2021年 04月 04日
★新刊が続々と生み出される以上、取り上げないわけにはいかない。しかし「コロナ以後」の出版業界の変化を受け止めるにつけ、新刊紹介だけに留まるわけにはいかなくなっているのは明白です。ここしばらく、出版業界についてちゃんと意見を言う必要性を感じています。まず今回はその序文となるべき部分を手短かに書きたい。 ★コロナ禍により大書店への訪問機会が削られている現在、新刊については専門書だけでなく文庫や新書すら買いにくくなっている。もとより中小書店への配本が少ないうえに、再入荷もしない。取次が近年喧伝するマーケットインというのは「書店が欲しい本を欲しいだけ入手できる」施策を指すわけだが、版元がパターン配本を減らし、取次が返品を減らすために書店に責任転嫁している側面がかいま見えることは否めない。書店があらゆる客層に開かれた場所である以上、新刊をえり好みするわけにはいかない。しかし版元のパターン配本に頼るのはもう限界だろう。売れる本は(あいかわらず)売上の大きな書店に流れる。 ★「マーケットイン」を肯定的に捉えるためには、そうしたヒエラルキーの支配下から脱出する必要があるのではないか。新刊を最重点化する時代は過ぎたと言っていい。新刊だけが新鮮な商品なのではない。既刊の山々は発掘するに足る宝の鉱脈である。これは実は図書館にとっては当たり前の話だったはずなのだ。業界三者は委託制度の便利さに縛られてしまって、新刊重視のその先へ踏み出せずにいるのではないか。価値観が大きく変わらねばならないだろう。 ★「マーケットイン」を謳いつつ、実際には出版社が報奨金や分戻しをちらつかせて自社商品のゴリ押しをするのは旧態依然の「プロダクトアウト」である。そうした企画モノを取次が傘下の子会社書店に次々と押しつけるのはほとんど「書店殺し」「書店員殺し」に等しい。商売だから何でも我慢しなければならないというのは、そもそもブラックすぎやしないか。確かに商売は厳しい。しかし売上が至上の目的であるならば、薄利商材である紙の書籍はすでに「オワコン」でしかなくなってしまう。デジタル・トランスフォーメーションで何とかなる話ではなく、人間と書物の関係性が問い直されなければならない。 ★出版社は直販を強化する必要がある。そして書店は出版社の送品の受け皿から脱して、自身でコンテンツを制作する器となる冒険へ踏み出していいはずである。お互いに苦労を押しつけ合うのはやめにして、ちゃんとお互いの良さを知っている者同士のみが、売ったり買ったりする関係性を立て直せるだろう。私たちは「今まで通りの便利さ」からいったん解放される必要があるのではないか。可能か不可能かではなく、ゼロから出版流通・出版販売を考え直す共同作業が必要なのではないだろうか。 ★出版業界はこの4月からいくつかの変化を余儀なくされている。1)総額表示義務化、2)書籍運賃協力金徴収開始、3)新刊配本「中4日」体制開始。まず1については痛税感・重税感をなんとか誤魔化したい財務省の下らない愚策であり、ビュロークラシーから脱することのできない日本政治の馬鹿馬鹿しさがよく表れている。消費税総額表示義務化がどのようなかたちで「既刊書の絶版化」を生んでいくかはおそらく出版社によって事情は異なるだろう。しかし消費税導入時と同様に、絶版化を回避しえない書目などないと断言するのは無理だ。 ★2と3は物流規模を維持できず、北海道や関西以西には運ぶだけで赤字になっている出版流通の現実から、取次の連合体である日本出版取次協会(通称取協)が推進しつつあるものだ。まずはトーハンが、書籍1冊を運ぶにあたり本の大きさ別に3~8円を出版社から一律徴収すべく大半の版元に昨秋から今春にかけて打診した。扱い量の多い版元には何度か訪問したものの、少ない版元には書類を送るだけで済ませようとした。正味も条件も異なる版元から一律に徴収するというのは役人じみた発想で、説得力に乏しい。話し合いの機会も一切なく、結局、売上下位版元からの強い反発をまともに食らうかたちとなっている。 ★察しの良い方はもうお気づきだろうが、この書籍運賃協力金はバラマキ配本を抑制しうる。つまり、版元の都合でどうしても売りたい本を除いて、書店への送品はますます絞られることになるだろう。書店は版元に対する、自社の販売力アピールが求められる。紀伊國屋書店がとある版元の新刊を直取引で大量に買い付け、それを他書店に配布するという二次卸は今後も起こりうる。 ★新刊配本「中4日」体制開始は、あまり書店には知られていないかもしれない。新刊の見本出しから配本までの準備期間が取次の要請により「中4日」となった。これまでは「中2~3日」だったが、それが不可能になった。これを取次は「見本日の前倒し」と呼んだわけだが、実際には配本までいっそう時間が掛かるようになっただけだ。実はこの事態には少し不穏な要素がある。 ★アマゾンと直取引している版元にとっては、取次経由の書店への着店がアマゾンよりも計算上では10日前後遅れる可能性がある。これを取次は書店に説明していない。例えば月曜日に見本出しをしたとすると、中4日では土日を挟んで翌週月曜日の搬入となり、そこからさらに平均中2日をかけて書店に届く。このあいだに祝日や連休などを挟もうものなら、着店はもっと遅れる。しかし、アマゾンには直取引の場合、見本日の当日には搬入できる。発売開始に1週間以上の開きがあれば、ベストセラーなら、アマゾンが売り切ってしまえる長さである。 ★こうしたリスクについてある日、某取次の書籍仕入部のヴェテランに問いただしたが、答えは「そんなひどいこと、版元さんはしないでしょ」とのことだった。絶句である。なんという暢気。ぬるいことを承知で言えば確かに、今までの商習慣を大切にし、リアル書店とネット書店との着店日数差を拡げたくない版元はおそらくそうはしないだろう。しかし現時点ですら、発売日協定のない大半の単行本については、たとえ同日の取次搬入でもその先は、巨大通販サイトの発売開始の方がリアル書店より早いのである。 +++ ★新刊紹介は今まで以上に簡潔にしないと時間が足りない。まだどうしたらいいか分からないけれども、まず最近の注目新刊から並べてみます。 『日本古典と感染症――日本古典と感染症』ロバート・キャンベル編著、角川ソフィア文庫、2021年3月、本体920円、文庫判336頁、ISBN978-4-04-109942-1 『保元物語・平治物語』日下力編、角川ソフィア文庫、2021年3月、本体1,100円、文庫判 368頁、ISBN978-4-04-400493-4 『広告 Vol.415 特集:流通』博報堂、2021年2月、本体3,000円、245x168mm並製472頁、雑誌89619-04 『フォン・ノイマンの哲学――人間のフリをした悪魔』高橋昌一郎著、講談社現代新書、2021年2月、本体940円、新書判272頁、ISBN978-4-06-522440-3 ★歴史への眼差しは現在と未来を耕す。古典の掘り起こしはいつでも重要だし、角川ソフィア文庫の新刊はそのことを教えてくれる。「保元物語」にある鬼島は背丈3メートルの異人たちが住む島で、八丈島から東方へ一昼夜、船を走らせた先に位置する。伝説とはいえ、どう読み解くべきか。『広告』は3号目でようやく買いやすくなった感じ。今回も造本が挑戦的で、段ボール箱を開けるとそのまま本の表紙がくっついている。やりたい放題で楽しい。リニューアル後、特集は価値、著作、流通と来て、次号は「虚実」だという。さすがだ。 ★まもなく発売となる新刊書を列記します。 『Liquid 液体――この素晴らしく、不思議で、危ないもの』マーク・ミーオドヴニク著、松井信彦訳、インターシフト発行、合同出版発売、2021年4月、本体2,200円、四六判並製288頁、ISBN978-4-7726-9572-5 『民俗地名語彙事典』松永美吉著、日本地名研究所編、ちくま学芸文庫、2021年4月、本体2,200円、判800頁、ISBN978-4-480-09930-3 『近代とホロコースト〔完全版〕』ジグムント・バウマン著、森田典正訳、ちくま学芸文庫、2021年4月、本体1,600円、文庫判512頁、ISBN978-4-480-51021-1 『世界市場の形成』松井透著、ちくま学芸文庫、2021年4月、本体1,600円、文庫判496頁、ISBN978-4-480-51041-9 『フィヒテ入門講義』ヴィルヘルム・G・ヤコプス著、鈴木崇夫/パトリック・グリューネベルク訳、ちくま学芸文庫、2021年4月、本体1,320円、文庫判272頁、SBN978-4-480-51045-7 『近代日本思想選 福沢諭吉』福沢諭吉著、宇野重規編、ちくま学芸文庫、2021年4月、本体1,760円、文庫判592頁、ISBN978-4-480-51046-4 『フォン・ノイマンの生涯』ノーマン・マクレイ著、渡辺正/芦田みどり訳、ちくま学芸文庫、2021年4月、本体1,870円、文庫判576頁、ISBN978-4-480-51043-3 ★インターシフトさんの新刊はロンドン大学ユニバーシティ・カレッジ教授による2018年の著書を訳したもの。この版元さんのポピュラーサイエンス本は毎回本当に楽しく、ハズレがない。ちくま学芸文庫の4月新刊は6点。うち文庫オリジナルは『フィヒテ入門講義』と『近代日本思想選 福沢諭吉』の2点。ヤコプス(Wilhelm G. Jacobs, 1935-)はドイツにおけるフィヒテおよびシェリング研究の大家による2014年の本の訳書。もとになっているのはフィヒテ生誕250年の2012年に行われた大学講義。バウマン『近代とホロコースト』が完全版とあるのは、旧版である大月書店版を全面的に改訂し、原著2000年版へのあとがき「記憶する義務 しかし何を」を新たに訳出しているため。『民俗地名語彙事典』は三一書房版『日本民俗文化資料集成』第13巻および第14巻を合本文庫化したもの。『フォン・ノイマンの生涯』は先に掲げた『フォン・ノイマンの哲学』と一緒にひもときたい一冊。 ★また最近では以下の新刊との出会いがありました。 『ライプニッツの正義論』酒井潔著、法政大学出版局、2021年3月、本体4,300円、A5判上製390頁、ISBN978-4-588-15115-6 『ニーチェ――外なき内を生きる思想』梅田孝太著、法政大学出版局、2021年4月、本体3,700円、A5判上製328頁、ISBN978-4-588-15117-0 『ゲニウスロキ』平野淳子著、平凡社、2021年3月、本体3,000円、A4変型判並製100頁、ISBN978-4-582-27837-8 『アワビと古代国家――『延喜式』にみる食材の生産と管理』清武雄二著、平凡社、2021年3月、本体1,000円、A5判並製104頁、ISBN978-4-582-36464-4 『春日懐紙の書誌学』田中大士著、平凡社、2021年3月、本体1,000円、A5判並製84頁、ISBN978-4-582-36465-1 『近代日本の農学研究機関』山本悠三著、藤原書店、2021年3月、本体4,500円、A5上製280頁、ISBN978-4-865-78305-6 『政治の倫理化』後藤新平著、後藤新平研究会編、新保祐司解説、藤原書店、2021年3月、本体2,200円、B6変型判上製280頁+口絵4頁、ISBN978-4-86578-308-7 『政治家の責任――政治・官僚・メディアを考える』老川祥一著、藤原書店、2021年3月、本体2,600円、四六上製288頁、ISBN978-4-86578-304-9 『「アイヌ新聞」記者 高橋真――反骨孤高の新聞人』合田一道著、藤原書店、2021年3月、本体2,700円、四六判上製304頁、ISBN978-4-86578-306-3 ★法政大学出版局さんの3月新刊より2点。うち、『ライプニッツの正義論』は『ライプニッツ読本』や第二期『ライプニッツ著作集』を手掛けた酒井さんによる論文集。平凡社さんの3月新刊より3点。『ゲニウスロキ』は新国立競技場を題材にした表題作と「武蔵野図」シリーズを収録した、写真とミクストメディアの作品集。ただならぬ美しさに惹き込まれるばかり。藤原書店さんの3月新刊は4点。『「アイヌ新聞」記者 高橋真』は初の評伝とのこと。高橋真(たかはし・まこと, 1920-1976)は北海道幕別生まれの新聞記者。「アイヌ新聞」やアイヌ問題研究所を創った人です。『政治家の責任』の著者、老川祥一(おいかわ・しょういち, 1941-)さんは読売新聞グループ本社 代表取締役会長・主筆代理をお務めです。
by urag
| 2021-04-04 23:30
| ENCOUNTER(本のコンシェルジュ)
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