2019年 04月 14日
『アンコール』ジャック・ラカン著、藤田博史/片山文保訳、講談社選書メチエ、2019年4月、本体1,950円、四六判並製272頁、ISBN978-4-06-515340-6 『閨房の哲学』マルキ・ド・サド著、秋吉良人訳、講談社学術文庫、2019年4月、本体1,260円、A6判並製344頁、ISBN978-4-06-515341-3 『完訳 ブッダチャリタ』梶山雄一/小林信彦/立川武蔵/御牧克己訳注、講談社学術文庫、2019年4月、本体1,650円、A6判並製512頁、ISBN978-4-06-515342-0 『女について』ショーペンハウェル著、石井立訳、東海林ユキエ画、明月堂出版、2019年4月、本体1,500円、四六判並製124頁、ISBN978-4-903145-65-5 ★『アンコール』はラカンのセミネール第20巻(1972~73年度)。原著は1975年刊。帯文に「最重要セミネール、ついに全訳」とあるようにたいへん名高い講義録です。「「愛」という重要なテーマが根底に据えられ、「女の享楽」という問題とともに、精神分析は新たな次元に飛翔する」(カバー表4紹介文より)。目次は書名のリンク先をご覧ください。今回の訳書での訳者自身による記述は凡例のみで、訳者あとがきはありません。ラカンのセミネールは岩波書店から出版されるものと思っていましたが、どういった事情でメチエでの刊行に至ったのか。それについては、版元ウェブサイトの内容紹介で次のように明かされていました。 ★「セミネールの日本語訳は、1987年から着手されたが、パリ・フロイト派創設の時期にあたる1963-64年度の『精神分析の四基本概念』までの時期のものに限定されている上、価格も高く、また現在では入手できなくなっているものも多い。/そうした状況の中、選書メチエの1冊として、最も名高い『アンコール』をお届けする。これは1972-73年度のセミネールであり、既存の邦訳からはうかがうことのできない後期ラカンの真髄が語られている」。とすると、セミネール全27巻予定のうち、岩波書店から刊行されるのは第11巻までで未訳は第6巻と第9巻の2点ということになります。第12巻以降では『アンコール』が初訳となりますが、果たして今後残りの巻は訳出されるのでしょうか。 ★なお、関連書として『ラカン『アンコール』解説』(佐々木孝次/荒谷大輔/小長野航太/林行秀著、せりか書房、2013年8月)が刊行されています。また『アンコール』の訳者である藤田さんと片山さんによるラカンの共訳書としては『テレヴィジオン』(青土社、1992年;改訳版、講談社学術文庫、2016年)があります。 ★『閨房の哲学』は文庫オリジナルの新訳。凡例によれば、底本は最新のプレイヤード版(1998年)で、「明らかな誤植などは断りなく訂正した」とのことです。かの著名な作中作「フランス人よ、共和主義者になりたいなら、もうひとがんばりだ」は「第五の対話」に出てきます(194~260頁)。同書は今まで幾度となく翻訳されてきましたが、現在入手可能な既訳には澁澤龍彦訳『閨房哲学』(電子版、河出文庫、1992年)、佐藤晴夫訳『閨房の哲学』(未知谷、1992年)、小西茂也訳『閨房哲学』(一穂社、2007年)、関谷一彦訳『閨房哲学』(人文書院、2014年)などがあります。今回新訳を手掛けられた秋吉良人さんは澁澤訳を参照されたそうです。「実に数十年ぶりに手にとって、初めて全体を原文と突き合わせながら読んだ。教えられるところも多々あったし、日本語の達者さには改めて舌を巻いた。ただ、翻訳に誤訳はつきものとはいえ、ほぼ毎頁に誤訳を見つけるに至って、学生時代に愛読し、人にも勧めてきただけに、正直まいった」と、訳者解説で率直に綴っておられます。講談社の各種文庫でサドの翻訳が出るのは実に本書が初めてになります。 ★『完訳 ブッダチャリタ』は1985年12月に講談社のシリーズ「原始仏典」の第10巻として刊行された『ブッダチャリタ』の文庫化。ブッダの生涯を描いた古典的名著です。アシュヴァゴーシャによるサンスクリット語原文の前半14章に加え、欠落した後半14章をチベット訳、漢訳を参照し再現して、全28章を翻訳したとのことです。巻末の「学術文庫版解説」は、東京大学東洋文化研究所教授は馬場紀寿さんによるもの。 ★このほか4月の講談社学術文庫では、豊永武盛『あいうえおの起源――身体からのコトバ発生論』、長沢利明『江戸東京の庶民信仰』、奥富敬之『名字の歴史学』が刊行されており、いずれも大いに気になるものの、財布と相談して後日購読を期すこととしました。 ★『女について』は石井立(いしい・たつ:1923-1964)さんの既訳(「女について」、『女について』所収、角川文庫、1952年)を現代表記に改めて、当時の訳者解説とともに収録し、さらに東海林ユキエさんによる挿画と四コマ漫画と「はじめに」、横山茂彦さんによる解説「ショーペンハウェルの『女について』」、そして東海林さんと横山さんによる「おまけ対談 挿画と造本について――東海林ユキエさんと鍋を囲んで語る(訊き手=横山茂彦)」を新規に加えたものです。なお、横山さんの解説には、シラーの詩「女性たちの品位」が引かれています。生涯独身だったショーペンハウアーの毒舌をどう読むか、挑戦的な復刊です。 +++ ★このほか最近では以下の新刊との出会いがありました。 『現代思想2019年5月臨時増刊号 総特集=現代思想43のキーワード』青土社、2019年4月、本体1,500円、A5判並製246頁、ISBN978-4-7917-1380-6 『よくわかる哲学・思想』納富信留/檜垣立哉/柏端達也編、ミネルヴァ書房、2019年4月、本体2,400円、B5判並製232頁、ISBN978-4-623-08410-4 『〈自閉症学〉のすすめ――オーティズム・スタディーズの時代』野尻英一/高瀬堅吉/松本卓也編著、ミネルヴァ書房、2019年4月、本体2,000円、4-6判並製392頁、ISBN978-4-623-08648-1 『文化人類学の思考法』松村圭一郎/中川理/石井美保編、世界思想社、2019年4月、本体1,800円、4-6判並製224頁、ISBN978-4-7907-1733-1 『世界思想 46号 2019春 特集:ジェンダー』世界思想社編集部編、世界思想社、2019年4月、非売品、A5判並製88頁 『統べるもの/叛くもの――統治とキリスト教の異同をめぐって』新教出版社編集部編、新教出版社、2019年3月、本体2,200円、四六判並製216頁、ISBN978-4-400-31086-0 ★優れたアンソロジーが目白押しです。まず『よくわかる哲学・思想』は西洋哲学史と日本におけるその需要、そして哲学の基礎的な諸テーマと現代の諸問題を、キーワードとキーパーソンで見開きごとに読み切る体裁の入門書です。書名のリンク先で公開されている目次を見ていただければわかるかと思いますが、ここ最近ではもっともバランスの取れた簡潔な入門書になっているという印象です。 ★残りの5点はこの入門書に接続しうるぞれぞれに特異なブースターとなります。『現代思想43のキーワード』は一見雑然としたキーワード集に見えますけれども、その実像は、よくぞここまで「今」の諸相を手際よく集めたものだと感心するほかない、非常に意欲的な「ポスト人文学」の地図です。本書を売場構成の手本にするなら相当面白い実践となることでしょう。 ★『よくわかる哲学・思想』と『現代思想43のキーワード』にもジェンダー関連のキーワードが複数出てきますが、『世界思想(46)ジェンダー』では「性と文化」「結婚と家事・育児」「職業と経済」をテーマに実力派の論客14名が寄稿。総論となる「ジェンダーとは何か」は伊藤公雄さんが執筆されています。これが無料のPR冊子だなんて、世界思想社さんは本当に毎年すごいことをやって下さいます。 ★『現代思想43のキーワード』では「Anthropology & History」という枠で6つのキーワードが紹介されていますが、人類学の最前線は「ポスト人文学」のもっとも先鋭的な地平を描くものです。『文化人類学の思考法』は編者による序論「世界を考える道具をつくろう」と3部構成13本の論考からなるアンソロジーで、参考文献と「もっと学びたい人のためのブックガイド」、魅力的なコラムの数々を加えて、人類学の冒険へと読者をいざなってくれます。なお同書の刊行記念トークイベントとなる松村圭一郎×若林恵「いま、あたりまえの外へ」が今週土曜日4月20日18時より、青山ブックセンター本店の大教室で行われます。 ★『〈自閉症学〉のすすめ』は、心理学、精神病理学/精神分析、哲学、文化人類学、社会学、法律、文学、生物学、認知科学、といった諸分野と連関する、こんにちもっとも注目が高まっているオーティズム・スタディーズの横断的射程を紹介する論文集です。國分功一郎×熊谷晋一郎×松本卓也の三氏による鼎談「今なぜ自閉症について考えるのか?──〈自閉症学〉の新たな可能性へ向けて」も必読です(ちなみに松本さんは『現代思想43のキーワード』で千葉雅也さんとも対談されています)。巻末に「自閉症当事者本リスト」あり。人文書でブックフェアをやるならこの本を中心としたフェアが一番やりがいがあるはずです。 ★『統べるもの/叛くもの』は帯文に曰く「統治とキリスト教の関係にジェンダー/セクシュアリティ/クィアやアナーキーといった視点から切り込む」6本の論考と2本の鼎談を「身体・秩序・クィア」「自己・神・蜂起」の2部構成で収録。これらによって『現代思想43のキーワード』や『世界思想(46)ジェンダー』などと響きあうヴィヴィッドな政治的次元が開かれます。 ★これら6点の編者や編集者、対談者が一堂に会したら相当面白い議論になるはずですが、そこまで都合のいいイベントはさすがにないでしょうから、これらがどのように互いに越境して交通するかを読み解くのは、ただ読者の特権というべきでしょう。互いに共鳴しあう集合知が短期間に集中して形を帯びたことに、人文書の新しい出発の予感を覚えます。 +++
by urag
| 2019-04-14 22:50
| 本のコンシェルジュ
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