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2018年 07月 22日

注目新刊:吉川浩満『人間の解剖はサルの解剖のための鍵である』河出書房新社、ほか

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人間の解剖はサルの解剖のための鍵である』吉川浩満:著、河出書房新社、2018年7月、本体2,200円、46判並製360頁、ISBN978-4-309-02708-1
パンセ』パスカル:著、前田陽一/由木康:訳、中公文庫、2018年7月、本体1,400円、752頁、ISBN978-4-12-206621-2
白井晟一の原爆堂 四つの対話』岡﨑乾二郎/五十嵐太郎/鈴木了二/加藤典洋:著、白井昱磨:聞き手、晶文社、2018年7月、本体2,000円、四六判変型上製252頁、ISBN978-4-7949-7028-2

★『人間の解剖はサルの解剖のための鍵である』は、吉川浩満 (よしかわ・ひろみつ:1972-)さんが2012年、そして2015年から2018年にかけて各媒体で発表してきたエッセイ、インタヴュー、討議、評論、解説などに加筆訂正し、書き下ろしを加えて一冊にまとめたもの。書名はカール・マルクスの『資本論草稿』からの借用。「本書は、現在生じている人間観の変容にかんする調査報告書である〔…〕人間にかかわる新しい科学と技術についての要約と評論を集めた一冊になった」と、まえがきにあります。目次詳細は書名のリンク先でご確認いただけます。本書は著者がここ三年ほど執筆をつづけておられる『人間本性論』の副産物だそうです。

★「なぜいまさら人間(再)入門なのか? これから述べるように、近代の幕開けとともにかたちづくられた人間観が陰りをみせるとともに、最新の科学と技術が従来の人間観に改訂を迫りつつあるからである。/最新の科学として、本書はおもに進化と認知にかんする諸科学に注目する」(序章、12頁)。吉川さんが昨年編纂された『atプラス』第32号「特集:人間の未来」は本書とカップリングの関係にあると言っていいと思います。

★さらに吉川さんはこうも述べます。「フーコーは〔『言葉と物――人文科学の考古学』において〕、人間の終焉を告げる(当時の)新しい学問として、フロイトにはじまる精神分析とレヴィ=ストロースらの文化人類学とを挙げた。これらは近代における人間の定義であった合理性と主体性を切り崩す。〔…〕なにが起きているのか。人間についての経験論的な探究が、そうした探究の前提となっていた超越論的な想定を疑わしいものにする事態である。〔…〕フーコーの予言は的中しただろうか。見方にとって、そうともいえるし、そうでないともいえる。本稿の立場は、フーコーの予言はおおむね正しかったが、近代の人間観を終わらせるうえで大きな役割を演じたのは別のものである、というものだ。/では別のものとはなにか。20世紀なかばに科学技術の世界で起こった生命科学の発展と認知革命の進行という出来事である」(17~18頁)。これは、近代に発する人文学が知の革新において現代に生まれた科学にその主役の座を譲ったという単純な話では実はありません。

★「新しい人間本性論を考えることは、とりもなおさず、我々はどうありたいのか、どうあるべきかという課題を再設定することでもあるのである。/では19世紀に生まれた人間像の終焉後、21世紀の科学技術文明における人間本性論はどのようなものになるだろうか。/じつはすでにだいたいできあがっている。それは、人間とは不合理なロボットである、というものだ。これが進化と認知にかんする諸科学が与える人間定義である」(22頁)。帯文には「従来の人間観がくつがえされるポストヒューマン状況の調査報告書」とあります。人間観は実際のところ時代とともに変化し続けており、神学や哲学、そして科学はその都度、知の枠組みを更新してきました。哲学も科学もそのありようを変容させてきたわけで、そうした大きなうねりには文理の区別はありません。吉川さんの来たるべき『人間本性論』は科学にとってだけでなく哲学にとっても新たな基礎づけの条件を透視するものとなるのでしょう。『人間の解剖~』はそのプロレゴメナ、序説であると言えそうです。

★ちなみに版元サイトの単品頁では本書に対する東浩紀さんの推薦文が掲載されています。「ひとの定義が変わりつつあるいま、よきひととして生きることはいかに可能なのか。その指針を与えてくれる、当代屈指の読書家による細密で浩瀚なキーコンセプトガイド。必読!」。

★吉川さんが示唆された、生命科学と認知革命を知の分水嶺と捉える見方は、理論物理学者のデイヴィッド・ドイッチュ(David Deutsch, 1953-)が『実在の織物』(原著1997年、訳書『世界の究極理論は存在するか――多宇宙論から見た生命、進化、時間』林一訳、朝日新聞社、1999年、絶版)との関係においても、非常に興味深いのではないかと感じます。ドイッチュは多宇宙論を理解するための「四本の撚糸」として、エヴェレットの量子論、チューリングの計算理論、ダーウィン/ドーキンスの進化論、ポパーの知識/認識論、これらのハイブリッドを提示したわけですが、吉川さんがフォローされている諸領域と重なっていると感じます。吉川さんの言う二者の説明は以下の通りです。「ここで生命科学とは、進化学、遺伝学や医学など、進化と生命にかかわる科学と技術の複合領域を指す。認知革命とは、認知心理学、認知神経科学、行動経済学、人工知能研究など、人間・動物・機械の認知にかかわる諸科学を生んだ知的運動である」(18頁)。ドイッチュは世界像の探究、かたや吉川さんは人間像の探究、という違いはあれ、それらは深く関係し合っているのではないかと思われます。

★参考までにドイッチュの『実在の織物〔The Fabric of Reality〕』の目次を掲出しておきます。

まえがき
1 万物の理論
2 影の宇宙
3 問題と解決
4 実在の基準
5 仮想実在〔ヴァーチャル・リアリティ〕
6 計算の普遍性と限界
7 正しさの根拠(あるいは「デイヴィッド対隠れ帰納主義者」)
8 生命の宇宙的意義
9 量子コンピュータ
10 数学の本性
11 量子的な時間
12 タイムトラベル
13 四本の撚り糸
14 宇宙の終わり
訳者あとがき
参考文献

★同書は新刊では入手できませんが、2009年の『The Beginning of Infinity』の訳書『無限の始まり――ひとはなぜ限りない可能性をもつのか』(熊谷玲美/田沢恭子/松井信彦訳、インターシフト、2013年)は好評発売中です。

★パルカル『パンセ』は中公文庫プレミアムの最新刊。「知の回廊」と銘打たれたシリーズは「定評あるロングセラーを厳選し読みやすくした新版」で、手塚富雄訳のニーチェ『ツァラトゥストラ』がすでに発売されています。今回の新版では、1966年刊『世界の名著24』より年譜と索引(人名、重要語句)を加え、さらに巻末エッセイとして小林秀雄の「パルカルの「パンセ」について」(初出『文學界』1941年8月号)が掲載されています。帯文にある「人間とはいったい何という怪物だろう」というのは、第七章「道徳と教義」の断章434からの引用。当該段落の全文を引いておくと、「では、人間とはいったい何という怪物だろう。何という新奇なもの、何という妖怪、何という混沌、何という矛盾の主体、 何という驚異であろう。あらゆるものの審判者であり、愚かなみみず。真理の保管者であり、不確実と誤謬の掃きだめ。宇宙の栄光であり、屑」(307頁)。

★同断章の後段にはこうも書いてあります。「尊大な人間よ、君は君自身にとって何という逆説であるかを知れ。へりくだれ、無力な理性よ。だまれ、愚かな本性よ。人間は人間を無限に超えるものであるということを知れ。そして、君の知らない君の真の状態を、君の主から学べ。/神に聞け」(308頁)。「神は死んだ」(手塚訳『ツァラトゥストラ』17頁)と記した文献学者ニーチェと、「人は、神がなんであるかを知らないでも、神があるということは知ることができる」(断章233、175頁)と書いた科学者パスカル――この振幅のうちに思いを馳せるよう促されるこの時に、先に挙げた吉川さんの『人間の解剖はサルの解剖のための鍵である』が同じく新刊として書棚に並んでいるのを目撃するのは、何やら因縁めいたものを感じます。

★なお、中公文庫プレミアム「知の回廊」の続刊は、9月発売予定のデュルケーム『自殺論』宮島喬訳、です。

★『白井晟一の原爆堂 四つの対話』はまもなく発売(26日頃)。建築家・白井晟一(しらい・せいいち:1905-1983)さんが1955年に立案し、実際は建設されていない「原爆堂」をめぐる一冊。白井さん自身のテクストや図面、白井さんのご子息・白井昱磨(しらい・いくま:1944-)さんによる序、そして昱磨さんが聞き手となって、造形作家、建築史家、建築家、評論家の4氏とそれぞれ行った対話が収録されています。昱磨さんによるあとがきによれば本書は『白井晟一の建築』(全5巻、めるくまーる、2013~2016年)の別巻として当初構想されていたものが4氏の対話本へと発展したもの。目次詳細は書名のリンク先でご覧いただけます。帯文はこうです。「核の問題と対峙するアンビルトの傑作は3・11以後の世界に何を問うのか――。日本の戦後が抱えた欺瞞、福島第一原発の行方、新国立競技場問題、社会における建築家の役割、これからの建築について……。「原爆堂」をめぐり、知の領域を広げる新しい対話の試み」。先月には約1か月間、表参道のギャラリー「Gallery 5610」で、「白井晟一の『原爆堂』店 新たな対話にむけて INVITATION to TEMPLE ATOMIC CATASTROPHES」が開催されていました。

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★さらに本日以降発売予定の新刊の注目書はほかにもあります。すべてを購読するのは無理でしょうけれども、要チェックであることには変わりありません。▼は発売済。※は押さえておきたい関連書です。

7月23日
スラヴォイ・ジジェク『絶望する勇気――グローバル資本主義・原理主義・ポピュリズム』中山徹/鈴木英明:訳、青土社▼
稲垣諭『壊れながら立ち上がり続ける――個の変容の哲学』青土社▼
前田專學『インド的思考〈新版〉』春秋社▼

7月24日
川崎昌平『労働者のための漫画の描き方教室』春秋社▼
堀越英美『不道徳お母さん講座――私たちはなぜ母性と自己犠牲に感動するのか』河出書房新社
千葉雅也対談集『思弁的実在論と現代について』青土社
ダグラス・ホフスタッター『わたしは不思議の環』片桐恭弘/寺西のぶ子:訳、白揚社
ゴウリ・ヴィシュワナータン『異議申し立てとしての宗教』三原芳秋/田辺明生/常田夕美子/新部亨子:訳、みすず書房
田川建三『新約聖書 本文の訳 携帯版』作品社
小松和彦『鬼と日本人』角川ソフィア文庫
植木雅俊訳/解説『サンスクリット版縮訳 法華経 現代語訳』角川ソフィア文庫
中村元編著『続 仏教語源散策』角川ソフィア文庫
 ※中村元編著『仏教語源散策』角川ソフィア文庫、2018年1月
 ※中村元編著『仏教経典散策』角川ソフィア文庫、2018年2月

7月25日
和氣正幸『日本の小さな本屋さん』エクスナレッジ
クラウス・フォン・シュトッシュ『神がいるなら、なぜ悪があるのか』加納和寛:訳、関西学院大学出版会
小倉拓也『カオスに抗する闘い』人文書院
木庭顕『誰のために法は生まれた』朝日出版社
 ※木庭顕『憲法9条へのカタバシス』みすず書房、2018年4月

7月26日
福尾匠『眼がスクリーンになるとき――ゼロから読むドゥルーズ『シネマ』』フィルムアート社
松中完二『ソシュール言語学の意味論的再検討』ひつじ書房:ひつじ研究叢書(言語編)

7月27日
田中かの子『3・11――〈絆〉からの解放と自由を求めて』北樹出版

7月30日
時枝誠記『時枝言語学入門 国語学への道――附 現代の国語学 ほか』書誌心水

7月31日
伊藤龍平『何かが後をついてくる』青弓社
大橋良介『共生のパトス』こぶし書房
グレゴワール・シャマユー『ドローンの哲学――遠隔テクノロジーと〈無人化〉する戦争』渡名喜庸哲:訳、明石書店
池田善昭『西田幾多郎の実在論――AI、アンドロイドはなぜ人間を超えられないのか』明石書店
 ※池田善昭/福岡伸一『福岡伸一、西田哲学を読む――生命をめぐる思索の旅 動的平衡と絶対矛盾的自己同一』明石書店、2017年7月

◆8月発売予定
1日:『パウリ=ユング往復書簡集 1932-1958』湯浅泰雄ほか:監修、太田恵ほか:訳、ビイングネットプレス
 ※ユング/パウリ『自然現象と心の構造――非因果的連関の原理』海鳴社、1976年
4日:ジョージ・クブラー『時のかたち――事物の歴史をめぐって』中谷礼仁/田中伸幸:訳、加藤哲弘:翻訳協力、鹿島出版会:SD選書
7日:ニコラス・スカウ『驚くべきCIAの世論操作』伊藤真:訳、集英社:インターナショナル新書
9日:黒川正剛『魔女・怪物・天変地異――近代的精神はどこから生まれたか』筑摩選書
12日:源信『往生要集 全現代語訳』川崎庸之/秋山虔/土田直鎮:訳、講談社学術文庫
12日:渡辺哲夫『創造の星 天才の人類史』講談社選書メチエ
16日:ウィリアム・ピーツ『フェティッシュとは何か――その問いの系譜』杉本隆司:訳、以文社
17日:ユング『心理療法の実践』横山博:監訳、大塚紳一郎:訳、みすず書房
17日:アン・ブレア『情報爆発――初期近代ヨーロッパの情報管理術』住本規子/廣田篤彦/正岡和恵:訳、中央公論新社
17日:永井均『世界の独在論的存在構造――哲学探究2』春秋社
 ※永井均『存在と時間――哲学探究1』文藝春秋、2016年3月
21日:中井久夫/村澤真保呂/村澤和多里『中井久夫との対話――生命、こころ、世界』河出書房新社
24日:稲葉振一郎『「新自由主義」の妖怪――資本主義史論の試み』亜紀書房
 ※稲葉振一郎『政治の理論』中央公論新社:中公叢書、2017年1月
31日:冨田恭彦『カント批判――『純粋理性批判』の論理を問う』勁草書房
31日:リチャード・ローティ『ローティ論集――「紫の言葉たち」/今問われるアメリカの知性』冨田恭彦:編、勁草書房
31日:ジョン・R・ サール『社会的世界の制作――人間文明の構造』三谷武司訳、勁草書房

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by urag | 2018-07-22 11:34 | 本のコンシェルジュ | Trackback | Comments(0)
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