2019年 06月 02日
『ニック・ランドと新反動主義――現代世界を覆う〈ダーク〉な思想』木澤佐登志著、星海社新書、2019年5月、本体960円、新書判240頁、ISBN978-4-06-516014-5 『現代思想2019年6月号 特集=加速主義――資本主義の疾走、未来への〈脱出〉』青土社、2019年5月、本体1,400円、A5判並製248頁、ISBN978-4-7917-1382-0 『アメリカ紀行』千葉雅也著、文藝春秋、2019年5月、本体1,500円、B6判並製192頁、ISBN978-4-16-390951-6 『暴力と輝き』アルフォンソ・リンギス著、水野友美子/金子遊/小林耕二訳、水声社、2019年5月、本体3,200円、四六判上製302頁、ISBN978-4-8010-0409-2 ★『ニック・ランドと新反動主義』は、『ダークウェブ・アンダーグラウンド』(イースト・プレス、2019年1月)に続く、木澤佐登志(きざわ・さとし:1988-)さんによる第二作。「ピーター・ティール」「暗黒啓蒙」「ニック・ランド」「加速主義」の4章立てで、新反動主義(Neoreaction:NRx)のエッセンスを紹介するものです。月刊誌「現代思想」2019年6月号も「加速主義」を特集しており、木澤さんの論考「気をつけろ、外は砂漠が広がっている――マーク・フィッシャー私論」が掲載されるとともに、木澤さんの新著で紹介されているニック・ランドの論文「暗黒啓蒙」の抄訳(パート4c~4f)が五井健太郎さんの翻訳と解題で収められています。同特集号で抄訳ないし部分訳された「暗黒啓蒙」(2012年:The Dark Enlightenment)の全体やマッカイ/アヴァネシアン編著『加速主義読本』(2014年:#Accelerate: The Accelerationist Reader)の主要部分は訳書が刊行されてもいいのではないかと思います。 ★「加速主義」特集号の巻頭対談「加速主義の政治的可能性と哲学的射程」の牽引役をつとめておられる千葉雅也さんは『アメリカ紀行』を上梓されました。2017年度にサバティカル(学外研究)を利用して渡米された際の様々な経験を綴っておられます。千葉さんはこれまで学術論文だけでなくツイッターでの発言をまとめたり、あるいは独特な自己啓発書や異色対談など、様々な表現チャネルを開拓されてきましたが、今回の新刊もまた新しいスタイルで読者を魅了します。「加速主義」特集号でも論文「さまよえる抽象」が訳出されているレイ・ブラシエとのやりとりのエピソードをはじめ、束の間の出会いの彩りの数々が来たるべき知の原石のように無造作に白い紙の上に並べられています。 ★『暴力と輝き』は、旅する哲学者リンギスの著書『Violence and Splendor』(Northwestern University Press, 2011)の全訳です。水声社さんの叢書「人類学の転回」の最新刊。「わたしたちは解き放ち、リズムのなすがままにさせる。無心と、官能的な歓びと、共有の感覚で渾然一体となる。ダンスや音楽のなかでそれは起きる。40年前、きみは大西洋を船で渡った。10日間というもの、大洋の表面が波立つ景色だけを観てすごした。絶えず変化する波頭と波間に、すべての存在を見て、感じた。大洋での経験は、ダンスと音楽であり、それは物語的なものや逸話的なものがことごとく取り除かれた、根源的ではかりしれないものだった」(15頁)。これが本書冒頭のテクスト「極限」の書き出しです。本書が言うviolence(暴力)は、自然にも人間社会にも絶え間なく流動し続けているような諸力を含意しているようにも感じます。「栄光におぼれる」というテクストでは「暴力とは、知りたいという強い欲求であると同時に、知ることの喜びでもある」(213頁)とも定義されています。 ★同じく「栄光におぼれる」からの印象的な一節。「苦しみはわたしたちを老いさせ、老いることは苦しみである。老いを実感することは、自分たちがすでに為したことがすべて、しだいに重みを増していくのを感じることであり、何年もかけてイニシアチブをとったことのすべてが、その慣性とともに自分たちの上にのしかかってくるのを感じることだ。鏡を覗き込むと、身体には皺が寄り、たるみ、死後硬直する前にもうこわばり始めている」(219~220頁)。哲学思想書の棚にリンギスの本があるだけで、風が吹き抜けるような、そんな飾らない素朴な美しさを感じます。そう感じさせてくれる哲学者は稀です。 ★このほか最近では以下の新刊との出会いがありました。 『モロイ』サミュエル・ベケット著、宇野邦一訳、河出書房新社、2019年5月、本体2,900円、46判上製320頁、ISBN978-4-309-20769-8 『死してなお踊れ――一遍上人伝』栗原康著、河出文庫、2019年6月、本体920円、文庫判296頁、ISBN978-4-309-41686-1 『わたしは哺乳類です――母乳から知能まで、進化の鍵はなにか』リアム・ドリュー著、梅田智世訳、インターシフト発行、合同出版発売、2019年6月、本体2,600円、四六判上製432頁、ISBN978-4-7726-9564-0 『アレ Vol.6 特集:食べる人(ホモ・エーデンス)』アレ★Club、2019年5月、本体1,380円、A5判並製280頁、ISDN278-4-572741-06-3 『日本における近代経済倫理の形成』曾暁霞著、作品社、2019年6月、本体2,700円、四六判上製262頁、ISBN978-4-86182-743-3 『歴史家ミシュレの誕生――一歴史学徒がミシュレから何を学んだか』立川孝一著、藤原書店、2019年5月、本体3,800円、四六上製400頁、ISBN978-4-86578-222-6 『転生する文明』服部英二著、藤原書店、2019年5月、本体3,000円、四六上製328頁、ISBN978-4-86578-225-7 『別冊 環 25号 日本ネシア論』長嶋俊介編、藤原書店、2019年5月、本体4,200円、菊大並製480頁、ISBN978-4-86578-223-3 ★『モロイ』は「ベケット没後30年」を記念した宇野邦一さんの個人新訳による小説3部作の第1弾。『モロイ』(原著1951年刊)はこれまでに三輪秀彦訳(集英社ほか)や、安堂信也訳(白水社ほか)がありますが現在新刊で入手が可能なものは今回の新訳本のみです。投げ込みの「栞」は4頁構成で、仏文学研究者の野崎歓さんによる「『モロイ』賛」と、劇作家の松田正隆さんによる「声にうながされて」が掲載されています。 ★「「スタイル」と言っても、ベケットの文体から、およそ美学的な特性は排除され、物語の進展はつねに停滞し、攪乱され、人物たちの身体にはしばしば原因不明な障害が現れ、決して行く先にたどりつくことのない旅が続き、あてどのない思考はたえずみずからを疑って中絶されるだけで、描写された事柄も即刻否定される」(訳者あとがき、301頁)。「そういうわけで私は家に戻り、書き始めた。午前零時だ。雨が窓にたたきつけている。午前零時ではなかった。雨なんか降っていなかった」(新訳本文、293頁)。 ★「「わからない。正直言って大したことはわからない」とモロイは繰り返す。しばしば動くことのできないまま、「待つこと」だけが続く。もはや待たれているのは死だけかもしれないが、死はなかなかやってこない。緩慢な運動と中断、待機が繰り返され、「また終わる」ことが続くだけである」(訳者あとがき、301頁)。「崩壊とは人生そのものでもある。その通り、その通り、うんざりするよ、しかしなかなか全壊というところまでいくものじゃない」(新訳本文、37頁)。「そのとき私はわかっているだろう。知っているつもりで、ただ生きながらえているだけ、形も拠りどころもない情念が、腐った肉まで私を食い尽くすであろうということ、それはわかっていても、何もわからず、それまでもずっと叫んでいるだけだったように、やはり叫ぶしかないということを」(同頁)。 ★次回配本は8月発売予定、『マロウンは死す』とのこと。第3弾は『名づけられないもの』です。 ★『死してなお踊れ』は2017年の同名単行本の文庫化。文庫化にあたり、著者による「一遍上人年譜」(264~269頁)と、武田砂鉄さんによる解説「逃げちゃえばいい。それも、前へつきすすむってことになる。」が付されています。武田さんは本書をこう評しておられます。「目の前にそびえ立つ壁がある。どんな人にもあるだろう。いっちゃえばいいのだ。ぶっ壊しちゃえばいいのだ。ぶっ壊せなかったら、後ろを振り向いて、逃げちゃえばいいのだ。その時には、それも、前へつきすすむってことになる。栗原康は、そして一遍は、人間の振る舞いを思いっきり肯定してくれる。ホントにありがたい人たちだ」(289頁)。栗原さんの単独著の文庫化は本書が初めて。昨年夏にちくま文庫では編著書『狂い咲け、フリーダム――アナキズム・アンソロジー』が刊行されています。 ★『私は哺乳類です』は『I, Mammal: The Story of What Makes Us Mammals』(Bloomsbury Sigma, 2017)の訳書。哺乳類の起源と進化について最新の研究成果を交えつつ解説した本です。目次詳細と巻末解説は書名のリンク先で公開されています。海外では「ネイチャー」誌や「サイエンス」誌などで好評を得ています。著者のドリューはサイエンスライターで神経生物学博士。本書が初めての訳書です。国立科学博物館で6月16日まで開催している「大哺乳類展2」を楽しむ上で最高の副読本となるのではないでしょうか。 ★『アレ』は「ジャンル不定カルチャー誌」を謳う、年2回刊行のユニークな雑誌。編集部は1985年生まれから1996年生まれと若い世代が運営しています。今般発売された第6号の特集は「食べる人(ホモ・エーデンス)」。発酵デザイナーの小倉ヒラク(おぐら・ひらく:1983-)さんや、立命館大学「食マネジメント学部」の学部長・朝倉敏夫(あさくら・としお:1950-)さんへのインタヴューのほか、コラム、論考、短歌など多彩な内容となっています。デリダやガタリを参照した論考があったり、特集に関連した研究書、コミック、アニメ、ボードゲームの作品レビューがあるのも興味深いです。 ★『日本における近代経済倫理の形成』は2014年に中国の広東外語外資大学に提出された博士論文を加筆改訂したもの。「江戸時代に蓄積された要素と開国以降の明治時代からの日本の歩みを、連続性と転換の観点から、統合的に把握する」とあります(序説、vi頁)。「荻生徂徠から海保青陵を経て、渋沢栄一に至る儒学において、どのようにして商業を肯定する思想が形成され〔…〕変転してきたかを、江戸時代から明治時代にかけての経済の状態の変化とあわせて追究する」(同頁)とも。著者の曾暁霞(そ・ぎょうか:1982-)さんのご専門は日本文化、日本思想史。現在、広東省で教鞭を執っておいでです。本書が日本語の単独著の一冊目となります。 ★最期に藤原書店さんの5月新刊より3点。目次詳細はそれぞれの書名のリンク先でご確認いただけます。まず『歴史家ミシュレの誕生』は、同版元よりミシュレ『フランス史』全6巻の監修、共編、共訳を担当された歴史学者の立川孝一(たちかわ・こういち:1948-)さんが1995年から筑波大学を退官された2013年のあいだに『歴史人類』誌や『思想』誌で発表してきた論考8本をまとめたもの。『転生する文明』はユネスコに長年奉職し、現在は麗澤大学比較文明文化研究センターの客員教授をおつとめの服部英二(はっとり・えいじ:1934-)さんによる「文明誌」の試み。「文明は生きている。それはおよそすべての生命体に似ている」(10頁)という「文明の〈生体〉史観」ともいうべきもの」(同頁)に立ち、「自分が出会ってきた数々の文明の移行と転生の姿をなるべく忠実に書きとめたつもり」(11頁)とのことです。『別冊 環 25号 日本ネシア論』は7000近い島々からなる日本をネシア(島々の集合体)としてとらえ、12のサブネシア(先島ネシア、ウチナーネシア、小笠原ネシア、奄美ネシア、トカラネシア、黒潮太平洋ネシア、薩南ネシア、西九州ネシア、北九州ネシア、瀬戸内ネシア、日本海ネシア、北ネシア)から考察する論文集。番外遍(ママ)として「済州島海政学」という視点も併録され、巻末には100冊の参考文献や年表も配されています。 +++
by urag
| 2019-06-02 21:58
| 本のコンシェルジュ
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