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2005年 09月 25日 ( 1 )


2005年 09月 25日

持久戦という名の消耗戦を脱するために

本日配信の「[本]のメルマガ」226号に、「持久戦という名の消耗戦を脱するために」と題した一文を寄せました。以下に転載します。若干語句を修正した最新版です。(H)

***

専門書の販売は年々難しくなっている、というのが業界の通説であるらしい。私がかかわっている分野で言えば、人文書や芸術書といった分野だ。むろん、書籍の売上総体が徐々に下降線をたどっているわけなので、とりわけ専門書に限られている話であるわけでもない。

しかし一方で恐ろしい売上単位のメガヒットやベストセラーが存在し、その規模は年々大きくなっているようにも見える。要するに売れる本はドカンと売れ、売れない本はひっそりと消えていく。ベストセラーと知るや、そちらに大勢の読者が流れていく様は一種、気味の悪い感じもする。

また、他方で、低金利の恩恵を受けて、超大型書店が全国主要都市のそこかしこに開店し、当然こうした超大型店には専門書も多く陳列されている。かたや中小の書店は次々に閉店し、あるいは改装後には専門書の売場が縮小される。

専門書の販売はもとより簡単なものではないが、販売店はますます局所化しているのが現状ではなかろうか。戦後の麗しき教養主義の終焉とともに、硬い本を意地でも置く老舗書店がだんだんと少なくなっていく一方で、余りに余ったベストセラーや大手版元の文庫本などの受け皿としてブックオフが成長し続ける。

出版社の状況について言えば、たとえばここ七年間で著名な美術書系版元がいくつか消えていった。光琳社出版、京都書院、美術公論社、岩崎美術社などである。たしかに大型店ですら美術書売場はだんだん痩せていくように見えるし、版元にとって営業販促がしんどい。美術書販売に強かった青山ブックセンターが一時閉店に追い込まれたのは周知の通りだ。

青山ブックセンターの閉店騒ぎが美術書販売の困難に端を発するとは簡単には言い切れない。だが、ごくおおざっぱに言って、書店の売上が下降線をたどっている時には、まず全体的に動きのゆるやかな専門書売場の見直しをし、実用書や娯楽分野の販売を強化するというのが、どの書店でもごく自然な流れとしてあるように思う。

バブル崩壊のまさにその時に出版業界に入った私のような30代後半の出版人にとって、この十数年間はともかくも祭のあとの寂寥感やペシミズムとどう戦うかが、避けがたい課題の一つとしてあったと思う。

どこに希望と喜びを見出し、それを取次人や書店人、そしてその先にいる読者と共有していけるのか。それはほとんど不可能で、決定打となる答えはなく、嫌な感じで「終りなき日常」が続いていく、そんな無力感に襲われることもしばしばだった。

もう引退してしまったが、あるベテラン書店員がこんなことを言っていた。「人文書売場から世界が見える」と。昨今の傾向から言い換えるとすれば、こうなるだろう、「新書売場から世界が見える」。新書売場はよりディープな情報の宝庫である人文書売場の前哨地として存在する。人文書の売上をより大きく伸ばすには、新書を好んで情報源にしているような読者層を、よりディープな人文書売場へと引き込む仕掛けを作らねばならない。

出版社としては新書をファースト・ステップとし、読者にはファーザー・リーディングとして専門書までたどり着いて欲しい。そのために入門書や概説書を新書にして読者へ安価で提供するのだ。新書から専門書への「一歩」は人によっては単なる一歩である場合もあれば、途方もない「深淵」と映る場合もある。結果、新書から専門書へという個別の出版社の誘導は時として機能不全に陥り、ただひたすら新書を作り続けるという消耗戦に突入する。

新書と専門書という二項で説明してみたが、そこには実際はもっと細やかなグラデーションが存在する。果てしなく専門書に近い新書があるし、新書と狭義の専門書との間には教養書とでもいうべき「帯域」が存在する。版元一社ではこのグラデーションをカバーしきれないが、版元各社の刊行物が集約される書店ではこのグラデーションをより効果的に演出することも可能だろう。

このグラデーションをもう少しはっきり見せてみようという試みが、都内の書店で試みられようとしている。三省堂書店神田本店4Fに明日から開設される、「人文道場」がそれである。

「人文書って難しそう」「本当に面白い?」という疑心暗鬼に囚われている読者のために、「何を」「どの順番に」読んだらいいかを、その道のプロが月替わりでアドバイスするというのが、「人文道場」の趣旨である。

「人文道場」は、識者がテーマ別に5段階にわけて各1冊選書した書目とその関連書をブックフェア形式で店頭販売するものだ。記念すべき第1回は、明治学院大学社会学部教授の稲葉振一郎氏の選書による「所有・市場・資本について考えるための5つのSTEP」のフェアである。選者による選書コメントを掲載した、道場専用のフリーペーパーも配布するという。

段階を追って5冊の本を中心に読み進めていけば、くだんのテーマについて徐々に理解が深まるという仕掛けである。もう「何から読んだらいいの?」とは言わせません、と売場担当者は意気込んでいる。

場所:三省堂書店神田本店4F人文書売場・昇りエスカレーター前
期間:05年9月26日(月)~10月下旬まで
問い合わせ:三省堂書店神田本店4F人文書売場(電話03-3233-3312)
http://www.books-sanseido.com/kanda_4/

第2回は10月下旬より、野矢茂樹氏の選書による「ウィトゲンシュタインの論理哲学論考を読めるようになるための5つのSTEP」を展開するとのこと。

識者による選書のフェアというのは別段珍しいものではない。しかし「人文道場」の場合は明解に「入門書から始めて専門書へ導く」という段階を重視している点で、まんべんなく全点が売れてくれることを期待するフェアとは一線を画している。さらに、入門書各種をとりあえず取り揃えるという平凡な啓蒙主義とも異なっている。

版元の集まりである「人文会」が主催するフェアというのはこれまでいくらでも存在したが、書店側がそうした団体に頼るのではないかたちで、自主的にはっきりと「人文」の旗印を掲げて毎月読者を啓蒙していこうという試みは、あまり例がなかった。なぜ例がないのか。今までは「人文」ではなくもっと具体的なテーマで個別に完結したフェアを行ってきたのであり、わざわざ「人文」の二文字をキャッチフレーズとして掲げたりはしなかったのだ。

他書店での類似の試みとして、昨年9月から紀伊國屋書店新宿本店5F人文書売場で定期開催されている「じんぶんや」がある。
http://www.kinokuniya.co.jp/04f/d03/tokyo/whatjinbunya.htm

「じんぶんや」もやはり月がわりの選者による推薦書フェアで、渉猟するテーマは多種多様だが、店内に張り出すポスターや看板をはじめ、専用のフリーペーパーのデザインまでも統一し、他店にはなかったアイデンティティ戦略を積極的に打ち出した。「人文道場」の担当者が「じんぶんや」を意識したのかどうか尋ねてみたが、さほどの対抗意識はなかったようだ。

とはいえ、「人文道場」のフリーペーパーは紀伊國屋書店のアイデンティティ戦略の向こうを張って、道場オリジナルの侍と犬のコンビキャラを設定している。これがなかなかかわいい。一方、「じんぶんや」のフリーペーパーには「ゴーゴーじんぶんくん」という四コマ漫画が掲載されていて、これも楽しい。

「人文道場」が「じんぶんや」と異なるのは、前述した「段階」、入門書から専門書へのグラデーションがあることをクローズアップしているところだ。これには担当者の現場感覚がもたらした工夫がある。つまり、新書などの入門書からハードカバーの専門書に至るまでの「一歩」を深い谷ととらえて、その橋渡しをしようという工夫である。

中には一足飛びに難解な専門書に挑戦する読者もいるだろうが、そうではない読者が実際は多かろう。その現実を受け止めることはできても、ではどのようにその現実を「知恵」に変えて売場に反映させたらいいのか。何をやっても無駄かもしれないというペシミズムを乗り越えなければ、決して「知恵」は生まれてくるものではないし、どんな些細な認識であれそれを「知恵」に転換するのは凡庸なことではありえない。

他書店でも似たような試みがかつてあったろうし今もあるかもしれないが、私は「人文道場」や「じんぶんや」のようなムーヴメントの現在を以下のように特徴づけておこうと思う。

1)人文書全体の売上の活性化に繋がることを意図した「連続」フェアである。
2)「人文」の二文字をアイデンティティ戦略としてあえて大きく掲げる。
3)上記の戦略に見合った独自の「トータル・デザイン」を目指している。
4)単なるブックリストではない情報発信型の「フリーペーパー」を作成。
5)出版社に頼るのではなく、テーマは書店の「現場」から選択される。

こうした試みを見るにつけ、「絶望しているヒマなどない」ほど根気よく挑戦し続ける姿勢に頭が下がる。キャリアを重ねていくと経験知も増えるが、しかしそれが足かせとなって「もう一度挑戦しよう」という気概を失ったり、あるいは逆に、「そんな試みはとっくにやっているし、ごく常識的な努力だ」と言わんばかりの無反省に陥ってしまいがちなのは、出版界によくあることだし、書店でもあるだろう。今後もこうしたチャレンジを支援し、広く紹介していきたい。他書店では別の試みがあるよ、等々、読者諸賢からの情報提供をお願いして、今回は筆を擱く。

by urag | 2005-09-25 19:04 | 雑談 | Trackback(1) | Comments(1)