2020年 12月 06日
★遅ればせながら、まずは注目既刊書をいくつか列記します。 『機関精神史 第三号 特集*アフロ・マニエリスムの驚異』後藤護編集、高山えい子発行、2020年11月、税込2,000円、A5判並製192頁、ISBNなし 『生と死――生命という宇宙』シャルル・ボネ/マリー・フランソワ・グザヴィエ・ビシャ/ほか著、飯野和夫/沢﨑壮宏/小松美彦/金子章予/川島慶子訳、国書刊行会、2020年9月、本体12,000円、A5判函入522頁、ISBN978-4-336-03917-0 『肥満男子の身体表象――アウグスティヌスからベーブ・ルースまで』サンダー・L・ギルマン著、小川公代/小澤央訳、法政大学出版局、2020年9月、本体3,800円、四六判上製366頁、ISBN978-4-588-01122-1 ★『機関精神史 第三号』は、第31回「文学フリマ東京」(2020年11月22日日曜日、東京流通センター第一展示場)の会場限定で販売された最新号。通販は行っておらず、残部僅少とのことです。第三号の特集は「アフロ・マニエリスムの驚異」。内容詳細を以下に転記しておきます。 序 アフロ・マニエリスムの黒い閃光|後藤護 [interviews] アフロ・マニエリスム談義――「ダーク・マター」から「ブラック・ライヴズ・マター」へ|巽孝之;聞き手・構成=後藤護 Further Reading for Afro-Mannerism|巽孝之 機関精神史3号へのお便り:巽孝之先生のロングインタビューに寄せて|高梨治 [ideas] 髑髏柳|ランシブル シグニファイング・イエローモンキー――木島始の道化的知|山田宗史 フリージャズ経済論(序の巻)――ビル・ディクソンのおたまじゃくしはカエルの夢を見るか?|工藤遥 鏡〔スクリーン〕に映る黒人の/への恐怖――ジョーダン・ピールと反逆する映画たち|西山智則 [translations] ブードゥーから舞踏へ――キャサリン・ダナム、土方巽、トラジャル・ハレルによる「黒さ」の文化横断的再成型〔リ・ファッショニング〕|有光道生;訳=松井一馬 【連載翻訳】空間的歴史――歴史に関する三つのテクスト|ミハイル・ヤンポリスキイ;訳=澤直哉+八木君人 [books] 書物漫遊記――書物のブ(ラ)ック・ホールへ ブルース:フロム・ザ・墓〔グレーヴ〕・トゥー・ザ・溝〔グルーヴ〕|ランシブル ビバップ:ジャズマンのストーリーと音楽進化の古典|エマーゾン北村 太陽楽団:シカゴ・サウスサイドの土星人|工藤遥 ソウル:魂〔ソウル〕のゆくえ|ランシブル 猿:“猿”戯する精神|山田宗史 人種:聖ファノン――廃滅を拒む黒鉄のテクスト|神谷光信 食:ソウル・フードの撞着語法〔オクシモロン〕|山田宗史 記憶:記憶は愛である|高山えい子 秘密結社:黒い幾何学|後藤護 * 執筆者プロフィール 編集後記|高山えい子 ★編集人の後藤護さんは序文でこう書いておられます。「山田宗史の名訳語を借りれば「猿戯〔シグニファイング〕」の悪戯心こそが文化創造に必要な反文化なのである。機関精神史もまた商業誌に対する「モドキ」でありたい、むしろ憤怒させるくらいでなければ存在する意味もないだろう。〔…〕というわけで、機関精神史でしかやれない実に「モドキ」な特集だったと自負する。しかし機関精神史ではやれないことが逆説的に見えてしまった特集だったのも確かで、そのあたりはグループではなくソロ活動、すなわち俺の第二著作『黒人音楽史(仮)』(中央公論新社、2012年)で引き継ぐ所存だ」(10~11頁)。高山さんによる編集後記によればすでに第4号の準備も進んでいるのだとか。 ★『生と死』はシリーズ「十八世紀叢書」全10巻の第6回配本となる第Ⅶ巻。シャルル・ボネ『心理学試論』(原著1754年;全訳、沢﨑壮宏/飯野和夫訳)、マリー・フランソワ・グザヴィエ・ビシャ『生と死の生理学研究』(原著1800年;第一部「生に関する生理学研究」の全訳、小松美彦/金子章矛訳)、『百科全書』全17巻(原著1751~1765年)よりルイ・ド・ジョクール「死」(第10巻所収)、同じくジョクール「生」、著者未詳「生・寿命」(どちらも第17巻所収)の計3篇の全訳(いずれも川島慶子訳)、とそれぞれの訳者解説を収録。いずれも初訳という理解で良いかと思います。 ★川島さんによる解説から印象的な部分を二カ所引きます。「ジョクールの作品は、今では解説なしにはピンとこない。しかし逆に言うならば、この手の作品はたとえばルソーのような「個性派」のものよりも、『百科全書』の時代をよりよく理解するためには理想のテキストだ。なぜならジョクールは、「時代を超える個性」よりも「時代と溶けこむ才能」を持っていたからだ。その時代が終わってしまえば、「ピンとこなくなる」ものほど、じつはその時代の特徴をより有しているということを忘れてはならない」(511頁)。 ★「平均寿命が30歳前後だった18世紀の人々の日常は、死に支配されていた。21世紀の日本人が悩んでいる「長い老後の生活設計」など、彼らにとっては、意味をなさない言葉であろう。〔…〕そもそも庶民には「人生設計」など存在しなかった。こんな状態では、死後の世界や死の訪れについて考えることは、社会における成功や富よりはるかに重大なことだった。〔…〕だからこそ宗教は、いや、もっと平たく言えば、死後の救いを語ってくれる教会と聖職者の影響力は大きかったのだ。〔…〕ところが、『百科全書』は祈らなかった。読者はお気づきだろうか。ここに訳出した部分のどこにも「祈り」による救いを求める記述のないことを。〔…〕これこそが『百科全書』の革命的意義であり、教会が執拗にこの企てを阻止しようとしていた理由でもある」(512~513頁)。 ★『肥満男子の身体表象』は、アメリカの医学文化史家サンダー・ギルマン(Sander L. Gilman, 1944-)による『Fat boys: A Slim Book』(University of Nebraska Press, 2004)の全訳。90年代後半にさかんに翻訳されていたギルマンですが、今回の新刊は『「頭の良いユダヤ人」はいかにつくられたか』(三交社、2000年)以来のなんと20年ぶり8冊目の訳書です。本書において男性の肥満を「身体一般の限界と可能性を規定するため、ジェンダー・パフォーマンスの一部である」(270頁)とギルマンは見なします。彼は「はしがき」で次のように書いています。 ★「本書の構成は、西洋における普通のそして肥満の男のイメージの構築を反映している。序論は、文化、医学、法の領域において中核となる問題に目を向けており、第一章は、西洋における肥満の男の身体をめぐる歴史の初期、古代ギリシアから啓蒙運動までを追っている。第二章は、序論で提示した典型的モデルに基づき、ルネサンス期から19世紀末までの肥満の男の体の自伝的および虚構の表象を分析している。そして第三章は、兵士かつ廷臣のフォルスタッフの奇妙な歴史を17世紀から現在まで辿っている。決して網羅的ではないが、本章は史上最も重要な肥満男子と彼の後継者たちの変遷を部分的に検討するものだ。第四章ならびに第五章は、肥満男子のケース・スタディをさらに二つ扱っている。肥満探偵と肥満の野球選手である。〔…〕結論は、外科治療の対象として、西洋文化における肥満男子の未来を想像しようとしている」(ix頁)。 ★このほか、まもなく発売となる注目新刊を列記します。 『クルスクの戦い 1943――第二次世界大戦最大の会戦』ローマン・テッペル著、大木毅訳、中央公論新社、2020年12月、本体3,600円、四六判上製412頁、ISBN978-4-12-005361-0 『儀礼の過程』ヴィクター・W・ターナー著、冨倉光雄訳、ちくま学芸文庫、2020年12月、本体1,300円、文庫判368頁、ISBN978-4-480-51013-6 『大航海時代――旅と発見の二世紀』ボイス・ペンローズ著、荒尾克己訳、ちくま学芸文庫、2020年12月、本体2,000円、文庫判800頁、ISBN978-4-480-51019-8 『眼の神殿――「美術」受容史ノート』北澤憲昭著、ちくま学芸文庫、2020年12月、本体1,500円、文庫判464頁、ISBN978-4-480-51023-5 『インド文化入門』辛島昇著、ちくま学芸文庫、2020年12月、本体1,100円、文庫判288頁、ISBN978-4-480-51025-9 『常微分方程式』竹之内脩著、ちくま学芸文庫、2020年12月、本体1,400円、文庫判416頁、ISBN978-4-480-51026-6 ★『クルスクの戦い 1943』は、ドイツの軍事史家ローマン・テッペル(Roman Töppel, 1976-)による『Kursk 1943: Die größte Schlacht des Zweiten Weltkriegs』(Verlag Ferdinand Schöningh, 2017)の訳書。ソ連と西ドイツの強いイデオロギー的影響下にあった従来の「クルスク戦」の虚像をくつがえす労作とのこと。訳者の大木さんは周知の通り、ベストセラー『独ソ戦』(岩波新書、2019年)の著者です。 ★ちくま学芸文庫の12月新刊は5点。『儀礼の過程』は英国の文化人類学者ターナー(Victor Witter Turner, 1920-1983)による連続講演をまとめた高名な親本(原著『The Ritual Process: Structure and Anti-Structure』1969年刊;思索社、1976年;新装版、1996年、新思索社)の文庫化。訳者は2003年に逝去しているため、訳文は改訂されていませんが、巻末解説として東大の福島真人さんによる「「象徴の森」の内と外――テクノサイエンス時代の『儀礼の過程』」が付されています。ターナーの文庫化は今回が初めて。 ★『大航海時代』は米国の旅行史家ペンローズ(Boies Penrose, 1902-1976)による大著『Travel and Discovery in the Renaissance, 1420-1620』(Harvard University Press, 1952)の訳書(筑摩書房、1985年)の文庫化。巻末にはジャーナリストの伊高浩昭さんによる文庫版解説「「欧米を世界支配に導いた時代」の明暗を考える」が加えられています。帯文に曰く「決定版通史!〈全世界像〉の誕生」と。大著ながら、伊高さんは「一挙に読了するのを迫られるほど面白い」と絶賛されています。 ★『眼の神殿』は美術史家の北澤憲昭(きたざわ・のりあき、1951-)さんによるデビュー作でサントリー学芸賞受賞作単行本(美術出版社、1989年;定本版、ブリュッケ、2010年)の文庫化。文庫版あとがきと、東京藝術大学の佐藤道信さんによる文庫版解説が加わっています。「文庫化にあたって、初版刊行後の研究成果を本文に盛り込むことはせず、単純な錯誤や措辞の乱れを糺し、文字づかいを修正するにとどめた。これは定本刊行にさいして取った方針でもある。ただし、このたびは「美術」という翻訳語の初出について、宮内庁所蔵の史料と欧文公文書を踏まえた再検討を補論のかたちで第二章〔「「美術」の起源」〕に加筆した」とのことです。 ★『インド文化入門』は南アジア史家の辛島昇(からしま・のぼる、1933-2015)さんによる放送大学テキスト『南アジアの文化を学ぶ』(2000年)の改題文庫化。巻末には立教大学の竹中千春さんによる解説「平和で豊かな世界を築いていくために」が加わっています。本書の第10講は「カレー文化論――南アジアの統一性」と題されていますが、著者はカレー博士としても有名でカレーをめぐる複数の著書があるだけでなく、かの『美味しんぼ』にも登場しています。 ★『常微分方程式』は数学史家の竹之内脩(たけのうち・おさむ、1925-2020)さんによる「教養課程の微分積分学を習得した段階における常微分方程式のテキスト」である親本(秀潤社、1977年)の文庫化。「Math&Science」シリーズでの再刊に際し、新たに加わった文章はありません。カバー裏紹介文によれば本書は定評ある学習書として名高く、「計算困難な関数形を、多数の図版で視覚化。演習問題も多数収録」とのことです。
by urag
| 2020-12-06 23:30
| ENCOUNTER(本のコンシェルジュ)
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