2006年 03月 29日
在野の哲学者である長谷川宏さんによるヘーゲルの訳書『精神哲学――哲学の集大成・要綱 第三部』が作品社より刊行されました。 精神哲学――哲学の集大成・要綱 第三部 ヘーゲル著 長谷川宏(1940-)訳 作品社 06年3月刊 本体4,600円 A5判上製434頁 ISBN:4-86182-074-X ■帯文より:ヘーゲルの代表作『エンチクロペディー』第三部。『精神現象学』と『法哲学要綱』が要約され、死後出版された講義録『歴史哲学講義』『美学講義』『宗教哲学講義』『哲学史講義』の要点が収録された、ヘーゲルの壮大な哲学体系の精髄。感動の新訳で甦るヘーゲル哲学の全貌。 ●本書をもって、長谷川さんはヘーゲルの翻訳にいったん区切りをつける心積もりのようです。「訳者あとがき」にこう書いてあります、「わたしのヘーゲル翻訳の仕事は、この本をもって終止符を打つことにしたい。四、五年前から日本の文化と精神に対する関心が高まり、その研究に多くの時間を割きたいと思うからだ」と。 ●長谷川さんの最初のヘーゲル訳が刊行されたのは14年前でした。河出書房新社から『哲学史講義』全三巻が刊行されたのを皮切りに、作品社から『美学講義』全三巻、『精神現象学』、『法哲学講義』、『哲学の集大成・要綱』全三巻が刊行され、『歴史哲学講義』が岩波文庫で出ています。「哲学を専門としない人たちのため」に練成された平易な訳文は絶賛をもって広く迎えられ、高額な哲学書にもかかわらず版を重ねています。 ●とくに『精神現象学』は久しぶりの新訳ということもあり、非常に良く売れました。当時私は作品社の営業部に所属していました。バリバリに硬派な学術書が本屋さんで売れていくのを目の当たりにしたことは、後にも先にもこれが私の業界経験で最後になるのではないかというほどでした。 ●いっぽうで、長谷川さんの訳業に嫉妬する人々の振る舞いについても目にすることができたのは、非常にいい経験でした。長谷川訳にどう接するのか、誰がどう評価し批判しているのかを見ていくと、まるでリトマス試験紙の実験を見ているような気がしたものでした。論壇だの、アカデミズムだの、研究者の縄張り意識だの、といった諸権威はいっそう疑わしく思えました。在野の偉大さ。 ●長谷川訳のヘーゲルをもっと読みたいと思う読者もいることでしょう。おそらく気長に待っていれば、やがて機が熟して、またいつの日か本屋さんで出会えることもあるかもしれません。長谷川訳ヘーゲルを手がけてきた編集者の高木有さんの陰の功績にも感謝しつつ、その日まで訳書の数々を読み返し続けましょう。そして同時に、来るべき日本精神史研究の成果もまた、待つことにしましょう。
by urag
| 2006-03-29 20:49
| 本のコンシェルジュ
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Comments(5)
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akishimanagae at 2006-03-30 01:03
uragさん、こんばんは。
私も、ヘーゲルは長谷川さんの訳にお世話になっています。日本では、哲学書の翻訳がなぜあんなにも堅苦しい文章になってしまうのでしょうか。権威欲が顕われているか、内容の不理解か、単に翻訳力(&文章力)がないか、いずれかだと思っています。原書を読んだほうがわかりやすい場合もあります。もし長谷川さんのように訳する方がもっとおられたなら、日本の哲学史も少しは変わっていたのかもしれないと思ったりします。
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itachi
at 2006-03-30 15:41
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読みやすくする場合には、どうしても部分的に意訳にならざるを得ません。そこを「誤訳」とつっこまれるのが怖いので、直訳調の変な文章にしてしまうのでしょう。戦前からの悪しき伝統です。
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urag at 2006-03-30 19:18
akishimaさんこんにちは。哲学書の翻訳はたしかに、お世辞にも読みやすいとはいえないものが多いですね。日本語としても少し特殊な部類だと思います。
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urag at 2006-03-30 19:29
itachiさんこんにちは。的確なコメントをありがとうございます。特に学術書における訳語の厳密な統一は、文脈によって訳語を変えてニュアンスの幅を読者に示唆していくような場合の意訳とは、共存しにくいと思います。
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akishimanagae at 2006-04-02 02:34
>itachiさん
仰るとおりです。 そういう伝統って、いつまで続くのでしょうね。 >uragさん 私は直訳調の文体が苦手なもので、翻訳文を自分のアタマのなかでもう一段階翻訳しなければならず、いつも苦労しています。まぁ内容自体、私にとっては難解なので結局同じことなのですが(笑)。 |
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