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2005年 09月 15日 ( 1 )


2005年 09月 15日

「スロー」な読書

中学生の時には分からなかった、分かろうとも思わなかった『徒然草』ですが、30代半ばを過ぎてからなんとなく理解できるようになってきた気がします。理解と言うより、書いてあることに対する距離の取り方が分かってきたと言う方が正確かもしれません。

吉田兼好が執筆したのは40代後半頃と推定されていますが、その年齢に近づいたらもっと理解できるでしょうか。14世紀の40歳代と21世紀のそれとでは自ずから精神年齢が異なるような気がします。単純には比較ができないものです。

ごく一般論に過ぎませんが、古典と呼ばれる作品は、年齢を追うごとに違った風に読めるものなのだろうと思います。そして、将来どう違って読めるようになるのかは全く予想が付きません。

30代後半の私にとってはたとえば、『菜根譚』はこれ以上読み込める余地がないと感じるほど様々な教訓を与えてくれる古典で、学生の時分よりかは理解が進んでいるはずだと思っていますが、分かったと思っているほどには実際は自分の行いに反映しきれていません。

おそらく私は『菜根譚』をこれまで「見てきた」だけで、まだ「読ん」ではいないのです。読むというのはその内容を自分の血肉と化すことができた時にこそ初めて達成されるもので、その意味では「読む」ことは稀有な、根源的な体験なのです。「読む」ことの稀少性。

本当の意味(血肉化するという意味)で「読む」ためには、必然的に時間がかかります。読書はほんらい、生活の中でもっとも「スロー」な体験なのではないでしょうか。(H)

by urag | 2005-09-15 23:24 | 雑談 | Trackback(1) | Comments(0)