2008年 12月 26日
---------------------------------------------------------------------- ■「近刊チェック《知の近未来》」/ 五月 ---------------------------------------------------------------------- 今年はというか今年も激動の一年だった。草思社が文芸社の傘下に、そして青山ブックセンターがブックオフ傘下になるなんて、十年前は想像できなかった気がする。むろんここ十年の出版社や書店の景気の下降は業界人ならば誰もがよく知っていることで、どんなことが起きても不思議ではなかった。ベストセラーを連発していた中堅出版社が自費出版最大手に呑まれ、個性派セレクト書店が古書店チェーン最大手の子会社となったことも、青天の霹靂とは言えまい。 もはや何が起きても業界人は驚かないとは言え、この金融不況下で加速しつつあるかもしれない業界再編劇に無関心でいるわけではない。丸善が大日本印刷の子会社になったかと思えば、今度は丸善と図書館流通センター(TRC)が経営統合するという。また、九州の書店チェーンである積文館書店とブックセンタークエストが来春合併するとのことだ。 小城武彦(おぎ・たけひこ 1961-)氏は丸善の社長に昨春就任してからというもの、次々と手を打ってきた。アマゾン・ジャパンとの書籍オンライン販売の事業提携に始まり、今年は先述の動きがあった。私のような零細自営業者から見ると、ほとんどジェットコースター並みの展開である。 小城氏の半生をごく大雑把に見てみると、東京大学法学部~通産省~カルチュア・コンビニエンス・クラブ(ツタヤオンライン)~産業再生機構(カネボウ化粧品)~丸善というふうに、強力なお助けマンとしての地位を築いてきている。経営統合する丸善とTRCのトップに立つのもまた、彼である。 おそらく十年後に業界史が書かれるならば、彼は間違いなく再編劇のキーパーソンとして登場するだろう。小城氏を軸にする業界再編は今後も続くだろうから、極端な話、彼周辺の動静をマークすれば業界の現在が見えてくると言っても過言ではないかもしれない。 彼の次の一手は何だろうか。凡人の私には想像できないが、いくつか気になることがある。オンライン書店のbk1が今後どうなるか、ということだ。bk1の親会社は周知の通りTRCである。丸善のオンラインストアはアマゾンと提携したままだ。一方、bk1は先月末から大手レコード販売店HMVと提携を開始した。丸善とbk1の関係はどうなっていくのか、見当がつかない。たとえばbk1がHMVではなく、ツタヤあるいは新星堂と提携していたら……いや、こんな突拍子もない想像は無益だろう。 このままではいっこうに近刊の話題へ移れないので、最後にひとつだけ。積文館書店とブックセンタークエストはいずれも取次最大手である日販の関連会社である。日販がもしもさらなる効率化を考えるならば、自社傘下の書店チェーン――たとえばリブロなども他書店との統合対象になりうるのかもしれない。 【09年2月6日追記:「新文化」09年1月27日付ニュースフラッシュに「リブロとよむよむが経営統合」の記事が載った。同2月3日付「リブロ、よむよむとの経営統合で説明会」も参照。】 さてさて、来月(09年1月)の新刊で気になったのは以下の書目である。 2009年01月 06日『創刊の社会史』難波功士 ちくま新書 798円 07日『神曲 煉獄篇』ダンテ/平川祐弘訳 河出文庫 998円 07日『増補 虚構の時代の果て』大澤真幸 ちくま学芸文庫 1,260円 07日『熱学思想の史的展開(2)熱とエントロピー』山本義隆 ちくま学芸文庫 1,470円 07日『五輪書』佐藤正英注釈・訳 ちくま学芸文庫 903円 07日『福の神と貧乏神』小松和彦 ちくま文庫 672円 07日『つげ義春コレクション(4)近所の景色/無能の人』ちくま文庫 798円 07日『ちくま日本文学(031)夢野久作』ちくま文庫 924円 08日『東北学/忘れられた東北』赤坂憲雄 講談社学術文庫 1,103円 09日『アドルフに告ぐ(1,2)新装版』 手塚治虫 文春文庫 各630円 16日『マッド・マネー』スーザン・ストレンジ 岩波現代文庫 1,470円 16日『デューラー 自伝と書簡』岩波文庫 798円 16日『ホフマンスタール詩集』岩波文庫 693円 20日『恋について』チェーホフ 未知谷 2,100円 20日『筒井版 悪魔の辞典 完全補注』上下巻 ビアス 講談社+α文庫 各880円 21日『KAWADE道の手帖 中島敦』河出書房新社 1,575円 22日『自由訳 良寛』新井満 世界文化社 1,260円 22日『政治への想像力』杉田敦 岩波書店 2,520円 23日『不干斎ハビアン:神も仏も棄てた宗教者』釈徹宗 新潮選書 1,260円 24日『超スピリチュアル次元/ドリームタイムからのさとし』よしもとばなな+ウィリアム・レーネン 徳間書店 1,575円 27日『宿神論:日本芸能民信仰の研究』服部幸雄 岩波書店 8,925円 27日『天皇の秘教』藤巻一保 学習研究社 4,410円 28日『ハチはなぜ大量死したのか』ローワン・ジェイコブセン 文藝春秋 1,890円 29日『ロベール・ドアノー写真集 パリ』岩波書店 9,450円 大澤さんの『虚構の時代の果て』は96年のちくま新書が親本。今春刊行された『不可能性の時代』(岩波新書)はその続編。増補されて文庫で読めるようになるのは嬉しい。 ストレンジの『マッド・マネー』は『カジノ資本主義』に続く文庫化第二弾。同版元の単行本『国家の退場』も現在品切なので、さらに続けて文庫化して欲しいものだ。 筒井康隆訳『悪魔の辞典』は02年10月に単行本として刊行されていたもの。既訳には奥田俊介訳(角川文庫)や、西川正身訳(岩波文庫)などがある。 『超スピリチュアル次元』の共著者ウィリアム・レーネン氏は「サイキック・チャネラー」だそうだ。氏はよしもとばななさんと対談したことがあり(『アトランティア 浮上編』徳間書店/12月8日発売)、彼女を高く評価しているのだとか。 ジェイコブセンの『ハチはなぜ大量死したのか』は、版元の内容紹介によれば、「地球の生態系の危機」に迫る、「現代版『沈黙の春』」だそうだ。『沈黙の春』は言うまでもなく、レイチェル・カーソンの名著で環境問題を扱う古典だ。新潮文庫で読むことができる。 『ハチはなぜ~』について、版元紹介文をさらに見てみよう。「2007年、北半球に生息するミツバチの4分の1が消えました。ある朝養蜂家が巣箱をあけると、そこにいるはずの働きバチがいないのです。働きバチは二度と帰ってくることなく、そのコロニーは全滅します。謎のその病気は蜂群崩壊症候群(CCD)と名付けられます。その原因追究から「生態系の平衡の歪(ゆが)み」というより大きな枠組みに読者をつれさる知的興奮の科学書です。福岡伸一さんの解説が付きます」。CCDについては、ナイト・シャマラン監督の映画『ハプニング』を見て、記憶している人もいるだろう。 発売日が未詳だが、09年1月の新刊には次のものもある。 『フッサール・セレクション』立松弘孝編 平凡社ライブラリー 1,470円 『イデーン(2-2)』フッサール みすず書房 6,300円 『故国喪失についての省察(2)』E・サイード みすず書房 5,040円 『「あこがれ」の輝き:源氏物語を読む』ノーマ・フィールド みすず書房 5,880円 『史上最悪のインフルエンザ:忘れられたパンデミック』A・W・クロスビー みすず書房 4,620円 『創発する生命:化学的起源から構成的生物学へ』ピエロ・ルイジ・ルイージ NTT出版 5,250円 『アメリカの省察:トクヴィル・ウェーバー・アドルノ』クラウス・オッフェ 法政大学出版局 2,100円 『国家とは何か:ピエール・ブルデューと民主主義の政治』ブルデュー+ヴァカンほか 藤原書店 4,410円 『スパイと公安警察:ある公安警部の30年』泉修三 バジリコ 1,680円 『ヤバい社会学:一日だけのギャング・リーダー』スディール・ヴェンカテッシュ 東洋経済新報社 2,100円 『新版 路上のマテリアリズム:電脳都市の階級闘争』平井玄 社会評論社 2,415円 『完訳 わが闘争』全二巻 アドルフ・ヒトラー/畔上司訳 学研 各2,940円 『ナチが愛した二重スパイ:英国諜報員「ジグザグ」の戦争』ベン・マッキンタイアー/高儀進訳 白水社 2,520円 『時間と自由』ベルクソン/平井啓之訳 白水Uブックス 1,365円 『西洋美術書誌考』西野嘉章 東京大学出版会 9,240円 『東京ブックナビ』東京地図出版 1,050円 クロスビーの新刊は前世紀前半に大流行した「スペインかぜ」を研究したもので2004年に刊行されたが、今回、「訳者による解説「パンデミック・インフルエンザ研究の進歩と新たな憂い」を付した新装版」(版元紹介文)として再刊される。 ヒトラーの『わが闘争』は平野一郎・将積茂訳(角川文庫版全2巻)が完訳本としては長らくもっとも入手しやすい版として巷間に流布されてきた。今回の新訳では訳文の可読性を高め、補足説明や訳注を充実させているようだ。なお、日本ではヒトラーの「未刊の口述タイプ原稿」も、『続・わが闘争』として翻訳されている。平野一郎訳(角川文庫、04年7月)、立木勝訳(成甲書房、04年5月)。 マッキンタイアーが描いているのは、版元紹介文によれば、「第二次大戦末期、ロンドン暗黒街の悪党チャップマンは、ナチのスパイとなるも、実は二重スパイとして、ベルリンに偽情報を送っていた」という秘史。既訳書に『エリーザベト・ニーチェ:ニーチェをナチに売り渡した女』(白水社、1994年)や『大怪盗:犯罪界のナポレオンと呼ばれた男』(朝日新聞社、1997年)などがある。今回の新刊は、トム・ハンクスによる映画化が進行中だそうだ。 『東京ブックナビ』は書店や図書館のほか、近隣の喫茶店・飲食店、また、オンライン書店なども紹介するそうだ。約4年前、メタローグから『ブック・ナビ東京:必ず見つかる!書店&図書館800件徹底ガイドの詳細』というのが刊行されていたことを思い出した。
by urag
| 2008-12-26 09:16
| 本のコンシェルジュ
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