2021年 03月 21日
『ひとりで行け』ぱくきょんみ著、栗売社、2021年3月、本体2,000円、B6判88頁、ISBNなし ★『どんぐり』は2019年6月創業の京都の出版社「灯光舎」(とうこうしゃ)さんのシリーズ「本のともしび」の第1回配本。京都銀閣寺の古書店「善行堂」店主の山本善行さんが撰者となり、寺田寅彦さんのエッセイ2篇「どんぐり」「コーヒー哲学序説」と、中谷宇吉郎さんのエッセイ1篇「『団栗』のことなど」の合計3篇を収め、巻末には山本さんによる撰者あとがきが配されています。中谷さんのエッセイは、寺田さんの「どんぐり」に言及したものです。短いですが心の琴線に触れる素晴らしい3篇です。巻末のシリーズ紹介文には「気軽に読んでいただけるよう小品仕立てにし、ふと手にとりたくなるようなたたずまいの書籍をめざして〔…〕発刊します」とあります。 ★造本設計は野田和浩さん。カバーなしのオレンジの表紙で、背よりに天地方向に細く帯状に銀箔の下地を敷き、書名、著者名、撰者名、出版社名がオレンジ色に浮かび上がります。小口三方は表紙に合わせてオレンジ色に塗られ、帯には半透明のトレーシングペーパーが使用されており、表1には灯光舎さんのロゴマークである燈火が大きく白インクで印刷されています。余分な文言は一切なし。表紙を開くと見返しの天方向に同じくロゴマークがあしらわれ、炎の形の切り抜き窓があり、別丁本扉の濃い黄色が見えるようになっています。ほとんど完璧と言っていい、素晴らしい、愛らしい、美しい造本です。版元さんのサイトには使用している用紙の銘柄も明記されています。コレクションしてみたくなるシリーズだと思います。 ★『ひとりで行け』は詩人のぱくきょんみ(1956-)さんの第5詩集。12篇と跋文を収録。主に2014年から2020年にかけて各媒体で発表されてきた詩篇の数々ですが、1篇だけ、第1詩集『すうぷ』(紫陽社、1980年;復刊:ART+EAT BOOKS、1998年)から再録されているのが「ハングゲ」(韓国へ)です。『ひとりで行け』には「ハングゲ 二〇一五」と「ハングゲ 二〇一八年」という2篇も収録されており、連作として読むことができます。カヴァーは、深緑色の夜空に白い満月が浮かび、静かに白い波が海辺に打ち寄せる景色が描かれた、高橋千尋さんの装画に、手書きの書名、著者名、出版社名を添えたもの。活字を一切排したその表情は、本書を生き物にし、息吹を与えています。 ★表題作の「ひとりで行け」の初出は、詩誌『ミて――詩と批評』第152号(2020年9月)。具体的な場面が描かれているのですが、状況が分からないまま読み、カヴァーの挿画に似た暗い夜の海辺を想像します。それが、巻末の跋文を読んで、1948年の韓国からの脱出を父親自身の思い出とともに綴ったものかもしれない、と想像しました。そうやって二度三度と読むと涙がじんわり溢れてくるのを感じます。極めて主観的な方法ではありますが、ひとは読むことを通じて他者の記憶に寄り添うことがあるいはできるのかもしれない、とも思えました。 ★版元の栗売社(くりうりしゃ)は、渋谷の出版社で、詩人の佐々木安美(ささき・やすみ, 1952-)さんが発行人をお務めです。佐々木さんご自身の詩集を出版したほか、詩誌「一個」を不定期刊行されています。佐々木さんと一緒に同人をつとめるのは高橋千尋さんと井坂洋子さん。先述した通り、高橋さんは『ひとりで行け』の挿画を手掛けておられます。また、井坂さんは同書に寄せる言葉を書いておられます。 ★このほか最近では以下の新刊との出会いがありました。 『伊藤整日記 1 1952-1954年』伊藤整著、伊藤礼編、平凡社、2021年3月、本体4,200円、A5判上製函入328頁、ISBN978-4-582-36531-3 『つながり過ぎた世界の先に』マルクス・ガブリエル著、大野和基インタビュー・編、髙田亜樹訳、PHP新書、2021年3月、本体960円、新書判216頁、ISBN978-4-569-84905-8 『パンデミック2――COVID-19と失われた時』スラヴォイ・ジジェク著、岡崎龍監修解説、中林敦子訳、ele-king books、2021年2月、本体1,800円、46判並製172頁、ISBN978-4-909483-85-0 『ライトノベル・クロニクル2010-2021』飯田一史著、ele-king books、2021年3月、 本体1,800円、46判並製320頁、ISBN978-4-909483-87-4 『ポスト・アートセオリーズ――現代芸術の語り方』北野圭介著、人文書院、2021年3月、本体2,300円、4-6判上製280頁、ISBN978-4-409-10044-8 『環世界の人文学――生と創造の探究』石井美保/岩城卓二/田中祐理子/藤原辰史編著、人文書院、2021年3月、本体6,800円、A5判上製479頁、ISBN978-4-409-04115-4 『増補新版 牛頭天王と蘇民将来伝説』川村湊著、作品社、2021年3月、本体3,200円、46判上製416頁、ISBN978-4-86182-848-5 『第十五回 内田百閒文学賞 受賞作品集』江口ちかる/松本利江/馬場友紀著、作品社、2021年3月、本体1000円、46判上製144頁、ISBN978-4-86182-844-7 ★『伊藤整日記 1 1952-1954年』は、戦後文壇を代表する作家の一人、伊藤整(いとう・せい, 1905-1969)さんの47歳から64歳まで(1952~69年)の18年に及ぶ多忙な日々を綴った日記を全8巻で刊行するものの、第1回配本。編者をつとめるのは次男で英文学者の伊藤礼(いとう・れい, 1933-)さん。全8巻を紹介する序文と、第1巻のまえがきをお書きになっています。次回配本『伊藤整日記 2 1955-1956年』は4月発売予定。 ★『つながり過ぎた世界の先に』はPHP新書では1年前の『世界史の針が巻き戻るとき』以来のガブリエルの新刊。大野和基さんと編集部が聞き手となりZOOMを使用して英語でインタヴューを行なって、一書にまとめたもの。最終章である第Ⅴ章「個人の生のあり方」でガブリエルは改めて「新実存主義」について語り、父の死後にあったとある偶然の重なりの体験を明かしています。「人生の意味は、超越的ではなく、内在的です」(195頁)という言葉が印象的。 ★ele-king booksさんの先月と今月の新刊より2点。『パンデミック2――COVID-19と失われた時』は、昨年6月に緊急出版された『パンデミック――世界をゆるがした新型コロナウイルス』(斎藤幸平監修、中林敦子訳)の続編。原著は2020年刊『Pandemic! 2: Chronicles of a Time Lost』で、監訳者によれば「2020年春以降の情勢の変化を念頭において執筆されたもの」。「ジジェクは本書で、おおむね時系列に沿いながら、ドイツのノルトライン・ヴェストファーレン州の食肉工場での集団感染にはじまり、シュトゥットガルトの略奪、ベラルーシの抗議行動、アメリカ大統領選といった出来事を、時には新旧の映画やラカン派精神分析、ヘーゲルやカントといったドイツ古典哲学についての独特の知見に基づいて分析している」と。全14章に加え、「はじめに」と「おわりに」と補遺1篇で構成。 ★『ライトノベル・クロニクル2010-2021』は、飯田一史(いいだ・いちし, 1982-)さんによるラノベ論で、ベストセラー60作から時代を読み解くもの。目次詳細は書名のリンク先でご確認いただけます。巻頭の「はじめに」に曰く、1年あたり5作を取り上げ、「「現象(時事風俗/流行商品)としてのライトノベル」を語っていく。個別の作品論や作家論を深堀するというより、それとともにヒット作品に関する現象、トピック、論点を語っていく」と。 ★人文書院さんの3月新刊は2点でいずれも19日取次搬入済。書店店頭でもまもなく発売となるかと思われます。目次詳細はそれぞれの書名のリンク先でご確認いただけます。『ポスト・アートセオリーズ』は「理論」「批評」「討議」の3部構成で現代芸術をめぐるセオリーズ(語り方)を考察するもの。『環世界の人文学』は京都大学人文科学研究所が2015年から5年間にわたり「来たるべき人文学」をめぐって共同研究を行なった成果をまとめた論文集。「生の理論的考察」「生の諸世界」「歴史にみる生の実践」の3部構成で19本の論考と3本のコラムが収められています。 ★作品社さんの3月新刊は2点でいずれも18日取次搬入済。書店店頭でもまもなく発売となるかと思われます。『増補新版 牛頭天王と蘇民将来伝説』は2007年に刊行されて第59回読売文学賞を受賞した書き下ろし論考の新訂増補版。補遺として、「これまで手薄だった東京近辺、関東近辺の牛頭天王社の跡を廻った時のメモを基にした」という論考「江戸の牛頭天王」が追加されています。『第十五回 内田百閒文学賞 受賞作品集』は、最優秀賞の、江口ちかる「たまゆら湾」、優秀賞の2作、松本利江「岡山駅から」、馬場友紀「糸」、そして、小川洋子、平松洋子、松浦寿輝、の3氏による選評を掲載。
by urag
| 2021-03-21 23:30
| ENCOUNTER(本のコンシェルジュ)
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