2008年 05月 26日
---------------------------------------------------------------------- ■「近刊チェック《知の近未来》」/ 五月 ---------------------------------------------------------------------- 前回はいきなり、トーハン系ウェブサイト「e-hon」を、日販系と誤記してしまい、我ながらこの間違いの心理を考えざるをえなかった。「e-hon」をこれまで私もさんざん、トーハン帳合の書店の店舗情報を確認するために利用してきたのに、なぜ今回は日販系と勘違いしてしまったのか。思い当たる節があるので、正直に告白したい。 創業10年周年以下の専門書系出版社はだいたい似た状況下にあるはずだが、日販とトーハンとのあいだにはこんにち売上格差がある。新参出版社にとって、大型書店は日販帳合である比率が高い。古参の版元は多少なりとも旧来のバランスが保たれているのだけれども、ダブル帳合の大型書店のメイン帳合が日販である場合が新参版元の場合は多いのだ。私の勤める会社では、月次売上も新刊受注も日販がトーハンの二倍から三倍になる。これは圧倒的な差であり、ここ五年はさらにトーハンの売上を大阪屋が上回る月がしばしば出てきている。 大阪屋が専門書販売に強いジュンク堂や阪急ブックファースト、青山BCなどの重要チェーンのメイン帳合であるせいもあるけれど、端的に言って、トーハンで専門書を売っていくのは昨今ますますしんどい。そのしんどさが私の先の勘違いの心理として根強くあることは否めない。まさかこの取次最大手が零細出版社の売上において三番手になるとは。毎月私は密かに悩んでいる。 さてしかし、この話題は重要だとは言え、本題とは関係ない。折に触れて再説することもあるだろうけれど、今はここまでに留めよう。 先月の記事で、新創刊の思想誌である「思想地図」や「ロスジェネ」について触れたが、配信直後に晋遊舎から創刊された「m9(エムキュー)」には目を瞠った。「時代を読み解く新世代「ライトオピニオン」誌」と銘打たれた同誌の創刊号の内容は以下のリンク先で確認できる。 http://www.shinyusha.co.jp/~top/02mook/m9.htm 率直に言えば晋遊舎は『嫌韓流』のイメージが強くて好きになれなかったが、なるほど世論や論壇の変化を見て、敏感に対応しているように見えて、目を惹く。右だの左だのの分別がいよいよ判然としなくなって、右を叩くにも左を叩くにもある意味で現実味のないシンボリックな記号群やレッテルを取り交わすだけの状況において「売れる雑誌」を作るには、ただただその都度の世間の「風」を読むしかない。また、それ以外にコンテンツの鮮度を保つすべもないだろう。踊らせているのか、踊らされているのか、ではない。たとえどちらなのかよく分からなくてもとりあえず自分は踊る、というのがある意味正解なのかもしれない。 このほか、新創刊の文芸誌である、ヴィレッジブックスの「モンキービジネス」や、リトル・モアの「真夜中」、そして第十次「早稲田文学」などの試みを横目で見ていると、楽しそうな反面、継続はたいへんなんだろうな、と思わなくもない。余計なお世話だが。単行本近刊に話を移そう。 来月の新刊では以下のものが目に付いた。 6月 06日 田上太秀+石井修道編著『禅の思想辞典』東京書籍 12,600円 06日 S・J・グールド『人間の測りまちがい』上下巻 河出文庫 各1,575円 10日 藤井旭『全天星座早見』誠文堂新光社 1,680円 10日 『ちくま日本文学018 澁澤龍彦』ちくま文庫 924円 10日 J-L・ナンシー『神的な様々の場』ちくま学芸文庫 1,365円 10日 ジェフ・コリンズ『デリダ』ちくま学芸文庫 1,155円 10日 松浦寿輝『増補 折口信夫論』ちくま学芸文庫 1,155 円 10日 マルセル・モース『贈与論〔新装版〕』勁草書房 3,990円 11日 下川耿史編『性風俗史年表1868-1989 明治編』河出書房新社 4,725円 17日 ポール・ヴァレリー『エウパリノス』岩波文庫 630円 17日 上田閑照『哲学コレクション(5)道程』岩波現代文庫 1,260円 17日 大崎満『ボルネオ 燃える大地から水の森へ』岩波書店 2,415円 23日 青木正博『鉱物図鑑』誠文堂新光社 3,675円 25日 関根清三『旧約聖書と哲学』岩波書店 2,730円 25日 アンケ・ベルナウ『処女の文化史』新潮選書 1,470円 26日 ニコラス・チータム『宇宙から見た地球』河出書房新社 3,990円 一番の驚きは有地享訳のモース『贈与論』の復刊。同論考は弘文堂から刊行されている『社会学と人類学』全二巻の第一巻に収録されているが、ちまたの研究書の参考文献には勁草書房版がしばしば挙がることが多く、古書店では非常見つけにくい本だった。なお、『贈与論』は廣瀬浩司氏による新訳が書肆心水より刊行予定である。 勁草書房は『贈与論』の新装復刊に先立って、「書物復権」でミッチェル『イコノロジー』、ベルティング『美術史の終焉?』、オークショット『政治における合理主義』なども復刊する。基本的文献の復刊はどんなときも喜ばしいものだ。オークショットは特に、昨年刊行された新刊を除いて既刊書が軒並み品切だったので、なおさら嬉しい。 『デリダ』の著書ジェフ・コリンズは『ハイデガーとナチス』(岩波書店)や『FOR BEGINNERS 87 ハイデガー』(現代書館)などの既訳書がある。今回のデリダ入門は「フォー・ビギナーズ・シリーズ」の未訳本のようだ。 ヴァレリーの『エウパリノス』には、表題作の対話篇のほか、舞踊論「魂と舞踏」や、最晩年の「樹についての対話」を収録。 このほか、発売日を確認しきれなかった6月の注目新刊には以下のものがある。 ジル・ドゥルーズ『シネマ(1)運動イメージ』法政大学出版局 3,990円 岡田温司『イタリア現代思想への招待』講談社選書メチエ 1,575円 岡田温司『フロイトのイタリア』平凡社 3,150円 テツオ・ナジタ『Doing思想史』みすず書房 3,360円 パトリック・ギアリ『ネイションという神話』白水社 3,990円 ポール・クルーグマン『格差はつくられた』早川書房 1,995円 ポール・コリアー『最低辺の10億人』日経BP出版センター 2,310円 F・ジェロームほか『アインシュタインとロブソン』法政大学出版局 3,675円 C・ヴィルマン『クローズアップ 虫の肖像 世界昆虫大図鑑』東洋書林 8,400円 ドゥルーズ『シネマ』がこれで全訳。さらに言えば、本訳書をもってドゥルーズの著書で刊行されたものはすべて翻訳されたことになる。まさに記念すべき日となろう。 岡田温司氏の『イタリア現代思想への招待』は、「ラチオ」誌に連載されていたもの。「ラチオ」は06月に第五号が刊行される。大特集は「中国問題」。そのほか「贈与論」「私とは何か」といった特集も組まれるようだ。 テツオ・ナジタ『Doing思想史』は04年に立教大学で行われた全四回の集中講義を中心に、近年の講義・講演をセレクトしたもの。 クルーグマンの近刊の副題は「保守派がアメリカを支配し続けるための呆れた戦略」というもの。今月徳間書店より発売されたスティグリッツの『世界を不幸にするアメリカの戦争経済――イラク戦費3兆ドルの衝撃』とともに、アメリカを代表する二人の経済学者が自国をどう見ているかが分かるだろう。 続いて7月の近刊から。 7月 04日 奥平卓+大村益男『[中国の思想] 老子・列子』徳間文庫 1,000円 04日 井野朋也『新宿駅最期の小さなお店ベルク』ブルースインターアクションズ 1,680円 さらに発売日未詳だが、7月近刊には以下のもののある。 井村君江『妖精学大全』東京書籍 8,190円 高橋和夫訳編『スウェーデンボルグの世界』PHP研究所 1,470円 ドゥルシラ・コーネル『“理想”を擁護する』作品社 2,730円 秋山伸『極私的デザイン物産展』ピエ・ブックス 3,360円 なんといっても斯界の碩学による『妖精学大全』が待ち遠しい。世界初の事典だそうだ。グスタフ・デイヴィッドスンの『天使辞典』(創元社)と並ぶ古典となるだろう。 このほか、まもなく発売となる書目を列記する。 井上雄彦+伊藤比呂美『漫画がはじまる』スイッチ・パブリッシング 1,470円 巖谷國士編『旅の仲間 澁澤龍彦・堀内誠一往復書簡』晶文社 4,725円 ヴェラ・ギッシング『キンダートランスポートの少女』未來社 2,625円 J・C・シュミット『中世人類学試論(仮)』刀水書房 7,350円 大矢タカヤスほか『地図から消えた国、アカディの記憶』書肆心水 3,150円 D・R・ヘッドリク『情報時代の到来』法政大学出版局 4,095円 岡本健一『蓬萊山と扶桑樹 日本文化の古層の探求』思文閣出版 5,775円 上杉聡『天皇制と部落差別 権力と穢れ』解放出版社 2,100円 孫歌『歴史の交差点に立って(仮)』日本経済評論社 2,100円 鵜飼哲『主権のかなたで』岩波書店 3,570円 ジャック・デリダ『ならず者たち』みすず書房 4,200円 フランスATTAC『徹底批判 G8サミット』作品社 1,680円 大川周明『特許植民会社制度研究』書肆心水 5,775円 大薗友和『世界「文化戦争」大図鑑』小学館 1,575円 佐藤信太郎写真『非常階段東京』青幻舎 3,360円 ギッシングの書名にあるキンダートランスポートというのは、版元の説明によれば、「ナチスの苛酷な迫害にさらされたユダヤ人の子どもたちを疎開させるための輸送救援活動」のこと。それによってチェコからイギリスに渡った少女ヴェラの半生を綴った自伝。 シュミットの本は副題が「「理性と革命の時代」における知識のテクノロジー」となっている。版元の紹介によれば、18・19世紀の欧米における情報システムの発展を、地図、辞書、植物命名法、統計・グラフ、電信等の具体的な史実に即して論じた」ものだそうだ。 孫歌(1955-)氏の近刊は、『アジアを語ることのジレンマ――知の共同空間を求めて』(岩波書店、2002年)、『竹内好という問い』(岩波書店、2005年)に続く単独著第三弾。最新論文集である。 佐藤信太郎(1969-)氏の写真は、ビルの非常階段から東京の夜景を撮影した作品集。恐ろしく美しくて魅惑的だ。どうやら私にとって大学の後輩にあたるようだが、えこひいきではない。芝浦のフォト・ギャラリー・インターナショナルで6月6日まで写真展が開かれている。 第一回目の宣言に反して、今回からは実は注目新刊の情報も少し載せたかったのだけれど、これ以上記事を長くするのは今回はこの辺でやめておこう。 ◎五月(ごがつ):某出版社取締役。近刊情報をご提供は ggt0711【アットマーク】gmail.com までお願いします。 ----------------------------------------------------------------------
by urag
| 2008-05-26 01:20
| 本のコンシェルジュ
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