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2008年 10月 13日
哲学、言語学、社会学、地理学、政治学、経済学、法学、等々に売場が分散するため、書店ではなかなか全体像を掴みづらい「アメリカ現代思想」ですが、たとえば紀伊國屋書店新宿本店人文書売場では昨年来、分散していた本を哲学思想書棚に集約して展開しています。網羅的とまではいきませんが、注目すべき試みです。 戦後の日本における海外思想の輸入トレンドは、非常におおざっぱに言えば、60年代までがドイツ実存哲学、70年代がフランス現代思想、80年代が英米批評、90年代以降がカルチュラル・スタディーズというふうに変遷してきました(これは『現代思想』や『大航海』の編集長を務めた三浦雅士さんが90年代半ばに紀伊國屋書店の人文書研修会で行ったレクチャーをもとにしており、あくまでも便宜上のもので、実際の歴史的ディテールにはズレや重複があります)。 00年代において日本で注目されてきたのは、イタリア現代思想とアメリカ現代思想であると言っていいかもしれません。アガンベンやネグリらに代表されるイタリア現代思想については、岡田温司さんによる『イタリア現代思想への招待』(講談社選書メチエ、08年6月)が刊行されました。そして、アメリカ現代思想については、ついさいきん仲正昌樹さんの『集中講義!アメリカ現代思想』(NHKブックス)と会田弘継さんの『追跡・アメリカの思想家たち』(新潮選書)が刊行されました。 こうした入門書が出てくれば、書店さんでも参考にすることができ、棚が作りやすくなります。人文社会系の入門書というのは往々にして、流行の初期に出るものではなくて、むしろ後期になってから出版されるもので、業界の中では「入門書はブーム終了のサイン」と考えている人々がいます。しかし人文社会書は娯楽実用書よりは息が長いですから、ジャーナリストやマーケッターばりに流行り廃れをやかましく言ってもあまり意味がありません。私の知っている或る書店員さんは「読者より一歩先に進んじゃダメ。半歩先くらいが適当」と話していました。入門書が出る前からその分野の全体像を掴んでいるのは人文社会書の場合、大学教授などのプロフェッショナルな人々なので、一般読者にしてみれば、入門書が出ることが「出会い」のきっかけになるはずです。 だとすれば、書棚を編成するのは入門書が出てからでもけっして遅すぎることはありません。以下にご紹介する二冊は、「アメリカ現代思想」の棚を編集する上で、役に立つと思います(ただし、ここで言う「アメリカ現代思想」は、主に政治思想を扱うものであって、残念ながら分析哲学や批評理論、カルチュラル・スタディーズ、フェミニズム、経済学、等々の全域まではカバーしていませんので、それぞれ別の入門書が必要です)。 ![]() 仲正昌樹(1963-):著 NHKブックス:日本放送出版協会 08年9月 本体1160円 B6判並製296頁 ISBN978-4-14-091120-4 ■帯文より:リベラルが分かれば、アメリカが見える! ロールズからローティ、ネオコン思想まで。初の入門書! 第一部「リベラルの危機とロールズ」では、フロム、ハイエク、アーレントら、戦後アメリカ思想の変遷を辿り、ロールズ『正義論』登場の背景を探る。第二部「リベラリズムの現代的展開」では、ドゥウォーキン、ノージック、サンデル、ウォルツァーら、リベラリズムをめぐる三つ巴状況とは何かを解説。第三部「ポスト冷戦期のリベラリズム」では、ローティ、ハンチントン、ネグリ=ハートら、グローバリゼーションのうねりと9・11がリベラリズムをどう変容させたのかを解説する。 ■内容紹介文(カバー)より:格差社会から地域紛争まで、喫緊の課題をどう読み解くか。現実的な社会変革をめざす思想として、近年注目されるアメリカ発のリベラリズム。社会全体の「平等」と個人の「自由」の両立を構想することで、自由をめぐる現代的課題を考察したロールズの『正義論から、リバタリアニズムにコミュニタリアニズム、ネオコン思想までを紹介。リベラリズムを中心とするアメリカ現代思想のあらましを、時代背景とともに明快に解説し、日本をはじめ現代の思想状況にリベラリズムが与えた影響を探る。 ■目次より: 序 アメリカ発、思想のグローバリゼーション I リベラルの危機とロールズ 第一講 「自由の敵」を許容できるか――戦後アメリカのジレンマ 第二講 自由と平等を両立せよ!――正義論の衝撃 間奏曲I 日本にとっての1960年代 II リベラリズムの現代的展開 第三講 リバタリアニズムとコミュニタリアニズム――リベラルをめぐる三つ巴 第四講 共同体かアイデンティティか――文化をめぐる左右の戦争 第五講 ポストモダンとの遭遇――リベラルは価値中立から脱却できるか 間奏曲II 日本のポストモダン思想 III ポスト冷戦期のリベラリズム 第六講 政治的リベラリズムへの戦略転換――流動化する「自由」 第七講 〈帝国〉の自由――「歴史の終焉」と「9・11」 第八講 リベラリズムから何を汲み取るべきか あとがき 関連年表 アメリカ現代思想のあらまし 索引 ★巻末の「関連年表」は1945年から2008年まで一年ごとに、上段が「世界のおもな出来事」、下段が「思想史上のおもな出来事と著作」となっていて、事件と書籍を時系列で同時に掴むのにはもってこいです。書籍は邦訳があるものはきちんと版元名と刊行年が明記されています。 ★同じく巻末の「アメリカ現代思想のあらまし」というのは、1940年代から00年代に至る、思想的諸潮流の影響関係および対立関係をチャートで表したものです。半世紀超の流れと構造を図式的に憶える上で、とても便利です。 追跡・アメリカの思想家たち 会田弘継(1951-):著 新潮選書 08年9月 四六判変型223頁 ISBN978-4-10-603618-7 ■帯文より:現実政治の裏側には、かくも深き知的格闘が! ネオコン、リバタリアン、ファンダメンタリズム……。多用な登場人物たちが織りなす「思想のドラマ」を、気鋭のジャーナリストが鮮やかに描く。 ■内容紹介文(カバー)より:リベラルから保守反動まで。アメリカ思想のさまざまな系譜。アメリカの思想は多用である。究極の自由を求めるリバタリアンや、宗教ファンダメンタリズムだけでなく、近代そのものを否定するような保守思想の命脈も、ずっと生き続けてきた。ニューヨークやワシントンだけでは分からない、「深層のアメリカ」の姿がそこにある。実際に思想家たちを訪ね歩いたジャーナリストが、「思想史のドラマ」を鮮やかに描き出す。 ■目次より: プロローグ メコスタ村へ 第一章 戦後保守思想の源流――ラッセル・カーク(1918-1994) 第二章 ネオコンの始祖――ノーマン・ポドレッツ(1930-) 第三章 キリスト教原理主義――J・グレシャム・メイチェン(1881-1937) 第四章 南部農本主義――リチャード・ウィーバー(1910-1963) 第五章 ネオコンが利用した思想――レオ・シュトラウス(1899-1973) 第六章 ジャーナリズムの思想と機能――H・L・メンケン(1880-1956) 第七章 リベラリズム――ジョン・ロールズ(1921-2002) 第八章 リバタリアン――ロバート・ノージック(1938-2002) 第九章 共同体主義――ロバート・ニスベット(1913-1996) 第十章 保守論壇の創設者――ウィリアム・バックリー(1925-2008) 第十一章 「近代」への飽くなき執念――フランシス・フクヤマ(1952-) 追記 フランシス・フクヤマと徳富蘇峰 エピローグ 戦後アメリカ思想史を貫いた漱石の『こころ』 あとがき 参考・引用文献一覧 関連図表 ★巻末の「参考・引用文献一覧」はほとんどが原書ですが、邦訳のあるものは書誌情報が明記されています。 ★関連図表は三種類あります。「地域別に見たアメリカの思想傾向」は、アメリカ地図の思想傾向別塗り分けです。「時代を追って見た現代アメリカの思想潮流」は、1900年代から2000年代に至る時代の流れのなかで、右派と左派においてそれぞれどんな思潮が勢力を保ち、どれくらい続いたかがおおよそ分かるようになっています。「本書に登場する思想家の傾向」は、縦軸を「自由-秩序」に、横軸を「近代-反近代」にとった四象限図の中に思想家たちを分類したものです。仲正さんの本の巻末資料と会田さんの本の巻末資料を合わせて利用すると、非常に便利だと思います。 *** 現今のアメリカの金融危機についてはこれから様々な本が出ることでしょうが、とりわけ待たれるのは、ノーベル経済学賞を受賞したばかりのアメリカのポール・クルーグマン教授による危機分析だろうと思います。彼の著作で昨今邦訳されているのは主に日本経済論、ブッシュ政権批判、専門的研究成果などで、数ヶ月前には『格差はつくられた――保守派がアメリカを支配し続けるための呆れた戦略』(早川書房、08年6月)が出ました。これまでに『世界大不況への警告』(早川書房、99年7月)や『恐慌の罠――なぜ政策を間違えつづけるのか』(中央公論新社、02年1月)といった既刊書があるので、今回の金融危機についてもそのうち著書が刊行されるに違いありません。 ちなみにクルーグマンの金融危機打開策は、日経新聞14日付の「ノーベル経済学賞のクルーグマン氏「興味深い朝」」という記事によれば以下の通りです。「クルーグマン教授は米国発の金融危機に関して公的資金による不良資産の買い取りにとどまらず、金融機関の資本増強に踏む込むよう主張。「時間を浪費している」として反ブッシュ政権の立場を鮮明にしてきた」。 金融危機に限らず、経済状況にはかならずその思想的背景というものがあります。最近、スーザン・ジョージ(1934-)の『アメリカは、キリスト教原理主義・新保守主義に、いかに乗っ取られたのか?』(原題はHijacking America)という本が作品社から刊行されました。原著自体も今年刊行されたばかりの最新作です。ブッシュ政権を牛耳るネオコンとキリスト教右派について、その源流から現在までを追って、果敢な批判を展開しています。 俎上にのぼるのは、第一章「つくり変えられた常識――いかに右翼は文化的ヘゲモニーを握ったのか」では、ピーター・マンデルソン、フリードリヒ・フォン・ハイエク、デヴィッド・アディントン、ディック・チェイニー。第二章「外交政策とネオコン」では、ジョシュア・ムラブチク、ポール・ウォルフォウィッツ、ジョン・ボルトン、ザルメイ・ハリルザド。第三章「キリスト教右派による「長征」では、テッド・ハガード、R・J・ラッシュドゥーニー、ジェームズ・ドブソン、ティム・ラヘイ。第四章「風前の「啓蒙の灯」――科学への攻撃」では、ウィリアム・デンブスキ、マイケル・ビーヒ、クラレンス・ダロー/ウィリアム・ジェニングス・ブライアン、クリストフ・シェーンボルン。第五章の「ロビイストと権力――ビジネス界の圧力がつくり出す格差社会」では、ルイス・パウエル、リチャード・バーマン、マーチン・パリー、リック・ビルツ。 本書を読むと、アメリカの思想的危機が深刻であること(ここ数年来ネットでは「ダメリカ」と揶揄されているわけです)が改めて分かりますし、アメリカの「魔法の杖」だった日本の業の深さにも思いを致さざるを得ません。昨日、当ブログで紹介したジャック・アタリの本がビジネス街の書店さんで売れているならば、ジョージのこの本も併売したほうがいいと思います。人文社会書でこうした本を扱うのは当たり前かもしれませんが、以前から提案しているように、こうした本はビジネス書売場でも展開するのが有効だと思います。 そんなにアメリカの思想的状況がダメならば、前述の入門書を読んだり、棚を作ったりするのは無意味なのでしょうか。いいえ、無意味では全くありません。上記二点の入門書から分かるのは、アメリカ現代思想の多様性です。「アメリカ帝国」は確かにダメなのかもしれませんが、だからと言って全部を無視していいことはありません。拾うべき議論や教訓はたくさんあります。 ジョージの本とあわせて注目しておきたい最近の書目があと何点かあります。未訳ですが、ナオミ・クラインの『ショック・ドクトリン――災厄資本主義〔ディザスター・キャピタリズム〕の台頭』(07年)、ナオミ・ウルフの『わが手に自由を――アメリカの革命的諸集団のためのハンドブック』(08年)や『アメリカの終焉――若き愛国者への警告の手紙』(07年)などです。『ショック・ドクトリン』については「デモクラシー・ナウ!」でのインタビュー動画などによって日本でも注目されています。その動画を貼り付けておきますが(続編が三つあります、ぜひ全部ご覧下さい)、ナオミ・クラインの言葉がなんと予言的に響くことでしょう!
by urag
| 2008-10-13 22:34
| 本のコンシェルジュ
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Comments(2)
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