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2025年 08月 31日
★まず注目既刊書から。 『プロパガンダ』ジャック・エリュール(著)、神田順子/河越宏一(訳)、春秋社、2025年7月、本体4,500円、4-6判上製600頁、ISBN978-4-393-33391-4 『人間の条件』ハンナ・アーレント(著)、千葉眞(訳)、筑摩書房、2025年7月、本体4,500円、四六判上製600頁、ISBN978-4-480-86749-0 『一九〇〇年ごろのベルリンの幼年時代 翻訳と解説』ヴァルター・ベンヤミン(著)、田邉恵子(訳・解説)、春風社、2025年7月、本体3,000円、四六変型判並製324頁、ISBN 978-4-86816-047-2 ★『プロパガンダ』は、フランスの思想家ジャック・エリュール(エリュルとも;Jacques Ellul, 1912–1994)による『Propagandes』(Armand Colin, 1962)の訳書。帯文に曰く「警戒せよ。あなたの「態度」など、いとも簡単に操れる。ソ連でも、中国でも、米国でも、すべて人間はプロパガンダに晒されている――20世紀の大思想家による、心理学と社会学の双方からプロパガンダを分析・考察した渾身の労作」。巻末解説として、武田砂鉄さんによるエッセイ「個人として生きるために」が収録されています。 ★エリュールは巻頭の緒言でこう書いています。「私は、プロパガンダの研究にあたって、技術を研究するときと同じ視点、同じメソッドを採択した。〔…〕プロパガンダも一つの技術なのだ。/私は本書の多くのページを割いて、現在の世界において、なぜプロパガンダが必須となり、プロパガンダから逃れることが不可能となったのかについて論じる。これに関しては底知れぬほど深い誤解があるが、その源が何であるかを私は経験によって知ることができた。近代人に取り憑いている事実(ファクト)信仰、ファクトに抵抗することはできないとするファクト信仰、ファクトは正しいという信念、ファクトはそれ自体が証拠であり証明であるという強い思い込みである。ファクトを価値観よりも上位に置き、必然性を進歩と混同し、これに服従する」(ix~x頁)。 ★「本書では、プロパガンダの発展、その不可避性、私たちの社会のあらゆる構造との関係を分析するが、読者はこれをプロパガンダへの賛同と受け止めるかもしれない。プロパガンダは必要かつ不可避であると説く以上、この本はプロパガンダの実践、発展、供花へと読者を促している、という受け止めだ。私はここで強調したい。私にはそうした考えはない。そのような推論を展開するのはファクトを進行し、力を過信している者だけだ。必然性は決して正当性を意味しないし、必然性の世界は弱さの世界である、より端的に言えば人間を否定する世界である、と私は考える」(x頁)。本書は60年以上前の本ですが、そのアクチュアリティは失われていないどころか、ますます現代人にとっての必読書となっているように思われます。技術の進展に比べて、人間の内面の進歩は遅いものなのでしょう。 ★なお、70年代半ばにすぐ書房より刊行され未完となっていた『エリュール著作集』には主著の『技術社会』(上下巻、上巻:島尾永康/竹岡敬温訳、1975年刊;下巻:鳥巣美知郎/倉橋重史訳、1976年刊)が含まれていますが、古書価がだいぶ高騰しています。幸い、国会図書館デジタルコレクションで閲覧が可能となっていますが、できれば文庫版など紙媒体で再刊されてほしいところではあります。 ★『人間の条件』は、『アーレントと現代――自由の政治とその展望』(岩波書店、1996年)の著者で国際基督教大学名誉教授の千葉眞(ちば・しん, 1949-)さんによるハンナ・アーレント(アレントとも;Hannah Arendt, 1906-1975)の『The Human Condition』(第2版、2018年)の新訳。巻頭にハーヴァード大学教授ダニエル・アレンの序文と、キール大学名誉教授のマーガレット・カノヴァンのイントロダクションが収められています。周知の通り、同書の既訳には志水速雄訳(中央公論社、1973年;ちくま学芸文庫、1994年)や牧野雅彦訳(講談社学術文庫、2023年)があり、アーレント自身によるドイツ語版『Vita activa oder vom tätigen Leben』(1960年)の翻訳もあります。森一郎訳『活動的生』(みすず書房、2015年)。アーレントの没後50年を飾るにふさわしい新訳が、ほかならぬ志水訳文庫版の版元から刊行されたのは意義深いことです。 ★カノヴァンはこう言います。「本書の刊行後、40年が経過した今日ですら、その持続的意義について評価を可能にするには十分に長い期間だとは言い切れない状況にある。もし仮にこのようなきわめて複雑な書物から一つの中心的テーマを引きだすことが可能であるとすれば、そのテーマとは政治の生死を決する重要性、私たちの政治的能力に関する適切な理解、さらにはそれらが提起する危険と機会に関するリマインダー(覚書)だといえよう」(xxxviii頁)。 ★『一九〇〇年ごろのベルリンの幼年時代』は、『一冊の、ささやかな、本――ヴァルター・ベンヤミン『一九〇〇年ごろのベルリンの幼年時代』研究』(みすず書房、2023年)の著者で津田塾大学学芸学部准教授の田邉恵子(たなべ・けいこ, 1988-)さんによる、ヴァルター・ベンヤミン(Walter Benjamin, 1892-1940)の『Berliner Kindheit um neunzehnhundert』の新訳。帯文に曰く「二度と踏むことのできなかった故郷ベルリンに関する珠玉の魂ともいうべき回想」。底本はパリ・タイプ稿です。1938年春にパリで成立した98枚のタイプライター稿(訳者解説167~168頁参照)。1932年秋頃に成立した手稿「ルソー島」の翻訳も訳者論考とともに併録されています。カバーなし、オビのみの、柔らかなペーパーバックに仕立てられているのが印象的です。「月からふりそそぐ光はわたしたちの昼の生活の舞台を照らし出すものではない。月がたぶらかすように照らし出す圏域は、反地球や副地球に属しているように思われる」(「月」116頁)。 ★次に最近出会いのあった新刊を列記します。 『〈私たち〉とは何か―― 一人称複数の哲学』トリスタン・ガルシア(著)、関大聡/伊藤琢麻/福島亮(訳)、叢書・ウニベルシタス:法政大学出版局、2025年9月、本体3,600円、四六判上製350頁、ISBN978-4-588-01188-7 『零落の賦』四方田犬彦(著)、作品社、2025年8月、本体3,400円、四六判上製396頁、ISBN978-4-86793-105-9 『現代思想2025年9月号 特集=米と日本人』青土社、2025年8月、本体1,800円、A5判並製230頁、ISBN978-4-7917-1486-5 『大学の使命を問う』石井洋二郎(著)、藤原書店、2025年8月、本体2,200円、四六判並製240頁、ISBN978-4-86578-468-8 『新宿ゴールデン街 〈双葉〉女三代記――ルーツは〈明治の製糸王〉萩原彦七だった!』萩原初江/城島徹(著)、藤原書店、2025年8月、本体2,200円、四六判並製320頁、ISBN978-4-86578-470-1 『岡田英弘著作集(Ⅷ)世界的ユーラシア研究の六十年〈増補新版〉』岡田英弘(著)、宮脇淳子(解説)、藤原書店、2025年8月、本体9,500円、四六判上製712頁+口絵4頁、ISBN978-4-86578-469-5 ★『〈私たち〉とは何か』は、フランスの哲学者で作家のトリスタン・ガルシア(Tristan Garcia, 1981-)の著書『Nous』(Grasset, 2016)の全訳。帯文に曰く「実体なきアイデンティティの政治に抗い、無数の〈私たち〉、私たちではない〈私たち〉を想像してみよう。思弁的フィクションを超えて新たな連帯のイメージを描く、哲学の挑戦」。ガルシアは読者にこう呼びかけます。「少しのあいだ、こんな努力をしてみてほしい。想定可能なすべての集団、団体のなかで、あなたが身近に感じるグループと遠すぎてほとんど異国的だとすら感じるグループを区別しないようにする努力だ」(6頁)。 ★「基盤が強固で、普遍的だし信頼できると考えられる集団と、非合理で馬鹿げた、危険だとすら思われるコミュニティを、分け隔てないようにしてみよう。道徳的な判断は一旦中断してほしい。その上で思考実験として、〈私たち〉と称し語るすべての存在を、たとえ別々の集団としてではあれ平等に考えられるような、一種の想像上の平面を作ってみてほしい。そうしたら今度は、「私たち」と語るすべての者が同じ人称を使っているわけだから、その人称になろうとしてみてほしい。たとえあなたの信条に反するアイデンティティのせいで苛々したり、顔がひきつる思いをしたり、むかついたりしてもだ。彼らとともに「私たち」と言ってみよう。このめまいのするような多様さ、私たちを代弁する声の不協和音を、すべてまとめて真剣に受け止めてみよう」(6~7頁)。「露わになるには、そもそも主体性がいかに政治的な組織化を受け入れやすいかという、際立った特徴なのだ」(7頁)。本書は現代人が生きる困難な時代における、他者との共生を模索するうえで示唆に富んでいると思います。 ★『零落の賦』は、四方田犬彦(よもた・いぬひこ, 1953-)さんの「賦の三部作」、『摩滅の賦』(筑摩書房、2003年)、『愚行の賦』(講談社、2020年)に続く完結編。『文學界』誌の2023年10月号から2025年1月号まで連載したものに加筆改訂を施したものです。帯文に曰く「天界の神々、文武に長けた皇帝、社交界の貴公子から、ハリウッド映画の女優まで、名誉と栄光を欲しいがまま生きた者たちは、なぜにかくも見捨てられ、忘れられ、悲惨な終末を遂げるのか。文学、演劇、映画を横断し、人間存在の本質に宿る〈零落〉を論じる長編エッセイ」。「数え上げようとするならば、零落者のリストはどこまでも長く、これからも、増えてはいっても減ることはないだろう。世界全体が連絡の途上にあるからだ。〔…〕あらゆる存在は本来的に零落を内側に隠し持っているのだ」(後記、384頁)。 ★『現代思想2025年9月号』の特集は「米と日本人」。版元紹介文に曰く「現在、そして未来において、米を作り、食べるという行為を私たちはどのように考えるべきか。本特集では、米という一見ありふれた存在が、文化や歴史、社会構造、国家のイデオロギーとどのように関わってきたかを多角的に検討する」と。巻頭の討議は藤原辰史+山内明美「飢えという人災を引き起こさないために――農と食の思想と実践」。そのあと雑賀恵子、三浦哲哉、赤坂憲雄をはじめとする各氏による16本の論考が続きます。目次詳細は誌名のリンク先でご確認いただけます。次号10月号の特集は「学問の危機――制度と現場から考える」。 ★藤原書店の8月新刊は3点。『大学の使命を問う』は、仏文学者の石井洋二郎(いしい・ようじろう, 1951-)さんの語り下ろし。聞き手は藤原書店の社主、藤原良雄さんです。「40年以上にわたって教育および管理運営の立場から大学という場に携わってきた著者が、「教養」のあり方の再定義、文系軽視への警鐘、学長選考と大学・学問の自治といったさまざまな切り口から、今こそ大学が手放してはならない「使命」とは何かを問う」(版元紹介文より)。『新宿ゴールデン街 〈双葉〉女三代記』は、新宿ゴールデン街最古参の老舗BAR〈双葉〉の3代目ママ、萩原初江(はぎわら・はつえ, 1960-)さんと、ジャーナリストの城島徹(じょうじま・とおる, 1956-)さんによる、萩原家四代のファミリー・ヒストリー。『岡田英弘著作集〈増補新版〉』全8巻は、2016年に完結した全8巻の再スタート。第1回配本となる第Ⅷ巻「世界的ユーラシア研究の六十年」では巻末に、歴史学者で岡田さんの伴侶、宮脇淳子(みやわき・じゅんこ, 1952-)さんによる増補新版への解説「アルタイ学と私たち――日本における中央ユーラシア研究の歩み」が加わっています。
by urag
| 2025-08-31 22:08
| ENCOUNTER(本のコンシェルジュ)
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