2008年 06月 25日
---------------------------------------------------------------------- ■「近刊チェック《知の近未来》」/ 五月 ---------------------------------------------------------------------- 洞爺湖G8サミットを目前に対抗運動のうねりが国内で高まりつつある。対抗運動のありようを考えるための関連書籍の中でもっとも印象的なのが、明日26日発売の思想誌『VOL』の第三号だ。特集名は「反資本主義/アート」。冒頭に掲載されたマイケル・ハートのインタビューに、印象的なこんな発言がある。 「ガタリは、日本の読者はよくご存知かもしれませんが、信じがたいほどオープンで、興味津々の人でした。彼はつねに異なった人に会うことを楽しんでいました。また知的に包容力があり、政治的にも堅物ではありませんでした。彼は月に一度、自分のアパートで、活動家の会合を開いていました。そこでは他で決してありえないことですが、対立さえしている様々な党派の人々、トロツキスト、緑の党グループその他が一堂に会していたのです。ガタリのみにそれが可能だったのです」(5頁)。 願わくば、現在の反G8運動も、様々な種類の対抗運動が肩を並べる祝祭の場であったらいい。そのためには私たちの一人ひとりが、「ガタリ」でなければならないだろう。 『VOL』以外の近日発売予定の注目新刊には以下のものがある。 08年06月 芳川泰久+堀千晶『ドゥルーズ キーワード89』せりか書房 2,100円 上野千鶴子ほか『日本における多文化共生とは何か』新曜社 2,310円 『別冊〈本〉ラチオ 05』講談社 1,785円 『VOL 03』以文社 2,310円 『アーネストサトウ公使日記』全二巻 新人物往来社 各7,140円 五木寛之+玄侑宗久『息の発見』平凡社 1,470円 鎌田東二『聖なる場所の感覚 イジゲンヘノタビ』柏書房 1,680円 ヴェリッシモ『ボルヘスと不死のオランウータン』扶桑社文庫 780円 『ドゥルーズ キーワード89』は、文字通り89個の基本概念を解説した入門書。『ラチオ』第五号は大特集が「中国問題」。タイムリーで期待できる。他の特集は「贈与論」、「私とは何か」など。ヴェリッシモの小説ではボルヘスは博覧強記の探偵として登場する。 このほか、NHKのテレビ番組が書籍化された、講談社の『爆笑問題のニッポンの教養』シリーズの新刊が、廉価な教養本として役立ちそうだ。27日発売『爆笑問題+舘すすむ「科学的分身の術」』と『爆笑問題+上田泰己「「体内時計」はいま何時?」』がそれだ。来月には『爆笑問題+伊勢崎賢治「平和構築学」』が発売予定。 数ヶ月前から予告が出ているけれども難産らしいのが、ピエール・カバンヌの『ピカソの世紀――キュビスム誕生から変容の時代へ』(西村書店)だ。千頁を超える大作らしいから、じっくり待ってみるしかあるまい。 来月の新刊では以下のものが目に付いた。 08年7月 04日 円地文子訳『現代語訳 雨月物語 春雨物語』河出文庫 693円 04日 『[中国の思想] 老子・列子』徳間文庫 1,000円 05日 J・ランシエール『民主主義への憎悪』インスクリプト 2,940円 09日 長窪専三『古典ユダヤ教事典』教文館 18,900円 10日 ポオ/八木敏雄訳『ユリイカ』岩波文庫 588円 15日 アラン『小さな哲学史』みすず書房 2,940円 15日 延暦寺学問所協力『実修 法華経 読誦DVDセット』学習研究社 6,090円 20日 P・トリフォナス『バルトと記号の帝国』岩波書店 1,575円 20日 M・ユヌス『貧困のない世界を創る ソーシャル・ビジネスと新しい資本主義』早川書房 2,100円 20日 P・ダスグプタ『経済学』岩波書店 1,785円 25日 井村君江『妖精学大全』東京書籍 8,190円 ユダヤ教の聖典「ミシュナ」の翻訳者である長窪専三さんの『古典ユダヤ教事典』は、日本初の本格的なユダヤ教事典。版元紹介文にはこうある、「西洋文明の源流であるギリシア・ローマと並び古典古代世界を築いた「古典ユダヤ教」。現代のユダヤ教思想・文化の根幹であり、キリスト教・イスラムの母胎ともなったその多様な姿を、最新の学問的研究と膨大な資料を駆使して探求。聖書時代からタルムード時代まで、広大無辺の古典ユダヤ教世界の全領域を網羅する事典」。A5判640頁の大冊。 アランの本は1918年に盲人のために点字で出版されたコンパクトな哲学概論の翻訳、だそうだ。内容の半分がオーギュスト・コント論に割かれているとのこと。 来月の注目書は『ムハマド・ユヌス自伝』(早川書房、98年9月)で日本でも知られている、バングラデシュのグラミン銀行総裁ユヌスの近刊だろう。「ソーシャル・ビジネス」というのは、経産省の研究会では「社会的課題にビジネスとして取り組むことをミッションとしている」と定義されている。研究会ではこうも説明されている、「SB(ソーシャルビジネス)が引き起こすイノベーションには三つある。第一に、「ここに社会的課題がある」ことを明らかにしたというアナウンスメント効果。第二に、有効な事業モデルを提示し、実際にやってみせること。第三に、どうやって事業を広げていくかというスケーラビリティ」。私は、出版業界にもそうしたSBたるべき領域というのがあるのではないかと真剣に考えているのだが、どうだろう。 「1冊でわかる」シリーズの近刊『経済学』の著者、パーサ・ダスグプタ(1942-)は、デリー生まれで、現在ケンブリッジ大学教授。既訳書に『サステイナビリティの経済学――人間の福祉と自然環境』(岩波書店、07年12月)という大著がある。人文書の世界でも今後ますます注目されるだろう経済学者だ。 井村さんのいわばライフワークとも言うべき『妖精学大全』には先月も言及したが、やはり待ち遠しい。産調出版からテレサ・ムーリー『妖精バイブル――妖精の世界について知りたかったことのすべて』という新刊も出たばかりで、十数年前から始まった「天使本」ブームを思い出す。関連書が増えれば間違いなく新しい需要が自律生成してくるだろう。 このほか、発売日を確認しきれなかった7月の注目新刊には以下のものがある。 宮台真司『14歳からの社会学』世界文化社 1,365円 山口一男『ダイバーシティー 豊かな個性は、価値の創出の泉』東洋経済新報社 1,890円 アラン・クルーガー『テロの経済学 人はなぜテロリストになるのか』東洋経済新報社 2,100円 齋藤純一『政治と複数性 民主的な公共性にむけて』岩波書店 2,730円 大貫隆『グノーシス「妬み」の政治学』岩波書店 3,360円 子安宣邦『徂徠学講義 「弁名」を読む』岩波書店 2,730円 井上章一『日本に古代はあったのか』角川書店 1,680円 松本丘『垂加神道の人々と日本書紀』弘文堂 5,040円 井上義和『日本主義と東京大学 昭和期学生思想運動の系譜』柏書房 3,990円 ジョエル・レヴィ『世界陰謀史事典』柏書房 2,940円 ハイデッガー『芸術作品の根源』平凡社ライブラリー 1,365円 親鸞仏教センター訳『現代語 歎異抄』朝日新聞出版 1,680円 岡村民夫『イーハトーブ温泉学』みすず書房 3,360円 モーリス・メーテルリンク『ガラス蜘蛛』工作舎 1,890円 大竹昭子『この写真がすごい 2008』朝日出版社 1,995円 森山和道+鈴木忠『クマムシを飼うには 博物学から始めるクマムシ研究』地人書館 1,470円 クルーガーの本では、統計に基づいて、テロリストはエリートで中流以上の家庭出身者が多いと分析しているそうだ。貧困や低学歴がテロリストを産むのではない、と。 井上章一さんの本については、版元が次のように紹介している。「中世は鎌倉幕府から、近世は江戸幕府から始まっている――。新しい時代がいつも関東から始まるのはなぜか。私たちが教科書で習う「時代区分」に疑問をもち、関東中心史観に陥っている私たちの歴史観に鋭く切り込む」。なるほど、「東京中心」の現代社会にとって興味深い話題書と言えそうだ。 上記の中でも注目なのは、岡村民夫さんの斬新な宮沢賢治研究だろう。宮沢賢治の湯治文化とのかかわりに焦点をあて、その独自の環境思想に迫るものと聞く。読む前から「絶対に面白い」と断言してもいいくらいの期待感がある。 ◎五月(ごがつ):某出版社取締役。近刊情報のご提供は ggt0711【アットマーク】gmail.com までお願いします。
by urag
| 2008-06-25 23:59
| 本のコンシェルジュ
|
Comments(0)
|
アバウト
カレンダー
ブログジャンル
検索
リンク
カテゴリ
最新の記事
画像一覧
記事ランキング
以前の記事
2024年 12月 2023年 11月 2023年 10月 2023年 09月 2023年 08月 2023年 07月 2023年 06月 2023年 05月 2023年 04月 2023年 03月 2023年 02月 2023年 01月 2022年 12月 2022年 11月 2022年 10月 2022年 09月 2022年 08月 2022年 07月 2022年 06月 2022年 05月 2022年 04月 2022年 03月 2022年 02月 2022年 01月 2021年 12月 2021年 11月 2021年 10月 2021年 09月 2021年 08月 2021年 07月 2021年 06月 2021年 05月 2021年 04月 2021年 03月 2021年 02月 2021年 01月 2020年 12月 2020年 11月 2020年 10月 2020年 09月 2020年 08月 2020年 07月 2020年 06月 2020年 05月 2020年 04月 2020年 03月 2020年 02月 2020年 01月 2019年 12月 2019年 11月 2019年 10月 2019年 09月 2019年 08月 2019年 07月 2019年 06月 2019年 05月 2019年 04月 2019年 03月 2019年 02月 2019年 01月 2018年 12月 2018年 11月 2018年 10月 2018年 09月 2018年 08月 2018年 07月 2018年 06月 2018年 05月 2018年 04月 2018年 03月 2018年 02月 2018年 01月 2017年 12月 2017年 11月 2017年 10月 2017年 09月 2017年 08月 2017年 07月 2017年 06月 2017年 05月 2017年 04月 2017年 03月 2017年 02月 2017年 01月 2016年 12月 2016年 11月 2016年 10月 2016年 09月 2016年 08月 2016年 07月 2016年 06月 2016年 05月 2016年 04月 2016年 03月 2016年 02月 2016年 01月 2015年 12月 2015年 11月 2015年 10月 2015年 09月 2015年 08月 2015年 07月 2015年 06月 2015年 05月 2015年 04月 2015年 03月 2015年 02月 2015年 01月 2014年 12月 2014年 11月 2014年 10月 2014年 09月 2014年 08月 2014年 07月 2014年 06月 2014年 05月 2014年 04月 2014年 03月 2014年 02月 2014年 01月 2013年 12月 2013年 11月 2013年 10月 2013年 09月 2013年 08月 2013年 07月 2013年 06月 2013年 05月 2013年 04月 2013年 03月 2013年 02月 2013年 01月 2012年 12月 2012年 11月 2012年 10月 2012年 09月 2012年 08月 2012年 07月 2012年 06月 2012年 05月 2012年 04月 2012年 03月 2012年 02月 2012年 01月 2011年 12月 2011年 11月 2011年 10月 2011年 09月 2011年 08月 2011年 07月 2011年 06月 2011年 05月 2011年 04月 2011年 03月 2011年 02月 2011年 01月 2010年 12月 2010年 11月 2010年 10月 2010年 09月 2010年 08月 2010年 07月 2010年 06月 2010年 05月 2010年 04月 2010年 03月 2010年 02月 2010年 01月 2009年 12月 2009年 11月 2009年 10月 2009年 09月 2009年 08月 2009年 07月 2009年 06月 2009年 05月 2009年 04月 2009年 03月 2009年 02月 2009年 01月 2008年 12月 2008年 11月 2008年 10月 2008年 09月 2008年 08月 2008年 07月 2008年 06月 2008年 05月 2008年 04月 2008年 03月 2008年 02月 2008年 01月 2007年 12月 2007年 11月 2007年 10月 2007年 09月 2007年 08月 2007年 07月 2007年 06月 2007年 05月 2007年 04月 2007年 03月 2007年 02月 2007年 01月 2006年 12月 2006年 11月 2006年 10月 2006年 09月 2006年 08月 2006年 07月 2006年 06月 2006年 05月 2006年 04月 2006年 03月 2006年 02月 2006年 01月 2005年 12月 2005年 11月 2005年 10月 2005年 09月 2005年 08月 2005年 07月 2005年 06月 2005年 05月 2005年 04月 2005年 03月 2005年 02月 2005年 01月 2004年 12月 2004年 11月 2004年 10月 2004年 09月 2004年 08月 2004年 07月 2004年 06月 2004年 05月 最新のコメント
最新のトラックバック
|
ファン申請 |
||