2006年 07月 16日
ジョルダーノ・ブルーノ(1548-1600)著 加藤守通(1954-)訳 東信堂 06年7月刊 本体3600円 A5判上製317頁 ISBN4-88713-691-9 ■帯文より:多に類を見ぬ哲学のパトス的描写。狂気に類する情熱と探求によって究極の原理である神との合一を目指す、ブルーノ特有の「新プラトン主義的」思弁が、恋愛詩や紋章学の知見を織り交ぜた豊かなパトス的描写を通じて鮮明に溢れ出た、対話による哲学の傑作。 ●第3回配本。三年ぶりです。関連書の『ロバのカバラ――ジョルダーノ・ブルーノにおける文学と哲学』(ヌッチョ・オルディネ著、東信堂、02年6月刊)もあわせ、ブルーノ著作集はこれまですべて東北大学教授の加藤守道さんが訳されています。このまま全巻個人訳という偉業になりそうな予感すらする献身的な実績です。 ●本書"De gli eroici furori"(1585)はイギリス滞在中に書かれたもの。ブルーノのイギリス滞在についてはフランス王室の密命を帯びた「密使説」というのがあって、それについて詳述した本(ジョン・ボッシー『ジョルダーノ・ブルーノと大使館のミステリー』影書房)があるくらいですが、ブルーノ研究家の故・清水純一さんによればブルーノを庇護したフランス大使には様々な政治的役割があったものの、ブルーノ自身にはさほどの「ミステリー」はなかったのではと感想を述べられています。 ●『英雄的狂気』には西洋版「即身成仏」の思想があると訳者の加藤さんは書いています。確かに例えば次のような一節があります。「英雄的狂気の持ち主は、神的な美と善の姿を捉えて上昇し、知性と知的意志の翼によって、自らのより低位の形態を離れて、神性へと飛翔するのです」(「第一部第三対話」より、本書88頁)。 ●オックスフォード大学ではブルーノの所説はまったく受け容れられませんでした。英雄的狂気――神へと上昇する叡智的な愛――を根幹にして語られる彼の宇宙論は、当時の大学の神学者や哲学者たちの「節度ある」宗教的世界観を超えていました。彼はやがてイギリスを去ります。七年後に彼は異端思想の嫌疑によりヴェネツィアで逮捕され、ローマ送還後七年間「審問」に掛けられ、最後に火あぶりの刑に処されます。 ●「宣告を受けている私よりも、宣告を下した諸君の方が真理の前に恐れおののいているのではないか」とブルーノは言い放ったと言います。この科白は約半世紀前にやはり異端審問の果てに火刑に処された或るスペイン人が審問官に向かって述べた言葉を思い起こさせます。「私は焼かれるだろうが、そんなことはただそれだけのことに過ぎない。いずれまた永遠界で議論をつづけようではないか」。これはミゲル・セルベト(セルヴェトゥス:1511C-1553)の言葉で、かのボルヘスが「誹謗の手口」という覚書の末尾に書き留めています(『永遠の歴史』ちくま学芸文庫)。 ●またこれは、イギリス人のW・N・P・バーベリオン(1889-1919)が残した言葉にも繋がるような気がします。「何ものも私が生きたという事実を変えることはできない。《私はあった》、こんなにも束の間であったとしても。そして、私が死んだとしても、私の身体を構成する物質は不壊であり永遠である。それゆえ私の「魂」に何が生じようと、私の塵は常に存続するであろう。……あなたは私を殺し、水浸しにし、撒き散らすことはできる――しかしあなたは私を破壊することはできない。……死は人を殺す以上のことはできない」【分かりやすさのため訳文を若干変更しています※後日別稿にて解説します】。 ●これは彼の日記(1912年12月22日)に書かれていることで、宗教学者のエリアーデはこのくだりを転記しながら「これこそまさしく私なら、〈顕現=エピファニー〉としての人間存在の不壊性と呼ぶであろうところのものである」と自身の日記に記しています(1961年1月10日、『エリアーデ日記(下)』未来社、105-106頁)。バーベリオンの日記は抄訳が『絶望の日記』(中村能三訳、新潮社、1954年刊)として刊行されています。 ■ジョルダーノ・ブルーノ著作集全巻予定: 1:カンデライオ / 加藤守道訳 / 03年7月刊:第2回配本 2:聖灰日の晩餐 3:原因・原理・一者について / 加藤守道訳 / 98年4月刊:第1回配本 4:無限・宇宙・諸世界について 5:傲れる野獣の追放 6:天馬のカバラ 7:英雄的狂気 8:形而上学と宇宙論――「三十の像の灯明」「フランクフルト三部作」 9:記憶術論――「イデアの影」「キルケの歌」「印の印」 10:魔術論――「魔術について」「絆について」 別巻:ジョルダーノ・ブルーノとルネサンス思想(仮) 別巻:ジョルダーノ・ブルーノ研究(仮) 美の存立と生成 今道友信(1922-)著 ピナケス出版 06年7月刊 本体7600円 A5判上製函入373+33頁 ISBN4-903505-00-6 ■帯文より:美と芸術の哲学的思索体系、ここに成る! ■本書第三章第四節「創造性について」より:本書の企てとは事物の中に埋め込まれ沈んでしまった二つのもの、すなわち人間の精神あるいは心と、その対極者たるべき輝きとしての美とを、すなわち現象の中に埋没してしまった心と美とをそのあるべき離物的輝照という自由の広がりの中に救いなおす哲学的美学の思索なのであった。 ●本書は著者の『美の位相と芸術〔増補版〕』(東京大学出版会、1971年)の待望の続編であり、ピナケス出版さんの開業第一弾になるようです。本書の「後記」には次のように書いてあります。 ●「かねてより私の著書の読者であり、今もひそかに研究を続ける一人の人[発行者の濵賢さんのことと思われる:引用者]が私の著書出版のために新しい出版社(ピナケス出版)を立ち上げ、そこから取り敢えず用意の整った新著の出版を次々五巻くらいは引き受けたいという申し出があった。専門研究者の間以外には名も十分には知られていない私の難解な著書に大きな販路のあるはずもないから、それでも大丈夫なのか何回か問い直しもしたが、「覚悟してのうえでのことですから心配なさらないでください」ということで……」。 ●昨夏に今道さんの全集刊行企画が別の出版社であったものの規模が大きいため挫折したという前史もあったそうです。全集では40巻以上になり、選集でも10巻では収まらないという判断をその一流出版社はしたそうです。現実的な判断とはいえ、残念な話です。今道さんほど長年国際的に活躍されている哲学者もいないと思うのですが。 ●ピナケスというのは、かの古代アレクサンドリアの大図書館の蔵書目録から名を採ったのでしょうか。本書は「ピナケス学術叢書」というシリーズの第一弾になるようですが、奥付裏にはこんな近刊案内がありました。 ■近刊:「テオロギケー叢書」英知大学キリスト教文化研究所編 第一巻『超越への指標』今道友信、06年夏刊行予定 第二巻『カトリシズムと諸宗教(仮)』岸英司、06年夏刊行予定 第三巻『聖書研究と教会的信仰(仮)』和田幹夫、06年秋刊行予定 ●ピナケス出版さんはJRC(人文・社会科学書流通センター)が一手に販売業務を引き受けている版元(現在17社)のうちの一社です。17社のうちには、書肆心水、双風舎、クレイン、左右社、ビオシティなど、優れたコンテンツを発信している版元が多く、ポスト鈴木書店の支柱として邁進されているJRCさんのキャラもいやまして光ってきたと私は感じています。 民主主義の逆説 シャンタル・ムフ著 葛西弘隆訳 以文社 06年7月刊 本体2500円 46判上製224頁 ISBN4-7531-0248-3 ■帯文より:〈合意形成〉の政治から〈抗争性〉の政治へ。ロールズ、ハーバマス、ギデンズなどの「合意形成」の政治学を批判的に検討し、シュミットの政治論、ウィトゲンシュタインの哲学から「抗争性」の政治を提唱する。民主主義を鍛え直す画期的な政治思想。 ●帯文を参照しつつ本書を一言で宣伝するならば、「民主主義の危機の時代における政治思想の根本問題を問うラディカル・デモクラシー論の真骨頂」といったところでしょうか。ムフの単独著の翻訳は、『政治的なるものの再興』(千葉眞ほか訳、日本経済評論社、1998年刊)に続いて2作目。 東京大学[80年代地下文化論]講義 宮沢章夫(1956-)著 白夜書房 06年7月刊 本体1905円 A5判並製436頁 ISBN4-86191-163-X ■帯文より:80年代は「バブル」で「おたく」で「スカだった」のか? 時代を走るミヤザワが、東大駒場キャンパス最奥の密室で80年代生まれの学生を前に考え、迷い、口ごもりながら語る[80年代と現在を結ぶ手がかり]。 ●05年10月から半年の間、東大の表象文化論分科の授業として行われた全13回の講義録。第3回:西武セゾン分科の栄光と凋落/第4回:YMOの「毒」、〈クリエイティヴ〉というイデオロギー/第5回:森ビルの文化戦略と、いとうせいこうの「戦術」/第10回:ゼビウスと大友克洋と岡崎京子、それと「居場所がない」こと/などなど、非常に気になるテーマが続々と出てきて、読まずにはいられません。 ●出版=書店業界においても、セゾン文化の盛衰や森ビルの地政学的戦略、ゲームやコミックやアニメをめぐるオタク文化の変遷というのは非常に重要な検証材料です。80年代および90年代の再考は私自身の課題でもあるので、本書から大いに学ぼうと思います。 白の民俗学へ――白山信仰の謎を追って 前田速夫(1944-)著 河出書房新社 06年7月刊 本体2000円 46判上製286頁 ISBN4-309-22453-9 ■帯文より:日本民俗学最大の空白部分の探求。全国の、特に東日本の被差別部落に多く分布する白山神社。その謎に包まれた白山信仰の実態を追って、ハクサンからシラヤマへ、死と再生の儀礼の根源へ向かって、探求の手はとどまるところがない。柳田、折口に始まる民俗学の叡智を結集して、その神秘の空白部分に迫る、スリリングな書き下ろし。 ●『異界暦程』『余多歩き――菊池山哉の人と学問』(ともに晶文社)に続く第三作。著者は新潮社の文芸編集者で本書執筆中に還暦を迎え、定年退職されたとのこと。白山初登拝に出立する早朝の出来事から語り起すさりげない序文の数行でたちまち読者の興味をグイと惹きつけるあたりはさすがベテラン編集者だと感じます。 ●本書で引用され参照されている文献の数々は、専門研究書の一般的なそれとは違う次元の広がりと奥行きがあって面白いです。巻末に一覧がありますから、読者は次なる読書の獲物を探すのに便利だし、書店員の方はブックフェアなどのインスピレーションを得ることができるでしょう。 ●「あとがき」によれば、「三部作の最後を書き終えた今、ようやく「白の民俗学」の入り口に立った思いがする」と。シラと白との間、精霊と不浄との間の往還運動を見つめる著者のさらなる一歩がもう今から楽しみになってきます。 ◎このほかの気になった新刊単行本(価格は税込) パステルナークの詩集は工藤正広さんの長年の訳業と、版元の未知谷さんの継続的な出版のおかげで随分読めるようになってきました。ありがたいことです。いっぽうハイナー・ミュラーの訳書は実に12年ぶりですね。この人物にしては不思議なほどの空白でした。 古代日本海文明交流圏 / 小林道憲著 / 世界思想社 / ¥1,995 シェリング哲学 / H・J・ザントキューラー編 / 昭和堂 / ¥3,990 受難の意味――アブラハム・イエス・パウロ / 宮本久雄ほか編著 / 東京大学出版会 / ¥3,570 F・ベアト写真集(1) / 明石書店 / ¥2,940 木村伊兵衛のパリ / 木村伊兵衛写真 / 朝日新聞社 / ¥14,700 デザイナーズ・アパートメンツ / 清水文夫編纂 / グラフィック社 / ¥9,975 第二誕生 1930-1931 / ボリース・パステルナーク著 / 未知谷 / ¥2,100 ドイツ現代戯曲選(17)指令――ある革命への追憶/ ハイナー・ミュラー著 / 論創社 / ¥1,260 ◎今週の注目新書 流刑地にて / カフカ著 / 池内紀訳 / 白水Uブックス:白水社 / ¥945 ●生前に発表された四作品『判決』『観察』『火夫』『流刑地にて』を収録。来月は『断食芸人』を刊行。「田舎医者」連作も含むそうですよ。素晴らしい。
by urag
| 2006-07-16 23:34
| 本のコンシェルジュ
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