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2018年 12月 24日

注目新刊:フランチェスコ・コロンナ『ヒュプネロートマキア・ポリフィリ』八坂書房、ほか

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ヒュプネロートマキア・ポリフィリ――全訳・ポリフィルス狂恋夢』フランチェスコ・コロンナ著、大橋喜之訳、八坂書房、2018年12月、本体6,900円、A5判上製858頁、ISBN978-4-89694-255-2
西欧中世宝石誌の世界――アルベルトゥス・マグヌス『鉱物書』を読む』大槻真一郎著、澤元亙編、八坂書房、2018年8月、本体3,500円、A5判上製304頁、ISBN978-4-89694-252-1
ゾシモスのヴィジョン――古代ギリシアの錬金術師による夢見の指南書』C・G・ユング著、老松克博訳、竜王文庫、2018年10月、本体1,800円、A5判並製140頁、ISBN978-4-89741-560-4

★『ヒュプネロートマキア・ポリフィリ』は1499年に刊行された幻想的な夢物語の初完訳。著者はドメニコ会士のフランチェスコ・コロンナとされていますが、詳細はよく分かっていません。今回の完訳書では、木版画172点をすべて掲載するほか、参考図版として1546年の仏訳初版本で増補された図版も抜粋して収録しています。さらに付録として、ピッコローミニ『フォルトゥナの夢』(1444年)、バンデッロ『巷談話集』(Ⅱ~Ⅳ)、ヴェルヴィル「『ポリフィロの夢』秘文字集成」(1600年仏語版扉絵解説)、ベラダン『ラブレーの鑰』第2章「ヒュプネロートマキア・ポリフィリ」が訳出されています。伝説的な奇書の翻訳を手掛けたのは昨春、魔術書の古典『ピカトリクス――中世星辰魔術集成』の訳書を八坂書房より上梓された大橋喜之さん。大橋さんのブログ「ヘルモゲネスを探して」では錬金術書の数々が試訳されています。

★なお、19世紀フランスの小説家シャルル・ノディエが『ヒュプネロートマキア・ポリフィリ』をめぐる愛書家の物語を書いたのが、「フランシスクス・コロンナ」(1843年)です。仏語からの日本語訳は、篠田知和基訳『炉辺夜話集』(牧神社、1978年)に収められており、さらには、仏語を英訳した私家版からの日本語への重訳として『フランチェスコ・コロンナ「ポリフィーロの夢」』(谷口伊兵衛訳、而立書房、2015年)が刊行されています。この而立書房版には『ヒュプネロートマキア・ポリフィリ』のあらすじが掲載されています。訳者あとがきには当時の情報として、『ヒュプネロートマキア・ポリフィリ』がありな書房より日向太郎訳で全訳予定だとの言及があります。さらに言うと現在もウィキペディアの「高山宏」さんの項目では『完訳 ポリフィロス狂恋夢』(東洋書林、2018年以降予定)と記載されています。本作がなぜこれほどまでに愛され、出版を目指されるのか。書物史において内容的にも造本的にも記念碑的なものだったと知るためには、ウィキペディアの「ヒュプネロトマキア・ポリフィリ」の項をご覧になるのが手っ取り早いと思います。

★八坂書房さんでは今夏、アルベルトゥス・マグヌス『鉱物書』と彼に帰せられる偽書『秘密の書』の、故・大槻真一郎さんによる訳解書を出版されています。本書は、コスモス・ライブラリー版「ヒーリング錬金術」シリーズの既刊書4点中の3点、すなわち、オルフェウス『リティカ』やマルボドゥス『石について』などの鉱物論を扱った『中世宝石讃歌と錬金術――神秘的医薬の展開』(2017年8月)、ビンゲンのヒルデガルトを読み解く『ヒルデガルトの宝石論――神秘の宝石療法』(2017年11月)、偽アリストテレス『鉱物書』を読む『アラビアの鉱物書――鉱物の神秘的薬効』(2018年3月)に続く、大槻さんの連作の最後のものです。科学文化史の一隅を照射する先達の地道な研鑽に深い敬意を覚えます。ちなみに朝倉書店の「科学史ライブラリー」では、アルベルトゥス・マグヌス『鉱物論』(沓掛俊夫訳、2004年)の全訳が刊行されています。

★『ゾシモスのヴィジョン』は、『Von den Wurzeln des Bewusstseins : Studien über den Archetypus』(Rascher, 1954)所収の論考「Die Visionen des Zosimos」の全訳。訳者による序「ユングとゾシモス」にはこう書かれています。「本書は、分析心理学と呼ばれる壮大な深層心理学の体系を打ち立てたカール・グスタフ・ユング(1875~1961年)が、古代ギリシアの著名な錬金術師パノポリスのゾシモス(3世紀)の見た夢ないしはヴィジョンを素材として、時や場所に縛られることなく万人の心のなかで働き続けている癒しや救いのメカニズムを描き出したものである。慣れない読者は、いきなり「錬金術」と聞いても戸惑われると思うが、あとであらためて説明するように、錬金術師たちは内なる癒しや救いのプロセスを観察してその本質に迫る専門家だった」(3頁)。目次は以下の通りです。

ユングとゾシモス――訳者による序(老松克博)
ゾシモスのヴィジョン
 第1部 テクスト
 第2部 注解
  第1章 ゾシモスの解釈についての全般的見解
  第2章 犠牲の行為
  第3章 人格化
  第4章 石の象徴学
  第5章 水の象徴学
  第6章 このヴィジョンの起源
  原註・訳註
ゾシモスの夢見の術を盗み取る――「夢うつつ法」が開く世界(老松克博)
訳者あとがき

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★続いてここ最近では次の新刊や近刊との出会いがありました。

TANKURI――創造性を撃つ』中村恭子+郡司ペギオ幸夫著、水声社、2018年12月、本体4,000円、B5判上製フルカラー198頁、ISBN978-4-8010-0389-7
吉本隆明全集18[1980-1982]』吉本隆明著、晶文社、2019年1月、本体6,800円、A5判変型上製672頁、ISBN978-4-7949-7118-0
(あまり)病気をしない暮らし』仲野徹著、晶文社、2018年12月、本体1,600円、四六判並製304頁、ISBN978-4-7949-7065-7
江戸の古本屋――近世書肆のしごと』橋口侯之介著、平凡社、2018年12月、本体3,800円、4-6判上製336頁、ISBN978-4-582-46822-9

★『TANKURI』はまもなく発売。今年刊行された思想書の中でもっとも美しい一冊だと断言しても良いと思います。郡司さんは巻頭の「本書について」でこう書いています。「本書は、日本画家である中村恭子の作品を題材にしながら、創造とは何か、藝術とは何かについて郡司と中村が論じた、或る種の理論書である。多くの場合、中村の製作段階から郡司と中村は議論しており、中村の制作順序を示す本書の章立ては、そのまま理論の進化・深化を進めるものになっている」(7頁)。目次詳細は書名のリンク先でご確認いただけます。周知の通り、郡司さんの『いきものとなまものの哲学』(青土社、2014年)のカバー装画は中村さんによるものでした。今回の合作は「画集であり理論書でもある」(186頁)ユニークな書。「藝術は、これからの科学や工学の基礎さえ与えるものなのである」(同頁)という郡司さんの言葉が印象的です。なお郡司さんは2019年1月12日発売予定ので著書『天然知能』を講談社選書メチエより上梓されるご予定です。

★『吉本隆明全集18[1980-1982]』は来月上旬発売予定の第19回配本。全6部構成で、Ⅰ部が『空虚としての主題』(1982年)、Ⅱ部が『源氏物語論』(1982年)、Ⅲ部は1981年発表の詩15篇、Ⅳ部は「アジア的ということ」(1980~83年)、Ⅴ部は1981年の主要な評論・講演・エッセイ、Ⅵ部はアンケートや推薦文、あとがきなどを収録しています。付属する月報19は、山本かずこ「「吉本隆明」に憧れる」、安藤礼二「「母型」を求め続けた人」、ハルノ宵子「花見と海と忘年会」を収録。ハルノさんのエッセイでは晶文社の現社長との出会いの縁が明かされています。次回配本は4月刊予定、第19巻とのことです。

★『(あまり)病気をしない暮らし』は発売済。積水ハウス総合住宅研究所が運営する体験型施設「住ムフムラボ」の公式サイトで連載されたコラムに、大幅加筆改稿したもの。章立ては書名のリンク先でご確認いただけます。昨秋に上梓された『こわいもの知らずの病理学講義』の「二匹目のドジョウを狙っております」と冗談めかしておられますけれども、今回も軽妙な筆致で病気、食事、ダイエット、遺伝、飲酒、がん予防、風邪、等々を解説し、読者の蒙を啓いて下さいます。今の季節はちょうどインフルエンザや風邪が流行っていますが、本書にはこんな一節があります。「副作用もなく、風邪が一日早く治るという夢のような方法〔…〕それは、お医者さんに誠意をもって共感してもらう、ということ」(262頁)。何ですって、と驚いてしまうのですが、色んな研究成果をさらっと教えて下さるのが本書の良いところです。

★『江戸の古本屋』は発売済。「日本古書通信」の連載「江戸の古本屋」(2007年12月号~2012年6月号を改稿したもの。「本書の目的は、江戸時代の本屋の実態を明らかにし、書籍の幅広い流通形態を見ることにある。そこに古本の占める業務の割合が大きいことを示そうと思う。また、そのためにどのような仕組みがあったかを明らかにする。書籍業界の特殊性が浮き彫りにされるからだ。その最も基本的な姿が、本屋は出版、新刊販売、問屋業務だけでなく、古本も扱う奥行きの深さにある」(25頁)。「終章でも述べるとおり、江戸的な本屋は明治二十年頃を境に事実上滅んでしまう。とくに出版部門ではがらりと担い手が変わった。そこに見られたのは、江戸時代の本屋があまりにも自己発展してしまい、近代の出版界におけるいわゆるグローバリズムに乗り損ねる姿だった。〔…〕明治二十年にあったのは、それまで書物にかかわってきた人間のメンタリティが崩れてしまったことに原因があったと私は考えている。それと同じ事がこれから起きないように、歴史を顧みることがきわめて大切だと本書に思いをこめた次第である」(8~9頁)。著者の橋口侯之介(はしぐち・こうのすけ:1947-)さんは神保町の誠心堂書店店主。本書の目次詳細を以下に転記しておきます。

まえがき
序章 江戸時代の本屋というもの
第1章 本屋の日記から――風月庄左衛門の『日暦』
 1 同業者集団の意義
 2 古本の業務
 3 風月庄左衛門の出版
 4 江戸の本屋・松沢老泉の日記
第2章 本屋仲間と古本
 1 同業者仲間の意義
 2 本屋仲間の成立へ
 3 仲間における古本部門
 4 江戸時代古書市の利用規程
 5 もう一つの古本流通――売子・セドリ・貸本屋
第3章 江戸時代の書籍流通
 1 本屋の特殊な業務
 2 本屋間の独特の精算法――本替・入銀
 3 私家版と本屋
 4 唐本の流通
 5 草紙屋
 6 地方の本屋――博多と名古屋の事例
第4章 経師の役割――書物の担い手として
終章 書物の明治二十年問題
 1 明治初期の古本屋
 2 出版業界の激動――明治二十年問題とは

★「江戸時代の本屋が出版から、卸、販売、古本売買、貸本など本に関する幅広い業務をこなしていたことは、作るところから売り買いまで本屋と顧客の間が直結していて、それぞれが本に対する意識を共有していた。大量生産は出版社と読者の間に取次、書店が入り込むことで、この直接的な意識共有を分断してしまった。出版を担うものは「売れ行き」という数字でしか読者を知らない。このような精神面での変化も見逃してはならないだろう。本をつくる、売る、読む、伝えるという全体像がばらばらになって専門化した結果、それぞれの個々は全体を再構成できなくなってしまったのではないか?「本とは何か」という本質が見えなくなってしまった。来るべき出版像は再び大変動を余儀なくされるだろう。その時、もう一度、「本とは何か」を追究すべきである」(327頁)。

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by urag | 2018-12-24 12:43 | 本のコンシェルジュ | Trackback | Comments(0)
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