2005年 11月 25日
11月25日付けの「[本]のメルマガ」232号に以下の文章を寄せました。ブログに転載するにあたって、若干加筆してあります。 *** コミュニケーションの変容と出版 「インターネットは出版を変えたか、という議論がよくされる」――南陀楼綾繁さんはそう書き出している。発売されたばかりの『彷書月刊』12月号に掲載された「ぼくの書サイ徘徊録」(連載第52回「人文書の水先案内人」)である。ほかならないこの号で、南陀楼さんは私の「ウラゲツ☆ブログ」を紹介してくださっているのだが、その冒頭に引用された質問に私はあらためてこう答えようと思う。「少なくとも私にとってはイエスだ」と。 ちょうど今日から店頭発売開始の月曜社の新刊『破壊と拡散』を例にとって、簡単に説明しよう。 本書は「暴力論叢書」という新しいシリーズの第一弾で、著者はサミュエル・ウェーバーというアメリカの学者だ。1940年生まれで、ナンシーやラクー=ラバルトと同世代。アドルノやド・マンに師事しており、デリダの親友だ。著書は70年代からドイツ語と英語で発表しており、非ラカン的なフロイトの読解で知られる。日本語ではこれまでは論文の翻訳が数本あるだけだった。 『破壊と拡散』は日本語版オリジナル編集の本で、著者本人とのEメールのやりとりによって、収録論文が決められた。「日本語版への序文」もメールで依頼し、メールの添付ファイルでもらった。「インターネット以前」だったら、こう簡単にはいかない。 まず、著者と知り合うために、著作権エージェントや大学の研究者に仲介してもらう必要がほとんどなくなった。海外の研究者の多くはEメールを利用していて、彼らの所属する大学側がたいていはメールアドレスや連絡先を公開しているので、ダイレクトに連絡を入れることができる。 以前は仲介してもらうのに手間取ったあとに、時間をかけて手紙のやりとりか、幸運な場合はFAXのやりとりなどもありえたが、今は万事Eメールである。メールアドレスを著者が公開していない場合は、あちらの出版社の編集者と知り合えばいい。「暴力論叢書」を立ち上げるに際しては、当時スタンフォード大学出版にかかわっていたヘレン・ターターさんが親切にしてくださった。 やりとりをした後だったけれど、彼女の名前は別の機会に海外の別の著者からも聞いたりすることがあった。「現代思想」界隈をしっかり掌握しているらしい人脈の広い編集者であるかが私にも仄見えた。彼女は現在はフォーダム大学出版に移籍したようで、手に取る新刊の謝辞に彼女の名前を見つけると、顔も見たことのない相手であるのに、何となく嬉しい。 インターネットの普及によって、私たちはEメールという便利なコミュニケーション・ツールを手に入れた。わざわざそう書くのがわざとらしく間抜けに響くくらいに当たり前になってしまった。海外の著者とダイレクトに、しかも時間をおかずにやりとりできるのは本当に便利だ。昔も電話ならあったじゃないかって? 会話が苦手でも、書き言葉でコニュニケーションできるのだから、昔とはやはり違う。 それに、著者の「書き言葉」には、たとえ単なるメールでもやはりその人なりの「文体」が現れる。「文体」というヴァーチャルな《肉声》を通じて、私は彼あるいは彼女の《生》に接近しつつある自分を経験する。 「インターネット以前」にはおそらく、海外の第一線の研究者や書き手とじかに短時間のうちに知り合い、やりとりができるようになるということは望みえなかったと思う。高名な研究者とそうしたやりとりができるということなど、私自身の能力を考えれば実に身の程知らずだ。しかし身の程知らずでも、わけのわからない直観や情熱で糸を手繰り寄せ、相手に語りかけることはできる。 それは著者に対してだけじゃなく、不特定多数の読者に対しても同じだ。出版社から情報を発信するウェブサイトやブログを通じて、素早くさまざまな情報を提示し、あるいは語りかけたり語りかけられたりする。さまざまな出会いがあり、読者との出会いから仕事も生まれた。 インターネットは出版のためのコミュニケーション力を少なからず変容させた、と私は思う。 そしてもうひとつ言わなければならないのは、インターネットによる世界規模の情報収集の時短化が、自分の出版活動においては大きな恩恵だったということだ。さまざまな情報サイトや各国語のオンライン書店によって、海外の思潮は「インターネット以前」よりも格別に早く、広く、チェックできるようになった。電網を包括的に横断する検索サイトや専門的なメーリングリストなどがなければ、自分の仕事は停滞を余儀なくされるだろう。 ここまで書くとどうも無邪気にしか聞こえないが、便利であることは事実で、私はそれを「無知なりに」大いに活用してきた。もちろん、インターネットの「おかげ」で、ありがたくないこともしばしば起こるし、当然ながらそれは万能ではありえない。 そうしたダーク・サイドを書き出すときりがないし単なる愚痴にしかならないのでやめておく。ただ、いままでリアルな世界ではさまざまな「障壁」があったし、今もあり続けている一方で、オンラインの世界での清濁合わせた「風通しの良さ」が、一出版人としての私にも、一読者としての私にも、「チャンス」として作用したことはやはり否めないだろうと思う。 *** 以上です。
by urag
| 2005-11-25 23:18
| 雑談
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