2019年 04月 22日
『モナドロジー 他二篇』ライプニッツ著、谷川多佳子/岡部英男訳、岩波文庫、2019年4月、本体780円、文庫判256頁、ISBN978-4-00-336169-6 『運命論を哲学する』入不二基義/森岡正博著、2019年4月、本体1,800円、4-6判上製304頁、ISBN978-4-7503-4826-1 『脳のリズム』ジェルジ・ブザーキ著、渡部喬光監訳、谷垣暁美訳、みすず書房、2019年4月、本体5,200円、ISBN978-4-622-08791-5 ★『モナドロジー 他二篇』は岩波文庫では、1951年の河野与一訳『単子論』以来の新訳。旧訳本に収められていたのは、以下の諸篇です。1695年「実体の本性及び実態の交通並びに精神物体間に存する結合に就いての新説」(およびその最初の草稿、フシェの異議、それに対するライプニッツの備考、新説の第一解明、第二解明、第三解明抜萃)、1714年の「理性に基づく自然及び恩恵の原理」、同年の「単子論」、さらに付録として、1684年の「認識、真理、観念に関する考察」、1694年の「第一哲学の改善と実体概念」、1697年の「事象の根本的生産」、1698年の「自然そのもの」でした。 ★今回の新訳に収録されているのは、「モナドロジー」、「理性に基づく自然と恩寵の原理」、「実体の本性と実体間の交渉ならびに魂と身体のあいだにある結合についての新説」の3篇と、以下の付録の諸篇です。「物体と原動力の本性について」(抄訳、1702年5月)、「ゾフィー宛書簡」(1696年11月4日)、「ゾフィー・シャルロッテ宛書簡」(1704年5月8日)、「生命の原理と形成的自然についての考察、予定調和の説の著者による」(1705年5月)、「コスト宛書簡」(1707年12月19日)、「ブルゲ宛書簡」(1714年12月)、「ダンジクール宛書簡」(1716年9月11日)。底本はゲルハルト版『ライプニッツ哲学著作集』。 ★「モナドロジー」より。「1 私たちがここで論じるモナドとは、複合体のなかに入る単純な実体に他ならない。単純とは部分がないことだ」(11頁)。「5〔…〕単純な実体が自然的に生じることがあるとは、どうしても考えられない。単純な実体は、複合によってつくることはできないからだ」(14頁)。「6 かくしてモナドは、生じるのも滅びるのも、一挙になされるほかない、と言ってよい。〔…〕けれども複合されたものは、部分部分で生じる、もしくは滅びる」(同頁)。「7〔…〕モナドには、何かものが入ったり出たりできるような窓がない。〔…〕」(15頁)。「3〔…〕モナドは、自然の真の原子であり、ひとことで言えば事物の要素である」(13頁)。「11〔…〕モナドの自然的変化は内的原理から来る〔…〕。外的原因はモナドの内部に作用することができないからである」(18頁)。「12 しかしまた、変化の原理のほかに、変化するものの細部があり、それが単純な実体の、いわば特殊化と多様性を与えているにちがいない」(19頁)。「13 この細部は、一なるもの、すなわち単純なもののなかに、多を含んでいるはずだ。〔…〕単純な実体のなかには、部分はないけれども、いろいろな変状や関係があるにちがいない」(同頁)。 ★「14 一なるもの、すなわち単純な実体のなかで、他を含み、これを表現する推移的な状態がいわゆる表象にほかならない。これは意識される表象ないし意識とはしっかり区別されねばならない。〔…〕」(20頁)。ここで言う表象(perception)は、訳注によれば「表出(expression)」や「表現(representation)」とほぼ同義、とあります。あらわれ、とでも受け取った方が理解しやすそうです。「15 一つの表象から別の表象への変化ないし推移を起こす内的原理の働きを欲求と名づけることができる。〔…〕」(21頁)。「16 私たちの意識するどんなに小さな思考でもその対象のなかに多を含んでいるのを見いだすとき、私たちは自身で、単純な実体のなかに多様性を経験する。したがって、魂が単純な実体であることを認める人はすべて、モナドのなかにこの多を認めなければならない。〔…〕」(22頁)。以下略。 ★「モナドロジー」の新本で入手可能な既訳には、「モナドロジー」清水富雄/竹田篤司訳(『モナドロジー/形而上学叙説』所収、中公クラシックス、2005年)、「モナドロジー(哲学の原理)」西谷裕作訳(『ライプニッツ著作集 第Ⅰ期第9巻 後期哲学』所収、工作舎、1989年)があります。 ★訳者あとがきの次の説明が印象的です。「ライプニッツには精神の共同体、精神の共和国という理念が見られる。ライプニッツは数学や力学で顕著な業績のある自然科学者であったが、また文献学者・歴史家でもあり、過去の遺産も信頼した。知は、人類全体の事象であり、あらゆる時代のものである「精神の共和国」の所産である。精神が神とつながり、そうして諸精神が結びつきあうイメージは主要テクストで示されているが、「精神の共和国」という表現が書簡などにも見られる」(246頁)。 ★『運命論を哲学する』は、「現代日本哲学に新たなページをきりひらく本格哲学入門シリーズ」と謳う「現代哲学ラボ・シリーズ」の第1巻。「これがJ-哲学だ」と帯文にあります。J-哲学とは「日本語をベースとした、オリジナルな世界哲学」とのことです。森岡正博さんによる「全巻のためのまえがき」には、「J-哲学」あるいは「J-フィロソフィー」について「ちょうど「J-ポップ」や「J-文学」があるように、日本から自生的に出てきて国際的な潮流に寄与しする哲学という意味」(ii頁)と説明されています。「「日本哲学」と言わないのは、この言葉が、鎌倉新仏教から京都学派までの日本の哲学を研究対象とする学術を指して、すでに国内外の学会で使用されているからである」(ii~iii頁)。「欧州大陸や英米の哲学を輸入紹介することをもって「哲学」と呼ぶ慣習はまだ続いている。私たちは、それらとは異なった道筋を開きたい」(i頁)。 ★もともと「現代哲学ラボ」は森岡さんと田中さをりさん(『哲楽』編集人)が世話人をつとめた全4回の連続討論会企画(2015~2016年)で、これは電子書籍として哲楽編集部より刊行済。これに著者の皆さんが大幅加筆したのが、「現代哲学ラボ・シリーズ」です。森岡さんによる「第1巻のまえがき」によれば、本書は著者2氏が運命論と現実性を「徹底的に掘り下げる」もの。目次詳細は書名のリンク先をご覧ください。続刊予定は、第2巻が永井均さんと森岡さんによる『私と今を哲学する』、第3巻が永井/入不二/森岡の3氏による『現実性を哲学する』、第4巻が加藤秀一さんと森岡さんによる『生命の価値を哲学する』です。 ★『脳のリズム』は『Rhythms of the Brain』(Oxford University Press, 2006)の訳書。カバー表4の紹介文から引いておきます。「「脳は予測装置であり、その予測能力は、絶え間なく生成しているさまざまなリズムから生じる。」〔…本書は〕それまで“ノイズ”にすぎないとされていた脳内リズム現象の見方を一変させ、すでに現代の古典となっている。〔…〕脳内のリズム現象は私たちの認知機能の中核を担っている。脳の中では振動子としてのニューロンが集団的に同期しつつ、f分の1揺らぎ、時間窓によるスイッチング、確率共振といった特性を利用しながら、思考や記憶などの複雑かつ統合された能力を創発するシンフォニーを奏でているのだ」。目次詳細は書名のリンク先とご覧ください。 ★理化学研究所・脳神経科学研究センターの渡部喬光さんは「監訳者あとがき」でこう書いています。「この本は、およそ過去40年に渡って海馬神経科学の最前線をひた走り、今も論文を出し続ける大御所電気生理屋さんの思想書・予言書だと思って、刺激され、訝しがり、楽しむのが生産的な姿勢だと個人的には思っている」。著者のブザーキ(György Buzáki, 1949-)はハンガリー出身で、現在はニューヨーク大学神経科学研究所ビッグス教授。研究対象は脳内の振動現象、睡眠、記憶。Györgyはforvoで現地の発音を確認するかぎりでは、ジェルジというよりかはジョルジュ(時にはギョルギュ)に近く、最近ではリゲティの名前もジョルジュとしている例を見かけます。ちなみにルカーチは訳書がいずれも古めのためかジェルジないしドイツ風にゲオルク表記。 ★このほか最近では以下の新刊との出会いがありました。 『執念深い貧乏性』栗原康著、文藝春秋、2019年4月、本体1,800円、四六判並製280頁、ISBN978-4-16-390934-9 『天皇制と闘うとはどういうことか』菅孝行著、航思社、2019年4月、本体3,200円、四六判上製346頁、ISBN978-4-906738-37-3 『吉本隆明全集19[1982-1984]』吉本隆明著、晶文社、2019年4月、本体7,000円、A5判変型上製692頁。ISBN978‐4‐7949‐7119-7 『評伝ジャン・ユスターシュ――映画は人生のように』須藤健太郎著、共和国、2019年4月、本体3,600円、菊変型判並製412頁、ISBN978-4-907986-54-4 『美しく呪われた人たち』F・スコット・フィッツジェラルド著、上岡伸雄訳、作品社、2019年4月、本体3,200円、46判上製484頁、ISBN978-4-86182-737-2 ★『執念深い貧乏性』は、「文學界」2017年5月号から2018年4月号までの全12回の連載をまとめたもの。新たに加えられた巻末の「おわりに」は天皇制への言及をめぐる某出版社との攻防が暴露されており、ある意味で今までの栗原さんの著書の中でもっとも攻めている内容となっています。「天皇制ってなんですか? それは純然たる統治だ、よりよい統治を呼び起こす装置みたいなもんだ。それこそいま天皇のことをマジで神だなんておもっているやるはほとんどいないとおもうし、わたくしどもはヘイカの赤子でございますっておもっているやつもまれだとおもう。なのに、なんで天皇がいたらあたまをさげてしまうのか、ヘイカとよんでしまうのか、たわいのない批判を自主規制しようとしてしまうのか。それは真理をもとめるこころがあるからだ。ぜったいにただしいなにかにすがりたいっておもっているからだ。どうしたらいいか。まずはここからはじめよう。くたばれ、天皇制。われわれは真理に反対する。ただしいことはダサいとおもえ」(258~259頁)。残尿感に始まり下剤に終わる本書の自由さ。 ★『天皇制と闘うとはどういうことか』は、某社より刊行予定だった『天皇制論集第二巻 現代反天皇制運動の理論』が原型だそうです。同時に編著『叢書ヒドラ 批評と運動Ⅱ』の入稿済原稿もⅢ~Ⅴ号の計画も流れたのだとか。目次詳細は書名のリンク先をご覧ください。「天皇制は、人の上に人をつくり、人の下に人をつくる。頂点に神聖の極致の存在を生み出し、対極に汚穢と卑賤の極致の存在を生む。つまり、絶対的な差別を生む。天皇制国家の観念体系の目的は、資本制による近代化の推進であるが、一見古代律令制の遺制のような観念とそれに基づく差別は、近代化と矛盾するどころか、資本制の支配を補完する機能を担ってきた。天皇制下の「四民平等」は差別構造を資本制的蓄積に適合させるための近代化の機能を果たした。戦後憲法14条の「法の下の平等」も、それだけでは空文であり、戦前よりも洗練された収奪の装置として、一見遺制的な観念に依拠した近代の差別構造は延命した。天皇を聖の極限とする差別の観念体系は、平等意識の暗渠を生み出した。それは差別する側に「外部」不在の、鈍感な自己――平等のつもりの差別――絶対化が生まれた。それは内部の異端に対する徹底的な抑圧と、外部に対する徹底的な排外主義と暴力行使の正当化を誘導する」(19~20頁)。 ★『吉本隆明全集19[1982-1984]』はまもなく発売となる第20回配本。第Ⅰ部の『マス・イメージ論』、第Ⅱ部の「「反核」運動の思想批判」「反核運動の思想批判 番外」「情況への発言――「反核」問題をめぐって――」といった『「反核」異論』に収録された評論や講演、第Ⅲ部の『野生時代』連載詩篇、第Ⅳ部の評論、第Ⅴ部のアンケート、推薦文、あとがきなどから、ニューアカ・ブーム勃興期に吉本さんが論じ、綴り、語っていたことが一望できます。目次詳細は書名のリンク先をご覧ください。「核エネルギイの問題は、石油、石炭からは次元のすすんだ物質エネルギイを、科学が解放したことを問題の本質とする。政治闘争はこの科学の物質会報の意味を包括することはできない。既成左翼が「反原発」というときほとんどが、科学技術にたいする意識しない反動的な倫理を含んでいる。それだけではなく「科学」と「政治」の混同を含んでいる」(「「反核」運動の思想批判」299頁)。月報20は、小池昌代「父の内なる言語」、島亨「「軒遊び」と「生命呼吸」のこと」、ハルノ宵子「境界を越える」を掲載。島亨さんは出版社「言叢社」の編集者。次回配本は8月、第20巻とのことです。 ★『評伝ジャン・ユスターシュ』はパリ第三大学に提出した博士論文『ジャン・ユスターシュ――生成と制作』の日本語訳全面改稿版。「映画を生き、愛し、時代との結託を拒むその稀有な生に魅せられた気鋭の批評家による、世界初の本格的な評伝」(帯文より)。目次詳細は書名のリンク先でご確認いただけます。巻頭の序によれば、著者は作品を見直し、文献を読み、視聴覚資料をチェックし、未公刊資料を掘り起こし、関係者の証言を集め、脚本や製作資料や監督の手になる文書も細かく分析したそうです。「目標は、可能なかぎり資料に裏打ちされた方法で、彼の辿った行程を復元すること。完成された作品を外側から眺めて分析するのではなく、作られていく渦中に入り込み、内側から作品に触れること。創造のプロセスを辿り直すこと」(8頁)。本書の刊行を記念して、十数年ぶりのリバイバル上映会が以下の通り行われます。 ★『美しく呪われた人たち』は1922年の『The Beautiful and Damned』の初訳。デビュー作『楽園のこちら側』(1920年;朝比奈武訳、花泉社、2016年)と『グレート・ギャツビー』(1925年、諸訳あり)との間に刊行された長編第2作です。帯文に曰く「刹那的に生きる「失われた世代」の若者たちを絢爛たる文体で描き、栄光のさなかにありながら自らの転落を予期したかのような恐るべき傑作」と。これで生前に刊行された長編小説4作(4作目は1934年の『夜はやさし』、死去の翌年である1941年に出版された未完の遺作『ラスト・タイクーン』を含めると5作)はすべて翻訳されたことになります。なお同書の刊行を記念して、以下のイベントが行われます。 ◎上岡伸雄×宮脇俊文「“狂騒の20年代”とF・スコット・フィッツジェラルドの世界」 +++
by urag
| 2019-04-22 03:33
| 本のコンシェルジュ
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