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2006年 04月 04日 ( 1 )


2006年 04月 04日

書店と版元の距離感

日書連(日本書店商業組合連合会)の機関紙「全国書店新聞」に掲載されている「声」や「本屋のうちそと」は、いわゆる「町の本屋さん」のその時々の本音が伝わってくるざっくばらんなエッセイ欄で、折を見ては覗いています。様々な苦労話に時には共鳴し、時には「まだまだ自分は本屋さんの苦労を理解し切れていないな」と思ったりして、本屋さんの「肉声」を胸の内で反芻します。

いっぽうで、本屋さんの「本音」に違和感や距離感を感じることもままあります。出版社には出版社の言い分があります。「声」欄や「本屋のうちそと」で「出版社の対応が云々」と書かれているときには、いったい筆者の脳裏には具体的にどんな出版社名が浮かんでいるのだろうと想像します。もしA社もB社もC社もぜんぶひっくるめて「出版社」だというスタンスだとしたら、そうした十把一絡げは断固拒否したいというのが私の「本音」です。

たとえば講談社も月曜社もともに出版社であると一般読者が認識するのはごく当然のことです。けれども、業界人たる本屋さんの場合は、講談社と月曜社は全然別の「現実」を抱えている会社であることが想像できるだろうと思うのです。私はいっしょくたにされたくないです。会社の規模の大小や出版傾向の違いだけが問題なのではありません。いっしょくたにして「出版社は云々」と批判する人がもしいるとしたら、それはちょっと話が大雑把過ぎる。

出版社も「書店」という言葉や「読者」という言葉を便利に都合よく使って、現実を平板化して話を進めることがありますから(私もそうした過ちをしばしば犯しているのでしょう)、お互い様と言えばそうなのかもしれません。

そうした平板化や抽象化の過ちを犯しつつも、それでも書店と版元が本音で意見交換をすることはとても重要だと思っています。業界では「書店と取次と版元の三位一体」という美しい表現を耳にすることがあります(その言葉を使うのはたいてい業界のお偉いさんたちのように見えます)が、実際は癒しがたい距離感や立場の優劣が裏にはあります。

「三位一体」という便利なモットーこそないものの、「声」欄や「本屋のうちそと」欄ではあたかも出版社と取次にアドバンテージがあるような記述に出会うことがあります。それは零細出版社の存在を無視した議論に陥る危険を冒しているようなものだと思います。「その他大勢」にすらなれない零細企業の存在。

ウラゲツ☆ブログでは零細出版社の明暗をもっと赤裸々に皆さんに伝えるべきなのかもしれません。しかし、自分たちのどうしようもなくグダグダでふがいない現実や無知をさらけ出すのは、それなりの心的負荷がかかる作業です。書いているうちに自分が情けなくなったり、こんがらがって立ち往生したりするでしょう。「零細版元の苦労は知っているよ」という人もいるでしょうが、大方は零細出版社の個々の現実をご存知でないのが普通でしょう。

ディスコミュニケーションを承知で、「声」欄や「本屋のうちそと」欄にもの申す、という場面もそのうち拙ブログに訪れるのではないかと予感しています。げんにこれまでも幾度かそうしようと思ったことがあるのです。

「声」欄や「本屋のうちそと」欄には「三位一体」以前の「三つ巴」状態における貴重な本音があります。この本音が大事だと思います。書店人と出版人との間には否応のない「温度差」がある。その間に立っている取次の存在が「温度差」の根源だとは単純化できませんけれども、取次人はこうした温度差をどう思っているのか。

辛口に言えば、どれほど私たち業界人がそれぞれ別々の土俵で、めいめいに勝手な立場から、あらぬ方向へ向かって発言しているのかということを、見直してみるといいと思うのです。

そのためには紳士的なタテマエ論を棄てて、無知だろうが誤解だろうが、互いの「本音」に耳を傾けて、互いの認識のどこにズレが生じているのかについて率直に意見交換するのが一番であるように思うのです(という理想論で御免下さい)。

by urag | 2006-04-04 20:56 | 雑談 | Trackback(1) | Comments(8)