2020年 06月 29日
★まず、まもなく発売となる新刊をご紹介します。 『合成テクノロジーが世界をつくり変える――生命・物質・地球の未来と人類の選択』クリストファー・プレストン著、松井信彦訳、インターシフト発行、合同出版発売、2020年7月、本体2,300円、四六判上製288頁、ISBN978-4-7726-9569-5 ★原著は『The Synthetic Age: Outdesigning Evolution, Resurrecting Species, and Reengineering Our World』(MIT Press, 2018)。著者のプレストン(Christopher J. Preston)は、モンタナ大学の哲学教授。本書(原題『合成の時代』)が初めての訳書です。目次詳細と解説は書名のリンク先で立ち読み可能です。著者は「はじめに:「合成の時代(シンセティック・エイジ)」が始まる」で次のように書いています。「自然の作用を人工的な処理に置き換えることは、「変成新世(プラストセン:Plastocene)」とでも呼べそうな年代の最たる特徴である」(13頁)。「その心は、新たなテクノロジーを開発して導入する資源を持つ者にとって、地球のつくり変えられやすさが前例のないレベルに達しつつあることだ。/地球の最も基本的な物理学的活動や生物学的活動をいくつかの意図的に微調整することによって、人類は「発見される世界」から「つくられる世界」への移行の間際に立つ。変成新世においては、分子生物学者や工学研究者の手で世界が隅から隅まで徹底的につくり変えられ、そのことが地球で初めてとなる「合成の時代」の始まりを告げる」(14頁)。 ★「合成の時代になったなら、地球のつくり変えは上っ面を変える程度には留まらなくなるだろう。その触手は地球の代謝の奥深くまで伸びる。この新たな時代を押し進める合成テクノロジーは、地球の見かけのみならず仕組みさえも変える。自然とその営みにおいて、私たちの手による設計の占める割合が増していくだろう。/こうした変化の性格を理解することが重要となる。重大な選択が迫られるからだ。この先の道筋は具体的にはまだ定まっておらず、私たちは地球のつくり変えにどこまで深入りするかを決める必要がある。自然の営みをある程度管理することは避けられないにせよ、みずからの設計をどこまで果敢に進めるかによって変成新世のありようが違ってくる」(同頁)。 ★「合成の時代のありようについて、多くの疑問にまだ答えが得られていないのに、私たちは重大な変わり目を迎えている。地球がその歴史の新年代に入るに当たり、私たちは束の間の思索の機会にいる。人類がみずからの影響力の大きさをようやく自覚した今、私は本書でこれから、人類の望む未来のありようについての議論をもうしばらく続ける必要性を訴えていく」(15頁)。「私たちが商業的な利害にすっかり身を委ねてアクセル全開の変成新世に突入したなら、大きなシフトを受け入れざるを得なくなるだろう。地球とその基本的な営みの多くで私たちからの独立性が失われ、現実問題として、最終的に、環境から自然らしさが奪われるに違いない。生物圏は技術圏にすっぽり覆われることになる。/そうなれば、それ相応のことが起こる。地球に対するそうした行為は、巡りめぐって何らかの形で私たちに返ってくるだろう」(16頁)。 ★「新次元の物質をつくる」「原子の位置を動かす」「DNAオンデマンド」「人工生物」「ポストナチュラルな生態系」「種(しゅ)の移転と復元」「都市の持つ進化の力」「太陽を退かせる方法」「大気のリミックス」「人工人類」「未来への選択」の全11章。現代哲学が向かう未聞の地平へと読者をいざなってくれる好著です。 ★次に、最近出会った新刊を列記します。 『パンデミック――世界をゆるがした新型コロナウイルス』スラヴォイ・ジジェク著、斎藤幸平監修、中林敦子訳、ele-king books(Pヴァイン)発行、日販アイ・ピー・エス発売、2020年6月、本体1,850円、46判並製128頁、ISBN978-4-909483-58-4 『現代のバベルの塔――反オリンピック・反万博』新教出版社編集部編、新教出版社、2020年6月、本体2,000円、四六判並製200頁、ISBN978-4-400-40750-8 『太平記秘伝理尽鈔 5』今井正之助/加美宏/長坂成行校注、東洋文庫(平凡社)、2020年6月、本体3,800円、B6変判函入584頁、ISBN978-4-582-80902-2 『自由の哲学――カントの実践理性批判』オトフリート・ヘッフェ著、品川哲彦/竹山重光/平出喜代恵訳、法政大学出版局、2020年6月、本体5,200円、四六判上製572頁、ISBN978-4-588-01114-6 『活動の奇跡――アーレント政治理論と哲学カフェ』三浦隆宏著、法政大学出版局、2020年6月、本体3,400円、四六判上製380頁、ISBN978-4-588-13030-4 『民衆と情熱――大歴史家が遺した日記 1830-74(Ⅰ)1830~1848年』J・ミシュレ著、大野一道編、大野一道/翠川博之訳、藤原書店、2020年6月、本体6,200円、四六変判上製608頁+口絵8頁、ISBN978-4-86578-276-9 『虚心に読む――書評の仕事2011-2020』橋本五郎著、藤原書店、2020年6月、本体2,200円、四六上製288頁、ISBN978-4-86578-274-5 ★ジジェク『パンデミック』は、4月に原著が公刊されたばかりだという『Pandemic! COVID-19 Shakes the World』(Orbooks, 2020)の翻訳の緊急出版。目次詳細は書名のリンク先でご確認いただけます。監修者の斎藤幸平さんによる巻末解説「リュブリャナの約束 古い理論の新しい使い方?」は本書を次のように紹介しています。「イタリアの哲学者アガンベンは人々のパニックを国家が都合のいいように利用して、「例外状態」を作り出しているとして批判し、民主主義を守るべく、過剰なウイルスへの反応を止めるよう警告したのだった。/だが、本書のジジェクは、アガンベンと意見を異にする。ソーシャル・ディスタンスは、ひとつの「社会的連帯」であり、これはうちに引きこもることによって、他者との繋がりをこれまで以上に感じる契機になる。一方、現在の政府の対応は場当たり的で、パニックになっているのは、統治に失敗している権力者たちだと言うのである。/確かに、この見立ては、とりわけ日本に関して、正しいのではないか」(119~120頁)。 ★第七章「冷静にパニクれ!」より。「冷笑的な生気論者の視点に立てば、若くて元気な苗がよく育つように腐りかけた苗を引き抜くのと同じで、コロナウイルスは人類に老人・弱者・病者を排除することを許し、世界の健康に貢献する、有益な感染であるように見えるのかもしれない。私が主張する幅広い共産主義アプローチは、そのような粗野な視点から脱する唯一の方法なのだ。/しかし、無条件の連帯が奪い去られてしまう兆候は、すでに現行の議論の中にも認められる」(58頁)。「最も弱い人、高齢者を犠牲にするのか。この状況から、壮絶な汚職が発生する余地が生まれはしないか。このような手続きは、我々が「適者生存」という最も野蛮な論理を発動させる準備をしているという意味になりはしないか。だから、重ねて言う。我々が直面している選択は、野蛮か、それともある種の再考案された共産主義か、なのである」(59頁)。 ★第八章「監視と処罰? ええ、お願いします!」より。「アアガンベンは、現在の感染拡大における国家統制機能の重要な側面を解説しているのだが、未解決の疑問も数々残る。そもそも、なぜ国家権力はそのようなパニックの推進に関心があるのだろうか。パニックには国家権力に対する不信がつきまとう(「政府は頼りない、十分なことをやっていない……」)し、資本の円滑な再生産を妨げるというのに。統治を刷新するために世界的な経済危機を引き起こすことが、資本や国家権力の利益に本当にかなうのか。状況をコントロールできていないことに気づいて、一般市民だけでなく、国家権力自体がパニックになっているというのが、明白なサインなのではないか。そんなサインが、本当にただの戦略といえるのか」(61~62頁)。 ★ちなみに斎藤さんは3月にスロヴェニアでジジェクと会う予定だった(けれども新型コロナの影響で実現しなかった)とのこと。きっかけとなったのはジジェクが斎藤さんの『大洪水の前に』(堀之内出版、2019年)を批判的に扱う書評「亀裂は何処に?――マルクス、ラカン、資本主義、エコロジー」を書いたことだったそうです。いずれお二人が直接議論する機会が来ることを楽しみにしたいです。 ★『現代のバベルの塔』は帯文に「パンデミック下のメガイベントに決定的な否を。東京オリンピック・大阪万博、さようなら!」と謳われたアンソロジー集。編集部による巻頭の「はじめに」によれば「本書は、月刊誌『福音と世界』の2019年8月号特集「現代のバベルの塔――反オリンピック・反万博」の掲載記事6本を加筆修正、新規論考3本と同年8月に開催されたトークイベントの内容を収録したものである。すべてにつうじるのは統治の装置にたいするはっきりとした「否」の声であり、その意味でこれは全面的な闘争の書である〔…〕。オリンピック・パラリンピックや万博はまさしく「現代のバベルの塔」なのだ。その〔スペクタクル的〕統治から離脱し、「ほんとうのこと」のほうへ。わたしたちにはそれさえあればじゅうぶんなのだから」(11~12頁)。寄稿者は有住航、いちむらみさこ(インタビュー)、酒井隆史、有住航×いちむらみさこ×酒井隆史(トークセッション)、入江公康、塚原東吾、田中東子、坂井めぐみ(新規論考)、井谷聡子(新規論考)、白石嘉治(新規論考)、の各氏。詳細は書名のリンク先でご確認いただけます。 ★『太平記秘伝理尽鈔 5』は、東洋文庫の第902巻。全10巻予定の第5巻で、巻第十七上から巻第二十を収録。新田義貞の死までが扱われています。「古如勇兵一人もなきに、義貞古如戦ふて討れ給ひし。実に不覚の死にたるべし。内甲に矢を射立てられ給ひて馬より落給へば、敵落ち重なつて御首を給てけり。生年三十七歳とにや」(巻第二十、452頁)。巻末には今井正之助さんによる2本の解説が配されています。「『理尽鈔』の神道論覚書――国常立尊を手がかりにして」と「『理尽鈔』と男色」です。既刊は第1巻:2002年、第2巻:2003年、第3巻:2004年、第4巻:2007年。いずれも版元品切ですが、大型書店の店頭在庫が若干残っているようです。東洋文庫次回配本は7月、『中国伝道四五年――ティモシー・リチャード回想録』とのこと。 ★法政大学出版局さんの6月新刊より2点。ヘッフェ『自由の哲学』は、『Kants Kritik der praktischen Vernunft: Eine Philosophie der Freiheit』(C. H. Beck, 2012)の全訳。「四つの駆動力〔啓蒙、批判、道徳、世界市民主義〕」「カントによる道徳哲学の革命」「カントの挑発」「政治哲学」「歴史」「宗教」「展望」の4部構成で全23章から成っています。帯文に曰く「見通しのよい最新の手引き」。巻頭の「序言」によれば、本書(原題では『カントの実践理性批判――自由の哲学』)は2003年に刊行された「私の注釈書『純粋理性批判』に続くもの」とのこと。注釈書というのは『カントの純粋理性批判――近代哲学の基礎づけ』(Kants Kritik der reinen Vernunft: Die Grundlegung der modernen Philosophie)のことかと思います。本書『自由の哲学』はヘッフェにとって過去20~30年間にわたる考察をもとにしたカント研究の中間決算であるとのことです。ヘッフェ(Otfried Höffe, 1943-)はドイツの哲学者。法政大学出版局からは本書のほか、これまでに3点の訳書が刊行されています。 ★第7部「展望」第22章「教育の目的――陶冶、市民化、道徳化」より。「今日、倫理学においても公的討論においても、道徳を社会道徳へと切り詰める動向が支配している。この状況に挑発的に対立するしかたで、カントは講義を進めていくなかで導き出す義務を対自義務からはじめている。「この義務の実質は、豪華な衣装を購入したりすることにではなく、(中略)むしろ、みずからをあらゆる被造物よりも高めるような尊厳を人間が自分自身の内部にもつところに成立する」。「その固有の人格における人間性のこうした尊厳を放棄しない」(『人間学』Ⅸ 488f.)という制限的義務に属しているのは、あらゆる不節制を避けること、「他者に対して卑屈な」ふるまいをしないことである。/カントは二番目にはじめて「対他義務」を導入し、これを「あらかじめきわめて早期のうちから子供に教え込む」べき「人間の権利にたいする畏敬および尊敬」と説明する(Ⅸ 489)、というのも、人間の権利は「地上における神の秘蔵っ子」にほかないからだという。たとえば〔以下略〕」(496~497頁)。 ★同部第23章「究極目的としての道徳的存在者である人間」より。「生涯にわたって子どものままのひとは当然、高等教育を受けてきたにしても、その生活の糧を自分で稼ぐ能力はないままである。カントはこの点を強調していないものの、内容からするとまったくはっきりと、たんに教養のみを目的として職に就くための修養を目的とはしない教育を拒絶している。論争をしかけるようないい方をすれば、カントは学生を職に就けない人文学者や社会学者になるように教育するということには賛成しないということである」(504頁)。 ★同章より。「カントはさまざまな教育目的を「人格性への教育」というひとつの普遍的目的へとまとめている。「人格性」ということでカントが意味していることは、「自由に行為する存在者」ということであり、そこに本書が示してきた四つの段階がみてとられる。それは第一に、衝動の専制から自由になることで、自分自身の自然本性を意志的に支配する段階。第二に、世間知と社会的能力を含んだ技能と能力を身につけることで、人間は他者の目的と相矛盾することなく普遍的に成り立つみずから定めた目的を追求できる。第三に、自由に行為するにはとりわけ、自分自身の生計に配慮するという能力がなくてはならない。最後に、以上によって、私が先に区別した三つの市民的役割――経済の一員としての市民、国家の一員としての市民、世界の一員としての市民(Höffe, 2004〔Wirtschaftsbürger, Staatsbürger, Weltbürger. Beck, 2004〕)――が現前する」(同頁)。 ★『活動の奇跡』は、椙山女学園大学人間関係学部准教授をおつとめで、倫理学と臨床哲学がご専門の三浦隆宏(みうら・たかひろ:1975-)さんの初の単著です。2002年から2019年にかけて各媒体で発表されてきた論考の多数に大幅な加筆修正を加えてまとめたもの。「まえがき」によれば「彼女〔ハンナ・アーレント〕の思考を《哲学と政治学のはざま》で駆動されつづけたものとして捉えたうえで、その政治理論の射程をたどり跡づけようとする一つの試みである」。目次詳細は書名のリンク先をご覧ください。三浦さんはいわゆる「哲学カフェ」の活動に関わっており、同じく「まえがき」によれば「哲学カフェをはじめとする公共的な対話の場の意義を中心に、折にふれて自分なりに考え、記してきた事柄をいちど整理してみるとともに、この場の広がりの〈軌跡〉をもたどり跡づけておくこと、これが本書の第二の課題をなす」とのことです。 ★藤原書店さんの6月新刊は2点。ミシュレ『民衆と情熱(Ⅰ)1830~1848年』は、フランスの歴史家ジュール・ミシュレ(Jules Michelet, 1798-1874)の日記を全2巻に編集して訳出したもの。第Ⅰ巻は、1830年(ミシュレ32歳)から、1848年(50歳)まで、すなわち七月革命から二月革命への移行期に記されたもの。年譜や関連地図が付され、解題解説なども充実。「われわれがここに残すもの、われわれの家で残るに違いないもの、この世でたゆまず歩むべきもの、そうしたものを見失わないでいるというのは、素晴らしいことではないか。それは、われわれの不死性を示す諸形態の一つでもある。要するに自らを評価し、改善し、救うためには、過ぎ去った人類もやって来る人類も、われわれの原因もわれわれの結果も、閑却してはならないということだ」(307頁、1842年4月4日)。 ★「忘れないでくれ。時の確かな歩みのなかで、過去は死なないということを。死のなかには美しく高貴なものが残るのだ」(307~308頁、同日)。「流動する同じ精神が、世代から世代へと流れてゆく。本能的ないくつもの動きが、過去に対し未来に対し、われわれをおののかせ、人類の奥深い同一性をわれわれに明らかにしてくれる。/そのことを何も感じないような者は、自らが過去の世代にいかなる面でも属していないと否定し、ほどなく世界から孤立するようになるだろうし、そういう者はありうるとすれば、とるに足りない人間になってしまうであろう」(308~309頁)。 ★『虚心に読む』は近年はテレビコメンテーターとしても著名な、読売新聞特別編集委員を務める橋本五郎(はしもと・ごろう:1946-)さんによる、『「二回半」読む』――書評の仕事1995-2011』(藤原書店、2011年)に続く書評集第2弾。「「自由」と「民主」」「日本とは何か」「生きるということ」の3部構成。詳細目次は書名のリンク先をご覧ください。帯文に曰く「長短の書評に加え、単行本解説、「橋本五郎文庫」のこと、そして著作でたどる小泉信三論を収録」と。「橋本五郎文庫」というのは2011年4月に秋田県三種町の「みたね鯉川地区交流センター」(旧鯉川小学校)にオープンした施設で、橋本さんが寄贈した約2万冊の書籍が活用されています。看板の揮毫は橋本さんの求めにより、中曽根康弘元首相がしたためたもの。 +++
by urag
| 2020-06-29 23:25
| 本のコンシェルジュ
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