2018年 09月 09日
『犯罪精神病』オスカル・パニッツァ著、種村季弘/多賀健太郎訳、平凡社、2018年9月、本体3,600円、4-6判上製340頁、ISBN978-4-582-83524-3 『個人空間の誕生――食卓・家屋・劇場・世界』イーフー・トゥアン著、阿部一訳、ちくま学芸文庫、2018年9月、本体1,300円、368頁、ISBN978-4-480-09886-3 『独立自尊――福沢諭吉と明治維新』北岡伸一著、ちくま学芸文庫、2018年9月、本体1,300円、400頁、ISBN978-4-480-09877-1 『日本人の死生観』立川昭二著、ちくま学芸文庫、本体1,200円、320頁、ISBN9781-4-480-09888-7 『呪文』星野智幸著、河出文庫、2018年9月、本体640円、256頁、ISBN978-4-309-41632-8 『おとうさんとぼく』e.o.プラウエン作、岩波少年文庫、2018年7月、本体760円、B6変型判並製320頁、ISBN978-4-00-114245-7 ★『犯罪精神病』はドイツの作家パニッツァ(Oskar Panizza, 1853-1921)の日本語版独自編集となる作品集。種村季弘(たねむら・すえひろ:1933-2004)さんの遺稿を多賀健太郎(たが・けんたろう:1974-)さんが補訳したものです。周知の通り種村さんは個人全訳版『パニッツァ全集』全3巻(筑摩書房、1991年)を手掛けておられました。全集の「落穂拾い」と多賀さんは「訳者あとがき」に書いておられますが、本書だけでも充分に読み応えがありますし、内容的にも重要です。パニッツァはその最晩年を心の病による入院生活で過ごしたのですが、本書に収録されている作品群は、すべて入院前のもので、表題作を含め8篇中5篇は自ら設立した出版社「チューリヒ討論社」および『チューリヒ討論』誌で公刊されたもの。帯文には「梅毒としての文学」とあります。これは種村さんの著書『愚者の機械学』(青土社、1991年)に収められたパニッツァ論の題名でもあります。『犯罪精神病』の目次は以下の通りです。 目次|発表年: 犯罪精神病〔プシコパテイア・クリミナリス〕|1898年 天才と狂気|1891年 幻影主義と人格の救出――ある世界観のスケッチ|1895年 キリスト教の精神病理学的解明|1898年 フッテンの精神による対話(抄)|1897年 第四対話 無神論者と検事のあいだで交わされる三位一体論 第五対話 エラとルイのあいだで交わされるあらゆる時代の精神による愛の対話 壁の内側でも外側でも〔イントラ・ムロス・エト・エクストラ〕|1899年 パリからの手紙 七月十四日〔カトルズ・ジュイエ〕|1900年 進歩的無政府主義狂〔マニア・アナルヒスティカ・プログレッシウァ〕|1900年 原註 訳註 解題 訳者あとがき――オスカル・パニッツァと種村季弘 ★戯曲『性愛公会議』の内容を咎められて実刑判決を受け、投獄されたその収監中に書いたという対話篇「フッテンの精神による対話」の第一対話から第三対話は、『性愛公会議』とともに『パニッツァ全集』第Ⅲ巻で読むことができます。 ★表題作の「犯罪精神病」では「犯罪的な理性の形態であり、一種の思考のインフルエンザ」(65頁)で、「すこぶる感染力が強いもの」(67頁)としての犯罪精神病について論じており、症例としてパニッツァは革命家や宗教活動家だけでなく哲学者にも言及します。その一方で「幻影主義と人格の救出」では「幻影を吐き出せば吐き出すほど、豊穣な歴史を刻むのだ」(192頁)と書いています。どちらのエッセイにおいてもサヴォナローラや幾人かの思想家たちが出てくるのは偶然ではないと思います。「天才と狂気」の末尾ではハイネの詩「想像の歌」からの一節が引かれています。曰く「病いこそはおそらく/創造衝動すべての究極因。/創造によって私は癒され、/創造によって私は健康を取り戻した。――」。 ★パニッツァは「幻影主義と人格の救出」でこうも書きます。「この世界をもみ消してしまったってかまいはしない。自分の五感でこの世界を生み出したからには、おまえがふたたび世界を思考によって破壊するのは、不可避であるばかりでなく、このような状況下では、不可欠でもある。だから、おまえが背後に抱えている悩みの種をぶちまけて前向きに取り組むことだ」(184頁)。「おまえの五感にとっては幻覚は現実のものなのだ。〔…〕おまえは幻影をいつでも消し去り、幻影を解消させることができるのだ」(185頁)。「われわれが思想を破壊しなければ、思想がわれわれを破壊する。われわれが思想を行動に移さず思想を手放さなければ、思想が行動し、われわれの身を滅ぼすことになる」(189頁)。パニッツァの思索は、自らの内面に兆す狂気と常に対峙していた当事者のそれであるような濃密な迫力があります。この機会に『パニッツァ全集』がちくま文庫か平凡社ライブラリーで文庫化されることを期待したいです。 ★続いてちくま学芸文庫のまもなく発売となる(10日発売予定)の9月新刊より3点。『個人空間の誕生』は、『空間の経験――身体から都市へ』(山本浩訳、1993年)、『トポフィリア――人間と環境』(小野有五/阿部一訳、2008年)に続く、ちくま学芸文庫でのイーフー・トゥアン(Yi-Fu Tuan: 段義孚, 1930-)の文庫本第3弾。原書は『Segmented Worlds and Self: Group Life and Individual Consciousness』(University of Minnesota Press, 1982)であり、訳書親本はせりか書房より1993年に刊行されています。文庫版あとがきによれば、「わずかに存在した誤字・誤訳個所や、一部の固有名詞等の表記を修正し、また日本語として意味の取りにくい訳文にも手を加えた。さらに、引用文献のうち邦訳のあるものについて、いくつかを注につけ加えた」とのことです。訳者の阿部さんはこの新たなあとがきで、「個室に引きこもってスマホをチェックする個人が、SNSを通じて誰かとつながろうとしている現代社会において、本書の考察は絶えず振り返るべき価値を持ち続けているものと思われる」と綴っておられます。 ★『独立自尊』は講談社単行本(2002年)、中公文庫(2011年)を経て再度文庫化されたもの。副題が「福沢諭吉の挑戦」から「福沢諭吉と明治維新」に改められています。著者の北岡さんによる「ちくま学芸文庫版へのあとがき」によれば、中公文庫版へのあとがきや猪木武徳さんによる解説は再録されておらず、巻末文献リストには重要文献が数点追加されているとのことです。そのかわり、新たに細谷雄一さんによる解説が付されています。北岡さんは今回の最新のあとがきで、「こういう時代にこそ、福沢諭吉に学んでほしいと思う。福澤が独立自尊の精神でもって、いかなるタブーにもとらわれることなく、因習に挑戦し続けたことを知ってほしいと思う」としたためておられます。なお本書は昨年に英訳版も刊行されているとのことです。 ★『日本人の死生観』の親本は1998年に筑摩書房より刊行された単行本。昨年お亡くなりになった日本文化史家・立川昭二さんの著書のちくま学芸文庫での文庫化は『江戸人の生と死』(1993年)、『江戸病草紙』(1998年)に続いて本書で3冊目になります。本書では、西行、鴨長明、吉田兼好、松尾芭蕉、井原西鶴、近松門左衛門、貝原益軒、神沢杜口、千代女、小林一茶、滝沢馬琴、良寛ら12名の死生観が取り上げられています。「十二人が語ってくれたことばのなかに日本人の死生観を読み解き、彼らの生き方死に方にふれながら、できるだけ現代の私たちが直面している問題にむすびつけ、今日の日本人のメンタリティ(心性)の基層に生きている死生観を照らし出してみることを意図したものである」と親本から再録されたあとがきに記されています。解説「古典文学から日本人の死生観を辿る」は、島内裕子さんによるもの。 ★『呪文』は2015年に河出書房新社より刊行された単行本の文庫化。解説は窪美澄さんがお書きになっています。シャッター商店街を舞台にした胸が締め付けられる恐ろしい小説が早くも文庫になりました。「まさに古い時代は終わり、新しい時代が作られようとしてる。人類は少しずつ滅亡しようとしていると、私は実感してる。それで、方舟がどこにあるのかは知らないが、少なくとも私はその乗客ではないことは自覚している。本能的に知ってるというかね。おまえらもそうだろ?〔…〕大切なのは、滅びるほうだろ? 滅びるべき者たちがその使命を悟って死んでいくから、世の中を新しく変えることができるわけだ。つまり、世を変えているのは、死んでいく側なんだよ」(173頁)。「強い意志を持って率先して消えることで」(同頁)新しい世界を創るという選民たちの冷ややかな決意が、フィクションという以上に現実に起こりうることのヴィジョンのように響くのはなぜでしょうか。本当に怖いです。 ★『おとうさんとぼく』は先々月の既刊書ですが、なかなか入手する機会に恵まれませんでした。愛読していた旧版(2巻本、1985年)が手元にあるので急ぐことはなかったものの、岩波少年文庫が近所で購入できないどころか、電車に乗ってターミナル駅まで出ないと買えないというのは、色々と考えさせられるものがあります。新版全1巻を手にとってみて、登場する親子の相変わらずの他愛ない愛情と日常に胸を優しく締め付けられながら、どこか昔のようには読んでいないかもしれない自分も発見しました。それでもなお本書は名作であり、これからもずっと名作として読み継がれていくだろうと感じます。名作が残されていく世界であってほしいと心から思います。本書は児童書売場に置かれるのもいいですが、世の中の「おとうさん」たちにもっと読んでもらっていいはずです。その意味で『おとうさんとぼく』はビジネス書の新刊台に半年間は積まれていい本です。ビジネスパーソンが読むべき本がビジネス書なのだと私は思います。 +++
by urag
| 2018-09-09 21:49
| 本のコンシェルジュ
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