2025年 05月 25日
★まず注目単行本新刊を列記します。 『新装版 シェリング著作集(5a)神話の哲学《上》』松山壽一(編訳)、文屋秋栄、2025年5月、本体7,000円、A5判上製416頁、ISBN978-4-906806-13-3 『ヘーゲル全集(第8巻2)精神現象学Ⅱ』山口誠一(責任編集・訳)、知泉書館、2025年4月、本体10,000円、菊判上製860頁、ISBN978-4-86285-430-8 『資本主義リアリズム 増補版』マーク・フィッシャー(著)、河南瑠莉/セバスチャン・ブロイ(訳)、堀之内出版、2025年5月、本体2,500円、四六判並製262頁、ISBN978-4-911288-15-3 『日本型コミューン主義の擁護と顕彰ーー権藤成卿の人と思想』内田樹(著)、K&Kプレス、2025年4月、本体2,000円、四六判並製320頁、ISBN978-4-906674-88-6 ★『神話の哲学《上》』は、文屋秋栄版『《新装版》シェリング著作集』全6巻12冊の第9配本。燈影舎版では未刊行だったものです。収録されているのは、『神話の哲学への序論』全24講のうち、『神話の哲学への歴史的批判的序論』(1842年)の全10講義です。巻末解説神話の真理――後期シェリングの神話論」では次のように紹介されています。 ★「神話問題は、シェリングによって、生涯にわたって取り組まれた一大テーマである。悪の起源を究明する際に神話論的考察を加えた処女作(学士論文、1792年)に始まり、これに続く雑誌デビュー論文(1793年)では神話そのものが主題とされていた。いずれもシェリング17、8歳の少壮神学徒期の作である。その後のいわゆるシェリング初期に、さらに彼は共同体形成の核となるべき「新しき神話」の捜索に意欲を燃やすが、中期になると、これを断念せざるをえなくなり、神話論の本質究明に取り組むに至る。その成果を聴講者に訴え続けたのが、シェリング中期に属す1821年(エアランゲン大学)を皮切りにシェリング後期のほぼ全般1828~46年(ミュンヘン大学、ベルリン大学)にわたって繰り返し続行された『神話の哲学』講義群である。本書に収めた『神話の哲学への序論』講義第一部『神話の哲学への歴史的批判的序論』はこれらのうちベルリン大学での最初の講義に相当する(1842年夏学期)」(330頁)。続く下巻(5b)は大橋良介さんの編訳と予告されています。 ★『精神現象学Ⅱ』は、知泉書館版『ヘーゲル全集』全19巻24冊の第13回配本。第8巻第1分冊『精神現象学Ⅰ』は第6回配本として2021年5月に刊行済です。「「自己意識」章から「理性」「精神」「宗教」そして最終章「絶対知」章までを収める」(版元紹介文より)。巻末には訳者による100頁以上の「『精神現象学』総解説2」が付されており、『精神現象学』の読解を助けてくれます。「これまでの『精神現象学』翻訳諸版は、底本を決めて、邦訳していた。しかし、残念ながら、底本にふさわしい原典はいまだないといってよい。〔…〕翻訳では、次善の策として、W・ボンズィーベン/R・ヘーデ編『精神現象学』を中心としながらも、意味不明箇所については諸版の代理校正も参照することにした。こうしてベルリン版『ヘーゲル著作集』の呪縛からまずは脱するほかはない。底本にふさわしい版が将来できることを願うばかりである」(責任編集者あとがきより、819頁)。山口さんはあとがきの末尾で「私設ヘーゲル文庫を実見的に開設準備中である」と明かされています。 ★『資本主義リアリズム 増補版』は、2009年に原著が刊行され、2018年に訳書初版が上梓された、英国の批評家マーク・フィッシャー(Mark Fisher, 1968-2017)の著書の増補版。目次を初版と比べる限り、今回の増補版では2本の解説が加えられています。木澤佐登志さんによる「マーク・フィッシャーという亡霊」、毛利嘉孝さんによる「幽霊の音楽批評家」です。帯文には、千葉雅也さんの推薦文が掲出されています。曰く「資本主義は、仕事からプライベートまでを飲み込んで、すべてを競争とギャンブルに変えていく。いまや、それに適応して生きるのは当たり前であるかのようだ。しかし、何らかの視点からその状態を客観的に見て、批判する必要がある。本書は、それを手助けしてくれる。最初の出版から時を経ているが、問いの重要性はいっそう大きくなっている」。初版は5年で9刷を重ねたロングセラー。今回の再刊でより多くの読者を獲得するのではないかと思います。 ★『日本型コミューン主義の擁護と顕彰』は、「大アジア主義・農本主義の代表的思想家」(版元紹介文より)の権藤成卿(ごんどう・せいきょう, 1868-1937)の主著のひとつ『君民共治論』(文藝春秋社、1932年)の復刊としてもともと企画され、内田樹(うちだ・たつる, 1950-)さんが解説を依頼されていたものですが、内田さんの解説が長大なものとなり、内田さんの論考が主となったものです。帯文に曰く「私は、どうして日本の極右思想に惹かれるのか? 三島由紀夫からの宿題を、本書で果たせたと思う」。凡例によれば『君民共治論』では、旧漢字は新漢字に、旧仮名づかいは新仮名づかいに改めるとともに、漢字を適宜仮名にひらき、送り仮名、段落、句読点は適宜修正、平出や闕字は省略したとのことです。 ★「「社稷〔しゃしょく〕」というのは「土地の神(社)」と「五穀の神(稷)」を合わせた語で、「共同体」を意味する。権藤成卿によって広く人口に膾炙するようになった言葉である。「コミューン」と言い換えてもよい。国家ではなく、もっと小さな、しかし、深い紐帯によって結ばれた共同体のことである。権藤は社稷が人間社会の基本単位でなければならないと考えた。「人民は気象風土を異にし、風俗によってその適所に適意があり、自ら是とするところを固守するもの」だからである。そして、政府による上からの強権的な「官治」を退け、共同体が主体となる「自治」をめざした。「民自ら治めしむ」ことをめざした。/これは「日本型コミューン主義」と言ってよいだろう」(まえがき、4~5頁)。 ★「日本型コミューン主義はひどく取り扱いのむずかしい政体なのである。人民が君を崇敬し、君に忠良であるのは、赤心からの、純正な気持ちからのものでなければならない。決して、「強者に阿附追随するが如きもの」であってはならない。一方、君は人民から向けられる崇敬、人民から委託された統治権力を決して私物と解してはならない。これは一種の「業務委託なのである。そういう君民双方の相手に対する細やかな気配りによってかろうじて日本型コミューンは存立する。君民ともに純良な人間的資質を持たない限り成立し得ない政体なのである。〔…〕ことの良否についての判断は措いて、これが日本人が手元にある素材だけを用いて自力で創り出した日本固有の政治思想なのであることは間違いない」(同、6頁)。 ★続いて最近出会いがあった新刊を列記します。 『ゲンロン18』ゲンロン、2025年5月、本体2,500円、A5判並製352頁、ISBN978-4-907188-60-3 『アルキュオネ 力線』ピエール・エルバール(著)、森井良(訳)、ルリユール叢書:幻戯書房、2025年5月、本体3,400円、四六判変上製312頁、ISBN978-4-86488-323-8 『文法のコペルニクス的転回――ローゼンシュトック言語論集』オイゲン・ローゼンシュトック=ヒュシィ(著)、村岡晋一/竹中真也(訳)、叢書・ウニベルシタス:法政大学出版局、2025年5月、本体4,500円、四六判上製338頁、ISBN978-4-588-01184-9 『不正義の克服――アマルティア・セン『正義のアイデア』を本音で読み解く』池本幸生(著)、明石書店、2025年5月、本体2,700円、4-6判並製304頁、ISBN978-4-7503-5922-9 『季刊 農業と経済 2025年冬号(91巻1号)特集「農と食の「ジェンダー」を考える」──多様性と交差性の視点から』岩島史/靍理恵子/森真里/安里和晃(責任編集)、英明企画編集、2025年4月、A5判並製224頁、ISBN978-4-909151-65-0 ★『ゲンロン18』は、メイン特集が「一族の想像力」で、サブ特集が「関西とSF」。目次詳細は誌名のリンク先でご確認いただけます。巻頭論考の、東浩紀さんによる「平和について、あるいは「考えないこと」の問題(後篇)」は非常にアクチュアルで胸に刺さる一篇。予告によれば今夏に『平和論、あるいは愚かさについて』がゲンロンより刊行予定とのことです。東さんは今回の後篇で次のように書いています。 ★「共生すればつねに不愉快な隣人が目に入る。衝突も起きる。そのうえで利害を調整し、友好を維持しなければ、平和はあっというまに蒸発してしまう。/しかも、そうやって維持した平和でさえ、あとから振り返って「じつは平和ではなかった」と否定される可能性がある」(13頁)。「平和には二種類の平和がある。隔離の平和と共生の平和だ。/隔離の平和は他者を排除する。強制の平和は他者を排除しない。多くのひとは、前者は偽物でしかなく、後者こそが求めるべき本物の平和だと考える。それは確かにそうだ。/けれどもその「本物の平和」なるものは、哲学的に考えると、原理的な矛盾をはらんだじつに危うい概念なのである。共生の平和は、みなが考えないふりをし、考えない自由を守ることで成立する。だから、だれかひとりでも、そのふりの有効性、つまり平和のルールの有効性を疑い始めると、いまここでの平和の何晏格が消滅するだけでなく、過去の平和の記憶も遡行的に消滅してしまう。前回平和が戦時には「思考不可能なもの」になると記したのは、この「じつは」のメカニズムがあるからだ」(14~15頁)。 ★巻末掲出の東さんによる「編集体制変更のお知らせ」によれば、「ゲンロン」誌は次号より年1回刊行となり、90年代生まれの若手が編集する姉妹誌「ゲンロンy(仮)」が年末に刊行されるとのこと。「まだぼくの力が残されているあいだに、若い世代に批評のバトンを渡したいと思う。〔…〕主役は少しずつ彼ら〔新世代〕に移行していきたい。批評はアクチュアルなものでなければ意味がない。それは基本的に若者のものなのだ」と東さんはお書きになっています。むろんそれは単純な世代論ではなく、老人にアクチュアリティがないと仰っているのではないわけで、「旧世代」のアクチュアリティを東さんは今後も探求されるものと想像します。 ★『アルキュオネ 力線』は、ルリユール叢書第46回配本(66冊目)。帯文に曰く「対独抵抗運動に挺身した「闘士」の作家ピエール・エルバール――無人島で営まれる少年同士の同性愛的な友情を活写するBL小説『アルキュオネ』、スターリニズム下の若き反抗者たちの同性愛と政治参加を巧みに描いた、エルバールの私小説的作品『力線』の2篇を収録。本邦初訳」。原著は『Alcyon』(Gallimard, 1945)と『La Ligne de force』(Gallimard, 1958)です。ピエール・エルバール(Pierre Herbart, 1903–1974)はアンドレ・ジッドの秘書でもあった人物で「反植民地主義を奉じて共産党に入党。ソヴィエトに拠点を移し、「国際文学」編集長を務める。第二次大戦中は対独抵抗運動に参加し、レンヌ解放に尽力。戦後はジャーナリストとして活躍の場を広げ、自身の政治活動を総括した後、優れた私小説的作品を残す」(カバーソデ略歴より)と紹介されています。エルバールについての論考は確認できますが、著作の翻訳は今回が初めてかと思います。 ★『文法のコペルニクス的転回』はまもなく発売。オイゲン・ローゼンシュトック=ヒュシィ(Eugen Rosenstock-Huessy, 1888-1973)はベルリンのユダヤ人家庭に生まれ、ドイツや米国で教鞭を執った亡命知識人。初訳となる本書は論文集『Die Sprache des Menschengeschlechts』(2 Bde., Verlag Lambert Schneider, 1963/64)の抄訳で、「聞き手と語り手──中断と絶縁」「文法のコペルニクス的転回」「魂の応用学」「論理学と言語学と文学の一致 ヴィルヘルム・フォン・フンボルトの思い出に」「諸感覚の相反的意味」「言語にたいする個人の権利」の6篇を収録。帯文に曰く「〈語り手=私〉を中心に置く西欧的言語論をくつがえし、〈聞き手=あなた〉の側から言語の本質を追究した哲学者の主著『人類の言語』より主要論文を訳出」と。 ★『不正義の克服』は、アマルティア・セン『正義のアイデア』(The Idea of Justice, 2010; 明石書店、2011年)の訳者でいらっしゃる東京大学名誉教授の池本幸生(いけもと・ゆきお, 1956-)さんが同書を読み解き、「日本の文脈に即して、不正義を解決するための様々なアプローチを提示する」もの。目次詳細は書名のリンク先でご確認いただけます。帯文にある「分断は不正義をもたらし、連帯は正義への力となる」は本書の末尾にある言葉です。 ★『季刊 農業と経済 2025年冬号』の特集は、「農と食の「ジェンダー」を考える」。特集扉に掲載された紹介文によれば「本特集では、農業生産の現場から食として消費者の手に届くまでの過程で、「女性であること」や「男性であること」は、その他の社会的属性と交差しつつ、どのように経験され、そこにどんな矛盾や問題が存在しているのかを捉える。そのことを通じて農と食の「ジェンダー」に関する論点を提示し、問題が生じる原因と仕組みの解明をめざす」と。目次詳細は誌名のリンク先でご確認いただけます。
by urag
| 2025-05-25 23:22
| ENCOUNTER(本のコンシェルジュ)
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