世界大戦期を生きた師弟の運命的な抗争、そして不可能な友愛を示す稀有のドキュメントである」。収録されている書簡の大半は1920年代に交わされたものです。

★『宗教社会学論集 第1巻(上)』は、戸田聡さん単独による新訳『宗教社会学論集』全4巻の第1巻2分冊のうちの上巻。「緒言」「プロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神」「プロテスタント諸信団と資本主義の精神」を収録。第1巻の巻末には、「今なぜ新訳が必要か――訳者あとがきに代えて」と題し、「なぜ『宗教社会学論集』が改めて翻訳されるべきか」「『宗教社会学論集』日本語訳の今日的意義」「本翻訳の特色」という3部構成で新訳の意義が説明されています。戸田さんは北海道大学大学院文学研究科准教授で、ご専門は古代キリスト教史、古典文献学。「筆者が今回の翻訳で目指しているのは、どちらかと言えば直訳的・逐語訳的な翻訳であり、つまりヴェーバーの議論を極力正確に写し取ることによって、ヴェーバーがどういう概念(群)を駆使して思考していたかを日本語の訳文上で可能なかぎり明確にすることである」(331頁)。周知の通り、本書に収められている『プロ倫』は今まで幾度となく訳されてきた古典的名著です。

★なお、下巻は2020年3月刊行予定で、「諸々の世界宗教の経済倫理」の第Ⅰ部を収録。第2巻は同書第Ⅱ部、第3巻は同書第Ⅲ部と「宗教社会学論集 補遺 ファリサイは」を収録予定。

★『ショーペンハウアーとともに』は『En présence de Schopenhauer』(L'Herne, 2017)の全訳。フランスの作家ウエルベック(Michel Houellebecq, 1958-)は20代後半に図書館でショーペンハウアーの『幸福について』を借り、「重大な発見」をしたと気付きます。「私はすでにボードレール、ドストエフスキー、ロートレアモン、ヴェルレーヌ、ほとんどすべてのロマン主義作家を読み終わっていたし、多くのSFも知っていた。聖書、パスカルの『パンセ』、クリフォード・D・シマックの『都市』、トーマス・マンの『魔の山』などは、もっと前に読んでいた。私は詩作に励んでもいた。すでに一度目の読書ではなく、再読の時期にいる気がしていた。少なくとも、文学発見の第一サイクルは終えたつもりでいたのだ。ところが、一瞬にしてすべてが崩れ去った」(26頁)。「私の知る限りでは、いかなる哲学者もアルトゥール・ショーペンハウアーほどすぐさま心地よく元気づけてくれる読書を提供してくれる者はいない」(30頁)。

★「私は、自分の気に入ったいくつかのくだりを通して、なぜショーペンハウアーの知的な態度が、私にとっては来るべきあらゆる哲学の模範であり続けるのか、また、たとえ彼と意見が一致しない場合であっても、彼に対して深い感謝の気持ちを感じずにはいられないのかを示したいと思う」(30~31頁)。ショーペンハウアーの『意志と表象としての世界』と『幸福について』から言葉が引かれ、ウエルベックによるコメントが加えられています。水戸部功さんによる瀟洒な装幀は、プレゼントとしても最適の美しさではないかと思います。序文を寄せたアガト・ノヴァック=ルシュヴァリエはパリ・ナンテール大学准教授。専門はフランス19世紀文学ですが、ウエルベックの研究者でもあります。

★『アナーキストの銀行家』は日本語版オリジナル編集の短編集。短編集『Contos Escolhidos』(Assírio & Alvim, 2016)と、『O Banqueiro Anarquista』(Assírio & Alvim, 1999)から以下の8篇を収録したもの「独創的な晩餐」「忘却の街道」「たいしたポルトガル人」「夫たち」「手紙」「狩」「アナーキストの銀行家」「アナーキストの銀行家・補遺」。表題作「アナーキストの銀行家」は1922年、本名で発表された「珍しい作品」。「アナーキストが銀行家に、銀行家がアナーキストになる、そこにはペソア流の皮肉なパラドックスがあると同時に、政情不安が高まる当時のポルトガルの社会、強大化する金(かね)の専制とそれに対するイデオロギーの空洞化が映し出されている」(9頁)と訳者は紹介しています。「その意味でこの作品は、当時のポルトガル社会の、さらには極度なまでの経済優先社会に生きる現代のわたしたち自身の、苦く皮肉な肖像となっている」(同頁)。

★続いて、注目している文庫と新書の新刊を列記します。

新訳 不安の概念』セーレン・キルケゴール著、村上恭一訳、平凡社ライブラリー、2019年6月、本体1,800円、B6変判並製416頁、ISBN978-4-582-76882-4
デモクラシーか 資本主義か――危機のなかのヨーロッパ』J・ハーバーマス著、三島憲一訳、岩波現代文庫、2019年6月、本体1,300円、文庫判viii+312頁、ISBN978-4-00-600406-4
クーデターの技術』クルツィオ・マラパルテ著、手塚和彰/鈴木純訳、中公文庫、2019年6月、本体1,200円、文庫判448頁、ISBN978-4-12-206751-6
モナリザの微笑――ハクスレー傑作選』オルダス・ハクスレー著、行方昭夫訳、講談社文芸文庫、2019年6月、本体1,600円、A6判288頁、ISBN978-4-06-516280-4
プリンシピア 自然哲学の数学的原理 第Ⅰ編 物体の運動』アイザック・ニュートン著、中野猿人訳、ブルーバックス、2019年6月、本体1,500円、新書判448頁、ISBN978-4-06-516387-0
ブレードランナー証言録』ハンプトン・ファンチャー/マイケル・グリーン/渡辺信一郎/ポール・M・サモン著、大野和基編訳、インターナショナル新書、2019年6月、本体780円、新書判176頁、ISBN978-4-7976-8039-3

★『新訳 不安の概念』はライブラリー版オリジナルの新訳。底本はデンマーク語版著作全集第2版(1920~1930年)の第Ⅳ巻。『原典訳記念版 キェルケゴール著作全集』第3巻(2分冊、創言社、2010年)の下巻に収められた大谷長訳『不安の概念』以来の新訳となります。文庫版では久しく新訳はありませんでした。主要目次は以下の通りです。

序文
緒論
第一章 原罪の前提としての不安
第二章 現在の結果としての不安
第三章 罪意識を欠く罪の結果としての不安
第四章 罪の不安、あるいは個体における罪の結果としての不安
第五章 進行による救いの手としての不安
訳注
訳者解説 キルケゴールの『不安の概念』を読む――心理学の視点を顧慮しつつ
訳者あとがき

★文庫版で読める既訳としては、斎藤信治訳『不安の概念』(岩波文庫、1951年;改版、1979年)があります。このほか戦後に刊行された文庫版には、田淵義三郎訳『不安の概念』(中公文庫、1974年)もありますが、現在は品切。田淵訳は『世界の名著(40)』(中央公論社、1966年)に収録されていたものに「ところどころ訂正を加えたもの」(文庫版解説、256頁)。村上さんによる今回の新訳の前段には、大学書林から1985年に刊行された同書の対訳書がありました。

★『デモクラシーか 資本主義か』は日本語版オリジナル編集による論文集。ハーバーマスが2007年から2018年にかけて発表してきた政治的エッセイやインタヴュー、全11篇をまとめたもの。目次詳細は書名のリンク先をご覧ください。7篇は岩波書店の『世界』誌に訳載されたもので、以下の4篇は新訳。「テクノクラシーに飲み込まれながら」2013年、インタヴュー「民主主義のための両極化――右翼ポピュリズムを瓦解させるには」2016年、「強いヨーロッパのために――しかし,それはどういう意味だろうか」2014年、エピローグ「左翼ヨーロッパ主義者たちよ,どこに行った?」2018年。論文集『ああ、ヨーロッパ』(岩波書店、2010年、版元品切)の第9章「行き詰まったヨーロッパ統合」も再録されています。

★『クーデターの技術』は2015年に中公選書の1冊として刊行されたものの文庫化。巻末に新たに付された鈴木純さんによる「訳者あとがき(二〇一九)」によれば、「文庫化に際しては、再度訳文を見直し、読者の理解を少しでも容易にするため、必要に応じて訳註を増やした」とのことです。また共訳者の手塚さんによる「文庫版のためのあとがき」には「文庫版出版については、共訳者の鈴木純氏の丹念な検討により、より完全な役になった」とのコメントがあります。イタリアの作家マラパルテ(Curzio Malaparte: Kurt Erich Suckert, 1898-1957)の著書の文庫化は今回が初めてです。

★『モナリザの微笑』はオルダス・ハクスレー(ハクスリーとも:Aldous Leonard Huxley, 1894-1963)の日本版オリジナルの新訳短編集。収録作は5篇。「モナリザの微笑」「天才児」「小さなメキシコ帽」「半休日」「チョードロン」。「チョードロン」は初訳です。1930年の短編集『束の間のともしび』に収録されていた作品。『恋愛対位法』と『すばらしい新世界』の間に発表されたもので、「ハクスレーの特色である、百科全書的な博学、機知、軽妙で辛辣な風刺、痛烈な戯画、分析癖、現代的な不安と懐疑などのすべてを、この短編に見出すことができます」と訳者の行方さんは巻末解説「父方から科学者、母方からモラリストの知を受け両者の間に揺れた博識の作家」で紹介されています。

★『プリンシピア――自然哲学の数学的原理 第Ⅰ編 物体の運動』は、1977年に講談社より刊行された単行本『プリンシピア――〈自然哲学の数学的原理〉』の新書化。『第Ⅱ編 抵抗を及ぼす媒質内での物体の運動』が7月発売であることから、新書では全3編を3分冊で刊行する予定になるものと思われます。全3編の電子書籍は税込で7000円を超える値段なので、紙媒体の3分冊を買った方が安いです。訳者解説に曰く「本書の訳出にあたって訳者が手にすることのできたラテン語原書はただ初版本だけであった。しかし、幸いに第3版からの優れた英訳とされている〔…〕モット訳、カジョリ改訂の“Mathematical Principles of Natural Philosophy”を手にすることができたので、これを底本とし、前者と比較参照をしながら、原意を正確に伝えるよう最大の努力をした」と。ラテン語原典初版は1687年刊。原著第3版からのアンドリュー・モットによる最初の英訳版(1729年)をフローリアン・カジョリが再改訂した翻刻版(1934年)が中野訳の底本、ということかと思います。

★なお、ラテン語原典からの日本語訳には、中央公論社版『世界の名著(26)ニュートン』(1971年;中公バックス版『世界の名著(31)』1979年)所収の、河辺六男訳『自然哲学の数学的諸原理』があります。巻頭解説「ニュートンの十五枚の肖像画」末尾の「後記」によれば、「この役のテキストとしてはPhilosophiæ Naturalis Principia Mathematica 第3版、トーマス・ル・スールとフランシス・ジャッキエーが注釈をつけた1760年ジュネーヴ版を使い、初版ロンドン版およびアンドリュース・モット訳フローリアン・カジョリ補訂の英訳を参照した。モットの英訳は、カジョリも特に第三篇では注意しているが、他の諸篇中でも説明的な文章が挿入され、ニュートンの簡勁な文体から離れている箇所が多々ある。古典の翻訳というとき、いろいろな考え方がありうるであろうが、ここではできるだけ原著の文体と数式の体裁を残すように心がけた。しかし数式のなかで現在まったく使われていない記法は現代風のものに改めた」(45頁)。訳文だけでも46判2段組500頁以上になるので、復刊のハードルは高いのかもしれませんが、中公クラシックスないし中公文庫で再刊される意義はあると思われます。

★『ブレードランナー証言録』は、大野さんによる独占インタヴュー集。『ブレードランナー』脚本家ファンチャー、『ブレードランナー2049』脚本家グリーン、『ブレードランナー ブラックアウト2022』渡辺監督、『メイキング・オブ・ブレードランナー』(ソニーマガジンズ、1997年;ファイナル・カット版、ヴィレッジブックス、2007年;再版、2017年)の著者サモン、以上4氏へのインタヴューです。興味深いエピソードの中から1つだけ。『2049』が引用した文学作品にミルトン『失楽園』やナボコフ『青白い炎』(例のベースライン・テストでの「within cells interlinked」のくだりですね)などがありますが、ナボコフの引用はグリーンの発案によるもので、グリーンはこの本を何百回と読んできたそうです。ただし引用の意図は明かされていません。

★最後に、最近では以下の新刊との出会いがありました。

日本の民俗学』柳田國男著、中公文庫、2019年6月、本体1,200円、文庫判416頁、ISBN978-4-12-206749-3
科学技術の現代史――システム、リスク、イノベーション』佐藤靖著、中公新書、2019年6月、本体820円、新書判240頁、ISBN978-4-12-102547-0
いやな感じ』高見順著、共和国、2019年6月、本体2,700円、菊変型判並製424頁、ISBN978-4-907986-57-5
海人――八重山の海を歩く』西野嘉憲写真、平凡社、2019年6月、本体5,900円、A4変判上製168頁、ISBN978-4-582-27830-9
児玉源太郎』長南政義著、作品社、2019年6月、本体3,400円、46判上製448頁、ISBN 978-4-86182-752-5

★『日本の民俗学』は中公文庫プレミアムの「日本再見」と題されたシリーズの一冊。中公文庫オリジナル編集版で、編集付記によれば「著者の民俗学の方法に関する論考を独自に編集し、折口信夫との対談、談話「村の信仰」を合わせて一冊にしたもの」。3部構成で第Ⅰ部「日本の民俗学」に「郷土研究ということ」「日本の民俗学」「Ethnologyとは何か」「郷土研究の将来」「国史と民俗学」「実験の史学」「現代科学ということ」「日本を知るために」の8篇の論考を収め、第Ⅱ部「柳田國男・折口信夫対談」に「日本人の神と霊魂の観念そのほか」「民俗学から民族学へ――日本民俗学の足跡を顧みて」の2本の対談、そして第Ⅲ部が「村の信仰――私の哲学」です。巻末解説は東京大学教授の佐藤健二さんがお書きになっています。

★『科学技術の現代史』は「まえがき」に曰く「現代科学技術、すなわち第2次世界大戦から現在までの科学技術が、米国連邦政府との関わり合いのなかでどのように進化してきたかを追う。米国内外の政治・経済・社会の変動を反映して米国連邦政府の課題が移り変わるなか、現代科学技術も構造的な変化を遂げてきたことを明らかにする」(iii頁)と。主要目次は以下の通りです。

まえがき
序章 現代科学技術と国家
第1章 システムの巨大化・複雑化――東西冷戦と軍産複合体
第2章 崩れる権威、新たな潮流――デタント後の米国社会
第3章 産業競争力強化の時代へ――産学連携を特許重視政策
第4章 グローバル化とネットワーク化――連戦終結後
第5章 リスク・社会・エビデンス――財政再建とデータ志向
第6章 イノベーションか、退場か――21世紀、先進国の危機意識
終章 予測困難な時代へ
あとがき
参考文献
科学技術の現代史関連年表

★『いやな感じ』は1960~1963年にかけて「文學界」で連載され、同63年に単行本として出版された表題作小説に、「「いやな感じ」を終って」「革命的エネルギー――アナーキズムへの過小評価」「大魔王観音――北一輝」の三篇と、栗原康さんによる解説「いい感じ」、さらに版元である「共和国」の代表、下平尾直さんによる解題「『いやな感じ』とその周辺」を付して1冊としたものです。

「兄さんは、なんの商売?」〔…〕
「俺の商売か。さあ、なんていうかな」
 と返事に窮した。俺はアナーキストだと、
誇らかに言いたいところだったが、〔…〕(29頁)

「あなたは失礼ですが、どういう方ですか」〔…〕
「俺は――僕は詩人だ」(291頁)

「奥さんですか」
「はい」〔…〕
「加柴四郎と言って、玉塚さんの昔の友人です」〔…〕
「詩人でいらっしゃいますか」
「いやあ……」(253頁)

「俺はお人よしか」
「加柴四郎は悪党でもなければ、お人よしでもない」
「じゃなんだ」
「根っからのアナーキストだ」(365頁)

★エッセイ「「いやな感じ」を終って」の末尾において著者は主人公の生きざまをめぐってこう述べています。「加柴四郎は私自身なのである。私が一時彼に似た生活をしていたことがあるという意味ではない。彼の人生と私の人生は具体的には違っていても、彼の運命は私の運命でもあり、昭和時代の日本人の運命でもあったのだ」(377頁)。投げ込みの「共和国急使」によれば、続刊予定に『ダダカンスケという詩人がいた(仮)』と『ルディ・ドゥチュケと戦後ドイツ』の2点が挙がっています。

★『海人』は沖縄本島の南西約400kmに位置する八重山諸島の豊かな海とそこに生きる漁師の方々を20年間にわたり写してきた、たいへんに美しい写真集。西表島、石垣島、さらには尖閣諸島沖の貴重な写真まで、紺碧の世界に魅了されます。キャノンギャラリー銀座では2019年7月11日から17日まで本書の写真家の写真展「海人三郎」が開催されるとのことです。9月5日から11日まではキャノンギャラリー大阪で開催。

★『児玉源太郎』は、明治の軍人・児玉源太郎(こだま・げんたろう:1852-1906)の多面的才能とその生涯をめぐり、2017年に公開された「児玉源太郎関係資料」を含む新史料を駆使して、「通説を再検証しつつ、軍事学的・戦史的視点を中心に描」(iii頁)いた評伝。「軍事指導者には、ただ将来の戦争像を洞察するにとどまらず、将来の戦争像に基づく改革策を政策として実現化するために必要な決断力・政策実現力・調整力が求められる」(同頁)と述べる著者は、児玉を「平時における飽くなき予言的改革者」(同頁)と評価しています。

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by urag | 2019-06-23 23:42 | 本のコンシェルジュ | Trackback | Comments(0)
2019年 06月 19日

『逆説の對位法〔ディアレクティーク〕――八木俊樹全文集』(八木俊樹全文集刊行委員会、2003年)

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お仕事をご一緒したことはないものの常々その厳密な編集姿勢と緻密な編集論に触れるにつけ尊敬の念を抱き続けてきた先輩編集者が私にはいます。郡淳一郎さんです。その郡さんが折に触れて幾度となく紹介されてきた先達の言葉のひとつに次のものがあります。曰く、「出版は二重の断念の上に立った虚数の営為である。それ故、凡ゆる戦術を駆使し凡ゆるエネルギー回路を想定する自由をもつ」。その出典である、『逆説の對位法〔ディアレクティーク〕――八木俊樹全文集』(八木俊樹全文集刊行委員会、2003年)をようやく入手することができました。

A5判上製函入xviii+1286頁の大冊。装訂は石川九楊さんによるもの。ISBNはなし。凡例から引くと「本書は、第一に八木俊樹(以下著者という)が生前に公表した、論文(公表というのではないが、所謂修士論文も含める)、詩篇、時評、書評のすべて、種々の編集後記・あとがき等のすべて、また京都大学学術出版会に於ける活動の一端を示す、著者の手になる、京都大学学術出版会設立に関する報告書・出版編集に関する論稿・刊行図書帯文・刊行図書目録のすべて、更に著者が相手をつとめた対談、著者も加わった座談会の公表記録のすべてを、第二に、著者の手になると判断される遺稿のすべて、様々の研究会に提出されたレジュメ、ノート、原稿断片、メモ等、編集委員会で入手できたものすべてを、収録することを目指して編まれたものである」。主要目次は以下の通りです。

一、自體の呪縛と對位法
二、先験的誤謬の對位法
三、書-言語の對位法
四、編集後記等
五、京都大学学術出版会
六、日本トルコ文化協会
七、研究会レジュメ等
八、ノート
九、原稿断片
一〇、メモ
一一、私の計画
一二、年譜

先に引いた言葉は、第二部「先験的誤謬の對位法」に収められた、「出版――私の図式、又は若い編集者へ」(636~642頁)の最後の方に出てきます。「出版は二重の断念の上に立った虚数の営為である。それ故、凡ゆる戦術を駆使し凡ゆるエネルギー回路を想定する自由をもつ。そこに出版の政治が逆説的に存在する理由があるが、併し出版は殆ど失敗に終わる小さな革命の連続に於て成り立つ不連続であり、その事の決意の上に漸〔ようよ〕う己れの精神の様式〔スタイル〕と政治性を仮定できるものに過ぎない」(640頁)。

高密度な議論が展開されるこの文章の初出は『大学出版』第12号(1991年9月)とのこと。上記の文章には以下の一文が先行します。「彼らの流儀は、終点の不連続を縫合しようとする広告や宣伝〔パフォーマンス〕の先駆者という栄光を担ったが、紛れもなく彼らは、出版に於る政治というものを誤解し錯認していた」。「彼ら」が誰を指すかについては編者注が付されていますが、その種明かしはここでは止めておきます。

郡さんの引用に出会ってから私は『逆説の對位法』を探し求めましたが、新刊書店にも古書店にも扱いはなく、地元の図書館にも所蔵されていませんでした。その後も諦めきれず定期的にネット検索していたところ、リベラシオン社さんのウェブサイトでPDFが公開されていた「Alternative Systems Study Bulletin」メール版第26巻第1号(2018年6月5日)の中に、以下のような記述があることを発見しました。

『逆説の對位法――八木俊樹全文集』(A5版、1280頁、定価2万円)の入手方法。「下記振込先に、書名を記載の上、2万円を送ってください。振込先(郵便振替) 口座番号:01090-5-67283 口座名:資本論研究会。他金融機関からの振り込み 店名:109 当座:0067283」

そこで、「Alternative Systems Study Bulletin」の編集担当の榎原均さんにメールを差し上げ、在庫の確認をしたところ、まだある、と。その時は手元に軍資金がなかったのですが、ほどなくして某原稿料を使って購入することができました。戦後出版史における重要文献のずっしりとした重みを感じています。一般書店に流通しているものばかりが本じゃない、その事をくっきりと理解させてくれるその威容に圧倒されます。年譜によれば、八木俊樹さんは1943年6月14日に生まれ、1996年7月22日に死去。京都大学大学院経済学研究科修士課程修了。財団法人交詢社、株式会社社会思想社、序章社、さらに、桃山学院大学経済学部非常勤講師、関西人民学院講師、株式会社エスシイアイ取締役などを歴任し、1989年に京都大学学術出版会の事務局統括に。書学書道史学会の理事も務めておられました。

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by urag | 2019-06-19 20:36 | 本のコンシェルジュ | Trackback | Comments(0)
2019年 06月 18日

注目新刊:ギンズブルク『政治的イコノグラフィーについて』上村忠男訳、ほか

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★上村忠男さん(訳書:アガンベン『到来する共同体』、編訳書:パーチ『関係主義的現象学への道』、スパヴェンタほか『ヘーゲル弁証法とイタリア哲学』、共訳書:アガンベン『アウシュヴィッツの残りのもの』『涜神』、スピヴァク『ポストコロニアル理性批判』)
イタリアの歴史学者カルロ・ギンズブルグ(Carlo Ginzburg, 1939-)の2015年の著書『Paura reverenza terrore』(『畏怖・崇敬・恐怖』)の訳書を先週上梓されました。「図像の発揮する政治的効果についての試論」と訳者あとがきで紹介されています。目次は書名のリンク先でご覧いただけます。

政治的イコノグラフィーについて
カルロ・ギンズブルグ著 上村忠男訳
みすず書房 2019年6月 本体4,800円 四六判上製264頁 ISBN978-4-622-08815-8
帯文より:イメージには権力を発揮する仕掛けが隠されている。神聖さを利用する世俗画、戦争ポスター、《ゲルニカ》。政治の言語とイメージの嘘を明かす図像学的実験。

★星野太さん(著書:『崇高の修辞学』)
先月末発売となった月刊誌『現代思想』2019年6月号「特集=加速主義――資本主義の疾走、未来への〈脱出〉」に掲載された、イギリス出身の哲学者レイ・ブラシエ(Ray Brassier, 1965-)さんの2014年の論考「さまよえる抽象」("Wandering Abstruction")の全訳を担当されています(78~99頁)。 星野さんによるブラシエ論文の日本語訳には「絶滅の真理」(『現代思想2015年9月号:絶滅――人間不在の世界』50~78頁)があり、また、星野さんによるブラシエ論には「暗き生――メイヤスー、ブラシエ、サッカー」(『現代思想2018年1月号:現代思想の総展望2018』164~175頁)。メイヤスー『亡霊のジレンマ――思弁的唯物論の展開』(青土社、2018年6月)と同じようにもう少し論文の本数が増えたらブラシエさんのオリジナル論文集ができそうですね。

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by urag | 2019-06-18 13:52 | 本のコンシェルジュ | Trackback | Comments(0)
2019年 06月 17日

注目新刊:近藤和敬『〈内在の哲学〉へ』、バトラー『欲望の主体』

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★近藤和敬さん(著書:『カヴァイエス研究』、訳書:カヴァイエス『論理学と学知の理論について』)
2010年から2019年にかけて各媒体や研究会等で発表されてきた17本の論文をまとめ、書き下ろしの「序」、さらに「あとがきと謝辞」を付した最新著が、青土社さんより発売となりました。目次詳細は書名のリンク先でご確認いただけます。

〈内在の哲学〉へ――カヴァイエス・ドゥルーズ・スピノザ

近藤和敬著
青土社 2019年6月 本体3,600円 四六判上製494+vi頁 ISBN978-4-7917-7169-1
帯文より:絶望と勇気! 現代思想の次なる航海。我々が〈現在〉の外へ出るために、いま〈内在の哲学〉の哲学的基盤が必要とされている。カヴァイエス、シモンドン、ドゥルーズ、バディウ、メイヤスーらを射程に、エピステモロジー、シミュラークル論、プラトニスムといった複線を展開、「内在」と「外」、そして「脳」へと、哲学界の俊英が思考の臨界に迫る。

★ジュディス・バトラーさん(著書:『自分自身を説明すること』『権力の心的な生』)
デビュー作にして代表作である『Subjects of Desire: Hegelian Reflections in Twentieth-Century France』(Columbia University Press, 1987/1999/2012)の日本語訳がついに刊行されました。書き下ろしの「日本語版への序文」も掲載されています。一般書店での発売はまもなくですが、堀之内出版さんの公式ストアではすでに購入可能です。目次詳細は版元ドットコムさんの単品頁でご覧いただけます。

欲望の主体――ヘーゲルと二〇世紀フランスにおけるポスト・ヘーゲル主義
ジュディス・バトラー著 大河内泰樹/岡崎佑香/岡崎龍/野尻英一訳
堀之内出版 2019年6月 本体4,000円 四六判上製492頁 ISBN978-4-909237-38-5
帯文より:「現代思想の源流としてのヘーゲルを別の仕方で読むこと。それは、全体化へと向かう単一の主体をずらし、変容を生み出す思想を可能にした。哲学のみならずさまざまな社会運動にも影響を与えつづけるバトラーの原点」(松本卓也)。

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by urag | 2019-06-17 15:47 | 本のコンシェルジュ | Trackback | Comments(0)
2019年 06月 16日

注目新刊:ユング『分析心理学セミナー1925』創元社、ほか

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分析心理学セミナー1925――ユング心理学のはじまり』C・G・ユング著、ソヌ・シャムダサーニ/ウィリアム・マクガイア編、河合俊雄監訳、猪股剛/小木曽由佳/宮澤淳滋/鹿野友章訳、創元社、2019年6月、本体3,400円、A5判並製320頁、ISBN978-4-422-11708-9
変身物語 1』オウィディウス著、高橋宏幸訳、京都大学学術出版会、2019年5月、本体3,900円、四六変上製466頁、ISBN978-4-8140-0222-1

★『分析心理学セミナー1925』はユングが1925年にチューリッヒで行ったセミナーの記録『Introduction to Jungian Psychology: Notes of the Seminar on Analytical Psychology Given in 1925』(Princeton University Press, 1989/2012)の訳書です。アニエラ・ヤッフェ編『ユング自伝』(上下巻、みすず書房、1972~1973年)にはこのセミナーから選ばれたエピソードが複数あるといいます。編者のシャムダサーニは「2012年フィレモン・シリーズ版へのまえがき」でこう述べています。「ユングが行なった講義の中で、このセミナーほど多くの点で歴史的意義のあるものはない。後に『赤の書』に結実する彼の着想や自己実験の展開を、ユング自身の言葉で述べた唯一の信頼できる一次資料と言えるからである。それにもかかわらず、このセミナーはそれに相応しい注目を広く集めることがないままであった。本セミナーは1989年にウィリアム・マクガイアの編集により、ボーリンゲン・シリーズの一冊としてすでに出版されている。その水準はきわめて高いものであった。しかし『赤の書』が公刊されたことで、このセミナーは新たな相貌を見せる機会を得ることになった。ここで行なわれたユングの議論が新しい光のもとに照らし出されたからである。フィレモン・シリーズとして改訂した本書には、新たな序論を加えたほか、『赤の書』におけるユングの言及箇所を参照できるようにし、さらに新しい情報を注の中で、《2012年追記》として示してある」(9頁)。

★数々の印象的な講義の中から、第13講の講義末尾部分を引用します。「人は、他の人々にもたらす影響を通してのみ、自分が何者であるのかを知ることができます。このようなやり方で、自分の人格を創造するのです。意識についての話はこのくらいにしておきましょう。/無意識の側については、夢を通して推測することで作業をしなければなりません。意識と同じような目に映る範囲を想定しなければなりませんが、少し独特なのは、夢の中では人が厳密にいつもその人自身であるわけではないからです。無意識の中では性別すら必ずしも明確に定められるわけではありません。無意識の中にも事物が存在すること、つまり集合的無意識のイメージがあることを想定することができます。こういった事物とあなたの関係とは何でしょうか? それもはやり、女性です。もしあなたが現実において女性を手放すのなら、あなたはアニマの犠牲になります。男性が最も好まないのは、女性とのつながりが避けられないものであるという自分の感情です。男性が女性との関係を断ち切って自由になったと確信し、さて自分自身の内的世界を動きまわろうとするまさにその時こそ、注意してください。その男性は自分の母親の膝の上にいるのです!」(113頁)。

★『変身物語 1』は「西洋古典叢書」の2019年第1回配本。凡例によると本書は、プブリウス・オウィディウス・ナーソー『変身物語』全15巻の翻訳であり、第1分冊に第1~8巻、第2分冊に第9~15巻を収録する、と。底本はウィリアム・S・アンダーソン校訂によるトイプナー社1998年版。入手しやすい既訳には中村善也訳『変身物語』上下巻(岩波文庫、1981~1984年)がありますが、新訳は久しぶりのものです。解説に曰く「オウィディウス『変身物語』はギリシアを中心に、ローマは言うまでもなく、エジプトやアラビアなど東方に由来するものも含め、大小250あまりのさまざまな「変身」が関わる物語を連ねて、1万5千行あまりという大作をなしている。ギリシア・ラテン文学の中でもっともよく読まれ、また、後世の文学に限らず、さまざまな芸術にもっとも大きな影響を与えた作品の一つと言える。/その魅力はなにより、物語が心に引き起こす驚きの感興であろう。そんなことが現実に起きるはずがないと思いながら、物語は読者に不思議な情景を生き生きと思い描かせる」(410頁)。天地創造、人間の誕生と失墜、神が起こした大洪水による人間の殲滅と生き残りの男女に託された新世界――。めくるめく物語の渦が読者の想像力を捉えて離しません。付属の月報140には木村健治さんによる「オウィディウスの魅力」と、國方栄二さんによる連載「西洋古典雑録集」第14回が収められています。

★2019年の西洋古典叢書の刊行は全6点予定。そのなかにはカルキディウスによるプラトン『ティマイオス』の註解書(土屋睦廣訳)も予告されています。たいへん楽しみにです。

★このほか最近では以下の新刊との出会いがありました。

泰山――中国人の信仰』エドゥアール・シャヴァンヌ著、菊地章太訳注、東洋文庫:平凡社、2019年6月、本体3,200円、B6変判上製函入320頁、ISBN978-4-582-80895-7
加藤周一青春ノート 1937-1942』加藤周一著、鷲巣力/半田侑子編、人文書院、2019年5月、本体3,800円、4-6判上製346頁、ISBN978-4-409-04111-6
ボランティアとファシズム――自発性と社会貢献の近現代史』池田浩士著、人文書院、2019年5月、本体4,500円、4-6判上製400頁、ISBN978-4-409-52077-2
平成の天皇と戦後日本――平成の天皇と戦後日本』河西秀哉著、人文書院、2019年6月、本体2,000円、4-6判上製190頁、ISBN978-4-409-52078-9
野党が政権に就くとき――地方分権と民主主義』中野晃一著、中野真紀子訳、人文書院、2019年6月、本体2,700円、4-6判上製256頁、ISBN978-4-409-24125-7

★『泰山』は東洋文庫の第895弾で発売済。勉誠出版の「アシアーナ叢書」より2001年に刊行されたものの改訳版。凡例によれば本書は『Le T'ai chan : Essai de monographie d'un culte chinois』(Leroux, 1910)の第1章、第2章、第6章、結論を訳出したもの。「古文献と金石文のフランス語訳である第3章「封禅関係文献」、第4章「願文」、第5章「碑文」は訳出していない」とのことです。また、訳者あとがきによれば勉誠出版より刊行した後に「シャヴァンヌが参照したほぼすべての文献に目を通すことができた〔…〕訳注を大幅に増補し、初版以後に知り得た内外の研究成果を加えた」と。巻末に索引あり。古典的名著ゆえに旧訳版の古書価が安定的に高額でしたから、改訳版刊行は嬉しいです。訳者の菊地章太(きくち・のりたか:1959-)さんはシャヴァンヌ(Édouard Chavannes, 1865-1918)のもう一冊の訳書『古代中国の社――土地神信仰成立史』も東洋文庫から昨年上梓されています。また、すでに長らく絶版ですが、『司馬遷と史記』(岩村忍訳、新潮選書、1974年)という既訳書もあります。東洋文庫次回配本は8月、『神の書』とのこと。『鳥の言葉』と同じくアッタールの著書でしょうか。

★『加藤周一青春ノート 1937-1942』は発売済。加藤周一(かとう・しゅういち:1919-2008)さんが18歳から22歳(1937年から1942年)の頃、旧制高校時代から大学時代にかけて書かれ、歿後に書庫から発見された全8冊のノートから、若き日の思索や戦争時代の証言として貴重なものを選んで抄録したという一冊。編者による註、半田さんによる関連年譜、鷲巣さんによる解説とあとがきなどが付されています。樋口陽一さんの推薦文が帯に刷られています。曰く「のちにその作品群によって知性と感性のゆたかなポリフォニーを響かせることとなる秘密が、ここにある」。鷲巣さんはあとがきにこう綴っておられます。「本書は加藤を「神話化」するために刊行するのではない。未熟も稚拙も含めて読者に伝えることによって、加藤が時代といかに向き合い、自分自身をどのように鍛えたかを知って欲しい。加藤のありのままの姿から、私たちが考えること、学ぶことは多い。とりわけ加藤の青春時代と似た時代になりつつある今日を生きる人びとにとって、それらは示唆に富むに違いないと考えるからに他ならない」(337頁)。

★『ボランティアとファシズム』は発売済。日本やドイツの歴史を通じて、ボランティアという活動が「社会にとってとりわけ重要な意味を持ったのは、平穏な時代ではなく、危機の時代、「非常時」とも呼ばれた激動の時代において」(序章、16頁)であったことを明かします。「この表題は、ボランティアはファシストだ、とか、ボランティア活動はファシズムの一環だ、とか、主張しているのではありません。ファシズムとは、きわめて簡潔に言うなら、“危機の時代からの脱却や、危機的状況の解消を実現するための、全社会的・全国民的な運動の一形態”を言い表す概念です。このファシズムと、私たちに身近なボランティア活動という、それ自体なんの関係もない二つの名詞が、私たちの歴史のなかで、いわば切っても切れない関係を与えられてきたという事実を、私たちは持っているのです。この歴史的な現実を、いまあらためて見つめ直したい――というのが、本書のモティーフにほかなりません」(16~17頁)。

★『平成の天皇と戦後日本』はまもなく発売。帯文に曰く「現代天皇制研究の第一人者が描く、明仁天皇の半生」と。あとがきによれば本書は2016年に洋泉社の「歴史新書y」の1冊として刊行された『明仁天皇と戦後日本』の増補版とのこと。目次詳細は書名のリンク先でご覧いただけます。「本書の試みによって、象徴天皇制が戦後社会にあってどのような位置づけにあり、それがどのように変化しているのかもわかるはずである。明仁天皇の歩みを通して、戦後社会の姿や象徴天皇制とは何かを明らかにする試みとしたい」(はじめに、11頁)。増補されたのは、2016年以降の出来事を記した「終章 「平成流」の完成へ」。著者の河西秀哉(かわにし・ひでや:1977-)さんは神戸女学院大学文学部准教授。近著に『天皇制と民主主義の昭和史』(人文書院、2018年)、『近代天皇制から象徴天皇制へ』(吉田書店、2018年)などがあります。

★『野党が政権に就くとき』はまもなく発売。上智大学国際教養学部の学部長をおつとめの中野晃一(なかの・こういち:1970-)さんが2010年に刊行された著書『Party Politics and Decentralization in Japan and France: When the Opposition Governs』(Routledge, 2010)の、中野真紀子さんによる日本語訳に著者自身が加筆修正を施したものです。「1980年代のフランスと1990年代の日本における地方分権改革の政治過程を取り上げ」、「野党、政党間競争、そして政権交代という政党政治の力学が、自由民主主義の深まりに寄与するメカニズムを解明しようと試みるもの」(序、7頁)。「本書で注目するのは、日仏の社会党という野党が、ともに数十年の在野を経てようやく政権を獲得するに至った時、初めて歴史に残る地方分権改革が推し進められたという事実である」(8頁)。「政権交代と連立政権入りという日仏の違いが政策過程や政策結果にもたらした影響についても詳細に論じる」(同)。

★「今日、あえて本書を世に問う意味としては、1994年に小選挙区制が導入されて以降、とりわけ日本において新自由主義的とも言えるシュンペーター流の自由民主主義観が広く一般に浸透してしまい、ともすれば政党間競争を通じた野党による民主主義の深化が等閑視される傾向が強いことがあげられる。「政権担当能力」というかなり意味内容の怪しい言葉が喧伝され、野党の存在意義があたかも「代替与党」としてしかないかのような状況がつづいてきたと言わざるを得ない。主要政策や政治手法に関して大幅な現状追認を前提にしない限り、野党は「反対や批判ばかりで現実的ではない」と論評され、「政権担当能力のなさが危ぶまれる」というまことしやかな誹謗を繰り返し受けてきた」(12頁)。

★「選挙で自公政権与党を合わせて圧倒的な多数を得ていることをもって、安倍政権は民主的な正当性を主張するわけだが、実際には、野党の分断、投票率の低迷、そして小選挙区制の歪みの三つの要因によって、得票率から著しく乖離し「水増し」された議席数を獲得しているにすぎない。安倍自民党は、2012年12月、2014年12月、2017年10月と3回つづけて公明党と合わせて議席の三分の二を超える圧勝を遂げているが、2009年8月に民主党に惨敗し下野した際に麻生自民党が獲得した得票数を下回りつづけていることが何よりも明確にこのことを裏書きしている」(14~15頁)。

★「本書の事例が明らかにしたのは、オポジションであること(つまり政権与党に反対し、厳しく対峙すること)と、政権与党に代わりうるオルタナティブとなることは矛盾しないし両立する、ということである。これは言い換えれば、ともすると「対決」か「対案」か、という二元論に陥りがちな日本における野党のありかたをめぐる論争そのものを斥けるものである。政権与党の設定したアジェンダに乗ることをもって「対案」型というならば、そのような野党は永遠に政権の補完勢力に終わるだろう。むしろ明確に「対決」した上で、野党であることを踏まえて市民社会の声をすくいあげた別の政策アジェンダを「提案」することができてはじめて、野党〔オポジション〕はオルタナティブになりえる」(あとがき、250頁)。

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by urag | 2019-06-16 23:55 | 本のコンシェルジュ | Trackback | Comments(0)