2021年 05月 09日
『オリゲネス サムエル記上説教』小高毅/堀江知己訳、日本キリスト教団出版局、2021年4月、本体2,400円、A5判上製142頁、ISBN978-4-8184-1081-7 『哲学のナショナリズム――性、人種、ヒューマニティ』ジャック・デリダ著、藤本一勇訳、岩波書店、2021年4月、本体3,400円、四六判上製314頁、ISBN978-4-00-024062-8 『実力も運のうち 能力主義は正義か?』マイケル・サンデル著、鬼澤忍訳、早川書房、2021年4月、本体2,200円、四六判上製384頁、ISBN978-4-15-210016-0 『雇用、金利、通貨の一般理論』ジョン・メイナード・ケインズ著、大野一訳、日経BP、2021年4月、本体2,600円、4-6変型判上製596頁、ISBN978-4-296-00015-9 『超訳 ケインズ『一般理論』』ジョン・メイナード・ケインズ著、山形浩生編訳解説、東洋経済新報社、2021年3月、本体1,700円、四六判上製252頁、ISBN978-4-492-31535-4 『現代思想2021年5月号 特集=「陰謀論」の時代』青土社、2021年4月、本体1,500円、A5判並製246頁、ISBN978-4-7917-1414-8 ★『オリゲネス サムエル記上説教』は、日本キリスト教団出版局では『オリゲネス イザヤ書説教』(関川泰寛監修、堀江知己訳解説、日本キリスト教団出版局、2018年)に続く、3世紀の神学者オリゲネスの説教集。旧約聖書「サムエル記」上巻をめぐるふたつの説教と断片の完訳。凡例によれば、堀江訳「説教一 サムエル記上1章1節~2章6節a」は「歴史神学研究」誌第2号~第4号(歴史神学研究会、2018~2020年)掲載分を「幾らか修正したもの」で、底本はラテン語訳。小高訳「説教二 サムエル記上28章3節~25節」は『古代教会の説教』(教文館、2012年)からの抜粋とのことで、ギリシア語原文からの訳出。「神のアパテイア(受苦不能性)」や「キリストの陰府降り」などについて堀江さんが解説で言及されています。 ★『哲学のナショナリズム』は『Geschlecht III : Sexe, race, nation, humanité』(Seuil, 2018)の全訳。「ゲシュレヒト」シリーズ全4部作のうち、生前未刊のまま残った第3部を、ジェフリー・ベニントン、ケイティ・チェノウェス、ロドリゴ・テレゾの3氏が編者となって3つの草稿から復元して近年公刊したもの。この「ゲシュレヒトⅢ」では、ハイデガーによるトラークル論「詩における言葉」(『言葉への途上』収録;訳書は『ハイデッガー全集(12)言葉への途上』亀山健吉/ヘルムート・グロス訳、創文社、1996年〔POD版、東京大学出版会、2021年2月〕)の読解が行なわれています。 ★3つの草稿というのは、一つめが、デリダが1984年からパリ社会科学高等研究院(EHESS)で行なった一連のセミネール「哲学の国籍と哲学のナショナリズム」の初年度講義「他なるものの幽霊」第7講最終部から第13講までの書き起こし約100頁、そして二つめが、1985年3月にジョン・サリスによってシカゴのロヨラ大学で開催されたシンポジウムでデリダが読み上げなかった33頁分の原稿、いわゆる「ロヨラ原稿」(セミネール第7講最終部から第8講の書き起こしの推敲済原稿に相当。なお読み上げられた分は「ハイデガーの手(ゲシュレヒトⅡ)」として公刊)、そして三つめが、IMECで後年発見された本稿書き出し部分15頁の異稿で、セミネール書き起こしとロヨラ原稿のいわゆる「中間版」のこと。複雑です。 ★訳者の藤本さんによる解題から印象的な一節を引きます。「デリダから見れば、存在という事態は「故郷」のような形で帰還を許してくれるものではない。存在しているという事態は、徹頭徹尾、「一つ」に結集できない分散的な事態であり、その分散メカニズムがあるからこそ、何らかのまとまった一者への欲望も産出されているのである。つまり一つに還元できない散種メカニズムこそが存在であり、ゲシュレヒトすなわち性=生産=世代産出=創世の根本的な循環構造なのである。故郷喪失こそがわれわれの「故郷」の源である」(291頁)。 ★なお、「ゲシュレヒトⅠ 性的差異、存在論的差異」(1983年)と「ハイデガーの手(ゲシュレヒトⅡ)」(1984/1985年)は、デリダの論文集『プシュケー ――他なるものの発明Ⅱ』(藤本一勇訳、岩波書店、2019年)で読むことができ、「ハイデガーの耳 フィロポレモロジー(ゲシュレヒトⅣ)」(1989年)は大西雅一郎訳が『友愛のポリティックス2』(みすず書房、2003年、品切)に収録されています。 ★『実力も運のうち 能力主義は正義か?』は『The Tyranny of Merit: What's Become of the Common Good?』(Allen Lane, 2020)の訳書。『サンデル教授、中国哲学に出会う』(鬼澤忍訳、早川書房、2019年)以来の久しぶりの新刊です。「白熱教室」のサンデル・ブームが過ぎ去った今でも、サンデルの問いが持つ重要性は減じていません。能力主義の暗黒面を徹底批判した今回の本は、様々な格差によって分断されている社会を真剣に考え直そうとしている人々にとって、問いを掘り下げることの大切さを学べるものです。時間がない、という方はまずサンデルのTED講演「能力主義の横暴」をご覧ください。きっと本書を読むことへと進みたくなると思います。 ★ここ2か月で立て続けにケインズ「一般理論」の超訳と新訳が刊行されました。『超訳 ケインズ『一般理論』』は、今まで『一般理論』の要約版(『要約 ケインズ 雇用と利子とお金の一般理論』ポット出版、2011年11月)や、全訳(『雇用、利子、お金の一般理論』(講談社学術文庫、2012年3月)を手掛けてきた山形さんによる、さらなる貢献。超訳では『一般理論』の骨子が分かるように刈り入れられています。一方の大野訳は「日経BPクラシックス」の最新弾。大野さんは翻訳家で、同シリーズから何点も訳書を上梓されています。複数の訳書がある『一般理論』にさらに挑戦する同シリーズの姿勢には驚嘆するばかりです。この二書を並行して読み進めると、理解がより立体的になるのではないでしょうか。 ★山形訳「序文」より。「本書の構築は著者にとって、脱出のための長い闘いでした。〔…〕それは因習的な思考と表現の形からの脱出なのです。ここでくどくど表現されている発送は、実に単純で自明だと思います。むずかしいのは、その新しい発想自体ではなく、古い発想から逃れることです。その古い発想は、私たちのような教育を受けてきた者にとっては、心の隅々にまではびこっているのですから」(4頁)。 ★『現代思想2021年5月号 特集=「陰謀論」の時代』は、ポストトゥルースの現代においては理解が欠かせない「陰謀論」について様々な論者が考察した特集号。目次詳細は誌名のリンク先でご確認いただけます。同月には月刊誌『中央公論』2021年5月号でも「陰謀論が世界を蝕む」と題した特集が組まれています。関連書は古くは古典的なユダヤ陰謀論、メイソンなど、今日では再発見されたイルミナティや、Qアノン等々、揃っていますから、書店店頭で陰謀論の棚は常設化した方がいいと思います。 ★続いて、このところの注目文庫新刊を、中公文庫と岩波文庫に限定して列記しておきます。 『都鄙問答』石田梅岩著、加藤周一訳解説、中公文庫、2021年4月、本体880円、文庫判232頁、ISBN978-4-12-207056-1 『赤い死の舞踏会 付・覚書(マルジナリア)』エドガー・アラン・ポー著、吉田健一訳、中公文庫、2021年4月、本体1,000円、文庫判360頁、ISBN978-4-12-207061-5 『チャリング・クロス街84番地 増補版』ヘレーン・ハンフ編著、江藤淳訳、中公文庫、2021年4月、本体820円、文庫判248頁、ISBN978-4-12-207025-7 『パサージュ論(三)』ヴァルター・ベンヤミン著、今村仁司/三島憲一/大貫敦子/高橋順一/塚原史/細見和之/村岡晋一/山本尤/横張誠/與謝野文子/吉村和明訳、岩波文庫、2021年4月、本体1,200円、文庫532頁、ISBN978-4-00-324635-1 『法の哲学――自然法と国家学の要綱(下)』ヘーゲル著、上妻精/佐藤康邦/山田忠彰訳、岩波文庫、2021年4月、本体1,260円、文庫500頁、ISBN978-4-00-336303-4 『一兵卒の銃殺』田山花袋著、岩波文庫、1955年(8刷:2021年4月)、本体560円、文庫200頁、ISBN978-4-00-310215-2 『マヌの法典』田辺繁子訳、岩波文庫、1953年(21刷:2021年2月)、本体1,010円、文庫382頁、ISBN978-4-00-332601-5 ★中公文庫の4月新刊から3点。『都鄙問答』は中公バックス版『日本の名著(18)富永仲基/石田梅岩』からのスイッチ。文庫版では岩波文庫の校訂本(1935年)しかなく、原文を丹念に読むほかなかったので、現代語訳が入手しやすくなるのはありがたいです。梅岩の道徳論は現代人のそれとは異なりいささか古くも感じますが、訳者の加藤周一さんによる周到な解説とともに、世俗倫理の古典として親しむことができます。 ★吉田健一訳『赤い死の舞踏会』はポーの作品集成。短編小説10篇、「ベレニイス」「影」「メッツェンガアシュタイン」「リジイア」「沈黙」「アッシャア家の没落」「群衆の人」「赤い死の舞踏会」「アモンティラドの樽」「シンガム・ボップ氏の文学と自叙伝――『グースゼラムフードル』誌元編輯長の自叙伝」と、批評的断片集「覚書(マルジナリア)」を収録。 ★『チャリング・クロス街84番地 増補版』は、米国の作家ハンフと英国の古書店マークス社の間で交わされた往復書簡をまとめたもの。84年に文庫化されて版を重ねていたものの増補版。増補されたのは「リーダーズダイジェスト日本語版」1971年10月号に掲載されたハンフの「「チャリング・クロス街84番地」その後」(吉野壮児訳)で、さらに、荻久保の新刊書店「Title」の店主、辻山良雄さんの巻末エッセイ「チャリング・クロス街84番地、商売の原点」が加わっています。 ★岩波文庫の4月新刊から2点と、最近の重版から2点。ベンヤミン『パサージュ論(三)』は全5巻中の第3巻で、断章KからTまでを収録。巻末解説は高橋順一さんによる「『パサージュ論』の方法叙説」。岩波現代文庫から岩波文庫へのスイッチにあたり、訳文が再チェックされていることが分かります。ヘーゲル『法の哲学(下)』は全2巻完結。上巻の解説に続き、佐藤さんと山田さんが下巻の解説も書かれています。『法の哲学』は古くは創元文庫より高峯一愚訳が上下巻で1953~54年に刊行されていました。高峯訳はその後、論創社から全1巻の単行本として1983年に再刊されていましたが、現在は品切。さらに古い文庫になると、田村實訳『法律哲学要綱』(上下巻、改造文庫、1938年)があります。 ★『一兵卒の銃殺』『マヌの法典』はいずれも1950年代に刊行されたものの重版です。古いと言えば古いですが、故きを温ねることの意義は今なおあります。歴史は繰り返すものですから、古典を読むことは未来を読むことに等しいとも言えます。マヌ法典については岩波文庫版より新しい訳、渡瀬信之訳『マヌ法典』が中公文庫で刊行されていた時期(1991年刊)がありましたが、渡瀬訳はその後、平凡社の東洋文庫より再刊されています。 ★このほか最近では以下の新刊との出会いがありました。 『西暦一〇〇〇年 グローバリゼーションの誕生』ヴァレリー・ハンセン著、赤根洋子訳、文藝春秋、2021年5月、本体2,200円、四六判上製392頁、ISBN978-4-16-391370-4 『新版 屠場』本橋成一著、平凡社、2021年4月、本体3,600円、B5変型判128頁、ISBN978-4-582-27838-5 ★『西暦一〇〇〇年 グローバリゼーションの誕生』はまもなく発売。イェール大学歴史学教授のハンセン(Valerie Hansen, 1958-)による『The Year 1000: When Explorers Connected the World ― and Globalization Began』(Scribner, 2020)の全訳。「西暦1000年は、グローバリゼーションの始まりを告げた年だった。それは、世界中を網羅する交易路が形成され、ものや技術や宗教や人間が生まれた場所を離れて新たな場所へ向かうことが可能になった年だった。その結果生じた変化は、一般の人々にまで影響を及ぼすほど大規模なものだった」(9頁)。目次詳細は以下の通りです。 プロローグ 第一章 西暦一〇〇〇年の世界 第二章 バイキング、新大陸へ――北アメリカ 第三章 一〇〇〇年のパンアメリカン・ハイウェイ――南北アメリカ 第四章 ヨーロッパ人奴隷の運命――東ヨーロッパ 第五章 世界一の富豪王――アフリカ 第六章 二大宗教ブロックの成立――中央アジア 第七章 驚嘆すべき大航海――東南アジア・南アジア 第八章 グローバリゼーション最先端の地――中国 エピローグ 謝辞 訳者あとがき お薦めの関連図書と見学先 注 索引 ★世界史的にはグローバリゼーションは16世紀の大航海時代に始まると理解されてきましたが、西欧中心ではない視点からは、そのずっと前に端緒があったと見ることができるわけです。本書では「1000年に開通した各地の交易路を辿り、それらがその後の500年間に与えた影響を見てきた。1500年から、世界史の新たな一章――ヨーロッパの章――が始まる」(300頁)。なお、ハンセンの既訳書には『図説 シルクロード文化史』(田口未和訳、原書房、2016年)があります。 ★『新版 屠場』は2011年3月に刊行された写真集の新版。肉牛の屠畜市場の現場を白黒写真で克明に捉えたもので、ドキュメントとして高い評価を得ながらもしばらく品切となっていました。新版にあたって英文が併記されたとのこと。なお、舞台となった大阪の会社はもう存在しないのだそうです。
by urag
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