2020年 12月 28日
★年末は注目新刊が目白押しでとても追いきれませんが、その一部を列記します。 『崇高の分析論――カント『判断力批判』についての講義録』ジャン=フランソワ・リオタール著、星野太訳、法政大学出版局、2020年12月、本体3,600円、四六判上製376頁、 ISBN978-4-588-01125-2 『暴力――手すりなき思考』リチャード・J・バーンスタイン著、齋藤元紀監訳、梅田孝太/大久保歩/大森一三/川口茂雄/渡辺和典訳、法政大学出版局、2020年12月、本体4,200円、四六判上製380頁、ISBN978-4-588-01126-9 『レペルトワール I 1960』ミシェル・ビュトール著、石橋正孝監訳、鈴木創士/三ツ堀広一郎/福田桃子/ほか訳、幻戯書房、2020年12月、本体4,500円、A5判上製352頁、ISBN978-4-86488-212-5 『ロボット RUR』カレル・チャペック著、阿部賢一訳、中公文庫、2020年12月、本体840円、文庫判240頁、ISBN978-4-12-207011-0 『和辻哲郎座談』和辻哲郎著、中公文庫、2020年12月、本体1,200円、文庫判416頁、ISBN978-4-12-207010-3 ★『崇高の分析論』は、フランスの哲学者リオタール(Jean-François Lyotard, 1924-1998)の『Leçons sur l'analytique du sublime : Kant, Critique de la faculté de juger, §23-29』(Galilée, 1991; Klincksiek, 2015)の全訳。カントが『判断力批判』第23~29節で論じた「崇高なるものの分析論」を、リオタールが精読する講義がもととなっています。訳者の星野太さんが『崇高の修辞学』(月曜社、2017年)の著者であることは周知の通りです。 ★リオタールは「はじめに」でこう書いています。「もしも本書の目的を簡潔に示さねばならないとしたら、次のように言うことができるだろう。この講義録は、カントのテクストから感情の抗争――それはまた抗争の感情である――をめぐる分析を抽出し、その感情のモティーフを(批判も含めた)あらゆる思考をその限界へと導く恍惚へと結びつけることをめざしている」(2頁)。 ★「あらゆる思考活動は、思考にその「状態」を告げ知らせる感情をともなっている。しかしこの状態とは、それを告げ知らせる感情以外の何ものでもない。みずからの状態について知らされること、それは思考にとってみずからの状態を感じとることであり、触発されることである。感覚(ないし感情)というのは、思考の状態であると同時に、その状態によって、その状態についてなされた、思考に対する告知である」(21頁)。「思考の主観的状態、およびそのあらゆる活動において思考にともなう感情を指針として進むような反省〔…〕この思考活動が主観に関わる場合、その主観という観念を批判しうるのも、やはりこの反省を通じてなのである」(41頁)。 ★『暴力』は、米国の哲学者バーンスタイン(Richard J. Bernstein, 1932-)の『Violence: Thinking without Banisters』(Polity Press, 2013)の訳書。副題にある「手すりなき思考」(Denken ohne Geländer)というのはアーレントの言葉(『カント政治哲学講義録』など)で、バーンスタインの既訳書名『手すりなき思考』(産業図書、1997年)にも使われていますが、こちらの原題は『The new constellation』です。 ★「階段を上り下りするときにいつも手すりにつかまっていれば転ばないけれども、人はもはや手すりを失っている」とアーレントは1972年11月のカンファレンスで語りました(「Hannah Arendt on Hannah Arendt」, ジェローム・コーン編『Thinking Without a Banister: Essays in Understanding, 1953-1975』所収, Schocken Books, 2018, p.473)。バーンスタインは『暴力』の前書きでこう書いています。「伝統が破壊された状況にあってなお、私たちが思考の活動に従事しようとするなら、いかなる手すりも不動点も当てにできない。私たちは、新しい考え方や新しい概念を鍛え上げるよう迫られているのである。〔…〕思考を生き生きと保つために絶えず繰り返し遂行されねばならない活動、それが思考なのである」(5頁)。 ★「手すりなき思考は、基礎づけ主義とニヒリズムの両者に対する代案である。しかもこれこそ、暴力を理解するために、今何としても必要な思考なのである」(6頁)。「現実ないし想像上の暴力のイメージを避けられない以上、私たちの時代を「暴力の時代」と呼んでいいだろう。しかし、暴力のイメージや言説があちこちに氾濫しているため、思考は鈍くなるばかりでなく、妨げられてすらいる。暴力ということで私たちは何を言おうとしているのか。〔…〕暴力は、戦争よりもはるかに広いカテゴリーである」(7頁)。 ★『レペルトワール I 1960』は、フランスの作家ビュトール(Michel Butor, 1926-2016)の評論集『Répertoire』全5巻(原著1960~1982年刊)の第1巻。以後年1回ずつの配本予定とのことです。版元紹介文に曰く「『レペルトワール』は、全5巻各21篇にわたって文芸批評、創作技法、演劇、美術、音楽、読書と書物、旅と都市をめぐる文学的地理批評など、広汎な諸領域を縦横無尽に横断しながら展開された、類稀な批評集」。カタカナ英語でいうと「レパートリー」。全巻購入者特典冊子「ビュトールの旅学」については版元さんのブログ「幻戯書房NEWS」の11月9日付エントリーをご覧ください。第Ⅰ巻の収録作品は以下の通りです。 探求としての長編小説|石橋正孝訳 錬金術と言語|上杉誠訳 ジョン・ダン『魂の遍歴』について|倉方健作訳 ラシーヌと神々|三ツ堀広一郎訳 妖精たちの天秤|福田桃子訳 『クレーヴの奥方』について|上杉誠訳 バルザックと現実|塩谷祐人訳 『反復』|三枝大修訳 《一つの可能性》|三枝大修訳 『人口楽園』|倉方健作訳 『賭博者』|福田桃子訳 至高点と黄金時代――ジュール・ヴェルヌのいくつかの作品を通して|石橋正孝訳 マルセル・プルーストの「瞬間」|荒原邦博訳 レーモン・ルーセルの手法について|新島進訳 サイエンス・フィクションの成長とその危機|新島進訳 ジョイス群島探査にあたっての事前の小周航|鈴木創士訳 フィネガンのためのある敷居の素描|鈴木創士訳 エズラ・パウンドの詩的実験|倉方健作訳 ウィリアム・フォークナー「熊」にける親族関係|福田桃子訳 弁証法的自伝|新島進訳 ロワイヨーモンでの発言|福田桃子訳 註 初出一覧〔既訳併記〕 解題|石橋正孝 ★なお本書の刊行を記念して、2021年1月31日18時より、誠品生活日本橋にて訳者の石橋さん、三ツ堀さんがゲストに堀江敏幸さんを迎え、鼎談「今、『レペルトワール』を語る」を開催されるとのことです。参加料無料で、Zoomでもオンライン配信されます。詳しくはリンク先をご覧ください。 ★中公文庫の12月新刊から2点。チャペックの戯曲『ロボット RUR』は、文庫では千野栄一訳(『ロボット(R.U.R.)』岩波文庫、1989年)以来の新訳。訳者の阿部賢一(あべ・けんいち, 1972-)さんは、今年はコロナ禍のさなかにやはりチャペックの戯曲『白い病』を岩波文庫より9月に上梓されており、チャペック作品の驚くべきアクチュアリティを立て続けに掘り起こしておられます。 ★「ロボット」第一幕より、アルクイストとヘレナのやりとり。「ロボット」はとても身近に感じる寓話です。読んでいる自分がまるでその世界に生きているかのようです。81頁と85頁から引用します。 ヘレナ:アルクイスト、何か怖ろしいことが起きているのは、私もわかっている。とても不安なの――建築士さん! あなたは不安を感じると、何をするの? アルクイスト:レンガを積みます。建築主任の上着を脱いで、足場にのぼります―― ヘレナ:あなた、もう何年も、足場のところにばかりいるじゃない。 アルクイスト:何年も、不安を感じないことはなかったからです。 ヘレナ:何が不安なの? アルクイスト:この進歩というものすべてです。目眩がするほどに。 ヘレナ:足場では目眩はしないの? アルクイスト:いえ。レンガの重さを計ったり、並べたり、トントンと叩いたりすると、手のひらが喜ぶのです―― ヘレナ:手のひらだけ? アルクイスト:うむ、心もです。あまりにも壮大な図面を描くよりも、レンガを一個ずつ積み重ねるほうが理にかなっていると思います。ヘレナさん、私はもう年老いていますから。趣味のようなものです。 ヘレナ:趣味ではありません、アルクイスト。 アルクイスト:その通り。私は時代遅れなのです。ヘレナさん、こういう進歩をまったく好んでいないのですから。 *** アルクイスト:ソドムになったんだ! なったんだ! 世界という世界が、大陸という大陸が、全人類が、ありとあらゆるものが、発狂して狂乱する狂宴に絡め取られたのだ! もはや食べ物に手を伸ばすことすらない。直接口に運んでくれるから、立ち上がる必要もない――ハハッ、ドミンのロボットは何でも世話してくれる! われわれ人間、創造の極致をきわめた我々は、労働で老いることもなければ、子供の世話で老いることもなく、貧しさで老いることもない! さあ、さあ、快楽という快楽をもってくるがいい! それなのに、あなたは、あいつらの子供が欲しい? 余計な男に、女は子供を産まないんだよ、ヘレナ! ヘレナ:では、人類は滅びるの? アルクイスト:滅びる。滅びなければならない。実を結ばない花のように散るはず〔…〕 ★『和辻哲郎座談』は版元紹介文に曰く「オリジナル編集による初座談集、全十篇」。いずれも時代を感じさせる内容ですが、先人の生々しい息遣いに接することのできる貴重な一冊です。以下に目次を列記します。 I 春宵対談|谷崎潤一郎(司会:後藤末雄) 旧友対談|谷崎潤一郎 戦争と平和|志賀直哉 世界史における日本の運命|高坂正顕 緑蔭対談――若い女性に望むこと|柳田國男 Ⅱ 幸田露伴先生を囲んで|幸田露伴、末弘嚴太郎、辰野隆、谷崎潤一郎、徳田秋声(鈴木利貞、室伏高信) 日本文学に於ける和歌俳句の不滅性|安倍能成、幸田露伴、斎藤茂吉、茅野蕭々、寺田寅彦、野上豊一郎(西尾実、藤森朋夫) 日本文化の検討|今井登志喜、大西克禮、長谷川如是閑、柳田國男 漱石をめぐって|安倍能成、内田百閒、小宮豊隆 文学と宗教|高坂正顕、竹山道雄、長與善郎 解説 対話する和辻哲郎|苅部直
by urag
| 2020-12-28 02:33
| ENCOUNTER(本のコンシェルジュ)
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