2020年 02月 02日
『新実存主義』マルクス・ガブリエル著、廣瀬覚訳、岩波新書、2020年1月、本体800円、新書判222頁、ISBN978-4-00-431822-4 『ヘーローイデス――女性たちのギリシア神話』オウィディウス著、高橋宏幸訳、平凡社ライブラリー、2020年1月、本体1,700円、B6変判並製376頁、ISBN978-4-582-76894-7 『詩への小路――ドゥイノの悲歌』古井由吉著、講談社文芸文庫、2020年1月、本体1,900円、文庫判288頁、ISBN978-4-06-518501-8 『たぐい vol.2』奥野克巳ほか著、亜紀書房、2020年1月、本体1,500円、A5判並製200頁、ISBN978-4-7505-1631-8 ★『新実存主義』は『Neo-Existentialism』(Polity, 2018)の全訳。ガブリエルの論考「新実存主義――自然主義の失敗のあとで人間の心をどう考えるか」を中心に、ジョスラン・マクリュール、チャールズ・テイラー、ジョスラン・ブノワ、アンドレーア・ケルンによる応答を併載し、ガブリエルがそれらに答える一章を加えた一冊。ガブリエルはこう述べます。「現代の科学的世界観の一部を生んだ枠組みの全体に揺さぶりをかけることにしよう。具体的には、筆者が「新実存主義」と呼ぶ立場を素描する。新実存主義とは、「心」という、突き詰めてみれば乱雑そのものというしかない包括的用語に対応する、一個の現象や実在などはありはしないという見解である」(16頁)。「新実存主義が掲げる根本の主張は次のようなものである。心的語彙は時代や場所によってさまざまなかたちをとるが、そうした語彙によって拾い上げられる一個の対象など、この世界には存在しない。つまり、意識があったり、自己意識をもっていたり、自己自身を知っていたり、神経質だったり、質的状態の処理を担ったり、警戒したり、知性があったり等々といった心的語彙によって指し示される、一個の対象などありはしない」(17頁)。ガブリエル関連の新書は彼のインタヴューを収めたものがすでに何冊かあります。今月にはPHP新書で『世界史の針が巻き戻るとき――「新しい実在論」は世界をどう見ているか』(大野和基訳)が発売予定となっています。 ★『ヘーローイデス』はカバー裏紹介文に曰く「書名は「ヒロイン」の語源になったギリシア語「ヘーローイス」の複数形。『名婦の書簡』『名高き女たちの手紙』の訳題で知られる。エレゲイア詩形によりながら、神話の登場人物が思いを寄せる相手に宛てた書簡という体裁をとる。〔…〕21歌全訳は本邦初」と。平凡社ライブラリーでのオウィディウスの訳書は、『恋の技法』(樋口勝彦訳、1995年、現在品切)に続いて2点目。 ★『詩への小路』は書肆山田の「るしおる」誌に97年から05年にかけて連載され、05年年末に単行本にまとめられたものの文庫化。リルケ「ドゥイノの悲歌」全篇を散文調に試訳しコメントを付した後半のほか、前半ではフセイン・アル・ハラージ、シュトルム、メーリケ、コンラート・フェルディナント・マイヤー、ヘッベル、アンネッテ・フォン・ドロステ=ヒュルスホフ、アンドレアス・グリュウフィウス、グリンメスルハウゼン、シラー、マラルメ、ゲオルゲ、などが扱われます。「詩をめぐる自在な随想と、自らの手による翻訳」(カバー裏紹介文より)。 ★「人間の〈外から〉人間を考えるポストヒューマニティーズ誌」を謳う『たぐい』誌の第2号は、特集1が「共異体の地平」、特集2が「仏教・異界・精神分析」。目次詳細は書名のリンク先をご覧ください。共同体ならぬ共異体というのは、近藤祉秋さんの論考での言及によれば、奥野克巳さんの論考「〈共異体〉でワルツを踊るネコと写真家」(『ユリイカ2019年3月号 特集=岩合光昭――ネコを撮るひと』所収)で「異なる職能を持つ表現者がそれぞれの専門性を軸に協働するすること」という意味で用いられていた言葉。それを石倉敏明さんがマルチスピーシーズ(複数種の)人類学の記述概念として転用しているとのことで、「同質的な属性を有する人間存在の集合をイメージさせる「共同体」に対して、異種との関わりを前提にして初めて「人間」の集合体が生成しうることを前提とするもの」と説明されています。 ★第2号に収録された石倉さんの論考「「宇宙の卵」と共異体の生成――第五八回ヴェネチア・ビエンナーレ国際美術展日本館展示より」では次のように書かれています。「現時点で、私は「共異体」概念を次のようなものとして理解している。1)科学技術や伴侶種と共生する「身体」としての共異体、2)異質性を抱えた個体同士が協働する「社会的集まり」としての共異体、3)ある空間内で複数の生物種や無生物との「共生圏」を構成する共異体、4)異なる歴史と神話を持って共存してきた集団間の「高次集合体」としての共異体。以上の四つの大きな基準が統合された次元である。/「共異体」という概念には、このように複数の異なる共存の基準を媒介しつつ、生命と世界の関係性を更新する造形的構想が含まれている。それは決してマイクロ・ユートピア的な同質体ではなく、異なる価値観や進化の時間の共存を前提とするヘテロトピア的現実である」(51頁)。 ★このほか最近では以下の新刊との出会いがありました。 『デジタルで読む脳 × 紙の本で読む脳――「深い読み」ができるバイリテラシー脳を育てる』メアリアン・ウルフ著、大田直子訳、インターシフト発行、合同出版発売、2020年2月、本体2200円、四六判並製296頁、ISBN978-4-7726-9567-1 『近代のはずみ、ひずみ――深田康算と中井正一』長濱一眞著、航思社、2020年2月、本体4,600円、A5判上製416頁、ISBN978-4-906738-24-3 『現代思想2020年2月号 特集=量子コンピュータ――情報科学技術の新しいパラダイム』青土社、2020年1月、本体1,400円、ISBN978-4-7917-1392-9 『マルクス入門講義』仲正昌樹著、作品社、2020年1月、本体2,000円、46判並製416頁、ISBN978-4-86182-791-4 『イスラーム学』中田考著、作品社、2020年1月、本体5,400円、46判上製592頁、ISBN978-4-86182-778-5 ★『デジタルで読む脳 × 紙の本で読む脳』はまもなく発売。『Reader, Come Home: The Reading Brain in a Digital World』(Harper, 2018)の訳書。国内外で数々の称讃を受けた『プルーストとイカ――読書は脳をどのように変えるのか』(インターシフト、2008年)の「待望の続編」(帯文より)とのこと。「第一の手紙:デジタル文化は「読む脳」をどう変える?」が書名のリンク先で立ち読みできます(目次もリンク先に掲出)。「けっして知識として蓄積されないような刺激で、子どもたちの注意はたえずそらされます。つまり、字を読むときに類推や推測を行なう能力の基本そのものが、しだいに発達しなくなるということです。いまも若い読字脳は進化していますが、必要とされるもの以外読まない、というか必要なものさえも読まずに、「tl;dr (too long, did'nt read)」で済ます若者が増えているのに、ほとんどの人々に関心は広がっていません。/デジタル文化へとほぼ完全に移行するなかで、私たちはそれが史上最大の爆発的な創造と発明と発見がもたらす予期せぬ付随的結果とは気づかないまま変化しています」(8頁)。「読み書き能力〔リテラシー〕ベースの文化からデジタル文化への移行は、これまでのコミュニケーション形態の移行とは根本的に異なる」(9頁)。『プルーストとイカ』と同様に本書は広く読まれるべき必読書ではないかと思います。 ★『近代のはずみ、ひずみ』は2007年度に近畿大学大学院に提出された修士論文を改稿したもの。帯文に曰く「平民として自発的に統治に服す「大正」の教養主義が「民主」の言説だとすれば、「昭和」前期に「独裁」が勝利した滝川事件を機にいずれとも相容れない知識人が現出した――。近代において批評をめぐって思考したふたりの「美学者」を解読しつつ、天皇制、資本主義‐国家、市民社会などを批判的に剔抉する」。目次詳細は書名のリンク先をご覧ください。長濱一眞(ながはま・かずま:1983-)さんは批評家で、『子午線』同人。本書が初の単独著です。 ★『現代思想2020年2月号 特集=量子コンピュータ』は版元紹介文に曰く「本特集ではその歴史や理論的な基礎から最新の成果まで、量子情報科学の現在形を一望するとともに、政治経済や哲学、文学など多様な観点から量子時代の行く末を考える」と。西村治道「或る理論計算機科学の研究者から見た量子コンピュータ研究の歴史」、佐藤文隆「hのない量子力学――機器がつくる世界」、郡司ペギオ幸夫「「わたし」に向かって一般化される量子コンピューティング」、大黒岳彦「量子力学・情報科学・社会システム論――量子情報科学の思想的地平」など18本の論考と、1本の討議を収録。 ★『マルクス入門講義』は2017年12月から2018年7月にかけて読書人スタジオで全7回にわたって行われた連続講義をもとに大幅に手を入れたもの。「マルクスのテクストを、鬱陶しい時代の雰囲気や、運動や政治とはまったく関係なく、実直に、哲学的、思想史的に読み解く」(2頁)もの。「講義」を書名に冠した一群の仲正さんの著書は本書で13冊目。主要目次を拾うと以下の通り。 はじめに:鬱陶しいんだよ、マルクス。 第1回:「ユダヤ人問題によせて」を読む 第2回:「ヘーゲル法哲学批判序説」を読む 第3回:『経済学・哲学草稿』「疎外された労働」(第一草稿)/「私有財産と共産主義」・「貨幣」(第三草稿)を読む 第4回:『経済学・哲学草稿』「ヘーゲル弁証法と哲学一般との批判」(第三草稿)/「ヘーゲル『精神現象学』最終章についてのノート」(第四草稿)を読む 第5回:『ルイ・ボナパルトのブリュメール十八日』を読む 第6回:『資本論』第一篇第一章第四節「商品の物神的性格とその秘密」を読む 補講:アーレントはマルクスをどう読んだのか? あとがき:やっぱり危険な思想家 現代思想における「マルクス」を知るための読書案内 マルクス関連年表 ★『イスラーム学』は「著者40年来の成果を一冊に」(版元プレスリリースより)した大著。1987年から2011年までに発表された論考に解題を付してテーマ別に編集したもの。「本書の目的は、現代日本の文化的枠組みと語彙によってタウヒードとカリフ制の意味を明らかにすることで、解放の教えとしてのイスラームのメッセージを読者諸賢に届けること」(38頁)とあります。主要目次は以下の通り。 はじめに 総論 タウヒードとカリフ制 序 イスラーム研究方法論 第1章 言語論 第2章 救済論 第3章 古典イスラーム国法論 第4章 現代スンナ派政治思想 第5章 現代シーア派政治思想 第6章 現代カリフ論 註 あとがき +++
by urag
| 2020-02-02 23:03
| 本のコンシェルジュ
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