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2008年 04月 30日
08年4月23日にジュンク堂書店新宿店で行われた、鵜飼哲×西山雄二トークセッション「ジャック・デリダ、他者への現前――教育者として、被写体として、絆として」の記録(ダイジェスト版)を、人文書担当の阪根正行さんが作成してくださいました。以下に全文を掲載いたします。阪根さん、たいへんありがとうございました。 *** 鵜飼哲×西山雄二トークセッション「ジャック・デリダ、他者への現前――教育者として、被写体として、絆として」《ダイジェスト版》 《序》 西山:"L’Université sans condition", Jacques Derrida. 僕はこの本にいつも1枚のポストカードを挟んでいます。2001年の秋に受け取ったポストカードで、送り主は鵜飼哲さんです。「今度、サンジェルマンの書店でデリダのトークイベントがあります。一緒に行きませんか?」とのお誘い。私はこのポストカードを手にサンジェルマンに出向き、トークショーに参加しました。そしてデリダからサインを頂き、握手をしました。これは私が持っているデリダのサインが入った唯一の本です。この思い出深い本をこの度翻訳し、『条件なき大学』として出版することができました。そして今日、ポストカードの送り主である鵜飼哲さんとトークイベントを催せたことを大変うれしく思います。 《デリダの大学論》 鵜飼:デリダの翻訳が日本で初めて出版されたのが(『声と現象』、『グラマトロジーについて』)、ちょうど私が大学に入学した70年頃で、もう30,40年読まれてきたことになります。ただデリダの大学論となると、まだちゃんと理解されていません。今回出版された『条件なき大学』が初めての大学論という訳ではなく、83年にデリダが来日した際のセミネールでも大学論(『他者の言語』所収)が語られていますが、当時は全く理解されなかったと思います。哲学者がその主要な仕事として大学論を語るということが日本ではまだ知られていなかったし、当時は69年の大学解体の名残が強く、デリダの大学論は穏健でポイントが分からないという感じでした。しかし、もう大学がどうしようもないという状況で、大学について毎日考え続けなければ大学で教育活動ができないという昨今において、デリダの晩年の著作である『条件なき大学』が翻訳されたことは非常に大きな意味があると思います。 西山:『条件なき大学』とタイトルにあるように、デリダの説く大学は無条件です。全てを言う権利が必要です。これは日本では馴染みのない考え方かもしれません。例えば、蓮實重彦さん、奥島孝康さん、阿部謹也さんといった大御所が大学の重要なポストに就いた際に「大学論」を発表したということはありますが、デリダの大学論はこれらとは全く異なります。そもそもデリダは伝統的な意味での大学教員ではありませんでした。助手であったり、大学院大学で教えていたりという人で、デリダの大学論は、大学の外部から「大学とは何か」「教育とは何か」を問うています。そして『条件なき大学』を我々が受容するうえで重要なポイントが3つあります。1つ目は、デリダが3年前に亡くなり、残されたテキストから「デリダがどう学んで、どう教えようとしたのか」を読み解き、我々が学ぶ、教える道筋を見出すこと。2つ目は、高等教育という「制度」について考えること。デリダは「脱構築」を提唱した人であり、この「脱構築」は教えるのが困難です。例えば、ニーチェの永遠回帰を考えるならば、永遠回帰を理解しただけでは駄目で、私がどのように永遠回帰するかをも含めてはじめて、永遠回帰なのです。「脱構築」も同様であり、ここで大切なのは、大学、ゼミナールという制度のなかで「脱構築」をいかに可能にするかを考えることです。3つ目は、「脱構築」は20世紀後半にアメリカへ渡り、イェール学派を形成し、またカルチュラル・スタディーズ、マイノリティ、フェミニズムといった学問と連動し、マクロ的な視点で人文学という学問を変容させました。このように人文学(制度)がどう変化したかを捉えること。以上が特に重要なポイントです。 鵜飼:「制度」ということで言えば、言葉もまた「制度」です。哲学というのはまず言葉(制度)の営みと言えます。しかし、"droit"という言葉に「権利」という意味と「まっすぐな」という意味があるのに反して、哲学という「制度」はそもそもまっすぐには行けません。回り道が必要です。また今日では、最良の制度が大学とは限りません。テレビや本(出版)、インターネットによって知の生産や流通が可能です。どのように哲学の「制度」を刷新していくかを考える必要もあるでしょう。また「脱構築」ということで言えば、デリダには「署名」の問題があります。ある行為に対して「誰がやったか」という固有名が一般的には求められる訳ですが、それを「匿名」という方法で回避する。「誰がやったか分からないけど生き延びる行為(出来事)」というのが「脱構築」に繋がっていくように思います。こういった痕跡を『条件なき大学』において感じることってありますか? 西山:はい。「場所がない」ということです。現在、私は東京大学グローバルCOE「共生のための国際哲学教育研究センター(UTCP)」http://utcp.c.u-tokyo.ac.jp/という研究機関に在籍していますが、ここの特長は、「どこに行けば何があって、そこで講義を受ければ単位がもらえる」というような「場所」がないことです。そうではなく、「ニューヨークやパリでシンポジウムを開催したり、こちらから出向いて何かをする」という「動く」ということ、「余白」だけがあるのです。これはデリダが創設したCIPH(国際哲学コレージュ)http://www.ciph.org/にも通じますし、これらが人文学をどのように発展させるかが問われています。『条件なき大学』というのは「場所がない」ということでもあります。 《デリダと映画》 鵜飼:デリダは2004年10月に亡くなりましたが、本当は秋からゼミを再開する予定でした。最後の10年間は定年退官していたこともあり、毎年、半年程ゼミをするだけでしたが、それまではずっと1年中ゼミをしていたのです。そのゼミの特長は誰でも自由に発表できるということです。自由だからひどい発表もあります。それに80年代はハイデガーのナチスとの関係が明らかになった時期で、ハイデガーを批判するためだけに発表する人が結構いたんですね。それもあからさまで次元の低い批判だったので聞くのもうんざりという発表だったのですが、どんな発表でもデリダは必ず聞くのです。デリダというのはそういう人でした。このようにゼミやシンポジウムを通じて、デリダは毎週公衆の前に現れました。海外へもよく行っていました。ドゥルーズに「飛行機哲学者」と言われたり、ブランショやジュネに「公演しすぎだ。もう少し落ち着いて本を書けよ」とも言われる程でした。そんなデリダですが、来日した83年頃は写真のない哲学者だったのです。81年にチェコで開かれたセミナーに出席した際の騒乱で当局に逮捕され、写真が新聞に載りました。それ以降、写真(イマージュ)を故意に隠すということはしなかったようですが、やはり写真、映画の場合は役者(被写体)としての映像が流通することには危機感を持っていました。だからこの映画、『デリダ、異境から』(『言葉を撮る』付録DVD)に出演することも慎重だったと思います。ただ、写真(イマージュ)について補足しておきます。映画のなかで、デリダのお母さんの映像が出てくるのですが、もうデリダそっくりなんですね。それで思ったのは、自分の顔は確かに自分の顔ですが、それはまたお母さんの顔でもあり、お父さんの顔でもあるということです。自分だけではない広がりを持っています。自分の写真というのは、特定の個人では決してないのです。 西山:僕は『デリダ、異境から』をパリに留学中テレビで観ました。これは旅の映画、ロードムービーですね。旅ということで言えば、先にマラブーとの著作があります。これはデリダが旅先からマラブーへ手紙を送り続けるというものですが、デリダが言う興味深いことに「共に旅ができるか?」という問いがあります。デリダは言います。「旅をする時は半眠半醒という感じで、そもそも自分とも旅をしているかさえあやしい。ましてや他人と旅なんてできるだろうか」。 鵜飼:デリダが共に旅をするという時、それは何かアクシデントがあれば一緒に死ぬかもしれないということでもあります。容易ではないんですね。そういうことを平気で考えてしまう人なんです。『デリダ、異境から』について続けましょう。この映画はアルジェリア、スペイン、パリ、アメリカと様々な場所が出てくるのですが、中でも「スペイン」の映像が重要だと思うんです。例えば、堀田善衛がゴヤについて書いていますが、その中でスペインは日本人には分かりづらいと盛んに言います。この分かりづらさは、デリダがスペインに見ているものにも通じます。スペインというのは植民国ですが、ごく一部の特権階級が栄えることはあっても、民衆に富が行き渡るという状況には程遠い。民衆はいつも貧しく、不毛な感じが漂っています。こういったスペインのどうしようもなさが、デリダの「脱構築」の原風景にあるように思うのです。 西山:さらに言えば、この映画ではスペインという説明もない。他に出てくるアルジェリアもパリもアメリカも、基本的に場所に対する説明は一切ありません。名を除いています。これはどういうことかと言えば、「場所に旅をするのではなく、場所と共に旅をする」ということです。例えば、ルーブル美術館に行った、エッフェル塔に行った、凱旋門に行ったというのは、フランス(場所)に旅をするということで、これでは駄目です。そうではなくて、「えっ、ここもフランスなの?」というような旅をすること、フランス自体も変わる、フランス(場所)も一緒に旅をするというのでなければならないのです。デリダが「共に旅をする」と言うならば、こういうことだろうし、これはテクストの場合も同じです。私がテクストを旅する(読む)と共に、テクストも旅をする(変わっていく)。「テクストと共に旅をする」。こういうのをまさに「脱構築」と言うのかもしれませんね。 《サファー・ファティ》 鵜飼:『言葉を撮る』の共著者であり、映画『デリダ、異境から』の監督であり、私の友人でもあるサファー・ファティを紹介させてください。彼女はエジプト南部で育ちました。政治思想で言えば、第四インターナショナル、トロツキズムの影響下にあります。彼女がエジプトの大学で体験したのは、当局の左翼一掃です。共産主義やトロツキズムが大学から一斉に排除されました。その際、左翼勢力を一掃するために当局が利用したのがイスラム原理主義であり、この運動の後ろ盾としてアメリカのCIA等も絡んでいました。9.11以前に、こういうことが中東諸国で起こっていたという事実を我々はまず知っておかねばなりません。このような状況下で彼女はエジプトからフランスに逃げ出してきたのです。そんな彼女は一方で、アラビア語とドイツ語が堪能であり、フランス語で論文を書くというような人です。ブレヒトの異化についての論文を書いていたように思います。また夫はスコットランド人なので家では英語を話し、シェイクスピアにも精通していて、そのいくつかは暗唱できるという類い希な才能の持ち主です。デリダは『言葉を撮る』をファティと共著で出版しました。共著というのは、ドゥルーズとガタリのように決して珍しいものではありませんが、デリダに関して言えば、共著と言えるのは本当にこの一冊ぐらいです。そしてデリダにとって、ファティとの旅(映画制作、共著)は非常に深刻な意味を持っているのです。デリダは49年にアルジェリアからパリに移住し、62年フランス市民権を得るとともにアルジェリアへは帰れなくなりました。またパリへ移住した5年後の54年にアルジェリアで内戦が起こりました。その時デリダはアルジェリアにいませんでした。なぜあんなことが起こったのか分からないし、フランスもアルジェリアを植民地にせずに、ただムスリムとユダヤ人とが幸せに共存できるようにすべきだったとデリダは考えていました。そして内戦の時、自分はアルジェリアにいるべきだったとも思っていました。だから、この問題はデリダのなかでずっと解決できないでいたのです。こういった思いが、サファー・ファティというエジプト出身の女性監督との共著である『言葉を撮る』という作品には託されています。 《あとがき》 すばらしいトークショーでした。デリダについて深い友愛をもって静かに語る鵜飼先生。デリダへの溢れんばかりの想いを情熱的に語る西山先生。そんなお二人の姿に魅せられて熱心に聴き入るお客様。終始全体が一つになっていました。担当者としてこのような奇蹟的な場に同席できたことをうれしく思います。ありがとうございました。(ジュンク堂書店新宿店人文書担当 阪根正行) ※ 上記のレポート(要約文)は拙者のメモをもとに作成しました。鵜飼先生、西山先生が実際に語られた言葉通りではありません。またニュアンスの取違いも多少あるかもしれません。ご了承下さい。(阪根正行)
by urag
| 2008-04-30 21:22
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Comments(5)
UTCPのブログによると、鵜飼哲氏はUTCPでのデリダ『マルクスの亡霊たち』日本語訳版の合評会にお弟子さんたちを連れて飛び入り参加されたそうで、この記事の執筆者は、これを「喜ばしい飛び入り」といった趣旨で紹介しています。
ところで東大のネグリ(不在の)シンポジウムに、鵜飼氏は出席されていたそうですね。だとすれば、早稲田問題に関わって「飛び入り」した「野次」に関して彼がどのような「歓待」或いは「応答責任」を行ったのか、是非知りたいところです。何しろ、上記の西山氏との対談では、どんなにウザい発表にもデリダは最後まで耳を傾けていたとのことですし、なおさらです。
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KRISEさんこんにちは。鵜飼さんはかつて早稲田のイベントにもスガさんらとともに参加されています。あの「野次」と「野次処理」を鵜飼さんがどうご覧になったのか、私は知りません。ちなみに「ウザい発表」に耳を傾けるのと、あの「野次」に応答するのとは私は同列に扱えないと思います。発表はいかにウザかろうと、セミネールの中であらかじめ場所が与えられることを約束されていたでしょうが、野次はそうではありませんから。
はい、私もその通りだと思いますし、見当違いの言い方をしてしまったことは反省しています。また、例の集会に鵜飼氏が出ておられたことも仄聞しております。
ただ、「条件なき大学」という理念をデリダから引き継いでゆこうとしておられるのならば(無論それは、たとえば鵜飼氏一人の問題ではありません)、それが言葉だけのものとならないよう、ましてやそう口にしておきながら現実には大学改革の尖兵を演じてしまうというようなこと(こうした身ぶりが近年、散見されるという主観的印象に、私のコメントは起因しています)がないよう、戒めてゆくことが、今回の一連の件を契機として浮上してきた、一つの教訓のようなものなのではないか、と思った次第なのです。特定個人を糾弾するといった意図で書いたことではありません。
KRISEさんこんにちは。イベントは今日ですね。拙ブログでも詳細をアップしておきました。きっと熱い討論会になってくれるはず……
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