2008年 12月 14日
マルクス:原作 バラエティ・アートワークス:企画・漫画 イーストプレス 08年12月 本体552円 文庫判192頁 978-4-7816-0021-5 ■カバー紹介文より:金が何でできているか知ってるか? 19世紀前後に起こった産業革命以後、工業化により商品の大量供給が可能になったが、貧富の差はますます広がり、人々の生活は豊かになるどころか苦しくなるばかり。労働者を酷使する生産過程の中で新たな価値を生み出す「搾取」のシステムが明らかになる・・・。資本主義社会に生涯をかけて立ち向かった革命家・マルクスの代表作を漫画化。 ★売行好調と聞く「まんがで読破」シリーズの最新刊はなんとマルクス『資本論』。同シリーズでは小林多喜二『蟹工船』が刊行されていますし、海外の人文系古典でもマキアヴェッリ『君主論』、ニーチェ『ツァラトゥストラかく語りき』といった漫画化がまったく予想できない名著から、ヒトラー『わが闘争』といった奇書までもが刊行されています。続刊予定にはキェルケゴール『死に至る病』も。学術系の編集者なら敬遠するであろう大作や問題作や難解な著書の翻案に大胆にも挑戦する姿勢には注目すべきものがあります。 ★巻末に記載された、「まんがで読破」編集部による注記にはこうあります、「このまんがは原書『資本論』の主に第一巻をベースにして物語化したものです。原書の『資本論』は資本主義の解明だけにとどまらず、革命的な思想や哲学がもりこまれた大著となっております。本書が足がかりとなり、原書の橋渡しになることを切に願っております」。 ★漫画化された『資本論』は「資本の生産過程」「搾取」「労働の売買」「価値」の四部に分かれ、一貫したストーリーで資本主義の残酷な現実を描写しています。難解さはなく、「労働力という商品を安く買い叩くことによって会社(より正確には株主)が儲かる」という現実は今なお私たちが生きている当のものであることがよくわかります。物語の最後に出てくる、解雇された労働者の街頭での叫び「俺たちは奴隷じゃない」は、現代社会における労働者の魂の声でもあるでしょう。 ★誤解のないようにしなければなりませんが、この漫画化は、複雑で膨大な『資本論』を教科書風にまとめなおして図示したものではありません。『資本論』のいくつかのモチーフを抽出して、それを分かりやすく説明するためにオリジナルのフィクションに託してみた「別物」です。『資本論』の概要が分かるように作られたものというよりは、編集部が言うように「足がかり」として、読者にとって原典へ近づくきっかけになれば、という意図のもの。このシリーズに対して原典への忠実さを求めたり、忠実でないからと言って責めるのはいささか不毛だと思います。確かにシリーズ名にある「読破」という惹句やシリーズに共通した帯文の「徹底漫画化」という宣伝文句には若干語弊があるかもしれませんが。 ★本書を読んで、『資本論』原典に興味を抱いて直ちに購読しようとは思っても、実際はなかなか決心がつかないかもしれません。というのも、もっとも廉価な岩波文庫版ですら全九分冊の大著ですし、揃いで買うと約8500円になりますし、内容は難解でマンガを読むようにはとうていいきません。とりあえず議論の中心になっている第一部(マルクス自身が生前に仕上げたのは全三部のうち第一部のみ)だけでもチャレンジしてみよう、という場合は、岡崎次郎訳『資本論』第一巻~第三巻(国民文庫)と、今村仁司ほか訳『資本論第一巻』上下巻(筑摩書房)をお奨めします。いきなり原典にいくのは辛いという方には、的場昭弘『超訳「資本論」』(祥伝社新書)をお奨めします。 共産党宣言・共産主義の諸原理 カール・マルクス/フリードリヒ・エンゲルス:著 水田洋:訳 講談社学術文庫 08年12月 本体960円 A6判282頁 978-4-06-291931-9 ■帯文より:貧困と不平等を超克した理想の社会へ「すべての国の労働者よ、団結せよ!」 ■カバー紹介文より:1848年の二月革命前夜、プロレタリアートたちが掲げたマニフェストに力強く簡潔な表現で謳われていた、来るべき社会の理想。そして21世紀の現在、今なお世界に蔓延する格差や不均衡に直面する我々に向けて本書が放つ変わらぬ光は、重要な示唆に富む。社会思想史の泰斗による平易な訳に丁寧な解説を施し、近代を代表する不朽の古典が蘇る。 ★1972年に講談社文庫の一冊として刊行されたもの(写真左)の改訂版です。訳者の水田洋(1919-)さんと言えば、アダム・スミスやホッブズの翻訳などでも知られています。今回の再刊にあたっては巻末に「あとがき」が加えられていますが、ごく簡潔な覚書と謝辞のみになっています。 ★『共産党宣言』が新たに読まれるようになったきっかけのひとつは、91年の年末にソ連が崩壊し、その二年後の93年10月に金塚貞文訳『共産主義者宣言』が柄谷行人の「刊行に寄せて」を付して太田出版から発売されたことではないかと思います。共産主義が「終焉した」とされた当時こそ、偏見のない再評価のスタートラインにつけるのだという認識が、柄谷さんと浅田彰さんが率いる『批評空間』誌にはあったと思います。現実にある政党とは無関係に読み直すという意義は、「共産党」ではなく「共産主義者」とした新訳に表れています。その後99年6月に刊行された『批評空間』第Ⅱ期第22号では「世界資本主義からコミュニズムへ」と題された共同討議が掲載され、同年99年12月には柄谷行人編『可能なるコミュニズム』が太田出版から刊行されました。共産主義という手垢のついた言葉を、カタカナの「コミュニズム」と言い換えたことも一つの戦略ではあったと思います。さらに、00年12月にはスラヴォイ・ジジェクが『共産党宣言』刊行150周年記念版(98年にザグレブで刊行)に付した論文「いまだ妖怪は徘徊している!」が長原豊訳で情況出版より刊行され、01年9月に柄谷行人さんが『トランスクリティーク――カントとマルクス』を批評空間から刊行、03年1月に以文社より出版されたネグリ/ハートの『〈帝国〉』が大きな話題を呼び、昨今では小林多喜二『蟹工船』がベストセラーになるに至って、共産主義=コミュニズムが「再ブーム」化しうる社会が到来した、と言えるようになってきました。いえ、正確に言えば、新自由主義下の格差社会の実態が露呈してきたからこそ、そうした書籍群も注目されてきたわけです。 ★『共産党宣言』はあくまでも宣言ですから、マルクスの思想の細部までは詳述されていません。その意味では水田訳の文庫ではエンゲルスによる「共産主義の諸原理」が併録されていて、問答形式で共産主義の何たるかが簡潔に示されていますから、理解をいっそう深めることができるだろうと思います。ただし、「諸原理」でも明らかにされていない論点が複数あり、さらにマルクス『資本論』でも、資本主義社会の消滅後に到来する共産主義社会が詳述されているとは言えないため、コミュニズムの現実的細部というのは今なお現代人の「宿題」として残されたままです。貧困や不平等が克服された社会、弱者からの搾取が廃絶された社会、そうした理想社会に至るための闘争の途上に人間がある限り、マルクスは何度でも再来するはずです。 共産党宣言 彰考書院版 マルクス+エンゲルス:著 幸徳秋水+堺利彦:訳 アルファベータ 08年11月 本体900円 四六判並製128頁 978-4-87198-300-6 ■帯文より:資本主義が暴走したいまこそ、読むべき時。世界で「聖書」の次に多く読まれ、半世紀前の日本で100万部突破。大逆事件で死刑となった幸徳秋水と、日本社会主義運動の父、堺利彦が弾圧にも挫けず、情熱を込めて訳した不朽の名訳。 ■版元紹介文より:当社アルファベータは、彰考書院の経営者の孫が経営している出版社です。このたび、「いまこそ、読むべき時」との思いも強く、半世紀ぶりに復刊いたします。19世紀半ばの社会分析が、今の時代を鋭く言い当てていることに驚かされます。そして明治の時代、敗戦直後の時代、私たちの祖父の時代の歴史の断面と、その情熱を感じていただければ幸いです。 ★「現代かな遣い、ルビ付に改定して復刊」されたものです。アルファベータのウェブサイトに「当社及び本書は、日本共産党とは何ら関係がありません」と明記されている点が、代表者中川右介さんのこだわりを感じさせます。中川さんは本書の巻末に「ある左翼出版人の略伝」という文章を寄せられており、そこにはこう書かれています、「祖父〔藤岡〕淳吉の時代、革命運動とはイコール出版活動でもあった。だがこんにちの「運動」ではインターネットが紙の出版にかわろうとしている。それは分かっている。しかし、あえて、紙に印刷することにこだわってみたかった。〔中略〕ネット上の情報は、管理者の気まぐれで消されてしまえば、それっきりだが、本は、たとえ著者が死のうが出版社が倒産しようが、数十年は「もの」として存在し続ける」(126-127頁)。 ★これらの言葉に私個人は大いに共感します。こんにちの業界において、出版活動と革命運動を結びつけることはほとんど一笑に付される主張かもしれませんが、私自身はこの二つを別々のものだと割り切ることはしたくありません。好むと好まざるとに関わらず、出版活動というものは大小の「文化戦争」に巻き込まれており、その現実を否定するのは実際のところナンセンスなのです。また、紙媒体が徐々に滅んでいき、電子媒体が主流化しつつあるように見える昨今でも、単独のモノとしての紙媒体のシンプルなしぶとさには、様々な周辺機器や電力を必要とし単独のモノとしては肉眼のみで読まれ得ない電子媒体の脆さや利便性と表裏一体の不便さよりは、いっそう生き残れる可能性があります。より古くからあるメディアの方が今後も存続する可能性があるのです。もっと言えば、紙の本よりうんと古い石版のほうが絶対的に耐久性において優れています。電子情報や紙の本が地上からすべて消えても、石版は残るでしょう。現代社会の情報基盤というのは実は脆弱なもので、いつ消えてなくなっても不思議ではないのだということを、忘れてはならない気がするのです。
by urag
| 2008-12-14 00:46
| 本のコンシェルジュ
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Comments(2)
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