2024年 03月 10日
★まず、注目の文庫新刊と既刊を列記します。都合により一部のみコメントします。 『結ぼれ』R・D・レイン(著)、村上光彦(訳)、河出文庫、2024年3月、本体810円、文庫判176頁、ISBN978-4-309-46797-9 『好き? 好き? 大好き?』R・D・レイン(著)、村上光彦(訳)、河出文庫、2023年10月、本体810円、文庫判184頁、ISBN978-4-309-46790-0 『日本霊異記・発心集』伊藤比呂美(訳)、河出文庫、2024年3月、本体800円、文庫判232頁、ISBN978-4-309-42086-8 『堤中納言物語』中島京子(訳)、河出文庫、2024年3月、本体700円、文庫判176頁、ISBN978-4-309-42087-5 『中世哲学の射程――ラテン教父からフィチーノまで』クラウス・リーゼンフーバー(著)、村井則夫(編訳)、平凡社ライブラリー、2024年3月、本体2,500円、B6変型判704頁、ISBN978-4-582-76962-3 『精選 神学大全2 法論』トマス・アクィナス(著)、稲垣良典/山本芳久(編)、稲垣良典(訳)、岩波文庫、2024年2月、本体1,560円、文庫判608頁、ISBN978-4-00-336214-3 『道徳的人間と非道徳的社会』ラインホールド・ニーバー(著)、千葉眞(訳)、岩波文庫、2024年2月、本体1,300円、文庫判480頁、ISBN978-4-00-386037-3 『独裁者の学校』エーリヒ・ケストナー(著)、酒寄進一(訳)、岩波文庫、2024年2月、本体650円、文庫判198頁、ISBN978-4-00-324713-6 『若きウェルテルの悩み』ゲーテ(著)、酒寄進一(訳)、光文社古典新訳文庫、2024年2月、本体780円、文庫判280頁、ISBN978-4-334-10219-7 『三体』劉慈欣(著)、立原透耶(監修)、大森望/光吉さくら/ワンチャイ(訳)、ハヤカワ文庫、2024年2月、本体1,100円、文庫判640頁、ISBN978-4-15-012434-2 『読む哲学事典』田島正樹(著)、講談社学術文庫、2024年2月、本体1,000円、A6判232頁、ISBN978-4-06-534805-5 ★河出文庫の2月3月新刊より4点。驚くべきことに、英国の精神科医レイン(Ronald David Laing, 1927-1989)の「詩集」2点が2カ月連続で文庫化。親本はいずれもみすず書房より刊行されたロングセラー。先月発売されすぐさま重版されたのが『好き? 好き? 大好き?』(原著『Do you Love Me?』1976年;みすず書房、1978年)で、今月発売されたのが『結ぼれ』(原著『Knots』1970年;みすず書房、1973年、新装版1997年)。それぞれの文庫版解説を寄せているのは、前者がシナリオライターのにゃるらさんで、後者が歌人の上篠翔さん。 ★ネタバレなしで言えば、この2点は結構強力な薬です。精神的に辛い状態の人は読まない方がいいかもしれないし、ましてや、その柔らかなタイトルと装丁に釣られて未読のまま知人友人や家族にプレゼントするようなことはとてもお薦めできない作品です。この2作をけなしてそう言うのではありません。最大限の賞賛を寄せるがゆえに要注意でもあることを記しておいた方がいいと思います。この2冊をまさにこの2020年代において正しく再評価し、こともあろうに文庫化して広い読者層に供した編集者氏には、敬意をこめて「やりやがったな」と言わせてください。 ★この2冊を読みながらもっと気分を味わいたい方は、例えばジョナサン・グレイザー(Jonathan Glazer, 1965-)監督の映画『Under the Skin』(2013年:日本語題『アンダー・ザ・スキン 種の捕食』)ないし『The Zone of Interest』(2024年5月24日日本公開:日本語題『関心領域』)の、ミカ・レヴィ(Micaela Rachel Levi, 1987-)による素晴らしく悩ましいサントラを聴くこと(をお薦めしません鼓膜から浸食され魂を揺さぶられ感情を細切れにされる危険性あり)。 ★昨年10月より刊行開始となった河出文庫の「古典新訳コレクション」の3月最新刊は、伊藤比呂美訳『日本霊異記・発心集』(抄訳)と、中島京子訳『堤中納言物語』。来月発売は、町田康訳『宇治拾遺物語』と、角田光代訳『源氏物語5』。同コレクションは、池澤夏樹個人編集『日本文学全集』から「古典の新訳・新釈を文庫化」するもの。加筆修正が施され、新たな解題が付されています。 ★なお他社本ですが、日本の古典文学では今月はまもなく上村悦子『新版 蜻蛉日記 全訳注』(講談社学術文庫、2024年3月)が発売予定です。1978年に全3巻で刊行された文庫本の合本再刊。 ★平凡社ライブラリーの3月新刊より『中世哲学の射程』。リーゼンフーバー(Kraus Riesenhuber, 1938-2022)さんの『中世哲学の源流』(創文社、1995年)と『中世における理性と霊性』(知泉書館、2008年)に収録された論考を中心に編纂し、単行本未収録論文「中世における自己認識の展開――近代思想の歴史的源泉をめぐって」(2009年)を加えた精選集。編訳者の村井さんによる解題「理性の歴史――超越論哲学と否定神学」が付されています。同ライブラリーでの同著者の既刊書には『西洋古代・中世哲学史』(矢玉俊彦/佐藤直子訳、2000年8月)と『中世思想史』(村井則夫訳、2003年12月)があります。 ★他社本ですが、今月はもう一冊、リーゼンフーバーさんの論文集が文庫でまもなく発売となります。『存在と思惟――中世哲学論集』(山本芳久編、村井則夫/矢玉俊彦訳、講談社学術文庫、2024年3月)です。版元の書誌情報によれば「1995年に創文社より刊行された『中世哲学の源流』(上智大学中世思想研究所中世研究叢書)所収の論文から精選し、新たな配列で編み直したもの」とのこと。目次を照合する限り、『中世哲学の射程』とは重複していないようです。 ★酒寄進一(さかより・しんいち, 1958-)さんによる新訳がそれぞれ岩波文庫と光文社古典新訳文庫より。ケストナーとゲーテ。『ウェルテル』は初版本からの新訳。 ★『三体』三部作の文庫化が先月スタート。第一部は全1巻。第二部『黒暗森林』は上下巻で4月刊、第三部『死神永生』も上下巻で6月刊の予定。 ★このほか、最近では以下の新刊、既刊書との出会いがありました。 『失敗のクィアアート――反乱するアニメーション』ジャック・ハルバースタム(著)、藤本一勇(訳)、岩波書店、2024年2月、本体3,600円、四六判並製 344頁、ISBN978-4-00-061631-7 『ブルターニュの歌』ル・クレジオ(著)、中地義和(訳)、作品社、2024年3月、本体2,700円、46判上製228頁、ISBN978-4-86793-020-5 『夏のレクィエム』小川征也(著)、作品社、2023年11月、本体2,000円、46判上製208頁、ISBN978-4-86793-007-6 『朝鮮半島の食――韓国・北朝鮮の食卓が映し出すもの』守屋亜記子(編)、公益財団法人味の素食の文化センター(企画)、平凡社、2024年2月、本体3,000円、4-6判並製296頁、ISBN978-4-582-83951-7 『堀部安嗣作品集Ⅱ 2012–2019 全建築と設計図集』堀部安嗣(著)、平凡社、2024年2月、本体7,800円、B4変型判上製函入256頁、ISBN978-4-582-54477-0 ★『失敗のクィアアート』は、『The Queer Art of Failure』(Duke University Press, 2011)の全訳。「バトラー以降のクイア理論を代表する批評家ハルバースタム、待望の初邦訳」(帯文より)。ジャック・ハルバースタム(Jack Halberstam, 1961-;原著刊行当時の名はJudith Halberstam)は米国コロンビア大学教授。訳者の藤本さんがこれまでポール・B・プレシアド(Paul B. Preciado, 1970-)の著書を積極的に翻訳されてきたのは周知の通りです。『失敗のクィアアート』の目次詳細は書名のリンク先でご確認いただけます。さらにリンク先では、訳書には収録されていない、藤本さん作成による本書で取り上げられる人物を紹介した47頁にもわたるPDFが無料公開されています。たいへんな労力です。 ★ハルバースタムはこう書きます。「オルタナティヴな文化的・学問的な現場は、学界のなかにあるのではなく、むしろその傍らにある。それは、敗者、失敗者、落ちこぼれ、拒否された者たちが作り出す知の世界であり、まさに大学が無力なときにオルタナティヴのための発射台として役立つことが多いのである。/現代は、知の新しい形を生み出すプロジェクトのために学問の転換を試みるには悪い時期ではない。〔…〕大きな学問分野が、不良証券に投資した銀行のように崩壊し始めたとき、私たちはもっと広い視座から、自分たちが共有する関心や知的関与のぼろぼろの境界を本当に補強したいのか、それともむしろこの機会に学習や思考のプロジェクトを完全に考え直したほうがよいのか、問うべきだろう。〔…〕この本は、従来の知の枠組みの外に出て、失敗、迷走、不品行という統制なき領野をうろつき回るものであり、学問や通常の思考方法を大きく迂回しなければならない。いかに大学が(そして暗に高校も)風変わりで独創的な思考を促進するのではなく、むしろ潰してしまうかを説明しよう」(10頁)。 ★「私のアーカイヴは、労働史やサバルタン運動史ではない。かわりにポピュラーカルチャーの領野のなかに、クィアな生、ジェンダー、セクシュアリティとのかかわりで、低俗理論とカウンターな知を探し求めたい。これまではオルタナティヴな世界の大きな説明のほとんどから、ジェンダーとセクシュアリティの問題が頻繁に抜け落ちてきたのである」(28頁)。「全体として、この本は、過度な楽観主義でもなくニヒリズム的な批判の袋小路に陥るのでもなく、〈知ること〉と〈存在すること〉のオルタナティヴな方法について書かれた本である。この本は、上手く失敗し、おおいに失敗し、〔…〕よりよく失敗する方法を学ぶための本である」(35頁)。「アカデミックな読者と一般読者をつなぐ幸せな媒介はない。私が挙げるたくさんの失敗の例が、私たちがこれから探検しようとしている失敗の、濁った、暗く、危険な土地の地図を提供することを願っている。/探検やマッピングとは、寄り道することや迷子になることでもあると、そう私は言いたい」(36頁)。 ★『ブルターニュの歌』は、『Chanson bretonne, suivi de L'Enfant et la Guerre, deux contes』(Gallimard, 2020)の訳書。帯文に曰く「ノーベル文学賞作家が初めて語る幼少年時代」。「ブルターニュの歌」と「子供と戦争」の2篇を収録。 ★『堀部安嗣作品集Ⅱ 2012–2019 全建築と設計図集』は、建築家で堀部安嗣(ほりべ・やすし, 1967-)さんの作品集『堀部安嗣作品集 1994–2014 全建築と設計図集』に続く第2弾。版元紹介文に曰く「住宅から寺社、公共建築、クルーズ船まで、領域を広げてきた、2010年代の作品を総覧」と。同書の刊行を記念して2つのイベントが予定されています。 日時:2024年3月30日(土)14:00〜16:30(開場13:30) 会場:京都芸術大学 東京外苑キャンパス 101・102教室 定員:200名(申込み不要、当日先着順) 参加費:無料 日時:2024年4月9日(火) 18:40開場 19:00開演 場所:紀伊國屋書店新宿本店9階 イベントスペース 参加費:チケット制1,000円
by urag
| 2024-03-10 23:52
| ENCOUNTER(本のコンシェルジュ)
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