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2008年 09月 26日

近刊チェック《知の近未来》:08年9月25日

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■「近刊チェック《知の近未来》」/ 五月
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野村ホールディングスが米証券業界第四位だったリーマン・ブラザーズのアジア・太平洋部門と欧州部門を買収し、三菱UFJフィナンシャル・グループが同業界第二位のモルガン・スタンレーの筆頭株主になる見通しである。ネットではこれを「日本復活の兆し」と見る人々がいるが、街を見渡せば不景気の秋風が吹きすさんでいるのは事実で、経済にも、政治にも、制度にも、社会にも、先行き不透明感と不安感が募るのは否めない。ぼやくだけの中年に成り下がったらしい大人たちが疲労困憊でぞろぞろ歩いている。おや、その中に自分もいるじゃないか。

そうした世相を反映してか、世間ではいわゆる「自己啓発」系のビジネス書が溢れかえっている。こうしたら成功する、ああやったら儲かる。正直うんざりである。ゲームを選ぶか、自己責任を選ぶか。しんどいなあ。

さて、いくらぼやいても仕方ない。新刊の膨大な奔流の中に戻らねばならない。今月末から来月に刊行される各社の新刊で気になったタイトルは、以下の通りだった。

08年9月
26日『図書館 愛書家の楽園』アルベルト・マングェル 白水社 3,570円
26日『監獄ビジネス――グローバリズムと産獄複合体』アンジェラ・デイヴィス 岩波書店 2,415円
26日『聖地感覚』鎌田東二 角川学芸出版 2,000円
27日『廃墟ディズカバリー』小林哲郎 アスペクト 2,310円
29日『倉庫――消えゆく港の倉庫 ヨコハマ・ヨコスカ』安川千秋写真 ワールドフォトプレス 2,730円
29日『小林多喜二と蟹工船』河出書房新社 1,575円
30日『野性のアノマリー――スピノザにおける力能と権力』アントニオ・ネグリ 作品社 6,090円
30日『アメリカは、キリスト教原理主義・新保守主義に、いかに乗っ取られたのか?』スーザン・ジョージ 作品社 2,520円
30日『日本古代の月信仰と再生思想』三浦茂久 作品社 4,830円

08年10月
01日『シネマ1*運動イメージ』ジル・ドゥルーズ 3,990円
01日『コスモス』ラズロ+カリバン 講談社 1,785円
08日『コールハースは語る』レム・コールハース+ハンス・ウルリッヒ・オブリスト 筑摩書房 1,785円
08日『ボン書店の幻―─モダニズム出版社の光と影』内堀弘 ちくま文庫 998円
08日『茂木健一郎の脳科学講義』茂木健一郎+歌田明弘 ちくま文庫 714円
08日『縄文人追跡』小林達雄 ちくま文庫 756円
08日『つげ義春コレクション――ねじ式/夜が掴む』つげ義春 ちくま文庫 798円
08日『ちくま日本文学(025)折口信夫』折口信夫 ちくま文庫 924円
08日『孫(びん)兵法―─もうひとつの「孫子」』金谷治訳 ちくま学芸文庫 1,155円
09日『神楽感覚――環太平洋モンゴロイドユニットの音楽世界』細野晴臣+鎌田東二 2,520円
09日『エコ・ロゴス――存在と食について』雑賀恵子 人文書院 2,500円
10日『臨床哲学の知――臨床としての精神病理学のために』木村敏 洋泉社 2,310円
10日『チョムスキー、アメリカを叱る』ノーム・チョムスキー NTT出版 1,680円
16日『マリリン・モンローの最期を知る男』ミシェル・シュネデール 河出書房新社 2,625円
17日『もっとも美しい対称性』イアン・スチュアート 日経BP社 2,730円
20日『サイボーグ・フィロソフィー』高橋透 NTT出版 2,520円
20日『脳と心』ジャン=ピエール・シャンジュー+ポール・リクール みすず書房 4,725円
22日『賭博/偶然の哲学』檜垣立哉 河出書房新社 1,575円
24日『正義で地球は救えない』池田清彦+養老孟司 新潮社 1,050円
24日『光の場、電子の海――量子場理論への道』吉田伸夫 新潮選書 1,260円
24日『奇想遺産(2)世界のとんでも建築物語』鈴木博之ほか 新潮社 2,940円
29日『新宗教の本』島田裕巳+藤巻一保+豊嶋泰國 学習研究社 1,365円

08年11月
15日『「幻」の日本爆撃計画』アラン・アームストロング 日本経済新聞出版 2,100円
20日『夢と精神病』アンリ・エー みすず書房 4,200円
20日『神話論理(IV-1)裸の人(1)』クロード・レヴィ=ストロース みすず書房 8,925円

九月の新刊ではまず、明日発売の白水社の図書館本が魅力的だ。版元の説明によれば本書は「古代アレクサンドリア図書館、ネモ船長の図書室、ヒトラーの蔵書、ボルヘスの自宅の書棚など、古今東西の実在あるいは架空の図書館を通して、書物と人の物語を縦横無尽に語る」とのこと。実在だけでなく、架空の図書館を語るというのがいい。本好きの人間は、誰しも心の中に、架空の「憧れの図書館」像を持っているものではなかろうか。ユートピアとしての図書館。

『小林多喜二と蟹工船』は、「KAWADE道の手帖」シリーズの一冊。『蟹工船』ブームの影響で、日本共産党に一万人入党したというニュースには誰もが驚いたことだろう。寄稿者は浅尾大輔、雨宮処凜、青山七恵、ECD、小森陽一、島村輝、日高昭二など。「多喜二アンソロジー」「プロレタリア文学選」なども併録。見逃せない類書は以下の新刊。来月中旬にアルファベータから幸徳秋水と堺利彦の共訳版のマルクス『共産党宣言』が復刊されるとのこと。四六判112頁定価945円。これまで繰り返し翻訳されてきた古典で、90年代以降も、93年に太田出版から金塚貞文訳『共産主義者宣言』があり、今年三月にも、三島憲一と鈴木直の共訳で「コミュニスト宣言」(『マルクス・コレクション(2)』所収、筑摩書房)が刊行されている。

次に注目したいのは、九月末に刊行刊行される、作品社の新刊三点。ネグリとジョージの新刊については、作品社のご好意で序文をこの号〔「[本]のメルマガ」334号〕に掲載することができたので、そちらをご覧いただきたい。ネグリのどこまでも前向きな活力と、ジョージの容赦ない真実暴露の眼力は、凡百の自己啓発書にまさる。同社がつい先日刊行したジャック・アタリの『21世紀の歴史』は某ビジネス街でたいへんよく売れているそうだ。願わくばネグリやジョージの新刊も読まれてほしいものである。なお、作品社からは来日するはずだったネグリの講演集『ネグリ 幻の日本講演』が刊行予定であることはこれまでも取り上げてきたが、担当編集者氏によれば「年内には必ず出る」とのことだ。

私の古巣だからと言って贔屓するわけではない。同社三点目の三浦氏の新刊も素晴らしい。宗教学者の鎌田東二氏は次のように絶賛している。

「八百万の神」と呼ばれる日本の神々の中で、もっとも謎めいた隠された神は「月神」である。どの段階化で、月の神は「日の神」に取って代わられ、隠蔽され、その位置を奪われた。本書は、そんな記紀神話以前の「月信仰」の初源形態を、丹念な文献の考証と大胆な推理と論理展開により浮かび上がらせ、古代史研究にコペルニクス的転換を迫って激震を走らせ論議の嵐を巻き起こす問題作である。八百万の神々の体系は再考(再興)・再生されなければならないのである。

『古代日本の月信仰と再生思想』の版元紹介文にはこうある。「原始、アマテラスは〈太陽〉ではなく〈月〉だった。アマテラス=「太陽神」神話の形成される以前、古代世界を支配したのは太陰暦であり月であった。万葉集を初めとする古代資料の精緻な解読を通し、歪められた古代世界の実像を明らかにする画期的労作」。三浦氏は1934年生まれの研究者。愛知県一宮町の元教育委員で、本書が著書第一作となるようだ。遅まきのデビュー? いや、年齢は問題ではない。なかなか挑戦的な内容だと思うがどうだろう。

本書の推薦者鎌田氏にも近刊がある。明日発売の『聖地感覚』(角川学芸出版)と、来月九日発売の細野晴臣氏との対談集『神楽感覚』(作品社)である。前者はひょっとすると、柏書房より近刊のはずだった『聖なる場所の感覚――イジゲンヘノタビ』のことかもしれない(國學院大学ウェブサイトの講義シラバスには「『聖地感覚』柏書房、2008年」とあるから、ほぼ間違いなさそうだ)。後者は細野晴臣と即興演奏集団「環太平洋モンゴロイドユニット」によるDVD「おひらきまつり奉納演奏(71分)」が付属している。楽しみだ。

十月ではなんといっても一日発売のドゥルーズ『シネマ1』だ。本書の発売により、ドゥルーズの著作は原著未公刊の講義録群を除き、すべて翻訳されたことになる。十月はさらに、筑摩書房の単行本と文庫のラインナップがいい。

また、人文書院からまもなく刊行される雑賀恵子さんの新刊は、今週青土社から発売されたばかりの処女作『空腹について』に続く、単独著第二弾だ。PR誌「未来」に05年から07年にかけて連載された「Sein und Essen」を書籍化するもの。比較文学研究者の西成彦さんが以下の推薦文を寄せている。「他者の死にとりまかれて生きる私たち。死骸をむさぼる私たち。古典的、宮沢賢治的な問いを〈エコ〉の時代にあらためて問い直す、不断の思考の実践」。なお、連載第三回は独立して加筆され、『空腹について』に収められている。

発売日不詳だが、十月の新刊予定には以下の書目もある。

08年10月
『真理の場所/真理の名前』エティエンヌ・バリバール 法政大学出版局 2,415円
『フンボルト――地球学の開祖』ダグラス・ボッティング 東洋書林 5,040円
『創造性の宇宙――創世記から情報空間へ』港千尋+永原康史監修 工作舎 1,890円
『日本の書物への感謝』四方田犬彦 岩波書店 2,415円
『戦争の日本史(3)蝦夷と東北戦争』鈴木拓也 吉川弘文館 2,625円
『聖母像の到来』若桑みどり 青土社 3,570円
『われら瑕疵ある者たち――反「資本」論のために』長原豊 青土社 2,940円
『異端の人物像』テリー・イーグルトン 青土社 3,990円
『リズム・サイエンス [CD付]』P・D・ミラー(DJスプーキー) 青土社 2,520円
『千のムジカ』平井玄 青土社 価格未定
『ヨーロッパ世紀末の芸術論』ホフマンスタール 青土社 価格未定
『マヤ文明の興亡』J・エリック+S・トンプソン 新評論 4,725円
『エリアーデ自身を語る――迷宮の試煉』ミルチャ・エリアーデ 作品社 2,625円
『英雄が語るトロイア戦争』ピロストラトス 平凡社ライブラリー 1,365円
『ローマ建国以来の歴史(1)伝承から歴史へ』リウィウス 京都大学学術出版会 3,197円

ボッティングの定評あるフンボルト伝に注目。アレクサンダー・フォン・フンボルト(1769-1859)はドイツの博物学者で探検家(言語学者のヴィルヘルム・フォン・フンボルトは彼の兄)。近代地理学の祖と仰がれている。かのダーウィンは「フンボルトの著書を読んで自分の人生の方向が決まった」と述べた。著書の日本語訳に『新大陸赤道地方紀行』全三巻(大野英二郎+荒木善太訳、「17・18世紀大旅行記叢書」第二期第九~十一巻、岩波書店、2001年)がある。主著は博物学の古典である大作『コスモス』。『コスモス』の内容については、たとえば久我勝利『知の分類史』(中公文庫ラクレ、07年1月)の76頁以下に簡単な解説がある。

十月は青土社の書目が粒揃いだ。長原氏の単独著は89年の『天皇制国家と農民――合意形成の組織論』(日本経済評論社)以来であり、約20年ぶりの新刊ということになる。なお、『天皇制国家と農民』は現在オンデマンド版が入手可能である。


◎五月(ごがつ):某出版社取締役。近刊情報をご提供は ggt0711【アットマーク】gmail.com までお願いします。

by urag | 2008-09-26 01:31 | 本のコンシェルジュ | Comments(0)


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