2018年 12月 02日
『HAPAX 10 ニーチェ』夜光社、2018年11月、本体1,500円、四六判変形218頁、ISBN978-4-906944-16-3 『現代思想2018年12月号 特集=図書館の未来』青土社、2018年11月、本体1,400円、A5判並製230頁、ISBN978-4-7917-1374-5 ★『HAPAX』の記念すべき第10号はニーチェ特集で、今までで最大のヴォリュームです。特集への寄稿者は、鈴木創士、榎並重行(インタヴュー)、江川隆男、馬研究会、無回転R求道者達、混世博戯党、world's forgotten boy、ダニエル・コルソン、山本さつき、白石嘉治、の各面々。マルクスでもフロイトでもなくニーチェというのが絶妙です。特集の最初の頁には「ニーチェこそはアナーキーの極限であり、それ自身、たえざる蜂起であるからだ」と趣旨が述べられています。また、表紙ではHAPAXの二つ目のAとNietzscheのzのみが赤く塗られていて、ニーチェをめぐる思考の運動が示すふり幅の広さ(Aからzまで)を表しているかのようです。もっとも多くページが割かれているのは『ニーチェって何?――こんなことをいった人だ 』(新書y、2000年)や『ニーチェのように考えること――雷鳴の轟きの下で』(河出書房新社、2012年)の著者、榎並重行(えなみ・しげゆき:1949-)さんへの今年5月ないし6月に行われたHAPAX誌によるロング・インタヴュー「耳障りな声で――ある快楽懐疑者からの挨拶」。なお巻頭には「二人のギリシャのアナキスト」の談話とフランスの「革命的官能委員会」の論考を翻訳。ヨーロッパのアクティヴィズムの息遣いに触れることができます。 ★なお、夜光社さんが6月に創刊した「民衆詩叢書」の第1弾、崔真碩『サラム ひと』の朗読ライブが以下の通り開催されるとのことです。 ◎アサイラム ひと――詩集『サラム ひと』朗読ライブ 朗読と音楽:チェ・アンド・ザ・ヤコーシャ・ゴースト・ブルース・バンド/崔真碩(野戦之月)/行友太郎(中国文芸研究会)/相澤虎之助(空族) 日時:2018年12月15日(土曜日)午後5時開演 場所:イレギュラー・リズム・アサイラム(新宿区新宿1-30-12-302) 料金:投げ銭 ★『現代思想』2018年12月号の特集は「図書館の未来」。同誌が「図書館」を特集名に冠するのはおそらく初めてのことではないでしょうか。「大学」について盛んに言及してきた同誌にとってみれば遅かれ早かれ着手しなければならなかった主題ではあるはずでしたから、注目すべき特集号です。目次詳細は誌名のリンク先をご覧ください。個人的に特に興味深かったのは、新出「“公共”図書館の行方」、呑海沙織「多様性を許容する図書館――認知症にやさしい図書館について考える」、福島幸宏「これからの図書館員像――情報の専門家/地域の専門家として」など。福島さんは論考の末尾でこう述べておられます。「この特集全体が全力で主張しているように、「図書館の未来」は今の路線の先にはないことだけははっきりしている。「〈図書館員〉の未来」もまた同様であり、10年先の状況はだれにも不明である」。結論ありきではない各現場の苦闘と呻吟と希望を垣間見ることのできる良い特集号だと感じました。 ★続いてここ最近に出会った新刊を列記します。 『静寂と沈黙の歴史――ルネサンスから現代まで』アラン・コルバン著、小倉孝誠/中川真知子訳、藤原書店、2018年11月、本体2,600円、四六変判上製224頁、ISBN978-4-86578-199-1 『都市のエクスタシー』山田登世子著、藤原書店、2018年11月、本体2,800円、四六判上製328頁、ISBN978-4-86578-200-4 『メディア都市パリ』山田登世子著、藤原書店、2018年11月、本体2,500円、四六判上製320頁、ISBN978-4-86578-201-1 『芸の心――能狂言 終わりなき道』野村四郎/山本東次郎著、笠井賢一編、藤原書店、2018年11月、本体2,800円、四六判上製240頁、ISBN978-4-86578-198-4 『新装版 古代エジプト語基本単語集――初めてのヒエログリフ』西村洋子編著、平凡社、2018年11月、本体2,800円、A5判並製260頁、ISBN978-4-582-12727-0 ★藤原書店さんの11月新刊は4点。コルバン『静寂と沈黙の歴史』は『Histoire du silence : De la Renaissance à nos jours』(Albin Michel, 2016)の全訳。「本書において、かつての静寂をよびおこし、静寂の探求、その手触り、規律、戦略、豊かさのありさまを描き出し、沈黙の言葉の力について述べることは、静黙することを、すなわち己であることを学び直すのに役立つかもしれない」(13頁)とコルバンは述べています。目次詳細は書名のリンク先でご確認いただけます。訳者によれば本書は同氏が訳した『音の風景』(藤原書店、1997年)と対をなす姉妹篇と言えるだろうとのことです。本書の締めくくりとして、19世紀フランスの詩人ルコント・ド・リールの詩篇「世を破壊せん」が引かれているのが印象的です。 ★山田登世子さんの2点『都市のエクスタシー』『メディア都市パリ』は、前者が8月刊『モードの誘惑』に続く単行本未収録論考集の第2弾。「異郷プロムナード」「メディア都市」「わたしの部屋」「世相を読む 2010-2016」「人物論」の5部構成。「日経新聞」夕刊に2000年の夏から冬にかけて連載された「プロムナード」や、「中日新聞」に2010年から2016年にかけて連載された「中日新聞を読んで」がまとまっているほか、様々な媒体で発表された論考やエッセイを読むことができます。人物論では、内田義彦、阿久悠、今村仁司、中沢新一、今福龍太の各氏が論じられています。内田さんをめぐっては6篇。 ★後者『メディア都市パリ』は、1991年に青土社から単行本が刊行され、1995年にちくま学芸文庫の一冊として再刊されたものの、再度の単行本化。巻末の編集部付記には「文庫版の「後書き」と「解説」は収録していない」と特記されています。この文庫版解説というのは蓮實重彦さんによるもの。今回の藤原書店版の解説「『メディア都市パリ』――きまじめな解説」を書かれているのは、山田さんとも蓮實さんとも交友のある工藤庸子さん。工藤さんならでは視点からなされた、山田さんの「同時代的な〈批評〉の営み」に参画しようという秘かな野心」が本書に隠されている、との指摘は重要ではないでしょうか。工藤さんは羽鳥書店の「ハトリショテンだより」におけるウェブ連載「人文学の遠めがね」第14回「女のエクリチュール」(2018年11月2日)でも『メディア都市パリ』巻末の「ほんとうの後書き」(今回の藤原書店版にも収録)に言及されています。 ★藤原書店さんの4点目『芸の心』は、観世流シテ方の野村四郎(のむら・しろう:1936-)さんと大蔵流狂言方の山本東次郎(やまもと・とうじろう:1937-)さんの対談本。編集部による「はじめに」に曰く「本書は、名実ともに現在の能界と狂言界を代表する訳者である〔…〕お二人が、三夜にわたって語り合った対話の記録である」と。2017年3月から同年4月にかけて収録。巻末には笠井賢一さんによる「補論 能・狂言の歴史」と「舞台作品解説」が付されているほか、家系図も掲載されています。山本さんは第三夜で「嫌いだった狂言が60歳近くになって大好きになり、いろんなことが見えてくるようになりました」(164頁)と発言されています。人生観というものが端的に表れた、味わい深い対談です。 ★平凡社さんの新刊『新装版 古代エジプト語基本単語集』は1998年の初版、2004年の2刷を経ての新装版です。帯文に曰く「日本語で引ける初めての辞書」、「主要な文学作品や碑文に頻出する基本的な単語1324を収録」と。和文索引もあります。なお編著者の西村さんが運営するウェブサイト「古代エジプト史料館」は、Yahoo!ジオシティーズが2019年3月末でサービス提供終了のため閉鎖予定だとのことです。 +++ ★続いてここ二か月ほどで注目してきた新刊をいくつか列記します。 『制度とは何か──社会科学のための制度論』フランチェスコ・グァラ著、瀧澤弘和監訳、水野孝之訳、慶應義塾大学出版会、2018年11月、本体3,200円、四六判上製352頁、ISBN978-4-7664-2565-9 『記憶の社会的枠組み』モーリス・アルヴァックス著、鈴木智之訳、ソシオロジー選書:青弓社、2018年11月、本体4,800円、A5判上製416頁、ISBN978-4-7872-3443-8 『壁の向こうの住人たち――アメリカの右派を覆う怒りと嘆き』A・R・ホックシールド著、布施由紀子訳、岩波書店、2018年10月、本体2,900円、四六並製464頁、ISBN978-4-00-061300-2 『神学提要』トマス・アクィナス著、山口隆介訳、知泉学術叢書:知泉書館、2018年10/11月、本体6,000円、新書判上製522頁、ISBN978-4-86285-283-0 ★『制度とは何か』は『Understanding Institutions: The Science and Philosophy of Living Together』(Princeton University Press, 2016)の全訳。イタリアの哲学者で実験経済学者のフランチェスコ・グァラ(Francesco Guala, 1970-)の、『科学哲学から見た実験経済学』(川越敏司訳、日本経済評論社、2013年;原書『The Methodology of Experimental Economics』Cambridge University Press, 2005)に続く、日本語訳第2弾です。目次と正誤表が書名のリンク先で公開されています。版元ウェブサイトでは未公開ですが、同所の冒頭には6頁にわたる「要旨付き目次」があり、全体を把握するのに便利です。著者はイントロダクションでこう述べます。「本書において、私は社会的存在論の分野における主要な伝統を統一する理論を提案し、この統一が意味するところを探究する。議論の途上において、私はもっぱら『人間の』社会性に焦点をあてる」(4頁)。「本書の大部分は、人間の制度とは何か、それらがどのように機能するか、なぜそれらは異なるのか、それらが私たちにとってどのような役に立つのかを理解することに焦点を当てている」(5頁)。哲学と社会科学の隔たりを埋める野心的な試みです。なお本書で言及されているジョン・R・サールの『社会的世界の制作――人間文明の構造』(三谷武司訳、勁草書房、2018年10月)は最近訳書が出たばかりで、先日当ブログでもご紹介しました。 ★『記憶の社会的枠組み』は『Les cadres sociaux de la mémoire』(Librairie Félix Alcan, 1925)の全訳。底本はAlbin Michelより刊行された1994年版です。94版に加えられているジェラール・ナメールによる70頁に及ぶ「後記」は訳出されていませんが、訳者あとがきでその内容の一部が紹介されています。アルヴァックス(アルブヴァクスとも:Maurice Halbwachs, 1877-1945)はフランスの社会学者。「文学、心理学、哲学の領域で構成されてきた「記憶」への問いを、社会学のなかにはじめて明確な形で呼び込んだ」と訳者は紹介しています。また、訳者は本書について次のように説明しています。「記憶は個人心理のうちに閉じた現実ではなく、人々は他者との関係のなかで、社会集団の一員として過去を想起するのであり、記憶と想起の可能性は現在の社会生活の文脈に強く依存している。集団の生活のなかで想起される過去は、個人的事実としての記憶を構成するだけでなく、集団のメンバーによって「集合的記憶」として組織され、共同化されていく。「記憶の社会学」の起点となるこのテーゼを最初に打ち出した著作が『記憶の社会的枠組み』だった」(391頁)。本書にはベルクソンとの対決の痕跡が見られるとのことです。なおアルヴァックスの著書はこれまでに2点訳書が刊行されています。清水義弘訳『社会階級の心理学』(誠信書房、1958年)と、小関藤一郎訳『集合的記憶』(行路社、1989年)で、いずれも死後刊行の著作です。約30年ぶりとなる今回の訳書は生前に刊行されたもの。 ★『壁の向こうの住人たち』は『Strangers in Their Own Land: Anger and Mourning on the American Right』(The New Press, 2016)の訳書。目次詳細と立ち読みPDFは書名のリンク先で公開されています。「アメリカ保守派の心へ向かう旅」(ix頁)である本書において、著者は保守派を支持する一般の人々を取材し、彼らの人生経験を取材します。「わたしたちは、川の“向こう側”の人に共感すれば明快な分析ができなくなると思い込んでいるが、それは誤りだ。ほんとうは、橋の向こう側に立ってこそ、真に重要な分析に取り掛かれるのだ」(xi頁)。「英語圏の文化のハーモニーに欠けている音を取り戻すべきだと思っている。米国が〔左派と右派に〕二極化し、わたしたちが単におたがいを知らないという実態だけが進んでいけば、嫌悪や軽蔑といった感情がやすやすと受け入れられるようになってしまうだろう」(同頁)。日本にとっても他人事ではない分析ではないでしょうか。帯文には朝日新聞ニューヨーク特派員の金成隆一さんのこんな推薦文が掲げられています。「読んでいて私は南部で取材した支持者の顔を次々と思い出した。トランプ誕生の土壌をこれほど深くえぐった作品を私は知らない」。ホックシールド(Arlie Russell Hochschild, 1940-)はアメリカの社会学者。感情社会学の先駆者で、著書に『セカンド・シフト 第二の勤務――アメリカ 共働き革命のいま』田中和子訳、朝日新聞社、1990年)、『管理される心――感情が商品になるとき』(石川准/室伏亜希訳、世界思想社、2000年)、『タイム・バインド――働く母親のワークライフバランス:仕事・家庭・子どもをめぐる真実』(坂口緑/中野聡子/両角道代訳、明石書店、2012年)などがあります。 ★『神学提要』は『Compendium Theologiae ad fratrem Reginaldum socium suum carissimum』の訳書。底本は『Opuscula Theologica vol.I』(Marietti, 1954)所収の当該テキストです。「本書は、神が人間に特別な配慮をしていること、そして、天国での至福が本質的かつ絶大なものであること、聖書からの引用を重ねつつ縷々書き連ねる。そして、天国への希望がかなえられうることは、「明らかな実例によって示される」と言う。そして、その文を最後に執筆が途絶しているため、この実例が何であると本書が言おうとしていたのか、誰にも分らない。しかし、この文言によりトマスが、人間の希望がかなえられることに「明らかな実例」があると信じていたことが分かる」(478頁)と訳者は「解説」で説明しています。目次詳細は書名のリンク先をご覧ください。なお、同訳書は10月に第1刷が刊行され、11月に第2刷が発行されています。第1刷は先に引用した訳者解説が収録されていないので要注意です。なお、第1刷は書店ないし版元が第2刷に交換してくれる旨、版元から告知が出ています(私の場合は交換せず、両方購入しました)。『神学提要』はシリーズ「知泉学術叢書」の第5弾で、第4弾はJ-P・トレル『トマス・アクィナス 人と著作』(保井亮人訳、知泉学術叢書:知泉書館、2018年10月、本体6,500円、新書判上製760頁、ISBN978-4-86285-280-9;原著『 Initiation à Saint Thomas d'Aquin : Sa personne et son oeuvre』Cerf, 1993;第3版、2008年)でした。続刊予定として、同じくトレルの『トマス・アクィナス 霊性の大家』(原著1996年)や、マルティン・ルター『後期スコラ神学批判文書集』(金子晴勇訳)が予告されています。 +++
by urag
| 2018-12-02 22:06
| 本のコンシェルジュ
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