2008年 11月 10日
先月冒頭、ついにネグリの『野生のアノマリー』の完訳が刊行されました。日本へのネグリ紹介の歴史においては、杉村昌昭さんの迅速な行動力が特筆に値することには異論の余地はないように思われます。『野生のアノマリー』はその昔、水声社から刊行予告が出ていましたが、〈杉村=ネグリ〉ラインにより一から体勢が立て直され、数年のうちに刊行されたことは驚くべきことです。 野性のアノマリー――スピノザにおける力能と権力 アントニオ・ネグリ:著 杉村昌昭+信友建志:訳 作品社 08年10月 本体5,800円 46判上製536頁 ISBN978-4-86182-203-2 ■帯文より:スピノザを現代に蘇えらせた歴史的名著。刊行から27年、翻訳不可能とまで言われたネグリの名高き代表作の待望の邦訳。「我々のスピノザ理解を刷新した偉大な本」(ジル・ドゥルーズ「序文」より)。「スピノザの思想は、近代の始まりにおいて「異形〔アノマリー〕」として登場し、いまや近代の終わりにおいて、根本的に「オルタナティヴ」なもの、実際的に革命的なものとして姿を現わす」(ネグリ「日本語版への序文」より)。※「日本語版への序文」の全文は、こちらで読むことができます。 ■帯文裏より:「このスピノザ論は、1979~80年に、ネグリがイタリアの監獄内で執筆したものである。本書の執筆によって、ネグリは逆境を生き延び、奇跡的復活を成し遂げた。ここには彼の思想的営為の主要な概念と課題が出そろっており、80年代以降、休息に変化する状況に立ち向かう全方位的装置を構築したものとなっている」(杉村昌昭「訳者解説」より要約)。 ■ドゥルーズ序文より:「スピノザは、最初から個人ではなく「多数者〔マルチチュード〕という観点から思考する。かれの全哲学は、"potestas"〔権力〕にたいする"potentia"〔力能〕の哲学である。その哲学は、マキャヴェッリからマルクスにいたる反法制主義の伝統に組み入れることができる。法的な契約に対置されるのは、存在論的な「構成」という考え、あるいは自然学的・力学的な「合成」といった概念である」(13頁)。 ■目次 日本語版への序文(アントニオ・ネグリ) 序文(ジル・ドゥルーズ) 序文――現前するスピノザ(ピエール・マシュレ) 序文(アレクサンドル・マトゥロン) はじめに 第一章 オランダという異形 第二章 スピノザ・サークルのユートピア 第三章 第一の創設 第四章 イデオロギーとその危機 第五章 体系の中断 第六章 野生の異形 第七章 第二の創設 第八章 現実の構成 第九章 差異と未来 ネグリ式スピノザのアクチュアリティー――訳者解説にかえて(杉村昌昭) 訳者あとがき(信友建志) 参考文献 人名索引 人名表記対応一覧(カタカナ/アルファベット) ★ネグリの著作で、スピノザ論としてまとまっているのは、未訳ですがこのほかに『転覆的スピノザ』(イタリア語版1992年)という小著があります。『野生のアノマリー』とこの『転覆的スピノザ』のイタリア語原典が合本されたのが、98年の『スピノザ』です。これは再刊本がまだイタリア系のオンライン書店では入手可能です。 ★『野生のアノマリー』の奥付裏広告に、近刊予告が載っていました。市田良彦監修『ネグリ 幻の日本公演(仮題)』です。内容は次のように紹介されています、「2008年3月、「日本、ネグリを入国拒否!」の報道が、世界をかけめぐった。幻となったネグリ日本公演を、紙上で再現する。――ネグリが初来日のために用意した、いくつもの講演原稿や論文、東大・芸大で強行された《ネグリ・シンポジウム》での国際通話によるネグリとの対話などを収録」。そして、収録される「日本での講演予定原稿」として、「新たなるコモンウェルスをめざして」(東大)、「大都市とマルチチュード」(京大)、「芸術と非物質的労働へのアプローチ」(東京芸大)、「〈知識人〉は、いまなお可能か?」(国際文化会館)ほか、と記されています。 ★ネグリが論じているスピノザの原典の多くは畠中尚志さんによる翻訳が岩波文庫から刊行されていますが、主著の『エティカ』を除くと畠中訳以外の本はなかなかありません。かつて(新社になる前の)当時の河出書房の「世界の大思想」シリーズ第9巻(写真左)で、スピノザの「倫理学〈エティカ〉」(高桑純夫訳)、「知性改善論」(森啓訳)、「政治論」(井上庄七訳)が一冊にまとまっていて、今でも古書店を探せば入手可能ですが、現在新本では高価なワイド版(大活字本)でしか手に入れることができないのは、かえすがえすも残念です。 ★特に「政治論」はスピノザにおける「マルチチュード」概念の出典でもある不可欠の著作で、岩波文庫では「国家論」と訳されています。スピノザの上記三篇は文庫では岩波のものしか手に入らないし、岩波版『エチカ』は上下本で携帯するのがイマイチ不便ですから、河出文庫で、それぞれ一冊本の「エティカ」「知性改善論」「政治論」の3点が出たら最高に嬉しいし、新訳ではなくとも、市場のニーズもあるはずなのです。 ★中央公論社の「世界の名著」シリーズは今でも「中公クラシックス」として順次再刊され続けていますが、河出の「世界大思想全集」(第一期「哲学・文芸思想篇全31巻、第二期「社会・宗教・科学思想篇」全36巻)は、その後も「世界の大思想」(第一期全29巻、第二期全16巻)、さらに「完訳・世界の大思想」(全3巻)と後代に受け継がれてきました。このシリーズでしか読めない貴重な翻訳というのもまだ残っていますから、これらを順次「古典文庫」として刊行していけば、岩波だけでなく、講談社や筑摩に拮抗しうる重要なコンテンツたりうるはずなのです。 ★繰り返しますが、新訳でなくても、今なお十分ニーズはあると思います。第一、古典ものの新訳はそう簡単には出ません。光文社がいくら頑張っても、人文社会系の書目は実際はなかなか増やせないだろうと思います。河出書房新社さんでは本年、編集部に「人文課」が創設されたと聞きますので、ぜひとも奮起していただきたいところです。
by urag
| 2008-11-10 02:14
| 本のコンシェルジュ
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