2018年 08月 26日
![]() 『現代語訳 老子』保立道久訳、ちくま新書、2018年8月、本体1,100円、新書判448頁、ISBN978-4-480-07145-3 『往生要集 全現代語訳』源信著、川崎庸之/秋山虔/土田直鎮訳、講談社学術文庫、2018年8月、本体1,700円、576頁、ISBN978-4-06-512840-4 『永遠のファシズム』ウンベルト・エーコ著、和田忠彦訳、岩波現代文庫、2018年8月、本体940円、192頁、ISBN978-4-00-600388-3 『第七の十字架(下)』アンナ・ゼーガース著、山下肇/新村浩訳、岩波文庫、2018年8月、本体1,070円、416頁、ISBN978-4-00-324732-7 『心理療法の実践』カール・グスタフ・ユング著、横山博監訳、大塚紳一郎訳、みすず書房、2018年8月、本体3,400円、四六判上製248頁、ISBN978-4-622-08704-5 『NOでは足りない――トランプ・ショックに対処する方法』ナオミ・クライン著、幾島幸子/荒井雅子訳、岩波書店、2018年7月、本体2,600円、四六判上製352頁、ISBN978-4-00-001825-8 『現代思想2018年9月号 特集=考古学の思想』青土社、2018年8月、本体1,400円、ISBN978-4-7917-1369-1 ★ここ最近では古典作品の現代語訳や文庫化、新訳などの注目書が続いています。保立道久訳『現代語訳 老子』は、全81章を「「運・鈍・根」で生きる」「星空と神話と「士」の実践哲学」「王と平和と世直しと」の3部に並べ直し、現代語訳、原漢文、読み下し訓読文、解説で構成したもの。「『老子』は、まずは「王と士の書」として読むべきものであろう。正しい王の登場はどのように可能になるか、「士」はそのためにどう行動すべきか。老子は、それを正面から語り、国家のために悲憤慷慨する。しかし、『老子』は東アジアで初めて体系的に神話と哲学を語り、人の生死を語った書であって、そこにはさらに深い含蓄がある。〔…〕なお、各章につけた解説では、筆者の専門が日本史であることもあって、日本の神話・神道にかかわる話題にもふれた」(はじめに、13頁)。「鎌倉時代、『老子』が伊勢の神官の必携書であったことにも注意しておきたい」(同、14頁)。保立さんは老子の無為・無欲・不学の思想について「私は、『老子』の思想の根本にもっともよい意味での「保守」の思想があることは否定できないと思う」と書いておられます。ここで言う「保守」の含蓄については、本書現物をご確認下さい。平明な現代語訳と丁寧な解説で、新たな角度から老子をひもとくことができるのではないかと思います。 ★『往生要集 全現代語訳』は、『日本の名著 第四巻「源信」』(中央公論社、1972年)所収の『往生要集』を文庫化したもの。文庫で読める『往生要集』には、石田瑞麿訳注全2巻(岩波文庫、1992年)がありますが、訳注書であり現代語訳ではありません。そのため、文庫全1巻で現代語訳が購読できる今回の新刊は、新訳ではないとはいえ貴重であり、長らく待たれたものではなかったかと思われます。目次詳細は書名のリンク先をご覧下さい。川崎さんによる「日本の名著」版の解説「源信の生涯と思想」が併録されています。仏典をもとに地獄と極楽を描き、念仏のご利益についてまとめた浄土思想の古典であり、ロングセラーが期待できるのではないでしょうか。 ★エーコ『永遠のファシズム』は、同名の単行本(岩波書店、1998年)の文庫化。1995年にニューヨークのコロンビア大学で著者が行った同名の講演を中心に、モラルをめぐる5篇のテクストが編まれています。1997年にはイタリア語版『Cinque scritti morali(5つの道徳的文書)』として刊行されました。文庫化にあたり、訳者による「少年ウンベルトの自由と解放を継いで――「現代文庫版訳者あとがき」にかえて」が追加されています。表題作は、エーコが考える原ファシズムの14の特徴を分析したもの。14番目の特徴「新言語」でエーコはこう指摘します。「ナチスやファシズムの学校用教科書は例外なく、貧弱な語彙と平易な構文を基本に据えることで、総合的で批判的な思考の道具を制限しようと目論んだものでした。しかしわたしたちは、それとは異なるかたちをもっているときにも、それが新言語であることにすぐさま気づかなければなりません。たとえば大衆的トークショーといった罪のないかたちをとっていることだってあるのですから」(58頁)。現代社会を考える上でこの14項目を何度でも想い起こすことがいよいよ重要になってきた気がしする今日この頃です。 ★『第七の十字架(下)』は全2巻完結。下巻では第4章から第7章までを収録。ナチスの強制収容所からの脱走劇を描いた世界的に著名な反戦小説です。保坂一夫さんによる解説が付されています。筑摩書房版全2巻(1952年)、河出書房新社版全1巻(1972年)を経て、両訳者の死後、共訳者の山下肇さんのご子息・山下萬里氏による訳稿の検討と確認、訳語・訳文・表記の現代化の観点からの若干の調整、そして注記の追加が行なわれたとのことです。「六人目の脱走者が捕まった!〔…〕貴様らの見る通り、死んでいる!〔…〕七人目の奴も、もう長く待つ必要はない。そいつはいま連れてくる途中だ。国民社会主義の国家は、国民共同体を辱める奴を、何人といえども仮借なく追及する、護るべきものは護り、罰すべきものは罰し、抹殺すべきものは抹殺する。わが国にはもはや、脱走した犯罪者のための避難所はない。わが国民は健全である、病人は振り落とし、精神異常者は叩き殺す。脱走以来、五日とは経っていない。ここを見ろ――貴様らの眼を大きく開けて見ろ、これをよく覚えておけ」(下巻、156頁)。収容所の所長であり、古参の狂信的軍人で「ナチズムの残虐性の権化」(登場人物紹介より)として描かれている、ファーレンベルクが発した科白です。 ★『心理療法の実践』は、ユング著作集(Gesammelte Werke/Collected Works)第16巻『心理療法の実践(Praxis der Psychotherapie)』のうち未訳論文すべて(ドイツ語5本、英語3本)と、ドイツ語版第8巻『無意識の力動(Die Dynamik des Unbewußten)』所収の「超越機能」(ドイツ語)の計9本を1冊にまとめたもの。目次詳細は書名のリンク先をご覧ください。第16巻の既訳分は、みすず書房さんの以下の既刊書で読むことができます。いずれも2016年8月に発売されたもので、林道義訳『心理療法論』新装版、林道義/磯上恵子訳『転移の心理学』新装版、大塚紳一郎訳『ユング 夢分析論』。同版元での大塚さん訳のユングは今回の本が2冊目です。なお、英語版第16巻の附録として収められている講演「心理療法実践の現実」はドイツ語原テクストが未公刊のため、英訳からの重訳です。ただし、スイス連邦工科大学チューリッヒ校が管理しているユング本人によるタイプ原稿と手書き草稿を参照して訳文を修正したとのことです。今月は『パウリ=ユング往復書簡集1932‐1958――物理学者と心理学者の対話』がビイング・ネット・プレスより発売されており、ユングの新刊が続くのは嬉しい限りです。 ★『NOでは足りない』は先月発売。『ショック・ドクトリン――惨事便乗型資本主義の正体を暴く』上下巻(2011年:原著2007年)、『これがすべてを変える――資本主義 vs. 気候変動』上下巻(2017年:原著2014年)に続く、クライン(Naomi Klein, 1970-)の昨年の新著『No Is Not Enough: Resisting Trump's Shock Politics and Winning the World We Need』(Haymarket Books, 2017)の全訳です。「なぜこうなったのか──スーパーブランドの台頭」「今どうなっているのか──不平等と気候変動」「これから何が起きる恐れがあるか──ショックがやってくるとき」「今より良くなる可能性を探る」の三部構成で、巻末には著者が関わっている、カナダ全土のさまざまな団体や運動のリーダーたちとともに作成した、新しい社会のための草案「リープ・マニフェスト──地球と人間へのケアに基づいた国を創るために」が掲載されています。目次詳細は書名のリンク先をご覧ください。 ★クラインは序章でこう書いています。「私はこれまで、著書を執筆する際には毎回六年の年月をかけてテーマについてじっくりリサーチを行い、さまざまな角度から検証し、大きな影響を受けた地域には出かけて行って取材した。その結果でき上がったのは、巻末に何十ページもの注がついた分厚い本だった。ところが今回は、この本をたった数ヶ月で書き上げた。できるだけ簡潔で、話し言葉に近い文体で書くことを心がけた」(9頁)。「私が気づいたのは、これまで自分が長年行ってきたリサーチが、トランプ主義のきわめて重要な側面を明らかにするのに役立つということだった。彼のビジネスモデルや経済政策のルーツをたどり、同じように社会が不安定化した歴史上の時期について考察し、ショック戦術に抵抗するための有効な手段を見つけた人々から学ぶことによって、なぜ私たちがこの危険な道に入ってしまったのか、来るべきショックにどうすれば耐えられるのか、そしてさらに重要なのは、ここよりずっと安全な場所にできるだけ早く移るにはどうすべきか、その答えを得るうえで助けになるのではないかと考えたのだ。そしてそれが、ショックに抵抗するためのロードマップの始まりとなるはずだと」(9~10頁)。 ★「本書で私が言いたいことをひとことで言えば、トランプは極端な人物ではあっても、異常というより、ひとつの論理的帰結――過去半世紀間に見られたあらゆる最悪の動向の寄せ集め――にすぎないということだ。トランプは、人間の生を人種、宗教、ジェンダー、セクシャリティ、外見、身体能力といったものを基準にして序列化する強力な思考システムの産物にほかならない」(11頁)。「彼は100%予測可能な存在であり、それどころか、かつて至るところに蔓延し、ずっと以前に抑え込まれるべきだった思想や動向の、陳腐な結果以外の何ものでもない。だからこそ、もし仮にこの悪夢のような政権が明日終わったとしても、それを生み出した政治的状況、世界中にその複製を作り出しつつある状況は、立ち向かうべきものとして存在しつづける」(12~13頁)。 ★「けれども私たちには、自分を変える力、過去の過ちを正そうとする力、そして人間同士の相互関係や、人類全員が共有する地球との関係を修復する力もある。それこそが、ショックへの耐性の基盤となるものである」(224頁)。NOでは足りない、という言葉は未来を拓くために「ショック」を逆転させようという展望を示しています。本書はこれまでのトランプ関連書の中でもっとも重要な本として銘記されるだろうと思われます。 ★『現代思想2018年9月号 特集=考古学の思想』は二つの討議、溝口孝司+國分功一郎+佐藤啓介「考古学と哲学」、中沢新一+山極寿一「生きられた世界を復元できるか」を中心に、12の論考やエッセイが掲載されています。討議にも参加しておられる佐藤啓介さんによる論文「考古学者が読んだハイデガー――考古学者はそこに何を発掘したのか?」は、イギリスの考古学者ジュリアン・トーマス(Julian Stewart Thomas, 1959-)の著書『Time, Culture and Identity: An Interpretive Archaeology(〔先史社会の〕時間・文化・アイデンティティ――解釈考古学)』(Psychology Press, 1996)に言及したもの。本書において、「ブリテン島の新石器時代の諸事象を解釈する際に、ハイデガーの存在論を大胆に活用し、自身の営みを「ハイデガー考古学」と形容したため、その奇異さゆえに、注目と、多くの批判を浴びた」とのことで、興味深いです。なお『現代思想』10月号は特集「大学の不条理」と予告されています。 +++ ★このほか最近では以下の書目との出会いがありました。 『マテリアル・セオリーズ――新たなる唯物論にむけて』北野圭介編、人文書院、2018年8月、本体2,300円、4-6判並製306頁、ISBN978-4-409-03099-8 『バンカラの時代――大観、未醒らと日本画成立の背景』佐藤志乃著、人文書院、2018年8月、本体3,200円、4-6判上製310頁、ISBN978-4-409-10039-4 『中井久夫との対話――生命、こころ、世界』村澤真保呂/村澤和多里著、河出書房新社、2018年8月、本体2,500円、46判上製248頁、ISBN978-4-309-24871-4 『iPhuck10』ヴィクトル・ペレーヴィン著、東海晃久訳、河出書房新社、2018年8月、本体4,300円、46変形判上製480頁、ISBN978-4-309-20747-6 ★人文書院さんの『マテリアル・セオリーズ』と『バンカラの時代』はまもなく発売予定。まず、『マテリアル・セオリーズ』は編者の北野圭介さんが参加された8つの対談をまとめた本。「ものをめぐる新しい思考」「ポストメディア、ポストヒューマン」「 「日本」をめぐって」の3部構成で、序とあとがきが加えられています。8本のうち7本は『表象』『思想』『現代思想』各誌に2008年から2017年にかけて掲載されたものです。伊藤守、大山真司、清水知子、水嶋一憲、毛利嘉孝、北村順生の6氏とともに鼎談した「メディアテクノロジーと権力――ギャロウェイ『プロトコル』をめぐって」のみ本書が初出で、2017年10月29日に京都のメディアショップで行われた催事の記録です。2010年代の人文知の地平を見渡すための重要な補助線となる一書ではないでしょうか。 ★『バンカラの時代』は2005年から2018年にかけて各媒体で発表された論文6篇に大幅な加筆を施したもの。全7章立て。「おわりに」の言葉を借りると、本書は「明治という時代の性格をハイカラ、バンカラのふたつの属性に大別する解釈のもと、横山大観と小杉未醒をバンカラと世相風俗のなかに位置づけた」もの。「西洋的価値観が世界を圧倒していった明治期、多くの日本人が抱いていた危機感や憤り。そして新興国日本の独立を維持し、西欧列強に伍する近代国家を作り上げていくのだという国民としての意識の高まりは、ひとつには自由民権運動ともなった。そして日清、日露という国際的な戦争、不平等条約改正による税権の回復といった命題を抱えた情勢のなかで生まれた若者たちの思潮、態度、気風。彼らのあいだに沸き起こった、心身ともに強くあらねば、という切迫感、そして高揚感は、この時代を特徴づける感情であったように思う」(286~287頁)。 ★「バンカラの武士道的な精神は、徳川時代から幕末維新の志士、そして民権運動の壮士より連なる気風であった。明治になっても、国民の意識は士族意識からまるっきり切り離されて「近代」になったわけではない。そして明治30年代より煩悶青年があらわれ、流行をみたことによって、この武士道的な精神は改めて強調された。バンカラが明治末に至るまで存在していたということは、士族的な、公のために働く精神が多かれ少なかれ明治全体を通じて若者に胚胎していたことを示しているのである」(287頁)。「我が国の近代化については、西洋から新しい価値観を摂取した側面ばかりに目が行きがちである。だが、西洋的価値観が基準となっていく国際社会のなかで、日本独自の精神性や美意識を再発見し、守り、さらにはそれを日本の存在価値として世界へと発信していく過程をもあわせて近代化とみるべきだろう。近代を支えたのは、西洋からもたらされた知識の受容だけではなく、幕末より引き継がれた士風であり、東洋的、日本的思想であったことを、バンカラの存在は伝えている」(288~289頁)。日本近代思想を考える上でも示唆的な一冊。 ★『中井久夫との対話』は発売済。父君が中井さんの親友であったという村澤真保呂、和多里のご兄弟が中井さんと交流する過程において、なりゆきで生まれたという貴重な本です。「筆者たちがその道のりで発見する中井さんの姿は、世間で語られている「精神科医・中井久夫」の姿とは大きく違っていた」(233頁)といいます。「中井久夫の思想は、その根底にある生命論的視座によって、精神医学の領域を超えたさまざまな課題――とりわけ生態学的・文化的・社会的な危機――を私たちが理解し、克服するのに有効なのではないか。あらためて現在から振り返ってみれば、かつて中井氏が精神医学分野で取り組んだのは、現代の私たちが直面するマクロな課題を精神疾患というミクロな領域において、克服するための基本的な原理を探求することであった、と言えるのではないか。つまり、中井氏の仕事それじたいが、「徴候」として読み解かれなければならないのではないか、と」(10頁)。 ★「このような観点から、筆者たちは中井久夫と対話を重ねつつ、その思想の骨格を描き出そうと試みた。そこで最初に中井久夫との対話を紹介し、その後に筆者たちの論考によって先の対話の解説を兼ねる、という仕方で本書を構成することにした」(同頁)。目次は以下の通りです。 はじめに 第一部 中井久夫との対話 第二部 中井久夫の思想 第一章「精神科医」の誕生 第二章「寛解過程論」とは何か 第三章 中井久夫の治療観 第四章 結核とウィルス学 第五章 サリヴァンと「自己システム」 第六章 ミクロコスモスとしての精神 第七章 生命、こころ、世界――現代的意義について 中井さんと私たち――あとがきに代えて 著作目録 略年譜 ★『iPhuck10』はロシアの作家ペレーヴィン(Ви́ктор Оле́гович Пеле́вин, 1962-)が2017年に発表した15番目の長編小説最新作にしてベールイ賞受賞作の訳書。SF作家の飛浩隆さんが次のような推薦文を寄せておられます。「超ハイテク性具〔ディルド〕が演算する、美術と歴史と犯罪と映画と小説の幻惑的立体!」。帯文(表4)は以下の通りです。「21世紀後半、世界はジカ3と呼ばれる感染症により、肉体を介した性交渉が禁止され、iPhuckと呼ばれるガジェットがもっぱら重宝されていた。アメリカは南北に分断され、ヨーロッパはイスラム化するなか、戦いに明け暮れる中国と旧ヨーロッパとの間に挟まれながらクローン皇帝の戴冠によって再帝国化したロシア、警察に所属するアルゴリズムであるポルフィーリィ・ペトローヴィチは、マーラ・チョーにレンタルされて21世紀前半の芸術様式「ギプス」の調査を命じられる。その過程でマーラの怪しい過去とともに肯定をめぐる暗黒があきらかになり、ついにポルフィーリィとマーラのすべてを賭けた対決がはじまる――」。目次詳細は以下の通りです。 前書き 第一部 ギプスの時代 第二部 自分だけのための秘密の日記 第三部 メイキング・ムービーズ 第四部 ダイバーシティ・マネージメント 訳者あとがき +++
by urag
| 2018-08-26 22:08
| 本のコンシェルジュ
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