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2018年 09月 30日

注目新刊:『マルセル・デュシャン アフタヌーン・インタヴューズ』、ほか

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マルセル・デュシャン アフタヌーン・インタヴューズ――アート、アーティスト、そして人生について』マルセル・デュシャン/カルヴィン・トムキンズ著、中野勉訳、河出書房新社、2018年9月、本体2,100円、46変形判上製184頁、ISBN978-4-309-25606-1
海の歴史』ジャック・アタリ著、林昌宏訳、プレジデント社、2018年9月、本体2,300円、四六判上製400頁、ISBN978-4-8334-2297-0
自殺論』デュルケーム著、宮島喬訳、中公文庫、2018年9月、本体1,500円、文庫判712頁、ISBN978-4-12-206642-7
機械カニバリズム――人間なきあとの人類学へ』久保明教著、講談社選書メチエ、2018年9月、本体1,650円、四六判並製224頁、ISBN978-4-06-513025-4
ルイ・アルチュセール――行方不明者の哲学』市田良彦著、岩波新書、2018年9月、本体860円、新書判272頁、ISBN978-4-00-431738-8
情報生産者になる』上野千鶴子著、ちくま新書、2018年9月、本体920円、新書判384頁、ISBN978-4-480-07167-5

★『マルセル・デュシャン アフタヌーン・インタヴューズ』は、『Marcel Duchamp: The Afternoon Interviews』(Badlands Unlimited, 2013)の全訳。訳者あとがきによれば、1964年3月頃に収録されたと思しい「録音テープにして七時間ほどにも及ぶというこの対話は、以前からトムキンズのデュシャン伝(原書初版1996年〔『マルセル・デュシャン』木下哲夫訳、みすず書房、2003年〕)で随所に引用されていたとはいえ、その全容が明らかになるのは今回が初めて」だとのことです。デュシャンの語り口は砕けていて親しみやすく、今なお示唆的です。印象的な部分を抜き出します。

トムキンズ「「アートなんて簡単だ」という考え方が拡まってきていると思われますか?」
デュシャン「やるのがもっと簡単になったっていうんじゃあないんです。ただ、発表の場がむかしより増えている。アートをカネと交換するっていうのはあの当時はごく少数のアーティストにとってしか存在してなかった。1915年には、アーティストとして生きるというのは、カネ儲けを目指す提案としては存在していなかった――およそそんなじゃあなかった。現代では惨めな暮らしをしている人がむかしより多いけれども、それは絵画で生計を立てようとして、できないからです。競合がすごいんだ。」
トムキンズ「ですが、新しいアート活動がこれだけ起きているというのは、或る意味で健康なしるしなのでは?」
デュシャン「そういう面はある、社会という観点から考えるんならね。ただ、美学の観点からすればたいへん有害だと思います。わたしの意見では、こんなに生産が活発になっては、凡庸な結果しかでてこない。あんまり繊細な作品を仕上げる時間的余裕がない。生産のペースが猛烈に早くなってしまったんで、また別の種類の競争になるわけだ」(47~48頁)。

デュシャン「人がアートのことを、すごく宗教めいたレベルで喋々したりするときは、自分に対して心の中で、崇め奉るのに値するようなところなんざアートにはろくろくありゃあしないんだ、と説明しようとします。麻薬ですよ。〔…〕」(104頁)。

トムキンズ「〔…〕アートは魔術だと考えたいという立場でいらっしゃいますか?」
デュシャン「続ければ続けるほど、これぽっちも可能性がないという気がしてきます。〔…〕見物人とアーティストのあいだのちょっとしたゲーム。〔…〕だからその魔術の部分――そこのところは、わたしはもう信じていない。言うなれば、アートの不可知論者なんでしょうな、わたしは。お飾りもみんな、神秘主義のお飾りも、崇拝のお飾りもひっくるめて信じない。麻薬としては、たくさんの人たちにとってたいへん役に立つんです。鎮痛剤ですよ」(104~106頁)。

トムキンズ「アートでいっぱいの人生を過ごしてこられました、でもあまりアートを信じてはいらっしゃらないみたいですね。」
デュシャン「わたしはアートってものを信じない。アーティストってものを信じてます」(174頁)。

★本年2018年はデュシャンの没後50年であり、まもなく10月2日より12月9日まで、東京国立博物館で特別展「マルセル・デュシャンと日本美術」が催されます。本書の帯にはこの展覧会の100円割引券が付いています。

★『海の歴史』は『Histoires de la mer』(Fayard, 2017)の全訳。目次詳細は書名のリンク先をご覧ください。本書の書き出しはこうです、「海には、富と未来のすべてが凝縮されている。海を破壊し始めた人類は、海によって滅びるだろう」(15頁)。「海と直接関係のない発展モデルも含め、人類が自分たちのモデルを根本的に変化させない限り、海は救われないだろう。/私は本書で「包括的な歴史」を記そうと試みる。それは時空を超える壮大な世界観の歴史書である。私はすでに海以外のテーマでそうした書物を著してきた(音楽、医学、教育、時間、所有、ノマディスム、ユートピア、イデオロギー、ユダヤ、近代性、愛、予測などについてである)」(21頁)。本書のまず最初の6章で、130億年前から西暦2017年までの海の歴史が概観されます。こうした壮大な視点はアタリならではのものです。続く各章で、漁業や海洋経済、海洋地政学、環境問題、自由の象徴としての海、などが論じられ、最終章となる第12章「海を救え」では、アタリの近年の訳書と同じように、個人から社会、そして国際レベルまでの具体的な対応策と政策が提示されます。また、人類を含む生物種の大量絶滅シナリオを予測した第11章「未来:海は死ぬのか?」では、現代人が広く共有すべき海洋環境問題の諸側面を簡潔に整理されています。海に囲まれた島国に住む日本人にとっても本書は重要でしょう。



★『自殺論』は中公文庫プレミアム「知の回廊」シリーズの最新刊。1985年に刊行された文庫版の改版です。巻末に新たに付された訳者による「新装版の刊行にあたって」によれば、「若干の訳の修正と、表記の変更」が施されているとのことです。また、旧版の巻末にあった原注や訳注は各章末に移設されています。帯文には内田樹さんの推薦文が記されています。曰く「社会学的知性とはどのようなものか。それを知るにはデュルケームとヴェーバーを読めばとりあえず十分だと思う。/知性が大胆であると同時に謙抑的であることのみごとな実例に出会うことができる」。シリーズの続刊予定は告知されていませんが、ホイジンガ『ホモ・ルーデンス』、デカルト『方法序説・情念論』、マルサス『人口論』、ブルトン『超現実主義宣言』、ゲーテ『ファウスト』、キルケゴール『不安の概念』、ケレーニイ『ギリシアの神話』、ミシュレ『愛』、そして『ハディース』『ポポル・ヴフ』といったあたりが思い浮かびます。ニーチェ『悲劇の誕生』や、ホイジンガの『中世の秋』は中公クラシックスでも刊行しているので、文庫での再刊は難しいでしょうか。

★『機械カニバリズム』は『ロボットの人類学――二〇世紀日本の機械と人間』(世界思想社、2015年)に続く、久保明教(くぼ・あきのり:1978-:一橋大学大学院社会学研究科准教授)さんの単独著第二弾。「人類学者エドゥアルド・ヴィヴェイロス・デ・カストロは、南米における「カニバリズム(食人)」を「他者の視点から自らを捉え、自己を他者としてつくりあげるための営為」として描きだした。本書では、彼の議論を踏まえて、機械という他者の視点から自己を捉え自己を変化させていく営為を、「機械のカニバリズム」と呼び、その問題点と可能性を探っていく」(5頁)と「はじめに」に記されています。この「はじめに」や本書の目次詳細、第1章「現在のなかの未来」の冒頭部分は、書名のリンク先で立ち読みすることができます。「AIブーム、将棋ソフト開発、現代将棋の変容、SNS、生政治学、計算主義批判、モニタリング社会、さまざまなトピックが濁流のように連なっていく本書の記述は、私たちが自らを同一視している「人間」という形象から離脱する可能性とその困難を探る「人間なきあとの人類学」の構想へと向かう。〔…〕いったい私たちはいかなる存在であり、いかなる存在でありうるだろうか」(同頁)。目下大型書店チェーンの主要店を中心に人文書売場で新設されつつある「ポスト・ヒューマン」棚において欠かせない一冊です。

★『ルイ・アルチュセール』は『アルチュセール ある連結の哲学』(平凡社、2010年)以来となる市田さん入魂のアルチュセール論。「行方不明者の生涯」「偶然性唯物論とスピノザ――問題の「凝固」」「『資本論を読む』またはスピノザを読む」「構造から〈私〉と国家へ」「スピノザから遠く離れて」の五章立て。目次詳細は書名のリンク先でご確認いただけます。帯文には浅田彰さんの推薦文が載っています。曰く、「「哲学とは理論における階級闘争だ」とアルチュセールは喝破した。退屈な秀才どもの口先だけの哲学ごっこを忘れ、闘争を続行するために、まずはこのアルチュセール論を読まねばならない」。巻末の謝辞の筆頭にはアレクサンドル・マトゥロンの名前が挙がっています。マトゥロンの未訳のスピノザ論2点が「本書のアイデアの根幹」を支えているとのことです。ちなみに市田さんがアレクサンドルの息子であるフランソワ・マトゥロンの近著『もはや書けなかった男』(航思社、2018年4月)の原著および訳書の刊行に多大な貢献を果たしておられることは周知の通りです。

★『情報生産者になる』は帯文に曰く「知的生産の教科書」。「数々の人材を輩出した東大上野ゼミ、だれでもわかるメソッド公開」とあります。巻頭の「はじめに」にはこう書かれています。「わたしの大学での授業の目的は、いつも「情報生産者になる」ことでした」(10頁)。「情報の消費者には「通」から「野暮」までの幅があって、情報通で情報のクォリティにうるさい人を、情報ディレッタントと呼びます」(同頁)。「私は学生にはつねに、情報の消費者になるより、生産者になることを要求してきました。とりわけ、情報ディレッタントになるより、どんなにつたないものでもよい、他の誰のものでもないオリジナルな情報生産者になることを求めました」(11頁)。「何よりも情報生産者になることは、情報消費者になることよりも、何倍も楽しいし、やりがいも手応えもあります。いちど味わったらやみつきになる……それが研究という極道です」(同頁)。誤解を恐れずに比較して言えば、本書は過日発売された川崎昌平さんの『労働者のための漫画の描き方教室』(春秋社)のいわば研究者版と言えると思います。つまり「自分も書いてみよう」という挑戦への勇気をもらえる本なのです。ちなみに本書の終わり付近では、出版社に対する企画提案書類の「四点セット」が説明されています。これは本当に必要なものです。その割には実際には揃っていないことが多いだけに、多くの研究者さんに周知していただいた方がいいと感じました。

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★また、最近では以下の新刊との出会いがありました。

アゲハチョウの世界――その進化と多様性』吉川寛/海野和男著、平凡社、2018年9月、本体3,400円、B5変型判並製152頁、ISBN978-4-582-54256-1
スクリーンの裾をめくってみれば――誰も知らない日本映画の裏面史』木全公彦著、作品社、2018年9月、本体2,000円、四六判並製264頁、ISBN978-4-86182-716-7
現代思想2018年10月号 特集=大学の不条理――力の構造』青土社、2018年9月、本体1,400円、A5判並製238頁、ISBN978-4-7917-1371-4
現代思想2018年10月臨時増刊号 総特集=仏教を考える』青土社、2018年9月、本体2,600円、A5判並製422頁、ISBN978-4-7917-1372-1

★『アゲハチョウの世界』は、約150種のアゲハチョウを美麗なフルカラー写真とともに紹介。ウスバアゲハ亜科(ウスバアゲハ族、ホソオチョウ族)やアゲハチョウ亜科(ジャコウアゲハ族、アゲハチョウ俗、アオスジアゲハ族)などが、標本ではなく、自然の中で飛んでいたり羽を休めていたりする写真が収められており、図鑑とはまた違う趣きがあります。「世界のアゲハチョウと日本のアゲハチョウ」「生き残るための知恵」「種分化の仕組みを探る」の三章立て。序文に曰く「本書は世界の研究者のDNA研究と海野の美しい生態写真が縦糸と横糸になって紡ぎ出す、アゲハチョウが語るさまざまな物語です」。ごく一部ですが、幼虫や卵が登場するので、苦手な方はお気をつけください。

★『スクリーンの裾をめくってみれば』は、あとがきによればマーメイド・フィルム主宰のウェブサイト「映画の國」での連載コラム(2006年3月~2017年5月)の中から「戦後の日本映画の、主にピンク映画と呼ばれる独立系成人映画周辺の作品や実演について書いた文章をまとめたもの」。単行本化にあたり「初出の間違いを訂正し、加筆改稿」のうえ、書き下ろし一篇を加えたとのことです。「黒澤明のエロ映画?」「ピンク映画と実演――名古屋死闘篇」「日劇ミュージックホールと映画人」「野上正義の遺言」「三國連太郎『台風』顛末記」「テレビ・ディレクターが撮ったピンク映画」「長谷川和彦の幻のデビュー作」の全7章で、最後の「長谷川~」が書き下ろしです。なお連載コラムというのは「日本映画の玉(ギョク)」のことかと思います。

★『現代思想2018年10月号 特集=大学の不条理――力の構造』は巻頭に吉見俊哉さんへのインタヴュー「大学の不条理と未来――単線から複線へ」を置き、続いて4つのセクション――「ハラスメントの構造」「それぞれの不条理」「制度への問い」「人文学と芸術学の行方」――に14篇の論考と1篇の討議(谷口暁彦/ドミニク・チェン「学校内学校を作ることから始める――大学はひとつではない」)を収めています。初見基「日本大学事件の向こうに見えるもの」、大内裕和「奨学金問題の現状と今後の課題」、重田園江「政治と行政について――「官邸」と「官僚」」、岡﨑乾二郎「芸術教育とは何か?」、松浦寿夫「メディウムについて」など。次の11月号は「特集=「多動」の時代」。伊藤亜紗さんと貴戸理恵さんの討議のほか、グレーバーや松本卓也さんのテクストを収録予定とのことです。

★『現代思想2018年10月臨時増刊号 総特集=仏教を考える』は、碧海寿広/大谷栄一/近藤俊太郎/林淳、の4氏による討議「いまなぜ近代仏教なのか」のほか、6つのセクション――「仏教とは何か」「仏教の可能性を考える」「仏教・国家・民衆」「仏教と文学」「仏教と神々」「仏教と/の神秘思想」――に31篇の論考を収録。末木文美士「娯楽か信心か――釈迦伝を通して近世仏教を考える」、大澤真幸「法然、親鸞、そして聖霊へ」、彌永信美「生きている仏教――「生身の仏像」をめぐって」、鎌田東二「日本仏教と神仏習合文化――「日本と申す泥沼」に咲いた蓮の華」などが掲載されています。

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by urag | 2018-09-30 23:29 | 本のコンシェルジュ | Trackback | Comments(0)
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