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URGT-B(ウラゲツブログ)

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2009年 03月 25日

近刊チェック《知の近未来》:09年3月25日

ほら、だから言ったじゃありませんか、業界再編のキーマンは丸善の小城武彦社長だって。WBCでの日本二連覇は確かに国民的ニュースです。イチローの2点勝ち越しのセンター前ヒット、最高でした。ただ、業界人にとっては、これまた大きなニュースがありました。

先に丸善や図書館流通センターと提携した大日本印刷が、今度はジュンク堂書店の発行済株式の51%を今月18日付で取得。さらに昨日24日には、丸善の決算会見の席上で、小城武彦社長がこんなことを公表したのです。丸善とジュンク堂書店と大日本印刷の三社は経営統合を視野に入れた提携協議を開始した、と。なんですって?!

新文化の記事→ http://www.shinbunka.co.jp/news2009/03/090324-03.htm

丸善とジュンク堂。正直、考えられない取り合わせです。むろん、将来的に経営統合したところで、丸善ブランドとジュンク堂ブランドがひとつになって、「丸善ジュンク堂書店」が誕生するほど簡単ではないと思います。店構えが現時点ではあまりにも違う。小城さんはあわよくば、オンライン書店大手、例えばアマゾンの日本法人をも飲み込みたいんじゃなかろうか。さらに言えば、大手版元とも提携しちゃうのかもしれない。音羽か一ツ橋ほどの大物と。

大手ナショナル・チェーン同士の提携協議は、ライバルである紀伊國屋書店や新興勢力のブックファーストなどに衝撃をもたらすだけではなくて、取次や版元との力関係にも影響を及ぼしていくのでしょう。いったいこの先、どうなるんだろう。

……さて、来月の新刊で気になったのは以下の書目である。

2009年04月
01日『アメリカは変われるか?』堤未果 大月書店
02日『肉体の迷宮』谷川渥 東京書籍 1,890円
06日『ドゥルーズ入門』檜垣立哉 ちくま新書 777円
06日『現代美術のキーワード100』暮沢剛巳 ちくま新書 777円
06日『多読術』松岡正剛 ちくまプリマー新書 840円
06日『京都美術鑑賞入門』布施英利 ちくまプリマー新書 819円
07日『神曲 天国篇』ダンテ/平川祐弘訳 河出文庫 998円  
07日『快楽の館』ロブ=グリエ/若林真訳 河出文庫 924円
08日『精神科医がものを書くとき』中井久夫 ちくま学芸文庫 1,260円
08日『クルーグマン教授の経済入門』山形浩生訳 ちくま学芸文庫 1365円  
08日『ゲーテ形態学論集 動物篇』木村直司編訳 ちくま学芸文庫 1365円  
09日『故郷/阿Q正伝』魯迅/藤井省三訳 光文社古典新訳文庫 価格未詳  
09日『善悪の彼岸』ニーチェ/中山元訳 光文社古典新訳文庫 価格未詳
09日『ガムテープで文字を書こう!』佐藤修悦 世界文化社 1,500円
10日『氏神事典――あなたの神さま・あなたの神社』戸矢学 河出書房新社 1,260円
13日『不確実性の時代』ガルブレイス/斎藤精一郎訳 講談社学術文庫 1,470円
14日『光と影 新装版』森山大道 講談社 1,890円
15日『物部・蘇我氏と古代王権』黛弘道 吉川弘文館 1,995円
16日『セザンヌ』ガスケ/與謝野文子訳 岩波文庫 903円  
17日『生物の驚異的な形』ヘッケル/戸田裕之訳 河出書房新社 2,940円
17日『ホーチミン・ルート従軍記』レ・カオ・ダイ 岩波書店 2,940円
20日『救済の星』ローゼンツヴァイク/村岡晋一ほか訳 みすず書房 9,975円
21日『マルクス『資本論』入門』KAWADE道の手帖 河出書房新社 1,575円
22日『21世紀を生き抜くためのブックガイド』岩崎稔+本橋哲也編 河出書房新社 1,680円
23日『さびしい文学者の時代』埴谷雄高+北杜夫 中公文庫 680円
24日『新訳 自殺について』ショウペンハウエル/河井眞樹子訳 PHP研究所 1,365円
25日『ポー短編集(2)』ポー/巽孝之訳 新潮文庫 420円
25日『スピヴァク、日本で語る』本橋哲也ほか訳 みすず書房 2,310円

まず、『クルーグマン教授の経済入門』は先月3点あったクルーグマン(1953-)の新刊の紹介で、日経ビジネス人文庫から刊行されていたが現在は品切、とお伝えしていたものの再文庫化かと思う。ガルブレイス(1908-2006)の『不確実性の時代』は83年に講談社文庫として上下本で刊行されていたものを学術文庫にスイッチして合本したものだろう。当時は上下本各380円。隔世の感を禁じえない。学術文庫ではマルクス『共産党宣言』水田洋訳が昨年末、講談社文庫からスイッチされている。古典の復刊は今後も積極的にお願いしたいものだ。

ローゼンツヴァイク(1986-1929)の『救済の星』は「ついに」という言葉を五回以上繰り返してもいいほどの待望の翻訳である。原著は1921年。現代思想において「メシア的なもの」が考察される時、参照項として欠かせない古典だ。値段はやや悶絶の域ではあるけれど、これは買うしかない。

ヘッケル(1834-1919)の新刊というのは『自然創造史』(2巻本、晴南社、1946年)以来のはずで、63年ぶりではないだろうか。版元紹介文によれば、「太古の原生生物から無脊椎動物、植物から動物まで……なぜ自然界はこんなにも美しいのか? ドイツの博物学者ヘッケルが描いた《芸術的な生物画集》、待望の刊行! 荒俣宏氏推薦!」とのこと。おそらくはこれは"Kunstformen der Natur"(『自然の芸術的形態』)として知られている博物学図譜のことだろう。息を呑むほど美しい極彩色の生物画の数々は、ネットで検索すれば色々サンプル画像が出てくるが、これらをまとめて手元に置いていつでも間近に眺められるようになるというのは何とも嬉しいことだ。

今月「植物篇」が出て来月「動物篇」が出る『ゲーテ形態学論集』や、先月刊行された福岡伸一『動的平衡』(木楽舎)や、昨年刊行のスティーヴン・スキナー『聖なる幾何学』(ランダムハウス講談社)や、イアン・スチュアート『もっとも美しい対称性』(日経BP社)などなど、ヘッケルとともにひもとくと楽しい本は色々ある。自然の造形美やパターン(法則性)の美というのは、時代を超えて人間に訴えかけるものがあると思う。

ヘッケルの新刊とともに私が大いに楽しみにしているのは、工作舎から来月中旬に刊行される予定の、ケプラー(1571-1630)の『宇宙の調和』だ。この本もまた、自然の美、それも天体の数学的音楽的な美に魅せられた著作である。訳者の岸本良彦さんは本書の「解説」でこう書いている。
http://www.kousakusha.co.jp/NEWS/weekly0324.html

「この書では、ケプラーが神学校時代から勉強してきた聖書、ピュタゴラス派、プラトン派、アリストテレス、ストア哲学、幾何学、ガレノス医学さらにグラーツで占星暦の作成にたずさわって以来の占星術理論と、『新天文学』で実測データにもとづいて確立した近代天文学とが響きあい、まさに調和している。ケプラーより以前には、当然のことながら、近代天文学にもとづく宇宙論はありえなかった。(中略)しかしまた、ケプラーの三法則から万有引力の法則を導き出したニュートンによって近代科学へとさらなる一歩を踏み出したケプラー以降には、古代・中世思想の伝統を継承したこのような宇宙論の構想はなくなっていった。すなわち、『宇宙の調和』は科学史の分水嶺に立つケプラーのみが書くことのできたヨーロッパ思想史上の至宝と言えよう」。

宇宙の法則を科学的に探求することと、宇宙の美を直観的に堪能することの間に、現代人の大半はあるいは隔たりを感じているかもしれない。星空を見上げて感嘆することの素朴さは、科学以前の単なる信仰的感情と切って捨てられてしまうのかもしれない。それならば、子ども時代の「感動」というのは総じて宗教の起源ということになってしまうだろう。私たちはこうした「宗教めいたもの」の何を、いったい恐れているのだろうか。もし直観を捨てるならば、私たちは世界との美的な紐帯を失うだろう。それは、生物としての人間に内在する美を無視することでもある。

美は誘惑的であるがゆえに警戒されるが、美への不感症に甘んじるならば、世界と人間が一体であることは無視されるようになり、そこには世界も人間もともに利用すべき消費財としてしか見ない恐るべき功利主義が誕生する。その態度はさらに、それを公然と肯定する傲慢さに裏打ちされる。ケプラーの『宇宙の調和』を出版することはある意味でとてつもなく時代的遅れのように見えるかもしれないが、それは全く違う。科学技術の進歩に無自覚に乗っかってきた現代人が平然と忘却したままでいるところの何ものかを取り戻すために、あの「分水嶺」に私たち自身も立ち会うことがついに今許されようとしているのだ。現代人が自滅する前にこの幸運を享受できるというのは、誰が認めようと認めまいと、またとないまれなチャンスなのである。

発売日が未詳だが、4月新刊には次のものもある。

『コークの味は国ごとに違うべきか?』パンカジ・ゲマワット 文藝春秋 2,000円
『私とは何か』池田晶子/わたくし、つまりNobody編 講談社 1,575円
『死とは何か』池田晶子/わたくし、つまりNobody編 毎日新聞社 1,575円
『ミラー・ニューローン』リゾラッティ/シニガリア 紀伊國屋書店 2,100円
『スクラップブック 1932-1946』カルティエ=ブレッソン写真 岩波書店 8,610円
『戦後日本スタディーズ(2)60・70年代』上野千鶴子ほか 紀伊國屋書店 2,520円

さらに再来月の新刊では、以下のものの予告がすでに出ている。

2009年05月
04日『皇室事典』所功ほか編 角川学芸出版 5,040円
11日『歎異抄』阿満利麿訳/注/解説 筑摩書房 10,500円
11日『ジョン・ケージ著作選』小沼純一編 筑摩書房 1,050円
11日『ゲームの理論と経済行動1』フォン・ノイマン+モルゲンシュテルン/銀林浩ほか監訳 阿部修一ほか訳 筑摩書房 1,575円
20日『ナショナリズム論・入門』大澤真幸+姜尚中編 有斐閣 2,310円
22日『新エディターシップ』外山滋比古 みすず書房 2,625円
25日『ならず者たち』デリダ/鵜飼哲+高橋哲哉訳 みすず書房 4,200円

驚くべきは『ゲームの理論と経済行動』である。値段からすると学芸文庫だろうか。もともとは東京図書より72年から73年にかけて全五巻で刊行されたもので、第一巻が『経済行動の数学的定式化』阿部修一訳、第二巻が『2人ゲームの理論』橋本和美訳、第三巻が『n人ゲームの理論』下島英忠訳、第四巻が『ゲームの合成分解』銀林浩訳、第五巻が『非零和ゲームの理論』宮本敏雄訳、となっていた。言うまでもなくゲーム理論の古典中の古典だが、絶版になって久しく、古書価は高く、なおかつなかなか市場でお目にかからない。今回は全三巻になるという。再来月発売の第一巻の訳者は、阿部修一と橋本和美の両氏である。ということは、全五巻本を再編集した抄録版となるのかもしれない。

外山さんの『新エディターシップ』は編集論の名著『エディターシップ』(1975年)の新版だろうか。こんにちの編集論の花形は、松岡正剛さんの「編集工学」ということになるのだろうけれど、外山さんの編集論とて、今なお新鮮であり、まったく古びてはいない。旧版の掉尾を飾るエッセイ「編集人間」の結びの言葉はこうである。

「ものごとが理解できるというのも、心の目で関係を認めて、既存の秩序と結びつけたときの現象である。こういうことに注意するならば、人間の営みは何ひとつとしてエディターシップによらないものはないように思われる。人間文化はエディターシップ的文化以外の何ものでもない。/われわれはすべて、自覚しないエディターである」(190頁)。

けだし名言である。先に私はケプラーの『宇宙の調和』の刊行を喜んで、贅言を弄したけれど、つまりは外山滋比古さんの上記の言葉を引けばそれで事足りただろう。人はたとえ自覚していなくても誰もが編集者であり、自覚するならばその人は、人と人との間、人とモノとの間、モノとモノとの間の結びつきに変化をもたらす革命家としての編集者になるだろう。

by urag | 2009-03-25 23:43 | 本のコンシェルジュ | Comments(2)
Commented by 秋嶋 at 2009-04-03 12:50 x
なぬーっ!
Commented by urag at 2009-04-04 22:18
秋嶋さんこんにちは。ほんとに「なぬーっ!」ですよね。びっくりです。


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