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2026年 05月 04日

注目新刊:ちくま学芸文庫5月新刊、ほか

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★まもなく発売となる、ちくま学芸文庫5月新刊4点を列記します。

プロパガンダ入門』ネイサン・クリック(著)、渡会圭子(訳)、ちくま学芸文庫、2026年5月、本体1,400円、文庫判336頁、ISBN978-4-480-51378-6
システムの非線形論理――世界を創造的に組み直す』河本英夫(著)、ちくま学芸文庫、2026年5月、本体1,500円、文庫判448頁、ISBN978-4-480-51358-8
自由の論理』マイケル・ポランニー(著)、長尾史郎(訳)、ちくま学芸文庫、2026年5月、本体1,400円、文庫判368頁、ISBN978-4-480-51375-5
古典注釈入門――歴史と技法』鈴木健一(著)、ちくま学芸文庫、2026年5月、本体1,300円、文庫判336頁、ISBN978-4-480-51359-5

★『プロパガンダ入門』は、文庫オリジナル。米国の修辞学者ネイサン・クリック(Nathan Crick)の著書『The Propaganda: The Basics』(Routledge, 2025)の訳書です。クリックの初訳本です。「人をどう動かすか。出来事の創出、集団への一体化、単純化、感情の喚起……そのメカニズムに迫り、批判的に活用する術を提示する」(帯文より)。「プロパガンダとは何か」「動機の形成」「出来事をつくり出す」「アイデンティティをつくり上げる」「アイデアを単純化する」「激情をかき立てる」「プロパガンダは私たちを救うのか、破滅させるのか」の全7章立て。巻末に読書案内、用語集、原注、参考文献、索引がまとめられ、横路佳幸さんによる解説「現代社会はプロパガンダの夢を見るか」が付されています。

★クリックはこう述べます。「プロパガンダは基本的に説得の技法なのだ。嘘、ヘイトスピーチ、目に見えない心理操作が存在することは否定できないし、それが一般市民の生活の大きな脅威となりつつあることも事実だ。しかし説得という観点からすると、本書のテーマとなる問題は、それらが存在することではなく、それをどのように魅力的なものにするのか、そしてなぜ聴衆はそうしたメッセージを取り込むのか、である。人は嘘だとわかったあとでも、その嘘を信じ続けることが多い。それは嘘が真実よりも魅力的に感じられるからだ。基本的なプロパガンダの戦術と説得力のある訴えかけを理解できないうちは、プロパガンダに抗うこともそれを改善することもできない」(第1章「プロパガンダとは何か」19~20頁)。現代人必読の書といえるのではないでしょうか。

★『システムの非線形論理』は、文庫オリジナル。東洋大学名誉教授でシステム論がご専門の河本英夫(かわもと・ひでお, 1953-)さんが2023年10月下旬に東洋大学白山校舎で行った「最終講義」をもとに「多くの内容の加筆訂正を行っ」た(あとがきより)もの。カバー表4紹介文に曰く「システムの歴史を端緒として、ライプニッツ、ドイツ観念論、西田幾多郎、メルロ=ポンティ、構造主義の潜在的な可能性を考察しつつ、世界が多様化する仕組みを浮かび上がらせる。システムについてとりわけ根源的に迫ったのがオートポイエーシスであり、異質な事象の連動=「二重作動」の概念が世界の実相を顕在化させる。言語の向こう側へと踏み込み、変化し続けるものとして哲学の新たなかたちを問うた渾身の試論」。

★『自由の論理』は、ハンガリー出身の英国の社会科学者マイケル・ポランニー(ポラーニ・ミハーイ, Michael Polanyi, 1891-1976)の著書『The Logic of Liberty: reflections and rejoinders』(University of Chicago Press, 1951; Midway Reprint, 1980)の訳書(ハーベスト社、1988年)の文庫化。「科学コミュニティと同じく社会全体も、個人の信念を保障しつつ異論を調停していくような、「自発的秩序」のシステムを備えた組織となる必要性を、様々なモデルを用いて説明〔…〕。国家による科学・技術のコントロールに危機感が高まる今日、あらためて読まれるべき一冊」(カバー表4紹介文より)。「文庫版への訳者後書き」が加わっています。また、巻末特記によれば「文庫化にあたって明らかな誤りは適宜修正をほどこしている」と。ちくま学芸文庫でのポランニーの著書は『暗黙知の次元』(高橋勇夫訳、2003年)に続く2点目。

★『古典注釈入門』は、国文学者で学習院大学教授の鈴木健一(すずき・けんいち, 1960-)さんの著書(岩波書店、2014年)の文庫化。「本書は一条兼良、北村季吟、本居宣長といった注釈者や、室町期の『河海抄』から戦後の岩波「古典大系」にいたる注釈書をとりあげ、秘儀から実証、そして科学へという流れの下に注釈の歴史をたどる。さらに本文の確定や典拠の指摘、頭注形式といった具体的な技法にも踏み込んだうえで、将来あるべき姿を展望する」(カバー表4紹介文より)。「文庫版あとがき」が加わっています。曰く「注釈とは時空を超えて古典の読みを受け継いでいくタイムマシーンなのだ」(320頁)。

★次に光文社古典新訳文庫の新刊と既刊書目から2点4冊を掲げます。

回想・夢・思索(上)』カール・グスタフ・ユング(著)、アニエラ・ヤッフェ(編)、村本詔司(監訳)、福原美穂子(訳)、光文社古典新訳文庫、2026年4月、本体1,500円、文庫判480頁、ISBN978-4-334-10975-2
回想・夢・思索(下)』カール・グスタフ・ユング(著)、アニエラ・ヤッフェ(編)、村本詔司(監訳)、福原美穂子(訳)、光文社古典新訳文庫、2026年4月、本体1,800円、A6判608頁、ISBN978-4-334-10976-9
エウデモス倫理学(上)』アリストテレス(著)、渡辺邦夫/加藤喜市/立花幸司(訳)、光文社古典新訳文庫、2026年2月、本体1,500円、文庫判536頁、ISBN978-4-334-10920-2
エウデモス倫理学(下)』アリストテレス(著)、渡辺邦夫/加藤喜市/立花幸司(訳)、光文社古典新訳文庫、2026年2月、本体1,400円、文庫判480頁、ISBN978-4-334-10921-9

★『回想・夢・思索』は、これまで『ユング自伝――思い出・夢・思想』(全2巻、河合隼雄/藤繩昭/出井淑子訳、みすず書房、1972~1973年)として長らく日本でも親しまれてきた、ユングの死後に刊行された重要書の新訳です。正確に言うと、みすず版が英訳版(1961年)からの重訳であることに対して、今回の新訳はドイツ語原典版(1962年)からの初完訳です。みすず版でもドイツ語版は「常に」参照されてはいましたが(『ユング自伝1』訳者あとがき、289頁)、ドイツ語版の全貌は今回の新訳で初めて明らかになります。まさか最初から文庫で読めるようになるとは、と驚くばかりです。

★「本書の邦訳についていえば、みすず書房から出ている『ユング自伝』と、光文社から今回出すことになった『回想・夢・思索』がそれぞれ底本にしている英語版とドイツ語版には見過ごせない相違がある。そのことが気になっていた監訳者はかつて、ヤッフェの協力を得ながら両版の違いを明らかにした」(下巻解説、502~503頁)。ここで言及されているのは、村本詔司さんの1986年の論考「『ユング自伝』英語版と日本語版の未訳部分」(『花園大学研究紀要』第17号、1~26頁)のことですが、これは国会図書館デジタルコレクションで読むことができます。ありがたいです。

★参考までに、ユングとフロイトとの決別をもたらすことになったかの有名な、ポルターガイスト事件のくだりを、みすず書房版と光文社古典新訳文庫版で読み比べてみます。

光文社古典新訳文庫版(上巻「5 ジークムント・フロイト」344~345頁):
フロイトが自分の理屈を並べたてているのを聞いているうちにだが、私はある奇妙な感覚に襲われた。まるで自分の横隔膜が鉄でできていて、燃えるように熱くなっているような気がしてきたのだ――そしてその瞬間、私たちのすぐ横にあった本棚から、木が裂けるようなすさまじい音が鳴り、私たちは二人ともびっくり仰天した。本棚がこちらに倒れてくるのではないかと思われるほど、まさにそんな風に聞こえたのだ。私はフロイトに、「いまのが、いわゆる触媒作用による外在化現象です。」と、言った。
「なんてこった? これはまさに、生身のナンセンスだ!」と、フロイトは返した。
「いえ、違います。」と、私は反論した。「お間違いですよ、先生。私の言う通りだという証拠に、またすぐさっきのような音が鳴ると予告しておきましょう!」――そう言い終わらないうちに、本棚からまた同じ爆発音が鳴り響いた!
どこからあんな確信が生まれたのか、いまだにわからない。だが私には、またメリメリという音が鳴るだろうという確信があった。フロイトはただぎょっとして私を見つめていた。〔後略〕

みすず書房版(第1巻「ジグムント・フロイト」224頁):
フロイトがこんなふうにして喋っている間に、私は奇妙な感じを経験した。それはまるで私の横隔膜が鉄でできていて、赤熱状態――照り輝く丸天井――になって来つつあるかのようであった。その瞬間、我々のすぐ右隣りの本棚の中でとても大きな爆音がしたので、二人ともものが我々の上に転がってきはしないかと恐れながら驚いてあわてて立ち上がった。私はフロイトに言った。「まさに、これがいわゆる、媒体による外在化現象の一例です。」「おお」と彼は叫んだ。「あれは全くの戯言〔たわごと〕だ。」「いや、ちがいます」と私は答えた。「先生、あなたはまちがっていらっしゃる。そして私の言うのが正しいことを証明するために、しばらくするともう一度あんな大きな音がすると予言しておきます。」果して、私がそういうが早いか、全く同じ爆音が本箱の中で起こった。
今日に至るまで、私が何が私にこの確信を与えてくれたのか知らないでいる。しかし私は爆音がもう一度するだろうということを疑う余地もなく知っていたのである。フロイトはただ呆気にとられて私を見つめるばかりだった。

★一部を引きましたが、ここは前後も含めて読んでいただくべき箇所です。ユングはフロイトが超心理学に対して浅薄な「唯物論的偏見」を持っていることに疑問をいだいていました。本棚が鳴ったのはユングの邸宅ではなく、フロイトの住居です。この爆音事件でフロイトはユングへの不信感を強めましたが、ユングもまたフロイトへの距離感を隠せなくなっていきます。ユングが「集合的無意識」の提唱へと進んでいくのはそれから間もなくのことです。そのいきさつが端的に語られている「フロイト」の章は、この回想録においてユングの人生のもっとも決定的な転換点のひとつを感じさせる山場になっているのではないかと感じます。

★『エウデモス倫理学』は、新訳で初の文庫化。「『ニコマコス倫理学』と並ぶアリストテレスの主著。「美しく、善い人生」を送るための究極の「倫理学」講義。本邦初の“全巻通し”の完全版」(帯文より)。「『エウデモス倫理学』は、第一、二、三、七、八巻の五巻が独自巻で、第四、五、六巻の三巻が『ニコマコス倫理学』とまったく同一内容の「共通巻」です。本書を読み進めるうちにわれわれは、『ニコマコス倫理学』との比較以前に、前半三巻と最終二巻の独自巻を一貫して流れる「主題、主題の究明のための問い、問いへの答え、主題にかんする結論」の太いラインを、この範囲のテキストに内在的に、つまり外部テキストの助けなしに、特定できると思うようになりました」(上巻解説433頁)。「八巻全部がそろった『エウデモス倫理学』をまず出版し、アリストテレス倫理学の比類ない豊かな世界を、多くの読者に味わっていただこうとわれわれは考えました」(上巻訳者まえがき、16頁)。

★岩波書店版の全集二種では『ニコマコス倫理学』と重複する巻は訳出されていませんでしたが、今回初めて全八巻が通しで読めることになりました。既訳千葉雅也さんの推薦文に曰く「『ニコマコス倫理学』と共通の章を持つが、本書では、「善く、美しく」生きることを「快」とする倫理を、より日常的な考察として語っているように思われる。アリストテレス倫理学のもうひとつの姿」。


by urag | 2026-05-04 17:34 | ENCOUNTER(本のコンシェルジュ) | Comments(0)


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