2025年 04月 21日
★まず新書の注目新刊を列記します。 『イーリアス (上) 新装版』ホメーロス(著)、土井晩翠(訳)、冨山房百科文庫、2025年4月、本体2,100円、新書判592頁、ISBN978-4-572-00154-2 『イーリアス (下) 新装版』ホメーロス(著)、土井晩翠(訳)、冨山房百科文庫、2025年4月、本体2,100円、新書判624頁、ISBN978-4-572-00155-9 『誘拐された西欧、あるいは中欧の悲劇』ミラン・クンデラ(著)、阿部賢一(訳)、2025年4月、本体950円、新書判160頁、ISBN978-4-08-721361-4 『時間・自己・幻想――東洋哲学と新実在論の出会い』マルクス・ガブリエル(著)、大野和基(インタビュー・編)、月谷真紀(訳)、PHP新書、2025年4月、本体1,200円、新書判208頁、ISBN978-4-569-85901-9 『内調――内閣情報機構に見る日本型インテリジェンス』岸俊光(著)、ちくま新書、2025年4月、本体1,400円、新書判512頁、ISBN978-4-480-07682-3 ★『イーリアス 新装版』は、冨山房より1940年に単行本として出版され、95年にその新版が発売されたものを「百科文庫」シリーズの最新刊として上下巻の分冊で新組再刊したもの。版元紹介文によれば「日本初にしてその後もまだ試みられていない韻文完訳の新版である。昭和15年(1940年)発行の冨山房版を底本とし、本文の表記は旧版仮名づかいのまま、漢字を新字体に改め、読みにくい漢字語等については、字音は新仮名、字訓は旧仮名で振り仮名を付し、さらに名詞の送り仮名、動詞の活用語尾を適宜補って読みやすくした」と。巻頭の編集付記には「1940年発行の冨山房版〔…〕に一部手を加えて刊行された三笠書房版(1949年)を逐一参照しつつ〔…〕校訂した」とも書かれています。訳文には原典の行数が下段に添えられており、さらには訳注も下段に組まれています。土井晩翠(どい・ばんすい, 1871-1952)による名訳は韻文なので音読すると心地良いです。 ★『誘拐された西欧、あるいは中欧の悲劇』はチェコスロバキアに生まれ、フランスで活躍した作家ミラン・クンデラ(Milan Kundera, 1929-2023)の『Un Occident kidnappé ou la tragédie de l'Europe centrale』(Gallimard, 2021)の訳書。1967年6月に行われたチェコスロヴァキア作家大会での演説「文学と小民族」と、1983年1月に刊行された『ル・デバ』誌第27号に掲載された評論「誘拐された西欧、あるいは中欧の悲劇」の2篇から成ります。前者にはジャック・ルプニクによる解説が付され、後者にはピエール・ノラの解説が付されています。前者は原典であるチェコ語版「民族の非自明性」が参照されています。カバーソデ紹介文に曰く「クンデラが生涯をかけて探求した概念「中欧」と「小民族」を巡る両論考は作家の世界観を理解するための貴重な証言と言える」。訳者の阿部さんが長文の訳者あとがきを添えておられます。 ★『時間・自己・幻想』は、ドイツの哲学者マルクス・ガブリエル(Markus Gabriel, 1980-)に対する2024年の2本のインタヴューをまとめたもの。「すべては幻想なのか」「仏教との対話――存在するとはどういうことか」「中国思想との対話――「無」とは何か」「日本哲学との対話――西田幾多郎への批判」の4章立て。「私の存在論は、ある意味両者〔西洋哲学と東洋思想〕の統合を目指しています。/私の思想は14歳のときから東西双方の伝統に影響を受けてきました。両方が常に私の頭の中にあるのです。私はグローバリゼーション時代の子どもです」(22頁)。 ★巻末には「「新実在論」と親鸞の共通点」と題した松本紹圭(まつもと・しょうけい, 1979-)さんとの対談が併録されています。松本さんは浄土真宗本願寺派の寺院である光明寺(神谷町)の僧侶で武蔵野大学ウェルビーイング学部客員教授。ガブリエルはこう述べています。「対談でわかったことは、相互理解が今までになく容易になっていることでした。ドイツと日本は文化的には非常に異なっているにもかかわらず、私たちは互いを理解できます。これは80年代、70年代や60年代には不可能でした。グローバリゼーションとインターネットのおかげでそれが可能になったのです。/これまで、グローバリゼーションの精神的な影響は過小評価されていました。私たちはずっと市場と貿易の面しか見てこなかった。しかしグローバリゼーションは、私たちが自覚している以上に精神面への影響が大きかったのです。グローバリゼエーションは、今現れつつある新しい関係論的世界観の創造を導きました」(23頁)。 ★『内調』は、内調すなわち、内閣総理大臣官房調査室(1952~1957年)、内閣調査室(1957~1986年)と変遷してきた政府機関の「初めての通史」(帯文より)。「1936年に情報委員会が設置される前夜から、動揺する国際秩序への対応を迫られた1972年頃までの実態を、この間の情報機関に深く関わった三人のキーパーソン、横溝光暉、吉原公一郎、志垣民郎の残した資料と証言をもとに描く」(カバーソデ紹介文より)。なお1986年以降は内閣情報調査室(サイロ:CIRO: Cabinet Intelligence and Research Office)と改称されています。著者の岸俊光(きし・としみつ, 1961-)さんは毎日新聞を経て現在はアジア調査会常務理事。 ★続いて文庫の注目新刊を列記します。 『俳諧大要』正岡子規(著)、岩波文庫、2025年4月、本体520円、文庫判146頁、ISBN978-4-00-360059-7 『芥川龍之介選 英米怪異・幻想譚』澤西祐典/柴田元幸(編訳)、岩波文庫、2025年4月、本体1,430円、文庫判540頁、ISBN978-4-00-372517-7 『賢者ナータン』レッシング(作)、笠原賢介(訳)、岩波文庫、2025年4月、本体910円、文庫判316頁、ISBN978-4-00-324049-6 『平和の条件』E・H・カー(著)、中村研一(訳)、岩波文庫、2025年4月、本体1,560円、文庫判596頁、ISBN978-4-00-340222-1 『知覚の宙吊り――注意、スペクタクル、近代文化』ジョナサン・クレーリー(著)、岡田温司(監訳)、石谷治寛/大木美智子/橋本梓(訳)、平凡社ライブラリー、2025年4月、本体3,000円、B6変型判並製688頁、ISBN978-4-582-76986-9 『インテリジェンスの基礎理論』小林良樹(著)、講談社学術文庫、2025年4月、本体1,500円、A6判352頁、ISBN978-4-06-538824-2 ★時間の都合で手短かにコメントします。岩波文庫の4月新刊4点はいずれも「買い」ですが、個人的に刺さったのは『俳諧大要』でした。帯文に曰く「最初にして最良の俳句入門書。俳句革新を志す子規の気概あふれる重要著作」と。1955年の岩波文庫旧版を底本とし、「改版に当たっては本文のルビ、句読点の加除を行うとともに、復本一郎氏による本文注を加え、同氏による解説も付した」(編集付記)。カバー紹介文に引かれていますが、「俳句をものせんと思はば思ふままをものすべし。巧を求むる莫れ、拙を蔽ふ莫れ、他人に恥かしがる莫れ」(第五 修学第一期、17頁)という言葉をはじめ、名言が頁ごとに満ちています。創作する人だけでなく、出版人も傾聴し励みとすべき点が多いです。 ★『賢者ナータン』は、岩波文庫では2度目の新訳。1927年『賢者ナータン』大庭米治郎訳、1958年『賢人ナータン』篠崎英雄訳、そして今回の笠原訳です。篠田訳の最終重版はおそらく2006年春のリスエスト復刊だったろうと思います。近年では2016年に市川明訳(松本工房)、2020年に丘沢静也訳(光文社古典新訳文庫)も出ていて、レッシング(Gotthold Ephraim Lessing, 1792-1781)の劇作ではもっとも多く訳されていると言えます。帯文に曰く「分断と混迷の時代に読まれるべき大古典」。 ★『知覚の宙吊り』は、米国の美術評論家ジョナサン・クレーリー(Jonathan Crary, 1956-)の『Suspensions of Perception: Attention, Spectacle and Modern Culture』(MIT Press, 1999)の訳書として2005年に刊行された単行本の再刊。岡田温司さんによる「平凡社ライブラリー版訳者あとがき」が巻末に加わっています。曰く「今回ライブラリーへの収録に当たって、とりわけ縦横無尽に言及されている豊富な文献の数々に関連して、新たに邦訳が出版されたものについては、その書誌情報を加えるよう心掛けた」とのことです。なお平凡社ライブラリーでは来月(2025年5月)に、ディディ=ユベルマンの『イメージ、それでもなお』(単行本、2006年刊)を発売するとのことです。故・松井純さんの編集遺産がふた月連続でライブラリー化されるというのは驚くべき壮挙です。 ★『インテリジェンスの基礎理論』は、先述の『内調』と併せて購入。巻末特記によれば、親本は『インテリジェンスの基礎理論 第二版』(立花書房、2014年)。文庫化にあたり「全面的に改訂」したとのことです。巻頭に「学術文庫版はしがき」、解説は佐藤優さんが寄稿されています。目次詳細は書名のリンク先でご確認いただけます。著者の小林良樹(こばやし・よしき, 1964-)さんは、東大法学部を卒業後に警察庁入庁。早大博士(学術)のほか、ジョージワシントン大学、香港大学、トロント大学などで修士号を取得されています。外務省、内閣情報調査室審議官、慶應義塾大学総合政策学部教授などを経て、現在は明治大学公共政策大学院特任教授。
by urag
| 2025-04-21 01:53
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