2009年 01月 26日
---------------------------------------------------------------------- ■「近刊チェック《知の近未来》」/ 五月 ---------------------------------------------------------------------- 業界再編の予兆がいよいよ顕在化してきた昨年に続き、2009年は早くも年始から、さらなる予感を誘ういくつかの特徴的な発言や出来事が目立ち始めている。まず第一のニュースは、大手取次の日販の古屋文明社長が、1月7日の「新春を祝う会」で「三者(出版社/取次/書店)のマージン配分の再編にも触れながら「委託から少しずつ買切に手を付けていく」と語った」と、業界紙に報じられたことだ。「新文化」紙の丸島基和社長は「新年の挨拶でここまで踏み込んだ挨拶は異例中の異例」と指摘し、「これは脱・委託の決意表明である」という認識を示している(「新文化」ウェブサイト「社長室」より)。 確かに異例ではあるが、脱委託への道のりは実際のところかなり険しいだろう。まず、委託制度のどこがダメなのか、また、返品率がなぜ改善しないのか、取次は客観的な分析を業界に明示すべきである。返品が減らないから買切に、という発言であると単純に受け取ってしまうと、それでは道筋がいかにも分かり易すぎる議論になってしまう。書店にも版元にもそれぞれ言い分があるはずだ。返品が減らないのは本が売れないからだとしても、売れない理由は単純ではない。本の内容自体に魅力がないから、書店の販売力が落ちているから、取次の配本が適正でないから、読者が本を読まなくなったから、等々と個々に割り切って済む話ではない。 買切制を導入する場合、返品率は確かに減りはするだろう。その際に書店のリスクを軽減するには、出版社の取次に対する卸正味を改定することによって、売上に対する書店の分け前を増やすべく検討することが必要になるだろう。出版社と取次のあいだの取引正味は多様だから、高正味版元も低正味版元も一律の割合で正味を下げる、などということに万が一なったら、低正味版元の反発は必至だ。高正味版元とて、何かしらの見返りなしに既得権益を放棄するはずがない。買切条件に限った特別正味というのが過渡的な現実策となるだろうが、買切のリスクをあえて取る書店はそもそもどれくらいあるだろうか。 【追記:「全国書店新聞」08年12月11日号の記事「教訓生かし再トライ」が責任販売制の運用について紹介している。講談社は06年10月、満数配本と正味40%というシステムを試験的に採用し、『だいじょうぶ だいじょうぶ』『窓ぎわのトットちゃん』を出荷した。その結果は……。】 あくまでも個人的な意見だが、買切条件について議論する際は、同時に再販制の運用についても検討するのがいいように思う。買切条件が摘要される対象を、一回ごとの納品にではなく、個々の書目に限定する戦略をもしもとる場合には、該当書目を再販制からはずし、価格を書店サイドが決定してマージンの幅をコントロールできるようにするのが適当ではないか。本の価格を出版社が決定し続ける限り、マージンの再配分はあらかじめ限られた範囲内での熾烈な綱引きに終始せざるをえないからだ。 無論、書店サイドが本の価格を決定するというのは、古書業界と違って新刊書店にはなじみが薄い面倒な作業ではある。たとえばもし日々の書籍新刊300点のうち100点でもいわゆる「自由価格」になってしまったら、現場は大混乱かもしれない。ナショナル・チェーン(全国展開している大型書店チェーンのこと)ならば、仕入を本部で一括し、専属のバイヤーが毎日値段を決めるということでかろうじて対応できるかもしれないが、少人数でやっているような町の個々の書店は対応しきれないだろう。ではそうした値段決定を取次が行えばいいかというと、買切になるくらいなら出版社から直接買い付ける、という書店が出てきてもおかしくない。 大手取次がどこまで考えているかは知るべくもないが、再販制を維持したままの買切制への移行は、下手をすると、諸々の旧弊を引きずったままの中途半端な構造改革にとどまらざるをえないだろう。今までの委託制の暴力的側面から予想すると、大版元ないし取次が売れ筋と自認する商品を書店に半ば強制的に買い取らせるという危険性もぬぐいきれないのではないか。構造改革はフェアでなければならないはずだが、主導する企業の利権が優先されるならば公正さなど望むべくもない。業界はいまや再編どころか全面戦争を目前にしているのかもしれない。 【追記:本稿執筆後、「全国書店新聞」09年1月21日号の各記事をじっくり読んだ。大阪市・BOOKS愛らんどの中島俊彦氏の記事「「行き過ぎた委託制度の見直し」について」に、「取次は買切制への移行を言う前に、流通・取引慣行を是正すべきでは」との発言がある。もっともな意見だと思う。】 本件についてはさらに詳述すべきではあるけれど、今回はここまでに留めてほかのニュースを急ぎ足で見ておこう。中堅取次の日教販は日販との業務提携に合意した。いっぽう大阪屋と栗田は、すでに開始している事業連携を今後さらに深めていく見通しであることを、それぞれのトップが新年会で明言している。取次の再編は今年さらに進むのだろう。書店業界では、昨年末、文教堂チェーンが恒例の新年懇親会の中止を発表したと思ったら、今月半ばの取締役会では、32店舗の閉店計画と、月内に希望退職者100名を募ることを決定した。経済不況のあおりを食って、書店の淘汰がますます今年は進むのかもしれない。 【追記:リアル書店のそんな窮状をよそに、アマゾン・ジャパンが早稲田大学と共同で書籍割引サービスを開始する、というニュースが飛び込んできた。アマゾンでの和書購入で、コミック、雑誌、アダルト書籍を除いて、8%を割引くというのだ。対象は、学生・大学院生、教職員、「校友会」の会費支払い者だと言う。8%というのは大きい。大学生協書籍部のほうがそれでも会員に対する割引率がより高いはずだが、大きな商売敵になるのではないだろうか。アマゾンは最近、CITIカードとの提携を解消し、Amazonクレジットカードを廃止した。今後は早大卒業生の場合、年会費を払って「早稲田カード」を持てば、アマゾンでの割引が可能になるわけだ。巧妙な囲い込みではある。】 ……さて、来月以降(09年2月~)の新刊で気になったのは以下の書目である。 2009年02月 04日『大洪水』ル・クレジオ 河出文庫 1,365円 09日『おたくの起源』吉本たいまつ NTT出版 1,680円 09日『現代語訳 学問のすすめ』福沢諭吉/齋藤孝訳 ちくま新書 798円 10日『象徴形式としての遠近法』E・パノフスキー ちくま学芸文庫 1,050円 10日『贈与論』マルセル・モース/吉田禎吾+江川純一訳 ちくま学芸文庫 1,260円 10日『ニーダム・コレクション』ジョゼフ・ニーダム ちくま学芸文庫 1,365円 10日『熱学思想の史的展開(3)熱とエントロピー』山本義隆 ちくま学芸文庫 1,470円 17日『動的平衡:あなたの身体は分子の「淀み」』福岡伸一 木楽舎 1,600円 17日『新版 ディコンストラクション(1)』J・カラー 岩波現代文庫 1,155円 17日『対訳 バイロン詩集』笠原順路訳 岩波文庫 798円 18日『猛牛と呼ばれた男:「東声会」町井久之の戦後史』城内康伸 新潮社 1,680円 19日『道の手帖 ハイデガー』河出書房新社 1,575円 20日『道の手帖 中平卓馬』河出書房新社 1,575円 20日『ボディショッピング:血と肉の経済』ドナ・ディキンソン 河出書房新社 1,890円 20日『ビジュアル版 対訳 武士道』新渡戸稲造/奈良本辰也訳 知的生きかた文庫 600円 20日『33個めの石:傷ついた現代のための哲学』森岡正博 春秋社 1,575円 20日『怯えの時代』内山節 新潮選書 1,050円 20日『最小合理性』C・チャーニアク 勁草書房 3,150円 20日『リベラリズムと正義の限界』マイケル・サンデル 勁草書房 4,200円 23日『職業としての政治/職業としての学問』マックス・ウェーバー/中山元訳 日経BP社 1,680円 23日『「意識」を語る』スーザン・ブラックモア NTT出版 2,310円 23日『グローバリゼーション:人類5万年のドラマ(上下)』ナヤン・チャンダ NTT出版 各2,730円 23日『この哲学者を見よ:名言でたどる西洋哲学史』ピエトロ・エマヌエーレ 中公文庫 900円 24日『新訳 人生の短さについて』セネカ/浦谷計子訳 PHP研究所 1,365円 24日『儒教と負け犬』酒井順子 講談社 840円 25日『純白の夜』三島由紀夫 角川文庫 441円 25日『あゝ、荒野』寺山修司 角川文庫 630円 25日『四国遍路の寺(上下)』五来重 角川ソフィア文庫 各900円 26日『江戸の数学教科書』桜井進 集英社 1,470円 27日『WATCHMEN』アラン・ムーア/デイヴ・ギボンズ画 小学館集英社プロダクション 3,749円 27日『奇跡の脳』ジル・ボルト・テイラー 新潮社 1,785円 2009年03月 02日『プレカリアートの憂鬱』雨宮処凛 講談社 1,680円 10日『朝鮮における日本人経営新聞の歴史(1881-1945)』角川学芸出版 2,940円 10日『スピヴァク、日本で語る』本橋哲也ほか訳 みすず書房 2,310円 19日『芸術思想を読む事典』木下長宏 みすず書房 5,775円 19日『政治的なるものをめぐる省察』ポール・リクール みすず書房 4,725円 30日『ならず者たち』ジャック・デリダ/鵜飼哲+高橋哲哉訳 みすず書房 4,200円 30日『神話論理 IV-2 裸の人 2』レヴィ=ストロース/吉田禎吾訳 みすず書房 8,820円 『道の手帖 ハイデガー』は、マルティン・ハイデガー生誕120周年記念特集。ハイデガーの建築論「建てる、住む、考える」の新訳も掲載されるとのことだ。同論考の既訳は、昨年11月に中央公論美術出版から刊行された『ハイデッガーの建築論』(中村貴志訳編)でも読むことができる。 ハイデガーつながりで一言付言しておくと、『シェリング講義』(木田元+迫田健一訳、新書館、99年10月)が昨年7月に重版されたにもかかわらず、アマゾンやbk1といったメジャーなオンライン書店では新本の取り扱いがなく、復刊ドットコムがかろうじて告知していたくらいだったのは寂しい限りだ。同書は幸い、ジュンク堂書店や紀伊國屋書店ブックウェブ、セブンアンドワイなどでも注文できるが、楽天ブックスが「在庫あり」となっているのには感心した。 注目なのは、NTT出版の新刊。『おたくの起源』『「意識」を語る』『グローバリゼーション』はいずれも期待できる。版元のウェブサイトではそれぞれ以下の通り紹介されている。 『おたくの起源』……「趣味・嗜好を表す言葉から、文化をも規定する時代の言葉となった「おたく」。‘70年代のその萌芽を振返り、現代文化の根源を示す」。著者の吉本たいまつ氏はまんが研究家/現代文化研究家。現在、成蹊大学文学部現代社会学科で講師として環境社会学や文化社会学を教えているそうだ。ウェブサイトはこちら→ http://www.picnic.to/~taimatsu/ 『「意識」を語る』……「世界中の「意識」の大物研究者を集めて、一貫性のある形で次々にインタビュー。まだ定説のない分野だけに議論は百花斉放だが、分野の全体像や見解の相違点を浮き彫りにすることに成功しているだけでなく、一部の識者からは驚くようなコメントを引き出すのにも成功している」。訳者は山形浩生氏。 登場する研究者は、ネッド・ブロック、デイヴィッド・チャーマーズ、パトリシア&ポール・チャーチランド、フランシス・クリック、ダニエル・デネット、スーザン・グリーンフィールド、リチャード・グレゴリー、スチュワート・ハメロフ、クリストフ・コッホ、スティーブン・ラバージ、ケヴィン・オレーガン、ロジャー・ペンローズ、ヴィラヤヌル・ラマチャンドラン、ジョン・サール、フランシスコ・ヴァレラ、ダニエル・ウェグナー。確かに豪華だ。 インタビュワーのブラックモアの著書には、『ミーム・マシンとしての私』(全二巻、草思社、00年7月)、『生と死の境界:臨死体験を科学する』(読売新聞社、96年、品切)などがある。七色に染めた髪型を見れる彼女のウェブサイトはこちら→ http://www.susanblackmore.co.uk/ 『グローバリゼーション:人類5万年のドラマ(上下)』……「「商人」「布教師」「戦士」「冒険家」という四つの主役をキーワードに、シルクロードからe-コマースまで、キリスト教の宣教活動から現代のNPO活動へ、中世の疫病流行から現代のコンピュータウィルスへ、というように、グローバリゼーションの流れをジャーナリストらしい軽快な文章でダイナミックに読み解いていく」。著者のナヤン・チャンダは1946年インド生まれのジャーナリスト。著書に『ブラザー・エネミー:サイゴン陥落後のインドシナ』(めこん、99年)がある。出版部長を務めるイェール・グローバリゼーション研究センターのウェブサイトでの写真付プロフィールは→ http://www.ycsg.yale.edu/center/chanda.html 発売日が未詳だが、09年2月の新刊には次のものもある。 『改訳 形の生命』H・フォシヨン/杉本秀太郎訳 平凡社ライブラリー 1,575円 『マルクスと批判者群像』良知力 平凡社ライブラリー 1,575円 『アインシュタインの反乱と量子コンピュータ』佐藤文隆 京都大学学術出版会 1,890円 『フェティシズム研究(1)フェティシズム論の系譜と展望』田中雅一編 京都大学学術出版会 4,410円 『近世の在村文化と書物出版』杉仁 吉川弘文館 10,500円 フォシヨンの名著は、遠い昔(1969年)、岩波書店から刊行されたものの待望の改訳版。阿部成樹訳『かたちの生命』(ちくま学芸文庫、04年9月)というのもあったが、現在は残念ながら品切。ちくま学芸文庫でめぼしい書目は、新刊のうちに買っておかないと、数年のうちに品切になることがしばしばなので要注意、という典型のひとつである。同社の文庫は、古書価格が高騰するだけでなく、入手もかなり困難になるのが悔しい。岩波文庫同様に年二回復刊、とは言わないまでも、年一回はやって欲しい。一読者としての切実な、強い希望である。 【追記:フェティシズムをめぐっては、昨今、ポール=ロラン・アスン『フェティシズム』(文庫クセジュ、08年12月)や、シャルル・ド・ブロス『フェティッシュ諸神の崇拝』(法政大学出版局、08年11月)と、基本書が立て続けに翻訳されていることは特筆に値するだろう。】
by urag
| 2009-01-26 01:10
| 本のコンシェルジュ
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