2019年 05月 26日
『ライプニッツ著作集 第I期 新装版[3]数学・自然学』G・W・ライプニッツ著、原亨吉/横山雅彦/三浦伸夫/馬場郁/倉田隆/西敬尚/長島秀男訳、工作舎、2019年5月、本体17,000円、A5判上製624頁+手稿8頁、ISBN978-4-87502-507-8 『道徳的完成主義――エマソン・クリプキ・ロールズ』スタンリー・カヴェル著、中川雄一訳、春秋社、2019年5月、本体3,800円、四六判上製392頁、ISBN978-4-393-32381-6 ★『ライプニッツ著作集 第I期 新装版[3]数学・自然学』は第5回配本。第I期の中でもっとも分厚い1冊です。第I期新装版はこれまでに全10巻のうち、2018年9月:第8巻「前期哲学」、2018年11月:第4~5巻「人間知性新論」上下巻、2019年1月:第10巻「中国学・地質学・普遍学」、2019年3月:6~7巻「宗教哲学『弁神論』」上下巻、そして今回の第3巻と、計7巻が刊行済。第3巻では数学部門で「すべての数を1と0によって表わす驚くべき表記法。これは、事物が神と無から由来すること、すなわち創造の神秘、を表現している」や「位置解析について」、「微分算の歴史と起源」など20篇(補遺2篇を含む)を収め、自然学部門では「自然法則に関するデカルトおよび他の学者たちの顕著な誤謬についての簡潔な証明」など6篇を収録。目次詳細は書名のリンク先でご確認いただけます。数学部門は新装版続刊予定の第2巻「数学論・数学」の続きで、二進法の確立や位置解析の着想など、ライプニッツの卓抜な業績に触れることができます。 ★二進法がこんにちのコンピュータで利用されているのは周知の事実で、ライプニッツのアイデアは現代人の生活にも大きな影響を及ぼしています。しかしライプニッツにおいてこの計算法の発見は、まず「数の持つ驚くべき秘密と利点をあらわにするのであって、日常的な計算にも役立つというのは、その後のことなのである」(97頁)とされています。「自然自らが、数という驚くべき姿をとることによって、すべては神と質量からではなく神と無から生じたのだということを、私たちに示しているのである」(同頁)。「最も単純でもあり、また自然的かつ根源的と言うに最も相応しいのではないか〔…〕0と1という二つの数記号しか必要としないのである」(92頁)。二進法はつまりライプニッツにとって「神が創造者であることの驚嘆すべきしるし」(97頁)であり「創造の神秘」(同頁)であったわけです。第3巻の初版は1999年刊。函入本の第I期の最終回配本でした。新装版では今後、第1巻「論理学」、第2巻「数学論・数学」、第9巻「後期哲学」が刊行予定です。 ★『道徳的完成主義』は『Conditions Handsome and Unhandsome: The Constitution of Emersonian Perfectionism: The Carus Lectures, 1988』(University of Chicago Press, 1990)の全訳。訳者あとがきによれば、原題は直訳すると「美しい条件と醜い条件――エマソン的完成主義の憲法、ケーラス記念講義、1988年」。「美しい条件と醜い条件」というのはエマソンのエッセイ「経験」から採られており、本書のエピグラフとして引かれている一文にも含まれる表現です。従来のエマソンの訳では「醜い(unhandsome)」は「かんばしくない」(小泉一郎訳)とか、「最も美しからざる」(戸川秋骨訳)とされており、そもそもhandsomeは語源的には「手近にあって使い勝手がよい」という意味であるとのこと。目次は以下の通りです。 序文と謝辞 序論 針路を堅持して 第1講義 背反的思考:ハイデガーとニーチェにおけるエマソンの変様 第2講義 日常的なものの議論:ウィトゲンシュタインとクリプキにおける教示の場面 第3講義 正義の会話:ロールズと合意のドラマ エピローグ 補遺A 一縷の望み 補遺B カバーレター 註記 解説 訳者あとがき ★訳者解説では本書はこう紹介されています。「本書はカヴェル中期(カヴェル64歳)の傑作であり、「道徳」の問題に正面から取り組むことになった(それまでの主題をエマソン的完成主義あるいは道徳的完成主義の観点から見直すことになった)という意味では転機の著作でもある。「道徳」とはいっても、何が正しい振る舞いかといった個別の問題を扱うわけでも、いわゆる応用倫理的な問題と直接の関係があるわけでもない。〔…〕世界を回復するための道、カヴェルの言葉でいえば懐疑論を担い耐えるための道徳が問われている」。 ★カヴェルは第3講義でこう話します。「私たちは人間的な偏りの実例として生きている。それは〈道徳的完成主義〉が、どんな形式をとるにせよ人間的個体として認知するものの実例である。この人間的個体はそれ自身で完結しているのではなく、自分のなかでそして他者のなかで、さらなる自己に向かって開かれている。つまり変化の必要性を認識する存在なのだ。〔…〕あたかも私たちがみな教師である、もしくはいわば哲学者であるかのように。問われているのは特別な道徳的要求ではなく、民主主義的な道徳性の条件である。〔…〕私たちは互いに対し、何が間違っているかを学び教えあうかのようだ。自由の代価として私たちは絶えず警戒しなくてはならない。学者が私たちを元気づけるのは、こうした帰結に耐えるためだ」(272~273頁)。 ★カヴェル(Stanley Cavell, 1926-2018)の単独著の訳書には本書を含め以下のものがあります。 2005年10月『センス・オブ・ウォールデン』齋藤直子訳、法政大学出版局 2008年05月『哲学の“声”――デリダのオースティン批判論駁』中川雄一訳、春秋社 2012年04月『眼に映る世界――映画の存在論についての考察』石原陽一郎訳、法政大学出版局 2016年10月『悲劇の構造――シェイクスピアと懐疑の哲学』中川雄一訳、春秋社 2019年05月『道徳的完成主義――エマソン・クリプキ・ロールズ』中川雄一訳、春秋社 ★このほか最近では以下の新刊との出会いがありました。 『増補新版 いま生きているという冒険』石川直樹著、新曜社、2019年5月、本体1,800円、四六判並製320頁、ISBN978-4-7885-1614-4 『増補新版 ザ・ママの研究』信田さよ子、新曜社、2019年5月、本体1,400円、四六判並製176頁、ISBN978-4-7885-1615-1 『「国語」から旅立って』温又柔著、新曜社、2019年5月、本体1,300円、四六判並製264頁、ISBN978-4-7885-1611-3 『志度寺縁起絵――瀬戸内の寺を巡る愛と死と信仰と』太田昌子編著、平凡社、2019年5月、本体4,800円、B5判上製316頁、ISBN978-4-582-29531-3 『宮本隆司 いまだ見えざるところ』宮本隆司著、東京都写真美術館編、平凡社、2019年5月、本体3,000円、B5変判上製224頁、ISBN978-4-582-20716-3 ★『夢と爆弾』はまもなく発売。2012年から2018年に各媒体で発表された日本語論文19篇に、2018年と2019年に英文で発表された論考を自ら訳して加筆したものが2篇、さらに未発表論考1篇と書き下ろし2篇の、合計24篇を収録した、友常さんの4冊目の単独著です。あとがきにはこう書かれています。「資本制社会を相対化するために、さまざまなマイノリティと底辺労働者との出会いをこちらからつくる必要がある〔…念頭にあるのは〕寄せ場の労働者であり、アンダークラスの闘争〔…である〕。本書に収録したテキストのテーマはそれぞれ異なっているが、そのなかで私が追及してきたのは〔…出会いをこちらからつくるという〕ことに尽きる」(391頁)。目次詳細は書名のリンク先をご覧ください。友常勉(ともつね・つとむ:1964-)さんは東京外国語大学大学院国際日本学研究院教授。これまでに刊行された単独著には、『始原と反復――本居宣長における言葉という問題』(三元社、2007年7月)、『脱構成的叛乱――吉本隆明、中上健次、ジャ・ジャンクー』(以文社、2010年10月)、『戦後部落解放運動史――永続革命の行方』 (河出ブックス、2012年4月)、があります。 ★『増補新版 いま生きているという冒険』『増補新版 ザ・ママの研究』『「国語」から旅立って』は、新曜社さんのシリーズ「よりみちパン!セ」の今月新刊4点のうちの3点。もう1点、大谷能生『平成日本の音楽の教科書』は先日すでにご紹介しました。『増補新版 いま生きているという冒険』は2006年に理論社時代の「よりみちパン!セ」シリーズから刊行されたものを増補し、再構成して新装版として刊行するもの。カラー写真多数。「世界を歩き続けてきた写真家による、中学生時代から現在までの8つの「旅」の記録」(帯文より)。「「生きる」ということはすなわち、世界を経験することなのではないでしょうか」(29頁)と石川さんは書きます。この言葉の重みがしっかりと腑に落ちてくる良書ではないかと思います。 ★『増補新版 ザ・ママの研究』は理論社時代の同シリーズの1冊の増補新版。母親を7つのタイプに分けて傾向と対策を伝授。「今はまだママといて楽しいだけかもしれないが、いずれあなたがおとなに近づくにつれて、ママとのつきあい方で困るときがくるかもしれない。その時に備えて、今から準備しておこう」(7~8頁)。「ママとのつきあいかたを解説した本はこれまで、なかった。これから書くことは、あなたがママと仲良く、楽しくつきあっていくためにきっと役に立つだろう」(8頁)。増補1は「ザ・パパの研究」、増補2は「ザ・ばぁばも研究」。基本的に女性の視点から書かれており、男性には別様の意味で刺さりやすい本かもしれません。 ★『「国語」から旅立って』は現行シリーズの最新刊。温又柔(おん・ゆうじゅう:ウェン・ヨウロウ:1980-)さんは台湾生まれの小説家。中国語、台湾語、日本語が飛び交う家庭で育った温さんの、半生を振り返っての、ことばとアイデンティティとの向き合いの記録です。温さんはかつて留学先の上海でこう日記に綴ったといいます。「台湾から日本。日本と中国。中国にとっての台湾……日本育ちの台湾人として中国にいるという自分を自覚すればするほど、三つの国々の間での自分の位置がわからなくなってきてしまう……」(195頁)。また、「日本で育った台湾人としての自分のことば――中国語や台湾語が織り込まれたニホン語という杖を取り戻すために、そしてわたし自身を取り戻すために、わたしはこうして、「国語」としての日本語から旅立つ必要があったのだと思います」(257頁)と巻末の「おわりに」で述懐されています。 ★平凡社さんの新刊より2点。『志度寺縁起絵』は、香川県さぬき市の、四国八十八箇所巡りの第八十六番札所である海辺の寺、志度寺に伝わる、縁起絵と縁起文の掛幅(重要文化財)の紹介書です。「神木が琵琶湖から流れ下り瀬戸内海の寺に辿りつく物語の絵と縁起文」(版元紹介文)をカラー図版や現代語訳とともに解説し、「豊かな瀬戸内海文化の実像――風俗習慣、進行、そして人々の思考様式を今に伝える第一級資料」(帯文)として30年近く研究されてきたものの成果をまとめています。縁起絵の資料CD付きです。 ★『宮本隆司 いまだ見えざるところ』は、東京都写真美術館で2019年5月14日(火)から7月15日(祝)まで開催中の展覧会「宮本隆司 いまだ見えざるところ」の公式カタログ。80年代から10年代まで国内外で撮影した「都市をめぐって」と、徳之島の風景と人物を写した「シマというところ」の二部構成の作品集に、4本の論考が添えられています。宮本さん本人による「いまだ見えざるところ」、倉石信乃さんの「島へ――宮本隆司、もうひとつのイメージ」、キャリー・クッシュマンさんの「宮本隆司――闇のなかから」、藤村里美さんによる「旅の目的地」。宮本さんによるワークショップや、詩人の佐々木幹郎さんとの対談イベント情報が展覧会名のリンク先でご確認いただけます。 +++
by urag
| 2019-05-26 21:44
| 本のコンシェルジュ
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