2024年 06月 23日
★まずはまもなく発売となる新刊2点について。 『非美学――ジル・ドゥルーズの言葉と物』福尾匠(著)、河出書房新社、2024年6月、本体2,700円、46判並製466頁、ISBN978-4-309-23157-0 『K-PUNK 自分の武器を選べ──音楽・政治』マーク・フィッシャー(著)、坂本麻里子+髙橋勇人+五井健太郎(訳)、ele-king books:Pヴァイン、2024年6月、本体3,300円、四六判並製648頁、ISBN978-4-910511-70-2 ★『非美学』はまもなく発売。『眼がスクリーンになるとき――ゼロから読むドゥルーズ『シネマ』』(フィルムアート社、2018年7月)に続く、福尾匠(ふくお・たくみ, 1992-)さんによる2冊目の単独著です。デビュー作は書き下ろしでしたが、今作は博士論文「ドゥルーズの非美学――哲学と実践」を3年かけて全面的に改稿したもの。博士論文は横浜国立大学に2021年3月に提出されたもので、主査が平倉圭さん、副査が小泉義之さん、江川隆男さん、千葉雅也さん、榑沼範久さん、彦江智弘さんでした。単行本化にあたり、千葉雅也さんは推薦文を寄せておられます。「何もかもをクリエイティブだと言って微笑むようなこの時代に、創造性とは何かをゼロから問い直す」と。 ★福尾さんは巻頭の序論でこう書いておられます。「哲学の変化と哲学にとっての他者、つまり〈哲学の実践的な規定〉と〈他の実践の哲学的な規定〉こそが同時につかまえられなければならない。本書がドゥルーズから取り出すことを目指すのはこの両立だ。自律的であるということを閉鎖的であるということにせず、他者に開かれているということを包摂の方便にしないということを、この両立は意味するだろう」(序論、14頁)。「本書はドゥルーズの哲学を、その実践性、そして芸術との関係というふたつの観点から研究する。このふたつがそれぞれ〈哲学の実践的な規定〉と〈他の実践の哲学的な規定〉に対応する。両者の相互前提的な関係がどのように構築されるのか明らかにすることが全体の目的だ」(同、16頁)。 ★この序論では本書に先行する「論脈」として、東浩紀『存在論的、郵便的――ジャック・デリダについて』(新潮社、1998年)、平倉圭『ゴダール的方法』(インスクリプト、2010年)、千葉雅也『動きすぎてはいけない――ジル・ドゥルーズと生成変化の哲学』(河出書房新社、2013年;河出文庫、2017年)の3冊を挙げ、これらが「ある共通のテーマをもっているように思われる」と指摘しています。「〈他者のポジティビティ〉と〈実践における有限性のポジティビティ〉をカップリングさせるというテーマだ。東の「誤配」、平倉の「失認的非理論」、そして千葉の「非意味的切断」」(同、26頁)。「誤配、失認的非理論、非意味的切断が深く実践へと方向づけられているように、非美学はドゥルーズの実践をテストする観点であると同時に〔…〕それを哲学的実践の条件を構成する概念として定立することだ。その実践が芸術という他者との関係におけるものである以上、非美学は批評の条件についての哲学的思考である」(同、42頁)。 ★なお、版元さんのプレスリリース「【2024年、最重要<人文書>】注目の哲学者・批評家、福尾匠による新刊『非美学』が6月24日ついに発売!」によれば、今後の刊行予定として、8月にデビュー作『眼がスクリーンになるとき』が河出文庫で再刊されるとのことです。黒嵜想、山本浩貴(いぬのせなか座)の両氏と著者による鼎談を追加収録。そして、11月には「著者のデビュー以来の批評=エッセイを一挙収録」し、著者の「批評=エッセイの実践がひとつの哲学に結実する軌跡が刻まれている」と謳う単行本『ひとごと――クリティカル・エッセイズ(仮題)』が発売予定と公表されています。 ★『自分の武器を選べ』は、『夢想のメソッド』(ele-king books:Pヴァイン、2023年9月)に続く、英国の批評家マーク・フィッシャー(Mark Fisher, 1968-2017)のブログ「k-punk」からまとめられたフィッシャー評論選集『K-PUNK』の第2弾。帯文に曰く「21世紀初頭において、もっとも影響力のある、労働者階級出身の批評家によるエッセイ/論考集の「音楽・政治」編。資本主義の向こう側に突き抜けるための思考の記録」と。凡例によれば「本書はMark Fisher, k-punk: The Collected and Unpublished Writings of Mark Fisher (2004-2016), Repeater Books, 2018のうち、第三部および第四部を訳出し、日本語版編者序文を付したものである」とのこと。同原書第一部と第二部は既刊『夢想のメソッド』に収録。原書第五部以降は「別巻にて続刊」と特記されています。なお既刊前作は「本・映画・ドラマ」編。別巻というのは本巻別巻の区別のことではなく、下記引用にある通り、三巻目の意味かと思われます。 ★「日本版『k-punk』の三巻目には、階級(貧困)問題には目もくれず、環境とアイデンティティばかりに奔走する「高級化し、道徳化する左翼」を批判した、彼のもっとも有名な(そして大いに反論を読んだ悪名高き)エッセイ「ヴァンパイア城からの脱出」があり、晩年のフィッシャーが60年代のカウンター・カルチャーにおける失われた可能性を再評価し、その更新を試みる「アシッド・コミュニズム」(彼が自死する前に取り組んでいた、『資本主義リアリズム』の続編となるはずだった『アシッド・コミュニズム』の序文)が収録される」(日本語版編者序文、14頁)。版元さんのプレスリリースによれば「今秋には第三分冊「インタヴュー/アシッド・コミュニズム編」も刊行を予定」とのことです。 ★言うまでもありませんが、『成功の掟』(日本能率協会マネジメントセンター、新装版2005年)などの自己啓発書の著者で知られるマーク・フィッシャー (Marc Fisher, 1953-; 本名Marc-André Poissant)はカナダの作家で、上記の英国の批評家マーク・フィッシャー (Mark Fisher, 1968-2017)とは別人です。 ★続いて注目単行本既刊新刊を列記します。 『新言語学試論』ルイ・イェルムスレウ(著)、平田公威(訳)、記号学的実践叢書:水声社、2024年5月、本体4,500円、A5判上製262頁、ISBN978-4-8010-0695-9 『死後の世界――30年間事務所に出た幽霊が教えてくれた』横澤丈二(著)、KADOKAWA、2024年6月、本体1,400円、四六判並製176頁、ISBN978-4-04-606752-4 ★『新言語学試論』は、デンマークの言語学者ルイ・イェルムスレウ(Louis Hjelmslev, 1899-1965)の死後出版『Nouveaux essais』(recueillis et présentés par François Rastier, Presses universitaires de France, 1985)の全訳。復刊を除くと約40年ぶりのイェルムスレウの訳書刊行です。カバー表4紹介文に曰く「《言語素論》(glossématique)のエッセンスを柔らかい語り口で提示する「言語理論についての講話」、強靭な抽象的思考の結晶である「言語理論のレジュメ」をはじめとする、構造言語学の極北へと誘う最重要論考を収録」と。大谷大学文学部哲学科助教で『ドゥルーズ=ガタリと私たち――言語表現と生成変化の哲学』(水声社、2023年11月)の著者である平田公威(ひらた・きみたけ, 1990-)さんによる「訳者あとがき」の説明を拝借すると、本書は未訳の2冊、1959/1971年の『言語学試論(Essais linguistiques)』と、1973年の『言語学試論Ⅱ(Essais linguistiques II)』に続く論文集です。目次詳細は書名のリンク先でご確認いただけます。 ★編者のフランソワ・ラスティエはこう書いています。「奇妙に思えることだが、イェルムスレウには追従する者があまりいなかった。そのため、かれの教育によって今日よく知られる言語学者が育成されたにもかかわらず、厳密な意味での弟子は数えるほどしかいない。イェルムスレウの影響は、別のところではたらいていたのである。それというのも、かれの言語理論である言語素論〔glossématique〕は、言語学を超える射程をもち、一般記号論の基礎づけに寄与しうるものだからであり、さらに言えば、その認識論的な革新性は社会科学全体の興味を引くものだからである」(序文、12頁)。「イェルムスレウは、言語学の全分野を共通の基礎によって統一するだけの強力な理論を作り出し、さらに後年には、一般記号論を創設するに足る理論を作り出しているが、つまるところ、そうすることで、比較と歴史の言語学が一世紀以上前から推し進めてきた研究を深めようとしているのである」(同、14~15頁)。 ★最後にイェルムスレウの既訳書を掲出しておきます。ほとんどが新本では入手不可能になっているのはもったいないことです。 1958年『一般文法の原理』小林英夫訳、三省堂、再版1974年 1959年『言語理論序説』林栄一訳述、研究社出版、復刻1998年(ゆまに書房) 1968年『言語学入門』下宮忠雄・家村睦夫訳、紀伊國屋書店 1985年『言語理論の確立をめぐって』竹内孝次訳、岩波書店 2024年『新言語学試論』平田公威訳、水声社 ★『一般文法の原理』は『Principes de grammaire générale』(1929年)の訳書。『言語理論序説』は『Omkring sprogteoriens grundlæggelse』(1943年)の、フランシス・J・ウィットフィールドによる英訳書『Prolegomena to a Theory of Language』(1953年)からの重訳。巻頭の「訳述者の言葉」によれば本書は「訳述解説を試みたもの」で「原著と英訳とは若干相違している箇所があるが、これは原著者と英訳者との協議によったもので、むしろ英訳の方が改訂版といった恰好になっている」(iii頁)。1943年のデンマーク語原典からの翻訳が『言語理論の確立をめぐって』です。『言語学入門』は1963年の『Sproget. En introduktion』の訳書。紀伊國屋書店出版部によると、初刷1968年、2刷1969年、3刷1972年、4刷1981年とのことで、途中改訂はなし、以後復刊はされていないとのことです。岩波書店と紀伊國屋書店は毎年「書物復権」に参加していますから、ぜひとも来年あたり復刊書目に入れて下されば、若い読者にも届くようになるのではないでしょうか。 ★『死後の世界』は、芸能事務所ヨコザワ・プロダクション代表取締役の横澤丈二(よこざわ・じょうじ, 1964-)さんの『日本一の幽霊物件――三茶のポルターガイスト』(幻冬舎文庫、2023年3月、一部抜粋はこちら)に続く2冊目の書き下ろし。前作では映画『三茶のポルターガイスト』(後藤剛監督、2022年製作、2023年3月公開、エクストリーム配給、82分)の公開に合わせて発売されましたが、今回の第2作も新作映画『新・三茶のポルターガイスト』(豊島圭介監督、2024年製作、2024年6月公開、エクスリーム配給、88分)の公開に合わせての出版です。 ★第1章「霊との邂逅――稽古場の怪異現象とてっちゃんとの出会い」は自己紹介パートなので、前作『日本一の幽霊物件』と内容は重複しますが、前作と同じく担当編集者をつとめ、映画にも主演されている角由紀子さんをはじめとする14名の証言が挟みこまれています。第二章「死後の世界――30年交流した幽霊が伝えた真実」では、降霊術「コックリさん」によって判明した、現世と来世、そして宇宙のしくみなどが明かされています(細部のネタバレにならないよう大雑把に書いています)。新作映画では明かされていない重要な情報や説明が多いので、映画「新三茶ポ」をご覧になった方は劇場版パンフレットだけでなく『死後の世界』や月刊誌『ムー 2024年7月号』などを講読されることをお薦めします。四つの世界の重なり合いや失踪空間、合わせ鏡の話は特に興味深いです。 ★第三章「死後の世界Q&A――素朴な疑問の一問一答」は第二章の補足篇。半導体という概念は独特ですが、なるほどと思います。第四章「予知――あの日見たビジョンのこと」は横澤さん自身の予知の体験が記されています。第五章「2024-2023年の景色――幽霊が語った日本と地球の未来」はコックリさんで得た未来予知の情報がまとめられています。大げさすぎる記述はなく、一見すると想定しうる事象の連なりにも思えますが、淡々と書かれている分、注意深く読む必要がありそうです。終章「てっちゃんの存在と感謝」は横澤さんの守護霊(本書の用語では「守護神」)である「サカクラ・テツ」さんについて改めて紹介するもの。本書を読むと、まだ書ききれていない細部が多くあることに気づきます。映画や数々の関連動画でもヨコプロの不可解な現象の謎はまだまだ解明されておらず、横澤さんの書き下ろしにせよ映画や動画にせよ、三元ビルが存続しているうちに記録し検証すべきことは多いように思います。 ★『死後の世界』は、心霊現象と異世界、宇宙人、予知など様々な異なるジャンルの要素がひとまとめに説明できるかもしれない横断的な地平を提示しており、とうてい信じがたいとする読者、もっと知りたくなる読者、そして「怖いのでできれば知らないままでいたい」となる読者、など様々な反応があると想像できます。個人的な感想をひとつだけ言えば、三軒茶屋の民俗誌の一頁として特異な記録になるかもしれないと感じています。
by urag
| 2024-06-23 23:53
| ENCOUNTER(本のコンシェルジュ)
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