2009年 09月 06日
注目新刊の記事が長すぎて全文を掲載できなかったため、後半を別途ここにアップします。 ■芸術 『アフロ・ディズニー――エイゼンシュテインから「オタク=黒人」まで』菊地成孔+大谷能生 文藝春秋 1,500円 『戦う女たち――日本映画の女性アクション』四方田犬彦+鷲谷花:編 作品社 2,940円 『ヴァイマルの国立バウハウス1919-1923』利光功訳 中央公論美術出版 8,400円 『春美・クロソフスカ・ド・ローラと歩くパリとっておきの小さな美術館』春美・クロソフスカ・ド・ローラ 朝日新聞出版 1,680円 『「モナリザ」の微笑み――顔を美術解剖する』布施英利 PHP新書 798円 『ピエロ・デッラ・フランチェスカ〔新装版〕』アンリ・フォシヨン 白水社 3,150円 『モンス・デジデリオ画集〔復刻版〕』エディシオン・トレヴィル 3,990円 『経帷子の織人 ホロコーストのトラウマを生き抜いたアーティスト ローズマリー・コーツィー作品集』ローズマリー・コーツィー ギャルリー宮脇 4,725円 『ムナーリのことば』ブルーノ・ムナーリ 平凡社 1,575円 『デザインを知る世界の名著100』ジェイソン・ゴッドフリー/菊池由美:訳 BNN新社 5,775円 春美・クロソフスカ・ド・ローラ(1973-)さんはフランスの画家バルテュス(本名Balthasar Klossowski de Rola :1908-2001)のご令嬢です。と、いうことは、ピエール・クロソウスキー(1905-2001)の姪ということですね。ジュエリー・デザイナーでいらっしゃるとのこと。お母様の節子・クロソフスカ・ド・ローラ夫人の著書には色々あるのですが、例えば『バルテュスの優雅な生活』(夏目典子編、とんぼの本/新潮社、05年9月) というのがありますね。ちなみに春美さんの異母兄となるのが、スタニスラス・クロソフスキー・ド・ローラ(Stanislas Klossowski De Rola:1942-)で、『錬金術――精神変容の秘術』(種村季弘訳、平凡社、1978年)、『錬金術図像大全』(磯田富夫・松本夏樹訳、平凡社、1993年)、『バルテュス』(バルテュス画、野村幸弘訳、岩崎美術社、01年11月)などが訳されています。いずれも新本ではもう手に入りません。特に『錬金術図像大全』はもともとの値段が高かったせいか、古書価が下がらず、マニア受けする貴重な資料集ではあるものの、ハードルの高い読者泣かせの本です。 ■写真 『浦安 元町1975-1983』黒田勝雄:写真 大月書店 2,940円 『FLOWER ADDICT』蜷川実花:写真 美術出版社 6,090円 『月の空』森光伸:写真 光村推古書院 2,400円 『廃墟ディスカバリー 2』小林哲朗:写真 アスペクト 2,310円 『壁の本』杉浦貴美子:写真 洋泉社 1,680円 蜷川実花さんは今月、楳図かずおさんの例の家を撮った『UMEZZ HOUSE』という写真集を小学館から刊行するようです。 ■文学 『子不語1』袁枚/手代木公助:訳 東洋文庫(平凡社) 2,940円 『変身』桜壱バーゲン アクション・コミックス(双葉社) 880円 『ハロルド・ピンター(I)温室/背信/家族の声』喜志哲雄:訳 ハヤカワ演劇文庫 1,029円 『流れる山の情景』浜田優 山と渓谷社 2,000円 『子不語』は帯文によれば、「中国清代の著名な文豪・詩人袁枚が著した志怪小説の本邦初全訳。「子不語」とは『論語』の「子は怪力乱神を語らず」に由来するが、本書は怪力乱神を語りつくしてやまない。18世紀の怪談集。全5巻」とのこと。秋の夜長の読書に向いていると思います。清代の怪異譚というと蒲松齢の『聊齋志異』が有名ですが、平凡社では今月から平凡社ライブラリーで、『中国怪異譚 聊斎志異』(全6巻、増田渉・松枝茂夫・常石茂訳)を刊行するそうです。「作者手稿本」からの貴重な翻訳とのことで、今月は第1巻と第2巻を発売予定。 平凡社さんで刊行している中国怪異物語関連本には以下のものがあります。『中国怪異譚 閲微草堂筆記』(上下巻、紀昀/前野直彬:訳、平凡社ライブラリー、08年5月-6月)、『山海経』(高馬三良訳、平凡社ライブラリー、94年1月)、『列仙伝・神仙伝』(劉向+葛洪/沢田瑞穂:訳、平凡社ライブラリー、93年9月)、『捜神記』(干宝/竹田晃:訳、平凡社ライブラリー、00年1月) 、『中国妖怪伝―怪しきものたちの系譜』(二階堂善弘、平凡新書、03年3月)。 『変身』は、フランツ・カフカの代表作の大胆な劇画化。桜壱バーゲン(1964-)さんはエロギャグ、艶笑、風俗体験ルポなどを手掛ける漫画家とのこと。本書の帯には「虫嫌い、心臓の弱い方にはお勧めできません」云々とあります。私は心臓が強くはありませんが、確かに二度は「うわっ」とのけ反りました。グレーゴルが職場の支配人を追いかけようとする時の「バサッ」と、彼の憐れな最後の姿、の二回です。原作を読む限りでは読者の想像の中でぼんやりとシンボルのように思い浮かべるしかなかった「変身後の虫」をはっきりと描いており、作家として勇気がいる仕事だったろうと思います。しかも、この劇画版は主人公がグレーゴルの「お父さん」なのです。このお父さんの描き方がこれまた斬新。桜壱さんのこれまで手掛けてきたジャンルの経験の賜物かもしれませんが、カフカの作中の「父」というのはたいてい、息子には越え難い「威厳」を帯びている象徴的存在であると思うのですが、この劇画版を読むと、そうした「父」が等身大の身近な存在に感じられてきます。ひょっとするとカフカの親父さんも、読者が想像するほど厳格でいかめしいものではなく、自分たちの父親のように、ごくありふれた「どこか笑える」存在だったのではないか。そう読者に思わせることに成功したのは、桜壱さんの手柄かもしれません。実際この劇画版はカフカの父親ヘルマン・カフカに捧げられており、桜壱さんはグレーゴルとカフカ、グレーゴルの父とカフカの父をパラレルな存在と見ていたのではないかと思います。 父親を主役に劇画化したことにより、グレーゴルの変身後の「沈黙」が否応なく重く憐れなものになり、グレーゴルの主観視点がしばしば入る原作と比べると、「虫」がいっそう読者から遠い、理解できない存在になったことも、成功のひとつかもしれません。本書のカバーには、父親、母親、妹の三人が身を寄せ合っておびえるさまが描かれていますが、その姿は魚眼レンズから覗いたように歪んでいます。つまりこれはグレーゴルが変身後に家族を見た映像なのでしょう。作中では一度も描かれることなかった、グレーゴルの視点をカバーにだけ登場させる。なかなか粋な計らいです。私はカフカの長年の愛読者ですが、この劇画版は許せる気がします。 ハロルド・ピンター(1930-2008)の文庫新刊は、『ハロルド・ピンター全集』(新潮社、2005年)に収録されていない、78年以降の後期戯曲を集めたもの。この文庫版後期作品集は、全集の共訳者でいらっしゃる喜志さんの翻訳で、全3巻が予定されており、第2巻は今月下旬、第3巻は11月下旬に刊行予定とのこと。今回の第1巻では「温室」「背信」「家族の声」の三篇を収録。第2巻では、「いわばアラスカ」「ヴィクトリア駅」「丁度それだけ」「景気づけに一杯」「山の言葉」「新世界秩序」「パーティの時間」「月の光」を収録。第3巻には、「灰から灰へ」「祝宴」「記者会見」「失われた時を求めて」(本邦初訳)を収録する予定と聞いています。第1巻の内容については、版元さんからご紹介いただいた説明文を引用しておきます。 「病院とおぼしき国営収容施設。患者6457号が死亡、6459号が出産していたという報告に、怒れる最高責任者は職員らを質す。だが自体は奇妙な方向へ……全体主義の暴力を描く『温室』〔1958年に執筆されながら1980年まで封印されていた傑作〕。陳腐極まりない情事の顛末を、時間を逆行させて語り強烈なアイロニーを醸す代表作『背信』ほか1篇。日常に潜む不条理を独特のユーモアと恐怖のうちに斬新に抉り出し、現代演劇に革命をもたらしたノーベル賞劇作家〔2005年受賞〕による後期作品集」。 浜田優(1963-)さんは歴程新鋭賞を受賞した詩人であり評論家であり編集者で、単独著ではこれまで3冊の詩集を刊行しておられます。今回の本は著者初の登山本。初の、とは言っても学生時代から山に親しんできた方ですし、私の愛読書、服部文祥さんのデビュー作『サバイバル登山』の編集を担当されたのも浜田さんです。『流れる山の情景』は、「山と渓谷」誌に連載された詩や散文と、書き下ろしの登山紀行を加えたもので、帯文にはこう謳われています。「気鋭の詩人にして登山を愛する著者が、ビビッドな思索の糧として「山」を記述する試み。失われつつある山岳書を再興する、詩と散文・エッセイ、紀行」。味わい深い挿画は、門坂流さんの銅版画・ペン画です。 書き下ろしの紀行文「渓を行く歓び」から、越後・荒沢岳の蛇子沢を遡行する清冽なくだりを以下に引用します。「遡るほどに両岸は高くなり、いつしか岩の要塞にすっぽり閉じ込められたような按配になってきた。岩には雪崩が運んできた泥や砂利がこびり付いていて、見るからに悪相だ。滝をひとつ越えるたびに、何か出て木やしないかと背筋がぞくぞくする。もしも直登できない滝や、潜れないスノーブリッジが出てきたら、とうてい高巻きなどできないから、すぐにその場から引き返すしかない。引き返すといったって、登ってきた滝は下るほうが困難だ。自分たちは先達が記した遡行図を手にしているからいいけれど、この凄絶なゴルジュにはじめて足を踏み入れた人は、どういう気持ちでここを通過したのだろう」(122頁)。 また、宮沢賢治の「なめとこ山の熊」について論じたエッセイ「あれねえ、ひきざくらの花」より、冒頭で紹介されている、著者の緊迫した熊との遭遇体験のくだりはこうです。「登山道の左脇でがさがさいう音が聞こえ、足をとめた。音のするほうを見ると、一五メートルほど奥だろうか、森のなかのやぶがさかんに揺れている。そして声がした。「あぁ、あぁ、あぁ」というか、「おぅ、おぅ、おぅ」というか、喉元からしぼり出すような、あえぎ咆哮するような、なんというか異様に切迫した声だった。/とっさに人ではないかと思った。遭難者が大けがでもして、藪のなかでもがき苦しんでいるのではないか。いまにもこの登山道へ転がり出てきそうな気がして、唖然としたまま身構えていた。三〇秒ほどだったろうか、すぐに後ろから相棒が追いついてきて、その声を聞くなり、「ほぉー、ほぉー」と甲高い声を返した。/そこではっと我にかえった。人であるはずがない。あれは獣だ。いや、熊だ。私も合わせて甲高い声を挙げた。すると向こうから声はしなくなったが、かわりに藪のざわめきがいっそう激しくなった。高さ五メートルはある木の梢まで大きく揺れている。/相棒と私は「やばい、やばい」と言い合いながら、後ずさりしはじめた。途中からはそれももどかしく、後ろを向いて登山道を駆け上った。熊に遭ったら背中を見せて逃げてはいけないといわれる。じっさい背筋が凍えたがほかにすべはなかった」(102-103頁)。 山と森のひんやりした空気を胸一杯に吸い込むような、そんな読書を楽しめます。これからも山岳紀行を書き続けてくださるといいなあと思います。 ■辞典・資料・ガイドブック 『日本古典博物事典 動物篇』小林祥次郎 勉誠出版 9,975円 『魔法と錬金術の百科事典』ロウズマリー・エレン・グィリー/目羅公和:訳 柊風舎 15,750円 『中日関係史 1978-2008』歩平:編集代表/高原明生:監訳 東京大学出版会 29,400円 『博物館・美術館の生物学――カビ・害虫対策のためのIPMの実践』川上裕司・杉山真紀子 雄山閣 4,200円 『TOKYO大学博物館ガイド』大坪覚 ブルース・インターアクションズ 1,890円 ブルース・インターアクションズの新刊は、その名の通り、東京エリアの大学の博物館や美術館など約100施設を写真付きで紹介する本。同社では今年3月に矢部智子『東京公園散歩』という魅力的な本を刊行しましたが、いずれも大金をつぎこまずに近場を愉しむガイドブックとして、とても便利です。同社が8月に刊行した以下の2点にも注目。『メレンゲが腐るほど旅したい――メレ子の日本おでかけ日記』は、ブサかわ犬「わさお」をブレイクさせた話題のブログの書籍化。全国のあちこちのB級観光スポット(だけではないのですが)を写真付きでゆるーく紹介してくれて、一緒に旅した気分に浸れる素敵な本。チャック近藤『〔新装版〕ビートルズサウンズ大研究』は、ビートルズの「全曲解説」。楽器を弾けなくても、ビートルズを聞きながら「なるほどねえ」と愉しむことができる一冊。9月9日発売の全アルバム・リマスター版にあわせての再販かなと思います。 ■読書 『オバマの本棚――人を動かす言葉の裏に膨大な読書あり』松本道弘 世界文化社 1,365円 『古本探究 II』小田光雄 論創社 2,625円 『書棚と平台――出版流通というメディア』柴野京子 弘文堂 2,940円 柴野京子(1962-)さんの新刊は、東大大学院に二年前に提出された修士論文を大幅改稿したもの。帯文には「出版危機言説を疑い、変容する「本の世界」の現在を、流通の視点から解明する」とあります。タイトルも内容もユニークだと思うのですが、それもそのはず、柴野さんはトーハン出身でいらっしゃいまして、書籍仕入ないし仕入調整にかかわっておられたご様子です。取次人が長年の職場を去って大学院に入学するという例はあまり耳にしません。本書でもいかんなくその真価が発揮されているように、学究の場への復帰は柴田さんの「探究気質」によるものが大きいのではないかと思います。出版/読書界を「購書空間の変容」の歴史として捉える柴野さんの観点は、版元営業マンや書店人から見て非常に共感できるものではないでしょうか。業界内外に広く薦めたい研究書です。 ■雑誌 「atプラス」01(2009.08)特集:資本主義の限界と経済学の限界 1,470円 「水声通信」no.30(2009年5/6月合併号)特集:ジョルジュ・バタイユ 2,100円 「アイデア」no.336(2009.9)特集:漫画・アニメ・ライトノベル文化のデザイン〈後編〉 2,970円 「オルタ」7-8/'09(2009年7・8月号)特集:北欧神話?――グローバリゼーションと福祉国家 840円 「atプラス」は09年8月5日創刊の季刊誌、発行・発売元は太田出版で、編集長は落合美砂さん。誌面の統一テーマは「思想と活動」とのこと。 「水声通信」はセブンアンドワイに掲載された書影が拡大できるので、そこで寄稿者を確認できます。 「アイデア」の特集号は4月に発売された同特集号の前編(334号/09年5月号)が早々に品切で古書価が高騰中。近年ではここまで早く品切になる号がありましたっけ。今回の後編もじきに品切になっちまうかもしれません。 「オルタ」最新号は、特集号では市野川容孝さんと小川有実さんの対談や、毛利嘉孝さんの論考「クリスチャニアと福祉国家の危機」などを読むことができます。また丸川哲史さんの特別寄稿「ウルムチ騒乱事件を読む――「改革開放」政策の功罪」が掲載されています。次号特集は「中華世界」とのこと。
by urag
| 2009-09-06 04:06
| 本のコンシェルジュ
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