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カテゴリ:本のコンシェルジュ( 995 )


2018年 12月 18日

注目新刊:ヴィーコ『新しい学の諸原理[1725年版]』上村忠男訳、ほか

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★上村忠男さん(訳書:アガンベン『到来する共同体』、編訳書:パーチ『関係主義的現象学への道』、スパヴェンタほか『ヘーゲル弁証法とイタリア哲学』、共訳書:アガンベン『アウシュヴィッツの残りのもの』『涜神』、スピヴァク『ポストコロニアル理性批判』)
京都大学学術出版会の「近代社会思想コレクション」の第25弾として、ヴィーコ『新しい学の諸原理[1725年版]』の全訳を上梓されました。2018年はヴィーコ生誕350年で、上村さんは今年5月に、1744年版『新しい学』(全3巻、法政大学出版局、2007~2008年)の訳書を中公文庫より上下巻で再刊されています。ヴィーコの『新しい学』は三つの版があり、第一版が今回訳出された1725年の『諸国民の自然本性についての新しい学の諸原理――それをつうじて万民の自然法のいま一つ別の体系の諸原理が見いだされる』であり、それを全面的に書き直した第二版が1730年の第二版『諸国民の共通の自然本性についての新しい学の諸原理の五つの巻』で、文庫化されたのがそのさらなる増補改訂版である1744年の第三版『諸国民の共通の自然本性についての新しい学の諸原理』です。つまりこの第三版といういわば決定版と、ヴィーコ自身が『最初の新しい学』と呼ぶ第一版は基本的に別物であるため、今回の全訳の意義は大きいと言えるのではないでしょうか。目次詳細は書名のリンク先でご確認いただけます。

新しい学の諸原理[1725年版]
ヴィーコ著 上村忠男訳 
京都大学学術出版会 2018年12月 本体4,800円 四六上製578頁 ISBN978-4-8140-0186-6

★中山元さん(訳書:ブランショ『書物の不在』)
光文社古典新訳文庫より今月、ハイデガー『存在と時間5』を上梓されました。全8巻のうちの第5巻で、第一部第一篇第六章第三九節から第四四節までが収められています。

存在と時間5
ハイデガー著、中山元訳
光文社古典新訳文庫 2018年12月 本体1,240円 403頁 ISBN978-4-334-75391-7

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by urag | 2018-12-18 18:31 | 本のコンシェルジュ | Trackback | Comments(0)
2018年 12月 16日

注目新刊:ヴィトゲンシュタイン『小学生のための正書法辞典』講談社学術文庫、ほか

★皆様いかがお過ごしでしょうか。私は風邪をひきました。今回の新刊ご紹介はそんなわけで書名を列記するものの、数点について追記するのみで失礼いたします。まずは、最近出会った新刊から。

秘教講義 1』ルドルフ・シュタイナー著、高橋巖訳、春秋社、2018年11月、本体4,800円、四六判上製592頁、ISBN978-4-393-32547-6
秘教講義 2』ルドルフ・シュタイナー著、高橋巖訳、春秋社、2018年12月、本体4,800円、四六判上製488頁、ISBN978-4-393-32548-3
朝鮮文化史――歴史の幕あけから現代まで』キース・プラット著、宋恵媛訳、人文書院、2018年12月、本体6,200円、4-6判上製488頁、ISBN978-4-409-51079-7
薩長同盟論――幕末史の再構築』町田明広著、人文書院、2018年12月、本体2,200円、4-6判並製270頁、ISBN978-4-409-52074-1
大政翼賛会のメディアミックス――「翼賛一家」と参加するファシズム』大塚英志著、平凡社、2018年12月、本体2,500円、4-6判並製304頁、ISBN978-4-582-45453-6
ぼくの伯父さん――長谷川四郎物語』福島紀幸著、河出書房新社、2018年12月、本体4,400円、46変形判上製568頁、ISBN978-4-309-02748-7
トランスヒューマニズム――人間強化の欲望から不死の夢まで』マーク・オコネル著、松浦俊輔訳、作品社、2018年11月、本体2,400円、46判並製299+xi頁、ISBN978-4-86182-721-1

★シュタイナー『秘教講義』は第1巻が『霊学自由大学第一学級のための秘教講義』(全19講:ドルナハ:1924年2月15日~8月2日)で、巻頭には第2講から第19講までの美麗な黒板絵をカラーで収録しています。第2巻は『霊学自由大学第一学級のための秘教再講義』(全7講:ドルナハ:1924年9月6日~20日)と、各都市で行われた『霊学自由大学第一学級のための秘教講義』(2講:プラハ:1924年4月3日~5日、1講:ベルン:1924年4月17日、1講:ロンドン:1924年8月27日)を収め、付録として1923年と1924年の「クリスマス会議」より3講義と、訳者の高橋さんによる「「シュタイナー秘教講義」の読み方(第1講を例に)」が配されています。解説は飯塚立人さんがお書きになっています。「本書は人智学の奥義書である。ここにはシュタイナー最晩年の秘教学級〔…〕の講義が収められている。この秘教講義は、長らく非公開であった。それはシュタイナーが、許可した人しかこの学級に参加させず、参加者にはマントラ以外のノートを八日以内に破棄するように指示した、いわば忘却されることを前提とした、その場限りの講義であったからである。シュタイナーは、マントラが外部の人の手に渡ると、その効力は失われる、と述べている」(解説、445頁)。

★「なぜそのように特別な配慮がなされてきたのか。それはこの第一学級の秘教講義が、まず人間の魂の権力衝動との対峙を、必須の課題としているからである。そして秘教学級は、徹底した内面へのひとり旅であり、その旅は境域における守護霊との対話を通して導かれていくからである」(同、447頁)。「暗い霊界の原野を前にして、存在の深淵の縁(ふち)に立ちながら、霊界の使者は力強い創造の言葉を発する。「見よ、われこそは認識のただひとつの門である。」」(ドルハナ講義第1講、15頁)。

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★次にここ最近で注目している新刊を列記します。

新版 アリストテレス全集(20)著作断片集2』國方栄二訳、2018年11月、本体6,000円、A5判上製函入512頁、ISBN978-4-00-092790-1
人間知性研究』デイヴィッド・ヒューム著、神野慧一郎/中才敏郎訳、近代社会思想コレクション24:京都大学学術出版会、2018年12月、本体3,600円、四六判上製374頁、ISBN978-4-8140-0178-1
小学生のための正書法辞典』ルートヴィヒ・ヴィトゲンシュタイン著、丘沢静也/荻原耕平訳、講談社学術文庫、2018年12月、本体1,110円、280頁、ISBN978-4-06-514094-9
漂巽紀畧 全現代語訳』ジョン万次郎述、河田小龍記、北代淳二監修、谷村鯛夢訳、講談社学術文庫、2018年12月、本体800円、178頁、ISBN978-4-06-514262-2
靖献遺言』浅見絅斎著、近藤啓吾訳注、講談社学術文庫、2018年12月、本体1,790円、560頁、ISBN978-4-06-514027-7
物語批判序説』蓮實重彦著、講談社文芸文庫、2018年12月、本体2,100円、352頁、ISBN978-4-06-514065-9
ラフォルグ抄』ジュール・ラフォルグ著、吉田健一訳、講談社文芸文庫、2018年12月、: 本体2,100円、368頁、ISBN978-4-06-514038-3
マルクス・ガブリエル 欲望の時代を哲学する』丸山俊一/NHK「欲望の時代の哲学」制作班著、NHK出版新書、2018年12月、本体820円、240頁、ISBN978-4-14-088569-7
オカルティズム――非理性のヨーロッパ』大野英士著、講談社選書メチエ、2018年12月、本体1,900円、320頁、ISBN978-4-06-514260-8
記憶術全史――ムネモシュネの饗宴』桑木野幸司著、2018年12月、本体2,000円、352頁、ISBN978-4-06-514026-0

★『新版 アリストテレス全集(20)著作断片集2』は全20巻+別巻のうちの第18回配本。収録作品は書名のリンク先でご確認いただけます。そのほとんどは他の著者が伝えている断片です。散逸したか詳細不明となっている著作へのアリストテレス自身の言及も収めます。そうした著作のひとつ『哲学について』をめぐってはフィロンが『世界の永遠性について』の中で、アリストテレスの発言として次のような言葉を伝えています。「昔は、大風やとてつもない嵐が来たり、時の経過やしかるべき手入れを怠ったりすると、自分の家が倒れやしないかと心配したものだが、今は、議論で全宇宙を破滅させる人間のおかげで、もっと大きな恐怖がのしかかっている」(164頁)。付属ずる月報18によれば、次回配本は来春、第11巻『動物の発生について』。本巻で残る1冊、第14巻『形而上学』も来年刊行とのことです。別巻『総索引』には「用語集」も収録されると再告知されています。

★『小学生のための正書法辞典』はヴィトゲンシュタインが生前刊行した二冊のうちの一冊の初訳。もう一冊は『論理哲学論考』ですが、この主著が刊行されるまでに紆余曲折を経たのに比べて、『小学生のための正書法辞典』は比較的スムースに出版できたようです。その経緯や、教師としてのヴィトゲンシュタインの工夫は、巻頭の丘沢さんによる解説に詳しいです。またこの解説では、現代社会から見てほとんどアウトな体罰教師ぶりや、アスペルガー症候群の観点から見たこの哲学者像についても語られます。後者は福本修さんの論考「「心の理論」仮説と『哲学探究』――アスペルガー症候群〔から/を〕見たウィトゲンシュタイン」(『imago』1996年10月号「特集=自閉症」所収、144~163頁)を参考にされています。単語帳という簡素な体裁の本書を文庫で出版するというのは、なかなかハードルが高かったろうと想像します。

★ちなみに講談社さんは「講談社学術文庫大文字版オンデマンド」を既刊書600点以上で開始されました。同文庫は1976年創刊で、総刊行点数約2600点に上ります。投げ込みチラシには真っ先に天野貞祐訳『純粋理性批判』が記載されていて驚愕したのですが、ウェブにはまだ掲出されていないようです。書目は毎月追加されるようなので、推移を注視したいと思います。

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by urag | 2018-12-16 17:56 | 本のコンシェルジュ | Trackback | Comments(0)
2018年 12月 13日

ブックツリー「哲学読書室」に2本の選書リスト追加

オンライン書店「honto」のブックツリー「哲学読書室」に、堀之内出版編集担当の小林えみさんの選書リスト「『nyx』5号をより楽しく読むための5冊」と、拙選書リスト「書架(もしくは頭蓋)の暗闇に巣食うものたち」が追加されました。以下のリンク先一覧からご覧になれます。


◎哲学読書室

1)星野太(ほしの・ふとし:1983-)さん選書「崇高が分かれば西洋が分かる
2)國分功一郎(こくぶん・こういちろう:1974-)さん選書「意志について考える。そこから中動態の哲学へ!
3)近藤和敬(こんどう・かずのり:1979-)さん選書「20世紀フランスの哲学地図を書き換える
4)上尾真道(うえお・まさみち:1979-)さん選書「心のケアを問う哲学。精神医療とフランス現代思想
5)篠原雅武(しのはら・まさたけ:1975-)さん選書「じつは私たちは、様々な人と会話しながら考えている
6)渡辺洋平(わたなべ・ようへい:1985-)さん選書「今、哲学を(再)開始するために
7)西兼志(にし・けんじ:1972-)さん選書「〈アイドル〉を通してメディア文化を考える
8)岡本健(おかもと・たけし:1983-)さん選書「ゾンビを/で哲学してみる!?
9)金澤忠信(かなざわ・ただのぶ:1970-)さん選書「19世紀末の歴史的文脈のなかでソシュールを読み直す
10)藤井俊之(ふじい・としゆき:1979-)さん選書「ナルシシズムの時代に自らを省みることの困難について
11)吉松覚(よしまつ・さとる:1987-)さん選書「ラディカル無神論をめぐる思想的布置
12)高桑和巳(たかくわ・かずみ:1972-)さん選書「死刑を考えなおす、何度でも
13)杉田俊介(すぎた・しゅんすけ:1975-)さん選書「運命論から『ジョジョの奇妙な冒険』を読む
14)河野真太郎(こうの・しんたろう:1974-)さん選書「労働のいまと〈戦闘美少女〉の現在
15)岡嶋隆佑(おかじま・りゅうすけ:1987-)さん選書「「実在」とは何か:21世紀哲学の諸潮流
16)吉田奈緒子(よしだ・なおこ:1968-)さん選書「お金に人生を明け渡したくない人へ
17)明石健五(あかし・けんご:1965-)さん選書「今を生きのびるための読書
18)相澤真一(あいざわ・しんいち:1979-)さん/磯直樹(いそ・なおき:1979-)さん選書「現代イギリスの文化と不平等を明視する
19)早尾貴紀(はやお・たかのり:1973-)さん/洪貴義(ほん・きうい:1965-)さん選書「反時代的〈人文学〉のススメ
20)権安理(ごん・あんり:1971-)さん選書「そしてもう一度、公共(性)を考える!
21)河南瑠莉(かわなみ・るり:1990-)さん選書「後期資本主義時代の文化を知る。欲望がクリエイティビティを吞みこむとき
22)百木漠(ももき・ばく:1982-)さん選書「アーレントとマルクスから「労働と全体主義」を考える
23)津崎良典(つざき・よしのり:1977-)さん選書「哲学書の修辞学のために
24)堀千晶(ほり・ちあき:1981-)さん選書「批判・暴力・臨床:ドゥルーズから「古典」への漂流
25)坂本尚志(さかもと・たかし:1976-)さん選書「フランスの哲学教育から教養の今と未来を考える
26)奥野克巳(おくの・かつみ:1962-)さん選書「文化相対主義を考え直すために多自然主義を知る
27)藤野寛(ふじの・ひろし:1956-)さん選書「友情という承認の形――アリストテレスと21世紀が出会う
28)市田良彦(いちだ・よしひこ : 1957-)さん選書「壊れた脳が歪んだ身体を哲学する
29)森茂起(もりしげゆき:1955-)さん選書「精神分析の辺域への旅:トラウマ・解離・生命・身体
30)荒木優太(あらき・ゆうた:1987-)さん選書「「偶然」にかけられた魔術を解く
31)小倉拓也(おぐら・たくや:1985-)さん選書「大文字の「生」ではなく、「人生」の哲学のための五冊
32)渡名喜庸哲(となき・ようてつ:1980-)さん選書「『ドローンの哲学』からさらに思考を広げるために
33)真柴隆弘(ましば・たかひろ:1963-)さん選書「AIの危うさと不可能性について考察する5冊
34)福尾匠(ふくお・たくみ:1992-)さん選書「眼は拘束された光である──ドゥルーズ『シネマ』に反射する5冊
35)的場昭弘(まとば・あきひろ:1952-)さん選書「マルクス生誕200年:ソ連、中国の呪縛から離れたマルクスを読む。
36)小林えみ(こばやし・えみ:1978-:堀之内出版編集担当)さん選書「『nyx』5号をより楽しく読むための5冊
37)小林浩(こばやし・ひろし:1968-:月曜社取締役)選書「書架(もしくは頭蓋)の暗闇に巣食うものたち

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by urag | 2018-12-13 15:46 | 本のコンシェルジュ | Trackback | Comments(0)
2018年 12月 09日

注目新刊:熊野純彦訳『精神現象学』、サックス『アナログの逆襲』、ほか

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★まもなく発売となるちくま学芸文庫の12月新刊の5点6冊を取り上げます。

『精神現象学 上』G・W・F・ヘーゲル著、熊野純彦訳、ちくま学芸文庫、2018年12月、本体1,700円、672頁、ISBN978-4-480-09701-9
『精神現象学 下』G・W・F・ヘーゲル著、熊野純彦訳、ちくま学芸文庫、2018年12月、本体1,700円、624頁、ISBN978-4-480-09702-6
『帝国の陰謀』蓮實重彦著、ちくま学芸文庫、2018年12月、本体1,000円、176頁、ISBN 978-4-480-09895-5
『仮面の道』クロード・レヴィ=ストロース著、山口昌男/渡辺守章/渡辺公三訳、ちくま学芸文庫、2018年12月、本体1,400円、400頁、ISBN978-4-480-09647-0
『聖なる天蓋――神聖世界の社会学』ピーター・L・バーガー著、薗田稔訳、ちくま学芸文庫、2018年12月、本体1,200円、352頁、ISBN978-4-480-09903-7
『数学的に考える――問題発見と分析の技法』キース・デブリン著、冨永星訳、ちくま学芸文庫、2018年12月、本体1,000円、224頁、ISBN978-4-480-09898-6

★熊野純彦さんによる新訳『精神現象学』は、樫山欽四郎訳(上下巻、平凡社ライブラリー、1997年)に続く20年ぶりの文庫版です。樫山訳は親本が1966年の河出書房新社版で、それを出口純夫さんが改訳し補訂したのが平凡社ライブラリー版です。今回の新訳は訳者あとがきによれば、底本はラッソン/ホフマイスター版(樫山訳も同様)。グロックナー版、ズーアカンプ版、アカデミー版なども参照され、また2種類のフランス語訳(イポリット訳とヤルチック/ラバリエール訳)を常に参看したとのことです。本書の訳文の上段にはグロックナー版とホフマイスター版の原著頁数が振られ、下段にはスーアカンプ版とアカデミー版のそれが記されており、原書と照らし合わせるのに便利です。

★講義録や教科書を除き「ヘーゲルそのひとが、主要な著作として執筆し、刊行したのは『精神現象学』全一巻、ならびに『論理学』全二巻だけなのであり、その意味ではヘーゲル研究の進捗と現況にかかわりなく、『精神現象学』がこの哲学者の思考をとらえるうえで枢要なテクストでありつづけていることは、まちがいない」と熊野さんはお書きになっています。上巻が序文、序論、A「意識」、B「自己意識」、C(AA)「理性」を収録、下巻には(BB)「精神」、(CC)「宗教」、(DD)「絶対知」を収めています。下巻巻末にはフレーズ索引といって、語句ごとにそれを含む文章を並べた索引が付されています。

★蓮實重彦『帝国の陰謀』は1991年に日本文芸社より刊行された単行本の文庫化。新たに文庫版あとがきと、入江哲郎さんによる解説が付されています。「〔ルイ=ナポレオンすなわちナポレオン三世の異父弟〕ド・モルニーが遺した二つのテクストを読解し、マルクスが〔著書『ルイ・ボナパルトのブリュメール十八日』で〕見落としたものを軽やかに描く、著者最初の書き下ろし作品」(カバー裏紹介文より)。文庫化にあたり、「必要最低限の加筆訂正」を施したとのことです。初版刊行当時を振り返って、蓮實さんは、本書を学術論文としてではなく、「できれば、文化的かつ政治的な「パンフレット」のようなものとして読まれてほしいというのが、著者の真摯な思いだったのです」としたためておられます。本書と同時期のフランス第二帝政期を背景にした1988年の著書『凡庸な芸術家の肖像――マクシム・デュ・カン論』は95年に上下巻でちくま学芸文庫にて文庫化された後、2015年に同じく上下巻で講談社文芸文庫として再文庫化されています。

★レヴィ=ストロース『仮面の道』は、まず原著の2巻本『La Voie des masques』がSkira社の「創造の小径」シリーズから1975年に刊行され、日本語訳が1977年に新潮社版「想像の小径」翻訳シリーズの一冊として出版されています。原著はその後1979年に増補改訂版がPlon社から全1巻で刊行されました。今回の文庫化は、この増補改訂版を底本とし、新潮社版を渡辺守章さんが全面改訳し、増補改訂版で新たに付された第2部「三つの小さな旅」を昨年末に逝去された渡辺公三さんが訳出されて、成ったものです。文庫版あとがきは「ちくま学芸文庫版『仮面の道』のための後書き」として、渡辺守章さんがお書きになっておられます。文庫で読めるレヴィ=ストロースの著書は意外と少なく、室淳介訳『悲しき南回帰線』(上下巻、講談社学術文庫、1985年)、西澤文昭訳『アスディワル武勲詩』(ちくま学芸文庫、2011年)に続いて今回がようやく3点目です。

★バーガー『聖なる天蓋』は『The Sacred Canopy: Elements of a Sociological Theory of Religion』(Doubleday, 1967)の全訳として1979年に新曜社から刊行された単行本の文庫化です。文庫版訳者あとがきによれば、「今回はほぼ原訳を活かして復刊」したとのことです。「あらゆる社会はその全過程を究極的に意味づける象徴の体系、「聖なる天蓋」をもつ。〔…〕現象学的社会学の視点から論じられた宗教社会学の古典的名著」(カバー裏紹介文より)。バーガーはオーストリア出身のアメリカの社会学者で、昨年死去しています。著書の文庫化は『社会学への招待』(水野節夫/村山研一訳、ちくま学芸文庫、2017年7月)に続いて2点目です。

★『数学的に考える』は英国生まれの数学者デブリン(Keith Devlin, 1947-)が2012年に自費出版したオンデマンド版の教科書『Introduction to Mathematical Thinking』の全訳で、文庫のための訳し下ろしです。巻頭の「はじめに」によれば、高校数学から大学数学に進む際の「移行講座」の教科書が一般的に高額すぎるため、廉価なオンデマンド版にしたとのこと。第1章「数学とは何か」、第2章「言葉を厳密に使う」、第3章「証明」、第4章「数を巡る成果の証明」の全4章立てで、補遺として「集合論」が付されています。「21世紀を生きるすべての人々にとって、数学的な思考をある程度できた方が有利なのだ。(数学的思考には、いずれも重要な能力である「論理的な思考」、「分析的な思考」、「量を用いた推論」が含まれる。)というわけでわたしはこの本を、分析的な思考力を高めたい、高める必要があると考えているすべての人にとって役立つものにしようと考えた」(4頁)と著者は書いています。ビジネス書としてどんどん売っていい商材だと思います。

★続いて角川ソフィア文庫の11月新刊から3点。

西田幾多郎――言語、貨幣、時計の成立の謎へ』永井均著、角川ソフィア文庫、2018年11月、本体760円、176頁、ISBN978-4-04-400184-1
よくわかる日蓮宗 重要経典付き』瓜生中著、角川ソフィア文庫、2018年11月、本体960円、304頁、ISBN978-4-04-400368-5
図説 日本未確認生物事典』笹間良彦著、角川ソフィア文庫、2018年11月、本体1,200円、480頁、ISBN978-4-04-400443-9

★永井均『西田幾多郎』は、2006年にNHK出版から刊行された『西田幾多郎――〈絶対無〉とは何か』に加筆修正し、文庫化したもの。巻末に文庫版付論として「時計の成立――死ぬことによって生まれる今と、生まれることによって死ぬ今」が新たに付されています。第一章「純粋経験――思う、ゆえに、思いあり」、第二章「場所――〈絶対無〉はどこにあるのか」、第三章「私と汝――私は殺されることによって生まれる」の三章立てで、小伝や読書案内が付されています。コンパクトな入門書です。巻頭の「まえがき」にはこうあります。「本書を読めば、西田幾多郎をまったく知らない方でも西田哲学の核心へとまっすぐに導かれる、と私は確信するが、それはじつは西田の核心ではななく私(永井)の核心なのかもしれない。それらを区別することは私にはできない」(12頁)。

★『よくわかる日蓮宗』は瓜生中さんによる「よくわかる××宗」シリーズの最新刊で書き下ろし。目次詳細は書名のリンク先の「試し読み」でご覧いただけますが、章立てのみ確認しておくと、第一章「日蓮宗の基礎知識」、第二章「日蓮宗の主な経典」、第三章「日蓮の生涯と思想」、第四章「日蓮以降の日蓮宗」、第五章「日蓮宗の主要寺院」となっており、付録として「日蓮宗の年中行事と尊像」が配されています。同シリーズではこれまでに、浄土真宗、曹洞宗、真言宗、浄土集、などが出ています。

★笹間良彦『図説 日本未確認生物事典』は1994年に柏書房より刊行された同名単行本の文庫化。巻末に新たに湯本豪一さんによる解説が付されています。天狗、鬼、雪女、河童などを扱う「擬人的妖怪編」、霊亀などを扱う「魚と亀の変化(へんげ)」、龍やおろちなどを扱う「龍蛇類の変化」、きつね、むじな、ねこまた、ばくなどを扱う「獣類の変化」、ぬえや鳳凰などを扱う「鳥類の変化」、ひきがえる、おおむかで、つちぐもなどを扱う「湿性類の変化」の6部門。全部で114種類の妖怪や幻獣が、歴史的な文物から採られた図版とともに、古典的文献からの引用を交えて解説されています。

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★また最近では以下の新刊との出会いがありました。

アナログの逆襲――ポストデジタル経済へ、ビジネスと発想はこう変わる』デイビッド・サックス著、加藤万里子訳、インターシフト発行、合同出版発売、2018年12月、本体2,100円、四六判並製400頁、ISBN978-4-7726-9562-6
生命科学の未来――がん免疫治療と獲得免疫』本庶佑著、藤原書店、2018年12月、本体2,200円、B6変型判上製240頁、ISBN978-4-86578-202-8
オリンピックVS便乗商法――まやかしの知的財産に忖度する社会への警鐘』友利昴著、作品社、2018年11月、本体2,400円、46判並製309+17頁、ISBN 978-4-86182-726-6
ポストモダン・ニヒリズム』仲正昌樹著、作品社、2018年11月、本体2,600円、46判上製320頁、ISBN978-4-86182-718-1
プラグマティズムの格率――パースとプラグマティズム』クリストファー・フックウェイ著、村中達矢/加藤隆文/佐々木崇/石田正人訳、春秋社、2018年11月、本体5,000円、四六判上製536頁、ISBN978-4-393-32362-5
聖書の情景』深井智朗著、春秋社、2018年11月、本体2,000円、四六判上製240頁、ISBN978-4-393-32378-6
カタストロフと美術のちから』森美術館編、平凡社、2018年11月、本体3,200円、A4変判並製208頁、ISBN978-4-582-20714-9

★サックス『アナログの逆襲』は『The Revenge of Analog: Real Things and Why They Matter』(PublicAffairs, 2016)の訳書です。著者のサックス(David Sax, 1979-)はカナダのジャーナリスト。書名のリンク先で目次とはじめにと日本語版解説を見ることができますが、とても興味深い内容なので、以下にも目次を転記しておきます。

はじめに――ポストデジタル経済へ
PART 1 アナログな「モノ」の逆襲
第1章 レコードの逆襲
第2章 紙の逆襲
第3章 フィルムの逆襲
第4章 ボードゲームの逆襲
PART 2 アナログな「発想」の逆襲
第5章 プリントの逆襲
第6章 リアル店舗の逆襲
第7章 仕事の逆襲
第8章 教育の逆襲
第9章 デジタルの先端にあるアナログ
おわりに 夏の逆襲

★「本書では、アナログの逆襲がどのように起きているかを二部に分けて探求している。/第1部の「アナログな「モノ」の逆襲」では、レコード、紙製品、フィルム、ボードゲームという新市場を考察し、時代に合わなくなったと言われたアナログ製品の製造・販売企業が、消費者の根本的な欲求を引き出して成功している例を紹介する。/第2部の「アナログな「発想」の逆襲」では、出版、小売、製造、教育業界、シリコンバレーの教訓をもとに、デジタル重視の経済のなかでアナログな発想が持つ革新的かつ破壊的な可能性とその恩恵を実証する」(19~20頁)。

★「重要なのは、デジタルかアナログのどちらかを選ぶことではない。私たちはデジタルの使用を通して、このように物事を極度に単純化する考え方に慣れてしまった。つまり、一かゼロか、黒か白か、サムスンかアップルか、という誤った二者択一だ。現実世界は、黒か白ではなく、グレーですらない。色とりどりで、触れたときの感覚に同じものはひとつもない。そこに、豊かな感情が幾重にも折り重なっている。そのなかで人間は、思ってもみない匂いに驚いたり、奇妙な味に顔をしかめながら、完全ではないことを大いに楽しんでいる。最高のアイデアはこの複雑さから紡ぎ出されるが、デジタル・テクノロジーにはまだそれを十分に再現する能力がない。いま、この現実世界がかつてなく重要になっている。/アナログの逆襲はこのごちゃまぜの現実のなせる業だ。テクノロジーの挑戦を受けながらも、そこから力を引き出している。テクノロジーにはひとつひとつ役割があり、生み出す結果もさまざまだ。アナログの逆襲から見えてくるのは、過去と共存しながらテクノロジーの未来を築く新しいポストデジタル経済である」(20頁)。


★本庶佑『生命科学の未来』は緊急出版。「免疫学との出会い、生物が免疫の多様化を実現する仕組みを解明した画期的研究、ノーベル賞受賞をもたらした抗体の発見に至る軌跡、そして、生命科学が世界的に注目されているなかでの基礎研究への投資の重要性など」(カバーソデ紹介文より)を、本庶さん自身が語ったもの。序は「序 ノーベル生理学・医学賞受賞にあたって」と題された挨拶文です。続く「PD‐1抗体発見への道のり――獲得免疫の驚くべき幸運とがん免疫治療」は、2016年11月11日に行われた京都賞受賞記念講演。「幸福の生物学」は2007年4月22日に行われた稲盛財団の第11回盛和スカラーズソサエティ総会講演。最後の「生命科学の未来」は、2014年4月8日に収録され『環』58号に掲載された、本庶さんと静岡県知事・川勝平太さんの対談です。

★次に作品社さんの新刊2点。友利昴『オリンピックVS便乗商法』はオリンピックの独占的商業利用権について教えてくれる一冊。「今や善良な市民であっても、オリンピックを利用しようとすれば、そのやり方次第では、誰もがIOC以下、オリンピック関連組織からのクレームにさらされる危険がある。〔…〕恐ろしいことに、本書で紹介するように、既に実例は多数存在するのだ」(3頁)。本書は「オリンピック組織が、これまでどのようなアプローチで自己の利益を拡大してきたのか、そのために他人がどのような犠牲を強いられてきたのかをできるだけ多くの具体例を紹介しながら総括し、それらを教訓として、正当行為に対するクレームや規制に、われわれはどのように向き合うべきかを考察している」(3~4頁)。「これは何もオリンピックに限った問題ではない。〔…〕あらゆる事業者にとって、市場競争において他人を排除し、自らの権利と利益の最大化を目指すことは自然な欲求であることから、こうしたアプローチは他のあらゆる産業においても波及し得るものである」(4頁)。

★仲正昌樹『ポストモダン・ニヒリズム』は1997年から2009年にかけて各媒体で発表されてきた論考12本をまとめ、書き下ろしの「ハーバーマスとデリダ――「言語行為」と「エクリチュール」をめぐるモダン/ポストモダンの鬩(せめ)ぎ合い」を加えたもの。この書き下ろしでは、ハーバーマスとデリダの対決だけでなく、サールとデリダの論争も論及されています。「「エクリチュール」と「コミュニケーション」の関係をめぐる問題は取り残されてしまった感が強い。〔…〕発話行為に伴う「力」に関心を持つ哲学者・社会学者は、[ハーバーマス+サールvs.デリダ]論争で提起されたものの、クリアにならなかった諸論点について、彼らのあとを引き継いで考え続けるべきだろう」(296頁)。

★続いて春秋社さんの新刊2点。フックウェイ『プラグマティズムの格率』は『The Pragmatic Maxim: Essays on Peirce and pragmatism』(Oxford University Press, 2012)の全訳。序文によれば本書は15年にわたる著者のパース哲学研究のうちの「いくらかを披露するもの」であり、『パース』(1985年、未訳)および『真理、合理性、そしてプラグマティズム』(2000年)に収録された著作を発展させたもの、とのこと。著者のフックウェイ(Christopher Hookway, 1949-)はイギリスを代表するパース哲学研究者で、シェフィールド大学名誉教授。既訳書には『クワイン――言語・経験・実在』(浜野研三訳、勁草書房、1998年)があります。2点目となる今回の訳書の目次を以下に列記しておきます。

目次:
日本語版に寄せて
序文
初出一覧
パースのテクストとその略号の一覧
序論 プラグマティズムの格率、科学の方法、表象
第1章 パースと懐疑論
第2章 可謬主義と探求の目標
第3章 真理・実在・収束
第4章 疑問表現と制御不可能なアブダクション
第5章 規範的論理学と心理学――心理主義を拒絶するパース
第6章 〈関係の形式〉――パースと数学的構造主義
第7章 「一種の合成写真」――プラグマティズム、観念、図式論
第8章 プラグマティズムと所与――C・I・ルイス、クワイン、パース
第9章 プラグマティズムの原理――パースの定式化と事例
第10章 論理的原理と哲学的態度――ジェイムズのプラグマティズムに対するパースの態度
第11章 いかにしてパースはプラグマティズムの格率を擁護したか
解説(佐々木崇/加藤隆文)
訳者あとがき(村中達矢)
文献表
人名索引

★深井智朗『聖書の情景』は聖書に登場する人物から26人を選んで紹介するエッセイ集。26人を掲載順に列記すると、アダム、バラバ、カイン、ダビデ、エステル、フェリクス、ギデオン、ヘロデ、イザヤ、イスカリオテのユダ、ヨブの娘ケツィア、ラザロ、モーセ、ノア、オバデア、ペトロ、キリニウス、ルツ、サロメ、トマス、ウジヤ、イサクの父アブラハム(Vater von Isaak)、ワシュティ、クセルクセス=アハシュエロス、あなた(You)、ザアカイ。お気づきかと思いますが、アルファベット26文字を表しています。「あなた」は苦肉の策というよりは、本質的な一章を成しています。「自分のための言葉だと知るときに、その言葉は生命を持つようになります。/聖書で語られる「あなた」が、「私」なのだと分かるとき、聖書の言葉が生きた言葉になります。そして私たちを聖書の中へと、神が聖書を通して語ろうとする世界へと誘います。八木重吉が言うように、ことばのうちがわにはいりこむ、のです」(203頁)。個人的には「ユダ」の善人ぶりへの言及が、現代人への強い戒めとして印象に残りました。

★『カタストロフと美術のちから』は、六本木ヒルズの森美術館が15周年記念展として好評開催中の「カタストロフと美術のちから展」(2018年10月6日~2019年1月20日)の図録を兼ねた書籍です。印象深かった作品は、ヘルムット・スタラーツさんやシヴァ・アフマディさんの絵画、武田慎平さんと米田知子さんの写真です。同書には論考として、星野太さんによる「疚しさについて――カタストロフと崇高」、J・J・チャールズワースさんによる「カタストロフは常に他人事か」、ゲリット・ヤスパー・シェンクさんによる「災害のイメージ――災害体験のアートとメディア化」などが掲載されています。

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by urag | 2018-12-09 23:40 | 本のコンシェルジュ | Trackback | Comments(0)
2018年 12月 02日

注目新刊:『HAPAX 10 ニーチェ』夜光社、ほか

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HAPAX 10 ニーチェ』夜光社、2018年11月、本体1,500円、四六判変形218頁、ISBN978-4-906944-16-3
現代思想2018年12月号 特集=図書館の未来』青土社、2018年11月、本体1,400円、A5判並製230頁、ISBN978-4-7917-1374-5

★『HAPAX』の記念すべき第10号はニーチェ特集で、今までで最大のヴォリュームです。特集への寄稿者は、鈴木創士、榎並重行(インタヴュー)、江川隆男、馬研究会、無回転R求道者達、混世博戯党、world's forgotten boy、ダニエル・コルソン、山本さつき、白石嘉治、の各面々。マルクスでもフロイトでもなくニーチェというのが絶妙です。特集の最初の頁には「ニーチェこそはアナーキーの極限であり、それ自身、たえざる蜂起であるからだ」と趣旨が述べられています。また、表紙ではHAPAXの二つ目のAとNietzscheのzのみが赤く塗られていて、ニーチェをめぐる思考の運動が示すふり幅の広さ(Aからzまで)を表しているかのようです。もっとも多くページが割かれているのは『ニーチェって何?――こんなことをいった人だ 』(新書y、2000年)や『ニーチェのように考えること――雷鳴の轟きの下で』(河出書房新社、2012年)の著者、榎並重行(えなみ・しげゆき:1949-)さんへの今年5月ないし6月に行われたHAPAX誌によるロング・インタヴュー「耳障りな声で――ある快楽懐疑者からの挨拶」。なお巻頭には「二人のギリシャのアナキスト」の談話とフランスの「革命的官能委員会」の論考を翻訳。ヨーロッパのアクティヴィズムの息遣いに触れることができます。

★なお、夜光社さんが6月に創刊した「民衆詩叢書」の第1弾、崔真碩『サラム ひと』の朗読ライブが以下の通り開催されるとのことです。

◎アサイラム ひと――詩集『サラム ひと』朗読ライブ
朗読と音楽:チェ・アンド・ザ・ヤコーシャ・ゴースト・ブルース・バンド/崔真碩(野戦之月)/行友太郎(中国文芸研究会)/相澤虎之助(空族)
日時:2018年12月15日(土曜日)午後5時開演
場所:イレギュラー・リズム・アサイラム(新宿区新宿1-30-12-302)
料金:投げ銭

★『現代思想』2018年12月号の特集は「図書館の未来」。同誌が「図書館」を特集名に冠するのはおそらく初めてのことではないでしょうか。「大学」について盛んに言及してきた同誌にとってみれば遅かれ早かれ着手しなければならなかった主題ではあるはずでしたから、注目すべき特集号です。目次詳細は誌名のリンク先をご覧ください。個人的に特に興味深かったのは、新出「“公共”図書館の行方」、呑海沙織「多様性を許容する図書館――認知症にやさしい図書館について考える」、福島幸宏「これからの図書館員像――情報の専門家/地域の専門家として」など。福島さんは論考の末尾でこう述べておられます。「この特集全体が全力で主張しているように、「図書館の未来」は今の路線の先にはないことだけははっきりしている。「〈図書館員〉の未来」もまた同様であり、10年先の状況はだれにも不明である」。結論ありきではない各現場の苦闘と呻吟と希望を垣間見ることのできる良い特集号だと感じました。

★続いてここ最近に出会った新刊を列記します。

静寂と沈黙の歴史――ルネサンスから現代まで』アラン・コルバン著、小倉孝誠/中川真知子訳、藤原書店、2018年11月、本体2,600円、四六変判上製224頁、ISBN978-4-86578-199-1
都市のエクスタシー』山田登世子著、藤原書店、2018年11月、本体2,800円、四六判上製328頁、ISBN978-4-86578-200-4
メディア都市パリ』山田登世子著、藤原書店、2018年11月、本体2,500円、四六判上製320頁、ISBN978-4-86578-201-1
芸の心――能狂言 終わりなき道』野村四郎/山本東次郎著、笠井賢一編、藤原書店、2018年11月、本体2,800円、四六判上製240頁、ISBN978-4-86578-198-4
新装版 古代エジプト語基本単語集――初めてのヒエログリフ』西村洋子編著、平凡社、2018年11月、本体2,800円、A5判並製260頁、ISBN978-4-582-12727-0

★藤原書店さんの11月新刊は4点。コルバン『静寂と沈黙の歴史』は『Histoire du silence : De la Renaissance à nos jours』(Albin Michel, 2016)の全訳。「本書において、かつての静寂をよびおこし、静寂の探求、その手触り、規律、戦略、豊かさのありさまを描き出し、沈黙の言葉の力について述べることは、静黙することを、すなわち己であることを学び直すのに役立つかもしれない」(13頁)とコルバンは述べています。目次詳細は書名のリンク先でご確認いただけます。訳者によれば本書は同氏が訳した『音の風景』(藤原書店、1997年)と対をなす姉妹篇と言えるだろうとのことです。本書の締めくくりとして、19世紀フランスの詩人ルコント・ド・リールの詩篇「世を破壊せん」が引かれているのが印象的です。

★山田登世子さんの2点『都市のエクスタシー』『メディア都市パリ』は、前者が8月刊『モードの誘惑』に続く単行本未収録論考集の第2弾。「異郷プロムナード」「メディア都市」「わたしの部屋」「世相を読む 2010-2016」「人物論」の5部構成。「日経新聞」夕刊に2000年の夏から冬にかけて連載された「プロムナード」や、「中日新聞」に2010年から2016年にかけて連載された「中日新聞を読んで」がまとまっているほか、様々な媒体で発表された論考やエッセイを読むことができます。人物論では、内田義彦、阿久悠、今村仁司、中沢新一、今福龍太の各氏が論じられています。内田さんをめぐっては6篇。

★後者『メディア都市パリ』は、1991年に青土社から単行本が刊行され、1995年にちくま学芸文庫の一冊として再刊されたものの、再度の単行本化。巻末の編集部付記には「文庫版の「後書き」と「解説」は収録していない」と特記されています。この文庫版解説というのは蓮實重彦さんによるもの。今回の藤原書店版の解説「『メディア都市パリ』――きまじめな解説」を書かれているのは、山田さんとも蓮實さんとも交友のある工藤庸子さん。工藤さんならでは視点からなされた、山田さんの「同時代的な〈批評〉の営み」に参画しようという秘かな野心」が本書に隠されている、との指摘は重要ではないでしょうか。工藤さんは羽鳥書店の「ハトリショテンだより」におけるウェブ連載「人文学の遠めがね」第14回「女のエクリチュール」(2018年11月2日)でも『メディア都市パリ』巻末の「ほんとうの後書き」(今回の藤原書店版にも収録)に言及されています。

★藤原書店さんの4点目『芸の心』は、観世流シテ方の野村四郎(のむら・しろう:1936-)さんと大蔵流狂言方の山本東次郎(やまもと・とうじろう:1937-)さんの対談本。編集部による「はじめに」に曰く「本書は、名実ともに現在の能界と狂言界を代表する訳者である〔…〕お二人が、三夜にわたって語り合った対話の記録である」と。2017年3月から同年4月にかけて収録。巻末には笠井賢一さんによる「補論 能・狂言の歴史」と「舞台作品解説」が付されているほか、家系図も掲載されています。山本さんは第三夜で「嫌いだった狂言が60歳近くになって大好きになり、いろんなことが見えてくるようになりました」(164頁)と発言されています。人生観というものが端的に表れた、味わい深い対談です。

★平凡社さんの新刊『新装版 古代エジプト語基本単語集』は1998年の初版、2004年の2刷を経ての新装版です。帯文に曰く「日本語で引ける初めての辞書」、「主要な文学作品や碑文に頻出する基本的な単語1324を収録」と。和文索引もあります。なお編著者の西村さんが運営するウェブサイト「古代エジプト史料館」は、Yahoo!ジオシティーズが2019年3月末でサービス提供終了のため閉鎖予定だとのことです。

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★続いてここ二か月ほどで注目してきた新刊をいくつか列記します。

制度とは何か──社会科学のための制度論』フランチェスコ・グァラ著、瀧澤弘和監訳、水野孝之訳、慶應義塾大学出版会、2018年11月、本体3,200円、四六判上製352頁、ISBN978-4-7664-2565-9
記憶の社会的枠組み』モーリス・アルヴァックス著、鈴木智之訳、ソシオロジー選書:青弓社、2018年11月、本体4,800円、A5判上製416頁、ISBN978-4-7872-3443-8
壁の向こうの住人たち――アメリカの右派を覆う怒りと嘆き』A・R・ホックシールド著、布施由紀子訳、岩波書店、2018年10月、本体2,900円、四六並製464頁、ISBN978-4-00-061300-2
神学提要』トマス・アクィナス著、山口隆介訳、知泉学術叢書:知泉書館、2018年10/11月、本体6,000円、新書判上製522頁、ISBN978-4-86285-283-0

★『制度とは何か』は『Understanding Institutions: The Science and Philosophy of Living Together』(Princeton University Press, 2016)の全訳。イタリアの哲学者で実験経済学者のフランチェスコ・グァラ(Francesco Guala, 1970-)の、『科学哲学から見た実験経済学』(川越敏司訳、日本経済評論社、2013年;原書『The Methodology of Experimental Economics』Cambridge University Press, 2005)に続く、日本語訳第2弾です。目次と正誤表が書名のリンク先で公開されています。版元ウェブサイトでは未公開ですが、同所の冒頭には6頁にわたる「要旨付き目次」があり、全体を把握するのに便利です。著者はイントロダクションでこう述べます。「本書において、私は社会的存在論の分野における主要な伝統を統一する理論を提案し、この統一が意味するところを探究する。議論の途上において、私はもっぱら『人間の』社会性に焦点をあてる」(4頁)。「本書の大部分は、人間の制度とは何か、それらがどのように機能するか、なぜそれらは異なるのか、それらが私たちにとってどのような役に立つのかを理解することに焦点を当てている」(5頁)。哲学と社会科学の隔たりを埋める野心的な試みです。なお本書で言及されているジョン・R・サールの『社会的世界の制作――人間文明の構造』(三谷武司訳、勁草書房、2018年10月)は最近訳書が出たばかりで、先日当ブログでもご紹介しました。

★『記憶の社会的枠組み』は『Les cadres sociaux de la mémoire』(Librairie Félix Alcan, 1925)の全訳。底本はAlbin Michelより刊行された1994年版です。94版に加えられているジェラール・ナメールによる70頁に及ぶ「後記」は訳出されていませんが、訳者あとがきでその内容の一部が紹介されています。アルヴァックス(アルブヴァクスとも:Maurice Halbwachs, 1877-1945)はフランスの社会学者。「文学、心理学、哲学の領域で構成されてきた「記憶」への問いを、社会学のなかにはじめて明確な形で呼び込んだ」と訳者は紹介しています。また、訳者は本書について次のように説明しています。「記憶は個人心理のうちに閉じた現実ではなく、人々は他者との関係のなかで、社会集団の一員として過去を想起するのであり、記憶と想起の可能性は現在の社会生活の文脈に強く依存している。集団の生活のなかで想起される過去は、個人的事実としての記憶を構成するだけでなく、集団のメンバーによって「集合的記憶」として組織され、共同化されていく。「記憶の社会学」の起点となるこのテーゼを最初に打ち出した著作が『記憶の社会的枠組み』だった」(391頁)。本書にはベルクソンとの対決の痕跡が見られるとのことです。なおアルヴァックスの著書はこれまでに2点訳書が刊行されています。清水義弘訳『社会階級の心理学』(誠信書房、1958年)と、小関藤一郎訳『集合的記憶』(行路社、1989年)で、いずれも死後刊行の著作です。約30年ぶりとなる今回の訳書は生前に刊行されたもの。

★『壁の向こうの住人たち』は『Strangers in Their Own Land: Anger and Mourning on the American Right』(The New Press, 2016)の訳書。目次詳細と立ち読みPDFは書名のリンク先で公開されています。「アメリカ保守派の心へ向かう旅」(ix頁)である本書において、著者は保守派を支持する一般の人々を取材し、彼らの人生経験を取材します。「わたしたちは、川の“向こう側”の人に共感すれば明快な分析ができなくなると思い込んでいるが、それは誤りだ。ほんとうは、橋の向こう側に立ってこそ、真に重要な分析に取り掛かれるのだ」(xi頁)。「英語圏の文化のハーモニーに欠けている音を取り戻すべきだと思っている。米国が〔左派と右派に〕二極化し、わたしたちが単におたがいを知らないという実態だけが進んでいけば、嫌悪や軽蔑といった感情がやすやすと受け入れられるようになってしまうだろう」(同頁)。日本にとっても他人事ではない分析ではないでしょうか。帯文には朝日新聞ニューヨーク特派員の金成隆一さんのこんな推薦文が掲げられています。「読んでいて私は南部で取材した支持者の顔を次々と思い出した。トランプ誕生の土壌をこれほど深くえぐった作品を私は知らない」。ホックシールド(Arlie Russell Hochschild, 1940-)はアメリカの社会学者。感情社会学の先駆者で、著書に『セカンド・シフト 第二の勤務――アメリカ 共働き革命のいま』田中和子訳、朝日新聞社、1990年)、『管理される心――感情が商品になるとき』(石川准/室伏亜希訳、世界思想社、2000年)、『タイム・バインド――働く母親のワークライフバランス:仕事・家庭・子どもをめぐる真実』(坂口緑/中野聡子/両角道代訳、明石書店、2012年)などがあります。

★『神学提要』は『Compendium Theologiae ad fratrem Reginaldum socium suum carissimum』の訳書。底本は『Opuscula Theologica vol.I』(Marietti, 1954)所収の当該テキストです。「本書は、神が人間に特別な配慮をしていること、そして、天国での至福が本質的かつ絶大なものであること、聖書からの引用を重ねつつ縷々書き連ねる。そして、天国への希望がかなえられうることは、「明らかな実例によって示される」と言う。そして、その文を最後に執筆が途絶しているため、この実例が何であると本書が言おうとしていたのか、誰にも分らない。しかし、この文言によりトマスが、人間の希望がかなえられることに「明らかな実例」があると信じていたことが分かる」(478頁)と訳者は「解説」で説明しています。目次詳細は書名のリンク先をご覧ください。なお、同訳書は10月に第1刷が刊行され、11月に第2刷が発行されています。第1刷は先に引用した訳者解説が収録されていないので要注意です。なお、第1刷は書店ないし版元が第2刷に交換してくれる旨、版元から告知が出ています(私の場合は交換せず、両方購入しました)。『神学提要』はシリーズ「知泉学術叢書」の第5弾で、第4弾はJ-P・トレル『トマス・アクィナス 人と著作』(保井亮人訳、知泉学術叢書:知泉書館、2018年10月、本体6,500円、新書判上製760頁、ISBN978-4-86285-280-9;原著『 Initiation à Saint Thomas d'Aquin : Sa personne et son oeuvre』Cerf, 1993;第3版、2008年)でした。続刊予定として、同じくトレルの『トマス・アクィナス 霊性の大家』(原著1996年)や、マルティン・ルター『後期スコラ神学批判文書集』(金子晴勇訳)が予告されています。

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by urag | 2018-12-02 22:06 | 本のコンシェルジュ | Trackback | Comments(0)
2018年 11月 25日

注目新刊:國分功一郎『100分 de 名著 スピノザ『エチカ』』、ほか

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★まずまもなく発売となる新刊の中から注目書をご紹介します。

デリダと死刑を考える』高桑和巳編著、鵜飼哲/江島泰子/梅田孝太/増田一夫/郷原佳以/石塚伸一著、白水社、2018年11月、本体3,000円、4-6判並製256頁、ISBN978-4-560-09671-0
アナザー・マルクス』マルチェロ・ムスト著、江原慶/結城剛志訳、堀之内出版、2018年11月、本体3,500円、四六判並製506頁、ISBN978-4-909237-37-8
資本主義の歴史――起源・拡大・現在』ユルゲン・コッカ著、山井敏章訳、人文書院、2018年12月、本体2,200円、4-6判並製230頁、ISBN978-4-409-51080-3
アートとは何か――芸術の存在論と目的論』アーサー・C・ダントー著、佐藤一進訳、人文書院、2018年11月、本体2,600円、4-6判並製240頁、ISBN978-4-409-10040-0
帰還――父と息子を分かつ国』ヒシャーム・マタール著、金原瑞人/野沢佳織訳、人文書院、2018年11月、本体3,200円、4-6判上製312頁、ISBN978-4-409-13041-4
昭和戦争史講義――ジブリ作品から歴史を学ぶ』一ノ瀬俊也著、人文書院、2018年11月、本体1,800円、4-6判並製242頁、ISBN978-4-409-52070-3

★『デリダと死刑を考える』は、2017年10月7日に慶應義塾大学日吉キャンパスで行われた同名シンポジウムの発表内容をもとにしつつ、新たに書き下ろされた論文集。デリダの講義録『死刑Ⅰ』(高桑和巳訳、白水社、2017年)をきっかけに編まれたものです。収録論考は6本。鵜飼哲「ギロチンの黄昏──デリダ死刑論におけるジュネとカミュ」、江島泰子「ヴィクトール・ユゴーの死刑廃止論、そしてバダンテール──デリダと考える」、梅田孝太「デリダの死刑論とニーチェ──有限性についての考察」、増田一夫「定言命法の裏帳簿──カントの死刑論を読むデリダ」、郷原佳以「ダイモーンを黙らせないために──デリダにおける「アリバイなき」死刑論の探求」、石塚伸一「デリダと死刑廃止運動──教祖の処刑の残虐性と異常性」。高桑さんはイントロとなる「はじめに」を書かれています。石塚論文ではオウムについて論及があります。つい先日発売となった論集『オウムと死刑』(河出書房新社、2018年11月)の重要な参照項になると思われます。

★ムスト『アナザー・マルクス』は、『Another Marx: Early Manuscripts to the International』(Bloomsbury, 2018)と『L'ultimo Marx: 1881-1883. Saggio di biografia intellettuale(The Last Marx, 1881-1883: An Intellectual Biography)』(Donzelli Editore, 2016)の二著を、著者による合本版原稿から訳出したもの。目次詳細は書名のリンク先をご覧ください。マルチェロ・ムスト(Marcello Musto, 1976-)はイタリア生まれのマルクス研究者で、現在はトロントのヨーク大学准教授。単独著としては本書が初訳になります。『Another Marx』をめぐってはウォーラーステインやボブ・ジェソップ、ジョン・ベラミー・フォスターらが賞讃を寄せています(英語原文は本書の裏表紙に印刷され、訳文は書名のリンク先で公開中)。新しいマルクス=エンゲルス全集である新MEGA版の刊行によって刷新されつつあるマルクス像の諸側面に迫る本書は、マルクス研究の最先端から生まれた成果です。マルクス生誕200周年である2018年の掉尾を飾るにふさわしい新刊ではないでしょうか。

★人文書院さんの近日発売より4点に注目。コッカ『資本主義の歴史』は『Geschichte des Kapitalismus』の全訳。原著は初版が2013年にBeckより刊行されており、今回の底本となっている改訂版である第三版は2017年に刊行されています。目次詳細は書名のリンク先でご確認いただけます。コッカ(Jürgen Heinz Kocka, 1941-)はドイツの歴史家で日本でもよく知られた碩学。帯文は次の通りです。「歴史学の大家による、厳密にして明晰、そして驚くほどコンパクトな資本主義通史。その起源から現代の金融資本主義に至る長大な歴史と、アダム・スミス、マルクス、ヴェーバーからシュンペーター、ポメランツに至る広範な分析理論までが一冊に凝縮。世界史的視野と、資本主義の本質に迫る深い考察が絡み合い、未来への展望をも示唆する名著。世界9か国で翻訳されたベストセラー。通史の決定版」。

★日本語版への序言でコッカはこう書いています。「資本主義をめぐる論争は、今日の世界の喫緊の諸問題――グローバル化、気候変動、貧困、社会的不平等、進歩の意味と進歩が人間にもたらすコスト――についての議論に扉を開きうる。近代、そしてそれがもたらすチャンスと危機を理解するには、資本主義の本質への洞察が不可欠である。資本主義の長期の歴史を知ることは、現在の資本主義を理解する助けとなる」(i頁)。

★「本書は、資本主義の諸定義、古代から現代にいたるその発展と批判のコンパクトな概観を提供する。そこで資本主義は、経済システム、あるいは、社会的・文化的・政治的諸条件ならびに諸帰結を伴う経済行為と理解されている。本書では、商人資本主義、農業資本主義、工業資本主義、金融資本主義というような資本主義のさまざまなタイプが区別される。資本主義は、イノベーションと成長の原動力として、しかしまた危機と搾取、疎外の源泉として議論される。資本主義における労働、市場と国家、企業家と企業、そしてここ数十年の間に進展した金融化などのテーマが論じられる。本書はまた、精神史・文化史のテーマとしての資本主義についても論じている。西洋における資本主義の展開が記述の前面に出てはいるが、しかし資本主義のグローバルな諸次元、グローバルな拡大も軽視されてはいない。とくに市場と国家の関係について、北米、ヨーロッパ、東アジアの状況の相違が明らかにされている」(ii-iii頁)。

★『アートとは何か』は美学・芸術論、歴史物語論、哲学といった幅広い分野で優れた業績を残したアメリカの学者ダントー(Arthur Coleman Danto, 1924-2013)の遺作『What Art Is』(Yale University Press, 2013)の全訳に、1984年の論考「The End of Art」の翻訳を併録したもの。目次詳細は書名のリンク先をご覧ください。著書は80年代から翻訳されていますが、芸術論関連のものはようやく近年になって訳されてきています。「アートワールド」(原著1964年;邦訳2015年、『分析美学基本論文集』所収、勁草書房)、『ありふれたものの変容――芸術の哲学』(原著1981年;邦訳2017年、慶應義塾大学出版会)『芸術の終焉のあと――現代芸術と歴史の境界』(原著1997年;邦訳2017年、三元社)などがそれで、今回訳出された「アートの終焉」(原著1984年)もまた、翻訳が望まれていたものです。訳者は本書を、欧米を中心とする古今の著名な芸術作品の数々を引きつつ、きわめて簡潔かつ強力に、明快な回答を試みた一書として高く評価しています。

★『帰還』はイギリス在住の作家マタール(Hisham Matar, 1970-)の回想録『The Return: Fathers, Sons, and the Land in Between』(Random House, 2016)の翻訳。「マタールが故国リビアに「帰還」した旅の記録であると同時に、そこへ至るまでの家族の歴史と、彼自身の心の軌跡を綴った作品である。ノンフィクションでありながら、ときに抒情的に、ときにシニカルに、ときに激しい憤りをこめて語られるストーリーは、美しい情景描写やリアルな人物描写ともあいまって、まるで小説のようでもある」と訳者は説明しています。反体制運動のリーダーだった父の行方を追う苦い体験が綴られた本書は、オバマ前大統領やカズオ・イシグロらから賞讃され、ピューリッツァー賞の伝記部門を2017年に受賞したのをはじめ、多くの文学賞を獲得しています。

★一ノ瀬俊也『昭和戦争史講義』はジブリの映画作品を読み解きつつ昭和期の戦争史を理解しようという試み。「風立ちぬ」2013年、「紅の豚」1992年、「火垂るの墓」1988年などが取り上げられます。これらの映画はフィクションであるわけですが、「過去/事実としての昭和史を学ぶ上での手がかりとなりそうな描写が、物語の各所にたくさんある」(11頁)と著者は指摘します。これらの「「歴史ファンタジー」〔…〕の空白や背景を、近現代の歴史資料を用いながら埋めたり書き込んでいくこと〔…〕。なぜ戦争は起こり、その結果どうなったのかを物語の展開に添って考えることで、過去の歴史と作品世界の両方をより深く、広く理解できるようになりたい」(13頁)と。全15講のうち、最終講では、「となりのトトロ」「コクリコ坂から」「平成狸合戦ぽんぽこ」などを用いて「戦後の1950年代後半から60年代を通じて起こった高度経済成長についてもふれ」(10頁)ています。

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★続いてここ最近の注目新刊を列記します。

100分 de 名著 スピノザ『エチカ』――「自由」に生きるとは何か』國分功一郎著、NHKテキスト:NHK出版、2018年12月、本体524円、A5判並製116頁、ISBN978-4-14-223093-8
ウンベルト・エーコの世界文明講義』ウンベルト・エーコ著、和田忠彦監訳、石田聖子/小久保真理江/柴田瑞枝/高田和広/横田さやか訳、河出書房新社、2018年11月、本体4,600円、46変形判上製440頁、ISBN978-4-309-20752-0』
国民論 他二篇』マルセル・モース著、森山工編訳、岩波文庫、2018年11月、本体900円、320頁、ISBN978-4-00-342282-3
中世の秋』上巻、ホイジンガ著、堀越孝一訳、中公文庫、2018年11月、本体各1,200円、464頁/480頁、ISBN978-4-12-206666-3
随筆 本が崩れる』草森紳一著、中公文庫、2018年11月、本体880円、312頁、ISBN978-4-12-206657-1
季刊iichiko 第140号:ラカンの剰余享楽/サントーム』文化科学高等研究院出版局、2018年10月、本体1,500円、A5判並製128頁、ISBN978-4-938710-39-2
くるみ割り人形』E・T・A・ホフマン作、サンナ・アンヌッカ絵、小宮由訳、アノニマ・スタジオ:KTC中央出版、2018年10月、本体2,600円、菊判変型上製96頁、ISBN978-4-87758-788-8

★國分功一郎『100分 de 名著 スピノザ『エチカ』』はNHK Eテレで来月放送予定のテレビ番組「100分 de 名著」のテキストです。目次は以下の通り。

[はじめに]ありえたかもしれない、もうひとつの近代
第1回:善意(12月3日放送/5日再放送)
第2回:本質(12月10日放送/12日再放送)
第3回:自由(12月17日放送/19日再放送)
第4回:真理(12月24日放送/26日再放送)

★「はじめに」で國分さんはこう書かれています。「現代へとつながる制度や学問がおよそ出そろい、ある一定の方向性が選択されたのが十七世紀なのです。/スピノザはそのように転換点となった世紀を生きた哲学者です。ただ、彼はほかの哲学者たちとは少し違っています。スピノザは近代哲学の成果を十分に吸収しつつも、その後近代が向かっていった方向とは別の方向を向きながら思索していたからです。やや象徴的に、スピノザの哲学は、「ありえたかもしれない、もうひとつの近代」を示す哲学であると言うことができます。/そのようにとらえる時、スピノザを読むことは、いま私たちが当たり前だと思っている物事や考え方が、決して当たり前ではないこと、別の在り方や考え方も充分にありうることを知る大きなきっかけとなるはずです」(5~6頁)。

★「スピノザを理解するには、考えを変えるのではなて、考え方を変える必要があるのです。そのことの意味を、全四回を通じて説明していきたいと思います。/番組とテキストは『エチカ』の主要な四つの概念を紹介する形で進めていきます。手元に『エチカ』があるとより分かりやすいかもしれませんが、必須ではありません。また哲学の前提知識も必要ありません」(7頁)。また、テキストの最後のまとめには次のような言葉があります。「スピノザは世の中の人がもっと自由に生きられるようにと願って『エチカ』を書いたのです」(115頁)。すでに準備済の書店さんもおいでになることと思いますが、来月はスピノザ周辺を中核とした「17世紀フェア」を店頭で行うにはもってこいのタイミングになると思います。

★『ウンベルト・エーコの世界文明講義』は『Sulle spalle dei giganti〔巨人の肩に乗って〕』(La Nave di Teseo, 2017)の翻訳。エーコが2001年から2015年にかけてイタリアの文化芸術祭「ミラネジアーナ・フェスティヴァル」において行ってきた講演・講義の記録です。美麗なカラー図版を100点以上収録。目次は以下の通りです。丸括弧内は発表年。

巨人の肩に乗って(2001年)
美しさ(2005年)
醜さ(2006年)
絶対と相対(2007年)
炎は美しい(2008年)
見えないもの:アンナ・カレーニナがベーカー街に住んでいたというのはなぜ偽りなのか(2009年)
パラドックスとアフォリズム(2010年)
間違いを言うこと、嘘をつくこと、偽造すること(2011年)
芸術における不完全のかたちについて(2012年)
秘密についてのいくらかの啓示(2013年)
陰謀(2015年)
聖なるものの表象(2009年?)

★東洋書林から刊行されているエーコの一連の編著書『美の歴史』原著2004年/邦訳2005年、『醜の歴史』原著2007年/邦訳2009年、『芸術の蒐集』原著2009年/邦訳2011年、『異世界の書』原著2013年/邦訳2015年、は、これらの講演と並行して上梓されており、関連性もあります。ちなみに河出文庫の今月新刊にはエーコの小説『ヌメロ・ゼロ』があります。

★モース『国民論 他二篇』は『贈与論』(吉田禎吾/江川純一訳、ちくま学芸文庫、2009年)、『贈与論 他二篇』(森山工訳、岩波文庫、2014年)に続く、文庫で読めるモースの著書の3点目。モースの社会主義思想家としての側面を示す3篇、「ボリシェヴィズムの社会学的評価」1924年、「国民論」1953~54年、「文明──要素と形態」1930年、を収録。いずれも本邦初訳で、日本語オリジナル編集です。「文明」はもともと1929年5月に行われたシンポジウムにおける口頭発表。訳者解説「国民の思想家としてのマルセル・モース」には本書編纂の意図が次のように明かされています。「民族学者・社会学者モースと、社会主義者であり、政治=社会論的な思想家でもあったモース。二人のモースはどのように交差していたのであろうか。本書は、第一次世界大戦後の欧州状況のなかでこの二人のモースが交差する、そのありようを示すと思われ、その観点から重要性を有すると考えられる論考を三篇選んだものである」。

★ホイジンガ『中世の秋』上下巻は、1976年刊行の文庫版上下巻の改版。中公文庫プレミアム「知の回廊」シリーズの最新刊。原著は1919年刊。帯文はこうです。「刊行から100年、流麗な筆致で語られる、ヨーロッパ中世に関する画期的研究書」。江藤淳さんの言葉が推薦文として帯裏に惹かれています。「歴史をある厳しい完了としてとらえること。しかもそれをささいな手がかりをたよりに内側からとらえること。それが『中世の秋』におけるホイジンガを支えた叡知である」。

★第一版緒言でホイジンガはこう書いています。「この書物は、十四、五世紀を、ルネサンスの告知とはみず、中世の終末とみようとする試みである。中世文化は、このとき、その生涯の最後の時を生き、あたかも思うがままに伸びひろがり終えた木のごとく、たわわに実をみのらせた。古い思考の諸形態がはびこり、生きた思想の核にのしかぶさり、これをつつむ、ここに、ひとつの豊かな文化が枯れしぼみ、死に硬直する――、これが、以下のページの主題である。この書物を書いていたとき、視線は、あたかも夕暮れの空の深みに吸い込まれているかのようであった。ただし、その空は血の色に赤く、どんよりと鉛色の雲が重苦しく、光はまがいでぎらぎらする」(9頁)。「あるうることなのだ。衰えゆくもの、すたれゆくもの、枯れゆくものにいつまでも目を奪われがちな人の著述には、ややもすれば濃すぎるほどに、死が、その影を落としている」(同頁)。

★巻末の編集付記によれば、上巻は同文庫23刷(2014年2月)を底本とし、中公クラシックス版第Ⅰ巻(2001年4月)を参照、下巻は同文庫18刷(2011年5月)を底本とし、中公クラシックス第Ⅱ巻(2001年5月)を参照したとのことです。旧版巻末の原注と訳注は各章末に移設されています。下巻巻末にはホイジンガの使用した各種年代記や日記など史料の紹介と、ホイジンガの誕生から逝去、没後数年までの年譜、参考文献、索引、訳者解説(旧版のまま)が収められています。来現1月には高橋英夫訳『ホモ・ルーデンス』の改版が同シリーズから発売予定とのことです。

★草森紳一『随筆 本が崩れる』は、文春新書の一冊として2005年に刊行されたものの文庫化で、加筆修正の入った二刷を底本としたとのこと。附録として新たに5篇「魔的なる奥野先生」「本棚は羞恥する」「白い書庫 顕と虚」「本の精霊」「本の行方」が増補されています。うずたかく積まれたり雪崩を起こしたりしている本の写真の数々は壮絶です。巻末解説は平山周吉さんによる、親愛の情に満ちた「六万二千冊の「蔵書にわれ困窮すの滑稽」」。

★『季刊iichiko』第140号は、特集「ラカンの剰余享楽/サントーム」。特集内の収録論考は以下の通り。新宮一成「剰余享楽のある風景――ヘーゲル、ラカン、マルクス」、上尾真道「サントームについて――ラカンとジョイスの出会いは何をもたらしたか」、河野一紀「ボロメオ的身体と他者たちとの紐帯」、山本哲士「「ではない」ことの存在:ラカン理論のsinthomeへ(1)」、岡田彩希子「生きることの空白と目覚め――ラカンの対象a概念と産出物としてのその運命」、古橋忠晃「ラカンの観点から見た、現代社会の病理の一つである「ひきこもり」について」、松本卓也「享楽社会とは何か?」。松本さんの論文は、ご自身の著書『人はみな妄想する』から『享楽社会論』への道のりを説明するとともに、フーコー、ドゥルーズ、ラカンの議論を援用し、享楽社会とは何かについてさらに掘り下げたもの。

★ホフマン『くるみ割り人形』は、フィンランドのアパレル企業「マリメッコ」のデザイナーをつとめるサンナ・アンヌッカの挿絵による絵本シリーズの第3弾。これまでに、アンデルセン『モミの木』が2013年に、同じくアンデルセンの『雪の女王』が2015年に刊行されています。原書は『The Nutcracker』(Hutchinson, 2017)です。アンヌッカのイラストはどれも美しいので、プレゼント向きでもあるでしょう。ディズニーランドの「イッツ・ア・スモールワールド」の世界観が好きな方はアンヌッカの絵本シリーズもきっと気に入るだろうと思います。

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★また最近では以下の新刊との出会いがありました。

ライプニッツ著作集 第I期 新装版[4]認識論:人間知性新論 上』G・W・ライプニッツ著、谷川多佳子/福島清紀/岡部英男訳、工作舎、2018年11月、本体8500円、A5判上製344頁+手稿8頁、ISBN978-4-87502-498-9
ライプニッツ著作集 第I期 新装版[5]認識論:人間知性新論 下』G・W・ライプニッツ著、谷川多佳子/福島清紀/岡部英男訳、工作舎、2018年11月、本体9500円、A5判上製392頁+手稿8頁、ISBN978-4-87502-499-6
抽象の力――近代芸術の解析』岡﨑乾二郎著、亜紀書房、2018年11月、本体3,800円、A5判上製440頁、ISBN978-4-7505-1553-3
アメリカ』橋爪大三郎/大澤真幸著、河出新書、2018年11月、本体920円、352頁、ISBN978-4-309-63101-1
考える日本史』本郷和人著、河出新書、2018年11月、本体840円、256頁、ISBN978-4-309-63102-8
『歴史の中の感情――失われた名誉/創られた共感』ウーテ・フレーフェルト著、櫻井文子訳、東京外国語大学出版会、2018年11月、本体2,400円、四六判上製272頁、ISBN978-4-904575-69-7
百人一首に絵はあったか――定家が目指した秀歌撰』寺島恒世著、ブックレット〈書物をひらく〉16:平凡社、2018年11月、本体1,000円、A5判並製96頁、ISBN978-4-582-36456-9
歌枕の聖地――和歌の浦と玉津島』山本啓介著、ブックレット〈書物をひらく〉17:平凡社、2018年11月、A5判並製124頁、ISBN978-4-582-36457-6
ドイツ装甲部隊史――1916-1945』ヴァルター・ネーリング著、大木毅訳、作品社、本体5,800円、A5判上製512頁、ISBN978-4-86182-723-5

★新装版『ライプニッツ著作集 第I期』全10巻の第2回配本は、第4巻と第5巻の『人間知性新論』上下巻です。同書はジョン・ロックの『人間知性論』への反駁として書かれた対話篇で、ロックの立場を代弁するフィラレートと、ライプニッツの思考を開陳するテオフィルが議論を交わします。第4巻(上巻)には序文、第1部「生得的概念について」、第2部「観念について」を収め、巻末には谷川多佳子さんによる解説小論「微小表象の示唆――『人間知性新論』瞥見」と、人物相関図である「17・18世紀西欧思想関係図」が配しています。第5巻(下巻)には第3部「言葉について」、第4部「認識について」を収め、巻末には福島清紀さんによる「『人間知性新論』再興への一視点」と、岡部英男さんによる「観念と記号論的認識」の2篇の解説小論を併載するとともに、事項索引と人名索引を完備しています。なお現在、代官山蔦屋書店の人文書売場では訳者の福島清紀(ふくしま・きよのり:1949-2016)さんの遺著『寛容とは何か』(工作舎、2018年4月)を中心としたブックフェア「寛容から多様性を考える」が開催されています。

★岡﨑乾二郎『抽象の力』は前著『ルネサンス 経験の条件』(筑摩書房、2001年;文春学藝ライブラリー、2014年)以来、実に17年ぶりとなる単独著です。表題作は、2017年4月から6月にかけて豊田市美術館で開催された特別展「岡﨑乾二郎の認識 ― 抽象の力 ― 現実(concrete)展開する、抽象芸術の系譜」のカタログに掲載された論考を大幅に加筆修正したもの(第Ⅰ部「抽象の力 本論」)。続く第Ⅱ部「抽象の力 補論」には、書き下ろしの2篇(熊谷守一論、夏目漱石論)と内間安瑆論を含む全5篇を収め、第Ⅲ部「メタボリズム-自然弁証法」では白井晟一論3篇とイサム・ノグチ論を含む全5篇、第Ⅳ部「具体の批評」では美術評論家連盟による論集『美術批評と戦後美術』(ブリュッケ、2007年)に岡﨑さんが寄せた鋭利な論考「批評を招喚する」が加筆修正されて収められています。高階秀爾さんや浅田彰さんの推薦文は書名のリンク先でご覧いただけます。なお本書の続編がやはり「近代芸術の解析」という主題のもと、書き継がれていく予定だそうです。

★本書の刊行を記念して以下のトークイベントが予定されています。

岡﨑乾二郎『抽象の力(近代芸術の解析)』の解説と分析
日時:2018年12月1日(土)14:00–17:00(13:30開場、途中休憩あり)
会場:港まちポットラックビル 1F(愛知県名古屋市)
定員:80名(当日13:00から整理券を配布します)。

近代芸術はいかに展開したか?その根幹を把握する。
日時:2019年1月12日(土)14:00~15:30(13:30開場)
会場:青山ブックセンター本店大教室(東京都港区)
定員:110名(要予約)

★河出新書が約60年ぶりの再始動。第1回配本は橋爪大三郎さんと大澤真幸さんの対談本『アメリカ』と、テレビでよくお見かけする本郷和人さんの『考える日本史』。橋爪さんは日本がアメリカの本質を理解できていないと指摘します。対談ではキリスト教とプラグマティズムに焦点を絞って分析し、最後には人種差別、社会主義への嫌悪、そして日米関係にも切り込みます。本郷さんは編集部から出された8つのお題「信、血、恨、法、貧、戦、拠、、知」とご自身が提示した2つのお題「三、異」の合計10題をめぐって即興でお話しになっています。どちらも話し言葉に近いせいか読みやすいです。河出新書は不定期刊。続刊予定はプレスリリースの末尾で予告されています。

★フレーフェルト『歴史の中の感情』は『Emotions in History: Lost and Found』(Central European University Press, 2011)の翻訳。ブダペストの中央ヨーロッパ大学で2006年から毎年行われている、ナタリー・ゼーモン・デイヴィス記念講演の2009年における発表が本書のもととなっています。目次詳細は出版会のブログをご覧ください。フレーフェルト(Ute Frevert, 1954-)はドイツの歴史家。2008年、ベルリンのマックス・プランク人間発達研究所内に感情史研究センターを創設し、センター長を務めています。本書はそのセンターの最初期の成果でもあります。フレーフェルトの既訳には『ドイツ女性の社会史――200年の歩み』(若尾祐司ほか訳、晃洋書房、1900年)があるほか、直近では岩波書店の月刊誌『思想』2018年8月号(特集=感情の歴史学)において論文「屈辱の政治――近代史における恥と恥をかかせること」が翻訳されています。今回の新刊に解説「なぜ今、感情史なのか」を寄せておられる伊東剛史さんは『痛みと感情のイギリス史』(東京外国語大学出版会、2017年)という共編著を上梓されています。

★平凡社のブックレット「書物をひらく」の最新刊は2点同時発売。『百人一首に絵はあったか』は題名通り、現代人が競技かるたや坊主めくりなどで親しんでいるような歌仙絵を百人一首が成立当初から伴なっていたのかどうかに迫るもの。寺島さんの研究では絵が当初から存在した可能性が高いとのことです。『歌枕の聖地』は副題にある通り、和歌に長く詠まれてきた現・和歌山市の名所「和歌の浦と玉津島」の文学史をたどるもの。歴史的には地形の変化を経ながらも、上代、平安期、中世、戦国末期から近世まで、心の風景として詠み継がれたその歴史がひもとかれます。

★ネーリング『ドイツ装甲部隊史』は『Die Geschichte der deutschen Panzerwaffe. 1916–1945』(Propyläen-Verlag, 1969)のドイツ語原典からの初訳。類書は複数ありますが、装甲部隊の創設に尽力し第二次大戦の東部戦線において軍団長や司令官も務めたネーリング(Walther Nehring, 1892-1983)によるこの回想録は「本書を抜きにして戦車(パンツァー)を語れない不朽の古典」(帯文より)と目されているものです。第一部「新兵科線上に赴く」、第二部「第一次大戦後におけるドイツ装甲部隊の再建と組織――1926~1945年」、第三部「第二次世界大戦におけるドイツ装甲部隊――1939~1945年」の3部構成。職官表や命令書、報告書など、付録も充実。

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by urag | 2018-11-25 23:52 | 本のコンシェルジュ | Trackback | Comments(0)
2018年 11月 18日

注目新刊:ティモシー・モートン『自然なきエコロジー』以文社、ほか

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★まず、まもなく発売となる新刊4点をご紹介します。

自然なきエコロジー――来たるべき環境哲学に向けて』ティモシー・モートン著、篠原雅武訳、以文社、2018年11月、本体4,600円、四六判上製464頁、ISBN978-4-7531-0350-8
わたしの服の見つけかた――クレア・マッカーデルのファッション哲学』クレア・マッカーデル著、矢田明美子訳、アダチプレス、2018年11月、本体1,800円、四六判並製288+8頁、ISBN978-4-908251-09-2
アナキズム――一丸となってバラバラに生きろ』栗原康著、岩波新書、2018年11月、本体860円、240頁、ISBN978-4-00-431745-6
小林秀雄』大岡昇平著、中公文庫、2018年11月、本体900円、288頁、ISBN978-4-12-206656-4

★『自然なきエコロジー』は『Ecology without Nature』(Harvard University Press, 2007)の訳書。モートン(Timothy Morton, 1968-)の単著が訳されるのはこれが初めてです。目次詳細は書名のリンク先をご覧ください。メイヤスー(1967-)『有限性の後で』(人文書院、2016年)、ハーマン(1968-)『四方対象――オブジェクト指向存在論入門』(人文書院、2017年)、ギャロウェイ(1974-)『プロトコル――脱中心化以後のコントロールはいかに作動するのか』(人文書院、2017年)、ガブリエル(1980-)『なぜ世界は存在しないのか』(講談社選書メチエ、2018年1月)などに続いて、ここしばらく日本に輸入されてきた哲学の新潮流を体感する上で欠かせない新刊です。本書は「あまりにも多くの人が大切であると考えている「自然」の観念そのものが、人間社会が「エコロジカル」な状態になるなら消えることになると論じて」います(4頁)。

★篠原さんは訳者あとがきで次のように本書の立場を説明しています。「モートンが本書でこころみたのは、エコロジーの概念から「自然」を取り除くことであり、それにより、エコロジーの概念を新しく作り直そうとすることである。/つまりエコロジーを、自然環境という客体的な対象としてとらえるのではなく、「とりまくもの」としてとらえること、人間にかぎらないさまざまな「もの」をとりまき存在させる「とりまくもの」として概念化することが主要課題である」(449頁)。モートンは第三章「自然な気エコロジーを想像する」でこう書いています。「要するに、環境は理論である。問いへの答えとしての理論ではなく、取扱説明書としての理論でもなく、問いとしての、疑問符としての理論であり、問いの中にあるもの、問うというまさにそのこととしての理論である」(338~339頁)。「私たちには心があり、そしてこの心が、それが作り出した歴史の中から自分を思考しようとする戦いにおいて、自然についての幻想を形成しているということを認めてきた。〔…〕自然のあったところに。私たちはいることになる。〔…〕エコロジーは、もしそれが何事かを意味するのだとしたら、自然がないということを意味する。私たちが自然を、イデオロギー的な理解関係に対抗しつつ前方および中心へと引っ張り出すときには、それは私たちがみずからを没入させることのできる世界であることをやめるだろう」(394頁)。

★「皮肉にも、徹底的に環境にやさしい思想について徹底的に考えることは、自然の観念を手放すことである。すなわち、私たちと彼ら、私たちとそれ、私たちと「彼方にあるもの」のあいだの美的な距離を維持するものとしての自然の観念を手放すことである。〔…〕人間ならざるものと一緒になろうとあせるあまり距離をも早急に棄て去ろうとするならば、距離についての私たちの偏見、概念に、つまりは「彼ら」についての概念にとらわれて終わることになるだろう。おそらくは、距離においてとどまるのは、人間ならざるものへとかかわるもっともたしかなやり方である」(396頁)。「到来することになる、絶対的に未知のことへと心を開いておくこと、これが究極の合理性である」(396~397頁)。「私たちはこの毒された地面を選択する。私たちは、この意味のない現実性と等しくなるだろう。エコロジーは自然なきものになるだろう。だがそれは、私たちがいない、というのではない」(397頁)。この結語にはまるでコミック版の『風の谷のナウシカ』の結末とだぶるような印象を覚えます。

★『わたしの服の見つけかた』は『What Shall I Wear?: The What, Where, When and How Much of Fashion』(Simon & Schuster, 1956)の訳書。著者のクレア・マッカーデル(Claire McCardell, 1905-1958)は1940~50年代のアメリカで活躍したファッションデザイナー。本書の目次や著者の似顔絵が表紙を飾った『TIME』誌の書影などは書名のリンク先でご覧いただけます。また、立ち読みもリンク先で可能です。「気まぐれで、おめでたくて、素晴らしくて、予測不可能なもの、それがファッションだと思っていてください。あなたらしく素敵になることが大切なのです。決してファッションの奴隷にならないように」(188頁)。これは「最新ファッションに身を包んでいないとだめ」と思い込んでいる人に対して書かれた言葉です。パーフェクトすぎてファッショナブルではないことや、人としての晴れやかさに欠けることに対してマッカーデルは「価値観がずれている」(同頁)とはっきり告げます。非常に興味深い本です。

★『アナキズム』は栗原さんにとって2016年3月の『村に火をつけ、白痴になれ――伊藤野枝伝』に続く、岩波書店で2冊目となる書き下ろし。『村に火をつけ』は岩波としては破格な本でしたが、今回の新刊も歴史ある岩波新書としては規格外です。少しはマジメに書くのだろうかと思いきや(本当は思ってなどいませんが)、まったくそんなことはありません。書き出しはこうです。「チャンチャンチャチャーン、チャンチャチャチャチャチャーーーン♪ チャーンチャーンチャチャーン、チャーチャチャチャチャチャーーーン♪」(3頁)。もはや言葉ですらなく、音楽が鳴り響きます。3年前に『現代暴力論――「あばれる力」を取り戻す』(角川新書、2015年)を上梓した栗原さんは、今度は「だれにもなんにも、国家にも資本にも、左翼にも右翼にもしばられない、そして自分自身にですら制御できない、得体のしれない力」(7頁)をめぐり、歴史と文献を紐解きつつ歌いまくります。「仕事も、自分の命も、革命の大義も、そんなもんはどうでもいい。ぜんぶかなぐり捨てちまって、いまこの場で遊びたい、おどりたい、うたいたい。そうさせてやまない力がある。だいじなのは、その力にふれることだ。だれにもなんにもしばられない力を手にするってことだ」(216~217頁)。本書『アナキズム』は音読していい本です。栗原さん自身が『大杉栄全集』を歌うように音読して味わったように。

★『小林秀雄』は、大岡昇平さんが書いた、7歳年上の友人である小林秀雄をめぐる批評や書評、エッセイ、追悼文や弔辞など22篇をまとめたもの。大岡=小林対談もさらに2篇(「現代文学とは何か」1951年、「文学の四十年」1965年)、併録しています。巻末には山城むつみさんによる解説「アランを補助線として」が収められています。帯文はこうです。「親交55年、批評家の詩と真実をつづった全文集」。言うまでもありませんが「詩と真実」というのはゲーテの自叙伝の書名です。「小林さんは、自分一人の道を歩いた人だった」(223頁)と1983年に大岡さんは語っています。この場合の「自分一人の道」とは社会からひきこもった隠遁者のそれではないでしょう。山城さんの解説の末尾には、どこに矛先が向いているのか分かる人には分かる一文があります。同時代の刻印とも言えます。

★続いて発売済の今月新刊で最近出会った書目を3点ほどご紹介します。

非戦へ――物語平和論』藤井貞和著、編集室水平線、2018年11月、本体1,800円、四六判並製256頁、ISBN978-4-909291-03-5
オウムと死刑』河出書房新社編集部編、河出書房新社、2018年11月、本体1,550円、A5判並製208頁、ISBN978-4-309-24886-8
周作人読書雑記5』周作人著、中島長文訳注、東洋文庫:平凡社、2018年11月、本体3,300円、B6変判上製函入426頁、ISBN978-4-582-80892-6

★『非戦へ』は長崎の新しい出版社「編集室水平線」の書籍第3弾。詩人で日本文学研究者の藤井貞和(ふじい・さだかず:1942-)さんによる『湾岸戦争論――詩と現代』(河出書房新社、1994年)、『言葉と戦争』(大月書店、2007年)、『水素よ、炉心露出の詩――三月十一日のために』(大月書店、2013年)に続く「戦争論の完結編」(カバー表4紹介文より)です。主要目次は書名のリンク先をご覧ください。「〈戦争の起源〉〈戦争の本性〉――いわば未完の戦争学――への断片めく解決が、ようやく見えてきたという思いに駆られる」(61頁)と書く著者は、戦争学の始まりとして、虐殺・凌辱・略奪の「三点セット」が人類の初期からあった、という認識をしるします。本書には書き下ろしだけでなく1974年に発表した論考も収めていますが、著者にとって「戦争学」が長い間主題となっていたことを感じさせます。本書には「雨晴(あまはらし)」というPR誌の第1号が挟み込まれていました。「本は小さくて、遅いメディアです」と編集後記で西浩孝さんは書かれています。私もそう思います。

★『オウムと死刑』はオウム真理教の13人の死刑執行を受けて編まれたもの。目次詳細はhontoの単品頁で確認することができます。帯文にある「あの七月以降、僕たちはもう、全員オウムの信者だ」というのは、作家の古川日出男さんの寄稿文の題名であり、末尾に出てくる一文です。オウム真理教が省庁制を敷いて国家を模したことを受け、古川さんはこう書きます。「彼らが侵した罪の根幹は〔…〕「国家(なるもの)」が持ちうる罪なのではないか?〔…〕僕たちは結局、この死刑の大量執行を(おおむね)容認することで、オウム真理教になった」(9頁)。この後にその一文が続きます。死刑制度を、そしてオウムを考える上で不可欠となるだろう一冊です。

★『周作人読書雑記5』は東洋文庫の第892巻。全5巻の完結です。最終巻となる第5巻では、『五雑組』などを含む「筆記」と、『水滸伝』などを含む「旧小説」に分類される75篇を収めています。巻末には全5巻の書名索引と全437篇の総目次が付されています。訳者の中島さんは巻末に長編論考「言えば俗になるか」を記しています。対日協力に走った周作人の「抗日戦争以後の「不弁解」主義」にポイントを絞って考察したものです。東洋文庫の次回配本は来年1月刊、『大清律・刑律1』とのことです。

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★先月から今月にかけての新刊で注目している書目を掲げます。

中世思想原典集成 精選1 ギリシア教父・ビザンティン思想』上智大学中世思想研究所 編訳監修、平凡社ライブラリー、2018年11月、本体2,400円、B6変判並製664頁、ISBN978-4-582-76874-9
神とは何か――『24人の哲学者の書』』クルト・フラッシュ著、中山善樹訳、知泉書館、2018年10月、本体2,300円、4-6判上製188頁、ISBN978-4-86285-284-7
神――スピノザをめぐる対話 第一版・第二版』J・G・ヘルダー著、吉田達訳、法政大学出版局、本体4,400円、四六判上製468頁、ISBN978-4-588-01087-3
『モムス――あるいは君主論』レオン・バッティスタ・アルベルティ著、福田晴虔訳、建築史塾あるきすと、2018年10月、本体1,500円、A5判並製304頁、ISBN978-4-9908068-1-1
世界史の哲学講義――ベルリン 1822/23年(下)』G・W・F・ヘーゲル著、伊坂青司訳、講談社学術文庫、2018年11月、本体1,260円、344頁、ISBN978-4-06-513469-6
新校訂 全訳注 葉隠(下)』菅野覚明/栗原剛/木澤景/菅原令子訳、講談社学術文庫、2018年11月、本体2,260円、744頁、ISBN978-4-06-513802-1
全文現代語訳 浄土三部経』大角修訳解説、角川ソフィア文庫、2018年10月、本体1,080円、384頁、ISBN978-4-04-400420-0
悪魔全書 復刻版』佐藤有文著、復刊ドットコム、2018年11月、本体3,700円、B6判上製192頁、ISBN978-4-8354-5616-4
秘蔵カラー写真で味わう60年前の東京・日本』J・ウォーリー・ヒギンズ著、光文社新書、2018年10月、本体1,500円、456頁、ISBN978-4-334-04375-9
退行の時代を生きる――人びとはなぜレトロトピアに魅せられるのか』ジグムント・バウマン著、伊藤茂訳、青土社、2018年10月、本体2000円、46判並製214+vi頁、ISBN978-4-7917-7113-4

★『中世思想原典集成 精選1 ギリシア教父・ビザンティン思想』は、平凡社ライブラリー版『中世思想原典集成 精選』全7巻の、第1巻。目次詳細はhontoなどで公開されています。単行本版の第1巻「初期ギリシア教父」、第2巻「盛期ギリシア教父」、第3巻「後期ギリシア教父・ビザンティン思想」から16篇を再録(凡例には17篇と記載)し、新たに巻頭に佐藤直子さんによる「解説」が、そして収録作のそれぞれの冒頭には新たな「解題」が、さらに巻末には森元庸介さんによるエッセイ「解釈、ひとつの技術値、またその極端な帰結――ピエール・ルジャンドルに即して」が加えられています。訳文に修正が入っているのかどうかは凡例からは読み取れません。投げ込みの同シリーズ紹介カタログによれば今回の『精選』の各巻予定は以下の通り。隔月刊とのことです。単行本版全20巻は現在品切が多いですが、こちらはこちらで何とか絶版にならないでほしいですし、再刊して欲しいと切に願うばかりです。

1)ギリシア教父・ビザンティン思想
2)ラテン教父の系譜
3)ラテン中世の興隆1
4)ラテン中世の興隆2
5)大学の世紀1
6)大学の世紀2
7)中世後期の神秘思想

★『神とは何か』は、12世紀に成立したというラテン語の『24人の哲学の書』のフラッシュによるドイツ語訳と説明を中心に、『24人の哲学の書』をめぐるフラッシュの研究論文数本をまとめた『Was ist Gott?, Das Buch der 24 Philosophen』(Beck, 2011)を訳出したもの。神をめぐる24通りの定義と注釈に、フラッシュが説明と考察を加えています。目次詳細は書名のリンク先でご覧いただけます。24の定義はエックハルト、クザーヌス、ブルーノ、ライプニッツらに影響を与えたとされており、簡潔ながら非常に暗示的で興味深いです。たとえば定義1はこうです。「神はモナドであり、そのモナドはモナドを生み出し、そのモナドを自分のうちへと反射する唯一の灼熱した息としてあるのである」(24頁)。このほかにも積極的な意味で不可解かつ神秘的な定義が続きます。時空を超えて人のイマジネーションを内なる彼方へと誘う一冊です。

★ヘルダー『神』は『Gott. Einige Gespraeche』の第一版(1789年)と増補改訂版である第二版(1800年)の全訳。底本はズプハン版全集第16巻(1887年)。スピノザ哲学をめぐるいわゆる「汎神論論争」における重要書で、「論争のさなか、スピノザ哲学への肯定的な評価をはじめて明確に語ったのがヘルダーの『神』である。この対話篇は汎神論論争の新たな段階の開始を告げるものであり、ヘーゲルやシェリングといったひとつ下の世代における肯定的なスピノザ評価の先駆と言ってよい」と訳者解説にあります。今春は論争の火種となったヤコービの『スピノザの学説に関する書簡』(田中光訳、知泉書館、2018年4月)が刊行されましたし、来月にはNHK(Eテレ)の著名なTV番組「100分de名著」で國分功一郎さんがスピノザの『エチカ』について講じられる予定と聞きます。『シェリング著作集』も文屋秋栄より刊行が再スタートしましたし、工作舎版『ライプニッツ著作集』第Ⅰ期の新装復刊が始まり、先述の通り『中世思想原典集成 精選』や『神とは何か』が発売開始となりました。名著をひもとく読書の秋(立冬は過ぎましたが)となりそうです。

★『モムス』は、初期ルネサンス期イタリアにおける人文主義者で建築家のアルベルティ(Leon Battista Alberti, 1404-1472)による長編諷刺譚『Momus fabula』のラテン語原典からの翻訳。訳者解題によれば「おそらく1440年半ばから書き始められ、1450年頃には一応できあがり、写本のかたちで当時の少数の知識層に読まれていたとみられる。アルベルティはかなり後までこれに手を加え続けていたようで、数種類の異稿がある。〔…〕生前には印刷刊行されることがなく、最初の刊行は1520年になってからのことである」とあります。本書は「主としてSarah Knight版(2003年)とMartelli版(2007年に依りながらRino Consolo版(1986年)とも照合しつつ進めたもの」であり、「「のちのマキァヴェッリの『君主論』やエラスムスの『痴愚神礼讃』、アリオストの『狂えるオルランド』、あるいはトマス・モアの『ユートピア』、ラブレーの『ガルガンチュア』などのルネサンス諷刺文学の先駆とすべきものである」と訳者の福田さんは評価しておられます。

★続いて文庫新刊を3点ほど。講談社学術文庫11月新刊のヘーゲル『世界史の哲学講義(下)』は、本論第二部「ギリシア世界」、第三部「ローマ世界」、第四部「ゲルマン世界」までを収録。巻末に訳者解説あり。全2巻完結です。『葉隠(下)』は聞書第八から第十一までを収録。巻末に木澤景さんによる「『葉隠』諸写本における天保本の位置――新たな分類説の試み」と、菅野覚明さんによる「あとがき」が配されています。全3巻完結。角川ソフィア文庫10月新刊の『全文現代語訳 浄土三部経』は、『阿弥陀仏と極楽浄土の物語――[全訳]浄土三部経』(勉誠出版、2013年)を大幅に加筆修正し、改題文庫化したもの。目次を以下に列記しておきます(参考までに親本の目次はこちら)。

はじめに くりかえされる言葉
本書の構成
第一部 阿弥陀経:極楽の荘厳
第二部 観無量寿経:阿弥陀仏と観音・勢至の観法
第三部 無量寿経 巻上:阿弥陀仏の四十八の本願
第四部 無量寿経 巻下:菩薩の戒めと励まし
日本の浄土教と文化
浄土教の小事典
おわりに 極楽浄土を信じられるか
参考・引用文献
索引

★最後に、ノスタルジーを掻き立てる2冊と、現代人が抱くノスタルジーを分析した社会学者バウマンの遺著について。『悪魔全書』は復刊ドットコムで初めての、講談社「ドラゴンブックス」からの復刻。初版は1974年刊。主な収録内容やサンプル画像は書名のリンク先をご確認ください。佐藤有文さんが手掛けた著書で復刊ドットコムより復刻されているのは、このほかに「ジャガーバックス」シリーズの『世界妖怪図鑑』と『日本妖怪図鑑』があります。子供向けの本としては今日なら諸事情で自己規制するほかない強烈な内容ですが、もちろん復刻版ではノーカットで、昭和をまざまざと思い出させてくれます。一方、『秘蔵カラー写真で味わう60年前の東京・日本』は帯文に曰く「元祖、カラー「撮り鉄」ヒギンズ氏がつぶさに記録した昭和30年代」。ただただ美しく懐かしい風景の数々に魅了されます。私自身まだ生まれていない時代の風景ですが、心惹かれるのは不思議です。タイムマシンに乗って見てきたかのような鮮やかな色彩のせいでしょうか。

★バウマン『退行の時代を生きる』は『Retrotopia』(Polity Press, 2017)の全訳。レトロトピアとは「未来=進歩のイメージを基にしているユートピアとは逆に未来への不安や恐怖心に根ざすものであり、ユートピア的な楽園に対する願望を過去に求めるものと言える」と訳者は説明しています。本書ではレトロトピアへと向かう四つの回帰が分析されます。ホッブズの言う「自然状態」(万人の万人に対する戦争)への回帰、排他的な同族主義への回帰、不平等や格差や分断への回帰、そして最後が子宮への回帰です。訳者によれば、子宮が意味するのは、閉ざされた自己への退行現象の極限としての「自らを脅かす他者が存在せず、自他の区別すらない完全な自己充足状態」です。バウマンはこれらの回帰への流れをせき止められるような特効薬は存在しないとしつつ、「人間の連帯を全人類のレベルにまで引き上げる」(196頁)という人類の課題について強調しています。切迫した戦慄が胸に押し寄せてくる、危機の書です。

★ただし、回帰願望とは別に、過去への親密な接近には別の効用もあるようです。バウマンが言う「人間の連帯を全人類のレベルにまで引き上げる」ことのヒントもまた、未来にではなく、歴史の中に隠されているように思います。なぜなら歴史とは単なる過去ではなく、今なお私が生き続けている繋がりであるからです。この繋がりのなかに分断や忘却もあります。この今の瞬間の中に過去も未来も折りたたまれています。ゆえに過去に学ぶことが未来を知ることにもつながるわけです。モートンが示した「絶対的に未知なこと」への開かれもまた、過去と距離感を保ちつつ学ぶことによっていっそうその因果からの離脱が図れるのだと言えるでしょうか。

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by urag | 2018-11-18 23:58 | 本のコンシェルジュ | Trackback | Comments(0)
2018年 11月 11日

注目新刊:『ゲンロン9』第Ⅰ期終刊号、ほか

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★まずは雑誌から。『新潮』12月号は11月7日発売、『ゲンロン9』は11月8日一般発売開始、『中央公論』12月号は11月9日発売です。

ゲンロン9』genron、2018年10月、本体2,400円、A5判並製382頁 ISBN978-4-907188-28-3
新潮 2018年12月号』新潮社、2018年11月、本体861円、A5判並製308頁、雑誌04901-12
中央公論 2018年12月号』中央公論新社、2018年11月、本体861円、A5判並製298頁、雑誌06101-12

★『ゲンロン9』は第Ⅰ期終刊号。2015年12月刊行の第1号から約3年、「第一期に展開した三つの特集を補う小特集を設け、第二期の企画につなげる討議や論考を収めた」と東さんの巻頭言にあります。小特集は「ロシア現代思想Ⅲ」「現代日本の批評Ⅳ」「ゲームの時代Ⅱ」の3本。目次詳細は誌名のリンク先をご覧ください。今回で最後になるかもしれない巻頭言は「愛について」と題されています。そこで東さんは第一期の手応えをありのまま吐露しておられます。「この三年で、〔株式会社〕ゲンロンと〔雑誌〕『ゲンロン』のまわりに集う人々の数は何倍にもなり、批評の意義を理解するコミュニティは確実に大きくなった。ゲンロンが発する言葉は、専門的な読者にとどまらず、弊社が運営するカフェやスクールを通して、さまざまな職業や背景をもつ人々のコミュニケーションの場へと循環するようにもなった。弊社の経営がまがりなりにも成立しているのは、そのようにして集まった多様な方々の支援があるからでもある。ぼくはそこに、批評の再生のたしかな手応えを感じている」(29頁)。

★「批評を再生するとは、ほんとうは批評の場そのものを再生することだ〔…〕。そしてその場は、批評家の専有物であってはならないし、特別の知識を要求するものであってもならない〔…〕」(同頁)。「批評の場の再生は、ふだんは批評のことなど考えたことのないすべてのひとにとっても、絶対に必要なことのはずなのだ」(31頁)。「批評の再生とは、けっして小むずかしくて理屈っぽい言葉が再生することではない。ディレッタントな知識競争が復活することでもない。文化が危機に陥ったときに、それに対する愛を他者に対してきちんと説明できる場を確保し、維持することである」(同頁)。東さんは『ゲンロン』第Ⅰ期の巻頭言で「批評とは何か」を繰り返し問い続けてきました。私なりに解釈すれば、東さんが巻頭言の執筆という実践によって示してきたところの「批評」には、「読者へと橋渡しをすること」と「立場を引き受けること」という2点に大きなポイントがあったように思います。巻頭言には自己言及的なしんどさがつきものだとはいえ、この二つのポイントを実装することは、現実にはさほど簡単ではありません。

★アカデミックな研究者の場合、常に「橋渡しと引受け」から免除されうるような、特権的な「学問の純粋性」という幻想へと誘引されうる危うさがあるように見えます。それに対し、東さんは拠って立つ「場」を自分自身で作ろうとしてきたがゆえに、原則的にいかなる特権性にも甘んじるわけにはいかなかったはずです。その状況へと自身を追い込み、市場の荒波の中で身銭を切ってブリッジたらんとしてきたことがゲンロンを少しずつ強くしなやかにしたのでしょうし、これからもアカデミズムの動静とは無関係に強くしなやかになりうるでしょう。「第二期では巻頭言は書かないことに決めた。あわせて、ひとつの号の全体を覆う特集も設定しないことに決めた」(32頁)。「かわりにぼくは、第二期では、自分自身の思考を表現するあるていど長いテクストを、毎号必ず寄せることを約束したいと思う」(33頁)。「第二期の『ゲンロン』は、〔…〕第一期とは大きく性格が異なるものになるだろう」(35頁)。こうした転換は軽々しく決断しうるものではないですから、来年4月に発売予定の『ゲンロン10』にはいっそう注目が集まるだろうと思います。

★なお、東浩紀さんは11月7日発売の『文學界』12月号(文藝春秋)の特集「書くことを「仕事」にする」でも、インタビュー「職業としての「批評」」(聞き手=入江哲朗、10~23頁)を寄せておられます。ここでは『ゲンロン』やゲンロン・カフェの活動、そして東さん自身の「批評」観が再説されていますが、『ゲンロン』の巻頭言とは違った補助線も引かれているため、第Ⅰ期を振り返る上で重要なインタビューとなっています。

★このインタビューから四つほど論点を抽出しておきます。まず『新潮45』問題について、東さんはこう述べています。「理念と経営上の合理的判断とのあいだに衝突が起こるとすれば、原因は会社を大きくしすぎていることにあるんじゃないでしょうか。だとすれば、理念を維持しうる適正規模に会社を戻せばいいのだと思います。〔…ゲンロンは雑誌としても会社としても〕来たる第二期も、いまのバランスを維持しながら地道にやっていこうと思っています」(20頁)。単なるビジネス拡張路線を取ろうとしているわけではない、というスタンスは、興味深いポイントではないでしょうか。

★次に、リアルタイムで瞬間ごとを消費するコミュニケーションではなく、他者と時間をかけて向き合うことを重視しておられるという点。ゆっくりのろのろやるということではなく、時間をかけ、間を取るという良い意味で「スロー」な試みです。さらに批評的実践のアウトプットは文章を書くことだけではない、という点。これは誰しもが「書く」ことを職業にできるわけではないことを考えると、たいへん重要です。出版社は従来、コンテンツを販売することにのみ特化しがちでした。カフェやスクールなどの実践を通じて東さんは、客を消費者ではなく、人の心を動かす表現者として自立させようとしてきたのでしょう。その表現のありようはそれぞれの能力に応じたものでいいわけで、「書く」ことに限定されるものではない、と。

★最後に、批評は危機において必要なもので一種の「健康保険」のようなものである、という点。『ゲンロン9』の巻頭言でも、「ゲンロンはセキュリティ企業に似ている。あるいは保険会社に似ている」(31頁)と表現されていましたが、これはただの譬えに留まるものではないとかもしれません。後段で取り上げる一田和樹さんの新著『フェイクニュース――新しい戦略的戦争兵器』(角川新書、2018年11月)で描出されているような世論操作が日本でもすでに始まっている状況下では、批評の眼力というものが国民レヴェルで試されることになるためです。

★月刊『新潮』12月号と月刊『中央公論』12月号では、「新潮45」問題に関係した特集がそれぞれ組まれています。『新潮』の特集「差別と想像力――「新潮45」問題から考える」では7本の寄稿を読むことができます。星野智幸「危機を好機に変えるために」、中村文則「回復に向けて」、桐野夏生「すべてが嫌だ」、千葉雅也「平成最後のクィア・セオリー」、柴崎友香「言葉のあいだの言葉」、村田沙耶香「「見えない世界」の外へ」、岸政彦「権威主義・排外主義としての財政均衡主義」。特集とは別に岸さんは同号で130枚の書き下ろし「図書室」も寄せておられます。『新潮』は11月号で、高橋源一郎さんのエッセイ「「文藝評論家」小川榮太郎氏の全著作を読んでおれは泣いた」を緊急掲載し、編集長の矢野優さんが同号の「編集後記」で意見表明されたのは周知の通りです。

★『中央公論』は特集名を「炎上する言論――『新潮45』休刊が問うもの」と題し、武田徹「休刊誌でたどる「編集」の困難――分断された読者を、雑誌は「総合」しうるか」、千葉雅也「くだらない企画に内包されたLGBTと国家の大きな問題」、薬師寺克行「元『論座』編集長が語る論壇史」の3本を掲載しています。同誌編集長の穴井雄治さんは「編集後記」にこう綴っておられます。「自身の立場に固執するだけでは意味がないのは、言論も同じです。『新潮45』の休刊騒動には、冷静に対話することの難しさを感じます。「政治は可能性のアートである」というビスマルクにならい、「妥協のアート」を磨く必要もありそうです」。妥協というとネガティヴな響きを感じ取りがちですが、ここで言われているのは議論をいかに公的に開かれたものとするかという苦心の内実ではあるでしょう。これは東浩紀さんが『ゲンロン9』の共同討議「日本思想の一五〇年――知識人、文学、天皇」の冒頭で語ったことと繋がるように思います。「いま日本の政治的言説は、右/左、与党/野党、保守/リベラル、改憲/護憲、安倍政権支持/「反アベ」といった対立が先鋭化し、たがいに連動して身動きが取れない状況になっています。一五〇年の複雑な歴史を辿り、読者がそうした対立を逃れる視座を確保できてばと思っています」(『ゲンロン9』38頁)。

★『新潮』『中央公論』の両方に発言を寄せておられるのは千葉雅也さんお一人です。『新潮』では、千葉さん自身の一連のツイートをまとめたあとに、見開き2頁3段組でその真意を端的に明かしておられます。「心からお願いしたい。本稿を、敵か味方かの二分法で読まないでほしい」(141頁下段)。断片的にしか千葉さんの発言に触れてこなかった方の中には千葉さんの本心がどこにあるのかつかみかねた方もいらっしゃったかもしれませんが、本稿はずいぶん見通しの良いものになっています。「グローバル資本主義による脱コード化は、LGBTの差別を解消していく――しかし、だからよいと単純に言うことはできない。グローバル資本主義による脱コード化とは、異質なものごとを交換可能にしていくということである。ものごとの差異は、たんに計算可能な剰余価値の源泉として取り扱われるようになる」(同頁上段)。「リベラルの主張は、ひじょうにしばしば資本の論理と共犯関係にある。警戒せよ。そこでは差異は、新たなビジネスの動因に転化される。差異は計数化=脱-質化される」(同頁中段)。「ひとつの「人類共和国」になればいいのか? そういう理想論があることもわかっている。だが僕は、世界は統一されない、しかし、分断と戦争の世界になるのでもない、という第三の道を考えてみたいのである」(同頁下段)。この第三の道を千葉さんは「差異の哲学」として記述するべく、目下格闘されているのでしょう。「いま改めて、差異とは何かを考える必要がある」(同頁上段)。

★『中央公論』の方は千葉さんが聞き手に答えるかたちのもの。聞き手の署名はありませんからおそらく編集部によるものでしょう。ここでは千葉さんのツイートをまったく読んでいなくても論旨を理解できるようになっています。インタビューだけあって、『新潮』末尾のテクストよりかはやや毒を含むものとなっているものの、そこは字面だけを撫でるべきではありません。リー・エーデルマン(Lee Edelman, 1953-)の『No Future: Queer Theory and the Death Drive』(Duke University Press, 2004)が主張した、国家への強烈な批判者としてのクィアの定義を取り上げつつ、反社会型と包摂型の衝突について論及されています。

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★また、最近では以下の注目新刊がありました。

フェイクニュース――新しい戦略的戦争兵器』一田和樹著、角川新書、2018年11月、本体840円、267頁、ISBN978-4-04-082244-0
『アニマル・ファーム』石ノ森章太郎著、ジョージ・オーウェル原作、ちくま文庫、2018年11月、288頁、ISBN978-4-480-43559-0
『生きる意味――人生にとっていちばん大切なこと』アルフレッド・アドラー著、長谷川早苗訳、興陽館、2018年11月、本体1,700円、四六判並製329頁、ISBN978-4-87723-232-0

★一田和樹『フェイクニュース』は、事実と異なる報道が「新しい戦略的戦争兵器」として意図的に運用されている実態について、国内外で起きていることをまとめた一冊です。著者は小説家で、近年では『ネットで破滅しないためのサバイバルガイド――サイバーセキュリティ読本【完全版】』(星海社新書、2017年5月)や、江添佳代子さんとの共著『犯罪「事前」捜査――知られざる米国警察当局の技術』(角川新書、2017年8月)などノンフィクションも手掛けられている、一田和樹(いちだ・かずき:1958-)さんです。日本で複数のサイバー関連企業の経営に携わられたのち、6年前からカナダに移住されておられます。最新作となる『フェイクニュース』の目次は以下の通りです。

はじめに
第一章 フェイクニュースが引き起こした約十三兆円の暴落
第二章 フェイクニュースとハイブリッド戦
第三章 世界四十八カ国でネット世論操作が進行中
第四章 アジアに拡がるネット世論操作――政権奪取からリンチまで
第五章 日本におけるネット世論操作のエコシステム
謝辞
おわりに
参考文献

★「はじめに」にはこうあります。「ハイブリッド戦とは兵器を用いた戦争ではなく、経済、文化、宗教、サイバー攻撃などあらゆる手段を駆使した、なんでもありの戦争を指す。この戦争に宣戦布告はなく、匿名性が高く、兵器を使った戦闘よりも重要度が高い」(6頁)。フェイクニュースは「情報が誤っているものだけでなく、ミスリードしようとしているもの、偏った解釈あるいは誤った解釈、偏った形での部分的な事実の開示など」(7頁)を指し、ネット世論操作は「ネットを通じて世論を誘導すること全般を指す」(同頁)。一番の見どころは第五章です。日本の現状に対する大胆な分析は、国内の書き手では容易に公言しえない側面を有しています。センセーショナルな内容を好む読者ではなく、ネット言論や政治家の図々しい発言に違和感を覚えている読者こそが読むべき本であるため、ネタバレは一切しないでおきます。「ネット世論操作はすでに産業化している。日本でも進行する民主主義の危機は「ハイブリッド戦への移行」を意味する」と帯文にはあります。ピンと来る方は本書の問題意識を各人で可能な限り掘り下げるべきです。「日本で起きていることをきちんと調査し、白日の下にさらし、これからなすべきことを考えなければならない時期にきている」(246頁)という指摘に強い共感を覚えます。

★『フェイクニュース』との併読をお薦めしたいのは9月に発売された、エドワード・ルトワック『日本4.0――国家戦略の新しいリアル』(奥山真司訳、文春文庫、本体800円、192頁、ISBN978-4-16-661182-9)です。特に第八章「地政学(ジオポリティックス)から地経学(ジオエコノミックス)へ」は『フェイクニュース』が言うところのハイブリッド戦へと至る戦略変化の背景を知る上で参考になります。ルトワックはこの章の元となる論文を1990年に書いているのです。本書は訳者の奥山さんが昨秋来日したルトワックに対して行った6回のインタヴューを中心に訳出したもの。ルトワックによる日本へのアドバイスは、アメリカの国益と日本の利害が重なっている絶妙な場所から語られているため、書かれてある通りの内容として受け取っていいであろう箇所と、裏読みを担保すべき箇所があることに、留意すべきかと思われます。第三章「自衛隊進化論」の扉裏に記載された梗概にはこうあります。「戦争で必要なのは、勝つためにはなんでもやるということだ。そして、「あらゆる手段」にはズルをすることも含まれる。目的は「勝つこと」であり、「ルールを守ること」ではないからだ」(52頁)。これはハイブリッド戦の特徴でもあります。

★現代人は『フェイクニュース』や『日本4.0』を通じて、世間でいうところの「戦後70年以上日本は戦争もなく平和だった」という認識の半分が間違いではなかったか、と気づくことになると思われます。戦争は戦後もかたちをかえてずっと続いてきたのではないか。自衛隊の合憲化が必要だとする改憲論が単純で滑稽なもののように聞こえるのは、世界戦争がとっくの昔に新たな段階へと突入してしまっていることがはっきりとは語られないからではないでしょうか。

★石ノ森章太郎『アニマル・ファーム』は、オーウェル『動物農場』の劇画化。小松左京原作の「くだんのはは」と、怪談牡丹燈籠を翻案しSF化した「カラーン・コローン」を併録しています。『アニマル・ファーム』は、農場主たちに虐げられた動物たちが決起し、人間を追い出して自治を得たものの、一部の動物のために楽園が新たな苦役と搾取の場に変貌していくさまを描いています。頭脳労働者を自称しつつ徐々に暴力的統治を強めて人間と結託し始める一部の動物たち。この諷刺が色あせることはないでしょう。理想社会の建設が欺瞞と貪欲と怠惰によって反転して醜悪な牢獄と化すその道筋は、人間がもっとも容易に繰り返しうる悪徳のひとつだからです。

★アドラー心理学の近年の爆発的なブームの中で、原典の新訳がここ数年で出始めています。桜田直美訳『生きるために大切なこと〔The Secience of Living, 1929〕』(方丈社、2016年)、そして今月、長谷川早苗訳『生きる意味〔Der Sinn des Lebens, 1933〕』が発売されました。これらに先行して2007年より2014年にかけて、アルテ版『アドラー・セレクション』が、ベストセラー『嫌われる勇気』(ダイヤモンド社、2013年)の共著者である岸見一郎さんの翻訳で刊行されてきたのは、周知の通りです。『生きる意味』においてアドラーはこう語っています。「ひとが誤る原因を最初に証明したのは個人心理学です。どのように進化から外れて失敗するかを理解すれば、人間は道を正して共同体につながるでしょう。/人生のあらゆる問題は、わたしが指摘したとおり、協力する能力と準備を求めます。これは共同体感覚の明らかな印です。この状態には、勇気と幸福が含まれています。勇気と幸福は共同体感覚にしか見られないものです」(300頁)。

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by urag | 2018-11-11 23:43 | 本のコンシェルジュ | Trackback | Comments(0)
2018年 11月 04日

注目新刊:千葉雅也『意味がない無意味』河出書房新社、ほか

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意味がない無意味』千葉雅也著、河出書房新社、2018年10月、本体1,800円、46判上製 296頁、ISBN978-4-309-24892-9
歴史からの黙示――アナキズムと革命(増補改訂新版)』千坂恭二著、松田政男/山本光久解説、航思社、2018年10月、本体3,600円、四六判上製384頁、ISBN978-4-906738-35-9
酸っぱい葡萄――合理性の転覆について』ヤン・エルスター著、玉手慎太郎訳、勁草書房、2018年10月、本体4,000円、四六判上製404頁、ISBN978-4-326-19970-9
社会的世界の制作――人間文明の構造』ジョン・R・サール著、三谷武司訳、勁草書房、2018年10月、本体3,900円、四六判上製360頁、ISBN978-4-326-15455-5

★千葉雅也『意味がない無意味』は2005年から2017年にかけて各媒体で発表されてきた23篇のテクストを改稿し、書き下ろしの「はじめに」と表題作論文を加えて1冊としたもの。帯文に「千葉雅也の哲学、十年間の全貌」とあります。「本書には、ドゥルーズ研究以外の、私の第一期における、自分自身に発する考察が示されている」(7頁)と千葉さんはお書きになっています。目次詳細は書名のリンク先でご確認いただけます。論及される対象は哲学に留まらず、美術作品や小説、建築、音楽、さらにはギャル男、ストリート・ファッション、ツイッター、飲酒後のラーメン、ボディビル、プロレス、等々、多彩です。「2016年までを私の仕事の第一期として句切るならば、その間に私は、身体の哲学を作ろうとしてきたのだと思う。/〈意味がある無意味〉から〈意味がない無意味〉へ――それは思考から身体への転換だ。/考えすぎる人は何もできない。頭を空っぽにしなければ、行為できない」(12頁)。

★「考えすぎるというのは、無限の多義性に溺れることだ。ものごとを多面的に考えるほど、我々は行為に躊躇するだろう。多義性は、行為をストップさせる。反対に、行為は、身体によって実現される。無限に降り続く意味の雨を、身体が撥ね返すのである。身体で行為する。そのときに我々の頭は空っぽになる。行為の本質とは、「頭空っぽ性 airhead-ness」なのだ」(13頁)。「私が「思考停止」や「頭空っぽ性」といった概念をあえて肯定的に使用するのは、それこそが行為の条件だからである」(35頁)。「現実的な世界を生きるとは、潜在的に無限な多義性の思考から、有限な意味を身体によって非意味的に切り取ること――そして行為するということだ。行為の本質が、〈意味がない無意味〉なのである」(同頁)。

★「『動きすぎてはいけない』以来、次第にはっきりしてきたのは、私は、ドゥルーズにおいて必ずしも明確でなかった現実性の本質に考察を集中させているということだ。ドゥルーズは主著『差異と反復』で「潜在的なものの現実化」を論じた。そこでは、潜在性にプライオリティがあった――実在的なのは潜在性であり、現実性はそこから派生する次元である。これに対して、私は逆に、現実性の側にもうひとつの原理性を認められないかと考えるようになった」(36頁)。「ドゥルーズの構図を反転させる。ドゥルーズにおいては、潜在性の肯定が存在論の極致であり、〔…〕私はそれとは反対に、現実へと向かう。存在論のもうひとつの極致としての現実。ただたんなる現実、そうであるからそうだ、ということ」(同頁)。「ただたんなる現実、そうであるからそうだ、というトートロジーの閉域。意味がなく無意味な二度塗り。〔…〕まさにその自明性が、存在するということの過剰さ、存在の盛り上がりなのだとしたら」(37頁)。千葉さんの丁寧な整理と総括により、一見雑多に見える本書の「テクスト相互がリンクされていること」が浮かび上がります。

★千葉さんが出演する今月の二つのイベント情報についても記しておきます。


登壇者:立岩真也/千葉雅也/小泉義之(司会)
日時:2018年11月11日(日) 14:00-17:00
会場:ステーションコンファレンス東京(サピアタワー)4F(JR東京駅日本橋口直結)
※会場人数制限があるため要予約です(予約方法は催事名のリンク先に記載)。
 ご予約期間:2018年11月2日(金)9:00~11月7日(水)13:00
※抽選の可能性があります。
※当日参加分を若干ご用意していますが、会場が満席になりましたらお断りすることになります。その場合は大変申し訳ございませんがご了承ください。

内容:研究するとは、読み、書き、計算すること。しかし、読んで書いて計算すれば、研究になるかと言われれば、そうでもない。しかし、研究用に、読んで書いて計算すれば足りるかと言われれば、そうでもない。では、読み書き計算の何が、研究かそうではないかを決める? そして、読み書き計算の先には何がある? ─── 第一線の研究者が何を行い、そして何者になったのか(なるのか)を験しに語ってみます。


登壇者:千葉雅也/松本卓也
日時:2018年11月29日(木)16:30~18:00
場所:京都大学研究3号館1階共通155教室
※入場無料

内容:『意味がない無意味』刊行記念対談講演会。『勉強の哲学』について、さらには現代の思想(思弁的実在論ほか)や、病理(古典的「狂気」と自閉症スペクトラム)、芸術(創造性)の関係について対談形式で語り尽くす。科研費研究課題「精神分析理論をもとにした「狂気と創造性」の問いをめぐる包括的な思想史的研究」の一環として開催。

★千坂恭二『歴史からの黙示(増補改訂新版)』は、航思社さんのシリーズ「革命のアルケオロジー」の第7弾。凡例によれば『歴史からの黙示』(田畑書店、1973年)に「反アナキズム論序説」(『情況』1975年1-2月号)と『無政府主義』(黒党社、1970年)を増補したもの。「改訂にあたり、著者の監修のもと旧版の誤字脱字は可能なかぎり訂正し、若干の難解な表現を改めるとともに、新しい読者のために書誌情報などを追加した」とのことです。目次詳細は書名のリンク先をご覧ください。巻末には2篇の解説、松田政男「“癖”に昂まった原理」と、山本光久「〈観念〉の力」が付されています。あとがきによれば、『無政府主義』は「1970年の反安保闘争の直後の20歳の時に書き、少部数の冊子として出したまま現物を紛失し、以来、長らく行方不明の状態にあった」という幻の書。著者の知人が「古書店で見つけ、数万円という大枚を投じて購入してくれたおかげで、再会し本書に収録出来たのだった」とあります。この幻の本については「「無政府主義」と「アナキズム」」と題された2015年7月10日付の日記で著者自身も言及しています。

★エルスター『酸っぱい葡萄』は『Sour Grapes: Studies in the Subversion of Rationality』(Cambridge University Press, 1983/2016)の全訳。ノルウェーに生まれ欧米で活躍してきた社会科学者のエルスター(Jon Elster, 1940-)の3冊目の訳書で、勁草書房さんのシリーズ「叢書・現代倫理学」の第4弾です。本書の原書より後に刊行された著書2点、『社会科学の道具箱』(原著、1989年;訳書、ハーベスト社、1997年)、『合理性を圧倒する感情』(原著、1999年;訳書、勁草書房、2008年)は既訳。「『酸っぱい葡萄』〔というタイトル〕は、〔…〕一つの選択の基礎となる選好は制約によって形づくられることがありうる、という考えを表現している」(v頁)と著者は書きます。それが本書が提起した概念「適応的選好形成」であり、「実行可能な選択肢が貧弱である場合に、そこからでも十分な満足を得られるように選好を切り詰めてしまうこと」(訳者解説、351頁)を指しています。貧しい選択肢しか選べない時に人間がそうした状況に適応しようとする傾向を持っているというのは、現代人が特に選挙において直面してきた現実ではないでしょうか。本書のアクチュアリティはこんにちいよいよ露わになってきたように思われます。

★サール『社会的世界の制作――人間文明の構造』は『Making the Social World: The Structure of Human Civilization』(Oxford University Press, 2010)の全訳です。序文冒頭には「本書で試みるのは、人間の社会的・制度的現実の基本的な性質とその存在のあり方――哲学用語でいうなら本質と存在論――の説明である。民族国家や貨幣、また会社やスキークラブや夏休みやカクテルパーティやアメフトの試合、これらが「存在する」と言われるとき、その「存在する」とはいったいどういうことなのか、それを考えたい。特に社会的現実の創出、構成、維持に際し、言語がはたす役割については、とりわけ厳密な説明を与えたいと思っている」(v頁)。目次詳細は書名のリンク先をご覧ください。本書はサールの『社会的現実の構築〔The Construction of Social Reality〕』(The Free Press, 1995:未訳)の続編であり、訳者は「この社会的存在論を、サール哲学の集大成ないし終着点と見るのは決して無理な態度ではあるまい」と解説で評価されています。なおサールは今月、文庫でも新刊が発売予定なので、以下で触れておきます。

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★11月8日に発売となる、ちくま学芸文庫の11月新刊5点をご紹介します。

『MiND――心の哲学』ジョン・R・サール著、山本貴光/吉川浩満訳、ちくま学芸文庫、2018年11月、本体1,500円、464頁、ISBN978-4-480-09885-6
『基礎づけるとは何か』ジル・ドゥルーズ著、國分功一郎/長門裕介/西川耕平編訳、ちくま学芸文庫、2018年11月、本体1,300円、384頁、ISBN978-4-480-09887-0
『わたしの城下町――天守閣からみえる戦後の日本』木下直之著、ちくま学芸文庫、2018年11月、本体1,400円、416頁、ISBN978-4-480-09893-1
『人身御供論』高木敏雄著、ちくま学芸文庫、2018年11月、本体1,200円、304頁、ISBN 978-4-480-09896-2
『関数解析』宮寺功著、ちくま学芸文庫Math&Science、2018年11月、本体1,300円、384頁、ISBN978-4-480-09889-4

★サール『MiND』は、朝日出版社から2006年に刊行された訳書の文庫化です。原書は『Mind: A Brief Introduction』(Oxford UNiversity Press, 2004)。訳者による「ちくま学芸文庫版への付記」によれば、「文庫化にあたり、訳文を見直し表現を改めた箇所がある。また、言及されている文献について気づいた限りで書誌を更新した」とのことです。第一章「心の哲学が抱える12の問題」にはこうあります。「本書の狙いは、読者に心の哲学を手ほどきすることだ。〔…〕本書は、心の哲学こそが現代哲学で最も重要なテーマであり、現在の標準的な見解――二元論、唯物論、行動主義、機能主義、計算主義、消去主義、随伴現象説――はすべて誤っているという確信のもとに書かれている」(21頁)。訳者二氏は、サールの平易な文体と「心の哲学」をめぐる包括的な見取り図、そしてサール自身の独自見解に触れつつ、本書を「40年に及ぶ著者の研鑽とキャリアによってはじめて可能になった名人芸」であり、「単なる教科書に留まらない魅力」を有するものと評価しています。

★ドゥルーズ『基礎づけるとは何か』は、國分功一郎さんの「解説」によれば「ドゥルーズの初期の講義、入手が難しかった論文を独自にセレクトした日本語版オリジナルの翻訳書」。目次を以下に列記します。

1 基礎づけるとは何か 1956-1957 ルイ=ル=グラン校講義
 第一章 自然と理性
 第二章 「基礎すなわち根拠の本質をなすもの」(ハイデガー)
 第三章 基礎と問い
 第四章 原理の基礎
 全体の結論
2 ルソー講義 1956-1960 ソルボンヌ
 自然状態についての二つの可能な考え方
 『新エロイーズ』について
 自然状態
 ルソーの著作の統一性
 社会契約
 ルソーにおける市民の法の観念
3 女性の記述――性別をもった他者の哲学のために
4 口にすることと輪郭
5 ザッヘル・マゾッホからマゾヒズムへ
 原註/訳註
 解題
解説

★「基礎づけるとは何か」は「ウェブ・ドゥルーズ」で公開されている、ピエール・ルフェーブルの筆記録の翻訳。「ルソー講義」はリヨン高等師範学校所蔵のタイプ原稿の翻訳。『女性の記述」は「ポエジー45」誌第28号(1945年10-11月号)掲載のテクストの翻訳。『ドゥルーズ 書簡とその他のテクスト』(河出書房新社、2016年)に宇野邦一さんによる既訳「女性の叙述」あり。「口にすることと輪郭」は「ポエジー47」誌第36号(1946年12月号)掲載のテクストの翻訳。『ドゥルーズ 書簡とその他のテクスト』に宇野邦一さんによる既訳「発言と輪郭」あり。「ザッヘル・マゾッホからマゾヒズムへ」は「アルギュマン」誌第5期第21号(1961年第1四半期号)掲載のテクストの翻訳で、初出は國分さんによる訳と解題で、みすず書房の月刊誌「みすず」2005年4月号に掲載。『ドゥルーズ 書簡とその他のテクスト』では宇野邦一さんによる訳が収録されています。

★木下直之『わたしの城下町』は筑摩書房より2007年に刊行された単行本の文庫化。巻末には、文庫あとがき「この十二年間に「お城とお城のようなものの世界」で起った出来事について」が付されています。序「お濠端にて」では本書の主題が「近代日本におけるお城の変貌」であると説明されており、「お城のようなもの」というのが何であるかは序の次のくだりを読むと明らかです。「本書で尋ね歩くお城の大半は、戦争が終わったあとに、いわば平和のシンボルとして生まれてきたものである。〔…〕お城は、武威とは対極の何ものかを示す場所に変わった。それが何であるのかを、そして、敗戦後の日本人がお城に何を期待したのかを、これから考えてゆきたい」(15頁)。例えば序の末尾で言及されている浜松城は1958年に再建されたもの。ちなみに単行本版の版元紹介文は以下の通りでした。「戊辰戦争以降、攻防の要たるお城はその意味を失うかに見えた。が、どっこい死んだわけではない。新たな価値をにない、昭和・平成を生き続けている。ホンモノ、ニセモノ、現役、退役…、さまざまなお城から見えてくる日本の近・現代史」。

★高木敏雄『人身御供論』は宝文館出版より1973年に刊行された単行本の文庫化。再刊にあたって解説「ささげられる人体」を寄稿した山田仁史さんの協力のもと、初出や原典等と照合して明らかな誤りを修正したとのことです。「人身御供論」「人狼伝説の痕跡」「日本童話考」の三部構成。民俗学者の高木敏雄(たかぎ・としお:1876-1922)さんは柳田國男の同時代人であり、柳田とともに月刊誌『郷土研究』を創刊。筑摩書房さんでは『日本伝説集』(郷土研究社、1913年;宝文館出版、1973年;ちくま学芸文庫、2010年)に続く文庫化です。現在は品切ですが『童話の研究』(婦人文庫刊行会、1916年;講談社学術文庫、1977年)というのもありました。

★宮寺功『関数解析』は理工学社から1972年に初版が、1996年に第2版が刊行された単行本の文庫化。再刊にあたり、早稲田大学教育・総合科学学術院教授の新井仁之さんが解説をお書きになっておられます。帯文に曰く「定理・証明の丁寧な積み上げで初学者にも読みやすい名教科書」と。「Banach空間」「線形作用素」「線形汎関数」「共役空間」「線形作用素方程式」「ベクトル値関数」「線形作用素の半群」の全7章だて。親本の版元である理工学社は2013年に解散。国会図書館で検索すると、1940年代から同名の出版社の刊行物を確認できます。

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by urag | 2018-11-04 22:26 | 本のコンシェルジュ | Trackback | Comments(0)
2018年 10月 28日

注目新刊:アイゼンバーグ『ホワイト・トラッシュ』東洋書林、ほか

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★まず、まもなく発売となる紀伊國屋書店さんの注目新刊2点をご紹介します。

人体はこうしてつくられる――ひとつの細胞から始まったわたしたち』ジェイミー・A・デイヴィス著、橘明美訳、紀伊國屋書店、2018年11月、本体2,500円、46判上製444頁、ISBN978-4-314-01164-8
10億分の1を乗りこえた少年と科学者たち――世界初のパーソナルゲノム医療はこうして実現した』マーク・ジョンソン/キャスリーン・ギャラガー著、梶山あゆみ訳、井元清哉解説、紀伊國屋書店、2018年11月、本体1,800円、 46判並製324頁、ISBN978-4-314-01165-5

★デイヴィス『人体はこうしてつくられる』は、『Life Unfolding: How the human body creates itself』(Oxford University Press, 2014)の訳書です。帯文に曰く「直径0.1mmの細胞が、思考し言葉を操る生物になるまで――未解明領域の残る《ヒトの発生》という複雑な生命現象のプロセスを、一般読者へ向けてやさしく解説する」と。目次詳細は書名のリンク先をご覧ください。本書を驚きとともに読んだという訳者はこう紹介しています。「そもそも生物の発生は、わたしたちがふつうに思い描く「つくる」とはまったく異質の事象である。そこには詳細は設計図もなければ、現場監督もおらず、既存の機械や工具を使えるわけでもない。たった一つから始まって、最終的に兆の単位まで増えるヒト細胞のどれ一つとして、「人体の完成形はこうです」という全体像を知らないし、どこか外部から指示がくるわけでもない。では人体は、いったいどうやってつくられていくのだろうか?/それを専門外の読者にもわかるように教えてくれるのが本書」である、と(訳者あとがき、377頁)。著者自身もこう書いています。「あなたがあなた自身の始まりを知りたいなら、人が物を作るやり方から類推するのではなく、まったく違う世界へ足を踏み出さなければならない。〔…〕それはあなたがまだ足を踏み入れたことのない領域への旅であり、既成概念を捨て、新しい考え方を受け入れていく旅になる」(29頁)。

★ジョンソン/ギャラガー『10億分の1を乗りこえた少年と科学者たち』は、『One in a Billion: The Story of Nic Volker and the Dawn of Genomic Medicine』(Simon & Schuster、2016)の訳書。帯文はこうです。「2007年5月、ものを食べると腸に穴が開き、皮膚から便が漏れるという奇病を患った2歳の少年がウィスコンシン小児病院に運ばれる。“10億人にひとり”レベルの症例で診断名もつかない。このままでは命が持たないと思われた。万策つきた医師たちは2009年、最後の手段として臨床の場では世界に例のないゲノム解析により、原因遺伝子を突きとめるという大胆な試みに踏み切る」。すでに十分ドラマティックですが、本書の中身はさらにドラマに満ち溢れています。多大な費用を投じた少年のエクソーム解析の結果、X染色体の遺伝子変異による「XIAP欠損症」が奇病の正体だと分かります。約32億個の塩基対のうちたったひとつが間違っていたことに起因する難病だったわけでしたが、少年は骨髄移植によって健康を取り戻しました。その道のりには涙も枯れはてるような苦しみと困難が次々に少年とその家族に襲い掛かります。医師たちと学者たちの奔走と努力と協力によって、難病治療の突破口が開けたことは感動的ですらあります。DNA解析とゲノム医療の未来を強く感じさせる一冊です。

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★次に、発売済の新刊で最近出会った書目を列記します。

日本人の自然観』鈴木貞美著、作品社、2018年10月、本体5,800円、四六判上製786頁、ISBN978-4-86182-722-8
帝国日本の科学思想史』坂野徹/塚原東吾編著、勁草書房、2018年10月、本体7,000円、A5判上製448頁、ISBN978-4-326-10271-6

★鈴木貞美『日本人の自然観』は、帯文に曰く「日本人はいつから自然を愛したのか。科学史と人文史におる画期的大成」と。序章にはこう書かれています。「日本人の自然観を、今日、改めて問いなおそうとするのは、二〇世紀後期の科学=技術(=は区別と関連づけ)の発展が、洋の東西を問わず、古代から存続してきた「自然の恒久性」の観念を確実に破壊しつつあり、それに伴い、「日本人の自然観」についての見方にも大きな転換が見られるようになったからだ」(3頁)。「本書は、読者の関心により、どこから読んでもらってもよい。が、全体は、今日の科学史をはじめとする学術史の国際的展開を見渡し、また今日、要請されている学術の文・理統合的推進という課題にこたえるべく、「方法の発見」を意識して著してゆくつもりである」(28頁)。目次詳細は以下の通りです。

序章 今日、自然観を問う意味
第一章 自然観の現在
第二章 二〇世紀末、人文系の自然観
第三章 「日本人」と「自然」と
第四章 東西の科学および科学観
第五章 中国の自然観――道・儒・仏の変遷
第六章 古代神話とうたの自然観
第七章 中古の自然観
第八章 中世の自然観
第九章 江戸時代の自然観
第一〇章 日本近代の自然観
第一一章 「自然を愛する民族」説の由来
第一二章 寺田寅彦「日本人の自然観」
第一三章 敗戦後から今日へ
あとがき

事項索引
外国人名(含団体)・書名および作品名索引
日本人名・書名索引

★「生産力の向上にかけ、自然破壊を続けるか、それとも自然保護にまわるか、という選択の岐路に立たされたまま、長期的ヴィジョンを欠いたまま、そのときどきの契機に振りまわされてきた日本の政治と思想のジグザグ〔…〕文化ナショナリズムの動きと密接に関係する、日本人の自然観が、迷走に迷走を重ねているのも、無理はないように思えてくる、だが、そうであればこそ、学は、その立て直しをはなるべきだろう」(708頁)。カヴァーの装画に長谷川等伯の「松林図屏風」をあしらったその静かなたたずまいとは対照的な、熱のこもった論述に圧倒されます。「結局のところ、わたしの意識の底に潜んでいるのは、人間の生存権の問題なのだと思う」(あとがき、728頁)。そうしるす著者の感覚は読者にとっても共感できるものではないでしょうか。

★『帝国日本の科学思想史』は、勁草書房より刊行されてきた、金森修(かなもり・おさむ:1954-2016)さんの編書3点――『昭和前期の科学思想史』2011年、『昭和後期の科学思想史』2016年、『明治・大正期の科学思想史』2017年――の続編として構想されたものとのことです。あとがきにはこう説明されています。「晩年の金森さんが力を入れ、思い入れをもっていた「日本の科学思想史」シリーズの最終巻となるのが本書である。当初は本人が編者となって刊行することを構想していたが、病状の悪化を受け、16年春に企画は編者のふたりに委ねられることになった。編者に名はないが、本来なら本書もまた金森修編で刊行されていたはずの著作である」。8本の論考に、編者二氏による序章が付されています。目次詳細は書名のリンク先をご覧ください。「本書ではとくに「日本」が拡大し帝国となった時代に、科学技術をどのように見てきたのか、そのための制度をいかに設計してきたのか、そしてそれをどのように運用してきたのかを検証する」(2頁)と序章にあります。

★さらに次の発売済新刊との出会いもありました。

ホワイト・トラッシュ――アメリカ低層白人の四百年史』ナンシー・アイゼンバーグ著、渡辺将人監訳、富岡由美訳、東洋書林、2018年10月、本体4,800円、A5判上製480頁、ISBN978-4-88721-825-3
西部劇論――その誕生から終焉まで』吉田広明著、作品社、2018年10月、本体4,600円、A5判上製512頁、ISBN978-4-86182-724-2
G・H・ミード著作集成――プラグマティズム・社会・歴史』G・H・ミード著、植木豊編訳、作品社、2018年10月、本体4,600円、四六判上製756頁、ISBN978-4-86182-701-3
マルセル・デュシャンとは何か』平芳幸浩著、河出書房新社、2018年10月、本体2,500円、46判並製304頁、ISBN978-4-309-25609-2

★アイゼンバーグ『ホワイト・トラッシュ』は『White Trash: The 400-Year Untold History of Class in America』(Viking, 2016)の全訳。目次詳細は書名のリンク先をご覧ください。渡辺将人さんによる解説の言葉を借りると、ホワイト・トラッシュとは「アメリカの貧困層に属する下層の白人のことで〔…〕1850年代に本格的に定着したアメリカ英語」であり、本書はそれを主題として「アメリカの階級史を解剖する」もの。この国の建国史に精通した歴史家ならではの説得的な筆致で、アメリカにおいて「白人最下層の階級が常に存在してきた」ことが赤裸々に分析されています。平等を掲げた国民的自負によって抑圧され、否認されてきた主に南部やアパラチア地方の人々の、格差を伴なった長い長い歴史です。著者ナンシー・アイゼンバーグ(Nancy Isenberg, 1958-)はルイジアナ州立大学教授の歴史学者で、著書が日本語訳されるのは初めて。『思いやりのある子どもたち』(北大路書房、1995年)など発達心理学の訳書があるアリゾナ州立大学教授ナンシー・アイゼンバーグ(Nancy Eisenberg, 1950-)とは別人です。



★吉田広明『西部劇論』は、ハリウッド映画の西部劇670作品を紹介する書き下ろし長篇評論です。ジョン・フォードからクリント・イーストウッドまで、扱う登場人物は1000名以上。200点の参考図版を収録しています。巻末には、アメリカ初の西部劇とされる1903年の『大列車強盗』から1980年の『ロング・ライダーズ』までを個別に解説した「西部劇主要作品解説」や関連年表、作品名索引と人名索引を完備。全9章の章立てを以下に列記します。

第一章 初期西部劇――ブロンコ・ビリー/フォード/ウィスター/ハート
第二章 古典的西部劇――ウォーショー/ハサウェイ/フォード
第三章 西部劇を変えた男――ウィリアム・A・ウェルマン
第四章 フィルム・ノワール=西部劇――バザン/バーネット/ウォルシュ/マン/ブッシュ/ヨーダン
第五章 神話と化す西部劇――フォード/レイ
第六章 不透明と透明の葛藤――フォード/ベティカー/ホークス/ケネディ/デイヴス
第七章 西部劇の黄昏――ペキンパー/ペン/アルトマン/ヘルマン
第八章 オルタナティヴ西部劇――ポロンスキー/アルドリッチ/カウフマン/ミリアス/チミノ/ラヴェッチ=フランク/ベントン
第九章 西部劇に引導を渡した男――クリント・イーストウッド

★『G・H・ミード著作集成』は、9本の「既発表論文・草稿選」と、主著の講義録『精神・自我・社会』、講義草稿『現在というものの哲学』の3つの柱からなる主要論考集。2段組で本文だけでも700頁近い大冊ですが、分冊せずにまとめて1冊としたところがポイントです。人名索引と事項索引あり。編訳者の植木さんはこれまでに、デューイ『公衆とその諸問題』(ハーベスト社、2010年)や『プラグマティズム古典集成――パース、ジェイムズ、デューイ』(作品社、2014年)を上梓しておられます。今回の本の訳者解説「G・H・ミードの百年後――21世紀のミード像のために」ではこう綴っておられます。「21世紀ミード像というものがあるとすれば、それは20世紀ミード像の語彙と概念を突き抜けたところで描かれるものとなるだろう」(699頁)。なお、9本の「既発表論文・草稿選」の明細を以下に列記します。論文名(公刊年)で、このたび初めて翻訳されたものには※印を末尾に付します。なお、ミードの「国を志向する精神と国際社会を志向する精神」が触発を受けたところのウィリアム・ジェイムズの論文「戦争の道徳的等価物」(1910年)も本書では併せて訳出されています。

特定の意味を有するシンボルの行動主義的説明(1922年)
科学的方法と道徳科学(1923年)
自我の発生の社会的な方向付け(1925年)
知覚のパースペクティヴ理論(没後出版:1938年。執筆年代不詳)※
諸々のパースペクティヴの客観的実在性(1927年)
プラグマティズムの真理理論(1929年)
歴史と実験的方法(没後出版:1938年。執筆年代不詳)※
過去というものの性質(1929年)
国を志向する精神と国際社会を志向する精神(1929年)

★平芳幸浩『マルセル・デュシャンとは何か』は書き下ろし入門書。先ごろカルヴィン・トムキンズによるデュシャンへのインタヴュー本『マルセル・デュシャン アフタヌーン・インタヴューズ』を手掛けたばかりの河出書房新社の編集者Yさんが担当されています。帯文に引かれた森村泰昌さんといとうせいこうさんの推薦文は書名のリンク先でご確認いただけます。著者の平芳幸浩(ひらよし・ゆきひろ:1967-)さんは『マルセル・デュシャンとアメリカ――戦後アメリカ美術の進展とデュシャン受容の変遷』(ナカニシヤ出版、2016年)を上梓されており、四半世紀にわたってデュシャンの研究を続けてこられた方です。今回の新著は「基本的に時間軸に沿いながら、重要な六つのトピックに分けて、その全貌を紹介しようとするもの」(9頁)。目次詳細を以下の掲出します。

はじめに
第1章 画家としてのデュシャン――遅れてきたキュビスト
第2章 レディメイドを発明する
第3章 「花嫁」と「独身者」の世界
第4章 「アート」ではない作品を作ることは可能か
第5章 アートとチェス――Iとmeのちょっとしたゲーム
第6章 美術館に投げ込まれる「遺作」――現代アートとデュシャン
マルセル・デュシャンをもっと知るために――日本語で読めるデュシャン関連書籍一覧
あとがき

図版一覧

★ミードは「I」と「me」の融合について語りますが(『精神・自我・社会』1934年、第四部「社会」第35章「社会活動における「I」と「me」の融合」487~495頁)、平芳さんはデュシャンの1920~40年代における「Iとmeのちょっとしたゲーム」(211頁)について言及しています。「相手の期待をはぐらかしたり、想定される反応の裏をかいたり、とデュシャンはアイロニカルなゲームを演じ続けたのである。〔…〕後年このようなアイロニカルな身振りをデュシャン自身は「Iとmeのちょっとしたゲーム」とも呼んだのであった。この「Iとmeのちょっとしたゲーム」つまり自己と自己像が演じる大局のような様相を、デュシャン自身が積極的に作り出していくのもまた1920年代のことであった」(210~211頁)。さらに後段ではデュシャンにおける「Iとmeの間のアンフラマンスな差異」(237頁)が解説されます。「アンフラマンスの例はどれも身体的であるがゆえに官能的である。〔…〕デュシャンが微細なズレや遅延を感じ取ろうとしたものたちは、それがまさしく人間の認知を越えている(当然下方に)がゆえに、身体的なある種の「ざわめき」のようなものとして立ち現れてくるのである」(同頁)。

★ミードの場合、Iとmeの融合は、宗教や愛国心における高揚感、チームワークにおける一体感などに見られるもので、「社会的状況における「I」と呼んできた行為作用自体は、全体を統一する源泉であるのに対して、「me」は、この作用行為の自己表現を可能にする社会的状況である」(494頁)と説明されます。「音楽においては、関連する情動的反応の点からみて、おそらく何等かの類の社会的状況がつねにある。音楽のもつ高揚感は、こうした情動的か前に対する関連性を有していると思われる。「I」と「me」の融合という考えは、こうした高揚感を説明する上で、非常に適切な土台となる。私が思うに、行動主義的心理学は、こうした美学理論の発展に絶好の機会となる。美的経験において反応が有する意味作用は、絵画批評家や建築批評家によってすでに強調されている」(同頁)。

★ミード(1863-1931)とデュシャン(1887-1968)がともに、社会や美的経験についてそれぞれの立場から思索を深めていたことには、何かしらの同時代性や、地理的経済的背景の相違があったと言えるでしょうか。一方は巨視的に一体感や高揚感に注目し、他方は微視的に差異=ズレと官能性に着目。思想史的探究が必要かもしれません。

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★最後にここ最近の雑誌の中からいくつか取り上げます。
現代思想2018年11月号 特集=「多動」の時代――時短・ライフハック・ギグエコノミー』青土社、2018年10月、本体1,400円、A5判並製230頁、ISBN978-4-7917-1373-8
文藝 2018年冬季号』河出書房新社、2018年10月、本体1,300円、A5判並製680頁、ISBN978-4-309-97957-1
フィルカル Vol.3, No.2』ミュー、2018年9月、本体1,500円、A5判並製370頁、ISBN978-4-943995-20-3
兜太 TOTA vol.1〈特集〉一九一九 私が俳句』藤原書店、2018年9月、本体1,200円、A5並製200頁、ISBN978-4-86578-190-8

★『現代思想2018年11月号 特集=「多動」の時代』は、伊藤亜紗さんと貴戸理恵さんの討議「動きすぎる体/動かない体の〈コミュニケーション〉――吃音と不登校の交差点」と、ドミニク・チェンさんと若林恵さんの討議「コンヴィヴィアリティを促す「共話」の力」をはじめ、松本卓也さんの「ADHDの精神病理についてのノート』や、スージー・ワイズマンによるデヴィッド・グレーバーへのインタビュー「ブルシット・ジョブの上昇」などが読めます。「ブルシット・ジョブ」(=クソどうでもいい仕事)というのは、グレーバーが今年上梓した最新著『Bullshit Jobs: A Theory』(Simon & Schuster, 2018)の題名でもあります。本作についてはすでに日本語でいくつかの紹介記事をネット上で読むことができますが、このインタヴューの解題においても酒井隆史さんが長い紹介文を寄せておられます。同書は岩波書店から訳書が刊行される予定のようです。ちなみに酒井さんはグレーバーの訳書『官僚制のユートピア』(以文社、2017年)でbullshit jobsを「クソしょうもない仕事」とお訳しになっておられます。

★『文藝 2018年冬季号』では第55回文藝賞の受賞作2篇が掲載。また「新発見 唐十郎幻の第一作」として小説「懶惰の燈篭」(42枚)とシナリオ「幽閉者は口をあけたまま沈んでいる」(64枚)が掲載。山本貴光さんの連載「季評 文態百版」は第3回で2018年6月から8月を観察。同誌秋号に掲載され、今般単行本としても刊行された笙野さんの「ウラミズモ奴隷選挙」についても言及があります。笙野さんはTPP反対派であり、この小説もTPP批准後の某国とその某国より独立した女性だけの国が物語の舞台です。同作単行本版の前書きではTPPを「恐怖のメガ自由貿易」であり、「民を奴隷にし、国土を植民地にする。国益を叩き売り、日本を汚染物質と病気まみれにさせていく。弱いものから死なせて「邪魔な人間」をがんがん殺していく。そして全ての金を外国に持ち去ってしまう。田畑も海も林も、山も森も、国民から強奪する、そうです! これこそがメガ自由貿易というもの。悪魔の最終兵器〔…〕人喰い条約」(9~10頁)であると糾弾されています。『ウラミズモ奴隷選挙』は小説ではありますが、人文書でナオミ・クラインやレベッカ・ソルニット、デヴィッド・グレーバーらと一緒に販売してもおかしくない気がしますし、フェミニズムの棚でも異彩を放つのではないかと想像します。現代日本の病根に迫る重要作です。

★『フィルカル Vol.3, No.2』は3月に発売された前号よりわずか12頁ほど総頁数が減ったもののそれでも例年以上に分厚くなりつつあり、誌面の充実と発展を実感させます。目次詳細は書名のリンク先をご覧ください。小特集は「スポーツ」。翻訳ではルヴフ=ワルシャワ学派のカジミエシュ・トファルドフスキ(Kazimierz Twardowski, 1866-1938)のテクスト3篇が掲載されています。「ポーランド国民哲学についてのもうひとつの小論」(1911年)、「論理の共用について」(1920年)、「もっと哲学を!」(1935年)。中井杏奈(なかい・あんな:1985-)さんによる翻訳と懇切な解説による第1回掲載で、全2回を予定しているとのことです。なお、同号の発売を記念して、来月以下の通りイベントが行われます。

◎長門裕介×松本大輝トークセッション「スポーツの哲学へのいざない

日時:2018年11月7日(水)19:00開場 19:30開演
場所:ジュンク堂書店池袋本店 4F 喫茶コーナー
料金:1,000円(ドリンク付き。当日、会場の4F喫茶受付でお支払いください)
予約:事前のご予約が必要です。ジュンク堂書店池袋本店1階サービスコーナーもしくは書店お電話(03-5956-6111)までお願いいたします。

内容:最新の哲学で文化を分析する雑誌『フィルカル』。その最新号では「スポーツ」を特集しています。それにちなみ、この刊行記念イベントではスポーツの哲学に、倫理学と美学の観点から迫ります。いい試合とは何か? フェアプレーとは? スポーツとアートの違いは? プレーの華麗さとは? そうした問いの哲学的な分析の入口へと、倫理学と美学の俊英が、漫画や実際の試合などの実例を通してご案内します。

★『兜太 TOTA vol.1〈特集〉一九一九 私が俳句』は今年2月に98歳でお亡くなりになった俳人、金子兜太さんの名前を誌名に掲げた雑誌の創刊号です。『存在者 金子兜太』(藤原書店、2017年)の執筆参加者により、金子さんの生前から企画され、金子さん自身の賛同も得ていたものとのこと。金子さんの最晩年の戦場体験語り部としての活動に寄り添ってきた黒田杏子さんが編集主幹をつとめておられます。その黒田さんの「創刊のことば」によれば、金子さんの「巨きな創作世界とその生き方を、皆さまとご一緒に学んでゆきたいと思います」と。巻頭には金子さんの最後の一句とともにこんな発言が引かれています。「なぜ戦争はなくならないのか。一言で答えさせて下さい。「物欲」の逞しさです。あらゆる欲のうちで最低最強の「欲」ですが、それだけにもっとも制御不可能、且つ付和雷同を生みやすい欲と見ています。そこに人間の暮しが、武力依存を募らせる因もある」(初出:『短歌』2017年8月号別冊付録「緊急寄稿 歌人・著名人に問う なぜ戦争はなくならないのか」)。なお、同じく9月には金子さんの俳誌「海程」の後継誌「海原」も創刊されています。

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by urag | 2018-10-28 23:38 | 本のコンシェルジュ | Trackback | Comments(0)