2021年 05月 03日
★まず最初にまもなく発売となるちくま学芸文庫の5月新刊4点5冊を列記します。 『古事談』上下巻、源顕兼編、伊東玉美訳、ちくま学芸文庫、2021年5月、本体各1500円、文庫判528頁/512頁、ISBN9784480510518/9784480510525 『甘さと権力――砂糖が語る近代史』シドニー・W・ミンツ著、川北稔/和田光弘訳、ちくま学芸文庫、2021年5月、本体1500円、文庫判528頁、ISBN978-4-480-51048-8 『宋詩選』小川環樹編訳、ちくま学芸文庫、2021年5月、本体1300円、文庫判416頁、ISBN 978-4-480-51047-1 『増補 女性解放という思想』江原由美子著、ちくま学芸文庫、2021年5月、本体1200円、文庫判304頁、ISBN978-4-480-51042-6 ★『古事談』上下巻は、文庫オリジナル出版。「鎌倉時代前期、源顕兼によって編まれた全460余話に及ぶ説話集の傑作」で、歴史的著名人をめぐって「一般の古典文学や日本正史では取り上げられることのない話が数多く収録されている」(カバー表4紹介文より)。上巻には第一「王道后宮」99話、第二「臣節」96話、第三「増行」51話までを収録し、下巻には第三「僧行」52~108話、第四「勇士」29話、第四「神社仏寺」54話、第五「亭宅諸道」74話、さらに逸文として「忠実、顕雅に感ずる事」「知足院殿勅勘の時の事」を収録。下巻巻末には人名索引を配しています。なお文庫で読める『古事談』現代語訳としては、70話を抄訳した角川ソフィア文庫版(倉本一宏編、2020年11月)があります。 ★『甘さと権力』は平凡社から1988年に刊行された単行本の待望の文庫化。アメリカの人類学者シドニー・ミンツ(Sidney Wilfred Mintz, 1922-2015)の主著『Sweetness and Power: The Place of Sugar in Modern History』(Elisabeth Sifton Books, 1985)の全訳です。再刊にあたって、川北さんによる文庫版訳者あとがき「民衆の生活と世界システム――歴史の手法」が追加されています。ミンツの既訳書には本書のほか『聞書 アフリカン・アメリカン文化の誕生――カリブ海域黒人の生きるための闘い』(藤本和子訳、岩波書店、2000年、品切)があります。 ★『宋詩選』は、旧版「世界文學大系」の第7B巻『中国古典詩集――唐詩 宋詩・宋詞』(筑摩書房、1963年)から宋詩を独立させ、1967年に筑摩叢書の1冊として単行本化したものの、文庫化再刊。北宋30人100篇と南宋29人101篇の漢詩を数編ずつ収録したアンソロジー。王安石、黄庭堅、蘇軾、陸游など。原文、注、和訳で構成されています。文庫版解説は、お茶の水大学教授の佐藤保さんが寄せておられます。 ★『増補 女性解放という思想』は、1985年に勁草書房から刊行された単行本に、新たに一章を加えて文庫化したもの。巻頭に置かれた書き下ろし「増補 その後の女性たち――1985年―2020年」(13~45頁)が新規追加部分です。増補版あとがきで江原さんはこう綴っておられます。「この本を文庫本として送りだそうとするのは、言いたいことは意外なほど今も変わっていないという実感があるからである。「女性解放という思想」に必要なのは、「あるべき女性の生き方」を述べることではない。男女とも一人一人がよりよく自分の生き方を選択できるような、社会の在り方を構想することだ」(292頁)。 ★このほか最近では以下の新刊との出会いがありました。 『理不尽な進化――遺伝子と運のあいだ 増補新版』吉川浩満著、ちくま文庫、2021年4月、本体1100円、文庫判496頁、ISBN978-4-480-43739-6 『キルケ』マデリン・ミラー著、野沢佳織訳、作品社、2021年4月、本体3,600円、46判並製488頁、ISBN978-4-86182-849-2 『哲学JAM[青版]――現代社会をときほぐす』仲正昌樹著、共和国、2021年4月、本体2,200円、四六変型判上製236頁、ISBN978-4-907986-79-7 ★『理不尽な進化 増補新版』は、2014年10月に朝日出版社から刊行された単行本の文庫化。親本に加筆修正を施し(「書誌情報のアップデート」と「本文の若干の改訂」とのこと)、新たに付録として本書への反響に対する応答を含む「パンとゲシュタポ」、文庫版あとがき、養老孟司さんによる解説(初出「毎日新聞」2014年11月9日朝刊)を加えたものです。養老さん曰く「近年ここまでよくできた思想史を読んだ覚えがない」と。このほか、池澤夏樹、山形浩生、池谷裕二、伊藤亜紗、の各氏による称讃が帯に並んでいます。 ★『キルケ』は、アメリカの作家マデリン・ミラー(Madeline Miller, 1978-)の小説『Circe』(Little, Brown and Company, 2018)の訳書。版元紹介文に曰く「ホメロスの『オデュッセイア』を反転し、女神であり、魔女であり、そして一人の女性であるキルケの視点からギリシア神話の世界を再話する」と。既訳書にはデビュー作の『アキレウスの歌』(原著2011年;川副智子訳、早川書房、2014年、品切)があります。こちらは英雄アキレウスとその友の生涯を描いたもの。 ★『哲学JAM[青版]』は、金沢市の書店「石引パブリック」で行われた仲正昌樹さんによる全11回の連続講座を全3巻で書籍化する『哲学JAM』の第2弾。2019年4月、5月、6月、7月に行われた第4講から第7講回までを収録しています。それぞれのテーマは、「AIと科学技術」「ネットと文明」「演劇」「芸術」。「演劇」の回は、劇作家のあごうさとしさんとの対談となっています。巻末にブックガイドあり。第1弾『赤版』は1月刊行。 『中世ヨーロッパ――ファクトとフィクション』ウィンストン・ブラック著、大貫俊夫監訳、内川勇太/成川岳大/仲田公輔/梶原洋一/白川太郎/三浦麻美/前田星/加賀沙亜羅訳、平凡社、2021年4月、本体3,200円、B6変判並製384頁、ISBN978-4-582-44713-2 『野草譜』奥田實著、平凡社、2021年4月、本体6,800円、A4判上製272頁、ISBN978-4-582-54264-6 『小原古邨――海をこえた花鳥の世界』小池満紀子/ケンダール・H・ブラウン/中村真菜美著、平凡社、2021年4月、本体2,545円、B5変判192頁、ISBN978-4-582-20721-7 ★平凡社さんの4月新刊から3点。『中世ヨーロッパ』は、アメリカやカナダで教鞭を執る中世史が専門の独立研究者ウィンストン・ブラック(Winston E. Black, 1977-)による『The Middle Ages: Facts and Fictions』(ABC-CLIO, 2019)の全訳。本書は「過去200年以上にわたって展開し、今も根強く残」っているという「ヨーロッパ中世をめぐる11のフィクション」を紹介するもの。「中世が知性や創造性や古代の知識を欠いた「暗黒時代」ではなかった」こと(46頁)、そして「中世のほとんどのあいだ、魔術そのものについてはともかく、魔女信仰は根拠のない迷信として批判の的になっていた。カトリック教会が劇的にその立場を変え、魔女は実在し、悪魔崇拝を行なう異端として罰せられるべきだと主張するようになったのは、ようやく中世の最末期になってからであった」こと(301頁)、等々を教えます。目次詳細は書名のリンク先でご確認いただけます。各章ごとに一次史料として古文書などが引用されており、読者の歴史的視野を広げてくれます。 ★『野草譜』は、四季折々の野草119種を美麗な写真と簡潔なコメントで紹介する、大判の植物図鑑。帯文に「絵ではなくて写真です」とわざわざ謳ってあるほど、花、種子、新葉、地中根まで様々な種類の写真が揃っているのがすごいです。一方、『小原古邨』は、石川県立歴史博物館で6月27日まで開催予定の展覧会「小原古邨――海をこえた花鳥の世界」の図録を兼ねた一冊。版画の美しさに見とれるばかりです。オールカラーで古邨や関連する絵師の作品の数々を収録し、コラムや論考、鼎談なども併載。 ★最後に藤原書店さんの4月新刊3点を列記します。 『風土自治――内発的まちづくりとは何か』中村良夫著、藤原書店、2021年4月、本体3,300円、四六判上製448頁、ISBN978-4-86578-309-4 『資本主義の暴力――現代世界の破局を読む』斉藤日出治著、藤原書店、2021年4月、本体2,700円、四六判上製304頁、ISBN978-4-86578-312-4 『南方熊楠・萃点の思想――未来のパラダイム転換に向けて〈新版〉』鶴見和子著、藤原書店、2021年4月、本体2,800円、A5判上製208頁、ISBN978-4-86578-310-0 ★『風土自治』は、「「風景学」の提唱者にして第一人者が、数々の現場経験から練り上げた、「まちづくり」の原論であり、実践への導きの書」(帯文より)。「風土自治」とは「風土を引き継ぎ育ててきた民衆の半ば無意識の公共思想」(3頁)のこと。「階級を超えた各種の講や連、芝居小屋、芸能の家元制、町内自治、料亭の食文化・文芸サロン、裏長屋の近隣共同体、そして寺社の年中行事や祭祀的行事、盛り場という群衆の渦まで、さらに農山漁村の神社を中心に結ばれた共同の労働習慣を意味するもやい、結〔ゆい〕などなど。この文化生成の「場」の結縁を「風土自治」と呼びましょう。自治という言葉はすこし硬い語感がありますが、それはむしろ公的規範としての政治の中心から遠い周縁に生きる文化創造の母胎です。そこは真剣な道楽者たちが自由に寄りあい、人間の体温を確かめるアソビ系自治の本丸です」(3~4頁)。 ★「文化人類学のいわゆる情緒共同体(コミュニタス、〔本書〕第5章〔「文明の流儀――普遍への飛翔か、風土の戯れか」〕第6節〔風土的自治へ……――市民的公共圏と風土公共圏〕参照)、あるいは町民学者・伊藤仁斎の「愛の共同体」に近い「風土自治」の多彩な文化創造は、社会階級という支配的現実を溶解する遊相態の文化自治です。高く悟って俗に帰るしなやかな心境、自然のこころを読み、垢抜けしたアソビごころでそれを実現するこの民衆的な文化圏は、しかし決して対抗文化(カウンターカルチャー)ではなく、この国の文化の本流です」(4頁)。「「まちづくり」といえば、多くの経験と実例が頼りですが、それにしても大局を見定める羅針盤としての原論がなければ、それは漂流するでしょう。本書が、国民的文化運動としての「まちづくり」のヒントになれば幸いです」(5頁)。 ★「離散集合自由、ピラミッド的統率はゆるく、中心不明、メンバー不特定、SNSで増殖し分裂し、移動し、拡散する粘菌のようなこの市民グループの動向に目を据えよう。風土座もその一例である。風土の断片である風物や、まちづくりの裾野に発生し、やがて文化の中枢を揺さぶり覚醒させ、再構造化を促すこの集団を「アモルファス(非晶質)遊相体」と呼ぼう。あるいは情緒的共同体でも良い(第5章第6節参照)」(415~416頁)。一見すると地味な印象のある書目ですが、共に生きることとしてのまちづくりや公正公平な公共圏の構築を真剣に考える人々にとって都度立ち返るべきいくつかの視座を与えてくれる良書ではないかと思います。 ★『資本主義の暴力』は、大阪労働学校アソシエの学長で社会経済学者の斉藤日出治(さいとう・ひではる, 1945-)さんが2010年から2020年にかけて各媒体で発表されてきた論考を素材とし、大幅な加除修正を行ない再編集して一冊としたもの。「経済学説は経済成長を追求する筋道を提示しても、その追求によってもたらされた大破局を説明することができない。経済学説は、自らの言説がはらむ暴力性について、その政治的性格について、驚くほどに無自覚で無知なのだ。/本書は現実世界と言説世界が抱えるこのパラドクスを読み解くために、そのパラドクスを洞察した数少ない思想家に着目する。古典から現代思想にいたる思想家の経済学批判、および市民社会の概念装置を駆使して、資本主義の破局を読むことによって、現代世界の危機の源泉を探り出そうとこころみる」(5頁)。 ★『南方熊楠・萃点の思想〈新版〉』は、2001年に刊行された単行本の新版。巻頭に、編集協力者の松居竜五さんによる新版序「鶴見和子からのメッセージ」、巻末に鶴見さんと松居さんの未発表対談「「南方曼荼羅」をめぐって」が新たに加えられています。鶴見さんの解釈によれば「萃点(すいてん)」というのは、中心ではなく、人々が出会う場、交差点のようなものであり、「非常に異なるものがお互いにそこで交流することによって、あるいはぶつかることによって影響を与えあう場」(165頁)とのこと。「南方曼荼羅をどのように内発的発展論の中に取り組むか」を鶴見さんは考えていたと言います。
by urag
| 2021-05-03 23:30
| ENCOUNTER(本のコンシェルジュ)
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