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2025年 09月 08日
★まず注目の文庫新刊既刊を列記します。 『発心集』鴨長明(著)、伊東玉美(編)、ビギナーズ・クラシックス日本の古典:角川ソフィア文庫、2025年8月、本体1,100円、文庫判208頁、ISBN978-4-04-400770-6 『祭暦』オウィディウス(著)、高橋宏幸(訳)、講談社学術文庫、2025年8月、本体1,900円、A6判480頁、ISBN978-4-06-540753-0 『ニーチェ入門 永遠の言葉』フリードリヒ・ニーチェ(著)、ハインリヒ・マン(編)、原田義人(訳)、河出文庫、2025年8月、文庫判272頁、ISBN978-4-309-46820-4 ★『発心集』は、鴨長明(かもの・ちょうめい, c1155-1216)が晩年に執筆したとされる仏教説話集のダイジェスト版。原本は全8巻約100話を収め、角川ソフィア文庫では完全版である『新版 発心集 現代語訳付き』上下巻(浅見和彦/伊東玉美訳注、2014年)もあります。今回のビギナーズ・クラシックス版では23話が収められ、話ごとに現代語訳、原文、解説、という順で紹介されています。現代語訳と原文は全文を載せるのではなく、要所のほかはあらすじが示され、折々にコラムも挟んでいるので、テンポよく読むことができます。仏教説話集とはいっても説教臭いものではなく、いつの時代も変わらない、人間の悲しさが胸に迫ります。 ★『祭暦』は、古代ローマの詩人オウィディウス(Publius Ovidius Naso, 43BC-17/19AD)の『変身物語』と並ぶ代表作『Fasti』の全訳。1994年に国文社の「叢書アレクサンドリア図書館」の1冊として刊行されたものを改訂して文庫化したもの。「ローマの祝日や祭礼の縁起を韻文で歌い上げ」(帯文より)た同作は「初の文庫版」とのことです。巻末の「講談社学術文庫版への訳者あとがき」によれば、文庫編集部による用字や固有名詞の表記などを修正したゲラに訳者が朱を入れ、訳注部分で遺漏と誤謬を相当数修正した、とのことです。なお講談社学術文庫では、大西英文訳『変身物語』上下巻が2023年に発売されています。 ★『ニーチェ入門 永遠の言葉』は、創元社のシリーズ「永遠の言葉叢書」より1953年に刊行された『ニーチェ』の改題文庫化。巻頭は約70頁が編者の作家ハインリヒ・マンによる論考「ニーチェ」で、そのあとに「学問・哲学・真理」「文化の批判」「神なき世界」の三章構成で、ニーチェの著作の断片が集められています。新たに巻末解説として、文筆家の白鳥春彦さんによる「強い人間とはなにか」が加わっています。ニーチェの傲慢なまでに危険で力強い言葉は、生きる力を読者に与え、薬となり毒ともなるでしょう。「ニーチェは、十九世紀を克服する人間であろうと欲した。彼は自分の良心の前に、〈二つの世紀のあいだの思想家〉としての職能を主張した。彼によれば、二十世紀の後半こそ、彼があったところのものを理解するであろう」(14頁)とハインリヒ・マンは書いています。マンは続けて、しかし二十世紀前半があらかじめニーチェを利用した、と否定的に書くのですが、ニーチェが二十世紀後半だけでなく二十一世紀にも読まれていることは、読者が〈二つの世紀のあいだ〉に今なお挟まれていて、つまりはニーチェとともにある、ということを示しているかのようです。 ★次に、まもなく発売となる、ちくま学芸文庫の9月新刊6点を列記します。 『増補改訂 アンチ・アクション――日本戦後絵画と女性の画家』中嶋泉(著)、ちくま学芸文庫、2025年9月、本体1,700円、文庫判560頁、ISBN978-4-480-51319-9 『増補 シュルレアリスム――その思想と時代』酒井健(著)、ちくま学芸文庫、2025年9月、本体1,400円、文庫判432頁、ISBN978-4-480-51329-8 『江戸の戯作絵本 4』棚橋正博/深谷大/二又淳/長田和也(編)、ちくま学芸文庫、2025年9月、本体1,800円、文庫判624頁、ISBN978-4-480-51312-0 『ラテン語とギリシア語』風間喜代三(著)、ちくま学芸文庫、2025年9月、本体1,200円、文庫判288頁、ISBN978-4-480-51318-2 『ホロコースト後のユダヤ人――約束の土地は何処か』野村真理(著)、ちくま学芸文庫、2025年9月、本体1,200円、文庫判224頁、ISBN978-4-480-51321-2 『目撃証言』エリザベス・ロフタス/キャサリン・ケッチャム(著)、厳島行雄(訳)、ちくま学芸文庫、2025年9月、本体1,700円、文庫判560頁、ISBN978-4-480-51316-8 ★『増補改訂 アンチ・アクション』は、ブリュッケより2019年に刊行された、美術史家の中嶋泉(なかじま・いずみ, 1976-)さんの単独著を増補改訂し文庫化したもの。「前半で第二次世界大戦後の批評のジェンダー的分析を行い、後半に三人の美術家の制作史や作品の再解釈を行っている」(文庫版あとがき)とのこと。三人というのは、草間彌生、田中敦子、福島秀子の三氏。「改訂をすすめるなかで、現在からみると遅れていると思われる主張や、修正が必要だと思う内容も多々あったが、大枠では伝えたいことは変わっておらず、この時期の研究として読んでもらうことの意義も考えて、できる限り手を加えなかった」(同)と。補論として論考「多田美波の「皺」――「ポスト・アクション」の表現として」を追加されています。なおほどなく、巡回展「アンチ・アクション――彼女たち、それぞれの応答と挑戦」が2025年10月4日~11月30日に豊田市美術館、12月16日~2026年2月8日に東京国立近代美術館1F企画展ギャラリー、2026年2月28日~5月6日に兵庫県立美術館で開催される予定です。 ★『増補 シュルレアリスム』は、仏文学者の酒井健(さかい・たけし, 1954-)さんの著書『シュルレアリスム――終わりなき革命』(中公新書、2011年)の増補改訂改題文庫化。カバー表4紹介文に曰く「旧版を大幅に改訂し、思想、芸術、時代背景を中心に新たな展望を切り開いた完全版。本邦初訳のバタイユ講演録「シュルレアリスムの宗教」も収録」と。講演録というのはガリマール版バタイユ全集第7巻に収められていたもので、1948年2月のパリでの発表の筆記録とのことです。講演のあとの討論も収められています。発言者は、ジョルジュ=アルベール・アストル、エーメ・パトリ、ピエール・クロソウスキー、ジルベール・デュラン。 ★『江戸の戯作絵本 4』は、シリーズ完結編。ちくま学芸文庫のために新たに編まれたものです。収録作品は、虚言八百万八伝(うそはっぴゃくまんぱちでん)、見徳一炊夢(みるがとくいっすいのゆめ)、大違宝舟(おおちがいたからぶね)、豆男江戸見物(まめおとこえどけんぶつ)、花の御江戸(はなのおえど)、長生見度記(ながいきみたいき)、草双紙年代記(くさぞうしねんだいき)、江戸春一夜千両(えどのはるいちやせんりょう)、三筋緯客気植田(みすじだちきゃくのきうえだ)、夭怪着到牒(ばけものとうちゃくとうちょう)、箱入娘面屋人魚(はこいりむすめめんやにんぎょう)、九界十年色地獄(くがいじゅうねんいろじごく)、人間一生胸算用(にんげんいっしょうむなざんよう)、再会親子銭独楽(めぐみあうおやこのぜにごま)、人間一心覗替繰(にんげんいっしんのどきからぐり)、仇報孝行車(かたきうちこうこうぐるま)、の16編。 ★『ラテン語とギリシア語』は、言語学者の風間喜代三(かざま・きよぞう, 1928-)さんが1998年に三省堂より上梓された著書の文庫化。「様々な特徴を古典の例文とともに見ることで、複雑さに支えられた豊かな表現を持つ、ラテン語とギリシア語の輪郭が浮き彫りになる。古典語のエッセンスを凝縮したコンパクトにして本格的な案内書」(カバー表4紹介文より)。文庫化にあたっての改訂などは特にないようです。巻末解説は成城大学准教授の吉川斉さんが寄せておられます。 ★『ホロコースト後のユダヤ人』は、西洋史学者の野村真理(のむら・まり, 1953-)さんが2012年に世界思想社より上梓した著書の文庫化。「東ヨーロッパから連合国占領地域のキャンプへ、さらにパレスティナへと移動をつづけたユダヤ人難民(DP:Displaced Persons)たちを通して、もうひとつの現代史を抉り出した野心作」(カバー表4紹介文より)。「再刊されるにあたり、本文を読み直して数か所を書き換え、必要を感じたところでは依拠する文献を差し替えた」(ちくま学芸文庫版あとがき)とのことです。 ★『目撃証言』は、米国の心理学者エリザベス・ロフタス(Elizabeth Loftus, 1944-)とノンフィクション作家キャサリン・ケッチャム(Katherine Ketcham, 1949-)の共著『Witness for the Defense : The Accused, the Eyewitness, and the Expert Who Puts Memory on Trial』(St. Martins Press, 1991)の全訳で、岩波書店より2000年に刊行された単行本の文庫化です。「事件を巡る目撃者や当事者の記憶。それは驚くほど不確かで変化しやすい。心理学的視点から証言の信憑性に迫る傑作ノンフィクション」(帯文より)。訳文の改訂については文庫版訳者あとがきには特記されていません。巻末解説は、法学者の笹倉香奈さんが寄せておられます。 ★最後に最近出会いのあった新刊を列記します。 『アナキズムQ&A――やっちゃう、やっちゃえ、やっちゃった』栗原康(著)、筑摩書房、2025年9月、本体1,800円、四六判並製320頁、ISBN978-4-480-86487-1 『戦争が巨木を伐った――太平洋戦争と供木運動・木造船』瀬田勝哉(著)、平凡社ライブラリー、2025年8月、本体2,400円、B6変型判並製560頁、ISBN978-4-582-76996-8 『森林循環経済』小宮山宏(編著)、平凡社、2025年8月、本体1,800円、A5判並製192頁、ISBN978-4-582-82726-2 ★『アナキズムQ&A』はまもなく発売。政治学者の栗原康(くりはら・やすし, 1979-)がQ&A形式でアナキズムについて解説したもの。全4章立てで、カバーソデ紹介文の文言を借りると、第1章「さよなら、国畜【反政治の巻】」では、税金、政府、議会制民主主義、警察、監獄、統治、これらすべてが不要であることを説き、第2章「カネで買える自由がほしいのかい【反資本主義の巻】」では、労働からの自由を求め、資本主義から自身の魂を奪回するのがアナキズムの実践であることを教え、第3章「おもい、おもわれ、ふり、ふられ【直接行動の巻】」では、直接行動の可能性と、権力を取らずに世界を変える方法を示し、第4章「いま! いま! いま!【革命の巻】」では無支配と協働を軸にした「別の生き方」へと読者を誘います。居場所のない疎外感を抱えた現代人の胸に突き刺さる一冊です。 ★作家のブレイディみかこさんと、探検家の角幡唯介さんが推薦文を寄せておられます。ブレイディさん曰く「友/敵の垣根を超える方法は、アナキストが知っている」。角幡さん曰く「あらゆる軛からのがれ内なる生の躍動に身をまかせるのがアナキズムなら、私もアナキストである」。 ★『戦争が巨木を伐った』は、社会史家の瀬田勝哉(せた・かつや, 1942-)さんの著書(平凡社選書、2021年)のライブラリー化。巻末に「平凡社選書刊行その後――ライブラリー版あとがきにかえて」が加わっています。「太平洋戦争中、「軍需造船供木運動」の名のもとに、全国で100万本を超える巨木・大木が伐採された。伐られたのは神社や寺院境内の木、街道や堤防の並木、家の屋敷林など人びとの暮らしに根ざした木々だった――。名もなき木と人びとの記憶を掘り起こし、忘却された「木の戦争」を浮かび上がらせた渾身の記録。供木運動と木造船という歴史に埋もれた国家総動員体制の全貌を明らかにする」(カバー表4紹介文より)。 ★「急ぎたくない反面、急ぎます。どうかこの書の内容に触れた方は、それぞれの場で戦時中に巨木・大木を伐った話を聞き出し、それがどんなふうになされたか、関わった人の気持ちはどうであったか、切られた木の形見や当時の記録・物が何らかの形で残されていないか、さらにはこれも大事なことですが、今現在そうした史実のあったことが、その地その場で記憶されているのかいないのかなど、ぜひ調べていただきたいと願っています」(はじめに、22頁)。 ★『森林循環経済』は、工学者で第28代東京大学総長、一般社団法人プラチナ構想ネットワークの会長をつとめる小宮山宏(こみやま・ひろし, 1944-)さんが「日本という国の未来に必要な資源と仕組みを、足元の地域から立ち上げていく試み」(29頁)としての「森林循環経済」の構築について論じたもの。「グローバルな脱炭素と、ローカルな暮らしの再生。その両方をつなぐ道として、森林は、そしてこの経済の循環は、私たちの社会を支える大きな軸になっていく」(同)。 ★「〔この取り組みは〕森林資源を活かすことで、エネルギーや鉱物資源を海外に大きく依存する日本を「資源自給国家」とする新たな道を切り開きます。国土の約三分の二を覆う森林という再生可能資源を活用し、建材として、さらに化成品やエネルギーとして活用しながら、繰り返し循環させていく。この仕組みが確立されれば、森林は「伐ってもなくならない資源」として、持続的に私たちの社会を支える柱となり得ます」(28~29頁)。一般社団法人プラチナ構想ネットワークは「地球が持続し、豊かで、すべての人の自己実現を可能にする社会」をプラチナ社会と定義し、その実現を目指している、とのことです。
by urag
| 2025-09-08 03:32
| ENCOUNTER(本のコンシェルジュ)
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